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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
18/99

05:司祭長の懺悔-01

 七月に入って間もないある日、クローロス村から清風亭へ小包が届いた。

 アシメニオス王国王立魔導学院は、多くの日本の大学と同じように八月から九月の終わりまで二月の夏休みを採用している。七月の下旬には当然試験があり、それに向けて学院内もざわつき始める。そんな頃のことだ。

 小包が届いたのはちょうど学院が休みの日で、女将さんの手を介して私の部屋に届けられた。大きさとしては、おおよそB5サイズのコピー用紙を五束といったところか。綺麗な長方形だ。持ち上げてみたところ、それほど重さはない。

 固く縒られた麻紐と何重にも巻かれた油紙の厳重な梱包を解いてみると、中からつるりとした木箱が現れる。飴色をした蓋の四隅には薔薇の彫刻が施されており、どこか懐かしいその意匠はサロモンさんの手によるものだろうと思われた。山に入らない日には、決まって家でこうした小物の類を作っていたものだ。

 木箱の蓋を開けてみれば、何通かの手紙と、拳を二つ重ねたほどの大きさの木筒、ドライフラワーの花束が一つずつ。何やら手紙は司祭さんと二人の妹、それからアナイスさんが代表となった家族からのものだった。木筒も気になるけれど、まずは手紙を読むことにする。

 まだ字の上手くないらしい妹たちの手紙の解読には、アナイスさんの解説書を頼りにしなければならなかったけれど、どうやら二人とも元気に羊追いを手伝っているらしい。この前放牧先で見つけたという綺麗な花の押し花も手紙と一緒に入れてくれてあって、何とも胸の温まる心持がした。

 次にアナイスさんの手紙を開ける。内容はまさに家を出た娘を案じる母らしく、元気でやっているかとか、困ったことがあればいつでも帰ってきていい、とそんな優しいものだった。ついでに、この手紙で花束と木筒の詳細も判明した。

 白い花弁の色形が綺麗に残った花束は、シモンさんが採ってきた薬草をアナイスさんが加工して仕立てたものだそうだ。なんでも、空気を綺麗にする効果があるらしい。とりあえず飾っておこう。

 木筒の方はバベットさんが育てていたハーブが収穫できたので、それを乾燥させたものが入っているのだという。眠れない時や気分が落ち着かない時に煎じて飲むように、と書いてあったので、今すぐには飲まずに大事に取っておいた方が良さそうだ。

 そして、最後に司祭さんからの手紙を開ける。内容は概ねアナイスさんのものと変わらなかったけれど、私に魔術はおろか王立魔導学院への入学を志すにあたっての諸々まで教えてくれた師匠であるだけに、王都での生活よりも学院での立ち居振る舞いや講義についての心配の方が多かった。――で、その心配の中には、やっぱり。

「まだ風魔術以外に苦手意識があるのなら、王都の教会を訪ねなさい。サルナーヴ司祭長はかつて私が師事したこともある、人となりの確かな御仁です。あなたの戸惑いに答えをくれるでしょう……か」

 まだ苦手意識があるのか、と問われたら、無いとは言えない。司祭さんの下で勉強に励んだ結果、風魔術は人並み以上に仕えるようになったと思うし、ちょっとした結界だって張れるようになった。先だってアルドワン講師の講義で課題を提出したように、魔石に魔力を溜めておけるよう細工することだってできる。

 ただ、火魔術で火を発生させることも、水魔術で水を出現させることも、土魔術で石を生成することも、どうしてか上手くいかないのだ。もちろん、できないとは言わない――そうだったら首席になっていない――けれど、何と言うか、とにかく上手くいかないのである。造り出したものの加工なんて、もうもっての外だ。見るも無残に塵になる。これさえ可能になれば残数の心配なく矢を射られるようになるので、どうにか克服したいとは思うのだけれど。

 詰まる所、私は魔力と呪言だけを元にゼロから何かを発生させる、というのがどうしようもなく上手くできないらしい。司祭さんは色々な文献をあたってアドバイスしてくれたのだけれど、結局今の今まで微々たる改善しか得られていない。

