08:力無きものたちの為に-03
鳥の声もしなければ、獣の気配もない。静まりかえった森は、逆に胸騒ぎを掻き立てる。
あの後ヴァネサとの挨拶を終えて館を発った私達は、ラファエルさんを先頭に不自然な静寂に満ちた緑の中をひたすら北上していた。今回はいつもなら先頭を行くレインナードさんが最後尾を固めるという、少し異色の隊列である。ひょっとしたら、よく知らない人間に背中を見せたくなかったのかもしれない。
森での道行においてはラファエルさんのお手並み拝見ということもあり、私もさほど周囲の探査に重きは置いていない。となると、どうしてもつらつらと考え込んでしまう。
この状況において、仮に明確な「敵」がいるとして。――果たして、その狙いは何か。
アルマの国に打撃を与えるテロ? であれば、この暴走騒ぎはできる限り大きく周辺諸国に知らせた方がいい。勝手にアルマの国へ賠償だの何だのという形で処置をしてくれるだろう。それなのに、自動人形の軍団は北の街から出る船を沈めている。あちらにしても、この騒ぎを他に知られたくない思惑があるに違いない。
となれば、おそらく捨て身のテロではなく、ある程度保身を考えていると判断できるのではないか。敵がこの島からの情報漏出を阻んでいるのは、近隣からの増援を遅らせる為である可能性が高い。仮にアルマの自動人形産業がここで廃れるとしても、この島には貴重な金属鉱石を多量に含んだ鉱脈がある。それについては、どの国も喉から手が出るほど欲しいはずだ。ここぞばかりに兵を送り込んで事態を鎮圧し、恩を売ることで融通をきかせようと考える国が出てこない訳がない。
そこから更に一歩進ませて考えると、敵の目的はアルマの国そのものではなく、自動人形自体にあると考えられる。そもそも単に国を攻撃するなら、暴走させた自動人形へ半端に自由意思を残さない方が効率がいい。ヤルミルのようにおかしな具合に狂われては、兵士として勘定していいものかも分からない。完全に思考を統制し、完全なる破壊の道具とした方が、被害は大きくなる。要するに、敵は自動人形に対して何らかの企みがあり、それを行う上でアルマの国に被害が出ている。そう考えた方が正しいのではなかろうか。
……そんなことを考えながら走り続けて行くうちに、日が暮れて夜になった。隠れるに手ごろな岩場が見つかったので、その陰で野営をすることになり、ヴァネサから譲ってもらった食料で手早く夕食を済ませる。
食事が終われば手持無沙汰なもので、大人しく休むくらいしかすることがない。なので、昼間考えていたことを話してみることにした。一通り話し終えた時、「ふむ」と声を上げたのはラファエルさんだった。小さな焚火を挟んで向かいに、アシメニオス王国随一の騎士は思いの外気安げな風で座っている。
「おおよそ間違ってはいないのではないかな。この国に対するクーデターであれば、街に大量に存在する自動人形を王宮へ大挙させて制圧した方が手っ取り早い。それをせずに石切り場だの、鉱山だので騒ぎを起こしているところを見るに、何か別の目的があるのだろう」
「ですよね。ていうか、最悪の場合、主犯この島に居ないんじゃないでしょうかね」
「ほう、何故そう思うね?」
「この島で騒ぎを起こすこと自体、保身の考えからズレてます。何せ地続きじゃなくて、周りは海しかない。気軽に逃げることもできないでしょう。……ここに居ない人間が自動人形を暴走させて、尚且つ遠隔操作できるかどうか知りませんけど」
ラファエルさんもその手の分野に詳しくはないのか、返答は眉間に皺を寄せた表情だけだった。レインナードさんは同行者が増えて以来、すっかり口数が少なくなり、今も私の隣で黙然と焚火の火を見詰めているばかりだ。
――よって、私の疑問に答えてくれたのは。
『解析担当によると、外部からの魔術操作で核が浸食されていることは間違いないようだ。種を植え付けられている、という表現をしていたが……』
魔力の補充が完了し、再び稼働を開始した銀の鳥。街からひっそりと協力してくれているソイカ氏だ。
「その種を除去できれば、元に戻るんですか?」
