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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
16/99

04:皇帝来りて-06

 商工ギルド長の口上から、アシメニオス国王とキオノエイデ皇帝の挨拶を経て、いよいよ始まった武闘大会。賞金に釣られたのか、それとも賑やかしのサクラか。主催の用意した猛者に向かっていく人は多いものの、まともに戦闘になる人と言えば、さほど多くはなかった。

 とはいえ、一応今のところ猛獣も戦士も無事に――と言っていいかどうかは分かりかねるものの、挑戦者によって打ち倒されている。

 初戦として用意された猛獣を倒したのは、金髪の若い青年だった。暗黒大陸から連れて来られたという猛獣は虎に似て、驚くほど俊敏に動く。一方、肉厚のロングソードを操る青年も巧みだった。剣を太い牙に噛み合わせて喰い付かれるのを防ぎ、鋭い爪にかすめられつつも柔軟に対応して致命傷を逃れる。

 そうして猛獣が焦れてきた頃、彼は奥の手を出した。飛び掛かる猛獣の牙をロングソードで防ぎながら、隠し持っていたショートソードを抜く。一閃、鼻面を斬り裂かれた猛獣が怯んだのも一瞬のこと。目に見えて怒る猛獣は怒涛の勢いで青年に襲い掛かった。……けれど、それこそが青年の狙いだったのだろう。怒りで目の見えなくなった獣は、猛突進をあっさりと避けられてリング――競技場の舞台の中央には岩石魔術によって即席のリングが造られ、そこから下りたら自動的に敗北となる。自らリングを下りて逃げる人も少なくなかった――から追い落とされ、青年の勝利が確定したという訳なのである。

 青年の華麗な身のこなしと剣捌きは、先だって行われた騎士たちの演武にも負けるとも劣らず、リング傍から拡声魔道具を使って実況中継をする審判にして司会者が挑戦者の勝利を告げた瞬間、闘技場は揺れるように沸き返った。イベントとしては、この時点で中々の成功であると言えるのではなかろうか。

 さて、二番手は「西国の戦士」である。軽装の鎧に背負う程の大きな剣を携えた男性だ。

 これに挑みかかったのは十余名、八人は三分と持たず、一人は五分粘って場外敗北、一人は十分戦って降参。最終的に勝利したのは、なんと齢二十ばかりと見える女性剣士だった。剣士というか、侍? 刀によく似た、反りのある片刃の長剣を武器に、打ちかかる戦士の剣を巧みに受け流す。決して力比べはせず、上手く振るわれる剣の圧を逃がしていた風なのが印象的だった。大きな剣を大きく振って外せば、隙ができる。女性剣士はその隙を逃さず踏み込み、ぽっかりと空いた脇へ強烈な蹴り。屈強な男性を仰け反らせるほどの威力は想像するに余りあり、そこから一気に戦いの趨勢は女性剣士に傾いた。

 男性が蹴りを受けた脇を庇いながら、打ち合うこと数合。今度は男性の方が守りに回り、やがて女性剣士の攻撃を受けきれなくなってくる。苦々しげな表情で男性が振り下ろした剣も、紙一重で避けられてリングを抉るだけに終わった。女性剣士は肩から数ミリと離れていない場所を剣が通過したたというのに涼しい顔で、その剣先がリングに埋まった瞬間、飛ぶように踊るように大きく足を踏み出した。

 あろうことか、その足が踏んだのは男性の握る剣の鍔であり、柄であり、そして手そのものだった。虚を突かれたこともあっただろうし、物理的に身動きが取れなかったこともあるのだろう。女性剣士の刀が至近距離で閃く中、男性は身動き一つしなかった。

 ざん、と音を立てて刀が貫いたのは、果たして革鎧の肩当一つだけだった。けれど、貫いた肩当を弾き飛ばして、その白刃はひたりと戦士の首に据えられる。そうして今するにも首を刎ね落としてしまえる状況で、女性剣士は静かな声で言ったのだ。

