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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
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12:吊し人の蛮勇-02

 あ、と声を上げた時にはもう、赤い蝶は長躯の人間の姿へと変じていた。

 鮮やかに赤い髪、紫がかった灰色の眼の壮年の男性――ルラーキ侯爵。

「……どうも、お邪魔しています」

 慌ててソファから立ち上がったのはいいものの、何と声を掛けたものやら。散々に迷った末、最終的に口から出たのはそんな言葉だった。

 窓辺に佇んだ侯爵は、そんな私の挨拶を気にした風でもなく、出来の悪い生徒を見る教師のような顔でかすかに笑った。

「君は欲がなく、勤勉で、用心深い。もちろん、それは褒められるに値する美点だろう。――だが、その反面、自らの主観に囚われて蛮勇を振るうくせがあるようだ」

 まるで、さっきまでの続きのような言葉。ひょっとして、蝶を潜ませて聞き耳でも立てていたのだろうか。ちっとも気付かなかった。

 お手上げな気分、もう笑うしかない。こうしてほんの少し周りを見回しただけでも、私より一枚も二枚も上手の大人はゴロゴロしている。……ほんと、酔っ払って足踏みなんかしてる場合じゃなかったってのにねえ。全くもって、私は精進が足りないな。

「多分に自惚れの節があったことは認めます。何せ、今さっきあなたの息子さんに真っ向から指摘されて、自分の至らなさを再認識させてもらったところですからね」

「あれは余計な言葉が多い。分かりにくかったろう?」

 やれやれ、とばかりの呆れた風で侯爵は言う。

 何を言うか、話の回りくどさはあなたも同じである。……などと思いもしたものの、口に出すのは止めておいた。それこそ十七年の前の二十三年分の経験から導き出された、俗にいう処世術とかいう奴だ。

「自覚したのであれば、結構なことだよ。君の挫折は、おそらく我々がほとんど皆等しく通過する――そう、言わば試練のようなものだ」

 試練、と鸚鵡返しに呟く私に、侯爵は軽く頷いて見せる。

「我々は招かれ人として生まれ付いたその時から、精神と肉体――或いは己と世界との、容易ならざる乖離を抱えている。それ故に己の資質と力量を正確に認識するという、その単純なことこそが往々にして難しくなってしまうものだ。特に、人は己の無力を認めたがらないものだからね。……我々はこの地における同年の者より精神の上で長く生きるが故、余人よりも秀で、賢いのだと錯覚しやすい。否、例え真実そうであったとしても、それを御せなければ真に己の力とは成り得ない。そのことを理解し、受け入れられるようになるまで、意外に時間が掛かる。むしろ、君はいくらか早い方かも知れないな」

 小さく肩をすくめた侯爵の言葉は、妙な実感がこもって聞こえた。

「もしかして、経験が?」

「まあ、私は侯爵家の跡取りとして生まれてしまったからね。君とは些か規模が違ったよ。それはもう凄まじいほどの身の程知らずで、散々にやんちゃをした。――今の妻に出会って、鼻を折られて、以後反省して立ち居振る舞いを改めたがね」

「……はあ。鼻を」

「ああ、物理的にね」

 あっ、それ比喩じゃなかったんだ。侯爵家次期当主の鼻を物理的に折るとか、すごいな。俗にいう鉄拳制裁という奴なのでは。……侯爵の奥方様は、アレか、腕っぷしも強いんだろうか。まさに女傑というお人なのかしらん。ちょっとだけお会いしてみたい。

 というか、ハント家のバベットさんもだけど、この国の今の祖父母世代は女性が強いな……? ちなみにシモンさんがこっそり教えてくれたところによると、バベットさんは二十歳になるかならないかの頃、マジで熊と戦って殴り勝ったらしい。よって、ついた異名が“熊殺し”。何それすごいけど、すごいこわい。

