06:恋人たちの石-05
「浮遊石探しは俺だけでもどうにかなる。今日一日ゆっくり休んで、ついでに剣と盾を調べといてくれ」
そう言って、朝食を食べ終わって早々にレインナードさんは宿を発って行った。確かに私は風の通らないところは探れないし、腕力もあまりない。ただ、石を探すなら頭数が多いに越したこともないはずなのだ。それを分かっていない訳もないだろうに、レインナードさんは一人で発った。
結局、昨日は交互に部屋を出て入浴を済ませたところで力尽きてしまって、剣と盾の解析をするまでもなく寝てしまった。だから分業の判断にも一理はあるのだけれど、そもそも解析なんてそう時間が掛かるものでもない。少し待ってもらえれば済むのに、レインナードさんは「急ぐこたねえだろ。よく休んで、確実にやってくれや」と言って聞く耳持たなかった。とどのつまり、未だ私の体調を気にしているらしい。本当に闘技場の一件は失敗だった。
まあ、今更何を言ったところでレインナードさんは一人で出発してしまったし、私は一人で宿にお留守番である。大人しくするべきことをするとしよう。
宿の二階の部屋に戻り、女将さんからもらった古いシーツを床に敷く。年季の入った木目の床には、さすがに直接インクを垂らして魔術陣を描く訳にもいかないのだ。白いシーツの四隅に重石を乗せ、ぴんと張ってから靴を脱いでその上に乗る。描画に用いるのは、念の為に持ってきておいた魔術道具の一つ――日ごろから私の魔力を馴染ませておいた深い緑のインクだ。中身を零さないよう、慎重にインク壺を開けて鷲羽のペンで記述を開始する。
ささっと魔力を通して構造を解析することもできるけれど、折角なので今回はできる限り精度を上げて調べておく。万が一測り損ねても困るし、念には念をという次第だ。
シーツの上の陣は、どうにかインクを使い切る前に描ききることができた。インクが乾ききるのを待ってから、その上に剣と盾を置く。よし、これで準備完了。右手に赤い金属――壊れた槍の破片を握って陣の傍らに立ち、それを翳すように手を突き出して唱える。
「開式――奔る波は深みへ至り、汝を浚う」
放出した魔力が対象へ浸透し、走査するようにその構造を暴き出す。解明された組織と手の中の物質を比較参照し、類似点を探し出す。一パーセント、二パーセント……砂時計の砂の落下を見守るような心持で、比率が跳ね上げられていくのを待つ。
掛かったのは、都合十分。剣の刃と盾の表面となる金属部分、それらが槍の破片と百パーセント同じ材質であることを確認。――確かに、剣も盾も紛うことなきミスリル製だった。
「閉式」
術式を閉じれば、部屋の中に満ち満ちていた魔力が霧散する。シーツの上から下りて靴を履き、締め切っていた窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできた。まだ早朝に近い時間でからか、夏であることが信じられないほどに涼しい。……グリフォン便以外の移動手段があれば、避暑に来るのもいいかもしれないけどなあ。
「さて、後はどうしようかな」
いずれにしろ、剣のまま盾のままでは加工できない。この際、持て余した時間を使って余分なものを外し、成形してしまおうかしらん。魔力と呪言から何かを作り出すことは不得手だけれども、逆に目の前にあるものを加工するのは得意なのだ。
再び靴を脱いでシーツの上に乗り、陣に並んだままの剣と盾の傍に座り込む。まずは剣からにしようか。
「開式――奔る波は深みへ至り、汝を揺らがせ孤に別つ」
刃の切っ先から中腹、鍔、柄、柄尻と点々と指先を当てつつ、魔力を流し込む。構造を再解析し、それぞれの材質ごとに選り分ける。指を離すと剣はふわりと浮きあがり、分析した通りにひとりでに分解されていった。同じように盾も分解する。木材や皮革類はあんまり再利用がきかなさそうだけど、一応レインナードさんにも確認を取ってみた方がいいかな。
それからは地味な成形作業に没頭した。魔力を用いた金属の変形や変質は土魔術の比較的初歩なのだけれど、如何せんミスリルはそこらの金属とは魔力の伝導度が段違いだ。ちょっとしたミスでぐにゃりと歪んでしまい、前衛的すぎる謎のオブジェと化してしまう。