「この期に及んで、まだ続けるというなら受けて立つが」

「……参った、降参だ。……強いな、あんた」

「十人の連戦の後でなければ、今しばらく掛かったろう」

「それでも勝つことに変わりはないってか、とんだ伏兵が混ざってたもんだ」

 そんな次第で、第二戦も挑戦者の勝利によって幕を閉じた。

 幸い、二人はリングの中でも私の座っているところ寄りの場所で決着をつけてくれたので、会話もよく聞こえた。何となく得をした気分である。

 何はともあれ、これでいよいよ第三戦だ。緊張と興奮のないまぜになったような、奇妙な気分もいやが上にも高まる。……と、思ったのも束の間。司会者が告げたのは、リングの修繕整備を兼ねて休憩時間を挟むということだった。

「折角盛り上がってきたのに、水を差しますね」

「相手は巨人だろう。舞台に上がられただけで砕けては敵わんし、気持ちは分かる」

 話している間にも、リングの補修は進む。動員されている魔術師の中にはちょいちょい見知った顔があったので、どうも学院の講師方まで動員されているらしかった。

 ところで、戦う順番には一応主催者側で定めた基準があるそうだ。ぶっちゃけて言ってしまうと、戦いにならない賑やかしは前座として序盤に出してさっさと負けてもらい、真打には場がまともな戦闘を待望し始める頃に満を持して登場してもらうと、そんな思惑があるらしい。

「やっぱりレインナードさんは順番最後ですかね?」

「だろうな。それこそデュランベルジェ家の三男辺りでも出てこない限り」

『――お待たせ致しました! 舞台の補修補強が只今終わり、いよいよ第三戦の開始です!』

 会話を断ち切るように、司会者の声が朗々と反響する。自然と姿勢を正して、私は舞台へと目を戻した。




 身の丈およそ四メートル近い巨人は情け容赦なく大鉈の猛威を振るう。轟く吼え声だけで相対するものを凍て付かせ、吹き飛ばすというのに、巨大としか言えない鉈を振り回すのだから始末に負えない。ここまで十人が挑んで、誰も彼も大鉈の間合いの先に踏み込むことすらできずにリングの外に叩き出されていた。正直、こんな怪物と戦いたいなんて人がいたら「頭大丈夫ですか? 自殺志願ですか?」と言いたいレベルの無双っぷりである。

 お陰で、今や闘技場は奇妙な緊張が満ち満ちて、静まり返っていた。霜の巨人なるものがどんな肉体の造りをしているのかは知らないけれど、その周囲には夏も間近の季節にありながら白く冷気が漂い、リングの表面には薄らと氷が張っている。その眼は氷を珠にしたかのように透明に輝いていて、確かな知性が窺えた。――否、知性と言えば最初からそうだった。

 彼は明確に探し、求めている。己が戦うに足る相手を、己が戦うに相応しい相手を。故に、それ以外の有象無象など相手をするに値しない。傷つけることすらせずに、戦いの場から追い返す。傲慢とも思える姿勢ながら、不思議と観衆は巨人への不平不満を一度たりとて口にせずにいた。ただ固唾を呑んで見守っていた。おそらく観客も同調していたのだ。巨人が待つように、待ち望んでいる。彼が戦うに足る相手を、彼と戦える相手を。

 ――そして、その時はやって来た。

『それでは、十一人目の挑戦者の登場です! ご存じの方もいるでしょう、かつてエブルの国で名を馳せた“獅子将軍”! それを討ち取ったのは一人の傭兵の若者だった――奇しくも出生はこの場に相応しきキオノエイデ! 北の国よりやってきた“獅子切”の兵、ヴィゴ・レインナード!』

 司会者が高らかに謳い上げる。司会者が舞台俳優のような大仰な身振りで通路を示せば、かつんこつんと靴音高く石畳を踏む音。

 現れたのはいつも通りの軽装に朱い槍を携えた、鋼のような銀の髪に夕焼けのような橙の眼の傭兵。左手に握った槍を軽く回転させ、一閃してみせると気安げに右手を挙げて見せた。

 わっと沸き返る闘技場。パフォーマンスは上々、熱狂は最高潮。割れるような歓声の中、レインナードさんはリングへと上がる。その最中、橙の眼がきょろりと辺りを見回し――

「げっ、見つかった」

 ばちこーん、とぶつかる視線。にかりと輝く笑顔が眩しい。ぶんぶん振られる手に他人の振りをしたい気持ちで一杯になったけれど、約束してしまったものは仕方がないので手を振り返した。ささやかに、あくまでもささやかに。

