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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
20/99

06:恋人たちの石-01

 試験前の学生が切羽詰まって慌ただしくなるのは日本でもこちらでも変わりはなく、例に漏れず七月に入ってからの私も、ひたすら試験に向けて課題や自主学習に取り組む日々が続いた。寝ても覚めても学院から借りてきた理論書と首っ引き、たまの買い物はもっぱら商工ギルドでの交渉。顔馴染みになってきたお陰で、売り物にならないような屑石をタダ同然の価格で譲ってもらうことに成功して以来、課題制作は実に順調である。

 そんな調子で、一応どうにか試験対策期間は有意義に使えていた。ただ、すっかり清風亭に居ついてしまったレインナードさんが度々思いもよらない事態を発生させ、それに巻き込まれることもないではなかったけれど。

「おーい、そんな毎日部屋に篭りっぱなしで勉強ばっかしっつーのも身体に悪いぞ。たまにゃあ外に飯食いに行こうぜ、飯。好きなもん食わしてやっから」

「お気持ちだけ有難く頂きます。まだ論文を読み終わっていないので」

「扉蹴破られて修理費請求されんのと、大人しく出てきて飯食わされんのと、どっち選ぶ?」

「何その理不尽な脅迫!?」

 訳の分からない脅しで勉強を中断させられて部屋から連れ出されたこともあったし、

「レインナードさん、ちょっとお話聞かせてもらっていいですか」

「そりゃ構わねえけどよ、つーか目の下隈ひっでえな!?」

「これ終ったら三十分寝ますって。とりあえず、火魔術で火炎を発生させる時のコツとか」

「コツも何も、呪言唱えるかルーン刻んで適当に魔力通しゃ一発だろ?」

「あっ、駄目だこれ地味に天才肌!」

 図らずも魔術行使における意識の差に愕然としたこともあったし、

「ほい、土産」

「はい? ――って、うわあ、何ですかこれ、綺麗ですね! 氷の花?」

「氷晶花っつー、メロアル氷林の名産。花に似た形を作る魔石の一種なんだとさ。魔力を吸って冷気を放つんで、部屋に置いときゃいくらか涼しくなるだろ」

「へえー……ありがとうございます」

「どう致しまして。あんま根を詰め過ぎんなよな」

 ちょっと遠出の仕事のお土産を貰って、頭を撫でられたこともあった。

 また、休日のある日の昼――ご飯を食べに一階に向かうべく清風亭の二階をフラフラ歩いていた時のこと。寝不足のお陰で一瞬ものの見事に意識が飛んで壁に激突し、派手な音を立てて床に転がってしまったせいでレインナードさんが部屋からすっ飛んできて「なあにしてんだ、このアホ! 歩く時はちゃんと目え開けて歩け! それからちゃんと寝ろ! 飯も食え!」と怒られたこともあった。

 ただ、その時のレインナードさんはまた暑いからと言って上着を脱いでいて、鍛えられてムキムキした筋肉が目にも暑苦しくてどうしようもなかった。正直、最近劇的に半裸率上がってきた裸族一歩手前の人に言われたくないと朦朧とした意識で思わないでもなかったけれど、言っていること自体は正しいので迂闊に反論もできない。

「ったく、俺は何度同じことを言やあいいんだ」

 とか何とか、私を担いで一階に持って行ってくれたレインナードさんはブツブツ言っていたけれど、それは間違いなくこっちのセリフである。顔を合わせる度に服を着ろと言っているのに、一向に聞き入れてもらえない私の身にもなれ。あんまりにも聞き流されるんで、最近はすっかり言うだけ無駄かと諦めの境地に差し掛かりかけてすらいる。ここ数週間で嫌な感じにスルースキルが上がっている気がするのが、なんかもう空しい以外に何とも言えない。

 因みに、その後は既にレインナードさんに怒鳴られていたというのに、更に女将さんのお説教とラシェルさんの半泣き顔と旦那さんの無言の重圧が三連コンボとなって襲い掛かり、あの居た堪れなさと針の筵さと言ったら、もう夢に見るんじゃないかと恐ろしくなるほどだった。とりあえず、この宿に居るうちは前後不覚になるくらい寝不足になるのは止めようと思う。

