07:怒れる戦車の島-01
時は八月半ば。王都ガラジオス周辺はアシメニオス国内でも晴天の多い地方であり、それは一年を通して変わることがない。そんな王都で夏の真っ盛り、どうなっているかと言えば。
「あづい……」
「クソあちー……」
こういうことである。涼しい山間のクローロス村と違い、王都はおそろしく暑い。
浮遊遺跡から戻ってきた私とレインナードさんは、日がな部屋にこもって暑さに呻く日々が続いていた。私は浮遊遺跡に出掛けていた間の分、放置していた夏休みの宿題を片付けねばならなかったし、レインナードさんは持ち帰ったミスリルで槍の補修を始めたところなので、調整の為に鍛冶師さんをちょくちょく訪ねる必要があり、気軽に王都を出る訳にもいかない。従って、互いにこの猛暑から逃れる術を持ち得ず、げんなりしているという次第なのである。
ある意味で、それはひどく平和な日々だった。――ただ、一つ問題があるとすれば。
「人が宿題やってるってのに、勝手に入り浸らないでもらえます……?」
「いーじゃねーかよ、氷晶花涼しーんだよ」
「それは分かりますけど。それはそれとして、とりあえず上着着てもらえませんかね。何度も言ってますけど!」
「えー、勘弁しろよー」
半裸の筋肉が床に転がっていることだ。本当にこの人は仕事から離れると残念でどうしようもない。ただでさえ暑苦しい部屋が余計に暑苦しく思える。
「そんくら目え瞑れって。俺は花に魔力をやって冷気を作る。お前は俺を部屋に置いとく。お互い涼しくなって損しねえじゃねえか。分業だ分業」
寝転がった自分の目の前に置いた、花瓶代わりのガラス瓶に差した透き通った結晶の花――氷晶花に手をかざしながら、レインナードさんはもっともそうな口ぶりで言う。
「それはそうかもしれませんけど……」
魔力を吸って冷気を放出する氷晶花は植物のような形を取るものの、れっきとした鉱物だ。放置するだけでも周辺の空気中の魔力を吸ってかすかに冷気を放つものの、意図して魔力を与えると扇風機程度には涼しさをもたらしてくれる。
……けれども、それを理由にこれを看過してしまうのは、ちょっと花の十七歳として如何なものかと思わなくもない。
「それによー、また根詰めて飯食わなかったりしそうだろ」
「まだそれ引きずりますかね……」
「あったり前だろ。後一年は引きずる」
何をバカな、とばかりのきっぱりとした声音。
そこまで信用されていないのは一抹の釈然としない感を覚えなくもない、ものの。……それは裏を返すと、少なくとも後一年はこうやって付き合ってくれる気でいるということでいいのだろうか。だとすると、むず痒いような落ち着かない気分になるような。
「はあー……」
胸中でもやっとした感情を隠すように、これ見よがしの溜息を吐いてみせる。床に寝そべるレインナードさんが首だけを振り向かせて、窓辺の机に向かう私を見上げた。
て言うか、その横になって床に肘をついた手で頭を支えている格好、それこそ休日にお父さんとかが居間とかでゴロゴロしているスタイルそのものである。実におじさん感甚だしい――とか言ったら、また頭グリグリされるから言わないけど。レインナードさんも世の男性諸氏と同じく、おじさん呼ばわりと頭髪にまつわる話題は禁句らしい。昨日の夕食で発覚した新事実である。別にそんな知りたくもなかったけど。
「あんだよ、そんな溜息吐くなよなー。傷付くだろー」
「その恰好じゃなければ少しは真面目に聞いたのになあ、って溜息ですよ」
「じゃあ、仕方ねえな」
「仕方ないんかい!」
思わずツッコミを入れたところで、書いていた古代呪文学のレポートが終わった。先日書き終えた魔術構築学のレポートと同じように、折角の機会を生かさねば損ということで、浮遊遺跡の闘技場で遭遇した鎧についてをテーマにした。あの件に関しては色々考えることもあったので、お陰でさくさくと書き終えることができた。
ついでに魔石加工学の課題は、今度アルドワン講師に同席を頼んで行うレインナードさんの槍への術式付与を無事にやり遂げたら課題提出に代えてもらえる交渉が済んでいるので、これも一安心。付与する術式の構築についても、事前にアルドワン講師と打ち合わせ済みだ。
