11:正義の使途-01
王都に賊現る、との報は新聞に載らないまでも王城や貴族の間を駆け巡ったらしく、翌日の学院は休校になった。これ幸いと私は「そこまでするこっちゃねえよ」と渋るヴィゴさんを王立グリシナ病院に連れていくことに決め、ロニヤ先生を訪ねて治癒魔術を施してもらった。その結果、傷付いた腕は全治二日との診断を受けた。二日で済んだと喜ぶべきか、二日もかかると悔やむべきか……はてさて。
王立病院の帰りに昼食と新聞――三度目の爆破事件があったことが一面に載っていた――を買い、傭兵ギルドに寄ってから清風亭に戻ると、心配顔の女将さんとラシェルさんに軽い挨拶だけをして、私達は部屋に戻った。敢えて外で食事を済ませなかったのは、話をする約束があったからだ。
何の話かと言えば、他でもない。――昨日のアレだ。
「面倒なので、簡単に話しちゃいますけど。今まで起きた二箇所の爆破事件は、それぞれの領地の騎士が捜査にあたることになっていました。そう新聞で公表されていたのに、実は水面下でこの国一番の騎士が動いていた。そこには並々ならぬ事情があるはずです。遊びや酔狂で動かせるような人員じゃないはずですからね」
部屋のテーブルに買ってきた飲み物や食べ物を広げ、二人向かい合って座ってから、私は切り出した。ヴィゴさんは自分の分の大量のサンドイッチやら何やらをパクつきながら、黙って話を聞いている。
「同時に、爆破が起きていた状況とその後の経過も気にかかります。大通りのど真ん中で、突然に。それでいて、犯人は見つかっていない。爆破の起きた街同士にも、特に関連性はない。この二点を考えた時、あの黒ローブを間に挟むと、それなりの答えになるんですよ」
「つーと、どんな?」
「あの黒いのが操る人形が、爆破術式を仕込まれてあちこちの街に潜入している。――そうすれば、どこにも犯人が見つからないのも当然です。何せ、犯人自体が跡形もなく爆破されてるんですから。魔術の痕跡を辿れないのもそう。あいつ、随分と術の隠蔽が上手いみたいでしたから」
そう言うと、ヴィゴさんは目を見開いて、食べていたサンドイッチをポロリと机の上に取り落とした。うーん、やっぱりこの世界ではそういう発想は余りないものなのかもしれないな。
私が考えたのは、要するに日本で言うところの自爆テロだ。魔術で操作できる人形なら、万が一の変心も起こらないし、木っ端微塵に爆破してしまえば目立つ手がかりも残しにくい。そして何より、本来の主犯は全く姿を見せず犯行を成し遂げられるのも大きい。
「で、そうすると実際にアルマで自動人形暴走事件を鎮圧させてるラファエルさんに捜査担当の白羽の矢が立つのも、まあ、おかしくはないかなと。それで、あの御仁は何やかんや私を気に掛けてくださっているようなので、事前に私達の同行に気を配る――というか、実際にはある程度日常的に行動を把握しておくことで、昨日のような事態にも迅速に部隊を派遣することができたんじゃないかなーと思った訳なんですよね。普通、王城から駆け付けるなら三十分くらい掛かるでしょう」
「あー、まあ、確かにな」
頷きながらヴィゴさんは落としたサンドイッチを拾い上げ、再びモグモグし始めた。
「考えりゃ考えるほど、お前は色々なもんを引っ張って来んよなー。磁石みてえだわ」
「全くもって嬉しくないと言うか、心外ですけどね! 何一つ求めてねえですっつの!」
「どうどう、落ち着けって」
「私は馬か!」
はあ、と溜息を吐いて、自分の分のサンドイッチを取り上げる。求められていた話はざっくりとだけれど、これで終わりだ。種明かしをしてしまえば、そう難しいことでもない。
「問題は、これでしばらく身動きが取り辛えってことかね」
「まあ……そうですね。フラフラ出歩く訳にもいかないですし」
だな、としかめ面でヴィゴさんが唸る。
黒いローブの人形遣いとその使い魔の騎士に狙われていると分かっている以上、ほいほいと王都を出て依頼をこなしにゆく訳にもいかない。王都の中に入れば、まだ騎士の助けが見込める。下手に農村何かに出ていって、そこで数に物を言わせて攻め込まれてはひとたまりもないし、出先の村にも迷惑を掛ける。