昼いっぱいまでかかって何とか剣から分離したミスリルを延べ板に整え、次いで盾の方までもを成形し終わる頃には、すっかり空が赤くなっていた。
いつの間にか、すっかり薄暗くなっていた部屋の中。シーツの上に散らばった木片や皮革片、剣の柄尻に嵌っていた赤い玉や盾の装飾の小玉。ぐう、と鳴るお腹。
――やっちまった、と思った。
作業に夢中になってお昼をすっぽかしたなんて言おうものなら、またレインナードさんは怒るに決まっている。やってしまったものは仕方がない、とりあえず女将さん辺りに口裏を合わせてもらうよう頼んでおこう。
「そうとなったら、急がなくっちゃあ」
いそいそと靴を履き直し、開けっぱなしだった窓を閉めて鍵もかける。シーツは大雑把に畳んで、ミスリルの延べ板や細々とした材料と一緒にベッドの上に置いておく。そうして、部屋を出ようとしたんだ。扉を開けたんだ。外を確認しなかったんだ。
「……どうも、お帰りなさい」
扉を開けた途端、般若みたいな顔があったら、そりゃあビビるっていうか。ビビるのを通り越して笑ってしまうと言うか。
「痛い!」
返事の代わりに拳骨一つ。
痛む脳天を心配する間もなく、降ってくるのはそれはそれは低い、威圧感たっぷりな声音。
「俺は、前にも言ったよなあ? 飯はちゃんと食えって。ついでに朝も言ったよなあ? ゆっくり休めって」
「はい、聞きました! 今思い出しました! うっかり忘れてましたすみません!」
「忘れてんじゃねえよアホ!」
「すみませんでしたってばああああ痛い痛いお許しをおおおおお!」
振り下ろされた拳骨がぐりぐりとドリルのように頭蓋を圧迫する。振りでなく割と痛いというか、結構痛いというか、ぶっちゃけめっちゃ痛い!
「でっ、でもっ、ちゃんと色々できました、んで! いたた、か、勘弁してください……!」
「できたあ?」
胡乱げな声で言い、やっとレインナードさんが拳を引く。あっちあっち、とベッドの方を示すと、レインナードさんがそちらへ顔を向けるのが視界の端にちらりと見え、小さく息を呑むのが聞こえた。少しは気を逸らすことができたかしらん。痛む頭をさすりさすり、怒りを有耶無耶にしてもらう為にも、懇切丁寧に説明をすることにする。
「剣と盾に使われていたのは、レインナードさんの槍と同じ純度百パーセントのミスリルでした。大成功ですよ。んで、折角一日暇だったので、分解して延べ板にしてみました。装飾に使われていた宝石っぽいものの価値は分からないので、この辺は商工ギルドでちゃんと鑑定してもらった方がいいかもです。一応木材や皮革類も残してはおいたんですけど、使い道……というか、再利用ききますかね」
そこまで言って口を閉じると、空白めいた沈黙が落ちた。何故だ、反応がない。
チクタクチクタク、部屋の中の壁に掛かった時計の動く音だけがやけに大きく聞こえる。
「――あー……ったく、お前って奴はほんとに」
しばらくして、肺の中の空気を全部吐き出すような深い溜息と共にレインナードさんが口を開いた。室内灯に照らされて鈍く光る銀髪の頭をがしがしと掻いて、何とも言えない顔で私を見る。
「……お疲れさん。ここまで見事に後始末しておいてもらえりゃ、余計な手間もまるっと省ける。ありがとな」
もう一度伸びてきた手が、軽く頭の上に乗る。髪越しに伝わるじわりとした温かさは、大きな手の温度であり、詠唱もルーンも省いた簡易的な治癒魔術によるものだ。じくじくとした痛みが徐々に消えていく。
「つーても、昼飯も忘れてこもりっぱなしだったってのは、まだ許してねえけどな」
眉間に皺を寄せたレインナードさんが言うに、女将さんは昼過ぎにこの部屋を訪ねてきていて、扉を叩いて呼び掛けてまでくれていたらしい。昼過ぎと言えば、ちょうど盾のミスリルの成形を開始したところだ。ひたすらミスリルを凝視しながら土魔術の構築式の微調整に終始していたはずで、何か物音や声が聞こえたような覚えもない。それだけ没頭していたのだろう。
で、つい先ほど戻ってきたレインナードさんは、ちょうど下で女将さんと行きあい、私が無反応のまま部屋にこもり続けていることを知らされて、大慌てで階段を駆け上がってきた。そこにタイミングよく――私によっては甚だ悪いことこの上ないけれど――私が顔を出した、という次第だったらしい。
