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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
43/99

10:運命の輪は回る-01

 季節は粛々と巡る。概ね平穏なうちに九月が終わり、十月になると、ようやっと学院も再開になった。

 学院では前期後期の二期制を敷いており、実施される講義も一期で終わるものと一年を通して二期で行うものとがあり、いずれにしろ学期初めに履修登録のし直しが必要になる。前期に私が履修していた中では、魔術史学と魔術構築学の座学系の講義が一期終了のものであり、その二つ分枠が空いていた。無理をすればもういくつか受講数を増やすこともできるのだろうけれど、夏の試験であれだけ苦労したことを考えると気軽に増やすのも躊躇われる。

 そういう次第で、ひとまず新しく受講する講義は二つだけにした。呪いを解く、もしくは返すことについて学ぶ解呪理論学と、四大元素魔術学・土。土属性は鉱物や植物の生成にも関わるので、そろそろ本格的に学んでみようという次第である。

 要するに、後期中に矢の生成ができるようになっておきたいという思惑だ。アルマで散々痛感したことだけれど、やっぱり矢を大量に射られるというのは生半なことでは揺らがない有利になる。それにまたいつ何が起こって、毒や呪いが降りかかるような案件に遭遇しないとも限らない。治癒魔術学でも後期に解毒について取り扱うらしいし、併せて解呪も学んでおいて損はないはずだ。

 よって、後期の私の受講科目は擬似生命工学、治癒魔術学、古代呪文学、魔石加工学、解呪理論学、四大元素魔術学・風及び土で計七つになった。いい具合に午前午後と曜日に振り分けられたので、元々の休校日である週末の二日だけでなく、週初めの初日も休みにすることができた。日常的に三連休があるなんて、社会人をしていた頃には考えられもしない、夢のような事態だ。これで資金稼ぎの探索も格段にやりやすくなるに違いない。ついでに言うと、学院に滞在する日にちは少なければ少ないほどいい。面倒なお子様に絡まれなくて済むし――とか、せせこましいことを思っていたら。

 何がどうしてそうなったのか、新学期は私にとって全く思いもよらない形で幕を開けた。いつも通りに指輪を認証魔導具に通して、正門をくぐると――

「ごきげんよう、ライゼルさん」

「ご、ごきげんよう……」

 そう、エリゼくん以来二度目の、まさかの事態。されたのである、挨拶を。私が。

 思わずどもって鸚鵡返しになった私ににこりと笑いかけて、麗しい少女は優雅な足取りで図書館へと向かっていく。まるでそうするのが当然だとでも言わんばかりの態度に、私はしばし呆然として二の句も告げないまま、その後ろ姿を見送った。

 確かあの子はデルヴァンクール家のご息女で、父親はユロー伯だか何だかだったような話を聞いた覚えがある。……デルヴァンクール家はセッティ家に比べるといくらか財政やら領地やらの面で格が落ちるとかいう噂で、その為かどうかは知らないけれど、彼女もこれまで私に関わろうとすることはなかった。

 それがこれとは――はてさて、一体何の心変わりやら。驚きが引いていくと、今度は何とも言えない疑問が胸の内に湧き出す。微妙に面倒な予感がするような、釈然としない気分ではあるものの、ここで無為に時間を食って席取り合戦から脱落するのも頂けない。ひとまず今日最初の講義の行われる第二講堂へと急ぐことにした。


 午前の講義を終え、長い昼休憩を挟んで午後の講義を受けると、下校時刻になる頃にはすっかり周囲も薄暗くなっていた。まさに秋の日はつるべ落とし、些か肌寒い気配すらある。

 テキストと筆記用具で重い鞄を肩に掛け、まっすぐに校門に向かって歩いて行くと、またあちこちから挨拶の声が掛かった。それらに適当な返事をしながら、ひたすらに足を急がせる。

 結局、私に挨拶をしてくるのはデルヴァンクール家のご息女だけに留まらなかったのだ。それが何故か、ということについてもおおよその原因が判明したので、結論から言おう。

 何もかも全て、デュランベルジェ家のお節介のお陰である。

 デルヴァンクール家のお嬢さんと遭遇した後も、私は講堂へ向かう道中ひっきりなしに挨拶を受けた。その中には露骨に私に便宜を図るもとい恩を売ろうと聞こえのいい話を持ち掛けてくる生徒さえいたのだから、これは何か裏があるに違いないと考えるのは当然の流れだ。

 そして、極めつけがセッティのアレである。

 ――デュランベルジェの犬め!

