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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
21/99

06:恋人たちの石-02

 浮遊遺跡は、大きく分けて二つの階層からなる。上層の都市遺跡と下層の地下鉱脈だ。鉱脈は国の事業として魔石採掘に利用されているので、立ち入るには入場料を払うという世知辛い社会のルールに従わねばならないものの、都市遺跡部分については自己責任において立ち入りが許可されている。

 何があっても国は関与しない、という注意書きからよほど老朽化でも進んでいるのかと思いきや、旧市街地跡の建物はほとんど崩れることなく形を保っていた。何だかんだである程度の整備はしていたのか、崩落の危険があるらしい箇所はそれと分かるように魔術と立て看板でもって封鎖されていたし、ところどころには市街地の概略を描いた絵地図が壁に設置されてすらいる。或いは、魔物や警備システムのトラップを一掃できた暁には観光地にでもしたかったのではなかろうか、とどうでもいい考えが脳裏を過った。

 絵地図によれば、北の大講堂、西の空中庭園、東の闘技場、中央の宮城が国の正式な調査の入っていない未探索地であるらしい。南側一帯はグリフォン便の発着場やら、地下の鉱脈への出入り口として既に開拓調査がされてた後だそうなので、私達が求めるような古代の恩恵も望めまい。

 値打ち物があるとすれば、やっぱり宮城だろう。けれども、私達のように浮遊石の採取等、様々な依頼を受けてこの遺跡を訪れる傭兵だって少なくはないのだ。依頼のついでにと足を伸ばすことを考えた場合、同じ判断をする可能性は限りなく高い。よって、逆に宮城は無駄足になってしまう懸念もある。

 いずれにしろ、ここは経験豊富な先達の意見を聞いてみるべきだ。二人並んで眺めていた絵地図から視線を外し、傍らを見上げる。

「で、どこから行ってみます?」

「やっぱ闘技場だろ!」

 キラッキラした目で即答である。……うん、分かってた。薄々そう言われるような気はしてたけど、もうちょっと趣味に走らない選択をして欲しかったかな、私は!

 はあ、と吐きかけた溜息を呑み込む。闘技場……。宝物のにおいはさっぱりしないけれど、かつて使用されていた武器辺りでも運よく取り残されていることでも祈っておこう。

「うっし、てことで再出発!」

 私が良いとも嫌とも言う前にレインナードさんがずんずん歩き出してしまったので、済し崩し的に後を追いかける。

「一応聞いておきたいんですけど、何で闘技場なんです?」

「そりゃあ、あれだ、好奇心!」

 うーん、潔いまでの素直さ! ここまで来ると逆にちょっとくらい取り繕って欲しい! ……何だろう、期待が裏切られなさ過ぎて、逆に清々しい気分になってきた。

「ライゼルもどっか行きてえトコあったのか? そんなら後で回るぞ」

「いや、まあ……私は得るものが得られればどこでも」

 半人前にはそんな遊び心を持つ余裕もないのである。

 この辺りは特に市街地跡なだけあって、地下迷宮と違い不用意に変なものを踏んでトラップが起動する心配がない分、多少気は楽だけれども。かと言って、開き直って観光気分になれるほど豪胆な性分でもない。できるのは周囲の様子を探りつつ、大人しく前を行く背中についていくことだけだ。

「そーか。この近辺はどうだ、何か魔力の反応とかねえ?」

「残念ながらゼロ、さっぱりですね」

「そう簡単にはいかねえか……」

 レインナードさんの萎んだ声に、みたいですね、と相槌を打ちながら足を進める。

 今は範囲よりも精度に重きを置いているので、探索の有効圏は半径五百メートルほど。これが山や森の中だったら軽く三倍はいけるのだけども、空の高高度に浮かぶ石造りの街並みの中には豊かな緑があるはずもなく、私の探索能力もワンランクダウンといった趣である。まあ、地下迷宮ほどの閉塞感はないから、あの時よりは気持ちマシか。

 がらんとした石造りの古い街並みの中に、二人分の足音が響いていく。獣や魔物、罠を心配することなくのんびり歩ける探索地というのは、そう言えば初めてのことかもしれない。空の上だから地上の酷暑とも無縁で、久々に過ごしやすい感すらあった。