 そんな風に賑やか……いや、騒がしく……むしろ喧し……ええい、深く考えるのは止めよう。ともかく、そうして過ごした日々のうちで、刻一刻と時は過ぎていった。

 ――そして、来るその日。


「終わったあああああ!!!」

 七月末日、ついに全ての試験は無事に完了した。筆記試験も、実技試験も、課題提出も、全て出来得る限りの最善を尽くしたと思う。帰り際にアルドワン講師と行きあった時、にっこりと微笑んで握手をされたので、実際に結果もそう悪くないのだと信じたい。

 それから一目散に清風亭に帰るや、私は叫んだ。二階の自分の借りている部屋まで駆け上がってベッドにダイブして、恥も外聞もなく解放感に浸った。そのまましばらく枕に顔を埋めてバタバタしていたら控えめなノックの音が聞こえてきて、思わず我に返って真顔になったけれども。

「あのー、ライゼルさん?」

 外の廊下から窺うように呼びかける声は、ラシェルさんのものだ。

 もしや、さっきの奇声が下にまで届いてしまったのだろうか。それはまずい、大変まずい。主にこれまで培ってきた外面崩壊的な意味で。ついでに騒音的な意味で若干申し訳ない気分にならなくもない。

 何はともあれ、今は来客対応が最優先である。慌ててベッドから飛び降り、軽く身なりを整えてから扉を開ける。

「はい、どうしました?」

「その……どうかした、ということではないのだけれどね? 帰って来るなり部屋に戻ってしまったから、ひょっとして上手くいかなかったのじゃないかと……皆心配しているのよ」

 おずおずとラシェルさんは話し始める。それで代表として確かめに来てくれたのだろうか。嫌な役回りだろうに、本当にこの人はお人好しというか純粋というか……。こういう時こそ出番ではないのか、親衛隊。

「でも、安心したわ。その表情なら、きっと上手くいったのね」

 ほっとした風でラシェルさんが笑う。この様子を見るに、さっきの声は下にまで届いていなかったんだろうか。それならいい。何も問題なし。無用な心配をさせてしまったのというのは些か失敗だけれども、まあ、取り返しがつかないことではないのだし。外面は一度崩壊したら治せるか怪しいものな。話のネタにされておちょくられるとか、絶対に避けたい。

「そうですね。一応、私の主観では上手くいったと思います。ご心配をお掛けしました」

 可能な限り最速で真面目くさった表情を取り繕い、頷いて見せる。すると、ラシェルさんはそれはもう嬉しそうな笑顔になって、言った。

「それなら良かった! 今夜はライゼルさんの試験が終わったお祝いなのよ。ジョエルさんとフィルマンさんが腕によりをかけて晩御飯を作って下さっているから」

「え、そうなんですか? 嬉しいんですけど、何だか悪いですね」

「そんな水臭いこと言わないのよ。ケーキもレインナードさんがマリフェンで用意してくれているから、楽しみにしていてね」

「ありゃあ、そんな盛大に……ありがとうございます」


 試験が全て終わったその日の夜は、ラシェルさんが言っていた通りに一階の酒場を丸々使った宴会になった。早々に店じまいをしてしまって、表の扉に「貸し切り」の看板を下げた清風亭の中には、顔馴染みの常連客が何人かと女将さんと旦那さん、それと私にレインナードさんといった、身内と言って差し支えない顔ぶればかりが集っている。

 フロアの中央に寄せたテーブルには、見ているだけでよだれの垂れそうな料理が所狭しと並び、更にはレインナードさんが用意してくれたのだという大きなケーキがでんと聳えていた。大きいどころか巨大と言えるほどのケーキは最早どこの式場のウェディングケーキかと言いたくなるくらいで、いくら大盤振る舞いにしてもし過ぎである。

「それにしても、うわー、美味しそう! 私の好きなものもいっぱい」

「今回はライゼルさんの為のお祝いだもの。私もお手伝いしたのよ」

「ラシェルさんまでですか、ありがとうございます。それにしても、ケーキでかっ! こんな凄いの、よっぽど前から予約とか、そういう手続きが必要だったんじゃないですか?」