 それが司祭長さんに会うことで、この何がどう改善するかというのか。お祈りでもしてもらえということなんだろうか。よくは分からないけれど、他ならぬ師匠のお言葉だ。

「行くだけ、行ってみようかなあ」

 幸い、まだお昼前だ。善は急げと言うし、今から行ってみよう。

 司祭長というからには、きっと偉いのだろうし。面会を求めるにしても、事前に申請が必要になる可能性が高い。むしろ申請に行くつもりで向かえば、無駄足にはならないはずだ。




 この世界でも、神は信じられている。魔術なんてファンタジーな技術がある世界なので、ひょっとしたら「神」という存在だか種族だかが実在するのかもしれないけれど、残念ながら私の知るところではない。ともかく、教会が人々の拠り所として確固たる位置を占めていることだけは確かだ。

 アシメニオスで言う教会は「エードラム教」の教会であり、所謂創造神を信仰している。教義としては、それほど突飛なものもない。善くあれかし、と司祭さんがお決まりの文句にしていたように、まあ、そんな感じだ。聖書の代わりになるような説話もあったような気がするけれど、私は余り信心深い方ではなかったのでほとんど覚えていない。

 果たしてそんな半端ものが足を踏み入れていいものか、と一瞬悩んでしまうくらいには、王都の教会は荘厳な佇まいをしていた。クローロス村の教会は司祭さんの家を兼ねた、民家に毛が生えたくらいの規模だったけれど、さすが王都ともなれば比較にもならない。小さなお城レベルだ。道中通りがかった露店で買ったお昼を食べながら、半ば観光気分で来たのが早くも反省される。

 まあ、そんなことを悩んでいても仕方がない。残念ながら私はアシメニオス王国民としてはまだたったの十七年のキャリアしかないヒヨッコなので、多少の不作法は神様も目を瞑ってくれると信じよう。ぽつぽつと教会に向かっていく人の流れに乗って大きく開け放たれた外壁の門扉をくぐり、敷地に足を踏み入れる。綺麗に整えられた花壇や東屋を横目に石畳で舗装された通路を進むと、いよいよ本丸に到着。出入り口にはシスターが控えていて、やってきた信徒に向かって声をかけていた。

「あら、お一人かしら? 今日はお祈りに?」

「いえ、クローロス村のテオフィル・セラフィーヌ司祭から紹介を頂きまして、サルナーヴ司祭長にお会いすることはできないかと思い、お訪ねしました」

 案の定、私にも声が掛けられたので早速用件を伝えると、シスターは目を丸くさせた。いきなりやって来た子供が社長に会わせろって言ってるようなもんだもんな、そりゃ驚くか……。

「これが紹介状です」

 司祭さんの手紙に同封されていた紙片を差し出すと、戸惑い顔のシスターもやっと私が本気であることが分かってきたらしい。紹介状をちらりと見ては、露骨に「どうしよう」という顔をする。

「サルナーヴ司祭長はいらっしゃいますか? いらっしゃらなければ、いつ頃お戻りか教えて頂くことは可能ですか?」

 矢継ぎ早に問うと、シスターの目が明らかに泳ぎ始めた。厄介な客に捕まった、誰か助けてくれ――という心の声が表情から駄々漏れである。答えられないなら別にそれはそれで構わないけれど、それなら早く答えられる人に訊いてきて欲しいものだと思う。

 さて、どうしたものか。別の人を捕まえようか、と思いかけたその時。

「シスター・エマール。その方は私のお客人です。お通しして下さい」

 良く響く、枯れた深みのある声が響いた。声のした方を見る。

 教会の建物の中に入ってすぐに広がる礼拝堂では、何人もの信徒が整然と並べられた長椅子に座って祈りを捧げていた。その人々を見下ろすように聳える、長椅子の行列の更に奥に据えられた祭壇。そこに、一人の男性が佇んでいる。真白い髪を撫で付け、縁の細い眼鏡をかけた壮年の男性。司祭という職に似つかわしくないような、がっしりとした体格をしている。

 その人が、まっすぐにこちらを見ていた。立派な体躯と相俟って、華やかに奥の壁一面に設えられたステンドグラス越しの光を背に集めた佇まいは、そこにあるだけで妙な威圧感というか厳粛さを醸し出している。あの人が司祭長なのだろうか。ううむ、納得の大物感。

 しかし、その大物感溢れる人物から指示を受けたはずのシスターは微動だにしない。戸惑った顔のままだ。いや、そんな困った顔ばっかりしてないで動いて下さいよ。自分で判断する必要もなく指示を受けたでしょうが。