で、残るのは擬似生命工学と魔術史学、治癒魔術学、四大元素魔術学・風。魔術史学はテキストの要約レポートの提出なので、どうとでもなる。治癒魔術学と四大元素は休み明けの実技テストだけなので、特に今することはない。風魔術は得意とするところだし、治癒魔術は……まあ、後でレインナードさんにコツとかの話を聞くだけ聞いてみよう。
ともかく、そんな感じで宿題はほとんど終わらせる目途がついているのだ。見通しが立っていないのは、ただ一つ――擬似生命工学のみ。これがまた厄介なのだけれど、レインナードさんに同行してもらえれば、格段に楽になるはずだ。やっぱり、知らない土地へ一人で旅に出るのは心細いというか、不安になるものだし。
使っていた烏の羽根ペンをインクを拭き取ってから原稿用紙の脇に置いて、椅子に横向きに座るようにして身体の向きを変える。
「レインナードさーん」
「んあ? どうしたよ」
呼びかけると、やっぱりレインナードさんは床に寝そべったまま、休日のお父さんにしか見えないような格好でこっちを振り仰いだ。
「学院の講義で擬似生命工学ってのがありまして、夏季休暇中の課題がフィールドワークなんですよ」
「つーことは、どっか行って来いってことか?」
「そゆことです。擬似生命に関する魔術が一番発達してるのはアルマ島なので、現地へ行ってきて、そこで見聞きしたことについてレポートを書けっていう課題で」
絡繰島の異名で呼ばれるアルマの島は、アシメニオス王国の南西部海岸から船で三日ほどの海域にある。鉱物資源は豊かであるものの、農地に適した土地が少ないので、限られた資源を有効活用するべく、食べ物を必要としない働き手を作るべくして擬似生命魔術が発達したのだという。アルマで作られる自動人形の精巧さは他国の追随を許さぬほどで、本当の人間かと錯覚してしまうほどに高度な知性を持つものや、感情表現豊かなものもあるのだとか。
「んじゃ、槍が出来上がったら、また出掛けるか。確かギルド通して手配すりゃ、いくらか船代安くなったんじゃねえかな」
「おお、話が早い。その辺の手配って、お願いしちゃってもいいですか?」
「おう、任せとけ」
「ありがとうございます。で、アルマでの依頼って何かありそうですかね……?」
「……どうだろうな。アルマの特産て言やあ、やっぱ金属とかそういうんだろ。欲しがり手が居りゃあ、あるだろうけどよ。さすがにそう頻繁に出て来はしねえんじゃねえか。後は、アルマ指定の依頼じゃなくても、アルマでも出る魔石とかの収集依頼とかありゃ、それを受けるとかだな」
あっ、そうか。別にアルマじゃなきゃできない依頼を探すこともないのか。
「どっちにしろ、一度ギルドに行った方がいいですよね」
「そだな。明日また鍛冶屋んとこ行ってくるから、そのついでに寄ってくるわ」
「あ、じゃあお願いします。私は残りのレポート仕上げちゃうんで」
「あいよ、任された」
そんな話をしながら、結局レインナードさんは私が夕食に階下へ下りていくまで部屋に居座っていた。それがここ数日のお決まりのパターンである事実は、できれば認めたくない。
些か珍妙な趣は拭いきれないものの、その後も日々は穏やかに過ぎていった。
相変わらず毎日は殺人的に暑く、私はぼちぼちと課題を片づけていく。レインナードさんは飽きもせず毎日のように勝手に私の部屋に居座っては、氷晶花に魔力をやって涼んでいる。たまにギルドや鍛冶師の人を訪ねて外出した時には、決まってお菓子やよく冷えた果物を買ってきてくれるので、それに免じて許しているけれども。
……ただ、いつまでも床に寝っ転がられているのも見栄え的にどうかということで、「何か敷くものでも持って来たらどうですか」と提案して以来、地味に私のものではない物品が部屋の中に増えていっているような気がしなくもないのは――……いや、うん、多分気のせいだろう。気のせいじゃない訳がない。気のせいだと思いたい。
ともかく、そんな風にして過ぎていったある日、レインナードさんの槍の補修が完了したという知らせが入ってきた。ちょうど私が魔術史学のテキスト要約レポートを書き終えて間もなくのことだ。ならば、善は急げである。