 講堂でのすれ違いざまに吐き捨てられた、その台詞。

 もちろん、その言葉自体を快く受け取ることはできないけれど。けれども、今この時この場所でその台詞を吐いてくれた考えなしさは、正直なところ褒めてやりたいくらいだった。お陰で私は状況に対する一定の確信を得られた訳なのだから。

 ただ、これでセッティ家自体とかなり面倒なことになるのではないかという心配も生まれる。以前セッティ家から受けた提案を断っているのに、デュランベルジェ家とは繋がりを作っているとなると、傍からすれば爵位やら何やらで天秤に掛けたように見えるに違いない。

 はああ、と重い溜息を吐き出しながら、正門を出る。

「お、早かったな」

 すると、不意に横手から声が上がった。よく知る声にはたと顔を向ければ、これまた見慣れた背格好。学院の敷地をぐるりと囲む高い壁に寄り掛かっていたヴィゴさんが、こちらに歩み寄ってくる姿が目に入る。もう最近は下校時刻でも暗いから、ということで、用事のない時はヴィゴさんが迎えに来てくれることになったのだ。

 本来の仕事には関係がないし、そこまでしてもらっては余りにも甘え過ぎというか迷惑を掛け過ぎというかで、もちろん初めは固辞したのだけれど。万が一私がその辺の路地裏とかでズタボロになって発見されるようなことになっては、ヴィゴさんの仕事ぶりの評価に傷がつきかねないとか言われてしまえば、さすがに軽々しく断ってしまうこともできない。そんな感じで、押し切られてしまった。……いやまあ、そりゃ助かることは助かるし、嬉しいことは嬉しいんだけれども。

 因みに学院の生徒は九割がたが敷地内の寮に入っているし、残りわずかの通いの生徒は馬車での送り迎えが当然なので、このような心配は全くもって無用である。別に羨ましくはない。

「すみません、お待たせしました」

「んにゃ、そんな待ってねえし、気にすんな。今日も一日、お疲れさん」

「ありがとうございます。……ほんと、どうにか終わったって感じですよ」

「まあ、見るからに疲れた顔してるわな。よっぽど大変だったのか?」

 ため息も吐いてたし、とヴィゴさんが肩をすくめる。おっと、見られてしまっていたとは迂闊だった。

「新学期が始まったら始まったで、また色々と面倒がありまして」

 言いながら、清風亭に帰るべく通りを歩きだす。この世界の街並みに敷かれた道には、もちろん歩道と車道のような区分はない。歩行者が通りを走る馬車にぶつけられて転ぶ、なんてこともざらだ。

 だからだろう、ヴィゴさんはさりげなく私を通りの端に誘導すると、自分は通りの内側に並んだ。普段どれだけいい加減なところがあったとしても、そういう行動をしれっと取れってみせてくれる人なので、ほんとずるいというか、にくいというか……。ここだけの話だけれども。

「面倒なあ……。俺が聞いていい話か?」

「というか、ヴィゴさんにしか言えない話です。……今日、登校したらあっちこっちから挨拶されたり、話しかけられたりしたんですよ」

「あ? そりゃいいことなんじゃねえの?」

「変な思惑とか下心とかなければ、いくらでも歓迎しますけどね。私を目の仇にしてる子が、言ったんですよ。『デュランベルジェの犬め』って」

 そう言った途端、ヴィゴさんはあからさまに顔をしかめた。

「オイオイ……ってことは、アレか? あの野郎が何か吹きこんで回ったってことか?」

「そこまで露骨なものじゃないでしょうけど、少なくとも私を取っ掛かりすればデュランベルジェ家と繋ぎを作れると思わせるくらいの噂は流したんじゃないですか。それこそ、私がラファエルさんの妹弟子にあたるとか。……一日中、いろんな話を聞かされましたよ。私の父の領地にはいい鉱脈があるとか、いい薬草園があるとか」

「うへー……なんつーか、災難だったなあ」

「そういう厄介ごととは、関わらないでおきたかったんですけどねえ」

「首席なんて目立つもんになっちまった時点で、そいつは無理ってもんだろ。またその内、いい依頼があったら気晴らしがてら連れてってやるからよ。それまで上手いこと流しとけ」