「そういや、試験の結果っていつ頃分かんだ?」

「今月下旬までに生徒の家に郵送もしくは直接届けられるそうです。私の場合は清風亭と実家にそれぞれ」

「案外かかるんだな」

「まあ、生徒も科目もそれなりに多いですからね」

 世間話をしながら、旧市街を東に向かって進む。目的地が大きな建物であるだけに、主要な通りを進んでいくだけで迷うこともなく、その屋根は見えてきた。

 つい一月ほど前に訪ねた王都のものより格段に古めかしい、剣闘士とかそんな単語が思い浮かぶ円形闘技場。元々この街を造った文化はさほど装飾に重きを置いていなかったのか、単に経年劣化によるものか、外観は飾り気のない無骨なものだった。

「あん中は何か感じるか?」

「今のところは特に……。でも、ちょっと妨害があるというか、微妙に読みにくい感じがするんですよね。何かを隠そうとしているのか、そうじゃないのかは分かりませんけど」

「期待していいんだか悪いいんだか、よく分かんねえな。ま、行くだけ行ってみるべ」

 言うが早いか、レインナードさんは闘技場の入り口と思しき門に向かって足を進めていく。扉のないアーチ状の門は多少柱に罅が入っていたけれど、佇まい自体はしっかりしていた。

 門をくぐった先には、広い半円形のホールが広がっている。埃っぽくはあるものの、元が開放的な造りだからか、そこまで空気の淀んだ風はない。ホールの突き当たり――半円の底辺にあたる壁には大きな扉があり、半開きになっている隙間から窺うに客席へ続いているようだった。ホールの両端からはそれぞれ奥へ向かって広い通路が伸びてもいて、探検する余地は十二分にありそうに見える。

 ただ、市街地と違って地図も設置されていない上に、ここにきて急激に探索術式の精度が落ちてきている。実際に歩いて行かないことには、何があって何がないのか、全くもって分からない。もちろん探索の術式については私が弱めている訳ではなく、どうやらこの建物自体に魔術を弱体化ないし無効化させるような施術がなされているらしかった。闘技場で行われる興行への妨害を阻む為……とかは、さすがにないかな。どうだろう。

 ……まあ、何はともあれ折角足を運んで来た以上、一通り巡ってみるべきかしらん。

「とりあえず、手分けしてあちこち見て回ってみます?」

「んー……それにゃ反対だ。そこまで危険はねえとは思うが、何かあったら心配だかんな」

 ホールを一巡りするレインナードさんの後について歩きながら訊ねてみれば、予想外にきっぱり首を横に振られた。ここまで歩いてきて何ら危険はなかったのだし、心配し過ぎのような気もするけれども……。

 さりとて、ここで敢えて反論するだけのメリットもまた、さほど見つからないのも確かだった。多少の時間や手間を惜しんで別行動した挙句に、突如発生した不測の事態によってお陀仏とか、とてもじゃないけれど笑えない。そもそも私が素人判断で安全だと思っていても、レインナードさんはその中に何か危険を見出していないとも限らないのだし。

「じゃ、二人でのんびり探しますか」

 ひとまずは建物の中を一周するのを目途として、私達は闘技場の調査を開始した。




 結論から言うと、闘技場は先人達に探られ尽くした後だった。

 この前王都の闘技場を客ではなく舞台に立つものとして利用したレインナードさんの推測通り、武器庫だの倉庫だのと言った、私達の求めるような施設は地下にあった。ひょっとしたら先人達がその存在を見落としてたりしやしないだろうか、と淡い期待を抱いて向かってみたものの、そんな甘い考えはすぐに木っ端微塵に打ち砕かれた。

 誰も足を踏み入れていないなどとは、そりゃ端から思っていなかったけれど。でも、まさかありとあらゆる部屋の中がことごとく綺麗さっぱり何もなくなっているとまでは、思ってもみなかったのだ。今までは概ね順調に目的を達成してこれただけに、何ともガッカリ感が激しい。……いや、逆にこれまでが幸運すぎたんだろうけども。

「しっかし、ここまで見事に何もねえとはなあ。爽快すぎて泣けてくるぜ」

「短剣の一本くらい残ってないかと期待してたんですけどねえ」

 そんな話をしながら、また空振りに終わった部屋を出て、魔石のランプで辺りを照らしながら地下通路を進む。地下通路の中は埃がひどかったので、ハンカチで口元を押さえながらの行軍だ。