『分からん。生け捕りにできた個体がいない。こちらとしては、自動人形を狂わせた明確な理由と犯人を挙げることで、我々の落ち度ではないことを証明したいところだがな』
「希望というか、そちらにすればほぼ完璧に義務ですよね、それ」
国を支える一大産業の危機であるのだから、実際はソイカ氏の語り口ほどに軽くはないのだろう。もっと切実というか、きっと血眼になってるレベルなのではなかろーか。
「確実なのは、まだ生きてる個体に接触して逆探知すること――でしょうけど」
「できてもやんなよ、危な過ぎだ。んなことする義理ねえだろ」
ぴしりとレインナードさん――じゃなかった、ヴィゴさんの一声。まあ、それはそうなんだけれども。
「そりゃ、私だってそんなことやりたかないですけど。こんな非常事態だと、色々考えちゃうでしょう」
「考えるだけにしとけよな」
「はいはい」
『こちらとしても、解析班が鋭意調査中だ。君が要らぬ労苦を背負うことはない』
「そちらから吉報が届くことを祈るばかりだな」
そんな会話のうちに夜は更け、ラファエルさんとヴィゴさんが交代で見張りをしてくれる中、私は銀の鳥と一緒に丸くなって寝た。
それからも森の中の行軍は、驚くほど何もないままに進んだ。下手をしたらヤルミルの追撃があるんじゃないかとか、新たな追討の手が伸びるんじゃないかとか、内心では結構ハラハラしていたのだけれども。一昼夜かけて森を抜けるに至っても何事もないとなると、拍子抜けしたような、かえって警戒が強まるような、何とも言えない空気が一行の中には流れていた。
まあ、何はともあれ無事に森を抜けられたのは喜ばしい。ソイカ氏に曰く、その先には港町からヴァラソン山へ移動する間に通過したような砂礫の広野があり――
「……なんとまあ」
――あった、はずなのだけれど。
森を抜けるや否に目に飛び込んできた奇景を前に、私達は呆然と立ちつくしかなかった。
何と言われれば、残骸である。紛う方なき残骸。石造りのゴーレム、木製や陶器造りのドールに、布や革で作られたぬいぐるみ。眼から光の消えた数多の多種多様な自動人形が、死屍累々という語を体現するかのように、辺り一面に積み重なり転がっていた。
「どれもこれも、核が抜かれてますね」
頭の上に銀の鳥を乗せたまま、ひとまず手近な人形に歩み寄る。ヴィゴさんが慌てたように「馬鹿、軽々しく近付くんじゃねえよ!」と言ってくっついてきたけれど、現状、どこをどう見ても危険などありはしないのだ。
自動人形の眼は核の様子を映す鏡であり、そこから光が消えているということは、すなわち核が失われていることに他ならない。核が無ければ、どんなに精巧に造られた人形とて自ら動くことはできないのだから。
『ああ、どれもこれもひどく乱暴な方法で摘出されている』
鳥越しに辺りの状況を把握しているのだろう、ソイカ氏の声も渋い。
自動人形の核の在り処は、よほど何か特別な意図がない限り、その形を模した動物の心臓のある場所に据えられる。だからだろう、辺りに転がる人形たちは、皆一様に胸に拳大の陥没痕があった。しゃがみこんでその断面を見てみると、内側に向かってへこんだ部分と、内側から外に向かって曲がった部分とがあり、何らかの手段で外から抉りだされたのだと分かる。元々有り得ないことではあるけれど、内部から噴出するように失われた訳ではないらしい。
「……で、つまりはどういうこったよ?」
背後から、ヴィゴさんの困惑気味な声。隣の人形を見ても、目の前のものと全く変わらない有り様だ。この分だと、どれも同じだろう。一々確認するのも面倒だと割り切って立ち上がり、振り向いた。
「敵は目的を果たした、ということでしょうかね」
「目的、かね?」
続いて声を上げたのはラファエルさんだ。ちらと目線を向けて、頷き返す。
「北の街を制圧したのは、この島の戦力を分断させておいて、且つ背中から襲われないようにする為でしょう。それをしていた自動人形がこうなっているということは――」
「用済み、ということか」
苦々しげな声でラファエルさんが吐き捨てる。