はあ、なるほど。そう曖昧な相槌を打つと、不意にレインナードさんが両手で私の肩を掴んだ。背中を丸めて目線の高さを合わせてきたかと思うと、じっと燃えるような橙の眼に見据えられる。
果たして、今までこんなにも真剣な眼差しに射られたことがあっただろうか。そう思わずにはいられないくらいに、つよい視線。
「ライゼル、お前が色んな知識や技術を持ってるってのは分かった。そりゃあもう、よく分かったさ。けどな、いいか……頼むから、それに振り回されんな。それがお前を動かすんじゃねえ。お前がちゃんと寝て、食って、生きて――それからだろ。その上に乗るもんだろ。その上で、お前が使うもんだろ。お前が使われるんじゃなく」
それは噛んで含ませるような、言葉だった。
もちろん、私は真剣に聴いていた。注がれる眼差しのように、紡がれる声音のように。けれど、その実どこか呆然としてもいた。
私達の間には、家族のような血の繋がりがある訳ではない。確固としたものは何もない。友達のような親愛の情がない訳ではないけれど、それが全てではない。発端は、言ってしまえば行きずりだ。街ですれ違うように出会って、奇しくもそこから縁ができた。それでも私達の根底にあるのは傭兵と依頼主の紙切れ一枚の契約関係で、どうやったってそれは変わらない。
第一、私の依頼に端を発したギルドと学院の間に縁を結ぶことを最終目的とした契約事項は、ギルドにとっては旨味が大きいかもしれないけれど、レインナードさん自体にはそれほど大きなメリットがない。足手まといは連れて歩かなければいけないし、私のお守りをすることで金一封がギルドから支給されると言っても、たかが知れている――と、思う。
だから、本来レインナードさんがそこまで私を心配する理由はないはずなのだ。そもそも私が不慮の事故か何かで契約を続行できなくなって打ち切りになったとして、レインナードさんが困ることは何もない。他のもっと効率のいい仕事を受ければいいだけ、それでお終いの話だ。レインナードさんは腕の立つ傭兵なのだから、それができないはずがない。
それど、この人はそうはしない。一々怒って、諭して、世話を焼く。そういう人なのだ。
じわりと、喉の奥から込み上げてくるものを感じる。言葉にして発するには、少し混沌とし過ぎた何か。結局はそれは声に化けて出てくることはなく、唇も縫い合わされてしまったかのように動かない。その代わりに頷いてみせると、レインナードさんはやっとほっとしたような顔をした。
「昼食ってねえんだから、腹減ってるだろ? 飯にしようぜ」
その言葉にも、私はただ頷き返すことしかできなかった。
浮遊遺跡には、宿を取っていた期間目一杯――都合三日滞在した。
別行動をした二日目にレインナードさんがいい採掘ポイントを見付けてきてくれたので、三日目に二人がかりで一気に必要な量を採掘しきってしまうことができたのだ。その採掘帰りの足そのままで、ちょうど間に合ったグリフォン便の定期便でマーヴィの街に降りた。マーヴィはそこそこに栄えた街なので、宿に困ることも無くて済んだ。
「じゃ、俺こっちな。何かあったら壁叩け、気付くから。んで、宿の食堂は閉まっちまってるっつーから、飯は外な。三十分後に集合」
「へーい、了解です」
中の上くらいの宿で隣り合った部屋を二つ確保して荷物を置いてから、私達は夜の繁華街へと食事を求めて繰り出した。とは言え、繁華街を散策する気などさらさらない。
夜も遅いし、さっさと食べるものを食べて宿で寝たかった。そうして入ったのは宿から最も近いところにあった酒場で、とりあえず食べられれば何でもいい思惑が露骨に透けて見えるけれど、浮遊石探しとグリフォン便の旅の後で疲れているのだから仕方がない。
適当に空いている席に座り、適当に料理を注文する。人でごった返して騒がしい割に、料理は早く届いた。手を合わせて「いただきます」と述べてから、食事を開始する。開始しようと、思ったのだけれども。
「……そんなに凝視されると、食べにくいんですけど」
「ちゃんと食ってるか確認しとかねえとな?」
しとかねえとな、じゃねーですよ。そんな熱視線向けられて、素知らぬ顔で食事つができますかっつーの!