 新しい部屋に入って、変わり映えのしない何もなさに溜息を吐いて――を繰り返してしばらくすると、通路の真っ暗闇が徐々に薄くなっていることに気が付いた。近くに日が差しこむような明り取りか、出入り口でもあるのだろうか。通路を進むうちに見えてきたのは、陽光に照らされた上がり階段だった。

 歩いてきた経路を考えれば、この先の階段を上がって出る先は一つに決まっている。だだっ広いだけの空間に何があるとも思えないけれど、何もないという保証もない。

「一応、上がってみるか。足元気を付けてな」

 了解です、と答えて数歩先を行くレインナードさんに続く。些か傾斜のきつい階段を上がりきると、聳える壁のような客席と、真っ青に晴れ渡った空が目に飛び込んできた。抜けるような青と、客席を形作る砂色の石が絶妙な色彩を織りなしている。

 暗闇に慣れかけていた目には陽光が眩しく、少し目が痛んだけれど。ずっと暗い中を歩いてきて、外に出て真っ先に目に入るのがこの景色なら、悪くないと思う。もしもこれが何らかの試合の為に出てきたところなら、上がってきた瞬間、きっと地面を揺らすような歓声に包まれて、あの色が目に入るのだ。それは結構、昂揚してしまうような気がする。

「やっぱ、何もねえか」

 一足先に階段を上がりきり、客席に囲まれた舞台に足を踏み出したレインナードさんが言うのが聞こえる。それに遅れること少々、私もまた階段を這い上がって舞台に出ると――

「うわっ!?」

 ぶわん、と突如発生する魔力の気配。発生源は舞台中央、気付いたレインナードさんが私を背中に庇うと同時に、膨れ上がる魔力は弾けて散った。放たれる魔力は波のように私達へと襲い掛かり、反射的に身構える。

 放射された魔力の中には、明確な意図をもった術式が含まれていた。古いどころじゃない術式はまるでところどころ虫が食って文字がかすれた本のようで、ひどく解析しにくい。けれど、私だってここ四ヶ月にわたって古代魔術学と魔術構築学の講義も受講してきたのだ。そこで得た知識を、今生かさなくてなんとする。

 耳の奥に蘇る講師の声、瞼の裏に浮かぶ論文の文字。それらを繋ぎ合わせるようにして、吹き付ける魔力に含まれた術式を全速力で解読する。

 ――戦士の登場を確認――

 ――クラッドフェリア式判定により、難易度四を設定――

 ――演出様式設定に則り、重装歩兵の生成開始――

 そこまで読み取った瞬間、「マジで!?」と裏返った声が口から飛び出した。

「どうした!?」

「細かいことは分かりませんけど、闘技場にかけられた術式、まだ生きてたみたいです! 自動発動なのか、上がってきた戦士に応じて、敵役を造り出すみたいで」

「あ!? 期待してたもんは何一つねえのに、そういう余計なもんだけは出てくるのかよ!」

 呻いたレインナードさんが荷物を背中から落とし、代わりに槍を構える。馴染みの鍛冶師さんのところで借りてきたという槍は、オーソドックスな木の柄に穂先を差し込んだものだ。以前のものが何度となく霜の巨人が振るう大鉈を受け止めたような、強烈な耐久力は望めそうにない。

「解析が間違ってなければ、重装歩兵だそうです」

「なるほどな、アレがそうか」

 レインナードさんが溜息交じりに言うので、その脇から顔を出して前方を窺う。なんということでしょう、いつの間にか剣と盾を備えた全身板金鎧固めの人影が。

「念の為の確認だけどよ、ありゃ人間じゃねえよな?」

「……そうですね、生命反応はありません。鎧が術式で動いてるだけだと思います」

 眺めている間にも、鎧は気持ち悪いほど滑らかな動作で私達に向かって剣と盾を構え、こちらの攻撃を待つ体勢。

「動く鎧ってか。戦っても面白くなさそうだしなあ、さっさとぶっ壊して次行くか」

 溜息を吐いたレインナードさんが飛び出す。瞬く間に動く鎧へ肉薄し、槍を突き出すものの、鎧は巧みに盾を使ってその穂先を受け流した。ただの傀儡ではない、そこそこに能力の高い動く鎧のようだ。しかし、何だろう。気分はまるでドラゴンでクエストなRPGである。

