003 神様少女と学校へ
お久しぶりです。
長らくお待たせして申し訳ありません。
それではどうぞ。
「ショウっ!!
ほら、早く学校行こうよっ!」
水色の髪の少女がはしゃいで言ってくる。
俺と同じ高校の制服を着て、髪をハーフアップにしている少女もといエリダ。
水色の髪も藍色の瞳も白雪のような肌も、全てが制服に引き立てられて余計に可愛らしく見える。
こいつ、変な行動とか言動とかそういうの除けばすごく見目はいいんだよな。
「ショウ……?
ねぇねぇ行こうよ」
「あっ、ああ……」
少し、俺は呆けていたようだ。
いやまあ、この状況が現実だなんてとてもじゃないが受け入れられない。 ってか受け入れたくない。
今朝の母さんからの提案に、エリダは勢い良く食いついた。
結果として、エリダは俺と同じ高校へ編入することになった。
何をどうしたらそうなるのか俺には理解できないが、実は、昨晩のうちにもう母が編入手続きを済ませていたらしい。
母曰く、エリダちゃんは学校行きたがると思ったからそれを見越して即編入手続きを進めた、らしい。
どうしたってそんなスピードで物事を運べるのかよく分からないが、おそらく教師である母自身のコネとかを上手く活用したのだろう。
それでもあり得ないことなのだが。
可能性があるとするなら、それ以外考えられん。
「って、わかった!!
わかったから、そんな腕引っ張るなって!!」
そんな事を考えていたら、我慢できない様子のエリダに手首をつかんで引っ張られる。
「ショウがぼーっとしてるのが悪いんだよっ?」
「エリダ、お前なぁ……。
少しは落ち着きという物を知れっ!」
頬をプクッと膨らませながら、腕を引っ張ったのは俺のせいであり自分は悪くないと主張するエリダ。
俺は、お返しにエリダの頭を軽く叩く。
「いったぁい!
えーん、ショウが虐めてくるよぉ……」
軽く叩いたはずなのだが、エリダは大袈裟に痛いと騒ぐ。
「嘘つけっ!
そんな強く叩いてないだろ?」
俺の反論に、エリダは涙目になりはじめる。
これでは、俺がイジメてるみたいではないか。
心なしか周囲の注目を集め出してしまってるように感じる。
早く収集をつけないと、マズい。
これが噂にでもなったら俺の人生を左右しかねない。 大体噂は、何をどうしたらそうなるのかというほどに誇張されたりねじ曲げられたりして、事実からかけ離れた話が広がる。
ってか、親の耳にこの場の噂が入ってしまったら俺の人生が終わる。
それじゃなくても短時間で、あの母さんがエリダをすごく可愛がっているのはわかった。
だから余計にこんなの見られたらまずい。
「っだぁああもうっ!
ほら、この通り! 俺が悪かったってば!
だから、その目をやめろって」
結局、俺が折れることによってエリダは満足したような笑顔を浮かべる。
ついでに、
「ふふふっ。
今回はここまでにしてあげる」
なんて上から目線で言ってくる。
こいつは人が慌ててるのを見て満足するタイプなのかっ?!
そうか! こいつはSなのか!
「ったくもう、なんでこんなに調子良いんだか……。
って、おいっ! 前見ないで走ってると……」
俺がぼやいている間に、エリダがこちらに顔を向けたままで走り出していた。
それに気づき、俺は追いつこうと走り出しながら注意しようとした。
だが、一歩遅かったようで……。
「きゃっ!!」
「うわっ!!」
ドンっという音とともに、エリダの前方を歩いていた少年とエリダ自身がぶつかってしまった。
「いたたっ……」
エリダが突っ込んでいったはずなのだが、体格の差があったからだろうか。
エリダが跳ね返されて後ろへ尻餅をつく形になってしまい、少年の方は少しつんのめりそうになっただけで転ぶには至らなかったようだ。
まあ、幸いどちらにも怪我はなさそうだったのでまだ良かったと言えるかもしれない。
「あーあ……。 だから言わんこっちゃない」
まあ、これはエリダが完全に悪いわな。
「君、大丈夫ですか?」
だが、紳士にも少年は転んでしまったエリダへ手を差し伸べながら、心配してくれている様子だった。
エリダが悪いのに、まるで自分のせいで転んだかのように。
しかも、少年のその顔を俺はよく知っていた。
「えっ、あっ、はい。
大丈夫です。
えーと、あなたは?」
自分が原因で転びそうになった見ず知らずの少年から手を差し伸べられ、エリダは困惑しながらも返事を返す。
「私は大丈夫ですよ。
あ、名乗っていませんでしたね。
私は、弥生光輝という者です」
「私は…………皐月エリダです」
「ん? 皐月、さん?