「そりゃあ、七日前に店行って話して契約してきたもんよ」

「七日前!? なんでそんな前から……」

「だってよ、あんだけ一生懸命準備してたんなら、上手くいかねえ訳ねえだろ? なら、こっちもこっちで良い奴用意しとかねえと駄目じゃねえか。ちゃんと事前に手え打っといただけあって、すげえだろ?」

 どうだ、と言わんばかりにレインナードさん――今回はちゃんと服を着ている――が胸を張る。私はその顔を、何とも言えない感慨をもって見上げた。むず痒いような、ぐるぐると辺りをうろつきたいような、若干挙動不審気味の心境である。

 それなりに付き合いが長くなってきて、しみじみと分かってきたことなのだけれど。レインナードさんはオンオフの切り替えが非常に明確だ。仕事の時は驚くほど鋭い表情を見せるし、判断も的確で冷徹と言ってもいい。まさに歴戦の傭兵といった様相になる。戦うのが大好きとかいうどうしようもない特殊嗜好がちょいちょい顔を出すのは、正直どうにかならんかなと思うものの、素直に尊敬できる人だと思う。

 ただ、普段はその隙のない仕事っぷりが嘘のように、色々と残念なのだ。割と人の話は聞かないし、大雑把に行き当たりばったりだし、我が道も行き過ぎな上に何かと服を脱ぎたがるトンチキな人でもあって――くそう、そんななはずなのに。今日に限って、かっこいいじゃないか……。なんか悔しい。

「……ありがとうございます。嬉しいです」

「おう、ライゼルもここ一月よく頑張ったな!」

 にっかり笑ったレインナードさんが、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。その大きな手と豪快さは、少しだけシモンさんを思い出させて、実はそんなに嫌いじゃなかった。

 ……しかし、ここのところの様子を見るに、レインナードさんの中における私は、どうも契約とか云々の前に弟のような立ち位置になってきているような気がしてならない。扉破られかけるし、肩に担がれるし。せめて妹的ポジションでお願いしたいところである。言わないけど。

「さて、そんじゃあ、ライゼルの試験終わりを祝って」

 乾杯、とエールのジョッキとアイスティのグラスをぶつけ合う。あちこちで唱和する声が上がり、笑い声が弾けた。案の定、翌朝は酔い潰れた屍のようなアレやコレがフロア一面に転がっている小惨事だったけれど、それもまた一興というものだろうか。

 思えば、王都に来てこれでもう四ヶ月だ。長かったようで、あっという間に過ぎてしまったような気もする。嫌なことも面倒なこともあったけれど、それ以上に楽しかったことや嬉しかったこともたくさんあった。何だかんだ言って、やっぱり私は恵まれているのだと思う。再び生まれて育った場所を離れても、こんなに温かな人たちに囲まれている。

 今度クローロス村から手紙が届いたら、きっとこの宴会のことを書こう。そう心に誓って、私の十七歳の七月は終わった。




 宴の夜から三日目の朝、私とレインナードさんはジルド浮遊遺跡へ向かうべく王都を発った。

 ジルド浮遊遺跡は、今現在も多数の魔術師や考古学者によって調査され続けている国定重要史跡だ。かつて栄え滅んだ文明の名残と言われているけれど、それが具体的にいつどんな人々によって築かれたものかまでは分かっていない。分かっているのは魔力を吸って浮遊する浮遊石の鉱脈ごと街一つを浮遊させ、ミスリルによる武具の作成も盛んに行うことができるだけの資源や技術を持っていたらしいということだけだ。一応、千年ほど前に滅んだのではないかと見当はついているらしいものの、それ以外はほぼ分かっていないと言ってもいい。肝心の遺跡を浮かせている技術の詳細でさえ、未だ解明されきってはいない。

 とは言え、国が管理しているだけあって、遺跡の中は概ね安全だ。稀に遺跡に住んでいた人々の置き土産として警備機構という名のトラップが発動したり、住み着いた空の魔物に遭遇することもあるらしいけれど、地下迷宮や樹海に比べれば可愛いものだという。

