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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
42/99

09:隠者の予言-02

 夕食前の買い物でか、市場は主婦と思しき女性たちで賑わっていた。行きかう人の間をすり抜けるようにして、そここの店の軒先に顔を出す。青果店、鮮魚店、香辛料店――と次々に渡り歩いて行ったところで、目的の店に辿り着く。その店では麦に芋に、多様な穀類が並んでいた。

 ええと、ラルイ芋は……あったあった。数はどれくらいにしようかな。私とヴィゴさん、それからラシェルさんに女将さん旦那さんで五人。ひょっとしたらヴィゴさんがたくさん食べるかもしれないから、少し余分に買っておこうかしらん。

「すみません、ラルイ芋一袋下さい」

 店主の男性に声をかけると日に焼けた顔がこちらを向き、威勢の良い声が上がる。

「あいよ、毎度! お嬢ちゃん、お使いかい? そんじゃあ、千七百ネルをオマケして千五百だ!」

「え、いいんですか? ありがとうございます」

 答えながら、財布から代金を取り出して渡す。少し重いが大丈夫かい、という言葉と共に渡された麻袋は、確かに少し重量があった。感覚でおよそ二キロくらいだろうか。軽くはないけれど、問題になるほどでもない。

「大丈夫です、これくらいなら持てるので」

 力持ちだねえ、と笑う男性に会釈を返し、人ごみの中に戻る。入り口からそれほど離れないうちに見つけられてよかった。これなら早く戻れる――と、足を踏み出した時。

 鼻先を掠めるようにして、ひらりと赤いものが舞った。驚いて足を止めれば、ふわりふわりと空中を踊るように飛ぶ蝶だと分かる。こんな人の多いところに珍しい、と息を吐きかけて、目の前を過った蝶が不自然に私の視線の先で浮遊している様が目に入り、何とも言えない気分になった。

 こんな人ごみの中に迷い込む蝶も、まるで待ち構えるように一つ所で留まり浮遊する蝶も、そうそう居るはずがない。――であれば、とちらり探索の術を走らせれば、案の定の反応だ。精密な魔術で編まれた擬似生命。要するに、使い魔だ。

 それを目の前にちらつかせて、これ見よがしに待たせて。あからさまな誘いだ。こんな回りくどい方法で招こうとする相手など、無視してしまおうか。難しいことは何もない、気付かなかった振りをするだけで十分だ。

 そう思う反面、これほど回りくどく仕掛けてくる相手は厄介に違いないという嫌な予感もする。下手に無視をして、事を大きくしたくはない。

「あー、もう……」

 悩んだのは一瞬、それから溜息を一つ。それで心を決めた。

 ヴィゴさん、ごめんなさい。心の中で謝り、赤い蝶に向かって歩き出す。私が近付くと、蝶はそれを待っていたかのようにまたふわりふわりと宙を動き出した。人の流れに従い、時に逆らうようにして、私をどこかに連れていく。

 しばらくして辿り着いたのは、市場の外れ――川べりの開けた空間だった。中央広場にあったような用水路じみた小川ではない、西の山を水源として王都に流れ込む立派な河川。もっとも、その両岸は石垣と木柵で人工的な補強と安全策が取られており、あくまでも都市化したものではある。

 市場はその川に沿うようにして、広大な敷地を己が領域と構えていた。確か、年に何度か市場でお祭りが開かれるという。飾りを吊るした紐を川に渡したりもするそうだから、この辺りはその祭りの時に活用される催事場として用意されたものなのかもしれない。

 催事場の当然として、何事か催しがなければ人は立ち寄らない。故に辺りはこれまで抜けてきた人ごみが嘘のように閑散としており、人っ子一人……もとい、たった一人しかいなかった。

 鮮やかな赤毛の、背の高い壮年の男性。歳は五十がらみといったところか。穏やかな風貌の人だった。その人の肩に、ふわりふわりと舞う蝶が留まって翅を閉じる。

「……私に、何かご用ですか」

 問うと、男性は私に向き直って小さく笑った。

 その紫がかった灰色の眼はどこか見覚えがあるような気がしたけれど、具体的な人物が思い浮かべられない。もっとも、私の知り合いなんて指折り数えられるくらいしかいないけれども。ということは、たぶん、気のせいだ。そうに違いない。そういうことにしておく。