ということは……」
「俺の親戚だ」
光輝は俺がいるのに気づいていなかったようだな。
自分の問いに違うところから答えが返ってきて、驚いたようにこちらを見てきたし。
「翔、お前いたのか。
ってかお前の親戚だったのか、この娘」
「悪いかよ、こいつが親戚で。
まあ、最近家に下宿しに来たばかりだからな。
お前が知らなくても無理ねぇけど」
今朝、母に言われたエリダに関する余所向けの説明を口にする俺。
俺と光輝は幼い頃からの幼馴染であり、親友と書いて悪友と読むような関係だ。
気心のよく知れた親友ってところだ。
「にしても、同じ制服を着てるってことは?」
「あ、はい。
今日から櫻野学園に編入するんです。
私も、みんなと一緒に勉強させてもらいます」
光輝の疑問へ今度はエリダが答える。
つかエリダ、お前普通に丁寧な受け答えできんのかよ!
猫被ってるだけなんだろうが、こういう風に普通に話せるなら話せよ!
俺に対する言葉遣いといい、神だの何だのっていうふざけた設定といい、何でこうも違うんだよ!
「そうなんだ。
まあ、俺は翔と親友だからさ。
他の奴よりは話しかけやすいだろうし、分からないこととかあれば遠慮なく聞いてくれて構わないよ」
光輝は優しく微笑み、エリダと握手する。
その友好的な態度にエリダも顔を綻ばせて、
「はいっ!
よろしくお願いします、光輝さん」
と頷く。
気づくと自然に仲良くなってるし。
なんか気に食わない。
なんでなのかわかんないけど、気に食わない。
「じゃあ、挨拶はそこらへんで終わり。
さっさと学校行くぞ。
早くしないと遅刻になるからな」
「あっ、ショウってば待ってよ!!」
「おい、置いてくなよ……」
俺は二人のやり取りの区切りが良いところで一声掛けると、さっさと歩き出す。
後ろから待ってくれとか聞こえてくるが、振り向いたりしない。
いちいち構っていては本当に遅刻しそうだから。
遅刻なんてすれば、母からなんて言われるか分かったもんじゃない。
「もうっ!