「レインナードさん、私どうしてたらいいですか!?」

「あー、その辺で見ててくれ! もし他に何か出てきそうだったら、身を守ることを第一に逃げ回っとくこと! 合流すんの面倒になりそうだから、下には戻んな!」

 何をどう行動すべきか迷って困った末に叫んで訊いてみたら、返ってきたのはそんな答えだった。分かり易くて、実に助かる。

 レインナードさんに倣って荷物を地面に落とし、そろりと足を踏み出す。念の為、矢をつがえた弓を持って、地下へ続く階段の傍から移動。舞台の中央には近付かず、壁を背にして隅っこで待機の姿勢を取る。こうしていれば、少なくとも背後からの奇襲は避けられるはずだ。

 で、レインナードさんの戦いの様子と言えば、動く鎧は霜の巨人ほどの相手ではないのか、早々に決着がつきそうな気配だった。槍を受け流した盾は剣で攻撃に出るよりも早く引き戻された穂先の連撃で籠手ごともぎ取られて地面に転がっているし、残された剣で攻撃を試みるも矢継ぎ早の槍捌きの前に軌道を逸らされ弾かれで、結局は鎧の防戦一方。

「これで終いだ!」

 で、フルフェイスの兜の隙間から槍がねじ込まれて貫通し、勝負は決まった。

 ――かに、思われたのだけれども。

「……何だ、案外しぶといじゃねえか」

 呆れた風で言って、レインナードさんが飛び退いて距離を取る。鎧の振り抜いた剣が、風切り音を立てて一瞬前までレインナードさんが立っていた場所を斬り裂いた。兜から槍を引き抜かれた鎧は、まるで堪えた風もなくレインナードさんに向かっていく。……そりゃあ、生物ではないのだから頭部を貫かれたとしても、致命傷にはならないのかもしれないけれども。

 全く、とつい溜息が出た。顔面を貫く一撃、なんて傍目にも単純明快分かり易い決着じゃないか。大人しく敗北を認めてくれればいいものを。

「ライゼル! 爆散させる以外に手っ取り早くこいつを負かす方法読めるか!?」

「今調べてみます!」

 動く鎧の剣を打ち返しながらのレインナードさんに答えて叫びながら、探索の術式を放つ。放ってから、闘技場に入ってから感じていた妨害が、今はすっかり何もないことに遅まきながら気付いた。客でなく戦士としての行使なら、妨害をするにあたらないということなのだろうか。一体どういう論理で闘技場に術式が敷かれているのか、気になることは気になるけれど。残念ながら、今はそれを調べている場合でもない。

 気を取り直して、探索の術式を鎧へ向け直す。何もないところへ鎧を出現ないし生成し、人間もかくやという滑らかさと精密さで動かす術式なのだから、調査を退けるような仕込みまであったらどうしようと一瞬ひやりとしたものの、幸いそこまで鬼畜な仕様ではなかったらしい。探索の術式はするりと鎧の中に入り込む。

 やはりあの鎧の中身は空洞で、内側から動かす人間の代わりに魔力が詰まっていた。その鎧を内外から支えるのは、とてもじゃないけれど読み解ききれない、大量にして複雑な術式だ。

 思い返してみれば、鎧を発生させた術式は外敵の排除を意図していたのではないように思えた。難易度だの演出だのという文言から考えるに、むしろ闘技場の興行の一環のような。――であるならば、勝敗について規定するルールが仕込まれている可能性も、なくはない。

 術式をより高精度の解析へと切り替え、目を凝らす。……さすがは古代の術式か、古代呪文学の試験を思い出すような難解さだ。ええい、鎧を動かす仕組みなんてどうでもいいんだお呼びじゃない! そうある意味で普通の文脈ではなくて、もっと違う、異質な何か――

 解析術式を通して頭の中になだれ込んでくる膨大な情報を、頭痛を覚えながらより分ける。物質転換術式、違う。自律行動術式、違う。……あ、何だこれ。ちょっと変な記述がある。

 ずきずきと痛み始めたこめかみを押さえながら、毛色の異なる記述の術式を読み進めていく。これまでにも増して難解だ、まるで外国語の古典を読んでいる気分になってくる。苦心しながらも読み進めていくと、やがて疑念は確信に変わった。

「――レインナードさん、あった! ありました! 鎧の左胸! 中心から拳一つ右! そこが勝敗を決める鍵!」

 成し遂げた昂揚に突き動かされるがまま、頭痛の存在も忘れて叫ぶ。よしきた、と軽やかに応じるレインナードさんは剣を振りかぶる鎧に蹴りを見舞ってよろめかせるや、つるりとした曲線を描く胸部へ「tyr(ティール)」の呪言と共に槍を突き込んだ。一呼吸置く間もない、信じがたいような早業。