戦場において、兵力の分断と各個撃破は常套手段――とは、アルドワン講師からの受け売りだけれども。敵がそれを意図して実行したのだとすれば、腹立たしいことに現状この上なく上手くしてやられると言っても過言ではない。
「オイオイ……てーことは、船も全滅ってことになりゃしねえか?」
「……まあ、そういうことになるんじゃないかと思いますね。船と名のつくものを全部破壊して、北の街に駐在していた兵士がいたのなら、それらを全部無力化して――そうでなければ、こうなっているはずがない」
「なんだよ、じゃあ完全に無駄足じゃねえか!」
ヴィゴさんが呻く。その点においては、私も曖昧に笑うしかなかった。一日半前の時点で北の街が制圧されているのは分かっていたけれど、まさかそれからこの短時間で壊滅せしめるとは思ってもみなかったのだ。
それに、問題はまだある。抜かれた核が、見渡す限りどこにも落ちていないのだ。軽く周囲を探査魔術で探っても、それらしき魔力の気配は微塵も感じられない。自動人形の核とは上質の魔石であるからして、落ちていれば分からないはずがないのに。
「ソイカ氏、自動人形から抜いた核って、別の素体に入れたらそのまま使えたりします?」
『可能だ。馴染むには時間が掛かるだろうが、繊細な動作を求めるのではなければ、さしたる障害にはならんだろうよ。外部からの思考誘導があるのならば、その点もおそらくは克服される。例え多少動きにくかろうと、無理矢理動かさせてしまえば済むからな』
「じゃあ、ここで核を抜かれてゴロゴロ転がってんのは、あれか? 余所の現場に持ってって使う為に、ってことか?」
「……最悪の場合、そういうこともありえるかも、って推測です。外れてて欲しいですけどね」
露骨に嫌そうな顔をするヴィゴさんに、苦笑して肩をすくめて見せる。
「ソイカ氏、因みにそちらの様子はどうなんです? 自動人形は攻め込んできていますか?」
『いや、島王の兵が水際で食い止めている。だが、連中の大部分は町はずれの石切り場と鉱山に群がって動きもしない。街にはさほど関心がないというのが実情だろう』
「えっ、いや、ちょっと待って下さい。石切り場と鉱山は、王の兵が立ち入って鎮圧したはずでしょう。まさか、奪い返されたんですか?」
『……その、まさかだ』
ひどく言い辛そうな声に、愕然とした。頭を後ろから殴られたような、或いは足元にぽっかり穴の開いたような気分とは、こんな感じなのかもしれない。咄嗟にそんなことを考えてしまうくらいには、衝撃を受けた。
「い、いやいやいやいや、それ、まずいでしょう。あきらかにまずい」
動揺しまくっているお陰で声はところどころ裏返りかけ、とんでもなく震えていた。
「何がそんなにやべえんだよ?」
不思議そうに尋ねてくるヴィゴさんは、まだ状況を呑み込めていないらしい。私は頬が引き攣るのを感じながら、その顔を見上げた。
「敵が思いのままに自動人形を狂わせ、従えることができるとして。その脅威の大きさは今もって証明されたばかりです。しかも、その狂った人形たちの核を、おそらく高い確率で回収している。それが石切り場に持ち込まれたら、どうなります? 石切り場の石を積んでゴーレムを作られたら? 鉱山でとれた魔石を核に、新しい自動人形を生み出されたら?」
言ううちに、みるみるヴィゴさんの表情が険しくなっていった。傍で聞いているラファエルさんの顔も、苦々しげに歪んでいる。
「ソイカ氏、そちらに腕の立つ探査術師はいますか? いたら、すぐに石切り場近辺を探らせてください。強い魔力反応が密集していたら、これまでの推測が最悪の形で当たっていることになります」
『……心得た。急ぎ手配する。その間、私は席を外すが』
問題はあるか、と言外に尋ねる言葉には、私では何とも答えられない。ヴィゴさんとラファエルさんへ視線を巡らせれば、
「別にいいんじゃねえの」
「私も同意見だ。ライゼルの護衛は事足りている。大群の相手をせねばならん懸念も消えたことだ、よほどのことでもない限り切り抜けられるだろう。何か変事でもあれば、その時は教えてくれ」
『承知した。探れるようであれば、そちらを追っている尖兵についても探ってこよう』