翌日、私はレインナードさんを連れて学院へ向かった。アルドワン講師に頼んで、休み前に部外者の立ち入り許可証は発行してもらってある。何事もなく正門を通り抜け、学院の敷地へと足を踏み入れることができた。夏期休暇中ともなれば、どこもかしこも閑散としたものだ。こんな機会は滅多にあるまいと、特に意味もなくあちこちを案内しながら、アルドワン講師の研究室へ向かう。
「あれが講堂、あっちは図書館、あのむやみやたらに豪勢なのは寮です。別に残念でも何でもないですけど、貴族専用」
「なんつーか、けばけばしい建物だな。良かったわ、お前があんなとこ居なくて」
「へ? 何でです?」
「あんなとこに居られたら、入り浸るにも一苦労だろ」
やれやれ、とばかりに肩をすくめる仕草。入り浸らないっつー選択肢はないんかい、と思わなくもないものの、何となく口には出さずにおいた。なんかこう、平然と「当たり前だろ」とか言われそうな気がして。そんなことを言われようものなら、また反応に困るし。
「普段はどの辺で勉強してんだ?」
「大体は各講師の研究室ですね。偶に講堂を使ったりもしますけど」
講師陣が研究室を構えるのは、学院の敷地の中でも一際奥まった一角だ。もっぱら「奇人館」だの「変人の巣窟」だのと呼ばれているものの、「叡智の館」というご立派な名前のある巨大な洋館。
アルドワン講師の研究室は、その館の二階にある。扉の隙間から怪しげな煙が漏れ出す部屋や、あんまり集中して聞かない方が良さそうな内容の呪言が聞こえてくる部屋の前を、若干頬の筋肉を痙攣させながら足早に通り過ぎ、目的の部屋に訪ねると、アルドワン講師はいつも通りの穏やかな笑顔で私達を迎えてくれた。
「いらっしゃい、ハントさん。お待ちしていましたよ。おおよその用意はあちらに整えておきましたから、確認してくださいね」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて礼を述べると、部屋の中へと促される。私に続いてレインナードさんが研究室の中へ入り込むと、アルドワン講師は些か驚いたように目を丸くさせた。
「あらまあ、ハントさんは随分と大物を引っ張り出してきたのね。――最近はあなたの名前をあちこちで耳にしますよ。キオノエイデの“獅子切”、ヴィゴ・レインナードさん。私はここでハントさんに魔石について教えている、ルイゾン・アルドワンと申します。どうぞ宜しく」
「そりゃどうも。敢えてどこで名前を出されてんのかは聞かねえでおくよ。……ともかく、今回は世話になる。宜しく頼む」
いつもの陽気さが嘘のように、レインナードさんの物言いは余所余所しい。元々学院自体に余り良い印象を持ってはいなかったようだし、警戒しているのかもしれない。ともかく、世間話をしたそうな雰囲気じゃないのは確かだ。さっさと本題に入ってしまうとしよう。
「それで、先生。準備はしておいて下さったということなのですけれど、それはどちらに?」
「ええ、こちらですよ」
そう言って、アルドワン講師は広い研究室の一隅に据え置かれた、磨き上げられた真白い石のテーブルのところへ私達を連れて行った。
鏡のようにつるりとして光沢のあるテーブルは、一種の祭壇とでも言おうか――魔術陣を描いて使う為のものだ。白く輝く天板の上には、以前添削を受けた魔術陣の図案のメモと、ヴァトラ石の粉末を混ぜ込んだ特製のインクの入った瓶が並べられている。ああ、いよいよだ。そう思うと、余りの責任重大さに若干どころでなく胃が痛むような気がした。
さりとて、今更投げ出せるものでもない。できる限りの最善を尽くし、何としても上手くやり切らなければ。震える息を溜息で誤魔化し、念の為テーブルの上の道具を確認する。図案よし、インクよし。何もおかしなところはない。
納得できるまでじっくりと検めてから、未だ私の背後に控えるようにして佇んでいるレインナードさんを振り返った。
「じゃ、手っ取り早く陣書いちゃいますんで。陣を書き終えて、インクが乾いたらその上に槍を置いて下さい」
「おう、分かった」
