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青の羅針儀  作者: 奈木 一可
第一部
11/99

04:皇帝来りて-01

「やあ、いらっしゃい、ライゼル」

 傭兵ギルドに足を踏み入れると、真っ先にスヴェアさんの声が掛かった。こんにちは、と会釈をして歩みを進めれば、以前訪ねた時と同じく広いフロアのテーブル席で世間話に花を咲かせている風の人たちからも声が掛けられる。方々に挨拶をしながら、手振りで促されていつも通りカウンターの中に佇んでいるスヴェアさんの目の前の席に着くと、目の前にホットミルクのマグカップが置かれた。……どうにも子ども扱いされている。

 日本人だった頃と違い、今の私は身長だって一六〇センチ近くあるし、ちゃんと鍛えているから華奢でもない。長く伸ばした髪はバベットさんにもらった髪留めでちゃんと纏め上げていて、三つ編みやツインテールにしている訳でもなし、そこまで子どもっぽくは見えないはず。

 なのに、このギルドの人たちはやけに私を子ども扱いするのである。解せぬ。ホットミルクは美味しく頂くけれども。

「いただきます」

「召し上がれ。――で、手紙はちゃんと届いたんだね」

「ええ、はい。確かに拝見しました」

 マグカップから一口ホットミルクを飲んでから、頷いて見せる。

 今日は『碧の女帝』を用いた課題を提出してから、まだたったの七日だ。資金難に陥るには早すぎるし、私個人としてはギルドを頼まなければならないような用事もない。しばらくは訪ねることもないかと、思っていたのだけれども。

 ところがどっこい、先日下宿先に手紙が届いたのだ。差出人は傭兵ギルドはスヴェアさん名義で、内容は資金稼ぎに手ごろな依頼が来たので都合はどうかと尋ねるものだった。

 資金繰りに手ごろと聞いて、そりゃあもう私が傭兵ギルドを訪ねない訳がなかった。

「詳しいお話を聞かせて頂いても宜しいですか」

「少しばかり長くなるかもしれないんだけどね、大丈夫かい?」

 念を押すように、スヴェアさんが言う。ちらりと窓の外を見てから、私はもう一度頷いた。

 学院から直にやって来たとは言え、元々傭兵ギルドまでは少し距離がある。じきに夕方だ。とは言え、日本同様に四季のあるこの国でも、少しずつ日が延び始めている。窓の外はまだ十二分に明るかった。一時間や二時間掛かったところでそこまで暗くはならないだろう。

「お願いします」

「あいよ。……王都の南に、ソノルン樹海があるのは知ってるかい?」

「クストールの森を更に南下したところですよね? 磁石が使えないとか、森のエルフの隠れ里があるとか」

 立地としては、王都から馬車で南に三日ほど。北一帯をクストールの森と呼び、古のエルフの王が敷いたという境界を越えた先をソノルン樹海と区別して呼ぶ。

 クストールの森は磁石が使えて魔物もほとんど出ないので、比較的安全な探索地だと言える。対して、ソノルン樹海はエルフ王が手ずから境界を築いて、ここから先は別の場所だと明示したように、磁石は使えないわ魔物はホイホイ出てくるわで安全とは程遠い。エルヴァ地下迷宮に比べると、些か難易度の上がる要注意地帯だ。まあ、実際に行ったことはないので知識でしか知らないのだけれども。

「そう、そこだよ。今回の依頼は、その樹海での薬草採取」

 言いながら、スヴェアさんの取り出した依頼書を受け取る。

 依頼主は商工ギルド経由の調薬師。依頼内容はソノルン樹海での薬草採取。必要数量は最低二リコ、多ければ多いだけ報酬に追加手当が発生。達成期限は依頼受理から二週間。報酬は半金を前払い、残りは納品後に依頼主の確認を終えてからの支払い。

 ざっと依頼書に目を通し、頭の中で算盤を弾く。前払いの半金で装備を整え、馬車代を工面しても充分おつりがくる。少なくとも、赤字になることはなさそうだ。……ただ、私では樹海での薬草採取がどれほど労力を要するものなのか分からない。できるなら、詳しい人――レインナードさんの判断を仰ぎたいところではある。