「まあ、私のどうしようもない若年期に比べれば、君は立派なものだとも。少なくとも、親のすねをかじってはいない」

「その辺りは、割と自分でも運よく上手くやっていけていると思います」

「私もそう思うよ。しかし、今度もそうであり続ける為には、君は君の傭兵を取り戻さねばならない。――だろう?」

 おっと、ここで話が本題に戻ってきたか。

 心持ち表情を引き締めて、はい、と頷いて見せる。

「以前、あなたが仰っていた通りでした。今ここで私が逃げても、きっと誰も咎めない。逃げ隠れすることを許せないのは、他でもない私自身だった」

 そう答えると、侯爵はニコリと笑った。

「一度挫けかけた君が顔を上げ、尚も前に進むと蛮勇を振るうと言うのなら。私は、それを助けよう」

 すらりと滑らかな動作で、侯爵が私に向かって手を伸ばす。何事かと思って見ていれば、軽く開かれた掌から一羽の赤い蝶がひらりと舞い上がった。

 ふわりふわりと宙を踊るように、蝶はこちらへと近付いてくる。また頭に留まられても、と軽く身構えていると、蝶は私の目の前でぴたりと静止した。そのまま様子を窺っていても、ふわふわ浮いているだけで動きがない。……何だ、どうしろっていうのコレ?

 戸惑いながらも、とりあえず手を出してみる。すると、まるで待っていたと言わんばかりの勢いで蝶は私の手の甲に飛んできて留まり、ぱたりと翅を閉じ――再び広げたかと思うと、次の瞬間には手首に絡む美しい飾りに変じていた。二重三重に手首に巻き付いた金の鎖に、大小いくつもの赤い蝶が連なって、きらきらと輝いている。

「蝶は君を嗅ぎ回るものの眼から匿い、いくらかの助けにもなるだろう。君の傭兵ほどではないにしろ、多少は道中の支えになるはずだ」

「! あ、ありがとうございます」

「礼は、無事にこの王都に戻ってきた時に。――さあ、早く。愚息は私の本体が足止めをしているが、あれも存外に鈍くはない。急ぎなさい。この窓から庭に出て、左手にぐるりと屋敷を迂回すれば、裏口に着く。そこに人を待たせてあるから、その者と合流した後、王都を西へ。浮き草の占い師が君に予言を与え、懐かしい顔と再会できるだろう」

 相変わらず侯爵の言葉は回りくどくて分かりにくいけれど、今はそれを突っ込んで訊いている場合でもなさそうだ。促されるまま、旅行鞄を持って足早に窓に近付く。開け放たれた窓に行儀悪く足を掛けながら、ふと窓の傍らに立つ侯爵を見上げた。

「もしかして、髪飾りも同じ意図で下さいました?」

「ああ、君の用心深さと偏屈さ、そして愚息の邪魔のせいで投げ返されてしまったがね」

 口の端で笑う侯爵の声音は、どことなしか揶揄するような風があった。うわあ、ほんと私バカだった! 貴族なんて厄介で関わりたくないなんて、馬鹿な意地を張るんじゃなかった。せめて、少しくらい飾りを調べるくらいのことをしていたらよかったのに。そうしたら、その意味――厚意にも気付けたはず。

「そ、その節は大変失礼を致しました……。申し訳ありません」

「まあ、些か悲しくはなったがね。しかし、君が前の飾りを持ち続けて宝石盗人と遭遇しないままであれば、今の君はなかっただろう」

 慌てて向き直って頭を下げる私に、侯爵が悪戯っぽく笑う。いや、そういう見方もできるかもしれないけれど、それにしたって不愉快な話だろう。それなのに、なんとまあ、寛大な対応か。

 思わず目を丸くさせていると、

「物事は全て捉え様次第、とも言える。余り気に病まないことだ。――と、忘れるところだった。これも渡しておかなければ」

 侯爵が懐から取り出したのは、何やら不思議なオブジェのくっついたネックレスらしきものだった。

 ペンダントトップのように銀の鎖に繋がれたオブジェは、天球儀にも似ている。おそらくは何がしかの魔術が施されているのだろう、沢山の環が重なり合いながらひとりでにくるくると回転しており、その中心には刺々しくいずこかの方向を指し続ける針が一本。……というか、これはどこかで見たような形――って、アレだ! 中央広場にある「青の羅針儀」!