「無粋な誘いですまなかった。“獅子切”の彼の目を盗むのは、中々に難しくてね。随分と難儀したよ。或いは、その為に常に君の傍に控えていたのやも知れないが――それはともかく」

 そう言って、男性は一旦言葉を切った。数拍の間を置いてから、再び口を開く。

「君と、少し話をしてみたいと思ってね」

「話を? 私とですか」

「そうとも。私は君の――そう、先達を気取っている訳だ」

 先達、と思わず鸚鵡返しに呟く。男性は軽く頷いて見せると、何気ない仕草で空を見上げた。

「この世界は一柱の神によって拓かれた。善くあれかし、と願う全てを創り給う神。その神の願いを叶える為、世界はより良い変革を求めて、異分子たる死せる魂を招き寄せる」

 死せる魂。その言葉に、自分の眼が見開くのが分かった。私の驚きを見て取ったのか、男性が心得た風で頷いて見せる。

「そうして漂着した異界の魂を、この国では招かれ人と呼ぶそうだ」

「招かれ、人」

「そう――私のような、君のような」

 それは、男性の素性を明かす決定的な一言だった。

 私と同じような異分子。私と同じように招かれた、違う世界で死んだ魂の生まれ変わったなれの果て。

 ごくりと息を呑んだ私の前で、男性は変わらぬ穏やかさで言葉を続ける。

「招かれ人は、別段物語の主役のように何らかの役目や仕事を与えられて呼び込まれる訳ではない。ただその違う世界で培われた違う在り方をもってして、この世界にとって良き変革をもたらすことを期待されるだけ。――それ故、多少の幸運には恵まれる傾向にあるようだがね。そしてまた同時に、世界のうねりからも逃れられない。広い世界では、様々なことが起こるだろう。招かれ人は必然と偶然により、往々にしてその渦中に立つことになる。私がそうであったように、君にもいずれその時が来る」

 それは、何か。つまり結局、私はこれからも何か厄介ごとに巻き込まれるということなのか。

「ちょっと、待って下さい。役目や仕事を与えられて呼ばれたのではないと言っても、何らかの意図によって騒ぎに巻き込まれるなら、それはもうそういった役目に当て嵌められていることになるんじゃ」

「いいや、世界は決して強要はしない。逃げたければ逃げればいい、誰もそれを咎めはしない。――唯一咎めるものがあるとすれば、おそらく君自身だ。他の誰でもなく。……世界が我々に期待をするが故に、我々はある程度の幸運を備えて生まれ付く。だが、それを生かすも殺すも当人の人となり次第だ」

 どうにもこうにも、この人の物言いは一事が万事回りくどい。眉間に皺を寄せてしまいそうになるのを堪え、返事をする。

「つまり、私が今こうしてあるのは、全て世界の思惑が故だと? 今の家族の下に生まれ付いたのも、慈しんで育ててもらったのも、たくさんの縁に恵まれたのも?」

「いいや、そうではない。世界はあくまでお膳立てをするだけ。そこに用意されたものを獲得したのは、間違いなく君自身の資質だ。家族に愛されたのも、良い師を得たのも、腕の立つ相棒を得られたのも。全て君自身がなした功績であり、君の誇るべき成果だ」

「……過去には、そうして幸運を生かせず逃げた人が?」

「いつでも、どこでも。持てる資質を自ずから損ない、現実から目を逸らす類の人間はいるものだよ。おそらく君はそういった類ではないと信じて、会いに来た訳だがね」

「それで、何か収穫はありましたか」

 結局、この人がこの世界において何者であり、私に会うことで何を得ようとしているのかは何一つ分かっていない。自然と問う声は硬くなり、だからか、男性は苦笑するような素振りを見せた。

「愚息から聞いてはいたが、やはり君は警戒心が強いのだな。私は君を損なうようなことは何一つしない、約束しよう。……それは、我々を招いた世界の期待を裏切る行為に等しいからね」

 言いながら、男性が肩に止まった蝶の翅を摘み上げ、滑らかな動作で空へと飛び立たせる。何を、と訝しく思う間もなく、ふわりふわりと舞う蝶は私の方へやってきて、それきり姿が見えなくなった。辺りを見回しても、もうその赤色の片鱗すら窺えない。

 蝶を探すのを諦めて男性を見やれば、あろうことかその姿が陽炎のように揺らいでいた。さっきから予想外のことばかりで、もう驚く気にもなれない。完全にそこに実物がいるものと思っていたのだけれど、実は魔術とかで送られていた虚像? だったのだろうか?