頷くレインナードさんの表情は、あるかなきかの程度で強張って見えた。警戒――だろうか、やはり。何故、或いは、何に。ちらちらと脳裏を疑問が過るものの、今はそれにかかずらっている場合でもない。後で訊いてみることにして、ひとまず陣を描ききることに専念しなければ。
肩に掛けた通学鞄の中から、鷲羽のペンを取り出す。精密な陣を書く時こそ、使い慣れたものを使うのが一番だ。鞄を足元に下ろして、机の上に描画を開始する。
一字一句、線の一本から点の一つまで、慎重に。何の魔術が施してあるのか、研究室の中は驚くほど涼しく保たれていたけれど、それでもプレッシャーで汗が頬を伝う。滴り落ちて陣を台無しにされる前に袖で拭いながら、およそ十分ばかり掛けて描き終えた頃には、着ていたシャツの袖が大いに湿っていた。
「先生、確認をお願いできますか」
私としては間違いなく書き写せたとは思うけれど、往々にして誤字脱字は脳内で補正を受けて見つからないものだ。少し離れたところで静観の構えを取っていたアルドワン講師に声を掛けて、最終チェックをお願いする。やっぱり、プロの目を通しておいた方がいいだろうし。
構いませんよ、とテーブルの傍へやってきたアルドワン講師は、しばらく厳しい表情で陣を見詰めていたものの、
「……記述に誤りも、書き間違いもありませんね。大丈夫ですよ、ハントさん」
そう言って、頷いてみせてくれた。
まずは第一関門突破だ。ほう、と早くも安堵の息が口を突いて出ることに我ながら苦笑しつつ、テーブルの表面に風を走らせて、インクを乾かす。魔術で火を熾すのはまだ得意だとは言えないけれど、風に熱を付与するくらいなら充分可能だ。そうっとインクの表面に指を置き、きちんと乾いていることを確認してから、今度はレインナードさんへ顔を向ける。
私の視線を受けたレインナードさんは心得た風で頷くと、テーブルに歩み寄り、その傍らに立った。その手に握られているのは布包みの長物――他でもない、ようやっと補修を終えた槍だ。槍を包んでいた布を取り去ると、レインナードさんは陣の中央を縦断するように、鮮やかに朱いそれを置く。
折れる前の槍をそれほどまじまじ見た覚えはないので、細かな違いは分からない。ただ、その穂先の根元と石突には、確かに以前にはなかった赤い輝きが埋め込まれていた。炎喰らう魔石、ヴァトラ石。この石が今回の施術の肝だ。
「……始めます」
緊張に震えそうな声で、宣言する。答えはない。翻って、それは進行を促す合図だ。
槍を載せた陣の上に手を翳す。深呼吸。右手にはアルドワン講師、左手にはレインナードさん。両脇からそれぞれの分野のプロの眼が光っていると思うと、中々冷静になること自体が難しいけれど。努めて呼吸を落ち着かせて、これから述べる論理を今一度、脳裏で反芻する。
火炎の誘導、担い手の保護――と、言葉にすると小難しくなるけれど。つまるところ、どうなって欲しいか、私がどうしたいのか。たったそれだけの問題だ。……大丈夫、それなら分かり切っている。
「開式――」
まず指先で触れるのは、槍の穂先。笹の葉に似た両刃の中央には血抜きの溝が設けられており、それをなぞるように根元のヴァトラ石まで魔力を込めながら指を動かしていく。石突の方とは違い、こちらは攻撃の要となるのだから施す術式は収束させた炎を抑え込むよりも、任意の対称に向かって放つことに主題を置く。
「巡り流る風は汝を導き、刻み謳う祈りは汝へ道引く」
唱えながら、続いて穂先から石突に向かって、柄の上を点々と指を動かしていく。
そうして、二つ目のヴァトラ石に指が触れた。槍を介して燃え上がる炎を、ただ燃えるまま垂れ流しておくのでは効率が悪い。いや、ただ燃えるだけならまだマシだ。現状、溢れた炎は担い手までもを巻き込んで焼いてしまう。それだけはどうにかしなければならない。
その対策となるのが、こちらの石だ。二つ目のヴァトラ石に指先を当てたまま、大きく息を吐く勢いで一気に魔力を流し込む。施す術式は、一つ目とはある意味で真逆に。溢れる炎が担い手を焼く前に吸収し、溜め込む。一種の安全装置であり、増槽だ。上手くいけば、これまでの一発分の魔力で二発撃てるようになるはず。
「獅子討つ誉れ高き汝に希う。守りたまえ、助けたまえ。猛る炎の担い手に祝福を」