ただでさえ先月の試験対策期間中にも食事を忘れて何度か無理矢理部屋から引っ張り出されたことがあったのに、先日のうっかりだ。レインナードさんは今や、完全に私の食生活に疑いの目を向けている。食べるところを見るまでは信じないぞ、とでも言わんばかりだ。
居心地が悪いことこの上ない、妙にじっとりとした視線を受けつつも、食事はつつがなく終わった。やたらレインナードさんがたくさん食べさせようとしてくるのには困ったけれど、私が心配をかけたのが原因であるので、どうしても強く言いきれない。何だかんだで食べさせられ、お腹がいっぱい過ぎて動くのも辛いレベルである。げふり。
「うう、食べ過ぎて苦しい……」
「苦しくても戻すなよ。ちゃんと吸収して肉にしろい」
何というスパルタか。私を肥え太らせてどうしようというのだ。誰も喜ばないぞ。
じっとりと恨みがましい眼で見つめていると、何を勘違いしたのか、レインナードさんはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「分かったよ、帰りは担いでってやる」
全然分かってねえし! そうツッコミたかったものの、満腹すぎてそれをする余力もない。結局レインナードさんは一人で納得して、お勘定をしにカウンターへ向かって行ってしまった。仕方がないので、私は先に外に出て待つとする。
そうして広いフロアに密集した机や椅子の間をすり抜け歩んでいく最中に、問題は起こった。俄かに横合いから掴まれた腕。がしりと腕を掴む手は冷たく骨ばって、ひどくかさついていた。反射的に腕を振って振り払おうとしたものの離れず、そのまま歩き去ろうにも腕を掴む手が離れなくて進めない。
何だコンニャロウ、と振り向いて手の主を見やれば、エールの並々と注がれたジョッキをあおりながら薄ら笑いを浮かべている男性がいた。その周囲も周囲で完全に出来上がっているのか、少しもこの異常事態に関心を払いもしない。冷やかす声がない代わりに、助けてくれそうな気配もない。明らかに面倒な事態になっている。
「姉ちゃん、暇そうだな。どうだ、少し付き合えよ」
あっ、これ絡まれるっぽいっていうか、完全に絡まれてる絡まれた。引き攣りそうになる頬を感じながら、まるで他人事のように思う。
「いえ、全く暇ではありませんのでご遠慮します。連れがいますので」
「そう固いことこと言うなよ」
完全に人の話聞いてねえ、この絡み酒酔っ払い。イラッとして、思わずため息が口を突いて出る。日本人であった頃ならいざ知らず、今ならどうとでも払い除ける術はあるのだ。例えば、掴まれた腕の辺りに魔力を溜めて、瞬間的に放出することで掴む手を弾き飛ばすとか。例えば、局所的に風を発生させて無理矢理振り払うとか。
――けれど、そんな行動に出る間もなく。
「俺の連れに、何手え出してやがんだ。ああ?」
地獄の底から響いてくるような、地を這う低音。聞くものを震え上がらせるような威圧感。
私の腕を掴む手――の手首を掴むのは、日に焼けた無骨な指。関節が白く浮き上がるほどに込められた力は想像するだに恐ろしく、ミシミシと骨の軋む音さえ聞こえてきそうだった。
痛え、と私の腕を掴んでいた男性が野太い悲鳴を上げ、大仰に仰け反る。その弾みでようやっと腕が解放され、私はそそくさと救世主の傍に逃げ込んだ。不機嫌を通り越して怒り心頭といった表情のレインナードさんはひたすらに男性を睨み据えていて、私を一瞥もしなかったけれど、大きな手に肩を掴まれて引き寄せられると、自然と安堵の息が漏れた。やっと安全地帯に非難することができた、というか。
「いてててて、痛えっての! 放せよてめえ!」
「先に手え出したのはそっちだろうが。嫌がる奴に無理強いすんじゃねえよ、みっともねえ」
いつになく冷たい声で、レインナードさんは言う。掴んでいた男性の腕を勢いよく振り捨てると、踵を返して私の肩を押した。ぶっきらぼうに「帰んぞ」とだけ言って、歩き出す。――ただ、その瞬間私は見てしまったのだ。レインナードさんの背後。
顔を真っ赤にして怒り狂う男性が、拳を振りかぶって突進しようとしている姿を。
「レインナ――」
それでもまた、私が声を上げるよりも早く。
さながら、それは刀の抜き打ちじみた。身体を捻って反転する動きから、槍で突くように、流れるように打ち出されたカウンター。めしり。拳がめり込む音がした。
……考えてみれば、当然のことだった。あれだけ槍を巧みに扱う人なのだから、格闘の心得の一つや二つあってもおかしくはない。結局、男性の拳はレインナードさんに届くことすらなく、見事に顎を撃ち抜かれて仰向けに倒れ込んだ。どう、と音を立てて男性が床に転がってやっと、周囲が何事だ喧嘩かと騒ぎ出す。
「ったく、ろくでもねえ」
低く毒づくと、レインナードさんはおもむろに私を抱え上げた。肩に担がれる一歩手前、太腿を抱えられて持ち上げられた私は、慌ててレインナードさんの肩にすがりつく。バ、バランス悪っ、危なっ!