「これは」

「『青の羅針儀』――のミニチュアにして、レプリカ。広場にあるものは、あくまでも観光用の造形物でね。本物は王城の最奥に置かれている。これはその動きに同調させた複製品だ。……羅針儀は、春頃に一度針を作って北を指し、まるで何かがこの国を縦断したかのように南を向いて、それきり針を消した。その間、七日にも満たなかっただろう」

「……何かが北から南へと移動した?」

「そういうことになる。この羅針儀が探知するのは、あくまでもこの国の領土内のことだけだからね。――そして今、羅針儀は再び南を指している。ここまで言えば、後はもう分かるだろう。君なら」

 思わせぶりな侯爵の言葉も、今はそれほど気にならない。充分ヒントはもらった。

 北の果ての亡国。その国の紋章を帯びた騎士。北から南、そして国外へと消え、また今になって現れた羅針儀の示す国の敵。

「そう、ですね。大体事のあらましを想像できるくらいのピースは揃った気がします」

「ならば結構! よく考え、手を打ちなさい。――世界の期待を負う同胞よ、君の行く手に幸運があるように!」

 そう言って侯爵は私の首に羅針儀のミニチュアをかけ、「さあ行きなさい、愚息が苛立ってきた」と笑って背中を押した。そうだった、出発するつもりでまた話し込んでしまった。急がなければ。

 旅行鞄に軽量化の魔術を施し、一息に窓を乗り越える。それから、えーと、左手に向かって屋敷を迂回――って、その前に忘れちゃいけない、挨拶だ挨拶! 走り出そうとした足を止め、乗り越えてきた窓の向こうを振り返る。

「ありがとうございます、侯爵。お陰様で、私は走り続けることができます。それから、最初に頂いた髪飾り、私が調子に乗っていたせいで無下にしてしまって、本当にすみませんでした」

「何、無鉄砲も蛮勇も若者の特権だ」

 あくまでも鷹揚な侯爵に、ついつられて笑う。さすが器が違うというところだろうか。物理的に鼻を折られるくらいのやんちゃが、その形成に関わっているかはどうかは知る由もないけれど。

「では、失礼します」

 最後に頭を下げて、それきり振り返ることなく走り出す。

 大きなお屋敷ということは、それだけ人も多い。けれど、庭で何やら作業をしていたらしい人も、時折窓の中に見えた廊下を行くメイドさんも、揃いも揃って私に目もくれなかった。足音も気配も殺す余裕すらなくひたすら走っていたから、あちらも気付いていなかったはずはない。構わなくていいとか、放置しておけとか、事前に侯爵から通達でも出ていたのかもしれない。

 しばらくお屋敷の外周に沿うように走れば、やがて裏手に到着する。裏口は――あ、あった。

 高い塀の片隅に、ぽつんと設けられた頑丈そうな鉄扉。侯爵は人を待たせてあると言っていたけれど、辺りは完全な無人だった。いや、それとも裏口の外で待っているとか? だったら、勝手に開けて出ろという解釈でいいのだろうか。

 考えつつも、ひとまず鉄扉に走り寄る。すると、私が手を伸ばすまでもなく、扉は勝手に開いた。思わず目を丸くしながらも、ぽっかりと口を開けた空隙に近付けば――

「何ともはや、君もよくよく騒ぎに巻き込まれる星回りのようだな」

 え、と知らず間抜けな声が口を突いて出た。

 聞こえてきたのは、よく知った声。私の聞き間違いでなければ、それは最近は何かと付き合いが途絶えていたものの、これからの道行における協力者を探すにあたって真っ先に思い当たるくらいには親しいと思っている、数少ない知人のものだった。

 ひょい、と開いた扉の向こう、外から顔を覗かせたのは。

「シェーベールさん!」

 短い黒髪に、薄黄緑の眼をした、馴染みの傭兵その人だった。

「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」

「ええ、はい、まあ、元気は元気です。――けど、どうしてここに?」

「ルラーキ侯爵から、指名の依頼を受けた。裏口から逃げ出してくるお転婆娘の護衛をして、彼女の目的地まで送り届けるように、と」

 ぽかんと口を開ける私に苦笑してみせると、シェーベールさんは手振りで外に出てくるように促す。……そうだった、ここで長話をしている時間はない。まずはお屋敷から脱出してしまわないと。