そういう次第で、さっき傭兵ギルドに寄ってきたのだ。スヴェアさんはこの前借りた依頼書を全て返却の上、断りの返事を伝えてきた。その時の残念そうな顔と言えば、何とも申し訳なくなるほどの落胆ぶりで、下手に期待させてしまったのも、今考えるとひどいことをしてしまったと思う。機会があったら、お詫びも兼ねて色々仕事を受けることができたらいいんだけれども。
「しばらく稼ぎに出られてなくても、財布は大丈夫そうか?」
「アルマ島王の褒賞がありますし、最悪この前商工ギルドでもらってきた石に習作がてら何か魔術付与させて売りますかねえ……」
魔術師は数が少ない上に、貴族だの騎士だのと平民には縁遠い階級の人間であることが多い。そう言った人々は資金繰りにあくせくしなくていいので、自分の能力を切り売りするようなことはしない。逆にそこに商機があると言えなくもなく、ちょっとした魔術付与品の需要があることは商工ギルドでリサーチ済みなので、その辺りの可能性を追求していくのも悪くない気がしている。
「じゃあ、まあ、しばらくは余裕があるか。学院は明日からどうなんだ? 休み続きそうか?」
「うーん、その辺は何とも。候補としては、騎士団から護衛の部隊を派遣するか、各々が護衛を用意するかとか、その辺の対策が検討されているみたいです」
学院からの通達については、学生証を兼ねた指輪を介して伝えられる仕組みだ。指輪にはめ込まれた石から文書を投映するという形で、生徒一人一人に直接連絡がいく。今日の休校についても、その方法で告知された。
サンドイッチから焼いた肉の串を手に持ち替えてむしゃむしゃしていたヴィゴさんは、「なるほどなあ」と何か考えるような顔つきで相槌を打った後、
「護衛を連れてっていいんなら、俺がくっついてくけどな」
「いや、それはちょっと……本当に手を借り過ぎになると言いますか」
「つーても、狙われてんだから仕方あんめえよ」
「それはそうなんですけど。……うーん、この際、契約結び直します? 現状、今までの契約の範疇外でしょう」
このままただ守ってもらうのは、何と言うか非常に後ろめたい。本来のヴィゴさんの仕事は探索における私の護衛であって、日常的な私の子守りではないのだから。
「あー、いいよ別に。戦うのは俺の趣味みてえなもんだし。戦うのは好きだしな」
「でも、足手まといが居たんじゃ楽しめるものも楽しめないでしょう。……昨日みたいに」
「昨日は弓もなかったからだろ?」
「弓があっても、戦いの素人ってことに変わりはありませんけど」
昨日のことを思い出すとまた忌々しい気分が蘇り、つい拗ねたような突き放すような、子供じみた物言いになってしまった。
「随分昨日のこと引きずってんなあ。怖かったか、やっぱ」
「そういう訳じゃないです。怖くなかった訳でもないですけど。――とにかく! 私はあの黒いの相手じゃ足手まといで、戦いの役には全然立たないので、それを踏まえた上で条件決めてください」
そう言うと、ヴィゴさんは緩く目を見開き、困ったような顔で笑った。
「分かった、よく考えとく。――ただ、明日の予定が決まったら教えろよ。どっちにしろ、しばらく護衛はつけといた方がいいからな」
結局、黒ローブの襲撃から二晩が開けた、翌々日に学院は再開となった。
騎士団から護衛と警戒の為に一部隊が派遣され、護衛を同伴させてもいいというお達しもある。とは言え、実質休校と似たようなもので、登校してもしなくてもいいという注釈つき。学院の方ではできる限りの手を打ってはいるが、登校した際に何かあっても自己責任、というところだろうか。
「俺は講義の間どうしてりゃいいんだ?」
「聴講生扱いとかになるんですかねえ……。とりあえず、担当の先生に確認してみます」
私達はよくよく検討した結果、登校することにした。清風亭にこもっているよりは、騎士が派遣されている学院にいた方が逆に安全かもしれないと考えたのだ。