「もう二度と来ねえよドチクショウ!」
喧嘩には勝ったはずなのに、負け惜しみの捨て台詞のような言葉を残してレインナードさんは酒場を飛び出す。夜の繁華街は昼とは違った賑わいを見せていて、それだけに私を担いだレインナードさんが駆け抜けていってもそれほど奇異の目を向けられることはなかった。
「すまん」
そして、宿に帰ってきての第一声がそれだ。
レインナードさんは私を部屋まで運んでくれたばかりか、わざわざ部屋の中に入ってベッドの上に下ろしてくれた。かと思えば、ベッドの前の床に正座して頭を下げて、その一言である。何事かと思った。
「俺がついてりゃ下手なことは起こらねえと高をくくって、安易に走った。嫌な思いをさせて悪かった」
ぽかんとする私の前でレインナードさんは頭を下げたまま、硬い声で言う。なるほど、さっきの絡まれ事件を自分のせいだと思っているらしい。
「いや、まあ、ああいうことはそこそこあることでしょう。顔上げて下さい、今回は運が悪かったってことで。ちゃんと助けてもらいましたし。気にしないで下さいよ」
元はと言えば、精算に向かうレインナードさんにちゃんとついて行かなかった私にも落ち度があるのかもしれないし。この件は突き詰めたところでどうしようもない。大事には至らなかったのだし、運が悪かったで済ませておくのが一番だ。
「そうは言ってもなあ」
なのに、渋々といった態で顔を上げたレインナードさんはどうも納得してくれない風である。頑固な。
「そんな気にすることないですって。ちょっと過保護ですよ、私ゃそこまで繊細でもか弱くもないんですから」
とは言え、私も私でさすがに疲れがピークに達しようとしている。そろそろ休みたい。
「ま、もう夜も遅いんですから、話はこれくらいにしましょうよ。おやすみなさい。ぐっすり寝て、また明日」
よって、話はここで切り上げて逃げることにした。
さあさあ、と手振りでレインナードさんに退出を促せば、さすがにこれ以上食い下がることもできなかったらしく、立ち上がってすごすごと扉へ向かっていく。なんだかその背中は叱られてしょぼくれた大きな犬を彷彿とさせる――というのは、私の胸にしまっておくとして。
レインナードさんが出て行った後は、鍵を閉め直さなければいけない。そう思って、見送りついでにその足跡を追っていったら。
「……俺から見りゃ、お前は充分繊細だし、か弱えよ。変に気い使って遠慮したり、意地張ったりすんなよな」
去り際、そんな言葉が残された。
まさか、そんなことを言われるとは思わなかったので。
「……はあ」
ぱたん、と扉が閉じられた後になって、そんな間抜けな声が口を突いて出た。
「……ううむ」
なんか、ちょっと照れた。
マーヴィの街で一泊した翌日、私たちは傭兵ギルドの転送機を使って王都に戻った。たった三日四日離れていただけなのに、何だか随分と久しぶりに戻ってきたような気分になる。
依頼品の納品やら、アルドワン講師に助力を願っての槍の改修やら、まだまだすることは多いけれど。ともかく、こうしてこの夏最初の冒険は無事に終わったのだった。