「成程なあ、お嬢ちゃんはあの傭兵を見に来たって訳か。旦那かい?」

 そんなことをしていたお陰で、これまで大人しくしていた後ろの席の客が、また口を挟んできよった。いいから、私のことは放っといて欲しい。

「仕事の関係で契約してる傭兵の人です」

 振り返りもせずに言うだけ言って、リングに意識を戻す。

 リングの中央で、レインナードさんと巨人は対峙していた。レインナードさんだって身長は一九〇近いはずだ。それなのに相対する巨人の体躯はその倍近いというのだから、縮尺が狂っているんじゃないかという気にすらなる。

「紹介? はされたが、一応名乗っとくわ。俺はヴィゴ・レインナード。傭兵だ」

「……我が名はゲルー。北の連峰より招かれた。貴殿は戦うに足る戦士であることと期待する」

 レインナードさんの陽気な名乗りに応じて、地割れのような声が語る。ざわ、と一瞬のどよめき。巨人が咆哮ではなく言葉を発したのは、これが初めてだった。

『おお……初の会話です。これはレインナード氏が認められた証でしょうか』

 司会が興奮した声で言う。

『我々も期待が高まります――それでは、試合開始!』

 開戦の号令。

 その瞬間、二つの人影は弾けるように走り出した。互いの間には短くない距離が横たわっていたというのに、一瞬で無いも等しくなり、大鉈が振りかぶられる。レインナードさんはそれを横に持った槍の柄で受け、滑らせることをで受け流し、懐に入り込んだ。槍が回転、一瞬にして穂先が巨人の胸を向く。

 突き出される槍、けれどその穂先が穿ったのは巨人の纏う原始的な革装甲ばかり。巨体に反して機敏な動きで穂先を避けた巨人は、丸太というよりは岩塊のような脚を振り抜く。間一髪リングの上を転がることでレインナードさんは強烈な蹴りから逃れ、猫のようにしなやかな体捌きで起き上がりざま、槍を横薙ぎに振った。ばっさりと巨人の膝が割れ、噴き出す冷気で白く包まれる。

「おいおい、霜の巨人ってのは、正真正銘霜でできてんのか?」

 レインナードさんが目を丸くさせる。それも当然だ、巨人の傷はパキパキと凍結音を響かせながら白く覆われていったかと思うと、瞬く間に塞がってしまったのだから。

「我が肉は氷晶、我が血は凍て水、我が息は――吹雪」

 巨人が大鉈を振るう。驚いて止まっていた分、レイレナードさんには逃げるだけの時間も距離もない。ヒイ、と上がりかけた悲鳴を、私は辛うじて呑み込んだ。

「――urz(ウルズ)!」

 その時聞こえた、短い詠唱。迸る魔力が鎧のようにレインナードさんを包み込む。あの気配は……身体強化の類だろうか。術式を纏ったレインナードさんは真正面から槍で鉈を打ち払ってみせたものの、すぐに返す刃の追撃が迫り、あと一歩反撃には繋がらない。

 息も吐かせぬ剣戟の応酬が続く。上に左右に袈裟懸けに、縦横無尽とばかりに叩き付ける刃を逸らし、払い、かわす。暴風のような連撃を、槍一本でレインナードさんは見事に防ぎきった。一際大きな振りで叩き付けられた鉈をレインナードさんの槍が真っ向から受け、その勢いのままに後方へ飛んで距離を取ると、やっと息を吐く間が生まれる。

 いつの間にか、司会者の実況さえ絶えていた。紳士も淑女も酔っ払いも家族連れも、皆息を詰めて戦況を見守っている。

「良く防いだ――が、それだけはあるまい、槍兵」

「まあな、今のはちっと肝が冷えたが――そこんトコは当然よ。折角雇い主が見に来てるんで、そりゃあカッコいいトコの一つや二つ、見せなきゃなるめえ」

 軽く槍を回転させて、レインナードさんが構え直す。

「つーことで、仕切り直しだ。――kenaz(ケナズ)

 低く唱えられた一節。観客がわずかにさざめく。俄かに火が燃え上がったのである。

 煌々と燃え上がる炎は、朱い槍の切っ先から迸るように。ゆらゆらと揺れながら、立ちこめた冷気を退け、リングに張った霜を溶かしていく。

 巨人が腰を落とし、長大な足がリングを踏みしめる。立ち上る霜柱を蹴立てて、疾走。襲い掛かる鉈をレインナードさんは柄で受け流し、槍を持ち替えては石突で跳ね上げて捌く。そうして鉈の軌道が一瞬泳いだ瞬間、巨人の懐へと飛び込んだ。

ehwaz(エワズ)