そう答え、銀の鳥は嘴を閉ざした。また人の頭の上で動かなくなってくれたので、仕方がなしに右手で掴み取って上着のポケットへ入れる。
「……で、これからどうします?」
「森に引き返すのと、壊滅した街に向かうのと、どっちがマシかって問題だよな」
「まあ、壊滅したと決まった訳でもないですけど」
「儚い希望は抱くだけ空しいと言うものだぞ。街に向かうのは止めておいた方がいい。破壊の度合いは兎も角、自動人形に蹂躙された後であれば、人心が荒んでいる可能性も高い。あらぬ面倒に巻き込まれることになりかねん」
「あー……それは御免蒙りたいですね。なら、森に戻りますか。どっちにしろ北の街があてにできない以上、まだ港が生きている可能性のある街にいないといけませんし」
そういう次第で、一応は話し合いも満場一致。さあ戻ろうか、と踵を返すと。
「――失礼。あなた方が“獅子切”ヴィゴ・レインナード殿、及び“アシメニオス王立魔術学院首席”ライゼル・ハント殿のご一行で間違いはあるまいか」
そんな口上と共に森から現れたる、五人ばかりの男性。立派な揃いの制服――いかにも軍服めいてかっちりとした――を見るに、島王に仕える国家機関の人員か。胸の徽章の数や立派さからすると、それなりに地位ある要職の人なのかもしれない。……いずれにしろ、ソイカ氏の言っていた島王からの正式な伝令と見て間違いはなさそうだ。
さて、どう答えたものか。今更知らん振りをしても、余り価値はないだろうし――
「失礼だが、諸君らこそ何者かね?」
迷っていると、そんなことを言いながらラファエルさんが伝令の人たちの前に進み出た。私とヴィゴさんに集中していた視線が、一斉にラファエルさんに向けられる。
「我々はアルマ島王直属の近衛隊である。この度、島王からの勅令を受け、先の二名をお探ししていた。――して、我々を誰何する貴公こそ、如何なる立場の者か?」
堂々と答え、問い返したのは、初めに呼び掛けてきたのと同じ声。他の四人を率いる立場にあるのか、彼らを背後に従えるようにして数歩分前に立つ金髪の男性だった。
ラファエルさんは金髪の男性を一瞥すると、皮肉っぽくも不敵な笑みを浮かべて見せ、
「アシメニオス王国王立騎士団は“紅玉の獅子隊”が一人、ラファエル・デュランベルジェと申す。私の妹弟子に、諸君は如何なる用件か?」
そう言い放った途端、対峙する五人が目に見えて動揺するのが分かった。
さすがは王国随一の騎士、アルマでも名前が知られているらしい。もっとも、ここまであからさまな動揺を示すのは、ラファエルさんを通じてアシメニオス王国の最有力貴族ルラーキ侯爵の影を見ざるを得ないこと、そして何より最大の商売相手であるアシメニオスの騎士に状況を知られているという、あちらにすれば最も恐れていた事態に遭遇してしまったからだろう。
短くも重い沈黙が流れた後、金髪の近衛兵は冷や汗を頬に滴らせ、寸前までの余裕の見る影もない様子で口を開いた。
「ラファエル卿の勇名は、このアルマにもよく届いております。お会いできたこと、誠に光栄に存じ――」
「世辞は結構。私の妹弟子であるライゼル・ハントに、諸君は如何なる用で近付いてきたのか、と私は訊ねているのだが?」
ぴしゃりと会話を拒絶し、返答を要求する言葉に、近衛兵達は震え上がらんばかりに見えた。静かな恫喝とでも言おうか、ラファエルさんの声音には有無を言わせない威圧感があり、味方であるはずの私ですら少し気圧されるくらいだった。
「我々は島王からの伝令に過ぎず、子細な用件は存じておりません。王が直々にお召しになったのです。――ラファエル卿におかれましては、何故学生の少女にご同行を?」
「先ほど、私は言ったはずだが? ライゼル・ハントは私の妹弟子。なれば、その見聞の旅の供をするのも私の役目のうち。妹弟子が無事に見聞の旅を終えられるよう、万難排すが今の私の仕事という訳だ。……そうと聞いて、尚も諸君らは彼女に同行を求めるかね?」
息を呑むような沈黙。つられて私まで呼吸を止めそうになり――しかし、くわあ、と暢気極まりないあくびがすぐ近くから聞こえたことで我に返った。
