光って見える!
菅原英一という男はその角張った格好良さげな名前とは裏腹に、底抜けに明るいバカだ。
頭が悪いと言いたいわけじゃない。だけど、わたしの眼から見た菅原英一というのは、やっぱりどこか抜けていて、ちょっと頭が緩いのである。
「伊咲ちゃーん!」
「おはよう、英一。」
「おはよう!なに、今日もぬいぐるみ作るの?」
「そうだよ〜。」
ほわほわっとした空気の中心に居るのは件の菅原と、七尾伊咲ちゃん。彼らはいつからか仲が良くて、伊咲ちゃんが野球部のマネージャーになってからはこと尚更に。
「おい、菅原。そろそろチャイム鳴るぞ。」
「えー、あともーちょっとあるだろ。」
「お前またリーダーに怒られるぞ。」
「伊咲ちゃんとおしゃべり中!」
「……そろそろ殴るぞ。」
足を組んで腕を組んで一つ前の席の伊咲ちゃんにガンガンに話しかける菅原を睨みつける泉は、分かりやすく伊咲ちゃんに片想い中だ。
1-Aの公然の秘密と言ってもいいだろう。
「ちぇー。しょーがないから帰るよ。」
「おー、行け行け。」
「またね、英一。」
「おう!」
しっしっと邪魔そうに手を振る泉とひらひらかわいく手を振る伊咲ちゃんは対照的だが、菅原は愛想よくどちらにもにこにこ大きく手を振って、教室を横切って、廊下へ。
―――――あ、まただ。
ぴたりと、視線が合う。
だけど、視線が合ったような気がした途端に、彼は廊下を駆け出して、校舎の反対側へ。
菅原英一はこの1-Aの教室を出る時、一瞬だけ、チラリとこちらを振り返る。
そして、必ずその時に私と視線が合うのだ。最初にこの視線に気が付いたのは、うるさい奴が出ていったなと気まぐれに教室を出ていく菅原を見送った時だった。彼の視線が強烈に刺さって、わたしは思わず目を逸らした。
まさかだって、話もしたことない人に見られているとは誰も思わない。
始めは延長線上にいる伊咲ちゃんを見ているのだろうとか前の席の野球部員、忠邦に用事があるのだろうとかいろいろ考えたのだけれど、彼らのいない時にも、菅原の視線はこちらに注がれていた。
私は菅原英一という男は底抜けに明るい馬鹿だと思っている。思っているけれど。
それだけではないのかもしれない。
「よぉ英一、今日も佐々川はべっぴんさんだったか?」
野球部部長はにやにやしながら菅原に問いかける。これももう菅原が用もなくAクラスへ行って帰ってくる度、毎度恒例のことになっているのだが、菅原英一に成長は見えない。視線をあっちこっちにふらふらさせて、分かりやすくあたふたしている。
「からかうなよ、リーダー。」
菅原の言う「佐々川さん」は正直、クラスを超えて噂になっちゃうような特別の美人だとかそういうわけではない、普通の人だ。
だけど、菅原は初めて彼女を見たとき、こう言ったのだ。
『リーダー、おれ目がおかしくなったのかな。あの人、きらきらして見える。』
特別な所のない普通の女の子は、菅原英一にとってはそうじゃなかった。
彼女の周りだけが光の粒が反射するようにきらきら輝いているのだという。
漫画のトーンじゃねぇんだぞ、と腹を抱えて笑った野球部部長も、菅原がマジで佐々川透子に惚れてるらしいと気付いた時にはそれについては何も言わなくなった。
――だって、本当にその人だけが輝いて見えるくらい好きなら、それはきっともう運命だ。
「それで、今日こそ話しかけられたのか?」
目を逸らす菅原に、溜め息。
―――――ただ、菅原英一という底抜けに明るい男が、運命の方があくびをしてしまうくらい奥手だっただけで。
誰にも言わないが、正直この恋は菅原さえしゃんとしてれば運命通りにくっつくんじゃないかと思っている。菅原さえ、しゃんとしてれば。大事なことなので二回繰り返してみたけど、それでも足りないくらいだ。
当の菅原は何だか知らないが不貞腐れたような表情で机に頭をゴツンとぶつけて、そっぽを向いた。
「だってさぁ、リーダー。あの人ってばほんとにきらきらして、きらきら眩しくて、とてもじゃないけど近寄れないって。」
それはもうきらきらという表現を超えているのではないだろうか。
きらきら輝いて見えるから眩しくて近寄れないにランクアップした要因は、佐々川透子ではなく菅原に有るのだろう。
「つまり、そんだけ好きなんじゃねーの。」
あ、言っちゃった。
菅原の向こう側で盗み聞きしていた佳奈がそんな顔をしたのにびっくりして、そしてばっと勢い良く顔を上げた菅原はまっかっか。
いやいや、まさか、そんな。
いくら菅原が馬鹿だからって、気付いてなかったなんてこと、まさか、
「おれって、あの人のこと好きだったんだ……!」
うーん、まさかだったかー。
「佐々川、」
「……なに、泉。」
泉が話しかけてくるだなんて珍しい。
「お前、菅原とかうちのリーダーと知り合いだったの?」
「え?話したことないけど。」
「リーダーから。」
ぶっきらぼうな態度で向けられた携帯電話の画面には、『菅原そっち行った 佐々川さんに謝っといて ごめんなさい』。
「……どういう意味?」
「知らねー。」
「えー、泉が受信したメールでしょう。責任取ってよ。」
「それよりアイツがこっちに来るのが速いだろ。」
ダダダダダダ
遠くで上履きからしているとは思えないような足音が聞こえる。
「ほら、来た。」
スパァン、と教室の引き戸を開けて来たのは、菅原英一その人だ。
彼は真っ直ぐにわたしに向かって来た。一瞬「うわまぶしっ」とか呟いて目を細めたから後ろに何か有るのかと思って振り返ったけど、どーでも良さげに事態を見守る泉しか居なかった。
「佐々川さ……いやいや、光りすぎっしょ。」
「えっ、何が?」
「いやいやいやいや、なんでもない。」
光るって何が。辺りを見渡したけど、特に光るものは見当たらない。菅原の視線の先には私しか居ない。
なんだ、なにが起きてるんだ。
事態の把握に努めている間に、菅原は段々と顔を赤くしていった。
「あ、の、えっと、佐々川さん!」
「はい。」
何だ、どうした。伊咲ちゃんにビキニを勧めて泉に殴られてもにこにこ笑ってた菅原はどこに行ったんだというくらい、挙動不審だ。
何をそんなに緊張してるんだと戸惑いながら泉に助けを求めるつもりでアイコンタクトを送れば、泉はコクリと頷いて、「オイ早く言えよ俺も佐々川も暇じゃねーから。」
時間は有限なんだぜ。泉はフフンと鼻を鳴らして小馬鹿にするように笑ったが、違う、そうじゃない!なんか、こう、もうちょっと有るでしょうよ!