「そろそろ君の傭兵が焦れる頃だろう。戻るといい。……いずれ君も、逃れられぬ時が来る。その時に後悔することのないよう、よく尽くしなさい」

 そう残して、揺らぐ男性の姿は掻き消えた。

 何で私が「招かれ人」だと分かったのか、せめてその根拠くらいは聞きたかったと今更に思ったけれど、既に後の祭りだ。溜息を吐き吐き来た道を戻るくらいしか、残された選択肢はなかった。

 何とも釈然としない気分のまま市場を出ると、近くのベンチにはやはり待ちくたびれた顔で空を眺めている姿があった。なんとも気の抜けた有り様だけれど、今は逆にそのいつも通りさが嬉しかった。訳の分からない事態に遭遇した後だと、いつもと変わらないというそれだけのことが有難く思える。

「すみません、お待たせしました」

 ベンチに歩み寄って声をかけると、空を向いていた顔がこちらに向いた。

「おう、芋はちゃんと買え――」

 たか、とでも続くはずだったのだろう声が、突然に途切れる。はて、と首を傾げてみれば、何とも言えない戸惑ったような顔でヴィゴさんが私の頭を指差す。

「何か随分派手な飾りつけてんな?」

「はい?」

 飾り? いや、そんなのつけた覚えないんですけどもね。

 きょとんとする私を見て、今度はヴィゴさんが首を傾げる。石の入った袋を二つ、律儀に持ち直してから立ち上がり、近寄ってくると私の頭へ手を伸ばした。何やらごそごそとやっているような感触だけが髪越しに伝わってくる。

「ほれ、取れた」

 そう言って目の前に提示されたのは、赤い蝶の飾りだった。見覚えのある、鮮烈な赤。今つけているビオラの髪飾りと同じように、髪に挿すタイプ――って、いや、問題はそこじゃなくて。

「……ああもう、勝手な……」

 何というかもう、溜息を吐くしかなかった。

「さっき、市場で変な人に会ったんです。たぶん、その人が勝手に挿してったんだと思うんですけど」

「こんな真正面から、お前に気付かれねえで?」

「……蝶だったんです、最初は。それ、ひらひら飛んでて」

「何だそりゃ」

 訳が分からない、とでも言いたげな顔をしてヴィゴさんは言う。けれど、仕方がないというものだ。私だって訳が分からない。

「とりあえず、何だ……こいつはどうしとくよ? 預かっといてやろうか?」

「ああ、うん……そうですね。捨てるのも怖いですし。持っててもらっていいですか?」

「あいよ。作りは見るからに上等っぽいけどなあ」

 言いながら、ヴィゴさんは蝶の飾りを陽に透かすようにする。銀で形作られた蝶の翅は、鮮やかな透ける赤の結晶を薄く剥いだものが使われていて、確かに見るからに高値な雰囲気がぷんぷんしていた。

「だからこそ、扱いに困りますよ。それに、髪飾りなら間に合ってますし。――全く、ほんの買い物のつもりだったのに、今日は面倒ばっかり起こりますね。早く帰って、焼き芋しましょ」

 腕の中の麻袋を抱え直し、歩き出す。

「――ヴィゴさん?」

 なのに、しばらく歩いても隣に追い付いてくる気配はなかった。足を止めて振り返れば、彼の人は飾りを手にしたまま、笑おうとして失敗したみたいな変なしかめっ面をして立ち尽くしている。