――で、何気なくヴィゴさんは学院にいる間も護衛を続けてくれるようである。未だ条件も取り決めてないし、とは言ったのだけれど、「まー、悪いようにはしねえからよ」と押し切られてしまったのだ。ヴィゴさんなら、まあ、そうそうおかしな条件は出してこないとは思うし。護衛を続けてもらえるのは、単純に助かるんだけれども。
今日の講義は、擬似生命工学と解呪理論学の二つだ。擬似生命工学の方がが午前中で、講師のユベール・デュナン氏とはアルマ島での一件もといソイカ氏との交流のお陰もあって、割合親しくさせてもらっている。あの人なら、講義中もヴィゴさんを追い出しはしないと思うんだけれども。
ひとまず、私とヴィゴさんは講義の会場でもある「叡智の館」はデュナン講師の研究室に向かうことにした。擬似生命工学の受講生は少なく、私を含めて七人。けれども、学院に到着しても生徒の姿は一人も見えない。この分だと、ひょっとしたら今日は私一人きりという可能性もある。
そう思うと、必然的に歩く足取りは軽くなった。そうして、私は意気揚々と「叡智の館」に足を踏み入れた。……入れた、んだけども。
「こんな状況でも登校するとは、君の勤勉さには頭が下がるな」
「……何故、あなたがここに。連続爆破事件を追っていたのでは?」
「そう問われるだろうとは思っていたよ。いや全く、君は私を歓迎してくれないな」
やれやれ、とばかりにこれ見よがしな溜息を吐いて、国一番の騎士は肩をすくめてみせた。
この人は私を待伏せるのが趣味なのか。そうため息でも吐きたくなるのも已む無しだ。けれども、当のラファエルさんは平然としたものである。何の為にか玄関ホールの片隅に置き捨てられていた椅子に腰かけて、これ見よがしに余裕たっぷりだ。
「確かに、私は連続爆破事件を探っていた。――だが、その黒幕が王都に現れたというではないかね。お陰で私は即刻呼び戻され、王都での調査を行うよう命じられたという訳だ」
「……それで、私の事情聴取にでも?」
「君は本当に私を信用してくれないな。誤解だ、私はあくまでも君の護衛を務めるべくやってきただけのこと。君の忠実な護衛、“獅子切”の腕は疑ってはいない。だが、敵は兵を多く擁している。頭数が多いに越したことはないだろう」
「はい? この国一番の騎士が? 学生一人を護衛に?」
いくら何でも、それは有り得ないと思う。……ああ、もしかして。私を餌に、釣り出すつもりだろうか。あれを、あの黒いローブの黒幕を。それなら納得できるし、それはそれで構わない。私にとっても、あちらにとっても利のある話だ。
そんなことを考えている間に、鐘が鳴った。二度鳴る鐘は、講義の開始の合図だ。話はまだ終わっていない、けれど――
「先に行ってろ、護衛の話は護衛同士で詰めとく。もしも何かあったら、逃げて来い。少なくとも、ここから外には出やしねえから」
背中を押して言われ、背後を振り返るとヴィゴさんが小さく頷くのが見えた。ここは素直に甘えておくことにしようか。講義には出なければいけないし。
「すみません、お願いします」
「おう、任せとけ」
ひょいと手を挙げるヴィゴさんに頷き返し、ラファエルさんに会釈をして先を急ぐ。デュナン講師の研究室は、一階の東側。手前から三番目の部屋だ。それほど遠くないのは助かる。
「すみません、遅れました!」
講義の開始から遅れること数十秒、そう叫んで研究室に到着した私を、デュナン講師は咎めなかった。寧ろ、驚いた顔で「まさか今日出席する子がいるとは思わなかったよ」とおどけてみせる始末。
実際、研究室に生徒は一人もいなかった。お陰で講義をいつにない気楽な気分で受けることができ、時に雑談という脱線を挟みつつも、自分のペースで好きに進めることができたのは、現状において数少ない幸運と言ってもいいだろう。