 そそくさと裏口の扉をくぐり、何食わぬ顔をして閉める。それを確認するやシェーベールさんが歩き出したので、早足になってその後に続いた。

「俺も細かな事情までは知り得ていない。ただ、この場所で会うことになる少女の護衛を言いつかっただけだ。……まあ、君だとほのめかされてはいたが」

 そう言って、シェーベールさんは周囲を窺い、通りから外れた細い路地に足を踏み入れる。確かに、豪奢な邸宅ばかりが並んだこの区画では、平民然とした私達は異質に過ぎるだろう。普通に通りを歩いていたのでは、悪目立ちしてしまう。目撃者は極力少ない方がいい。

 それにしても、ルラーキ侯爵はどこまで先を見ていたのだろう。本当に教会の司祭長さんみたいな先見の能力を持ってでもいるのだろうか。

「それにしても、一体何が起こっているんだ? ヴィゴが突然君との契約を解除を申し出て、あのスヴェア・ルンドバリが文句の一つも言えないだけの違約金が支払われた。しかも、その出所は彼女ですら抗議を憚るところと見える。いずれにしろ、君の意図することではないのだろう?」

 何せこの騒ぎの間も君は一度もギルドに顔を出さなかったからな、と歩きながら言うシェーベールさんは珍しく饒舌だった。

 それを聞きながら、私は何とも言えない、してやられたような苦々しいような感慨を抱かざるを得なかった。どうにもこうにも、私は一から十まで完璧にラファエルさんの手の上で転がされていたらしい。

 時系列的に考えて、ギルドでの契約解除云々は私が騎士団の詰所に呼び出されている間のことだろう。あの場で「こちらでギルドに手配してもいい」とか何とか私に話しておきながら、その裏で既に契約解除に動いていたということだ。うーむ、中々にやってくれる……。

「ええと、色々お話したいことはあるんですけど。歩きながら話すには少々込み入っている上に、何だかんだと厄介極まりないので、どこか落ち着ける場所に着いてからで構いませんか?」

「他人の耳目を気にする、か。薄々予想はしていたが、よほどの事態らしいな。……あい分かった。王都の西、マレシャル地区に隠れ家を用意しておいた。まずはそこに到着してからとしよう」

「ええ、そういうことでお願いします」

 ならば急ごう、と足を速めるシェーベールさんに従って、大通りから外れた細い道を縫うようにして先を急ぐ。侯爵から頂いた蝶の飾りが探索の類の術式に対する対抗策になるとしても、素直に人通りの多い通りを歩いては意味がない。

「しかし、侯爵邸で君は何を? 随分な大荷物だが」

「あー、まあ、それも色々とありまして」

「また『色々』か。しばらく見ないうちに、人を憚る事情が増えてしまったようだな。――ともかく、鞄は俺が持とう。その方が速い」

「あ、いえ、大丈夫です。軽量化の魔術をかけてあるので、それよりも周りの様子に気を付けていてもらえれば。……お屋敷から追手が来ないとも限りませんし」

「追ってくるのか?」

「……その可能性も、なくはないと言いますか……」

 半笑いになって答えると、こちらを振り向いたシェーベールさんはかすかに眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情を浮かべた。

「君が出てきたのは、ルラーキ侯爵邸だろう。こうして俺を派遣した当の本人が、追手を出すのか?」

「シェーベールさんに依頼をしたのは、侯爵その人でしょう? 私を追うのは、そのご子息。ほら、騎士団一番人気の三男って御仁ですよ」

 おどけるように肩をすくめてみせると、いよいよシェーベールさんは溜息を吐いてしまった。

「デュランベルジェの三男か。軽々しく話せないことがあれもこれもあったかと思えば――何をどうすればそこまで山のように背負い込めるんだ?」

「まあ、それこそ色々と……事情がありまして……。いや、お話はしますんで。追々、後々」

 うーん、さっきっから私「色々」しか言ってない気がするな! 何だこの頭悪そうな返事!