ぎょっとして見れば、ヴィゴさんの露骨に退屈そうな横顔が目に入る。余裕、と取っていいのだろうか、この状態は。癒しの泉の館で出会って以来、ヴィゴさんは少々ラファエルさんを目の仇にしているところがあるから、こうも立場を生かしての大活躍を演じてくれると、中々面白く思わないのじゃないかと心配しないでもなかったのだけれど。
幸い、近衛兵たちはラファエルさんとのやり取りに集中している。私はひそりと傍らに立つ人の腕を指先で突いた。
「んあ? どうしたよ」
人目も憚らず大あくびをしていた張本人は、こちらの思惑などまるで知らぬげに、きょとんとした風で応じてくる。うーむ、これはこれで大物ということなのかしらん。
「いや、別にどうかした訳じゃないんですけど。……前に比べて、随分余裕ですね?」
言葉を選びつつ言うと、とどのつまり私が言いたいことを察したのか、ヴィゴさんはにやりと悪戯っぽく笑った。
「何だ、俺がへそ曲げてんじゃねえのかって心配してた訳か?」
「……そうとは言いませんけど」
「ふーん、じゃあどう言うつもりなのかは、敢えて訊かねえでおいてやるよ。……ま、最初に話聞いた時にさんざ怒鳴って、鬱憤は発散したしなあ。そりゃあ、さすがに現状何も思わねえ訳じゃねえけどよ。あいつのお陰で、ちと違う目が出て来そうだしな」
顎をしゃくって、ヴィゴさんはラファエルさんの背中を示す。それは確かにそうだ。何の後ろ盾もない平民二人よりかは、ルラーキ侯爵家の直系――しかもアシメニオス随一の騎士が間に入ってくれた方が、かかる圧力も格段に軽減されるだろう。
「借りを作るとか、そういうのは別に嫌いじゃないんですか?」
「んー、まあ別にいいんじゃねえの? あいつのアレは俺にはねえ武器だかんな。それがお前の為になんなら、俺としちゃ拒む道理はねえよ」
スッパリと明快な答えに、つい口元が緩む。個人的な好みはさて置き、目的の為に必要的確な判断ができる――この人のそういうところは、本当に信頼に値する。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「いえ別に。何でもないです」
素知らぬふりをしてみせれば、「何だそりゃ」と怪訝そうな声がしたけれど。とりあえずは聞こえなかったことにしておこう。
――で、そんな話をひっそりとしていたら。
「ライゼル、島王からのお招きには私が代わりに参じる。謁見の機会を賜るには、君は些か若過ぎるからな。ヴィゴと共に、初めの地で待っていてくれ。事が済み次第、合流する」
不意にラファエルさんがこちらを振り向いて、そう言った。ヴィゴさんとお喋りをしている間に、そんな決着に至っていたらしい。はあ、と危うく気の抜けた相槌を打ちそうになったのを慌てて思い留まり、居住まいを正す。
「分かりました。では、初めの地にてお待ちします」
「ああ、道中気を付けるように。――さて、ここから王宮までは些か時間が掛かるはずだが。どのようにして招待してもらえるのかね?」
頷き返すや、ラファエルさんはさっと近衛兵たちに向き直り、相変わらずの堂々たる様子で問いかけた。すると、一人の兵が進み出てきて、
「私がお連れ致します」
そう言うと、何やら右腕を翳した。その手首には煌めく紫の石が埋まった飾りがあり、きらりと石が光ったかと思うと、中空に巨大な魔術陣が投影された。きらきらと輝く、複雑緻密な図画。あれは……転送、瞬間移動の類だろうか。
アシメニオスのギルドが敷設している転送機は、精密な魔術陣に数多くの魔石を組み合わせ、更には地中の魔力の流れをも利用して瞬間的な移動を可能にしている。それを補助魔道具があるとはいえ、一人でやってのけるとは、かなりの凄腕だ。
空中に煌めく魔術陣は、見る間に目を開けていられないほどの光を放ち始める。白く焼けつきそうな光から、咄嗟に手で目を庇う。――そして、光が消えた頃には。
「お、綺麗さっぱり何もいねえ」
六人の男性の姿は影も形もなく、鬱蒼とした森と暗澹たる残骸の広野の境界に、私達はぽつんと取り残されていた。