「ライゼル・ハント嬢ですね、奥へおいでなさい」

 動かないシスターに案内させることを断念したのか、よく通る声に直接促される。

 中央に通路を設けて左右に列をなす長椅子のど真ん中を歩いていくのも躊躇われたし、壁に沿って迂回して祭壇へ向かう。シスターはついてこなかったし、何も言わなかった。そんなんでいいのか。仕事はどうした。

 なるべく音を立てないよう、且つ急いで祭壇の方へ向かうと、司祭長と思しき男性は壇から下りてある扉の前で待っていた。歩み寄ってみると、にこりと笑顔を向けられる。

「ようこそおいでなさいました、ユーグ・サルナーヴと申します」

「ライゼル・ハントと申します。お忙しい中、ありがとうございます」

 いいえ、と穏やかに応じた司祭長は、背にしていた扉を開けて私を見た。

「長らく音信の途絶えていた愛弟子からの頼みです。それに、あなたはテオフィルの教え子なのでしょう。ならば、私の孫弟子にあたります。弟子の世話を焼くのも師の役目にして、楽しみですよ。――さあ、こちらへ」

 手振りで示されて、扉をくぐる。その先には広い通路があり、司祭長の先導によって案内されたのは書斎のような部屋だった。たくさんの蔵書が壁に据え付けられた棚にみっしりと詰まっており、今にも溢れ出しそうに見える。机やソファが置いてあるところを見るに、書庫という訳でもなさそうなので司祭長の私室とかかもしれない。

「ソファにお掛けなさい。じきに飲み物も届きます」

「あ、いえ、お構いなく。……失礼します」

 軽く頭を下げてソファに座ると、向い合せに置かれたもう一方に司祭長が腰を下ろす。そして、まるでそれを見計らったかのようなタイミングで、扉がノックされた。

 司祭長が入室の許可を与えると、入っていたのはさっきのシスターとはまた違う、私よりも若そうな別のシスターだった。楚々とした見事な立ち居振る舞いでソファの間のローテーブルに薄青色のお茶が注がれたティーカップと焼き菓子の載せられたお皿を置いて、何も言わずに去っていく。

「さて、テオフィルから話は聞いています――と言いたいところですが、それよりも先に気になっていることがおありですね?」

 そう言って切り出した司祭長は、悪戯っぽく笑っていた。案外取っ付きやすい人なのかもしれない。

「……私が今日ここに来ることを、ご存じだったのですか?」

「ええ、知っておりましたよ。――けれど、あなたはこう続けたいのですね。どうやって、と。テオフィルから伝えるにしても、限度がある。日時までは伝えようがない」

 頷いて肯定を示す。司祭長はティーカップを持ち上げ、一口含んでから続けた。

「司祭長と認められるには諸々の条件が存在しますが、その中で最も重要視されるものに『七奇跡の習得』があります。退魔、浄化、治癒、対話、祝福、解呪、先見。そう遠い未来のことまでも知ることはできませんが、半月程度先までならば窺い知ることができるのですよ」

 なんと、人によってはそんなことまでできるのか。というか、魔術とその「奇跡」とやらは何か違うものなんだろうか。魔術にだって、治癒や浄化の系統が存在する。魔術の治癒と、治癒の奇跡。この二つを分かつものが、何かあるということなのかしらん。

「では、テオフィルの手紙に書かれていたことに話を戻しましょう」

 疑問には思ったものの、訊く前に話が始まってしまった。まあ、そこまで追求しなければならないことでもないし、脇に置いておこう。機会があったら、その時調べればいい。

「あなたは驚くほど巧みに風を操ることができるのに、火も水も石も造り出すのが得手ではない。風を介するならば探索も攻撃も容易に成してみせるが、火や水では十人並に落ちてしまう。その評価に間違いはありませんね?」

「……間違いありません」

 全くもって否定しようのない的確な言葉に、苦々しい気分で頷く。

「なるほど。つまり今あるものに干渉するのは非常に巧みでありながら、今ないものを造り出すことが上手くゆかない、ということですね。……ふむ、ならば風を用いることには長けているというのも納得です」