「即死系トラップはねえって聞くしなあ」

「いやそれ、死ぬより辛いタイプとか、死にはしないけどしんどいタイプとか、色んな邪推ができて怖いんですけど」

「はっはっは、細けえことは気にすんな!」

「いや、しますよね普通ね! しなきゃいけないとこですからね、それね!」

 相変わらず人の話を聞かないレインナードさんの意見とすれば、トラップなんかよりも寧ろ遺跡自体のの広さの方なのだとか。

 この遺跡はかつて町であったと見られる建物群だけでも、王都に匹敵する規模を誇るそうだ。探り切ろうと思ったら、どれだけの時間が要るかも分からない。冗談だと思いたかったけれど、「長丁場になるかもしれねえからな」と渡された鞄は今まで背負ってきたどれよりも大きく、冗談ではないことを理解せざるを得なかった。

 しかも、せっかくだからと傭兵ギルドで浮遊石の収集依頼も受けてきたので、消耗品が減ったとしても差し引きゼロどころか、更に荷物が増える可能性もある。……少々欲を出し過ぎたかと、思わなくもないものの。未だかつてない手間暇をかけて行く以上、その分を取り返さなくてはならないのだし。もうここからは腹をくくって、どんと構えるしかない。

 そもそも浮遊遺跡は立地の特殊さから、地下迷宮や樹海に向かうのとはまた違った手間と費用が掛かるのだ。まずは浮遊遺跡最寄りの町であるマーヴィに移動――これには時間と費用を天秤にかけた結果、ガラジオス傭兵ギルドの転送機を使うことにした――し、それからグリフォン便に乗って空の旅をしなければならない。

 ……そう、グリフォン便である。飼い馴らしたグリフォンに人や荷物を乗せて運搬するという職が、マーヴィ周辺では一般的に成立しているのだ。浮遊遺跡にも転送機は設置されているものの、国のものなのでギルドに比べると利用料がおそろしく割高になる。取り返せないほどの赤字を発生させるくらいなら、多少時間がかかっても大人しくグリフォン便で向かった方がよっぽどいい。その判断の下、私達はグリフォン便を利用することに決めた。

 ――の、だけれども。ここでまた問題が発生した。田舎の山村で育っただけあって、それほど上手いとは言えないものの、私も馬には乗れる。とは言え、それでもグリフォンに乗るのは初めてだし、自分で風を操って低空を移動するならまだしも、空高くに浮かぶ遺跡目指して飛ぶと言うのだから、高所恐怖症のケが無くても腰が引ける。

 浮遊遺跡に向かう為に借りたグリフォンは二頭で、それぞれに乗り手がいる。通常ならそれに一人ずつ乗ることになるのだけれど……その、何と言うか。大変情けないことに、私にそれは難しかった。どんと構えていようという決意は、早々に粉微塵になった。

 というか、難しいとか簡単とかいう以前に無理である。アレ本気で無理っつか絶対に無理。おっかないとか、そういう次元を超えてるし。一人で乗ったら死ぬし。確実に墜落死するし。厳密に言えば一人乗りじゃないけど、そんなことは生きるか死ぬかの瀬戸際にあっては些細なことなのである。

「すみませんごめんなさい、私にできることなら何でもしますのでどうか一人で乗るのは勘弁してください死ぬ絶対落ちて死ぬので何卒何卒」

「……そこまで無理っつーなら、なんかもう、仕方ねえか」

「そうですね、浮遊遺跡まではかなり高度もありますし……。まだ若いお嬢さんには、少し厳しいところがあるのも事実ではあります」

 かくして平身低頭誠心誠意お願いした結果、一頭目に荷物を全て預け、二頭目にレインナードさんと一緒に乗せてもらうことになった。さすがに成人男性二人に小娘一人は積載オーバーだったけれど、私が遺跡に到着するまで軽量化の魔術を行使することで無理矢理ながら問題解決である。無茶苦茶だと言われようが、この際気にしない。だって怖いものは仕方がない。

 マーヴィの街の発着場から浮遊遺跡までは、大体二時間余り掛かるのだという。出発から十分も経つとすっかり地上も遠くなるくらいなのに、私と言えばひたすらに硬直し緊張し続けていた。ヤバイ怖い。足の下何百メートルも何もないなんて信じられない怖い。