無視するなんてヒドいよぉ!」
エリダがやっと追いつき、翔へ向けてぶつくさ文句を言う。
しかし、本気で怒っているわけでもないようで、声はプリプリと怒っていても顔は微笑んでいた。
その様子を後ろから観察していた光輝は悟った。
我が親友へ春が訪れる日もそう遠くはないだろうということを。
そして、その春の訪れを全面的にバックアップしようと人知れず決意した。
そんな事を光輝が考えているなど露ほども思っていなかった俺は、エリダを適当にあしらいつつ学校へ向けて歩く。
この数十分後、俺はクラス中からエリダについて質問責めにあうことになるのであった。
******
「えー、今日から一人新しい生徒がこのクラスの仲間になる。
入っておいで」
そんな先生の声でクラスの生徒はざわつき始める。
転入生が来るなんて誰も知らなかったらしい。
大抵、転入生が来るとなれば、クラスの中で耳の速いやつがどこからか聞きつけてくる。
噂話として広がり、みんなが転入生の性別はどっちかとか、容姿はどんなかとかの話に花を咲かせるものだ。
まあ、俺には誰がこようが、どんな奴だろうが関係ないんだけどな。
ところが、誰も知らない転入生がいきなり現れた。
これはみんな興味を持つに決まっているのである。
ガラリと開いた扉から入ってくる少女。
水色の髪に藍色の瞳。
白雪のような白い肌。
紛れもなく、俺から見ても美少女だ。
…………その残念すぎる人柄をのぞけば、という注釈付きだが。
黒板の前に立って教室中を見回す少女に、クラス中の生徒、特に男子が息をのむ。
まあ確かに可愛すぎるからな。 容姿だけは。
「えっと、皐月エリダです。
今日からお世話になります。
よろしくお願いします」
最後にニコッという効果音がつきそうな可憐な笑顔を浮かべるエリダ。
これで、神だとか言わないで落ち着きある女の子ならなぁ……。
普通に可愛いのにもったいない。
痛い子じゃなければどんなによかったか。
……ん? 待て待て。
俺は一体何を考えてるんだ。
あんなに疲れる奴のことを可愛いだと?
そんなのは外面だけだ! 断じて懸想などしてない!!
「かわいい……」
「綺麗……」
クラスの生徒がみんなしてエリダの虜になってしまったようだ。
みんなひそひそと口々に「可愛い」やらなんやら囁いている。
と、そこで誰かが苗字に気づく。
「皐月って苗字どこかで……」
瞬間。
クラス中の生徒が一斉に顔を振り向ける。
「あっ、ショウとは親戚です」
こいつ、爆弾投下しやがった。
まあ同じクラスな時点でバレるのは目に見えていたし、所詮は意味のない悪あがきになるんだが。
それでも、できるならエリダとは関係ない風を装いたかった。
「はぁ?!
翔、お前こんなかわいい親戚なんていたのかよ!」
男子のクラスメイトが詰め寄ってくる。
そんなこと言われてもなぁ。
急に家にきた居候なんだから、昨日までいなかったんだよ。 本当は。
だが、そんなことバカ正直に言えるわけもないし。
母さんからの言葉もある。
本来ならこんな痛い子が親戚なんて絶対に嫌だ。
関わりたくもない。
しかし仕方ないから親戚と言うことにしておくしかない。
「あぁ、最近こっちにきたからな。
俺もほとんど会ったことなんてなかったんだよ」
とりあえず当たり障りのないことをそれとなく言って誤魔化すしかない。
「なるほど、皐月くんの親戚ならこの綺麗さも納得できるわ」
一方女子のクラスメイト達は、みんな一様にエリダの綺麗さを勝手に理由付けして、納得した様子を見せていた。
「じゃあ、皐月さんは皐月くんの隣の席ね」
「わかりました」
俺とクラスメイトのやりとりの間、エリダは俺の隣の席を先生から指定されていた。
エリダは俺の隣が嬉しいのか何なのか、ニコニコとした笑顔で席に着いた。
隣の席となったことで余計に俺はクラスメイトから興味を向けられるようになった。
その後は先生からの制止が入るまで、クラスメイトからの質問責めにあった俺だった。
******
「はぁあああ……」
俺はとてもグッタリしていた。
精神的にどっと疲れて、一気に老けた気分だ……。
俺は、今の心境を体現するようにだらしなく机に突っ伏し、目を閉じる。
もう、なにも考えずこのまま寝てしまいたい。
「おつかれだなぁ?」
そんな俺の内心などどうでもいいと言うように、話しかけてくる光輝。
突っ伏したまま、俺はうんざりとしながら声を出す。
「まさか、ここまで質問責めにあうとは思わなかった……」
そう。
俺はあの後、休み時間ごとに常にエリダについての質問とかに晒された。
その上、常識が欠如しているエリダのお守りまでやっていたのだ。
余計に、精神的疲労が短時間でかなり溜まってしまうというものだ……。
「まあなぁ……。
ほら、エリダちゃんって『美人』だし?」
光輝は、俺へわざとらしく美人を強調してくる。
なんだよ、お前までクラスの奴らと同じくエリダの色気にやられたってのか?