「風なら、小さな竜巻くらいは起こせるんですけど」

 弁明がましく言ってみると、司祭長さんはくすりとした。

「いいえ、できないのが問題だと言っている訳ではありません。考えるに、あなたは至極現実的な人となりなのではありませんかな。火を起こすのなら火打石、水を呼ぶのなら川から、石を欲するなら土を掘る。根本的にそういうものだと認識している」

「いや、根本的も何もそういうものでしょう?」

「そう――そう、ですね。しかし、それは魔術や奇跡を求めぬ人々の論理です。それでは魔道の深みに達することはできない。経緯も手段も排除して無を有とすることこそが、魔道や奇跡の真髄。どうやら、あなたはその心構えが少し弱いようですね。本来、そのような心のありようでは魔術の行使自体が難しいはずですが――天稟か努力の賜物か……。風魔術には長けるというのも、風ならば自分の手で起こせるという認識があるからではありませんか?」

 そう言って、司祭長は軽く手で自分を煽いで見せる。

 言われてみれば、確かにそうだ。風は自分一人で、身一つ以外に何も無くても起こすことができる。だから、火や水や石を発生させるのに比べて、ずっと意識的なハードルが低い。

「魔術も奇跡も、元をただせば同じところから始まります。今ここにないものを、確かにあると固く信じること。それが全ての始まりにして、求めるものに通ずる唯一最大の道です」

 なんという予想外の精神論。……いや、そうじゃない方がおかしいのか。

 体力が肉体から成る力であるように、魔力は精神から成る力だ。それで何事かを成そうとする以上、確固たる意志が必要になるに違いない。そりゃあ日本で二十三年も生きた以上、火を起こすならライター、水が欲しければ水道、石が欲しければ採掘されたものを買う――それが当然だという意識は消しきれないけれど。

 魔術師として立とうとするのなら、それを超えて強く信じなければならないのだろう。今ここにないものを、今ここにあるのだと、今ここに造り出すのだと。そう信じて、術を成す。

「我々が神を信じ、その信仰によって奇跡を成すように。あなた方は己の魔道を信じ、そして魔術を成すのです」

 そこで言葉を切り、司祭長は再びティーカップを持ち上げた。つられるように、私もカップを取って一口飲む。爽やかな花の匂いがした。

「……少し、目が覚めたような思いです」

「もっとも、結局のところ魔術と奇跡は同一のものではありません。あくまで司祭としてからの観点となりましたが、少しはお役に立てましたかな」

「はい、貴重なお話をありがとうございます。とても参考になりました」

「それは良かった。その菓子も召し上がると良い。菓子作りに長けたシスターがいるのです」

「では、お言葉に甘えまして、頂きます」

 さくさくとしたフィナンシェはほのかに紅茶が香る。お昼を食べたばかりだとは言え、デザートは別腹です。三切れをぺろりと平らげて、仕上げにお茶の残りも頂いてしまって、

「ご馳走様でした」

 軽く手を合わせて言うと、向かいの司祭さんはぱちくりと瞬いてから微笑ましそうな顔をした。何故。

「あなたは本当に美味しそうに召し上がるのですね。じきに茶と菓子が一包み届きますから、それを持ってお帰りなさい」

「重ね重ね、ありがとうございます」

 頭を下げながら、その言葉を聞くにこの光景は先見で見ていたんだな、と割合どうでもいいかもしれないことを考える。これから起こることが大体分かっているというのは安心できるかもしれないけれど、面白味や意外性に欠けてつまらなくはないんだろうか。

「そう言えば、セラフィーヌ司祭は、この教会で修業? をされていたんですか?」

 じきにお茶とお菓子が届くから、それを持って帰りなさい――ということは、それが来るまで帰れないということだろう。当初の目的は達成してしまったし、折角なので場を繋ぐ為にも司祭さんのことを訊いてみることにした。

「テオフィルは……ええ、十年近く前になります。私がまだ司祭長となる前の折、この教会で研鑚を積みました」

「弟子にとってらしたんですよね、どんな風だったんですか?」

「……彼は、揺るぎない信仰心を持ち、素晴らしい奇跡を起こしました。若くして退魔に浄化、治癒、祝福、解呪――実に五つの奇跡を習得した。ここ数十年、例のないことでした」