そう結んで、魔力を注ぎきったところで指を離す。改めて見下ろしたヴァトラ石の内部には、さっきまでは無かったきらきらと光る粒子が瞬いていた。それは術式がきちんと封入された証であり、成功の証明……の、はずだ。
「先生、何かお気付きのこととか、ありますか」
けれど、油断はできない。再び声を掛けて顔を向けると、アルドワン講師は思いの外朗らかな表情を浮かべているのが目に入った。
「……先生?」
「そんな風に不安げな顔をするものではありませんよ。自分の術に自信をお持ちなさい」
それは、何か。つまり、ちゃんと成功したってお墨付きなのだろうか。
ごくりと息を呑むと、アルドワン講師はニコリと笑う。
「夏期休暇の課題は、文句なしの優評価ですよ」
そう言われた途端、私は感謝を述べるのも忘れて、深々と息を吐いた。張り詰めていた緊張が抜けたのか、全身がやけに重く感じる。そう長い時間のこともでもないのに、どっと疲れた気分だった。
「よ、よかった……」
テーブルに両手を突き、もう一度息を吐く。いくらアマチュアだとは言え、仕事として請負ってしまった以上は完遂しなければならない。その重すぎる荷がやっと下りたのだと思うと、背中に羽が生えたような心持だ。
気を取り直して、陣の上の槍へ手を伸ばす。本来この槍には設定された人以外の人間が触れると炎を発する魔術が掛けられているそうなのだけれど、レインナードさんは既に私を登録しておいてくれた――護衛の契約を結んでほどなくして、槍に触れる機会もあるだろうと設定してくれていた――ので何の問題もなく触ることができた。
ただ、持ち上げてみると――その、うん、やっぱり重い……! 弓矢とは比べ物にならない重さに悲鳴を上げたい内心を意地で取り繕い、平然とした表情を取り繕ってレインナードさんに向き直ると、何故か眩しいものを見るように細められた橙の眼が、私を見下ろしていた。何か、と首を傾げてみれば、どこか慌てたような仕草で「何でもねえ」と否定される。……何だそれ。何でもないって言うのなら、敢えて追及はしないけれども。
「……ひとまず、施術は完了しました。発生させた炎を収束させることで攻撃性能が向上、手を焼くほど無為に流れていたものを留めて溜めておくことで二発目への布石を作ること。そのどちらも、想定通り仕込むことができたと思います。後は実際に使って確認をしてみて、もし何かあったら、教えてください。出来る限り対応しますので」
どんな術を施すかについては、元々レインナードさんとも充分話し合ってある。今ここで改めて語る必要はない。槍を差し出すと、レインナードさんは神妙な面持ちで柄を掴み取った。右手一本で。軽々と。……いや、羨ましくはないけれども。そんなに。そこまでは。
「そんじゃ、後で試してみるわ。その結果は報告した方がいいよな?」
「そうですね。問題があってもなくても、教えてもらえれば」
「分かった。――なら、何とかは急げだ。行こうぜ。先生さんとやら、世話んなった。感謝する」
「どう致しまして。ハントさんを宜しくお願い致しますよ」
「んなこと、言われなくても、だ」
そう言うや、レインナードさんは私の手を掴んで歩き出した。まっすぐに扉へ向かう足取りは、一刻も早くこの部屋を出たいという意思を代弁するかのよう。……って、いや、まだ挨拶もしてないのに!
「待った待った、レインナードさん、先生に挨拶を――」
なんとか踏ん張ってその場に留まろうとしても、掴まれた手はぐいぐい引かれていく。おのれ、こんな時に人の話を聞かない悪癖を発動させるとは。一体どんな了見か。
ちょっと、と目の前の背中に拳の一発でも見舞ってやろうかとした時、からからと笑う声が聞こえた。驚いて振り返る。アルドワン講師は、全く微笑ましいとでも言わんばかりの表情で、ひらひら手を振っていた。
「構いませんよ、ハントさん。休み明けにまたお会いしましょう。その時に積もる話でも聞かせて下さいな」
「え? あ、はあ……」
当の講師がそう言うのなら、頷かざるを得ない。
結局、私はそのままレインナードさんに引っ張られて学院から連れ出される羽目になった。