 ずがん、と重い破壊音が響き、解析術式越しにレインナードさんの槍が過たず目的のものを貫いたのが読み取れた。それすなわち、自らが破壊されることで敗北を認定し戦いを終了させる、ある意味で興行の核となる術式である。

 おそらく難易度四の重装歩兵は核を破壊しない限り動き続ける、一種のアンデッドのような敵として設定されていたのだろう。単純に鎧との白兵戦だけではなく、その中の核を探し出して破壊することまでも含めたアトラクション。

「お、ほんとにもう動かねえのな」

 背中から槍の穂先の生えた鎧は、電池の切れた機械のようにピクリともしない。それどころか、レインナードさんが槍を引き抜くと、呆気なくバラバラになって崩れ落ちた。

「完全に終わりっぽいな。ライゼル、こっち来ても大丈夫だぞー」

 手招きをされたので、頭痛を堪えつつレインナードさんの許へ向かう。本当なら走りたかったけれど、痛みの止まない頭を抱えていては無理だった。そろりそろりといつにも増して慎重にならざるを得なかった歩みで近寄ってみれば、本来の人型の見る影もなく、鎧がパーツごとに地面に散らばっている。パッと見た感じ、そこまで古びてはいなさそう……に見えなくもない。気がする。

「あんだけ勉強してただけあって、やっぱすげえんだなあ。助かったわ、あそこまで早くに弱点見っけだしてくれるとは思ってなかった。ありがとうな」

 にかりと笑ったレインナードさんの物言いは、いつも通り直球だ。ううむ、照れ臭いぞ。

「まあ、一応これでも学院で首席ですし」

 しかし、口を突いて出るのは、如何せん愛想やら可愛げやらに欠ける返事である。私にもっと女子力とかいうのがあれば、こういう時もっと――ええと、なんだ、可愛らしい感じ? とか、女の子っぽい感じ? な返事ができたのだろうか。よく分からんけど。

 ――って、脱線した。可愛げとか愛想とか、そんなとっくに枯渇しているものは、今更どうでもいいのである。ともかく私としては、年甲斐もなく子供じみた照れ隠しの一種というか。そんな感じの軽い、さらっとした自負の主張みたいなつもりだったのだ。なのにレインナードさんときたら、そりゃあもう目を真ん丸く見開いて、口までぽっかり開けている。まさに絶句、とばかりに。

「……あれ? 話したことなかったですっけ?」

「聞いてねえよ!」

「そーでしたっけ。まあ、自分から言いふらすことでもないですしねえ。首席っつっても、実際どこぞのアホにやっかまれてうんざりさせられるくらいの付加価値しかないのが現状なんで、別にいいものでも何でもないですよ」

 返事もそこそこに、しゃがんで散らばった鎧のパーツを検める。これは持って帰ったら少しくらいお金になるんだろうか。鎧としては使い物にならないかな、純粋に金属としてはどうだろう。そんなことを考えながら、ちょいと指先で突いてみた時だ。

 ――戦士の勝利を確認。判定・優――

 ――報酬生成開始――

 またしても、ぶわっと沸き上がる魔力。ライゼル、とレインナードさんが焦ったような声で呼ぶのが聞こえた。襟の後ろを掴まれて、力任せに身体が引っ張られる。急激にして唐突な負荷に、ただでさえ痛い頭が劇的に最悪にな感じになっていくのを自覚せざるを得なかった中、それでも解析を止めなかった自分を少し褒めたい。

 ――難易度四・重歩兵打倒報酬、ミスリルシールド――

 ――無傷勝利報酬、ミスリルソード――

 ――優判定勝利報酬、ラムール石――

 レインナードさんに引っ張られて無理矢理鎧の残骸から引き剥がされ、尻餅をついた私の目の前でその鎧が忽然と消え失せる。そうして代わりに現れたのは、目にも眩い白銀の輝きであり、一塊の薄桃色の結晶だった。何がどうなったのか、まるで訳が分からない。さっぱりぽん。はー、さっぱりさっぱり。

 とりあえず、私もレインナードさんも目を丸くしてぽかんとして、それらを見詰めていた。もっとも、どれだけ見詰めたところで、新たに現れたものが消えることも、変わることもなかったのだけれども。

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