「……確かに手ごろなのかもしれません。が、私では判断しきれないところがあります。レインナードさんは今日どちらに?」

 問うと、何故かスヴェアさんはギクリとしたような、妙な反応を見せた。……あれ、いや、ちょっと、これって、ひょっとして。

「もしかして、この件、レインナードさんに伝えてないんですか?」

「……何というか、まあ……」

 スヴェアさんはもごもごと口を濁す。さっぱりとした気性のスヴェアさんは、物言いもはっきりしている。それがここまで言い辛そうにするのは珍しい。それだけに、嫌な予感が当たったことを理解せずにはいられなかった。

「……どういうことなんでしょうか。私一人では、樹海での採取依頼は達成しようがないと思うのですけれど」

「ああ、いや、もちろん一人で行かせるつもりはないよ。バルドゥルを代行に立てるつもりでいたのさ」

「バルドゥルさん? ですか?」

 知らない名前だ。いや、名前を知ってるほど付き合いのある傭兵の人なんて、レインナードさんしかいないけど。

「俺だ。バルドゥル・シェーベールという」

 不意に背後から上がった声。振り返れば、以前少しだけ言葉を交わしたことのある、黒髪に薄黄緑の眼の男性が歩み寄ってくるのが見えた。

 歳はレインナードさんと同じか少し上くらいだろうか。短く刈り整えられた黒髪といい、だらしなさの欠片もなくきっちりしている衣服といい、傭兵というよりは軍人とかそういった公的な役職に近い印象を受ける。腰には剣を提げているので、剣士なのかもしれない。

 近付いてきたシェーベールさんは私の一つ空けて右隣の椅子に、黙然として腰を下ろす。ううむ、やっぱりすぐ隣に座るレインナードさんはちょっと珍しいパターンなのかも――とか、悠長に思い返して現実逃避している場合ではないのである。しっかりしろよ私。

 軽く息を吐いてから意を決して、どういうことか、ともう一度スヴェアさんを見る。気まずげな顔は、溜息を一つ吐いた後で話し始めた。

「あのバカの、悪い癖が出たって聞いてね」

「悪い癖、とは」

「商工ギルド主催の武闘大会に出場するそうじゃないか」

 ああ、その話か。らしいですね、と相槌を打つと、渋い表情でスヴェアさんが続ける。

「確かにアタシはギルド長だけどね、別に武闘大会に出るなとか喧嘩を売り買いするなとか、そういった口を出す権利も義務もないんだよ。本来は。――けど、あのバカに限っちゃ、違うだろう。ライゼル、アンタとヴィゴは契約してるんだ」

「それは、ええ、確かに……」

「何だかんだ言って、ヴィゴは腕の立つ奴だよ。それは事実さ。けど、戦いに絶対はない。仕事の途中で勝手なことをされて、一人で降りられちゃ困るってもんじゃないか。契約違反は信用問題だ」

 それが依頼を達成する為なら、どこで殺し合いをしようが喧嘩をしようが、アタシが怒ることじゃないがね……趣味で仕事に支障を出されちゃ困るんだ。ぼやくように言って、またスヴェアさんは溜息を吐いた。

「……レインナードさんは、確実に生き残る自信があって参加したのでは」

「そりゃあ、十中八九生き残りはするだろうさ。あのバカは腐っても“獅子切”だ。けど、それとこれとは別だね」

「シシキリ?」

「エブルには、かつて“獅子将軍”の異名を持つ将軍がいた。ガラジオスに来る前、ヴィオレタに雇われてエブルと戦っていたヴィゴは、“獅子将軍”の守る砦を攻めた際に一騎打ちでこれを討ち取ったという。それ故に“獅子切”と、そう呼ぶ者もいる」

 淡々としたバルドゥルさんの説明に、図らずもかぱっと口が開いた。腕の立つ人だとは分かっていたけれど、まさかそこまで大きな武勲を上げていたとは。

「まあ、最終的に砦を奪取したのはヴィオレタ軍だったし、流れの傭兵の武勲を騒ぎ立てて王の軍が無能に思われても困るってんで、ヴィゴ自身の噂はそこまで大々的に流れちゃいないがね。傭兵や騎士だったら、大体がその話は知ってるよ」

 スヴェアさんが肩をすくめる。

「とにかく、あのバカは強い奴と戦うのが好きなのさ。時々目的と手段が逆転してるんじゃないかと思うことさえあるよ。依頼を達成する為に戦ってるのか、戦う為に依頼を受けてるのか。強い奴と戦えそうな依頼なら、そりゃあ喜んですっ飛んでくんだからね。それで死ぬほどの大怪我してきても『あー楽しかった!』ってニヤけてんだから、どうしようもないってもんじゃないか」