「何してるんですが、早く帰らないと夕食前に焼き芋できませんよ」

 もう一度声をかけると、やっと我に返った風で大股に歩み寄ってきた。そのまま二人並んで、清風亭までの道のりを歩き出す。

「何ボケッとしてたんです?」

「してねえよ。……あー、その、なんだ。お前、誕生日いつだ?」

「三月の終わりですけど。ヴィゴさんは?」

「十二月の真ん中」

「へー、じゃそう遠くないですね。その時にはケーキでも買ってきたげましょうか」

「あー? お前、料理できんだろ? 作れんじゃねえの?」

「作ろうと思えば作れますけど、買ってきた方が確実に美味しいじゃないですか。その頃にはまたマリフェンで季節の美味しいケーキが出てますよ」

「はー……浪漫の分からねえ奴だなー」

「浪漫? 何ですかそれ」

「何でもねえけどよ。ま、あれだ。来年の三月になったら、またいい飾り探してきてやるかんな」

「へ? ありがとうございます……けど、そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」

「あんだよ、俺のプレゼントが受け取れねえってのかよー」

「そういう訳じゃないですけど、ていうか何でそんな絡み酒みたいな反応を」


 そんな風に話ながら歩いていたら、思いの外あっという間に清風亭に到着した。

 まず一旦部屋に戻って石を置いて、アルミを取ってきて、古新聞を拝借して――そんな段取りをヴィゴさんと話しながら、表の出入り口から建物の中に入る。そうしたら、

「ああ、戻ったかね。お帰り」

「……はい?」

 何故か、食堂兼酒場のフロアの一隅に。いるはずのない人がいたのだった。

 鮮やかな赤毛に淡い灰色の眼の、押しも押されぬこの国随一の騎士。ラファエル・デュランベルジェ。見るからに貴族然とした佇まいは、何と言うかややこしい問題を起こしてくれる気がしてならない。幸い、今はお他のお客もいないようだけれども。

 それにしても一体全体、何がどうしてこの場所にこの人が。呆然とするよりない私の視界に、見慣れた背中が映り込む。

「何の用だよ、てめえ。つーか、何でここが分かった」

 警戒の滲む剣呑な声音に、はたと我に返る。

 そうだった、ラファエルさんには私がこの宿に滞在していることは教えてなかったはず。……いや、まあ、あちらも立派なお貴族様であるからには、探り出す手段には事欠かないのかもしれないけれど。かと言って、いきなり直接来られるのは、一抹の抵抗が。

「妹弟子の帰りを待っていただけのこと、君に目くじらを立てられる筋合いはないと思うがね。店主殿にも事情を説明して、許可は得ている。何故この宿に滞在していることが分かったのか、という問いならば、学院に問い合わせたところ、快く教えてもらえたよ。もっとも、個人の秘されるべき情報を易々と開示するのは到底褒められたことではない。該当の職員には、後ほど然るべき対応を取らせてもらうがね」

「ああ、そうかよ。――で、結局何の用事だ?」

「……父の言っていた通りだな、全く君は厄介な番犬だ」

 ラファエルさんのこれ見よがしな溜息に、ヴィゴさんが「ああ!?」と殺気立つ。いやいや、ここで喧嘩を始めないで頂きたいというか、父とか厄介だとか、その物言いは……って、ああああ!

 そうか、さっきの人、どこかで見たような顔というか色というかだと思ったら、この人だ! ラファエルさんに似てたんだ! やっとすっきりした!

「あなたのお父様もですけど、人が頼りにしてる傭兵さんをして厄介だの難儀しただの、勝手なことを言わないで頂けます? それ、私にも喧嘩を売ってると受け取りますよ」

 ヴィゴさんの脇から顔を出して、一言抗議を述べてみる。ラファエルさんは驚いた顔をして私を見ると、呆れたように眉間に皺を寄せた。

「そのつもりはないのだが――ああいや、そうではなく、何か。もしや、既に父が君に接触を図っていたのかね?」

「ええ、つい先ほど。あなたによく似た、けれど紫がかった眼の御仁でしょう。赤い蝶を使い魔か何かによく使います?」

 そこまで言うと、ラファエルさんの眉間の皺が一層深いものになり、苦々しげな首肯があった。

「間違いなく、父だ。迷惑を掛けたろう」

「やってることは、あなたとほとんど同じだとお答えしますよ。――ヴィゴさん、あの髪飾り、ラファエルさんに渡してもらえます? もらう道理がないので」

 言うだけ言って、ヴィゴさんの前に回り込んで荷物を交換する。実際には、無理矢理芋の袋を持たせて、石の袋を二つ回収しただけなのだけれど。

「私、その間に荷物置いてきますから」

 そうして、この面倒臭いことこの上ない現場から逃げようとした。……のだけれども。

「待ちたまえ。父が何をしたのか、教えてもらいたい」

「勝手に人のねぐらに入り込んできて、更には欲しい情報をタダで寄越せとか、それがこの国一番の騎士の仰ることですか。いやはや、格が違う」

 そう言って見せると、ラファエルさんはぐっと言葉に詰まる風を見せた。そして、観念したような面持ちになって、重々しく口を開く。

「……見返りの希望があるのなら、聞こう」

 その言葉は、少しどころでなく意外だった。まさか、ここまで簡単に売り言葉に買い言葉で乗ってくれるとは。アルマで王の近衛兵を見事やり込めた交渉上手の人のようだから、一筋縄でいくはずもないと思っていたのだけれど。それとも、また他に何か思惑でもあるのか。