 若干自分の言動に空しいものを感じつつも露骨に曖昧に返せば、シェーベールさんは致し方なしとばかりにもう一度溜息を吐き、再び前を向いて歩き出す。

「考えてみれば、全て今更だったな。ヴィゴがこそこそと君から離れた時点で、並々ならない事態が発生しているに違いない」

「何ですか、それ。あの人と私をワンセットみたいに」

「セットだったろう。同じ宿で暮らしていて、」

 おっと、それは私やあの人が意図したことじゃないぞ。それを根拠に仕立て上げられるのは心外だ。

「それはスヴェアさんの仕業でしょう」

「だとしても、中々に仲良く暮らしていたと聞いているぞ。――それから、ヴィゴは今までのような魔物や賊の討伐だの賞金首狩りだのの戦い一辺倒の仕事選びを改め、嫌いだと主張して憚らなかった採集任務に赴くようにもなった」

 君の為に、とシェーベールさんは静かに続ける。じわりと染みるような声と、その告げる内容に、図らずもごくりと喉が動くのを感じた。

「私の為に?」

「夏の盛りの前のことだ。君が試験勉強中とやらの時だったかな。ヴィゴが一人でふらりとギルドに現れて、君に差し入れをするのだと言って氷晶花を採りに北へ向かったことがあった。奴が自主的に採集任務に出ることなど、未だかつてなかったからな。ギルドは、しばらくその話で持ちきりになった」

 しみじみと言うシェーベールさんの口ぶりからは、誇張や虚飾の気配は窺えない。というか、そんな嘘や冗談を言う人でもないだろう。

 それだけに、私は顔を覆いたい気分になって止まなかった。あの人はそんなこと、一言も仄めかさなかった。氷晶花は少し遠くに仕事で出かけた、そのお土産だとばかり思っていたのに。

「本当に――あの人はもう……」

 衝動的に呟いたものの、その先が見つからない。ひょっとしたら、胸がいっぱいという言葉は、こんな感情のことをいうのかもしれない。そんな埒もない思考が、頭の片隅を過った。

 ほんとに、あの人は困った人だ。割といつも人の話を聞かなくて、更にはその場の勢いとかで行動しちゃって。その上、頼んでもないのに、そんなことをする義務もないのに、私を心配したり、世話を焼いたりしてくれてしまう、筋金入りのお人好しで。

 ……だから、だからこそ、と思う。私はもう一度あの人にちゃんと会って、話をしないといけない。

 まだ言ってないこととか、伝えたいこととか、たくさんあるのだ。あの人が人の話も聞かずに勝手にどこかに行ってしまうなら、それこそもう、私が追っ駆けて話を聞かせるしかないじゃないか。

「ところで、肝心なことを訊いていなかったのだが」

 不意に足を止めて、シェーベールさんが肩越しに振り向く。何だろう、とその顔を見返せば、

「君はどこに向かい、何をするつもりなんだ?」

 それは確かに肝心な問題だ。というか、その辺が全く分からない状態で依頼を受けて来てくれたとは、シェーベールさんも大概に豪胆ではあるまいか。

「どこか、はこれから考えて、見出します。何をしに、ということなら、決まっています」

「――それは?」

「私の傭兵さんが、どこぞの傍迷惑な不届き者のせいで、取られてしまったので。それを取り返しに」

 探索にも出られないし、学校生活にも支障が出てしまうので困るんですよね、とか。そんな言葉も付け加えて、憤懣やる方ないという風を装って言ってみれば。

「そうか、了解した。それでは、俺は君がその目的を果たせるよう、全力を尽くすとしよう」

 ……何故か。応じる声は、どうにも笑いを堪えきれないと言わんばかりの響きをしていた。

 それは全くもって、不満であるけれど。けれども、我ながらツッコミどころの多いことを言っている自覚はあったので。とりあえず、気付かなかった振りをして流しておくことにした。

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