「……それがどうした」
なんかそう考えたら、だんだんムカついてきた。
あの意味不明な奴のどこがいいんだよ?!
「おや?
翔は嫉妬してるのかな?
エリダちゃんに男が群がってるから……」
煽るような口調の光輝に、俺はつい感情的になる。
「そっ、そんなんじゃねぇよっ!!!
大体、俺がそういう面で普通じゃねぇの知ってんだろっ!!」
瞬間、俺は言わなくて良いことまで口走ったらしい。
周囲の時間が止まった様な感覚がした。
もちろん、周囲の様子からすぐさまその事実に気づくも、時すでに遅し。
放った言葉は取り消せない。
「皐月くん……?」
「翔? どうしたんだ?」
数名のクラスメートが心配そうに声をかけてくる。
教室の中では、いつも冷静な俺が怒鳴り声を上げたことに驚く者が大半であったが、中には俺の言葉の意味を勘違いしてヒソヒソ話し始める奴らもいる。
クラスメートに囲まれていたエリダの声がする。
「ショウ? どうかしたの?」
どうやら、エリダも俺の声に驚いてこっちにきたようだった。
「っ!!
……なんでもない」
何してんだよ、俺。
俺は自分の行動を正しく認識した途端、顔から火が出そうなほどの熱を頬に感じた。
その顔を見られたくなくて俯き、座る。
光輝はその俺と周りを見て、口を開く。
「わりぃわりぃ。
ちょっと俺が煽りすぎただけだ。
気にしないでくれ」
光輝もさすがにやり過ぎたと反省したらしい。
変な空気になってしまった場をおさめてくれようとしてくれた。
まあ、おかげで俺の変なところを周りには暴露せずに済んだ。
これは光輝に借りか?
いやいや、元はといえば光輝が煽ってくんのが悪いよな。 うん。
「……お前のせいだからな。
これで変な噂が立ったら責任とれよな」
光輝へ小声で囁く。
一応言質取っとかないとな。
「ん? 責任?
どうやってとればいいのかな?」
おや、一応取るつもりはあるのか。 ちょっと意外。
と思ったが、
「お前、まさか俺に良いことする相手になれとか言わねぇよな……?」
わざとらしくがたがた震えてみせる光輝。
前言撤回っ!!
こいつ、責任とる気ねぇ!!
「……ふざけんなぁっ!
俺にそんな趣味はねぇ!!」
同時に、光輝の脳天へ拳骨一発お見舞いしてやった。
なんか、いつもと同じ感覚で叩いたはずなのに、いつもよりえげつない音がした気がする。
……まっ、まあ、きっと気のせいだろう。 うん、きっとそうだ。
それに俺は悪くない。
変なこと言い出す光輝が悪い!!
「ったぁ……。
ちょっとは手加減しろよ……まったく。
冗談に決まってるだろ? にしても痛てぇな……。
これほかの奴だと耐えられてねぇぞ……」
俺、そんな強い力で殴ったか?
確かに、音はすこし違った気はするが……。
「……痛いフリしてるだけだろ、どうせ」
見た感じ、たんこぶとかできてなさそうだし。
そもそも、俺よりも光輝の方が力とかあるはずだ。
俺は勉強ばっかりやって来たインドア派だが、光輝は違う。
こいつはそれなりに頭も良くて、運動はバリバリできる。
まあ結果モテまくってるが、性格的に男子に嫌われることもないというなんともいいとこ取りをしてる。
そんなスーパーマンな光輝は呆れたような顔で俺を見つめてくる。
なんだよ。
俺、何か呆れられるような発言したか?
「翔、お前……気づいてねぇのかよ……。
ま、それがお前の両親の方針なら従うがな……」
そういう光輝の顔はどことなく呆れたような。
それでいて、どこか憐れみを感じているとでもいうような顔だった。
次話も、近々投稿予定です。
感想などお待ちしております。