 ……うーん、警戒しすぎて自縄自縛に陥っても仕方がないしなあ。ここは折角の機会、有効利用させて頂くことにしよう。

「騎士団にアルドワン家の方がどれだけ在籍しているかは、ご存知ですか」

「アルドワン家? 騎士で、という意味なら、現在は一人だが」

「男性ですか? 特徴を教えて頂けます?」

「男だ。歳は三十いくつか、といったところだったはずだ。髪は灰色で眼は青。やや高慢なきらいがあるが、剣と魔術の腕はそれなりに立つ」

「ヴィゴさん、騎士団に雇われろって言ってきたの、その人で間違いないですか?」

 名前を呼びながら振り返って尋ねると、ヴィゴさんはぱちくりと瞬きをした後で頷いた。

「あ? ああ、そいつだと思う」

 よし、なら問題はなさそうだ。分かりました、と答えてから、今度はラファエルさんに向き直る。

「では、今日あなたのお父様とした話を教える見返りとして、一つ要求します。そのアルドワン家の騎士を、今後一切ヴィゴさんに関わらせないで下さい。無理に騎士団に引き抜かれると、困るんです。私が。契約している傭兵を急に奪われると、学生生活で必要な資材も確保しに行けなくなるので」

 畳み掛けるように重ねて言うと、ラファエルさんは軽く両手を挙げ、降参の仕草をしてみせた。

「分かった、そのアルドワン家の騎士とは私も縁がない訳ではない。よくよく言い聞かせておく」

「お願いします。――で、あなたのお父様との話ですが、別に大したことは話してませんよ。どうも私は色々と厄介ごとに巻き込まれる星の下に生まれ付いたらしいので、今後も何かあるだろうから気を付けなさい、とかそんな忠告を頂いただけです」

 そう述べると、ラファエルさんは拍子抜けしたような表情を浮かべた。

「それだけかね、本当に?」

「嘘を言ってどうするんです」

 平然とした顔を作って、言い返す。実際、嘘は言っていない。全てのことを語ってもいないだけで。

「私だって、いきなりそんなことを言われて困りましたよ。ルラーキ侯爵は、先見の魔術にでも長けていらっしゃるんですか?」

「分からん。だが、常人には見えぬものを見ているのは確かだ」

「ご自分の父親のことなのに、分からないんですか?」

「君は自分の父親のことを全て理解しているのかね?」

 む、それはそうだ。私だってサロモンさんの何を知っているかと言われれば、普通に家族として接して分かり得たことだけで、何もかも知ってる訳じゃないものな。

「失礼しました。少し短慮な質問でした」

「いや、それは構わんのだが。……何か、今日の君は些か刺々しくはないかね?」

「買い物をしていたら意味深な予言をされて、やっと帰り着いたと思ったら思いもよらないお客が来ていた。そんな状況で疲れないと思います? それに、私達はこの後にも用事が控えているんです」

 じっとりとした目線を向けると、ラファエルさんは心持居心地の悪そうな顔をして、

「事前の連絡も無しに突然訪ねたのは、申し訳なく思う。しかし、私にも用があってな」

「では、用を終えて早々にお引き取り下さい」

「そこまで邪険にしなくてもいいだろう!?」

「だから、私達もこの後用があるんだと、先ほども申し上げたじゃないですか」

 そう言ってみせると、ラファエルさんはどことなしか不服そうな表情を浮かべた。

「だからと言って……私をここまで邪険にする女性など、後にも先にも君くらいなものだぞ」

「……はあ?」

 その瞬間、自分でもそうと分かるほどに低い声が出たのが分かった。視界の端でヴィゴさんの顔が微妙に引き攣っているのが見えたけれど、敢えて反応はせずにおいた。ああ、ラファエルさん? そんなの目を向けるまでもないって言うか。全く、自分の顔の出来がいいことを理解している男って奴は……。