 ぶわん、レイレナードさんの足元で魔力が放出される。倍ほどの体格差をものともしない、放たれた矢のような跳躍、突進。巨人の肩に穂先が埋まり、溶ける霜が蒸気を噴く。

 されど、巨人もされるがままでは終わらない。鉈を持っていない方の手で、レイレナードさんの胴を掴み取ろうとする。あんな巨人の手に掴まれたら、人間の身体なんて一息でグシャっとやられてしまいそう。さすがに、それはまずい。素人の私でも感じられた。

 だから、歴戦の傭兵であるレインナードさんが、それを分かっていないはずなんてなかったのだろう。

hagalaz(ハガラズ)!」

 ドカン、派手な爆発音。槍の埋まった巨人の肩が、内側から爆ぜ飛んだ。レインナードさんを掴もうとしていた手がだらりと垂れ下がって落ちる。――しかし、相手は尋常ならざる霜の巨人なのだ。それで怯むはずもなければ、終わる訳もない。

 氷の珠のような巨人の眼が光る。薙ぎ払う大鉈。レインナードさんは巨人の身体を蹴って大きく跳び退り、距離を取ったものの、今度ばかりは避けきれなかったらしい。斬り裂かれた衣服とその下に仕込まれた革の胴巻きに混じって、鮮血が飛び散る。

 思わず私の口からは「ヒエッ」と裏返った声が飛び出したけれど、

「……大丈夫だ。傷はさほど深くない」

 見かねたらしいシェーベールさんがそう教えてくれて、ひとまずはまだ平常心を保てそうである。たぶん。

「ハッ、さすがに一筋縄じゃいかねえってか」

 なのに、当のレインナードさんはと言えば、どこまでも楽しそうに嬉しそうに笑っているのだから、もう普通に心底理解できない。……ああ、そうか。これがスヴェアさんが頭を痛めていた、レインナードさんの「悪い癖」なのか。今までのコレのどこの何が楽しいというのか、全く意味が分からない。いや、別に分からなくてもいいんだけども。

「祭りごとってのも、中々馬鹿に出来ねえもんだ。こんなに楽しめるとは思っても見なかったぜ。わざわざ北から来てくれたあんたにゃ、感謝する。――が、後もつかえてそうだし、次で締めといかねえか?」

「……異存ない」

 いかにも軽い風の提案に、予想外にも巨人は乗った。炎で溶かされた傷は容易には治しえないのか、肩の爆ぜた片腕は溶けた傷口をさらし、だらりと垂れたまま動く気配もない。その状況では短期決着の方が望ましいと考えたのかもしれなかった。

 巨人が大鉈を、レインナードさんが槍を、互いに構え直す。

「一つ、訊いときてえんだが。その肩は、治んねえのか?」

「いずれか、時の流れるうちに。……戦う相手よりも、己を憂いよ。その槍、中々の業物と見受けるが、既に軋みを上げていよう」

「……さあて、何のことだかな」

 レインナードさんが回答を拒否すると、それきり会話は終わった。

 じりじりとした沈黙。つられるように、観客も黙りこくっていた。一拍、二拍、ひりつくような時が流れ――だん、と石造りのリングを踏み割るほどの強さで駆け出したのは、双方ほとんど同時に。

 半歩ほど遅れた巨人は、その遅れを挽回するかのように吼えた。反響する割れ鐘のように魔力を帯びた咆哮が轟く。物理的な圧力と凍て付く冷気を伴う咆哮を、真正面から受けたレインナードさんの身体がかすかに揺れ、前進の勢いがわずか鈍る。ごく小さなその変化でさえ、巨人にとっては状況を引っくり返すには充分だった。

 先手を取った格好の巨人が、レインナードさんに肉薄する。上段から振り下ろされた大鉈は、真白な冷気を帯びていた。レインナードさんは身体を捻って回避。しかし、振り下ろされた鉈が軌道を変え、横薙ぎの一撃へ。立てた槍の柄で受けるも――

「砕けた!?」

 唇を突いて出た自分の声が完全に裏返っていたことは、この際無視した。んなこと気にしてる場合じゃないし!