 敬虔な信徒でもなければ、教会の内情に詳しくもない私には、今一つの実感の沸かない話ではあるけれど。きっと、それはとても稀有で素晴らしいことだったのだろう。

 しかし、司祭長の表情は沈んでいく。それもそうだ、司祭さんの未来が本当に順風満帆なものであったなら、あの辺鄙な村に独りでいる訳がない。また、これ以上話していいものかという迷いもあったのだろう。そこから先の言葉が途絶える。

 チクタクと時計の針の動く音がやけに大きく聞こえる沈黙。薄々そうじゃないかとは思っていたけれども、やっぱり完全に地雷だったらしい。気まずいことこの上ないけれど、私にしても他人の隠された過去を暴きたい訳ではないのだ。

「すみません、余計なことを訊いてしまって。話しにくいことなら、構いませんから」

 なので、そう言ったのに。

「いえ、彼が弟子に迎えたあなたならば、或いは……どうか、この老骨の懺悔を聞いては頂けますまいか」

 なんてこったい、逆に司祭長は話す気になってしまったのである。完全に読み違えた。どうしてこうなった。私がうっかりすると白目をむきそうな気分であるというのに、司祭長は完全に打ち明け話をする体勢である。いや待って、振りじゃなくて、そうじゃないんだって!

「彼は本当に、才ある若者でした。不幸な生まれを恨まず、嘆かず、真摯に神に仕えました。ですが、神ではなく人が、彼に報いなかった。心無い者たちが彼を蔑み、裏切り続けた。それ故に彼は神ではなく、神を信仰する行為に疑問を持ってしまった。……私は、彼を教え導く立場にありながら、守ってやることができなかった」

 答えようがないので黙っていると、司祭長は鳶色の眼で私を正面から見据えた。嫌な感じだ、どこか縋るようにも見える。

「あなたからも、伝えて頂けまいか。今はもう、君を攻撃するものはいないのだと。君が居るべき場所もある。王都に戻れば、愛弟子の直接の助けにもなれようと」

 そこまで言われた瞬間、ぴんときた。なるほど、懺悔である。この人は償いの片棒を私に担がせたいのだ。そいつは御免だ、何としても御免だ。

 ひょい、と両手を軽く挙げてみせる。所謂降参のポーズ。降参した訳ではないけれど。

「申し訳ありませんが、私は私のこと以外は背負いかねます。そんなにバイタリティに溢れてない――ええと、そう余裕がある訳でもない身の上ですし。私を引き合いに出して呼び寄せるのは結構ですが、私はそれに一切関与しませんし、責任も負いません。求めるつもりもありませんし、協力するつもりもありません。それでも良ければ、手紙の返信でそう打診してみてはいかがですか。王都に戻れ、と」

 全力で突き放した物言いをすると、司祭長はぽかんとした表情を見せた。

「私はクローロス村から師を呼び付けるほど困ってはいません。それに師が王都に戻りたいと思っているのかどうかすら、私には分かりません」

 少なくとも、私が教えを乞うた十年以上の年月の間、そんな言葉は一言も聞いたことがない。単に私の前で言わなかっただけかもしれないけれど、私の前で口にしなかったのだから、私がそうすべきだと提案する道理もないだろう。

「確証のない、本当に師の為になるのかも分からないことを、たまにしかやりとりできない貴重な手紙に書くことはできません。なので、その要請には応じかねます。……貴重なお話と、お茶とお菓子をありがとうございました。失礼します」

 言うだけ言って、頭を下げて席を立つ。司祭長は止めなかった。この展開も先見で知っていたのか、それとも純粋に驚いて反応ができなかったのかは分からないし、別に知りたくもないけれど。

「あー、めんどくさい」

 司祭長も悪い人じゃないんだろう。むしろいい人で、どうにかして司祭さんに本来あるべきものを取り戻させてやりたいと苦慮しているのだと思う。けど、人をダシに使わないで頂きたいというのだ。司祭さんには悪いが、二度とこの教会には立ち寄らないようにしよう。

 広い通路を来た時とは逆に辿っていく。足早に礼拝堂に戻って、シスターに見つかる前に人の中に紛れて外に出てしまう。よく晴れた空の眩い陽光に照らされた通りに出ると、何だか無性にほっとした。

「なんか、どっと疲れた。お菓子でも買って帰ろ」

 時刻は二時過ぎ。お土産を買って帰る頃にはちょうどいい時間になっているはずだ。

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