 日本にいた頃勤めていた会社の社長令息を思い出して、何とも非常にイラッとする――という私情はさて置いて、ヴィゴさんを見上げる。いや、何でそんな怯んだみたいな顔をしますかね。心外だ、とても心外ですよ私は。

「さ、ヴィゴさん、行きましょう。何やら寝言が聞こえたので。寝言なら、つまりは聞かなくてもいいってことです」

「お、おう……」

 ヴィゴさんの戸惑ったような声を聞きながら、足を踏み出す。フロアを突っ切って、このまま裏庭に行ってしまおう。

「だから、待ちたまえと言っているだろう!?」

 そのまま立ち去りたかったものの、微妙に必死っぽい声が掛けられたので、仕方がなしに足を止めた。振り返ると、余裕の余の字もないような有り様のラファエルさんが席を立とうとしている。

「何ですか、こっちにも用があるんですよ用が。ろくでもないことしか言わないのなら、邪魔しないでとっとと帰って下さいよ」

「いよいよ対応が蔑ろになっていないかね!? ええい、これを見たまえ! アルマ島王からの褒賞だ!」

 そうして提示されたのは、いかにも重そうな革袋と、見るからに頑丈そうな金属で補強と装飾の施された木箱が一つずつ。ああ、あれがソイカ氏の言っていた金貨一袋と魔石一箱なのかしらん。

「それはどうもありがとうございます。受領のサインでも必要ですか? サインをすればもう用は終わりですよね?」

「そう真顔で畳み掛けないでくれ、いくら私でも傷付く。本当に君は私を追い返したいのだな……。少しは兄弟子と交流を深めようとは思わんのかね」

「いえ全く」

 思わず即答してしまったら、ラファエルさんががっくりと項垂れてしまった。まさかのヴィゴさんまで「ちっと厳し過ぎじゃねえ?」と言い出す始末である。……ううむ、さすがに少し言い過ぎただろうか。

「じゃあ、お口に合うかどうかは分かりませんけど。これから焼き芋をするので、食べていかれます?」

「焼き芋? 何だね、それは」

 あっ、一瞬で立ち直った。もしかしてさっきの演技か、演技だったのか?

「……とりあえず、食べるだけ食べたらさっさと帰って下さいね」

「ああ、分かっているとも。ここまで露骨に追い返されて、長居などできまいよ」

 ――とか言って、結局ラファエルさんは焼き芋を食べるどころか、夕食まで堂々と清風亭で食べていったのだけれども。正直なところ、あの会話中の落胆やら騒ぎぶりも、どこまで本当であったものやら。全部が全部演技でもおかしくない。全くもって、油断のならない曲者である。

 ただ、帰り際に「そら、持って帰れよ」とヴィゴさんの投げた赤い蝶の髪飾りを受け取って浮かべた渋い表情はおそらく本当のものだったろうので、少しばかり溜飲が下がった気はしなくもない。

 とは言え、ルラーキ侯爵と遭遇してしまったこと、中々喜ばしくない予言を受けたことをヴィゴさんに知られてしまったのは問題だ。

「あのなあ、そりゃ俺のことを気にしてくれんのは嬉しいけどな? その前に自分のことをよーく考えろってんだよ。折角あの野郎が上手いこと便宜図ってくれるってなって、何で俺のことにそれを使っちまうんだよ。あの野郎の親父に、何かよく分からねえが、穏やかじゃねえ忠告を受けたんだろ? そっちを気にしろよ。ほんと危機感が足りねえっつーかなあ」

 お陰で、ラファエルさんが去ったら去ったで、何だかもう恒例になりつつある気がしなくもないお説教が始まってしまった。おかしいなあ、少し前までは私が怒る方だった気がするのになあ。

「おいコラ、聞いてんのか」

「ハイ聞いてますすみません」

 全く、とヴィゴさんが溜息を吐く。そうしてまた滔々と流れ始める忠言の数々。どうやら、まだお説教は終わりそうにない。

 今日は厄日だ。チクタクと暢気に針を進める時計を恨めしく見やり、私はひそりと溜息を吐いた。

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