 話ならいつでも聞いてやるからな、と笑いかけられて、自然に笑い返す。肩に入っていた力が、ふっと抜けていくようだった。不思議な安心感、とでも言おうか。

「ヴィゴさんて、いいお父さんになりそうですよね」

「……それはどういう意味だよ?」

「どういうって、そのままの意味ですけど。子育て上手くやれそう的な」

「いや、そういうことじゃねえっつか……まあ、いいか……」

 そんな話をしながら清風亭に帰ると、女将さんが今日は疲れただろうから、といつもより豪華な食事を作ってくれてあったりして、何と言うか優しくされ過ぎて駄目になりそうだなあ、と幸せすぎることを思ったりしなくもなかった。




 それからも、秋の日は穏やかに過ぎていった。アルマ島王からの褒賞のお陰で懐は未だかつてないケタで潤っているから、たまの探索もそこまで厳しく吟味する必要がなくて済む。だからか、ヴィゴさんが選んできてくれる依頼もほとんどピクニックのようなもので、どれもこれも近場で済ませられる程度のものだった。この前なんて、王都近郊の村でリンゴ収穫のお手伝いだったし。

 その仕事の帰りに農家さんでお土産にもらったリンゴは、蜜が詰まっていて大変美味しかった。小さな麻袋に一つ分も頂いてしまったので、ラシェルさんと一緒にアップルパイを作ったりもしたっけ。ヴィゴさんにお裾分けしたら、ニコニコして美味しいって食べてくれてたし、何気なく「またその内頼むわ!」と言われてウッカリ頷いてしまったりもしたので。……まあ、なんだ。気が向いたら、十二月にケーキでも作ろうかと思わなくもない。ような、予定は未定だけれども。

 ともかく、そんな風に平穏極まりなく過ごしていたある日――十一月も間近になってきた頃のこと。

 何気なく広げた新聞におそろしく物騒な記事が登場して、文字通り飛び上がるかと思うほど驚いた。どれくらい物騒かと言えば、ちょうど休校日で清風亭の一階でヴィゴさんと少し遅めの朝食を取っていた私が、思わずそのタイトルを声に出して読み上げてしまうくらいであるので、推して知るべしである。

「サパンで爆発事件! 犯人は不明、大通りで白昼堂々突然の大爆発!」

 新聞の一面にはセンセーショナルな見出しが大きな文字で踊り、その文字列のすぐ下には爆発現場なのだろう、黒こげになった石畳のモノクロ写真――魔術によって風景が転写されたもので、日本におけるものとは少し異なる――が添えられている。

 サパンはアシメニオス王国南西部ボルデ領にある都市で、王都とは比べ物にならないながら、規模はそこそこに大きい。南西部の物流の要衝として発達した街だったかと思うので、だからこそ、ここまで大きく取り上げられているのだろう。しかも、騎士団の調査の結果、事故の線はなく何者かの人為的な犯行である可能性が高いという。だというのに、犯人の目星は全くついていないと言うのだから困った。

 この世界で爆発が起こるなら、それすなわち魔術師の仕業である。魔術師はその辺でゴロゴロしているほど数が多いものではないし、魔力の痕跡を辿ったらすぐに犯人も見つかりそうなものだけどなあ……。

「爆発事件ですって、物騒なもんですねえ」

「なー。街中でいきなり爆発とか起きたら、ちゃんと逃げきれっかな」

 ヴィゴさんは真面目な顔をして考えている。それはちょっと悩むところが違うような気がするんだけれども。というか、逃げられる前提なんですかっていう。

「何にしても、早く犯人が捕まるといいですね」

「全くだ」

 ――と、そう話した、実に三日後のこと。

 今度は東部の都市オルムで爆発が起こったという記事が夕刊に載った。またしても犯人は不明ながら、爆発の規模や痕跡などから同一犯と思われ、オルムのあるバロワン領とボルデ領の騎士が連絡を取り合いながら鋭意捜査中であるとか。

 その記事を読んだ瞬間、私が思ったことといえば。

「何か、嫌あな感じがすんなあ」

 と、顔をしかめて嘯いたヴィゴさんと同じである。

「……もしかして、続き、ですかね」

「かもな」

 食事を終え、部屋で広げた新聞を額を突き合わせるように覗きこんで私達は、示し合わせたように溜息を吐くしかなかった。因みに、ここでいう「部屋」は、残念なことにいつもどおり私の部屋である。

 あちこちで散発的に騒ぎを起こして戦力を分断ないし分散させ、その間に水面下で本来の目的を進めるというのは作戦行動における常套手段であるけれど、物の見事にその戦法を踏襲した事件をほんの一月余り前に目の当たりにしたばかりなので、ついそちらと関連付けたくなってしまう。そもそも、あれも犯人が見つかったりしての、きちんとした解決を見た訳ではないし。