ユベール・デュナン講師はソイカ氏やラファエルさんと同じくらいの歳の、栗毛と緑の眼を持つ男性だ。ラファエルさんと友人関係にあるソイカ氏の友人であるので、ひょっとしたらラファエルさんとも繋がりあるのかもしれないけれど、藪蛇になっても嫌なので訊いたことはない。
「さて、これで今日予定していた部分は一通り終わったんだけど――随分時間が残ったなあ。さすがに君一人だと呑み込みが早いから、さくさく進むね。何か質問とかあれば、この機会に答えるけど」
講義の開始から一時間近くが経過した頃、そう言って教壇に立つデュナン講師は使っていた教本を閉じた。質問、質問かあ……。
「――あ、では一つ宜しいですか」
「うん、いいよ。何?」
「自動人形が主人に逆らうことは、ありますか。知っていることを敢えて伝えなかったり、指示されたことを行わなかったり、そういうことは起こり得ますか?」
「主への背信行為? よっぽど核の構築術式に綻びがあるとか、そういう異常事態を除けば、まずないよ。真っ当な自動人形だったらね」
「……ということは、真っ当でない自動人形なら、有り得る?」
問い返すと、デュナン講師は苦笑じみた笑みを浮かべ、浅く頷いて見せた。
「大禁戒の一つだよ。死霊魔術の一種。……本来ここまで教えるつもりはなかったんだけど、君なら、まあ、いいか」
「え、いや、そんな期待だか認定だかされましても」
「だーいじょーぶ大丈夫。君なら悪用しないって信じてるからさ。――で、話を続けるとね。自動人形に死霊……というか、死者の魂を憑依させて使役するって禁呪があるんだ。自動人形ってのは、魔石の核に魔術で擬似的な魂を吹き込んだ、それこそ自分で動く人形だろう? 術が精巧であればあるほど、或いは人間と長く暮らせば暮らすほど、自動人形は人間に近しくなっていく。感情のようなものを獲得したりね。でも、そこまでにはおそろしく長い時間が掛かるし、最初に記述された呪言の縛りから逃れることもできない。禁止事項とかは特にね」
そこまで言って、デュナン講師は一度言葉を切った。遠い目をして、中空を見詰める。
「今でこそ大禁戒、忌避される術だけど、当初は滅びに瀕した国の、どうしようもない抵抗手段だったんだ。旧い神に攻められ、次々と戦士が倒れ、それでも戦い続けなければならなかった国の」
「……それで、その国は人形に死霊を憑依させて、兵にして戦ったと?」
「そういうこと。擬似的な魂の代わりに、死霊の魂を核に込めてね。本来魂を吹き込まれたばかりの人形は、何かと教育が必要なものだ。けど、戦に長けた戦士を憑依させれば、歴戦の戦士の即席復活さ。生前と違って身体は人形だから疲れないし、ちょっとやそっとの傷でも苦にせず戦い続ける。それで、その国はいくらか命数を延ばしたらしいけどね。結局は攻め滅ぼされてしまった」
「その国は、なんという名前だったんです?」
「ラビヌ。キオノエイデの更に北、極北の亡国だよ」
「ラビヌ――……」
きっかり三音。思い出すのは、声なき助言。あれも、同じ数の音だった。
偶然、ということはないだろう。思い出してみれば、唇の動きもほぼ一致するように思う。あの騎士の素振りからしても、ただの自動人形だということは有り得ない。
「すみません、先生。もし、そのラビヌの国の人形に関する本があれば、お借りできませんか?」
「ああ、一冊だけある――んだけど、これホイホイ貸すと僕が怒られるんだよね。色んな所から。だから、貸すのはいいけど内緒にしてくれる?」
「もちろん、誰にも言いません。約束します」
「なら、いいよ。待ってて、今持ってきてあげる」
言いながら、デュナン講師は部屋の奥へ行き、何やら鍵のかかった箱をいじっているのが遠く目に入る。それにしても、そんな貴重なものを、こうも容易く貸し出してしまっていいのだろうか。
「先生」
「ん、何? ごめんよ、ちょっと待ってて。これ、一応禁書扱いだからさあ。鍵もたくさん掛けなきゃいけなくって……」
「そんな大変なものを、どうして貸し出して下さるんです?」
「どうしてって、そりゃあ、あれだよ。一種の尊敬?」