 スヴェアさんの顔は、最早頭痛でも堪えている様だった。さりとて、私はレインナードさんの好戦的な部分に触れたことがないので、何とも答え辛い。あの親切で人懐こい感じの人が、実は戦闘大好きな特殊嗜好の持ち主だとは……世の中何が起こるか分からないものだ、とでも言っておけばいいのだろうか。さっぱり分からない。

「ともかく、ヴィゴの勝手に付き合っちゃいられないからね。ライゼル、一度バルドゥルと試しに動いてみてくれないかい。最悪契約を結び直すことも考えて、相性確認のお試しって訳だよ。――返事は、今すぐでなくとも構わないからさ。三日後までに決めておくれ」

 どうやら、この話が今回の呼び出しの本旨だったらしい。

 スヴェアさんの顔は真剣で、冗談で言っているとは到底思えない。私との契約に一枚噛んでいるギルド長の立場としては、ギルド側に非があると捉えられかねない状態での契約破棄だけは避けたいのだろう。そうなる前に、シェーベールさんだっけ、その人との契約変更をも視野に入れている。要するに、そういうことだ。

 私とすれば、慣れてきたこともあるし、ある程度人柄を知って信用が置けると判断できている分、できればレインナードさんに続投して欲しい気持ちが強い。そうは思えど、今の状況でそれを言ってもスヴェアさんには拒否されるだけだろう。きちんとギルド長推薦の人を用意してもらえるという点では、私にはそこまでデメリットはないのかもしれないけれど……どうにも厄介なことになってきた。

「……分かりました、少し考えてみます。ご馳走様でした、今日はこれで失礼します」

「済まないね、手間を掛けちまって」

 ホットミルクを飲み干して、椅子から立ち上がる。すると、一つ先の椅子に座っていたシェーベールさんもまた席を立ち、

「本来すべき者でなくて悪いが、帰り道は俺が送ろう。じきに暗くなる。一人歩きは危険だ」

「はあ、お気遣いありがとうございます。けれど……」

 ちらりと見た窓の外の街並みは、夕焼けで赤く染まり始めている。とは言え、今名前を知ったばかりの人に帰り道の動向を頼むのもどうかと、些か思わなくない。

 どうやって上手く断ろうかと一瞬悩んだ、その時。

「心配はいらないよ、ライゼル。バルドゥルはウチのギルド一の生真面目堅物さ。アンタを守る盾になりこそすれ、取って食う狼にはなりやしないよ」

 全く見事なタイミングでスヴェアさんに言われて、断り損ねた。

 思い返してみれば、初めてギルドに来た時も割と丁寧な調子で会話をしてくれたっけ。他の傭兵の人たちがかなりざっくばらんというか、ともすれば粗野ともいえる立ち居振る舞いをするだけに、シェーベールさんの物腰は異色だった。

 ……だったら、同行してもらっても大丈夫、だろうか。ギルド長のお墨付きでもあるし。

「では、お手数をお掛けしますが……」

 宜しくお願いします、とシェーベールさんに頭を下げる。レインナードさんよろしくシェーベールさんも私よりは頭一つ背が高く、その顔を見るには大分見上げなければならなかったけれど。傭兵には体格のいい人が多いのか、体格がいい人だから傭兵をしているのか。どちらだろう。……どちらでもいいか。

「ああ、供をさせて頂こう」

 こっくりと頷き、スヴェアさんに目礼をしてシェーベールさんは歩き出す。改めて周囲に挨拶をしてから、少し遅れて私もその後に続いた。

 先を行くシェーベールさんは、扉を開けて私を待っていた。その姿を見て、つい七日前を思い出す。薄明亭にご飯を食べに行った時、レインナードさんも同じようにして扉を支えていてくれたっけ。

 ……はあ、これからどうなるやら。

 思わず、溜息が口をついて出る。扉をくぐって外に出るすれ違いざま、シェーベールさんがちらりと私を見たのが分かったけれど、その視線には敢えて気付かなかった振りをした。

「すみません、こっちです」

 何はともあれ、今は宿に戻らなければ。こっち、と道を指し示すと、シェーベールさんは「分かった」と軽く応じて歩き出す。

 再びその後ろをてくてくとついて歩きながら、どうしてこうなった、と少し気が遠くなった。

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