「鞍に命綱結んでるし、俺がちゃんと抱えてるし、そうビビんなって」

 苦笑するレインナードさんが言うように、私の胴には太い縄が結ばれていて、グリフォンの鞍に繋がっている。私の半端ないビビりっぷりが哀れだったのか、このグリフォンの乗り手のお兄さんが気を利かせて結んでくれたのだ。その上、更に後ろに座ったレインナードさんにお腹へ腕を回して抱えてもらうという念の入れっぷり。

 だがしかし、怖いものは怖いのである。どうしようもない。できればもう二度と浮遊遺跡なんて行かない行けない。

 そんな決意を新たにしながら、およそ二時間後。

「い、生き延びた……」

 どうにか、私は失神も泣き出しもせずに浮遊遺跡に到着していた。浮遊遺跡とは名がついているものの、足場としてはしっかりしたものだ。少しも揺れも傾きもなく、不安定さは感じない。しっかりと自分の足で立つことができて、やっと人心地ついた気分である。

「大袈裟過ぎだろ……。――んじゃ、どうも世話になったな」

「ご利用ありがとうございました。帰りはどうされます?」

「予定が読めねえからなあ……。日に二度の定期便もあるんだよな? そっち使うわ」

 グリフォン便の騎手の人とレインナードさんが話をしているのを小耳に挟みながら眺めた発着場は、思いの外人で賑わっていた。浮遊遺跡では、国の事業として浮遊石を始めとした魔石発掘が行われている。ざっと見回した限りでも、私達の同業者などではなく発掘作業に従事する鉱夫の人々がほとんどであるように思われた。

 人が出入りすれば物の動きも生まれるということで、グリフォン便発着場の傍ではいくつもの食堂や商店が店を開いている。小さいながら、宿屋もあった。近辺は一面石畳で整えられた平地になっていたので、昔から同じような意図で使われていた場所のかもしれない。さすがに地上との交易を全くしないでいたという訳でもないだろうし。

「うし、そんじゃ行くか」

 グリフォン便の料金も支払い終わったらしく、レインナードさんがグリフォン便に背を向けて歩き出す。その隣にくっつくようにして続くと、

「そういや、宿はどうする?」

「どうするって、どういうことです?」

「宿に荷物を置いて必要最低限だけの身軽になって昼間の間だけ遺跡にもぐって夜は宿で休むか、荷物全部抱えて目的が達成されるまで遺跡ん中にもぐりっぱなしにするか、どっちがいいかって話」

「効率を考えるなら、後者ですよね」

「まあな。その分しんどくはあるんで、その辺の選択は任せるぞ」

「間を取って、よっぽど疲れたら戻ってきて宿で休むってのはどうです? ちょっと無駄かもしれませんけど、部屋だけ確保しておいて」

「それもいいな。んじゃ、そうすっか」

 満場一致で、ひとまず宿屋に向かう。これで少なくとも疲れたら戻れる場所を作っておくことで精神的な負担は軽減されるだろう。

 ……だろうと、思ったんだ。信じてたんだ。

「あら、お客さん方運がいいね! ちょうど一部屋だけ残ってますよ!」

 なのに、宿に入ってレインナードさんが交渉を始めた瞬間、宿屋の女将さんに輝かんばかりの笑顔でそう言われて、危うく膝から崩れ落ちそうになった。耐えたけど。辛うじて耐えたけれども!

「まじかー、まじで残り一つっきり?」

「そうさ、ここの所珍しく下からの泊り客が多くってねえ! 商売繁盛で嬉しいよ!」

「そういうことなら仕方ねえか。じゃ、その最後の一部屋空けといてくれ。料金は前払いしとくんで、一応三日間」

 その上、レインナードさんはさして悩んだ風もなく、そう決めてしまった。ギョッとした。誰にも気づいてもらえなかったけど、思わずレインナードさん二度見した。本当にこの人は私を弟分か何かと思ってるんじゃなかろうか。

「さて、これで準備万端だな! 改めて遺跡探検の始まりだ、行くぞライゼル!」

「はーい……」

「何だ、元気ねえな? 空の旅はもう終わったんだから、しゃんとしろい」

 そうじゃねえよ、今のコレはあんたのせいだよ――と言いたかったものの、言う元気もなかったので止めた。もうこの宿屋には戻れないものと思って、腹をくくって遺跡を進もう。それしかない……。

「万事上手くいって、早く帰れますように……」

 とりあえず、全力で祈っておいた。

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