「つっても、騎士団にゃディシュランベルジェの三男の野郎から報告が上がってんだろうし、俺達がそう悩むことでもねえだろ。とりあえず、身の周りにだけは気を付けとこうぜ。こうなったら、俺もしばらくは大人しくしてっかな……。なんなら、行きも送ってくか?」

「え? 学院にですよね? いや、そこまでしてもらっては……」

 さすがに甘え過ぎというか、親類家族でもないのにそこまでこちらのことに時間を割いてもらってしまうのは、少々どころでなく申し訳ない気がする。

 ぶるぶると首を横に振って見せると、ヴィゴさんは新聞を覗き込んでいた顔を上げ、じろりと私を見た。明るい橙の眼が、微妙に抗い難い威圧感を醸し出している。うっ、何ですか、そんなに私はこの人の物差しで有り得ないようなことを言った訳ですかね。そんなつもりはなかったんだけどな……。

「突然傍で爆発起きた時に逃げ切れる自信があんなら、一人で行ってもいいけどな。これが本当にアルマの騒ぎの続きだとしたら、王都なんて一番の狙いどころだろうがよ」

 厳しい声で、ヴィゴさんは言う。しかも、「狙うなら騎士団を散々っぱら国中に引き回して分散させた後、手薄になったところを一番でけえのでドカンとやるだろ」と真顔で続けてくれたので――そりゃあもう、あれだ。

「あっ、すみません是非とも宜しくお願いします」

 即行で掌返しますよねっていう。そんな爆発事件に巻き込まれて死ぬとか、心の底から御免である。

 頭を下げて言うと、ヴィゴさんはこれ見よがしの溜息を吐いてから、

「分かりゃいいんだよ、分かりゃ」

「ハイ、生意気言ってすみません。ありがとうございます」

「まあ、騎士団たって馬鹿ばっかじゃねえだろうし、敵の思惑読んで早々王都を手薄にするこたねえだろうけどよ。そんでも警戒しといて損はねえからな」

「そですね、どうせ騎士団が本腰入れてに守るのも貴族の邸宅とか教会とかの辺りでしょうし」

 ルラーキ侯爵の意味深な予言もあるし、変に楽観はせず、自分の身は自分で守る心構えでいた方がいいかもしれない。……それにしても、最近やけにヴィゴさんが過保護なような気がするんだけれども、これもまた侯爵の予言のせいだろうか。心構えができて助かると感謝すればいいのか、余計なことをと疎めばいいのか、今一つ判断に困る。

 でも、送り迎えをしてくれる人がいるというのは、馬車への同乗を勧めてくる生徒たちへのいい断り文句になるので助かる。その上、たまに寄り道して見つけた屋台でお菓子とか軽食とか食べさせてくれるし――って、あ、あれ? もしかして、何か私だいぶ面倒見てもらってるっていうか、保護者してもらってしまっている……?

「あのー、ヴィゴさん?」

「おう?」

「何か最近すごく私のことに時間を割いてもらってますけど、本当に、そんな無理してもらわなくて大丈夫ですからね? そりゃあ、色々助けてもらって私としてはありがたいですし、嬉しいですけど、自分の人付き合いとかあるでしょうし……」

「……貢ぐような相手はいねえぞ?」

 いや、そういうことじゃなく。とうか、そもそも何でそう嫌そうな顔をして言いますかね。ほんとその手の話題嫌いですね。

「そうじゃなくて。傭兵仲間の人とかと飲みに行ったりとか、そういう」

「それなら、ちょいちょい行ってんぞ」

「え、そうだったんですか?」

「たまにゃ顔出しとかねえと、良い情報も入って来ねえからなあ。お前が知らねえだけで、割と外出てんだぜ。あいつら明け方でも普通に飲んでっから、朝の早いお子様が寝た後に行っても余裕なんだよ」

「へー……」

 思わずぽかんとして相槌を打つ。それは全く知らなかった、というか、気付いてなかった。

 だからよ、と言って、ヴィゴさんは気さくに笑う。

「俺は俺で自分のことを好きにやってんだから、遠慮するこたねえんだぜ」

「……なら、良いんですけど」

 用があったら、ちゃんとそっちを優先させてくださいね。

 そう重ねて言ってはみるものの、ヴィゴさんはまたいつもの人の話を聞いているんだかいないんだかな顔で「へいへい」と答えるばかりだった。まあ、一応はれっきとした大人の傭兵の人だし、さじ加減を間違えたりはしないと思うけれども……。

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