「……はい?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。ぽかんとする私を振り返って、デュナン講師はにこやかに笑う。
「いや、だって、あのルカだよ? 気難し屋で有名な、ルカーシュ・ソイカ! 今まで何度もルカのサインもらって来いって課題だしたけど、ハントさんが初めてだもん。ほんとにもらってきたの。その上、あいつの鳥までってオマケ付きじゃない? どんだけ気に入られたのかと思って。あのとんでもない偏屈から。しかも、この前手紙届いたの。『ライゼル・ハント嬢に良く教えるように。お前の気まぐれでろくでもない、役に立たんことを教えるくらいなら、俺の下に寄越せ。真っ当な人形師に仕立ててやる』なんて書いてくるくらいだからさ、まーこれは大丈夫なんだなーって」
にこにこと笑ってデュナン講師は言うけれど、私は久々にひどく面映ゆい気分に陥っていた。
ソイカ氏が私にあの鳥をくれたのは、アルマの癒しの泉の館との繋がりを残しておいてくれる為であり、また私が擬似生命工学を習っている上ではいい見本になるだろうからという粋な計らいの為でもあった。それだけで十分すぎるほどの厚意で感謝しているのに、その上デュナン講師にまでそんな手紙を送ってくれていたとは。今度何か差し入れでもお送りした方がいいかな……。
「そういう訳で、はい、これ」
目の前に講師の姿が戻っていて、慌てて物思いから我に返る。差し出されていた本を受け取り――ああ、と内心で呟く。これまでの話の流れから予想してはいたけれど、やはりか。
重厚な革張りの装丁の表紙には大きく紋章の型押しが施されている。王冠を抱いた盾。盾には峻厳な山脈と、その前で威風堂々とこちらを睨み据える四足の獣。一昨日の夜に得た唯一の戦利品にあった、あの紋章に間違いない。
「ありがとうございます。きちんと汚さず、お返しします」
「うん、紛失だけは避けてくれればいいよ。奪われるくらいだったら、消し炭にして欲しいかな!」
「それ、物凄いヤバい内容ってことですよね!?」
あんまりな物言いに半ば叫びかけたら、デュナン講師は「てへっ」とか音声付で笑ってくれやがった。
因みに、デュナン講師はソイカ氏と真逆の、人形師には不必要極まりない筋肉の塊のような御仁で、しかも身長はヴィゴさんよりも頭半分くらい高い。要するに人形に殴らせるより明らかに自分で殴った方が威力があるような筋骨隆々の大男で、つまりそんな仕草をしても全く可愛らしくはないし、少しも似合ってもいない。いっそのこと、ここまで来ると一種の罪悪なのではないかと思えるくらい、なんというか猛烈にとても物凄くひどい。ぶっちゃけ目の毒レベル。
そんな思いが、知らず眼差しに滲んでいたのか――
「あっ、止めて、そんな冷たい眼で僕を見ないで!」
デュナン講師が眉尻を下げた、何とも情けない顔をして言うので。
「すみません、そんなつもりはなかったんですが。余りのことに、ちょっと本音が目から漏れたかもしれません」
「いや、それ! 肯定してるから! 心の中で冷たい反応してたこと肯定してるから!」
「あっはっは、そんなつもりはありませんってば」
「白々しい、すごく白々しいよ! その声!」
そんなコントみたいなやり取りをしてから、講義は終わりとなった。我ながら馬鹿馬鹿しいやり取りをしたなとも思うけれど、その会話のお陰で数日ぶりに少し気が楽になっていたのも確かだ。
……もしかすれば、デュナン講師はラファエルさんか、学院か、どこかから私の遭遇した事態を聞いていたのかもしれない。私が研究室を出る去り際に、
「ハントさん、もし手が必要だったら、いつでも言ってね。戦闘用の自動人形、いくらか手が空いてるからさ」
そんな言葉を添えてくれたので。私は深々と頭を下げ、超重要書籍を入れた鞄を抱くようにして研究室を辞したのだった。
……そう言えば、結局ヴィゴさんはどうしたんだろう。まだ玄関にいるんだろうか。ラファエルさんと険悪になってないといいんだけど。