全くなんて不器用な奴なんだと私が不満を込めて泉を見上げれば、奴はニヤリと笑ってみせた。こ、こいつ、楽しんでる……!
「そ、そっか、そうだよな、よし。」
だけど菅原は泉の言葉になにか思う所が有ったようで、ひっひっふー、ひっひっふー、と心を鎮めようとしているようだった。それは妊婦の呼吸法だと突っ込むのを、我慢。
「それは妊婦の呼吸法だろ、アホ。」
泉という男と仲良くなれる気がしないです、先生。
「あ、あの!」
おっと菅原選手、これをスルー。流石野球部不屈の4番バッター、狙ったボールは逃さない。
……いやいや実況アナウンサー風に実況解説してる場合じゃない。この状況は一体何なんだ。
「佐々川透子さん!」
「はい。」
「おれ、あなたに初めて会った時から、あなたが光って見えてて!!」
「はい。……ん、ひ、ひかっ、?えっ?」
「あなたが光って見えてて!」
わざわざ言い直してくれたけど全く意味が分からない。解説を求めて振り返れば泉はもう居なくて、廊下を歩く伊咲ちゃんを呼び止めている所だった。あの野郎。
「それで、何でだろうってずっと考えてて――――。」
光るって、発光?蛍光灯みたいに光るの?私って発光してたの?
「――――だから、おれと付き合って下さい!!!」
きゃー!!
教室が歓声で湧き上がり、あちこちで拍手が起こった。知らぬ顔の泉は伊咲ちゃんを連れて階段の方へ。あの野郎、自販機で今大人気のストロベリーバナナキウイセーキを買うつもりだな。私の分も買ってこい。
「……あの、えっと、」
だって、いま私の喉はカラカラに乾いて、唇から出る声は震えている。
付き合うって、誰と誰が、なんで、どんな理由で?
「あの、だって、今日初めて話すのに。」
「だって、こんなに光ってるんだよ。光って見えるの、佐々川さんだけだよ。」
だから、光って見えるって何なんだ。
「光の粒できらきらしてるんだってば!」
何で伝わらないんだよ、と言わんばかりの菅原はゆっくり話せる所へ引っ張って行こうとしたのだろう。私の手を取って――――――――途端に、菅原のまわりがきらきら光り始めた。
えっ?あれっ?
「ストロベリーバナナキウイセーキ奢るからさ。ちょっと話そうよ。」
くっそ、眩しいな!!とか言いながら私の手を引く菅原の周りにはきらきら、とかシャラララーン、とか効果音の付きそうなエフェクトがかかって、少し幼いハニーフェイスのイケメン度が3割増だ。
眩しいってほどじゃないけど、光ってる。
光ってる。
光ってるよ、菅原英一が!!!
慌てて辺りを見渡したけど、菅原以外に光っている人は居ない。菅原だけが、特別に、きらきら輝いて見える。
「…………ねぇ、菅原くん。」
「うん?」
気持ちが落ち着いたらしい菅原はいつものようにハイテンションでもなく、機嫌が悪い時の泉のごとくローテンションでもなく、まるでバッターボックスに立った時みたいに落ち着いた様子で私を見る。
初めてこんなにまっすぐこの人の目を見た。
ぶわっっっっ
「!?!?」
「えっ、なに、どうしたの。」
キラキラがそれまでの比じゃないくらい光量も質量も増えて、私は思わず眼を細めた。うわまぶしって、こういうことか。なるほど、これは確かに眩しい。
眩しいし、顔が熱くて胸がドキドキする。
「佐々川さん、どうしたの。」
「菅原くん。」
オロオロする菅原に、私はおもむろに微笑んだ。
すると菅原はぎゅっと眼をつぶって、「まっっっ……ぶしーよ、それ。」と私の笑顔が視界に対する暴力であったことを訴えた。
つまり。
つまり、ドキドキすると、光が増して、それがあまりにも眩しい。
私も菅原も馬鹿みたいだ。
どうして気付かなかったんだろう。
いや、馬鹿なのは私の方か。
毎日視線を合わせて、それでも言われるまで気付かなかったなんて。
「菅原くん。ストロベリーバナナキウイセーキはいいからさ、今からする質問に答えてくれる。」
「ん?なに?」
うわ、まぶしっ。私は目を細めながら、菅原の表情を見逃さないように、彼の目だけをじっと見つめた。
「あなたに告白されてから、あなたが光って見えてるの。ねぇ、これって恋だと思う?」