 柄の中ほどで砕けた槍は哀れ見事に二分割、何とか薙ぎ払いをやり過ごしたレインナードさんの顔にも、苦笑めいたものが浮かんでいた。巨人に対して、長柄武器は私が思っているよりも有用だったのだろう。長さの半減した槍では攻めるにも難しいのか、レインナードさんは砕けた槍を二刀のように使って回避に徹する。

 観客も動揺しているのか、あちこちでざわざとどよめいているのが聞こえた。ここまで来たら、私など完全に神頼みの態である。両手を合わせて、指を組んで、紛うことなきお祈り体勢。そうでもしないと見てられないっつーの! ハラハラ具合が限界突破!

naudiz(ナウジズ)

 どうかどうか、と何に何を祈っているのかも分からないでいる中、ふと密やかに囁くように唱える声が聞こえた。

 加速度的に密度を増して収束する魔力の気配。無論、それはあの槍の穂先に。ならば、示される答えは一つだ。――ひたすらに巨人の暴威から避けながらも、レインナードさんは何かの布石を仕掛けている。まだ諦めていはいないのだ……!

sowilo(ソウィロ)

 巨人の止め処ない連撃を掻い潜りながらの二節目の呪言を受けて、いよいよレイレナードさんの目論む何かが形を現した。朱い槍の先から溢れ出す、紅蓮の炎。担い手すらも焼き尽くさんばかりに燃え盛る。

 その異様にして威容。巨人もこれが決着の時だと察したらしい。これまで苛烈に攻め立てていたものを、突然跳び退って距離を取る。正面に掲げるようにして構えた鉈には、未だかつてないほどの魔力と冷気が白く凝っていた。

 再びの咆哮はおそらく、牽制の為ではなく勝鬨の為。吼える巨人が白を振りかぶり、振り抜く。迸ったのは、まさに吹雪だった。観客席さえも震わせる暴風と氷雪。それが指向性を持って、ただ一人を打ち倒す為だけに向かっていく。

 その荒れ狂う冷酷な嵐の真っ只中を、レインナードさんは真っ向から突き進んだ。白く煙る吹雪の中に突っ込んでしまえば、その姿は見えなくなる。――けれど、それでも尚。炯々と輝き燃える紅蓮の色ばかりは、消えることなく。

yr(ユル)――」

 高らかに響く、揺るぎない低音。氾濫する緋色に舐め尽くされて、白く視界を圧していた嵐が弾け飛ぶ。空の晴天のように綺麗さっぱり拭い去られたリングの上には、今や炎そのものと化した槍を右手に構える、見知った姿。

 氷の暴風の中を突き進んだ為か、衣服はあちこちが裂けてほつれ、額や頬からも血が流れている。それでも、その顔に漲る闘志は未だ消えることのない紅蓮の炎に似て。

 ぐんと後方に向かって張り詰める腕。その仕草は投擲を旨としたもの以外の何物でもなく、

「――tyr(ティール)……ッ!!」

 ごう、と風切る音すら焼くように放たれた乾坤一擲、渾身の一槍。

 紅蓮の炎が猛然と奔る。弾丸のように、砲弾のように、霜の巨人めがけて疾駆する。炎に呑まれれば、霜氷はただ溶け消えるのみ。それは恐れたとしても避けようのない、どうしようもない摂理だ。そうでありながら、鉈持て待ち構える霜の巨人の眼に退却回避の文字はない。怜悧に光る氷の眼が、迎撃あるのみと謳っている。

 残された腕で振りかぶる刃。リングを踏み破るほどの力を持って振り抜き、迎撃する。

 紅蓮の炎を従えた槍と、迎え撃つ霜の大鉈と。正面切って衝突した均衡は、刹那に沈黙めいた空白を生み――響き渡ったのは甲高い破砕音。

「……貴殿は。確かに、戦い、そして破れるに相応しい戦士であった」

 虚ろな破壊音の中、それでも毅然に告げる声音は、紛れもない称賛だった。

「この奇縁に、心よりの感謝を」

「なんの、そりゃあこっちのセリフだぜ」

 淡雪のような微笑みと、明朗陽気な笑顔で笑いかわし。

 霜の刃を穿ち砕いた槍に過たず胸を貫かれた巨人は、どうとリングの上に倒れ伏した。

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