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青の温度  作者: ミナ
8/11

08

みどりが家に入ったら帰る、という慧の言葉にみどりは素直に従った。

けれど、慧の車のエンジン音が全く聞こえなくなっても、みどりはしばらく玄関から動けないでいた。

帰り際に慧が溢した一言が、耳にこびり付いている。

見ているだけの恋なんて、意味が無い、と慧は言った。

本当に、そうだろうか。

でも、誰かを好きになって、その相手からも自分を好きになってもらうのは、そんなに簡単なことではない。

むしろ、確率的には低い気がする。

そうすると、大抵の人は意味の無い事をしていることになってしまう。

みどりとてそうだ。

先ほどは、そんな雰囲気ではない、などと濁して答えたが、本当は雰囲気なんかの問題では無い。


みどりの好きな相手は、同じ中学出身の同級生だ。

綱永(つななが)という少し珍しい苗字の彼は、呼びにくいという理由でツナと呼ばれている。

確かに、発音してみると舌がもつれそう、というか舌がそのまま顎にくっついてしまいそうな感じになる。

みどりは中学三年の時に同じクラスだったが、当時はそれほど仲が良かったわけではない。

既に定着していたツナというあだ名も、呼ぶような仲ではなかった。

それが、同じ高校に入学し、どういうわけか三年間同じクラスで過ごすことになり、今ではみどりも普通にあだな呼びするほど仲が良くなっている。

ただそれは、あくまでも友達としてだ。

みどりにとってツナがただの友達から淡い恋をする相手に変わったのは、二年の秋頃。

「ツナは彼女いるの?」

なんて、みんなでコイバナをしていた時に軽口程度を装って聞いたのは、その少し後で。

いや、と短く否定の返事をしたツナに、ほっと安堵した次の瞬間。

「すげぇ好きなひとならいるけどな」

今まで見たことの無い表情で言ったツナに、みどりはこの恋が実ることなんて絶対に無いと理解してしまった。

愛しさ全開の、けれど切なさを感じさせたその表情と声は、“恋”なんてとうに超えている何かを感じさせた。

ツナ自身はそれ以上何も話そうとしなかったけれど、ツナの言葉を借りれば本当に“すげぇ好きなひと”なのだ。

敵わない。

いや、それよりも、次元が違う。

そんな気がして、ツナに“好き”だなどとは軽々しく言ってはいけない、と思った。

それ以来ずっと、ただ、見ているだけなのだ。

そして、それを決定づけたのは、今年の梅雨の時期。

春休みが明けて三年になった当初はひどく憔悴した様子だったツナが、穏やかで晴れやかな顔に戻った。

しかもそれからのツナは、みどりが好きだなと思っていた面が、さらに際立つようになった。

付き合うひとの種類によって人が受ける影響は、思っているほど小さくない。

それは友達に限らず、恋人や配偶者の特性が良いと、一緒にいる人も良い特性が引き出されるという事だ。

自分自身では気付かないでいることが多いが、客観的に外から見るとわかりやすい。

だからツナもきっと、彼女絡みに違いない、と思った。

「よかったね」

「何が?」

「…すげぇ好きなひと。うまくいったんでしょ?」

「なんで」

「ツナ嬉しそうだし、そうかなって」

「ん…まぁ、なんとか。でも、もっとなんつーか、これからだけどなぁ」

最初にツナの恋を知った時よりも、もっとすてきな表情だと思った。

大切な関係なのだとこちらまで伝わる、ちゃんと未来まで見据えた、満たされた顔。

それは、みどりに少しの歓びと、ひどい痛みを覚えさせた。


「みどり? いつまでそんなとこにいるのよ」

母親の声に、自分の恋を振りかえっていたみどりは慌てて、何でもない、と返事した。

長く同じ姿勢で立ったままでいたせいで、脚が少しだけぎくしゃくとしたが、何とかリビングへ戻る。

「いやぁ、いい男だったなぁ」

「ほんとに。気が利くし、カッコイイし。みどりよかったわね」

リビングで待っていたのは、やけにテンションの高い両親だった。

「はぁ? よかった、って何がいいの」

「だってあんな人なかなかいないじゃなぁい」

「ちゃんと事前にお父さんに挨拶もしてくれたしな。

 今日もそれほど遅くまで連れ回さないでくれたし、きちっと送ってくれて。いい男だな」

まるで、語尾にハートが付いているような母親の言葉に、父親もうんうんと頷きながら同意した。

見た目に騙されてるよ、と言いたかったが、なんとなくその場の雰囲気が許さない。

「これからも時々会いたいと言って、ちゃんと許可も求めてくれたしな」

「はっ!?」

「きちっと送ってくれるなら構わないと言っておいたからな」

良い事をした、と本気で思っている顔で言う父親に、みどりは呆気にとられた。

いつもの厳しすぎるくらい交友関係にうるさい父親の言葉とは思えない。

「あんな義理の息子…いいわねぇ」

どうしてそこまで飛躍するか、母よ。

ミーハーにしても行き過ぎだろう。

だいたい、年齢を考えて欲しい、年齢を!

みどり自身よりも両親の方が慧と年齢が近いのだ。

しかし、盛り上がる両親の姿に自分の味方はいないと悟ったみどりは、ため息をついてリビングを後にした。


親も親だが、慧も慧だ。

最後の一言にだけ気を取られていたが、それよりももっと厄介なことを言われていたではないか。

少なくとも慧の母親というあの女性には、慧と付き合っていると誤解されている現状。

しかも、慧が積極的に勘違いさせているという最悪な状況で、みどりの両親まで既に丸めこまれている。

パソコンを立ち上げたみどりは、青少年保護育成条例やら淫行条例を検索してみたが、残念ながら自分の状況は該当しないようだ。

早生まれのみどりはまだ17歳だから“青少年”には当てはまるとしても、慧から何かされたわけではない。

しかもたとえ何かあったとしても、両親が訴えるとは思えない。

というかむしろ、あの感じだと嬉々としてみどりを差し出しそうな勢いだ。

逃げ場が、無い。

ますます重たいため息をついた時、チャイムが鳴って有衣が来たと告げられ、一時考えを中断した。


部屋に上がってきた有衣は、どことなく落ち込んだ雰囲気だ。

みどりの苛々した気持ちを敏感に感じ取ったらしい有衣がみどりの顔色を窺うのに気づき、みどりは慌てて有衣の話しを聞く体勢に入る。

こんな夜に、こんな雰囲気の有衣が来る、ということは、十中八九有衣の彼氏が原因だ。

「またあの男に何かされたの」

少しだけ刺々しい声になってしまったが、そこは勘弁してほしい。

慧の前で気持ちを発散させられたとはいえ、まだ全てを認められるほど大人になれたわけでもないのだ。

「何にもされない」

「はぁ?」

「…高校生だと、ダメなのかな」

「どういうこと?」

よくよく聞いてみると、有衣が高校生だと知らなかったらしく、それを知って以来ぎくしゃくしているらしい。

しかも、その理由を有衣に言わないまま不自然な態度でいるから、有衣が不安になっているという悪循環。

けれどその話しを聞いて、今までのイメージが少しだけ変わった気がした。

みどりの中ではほとんど敵認定だったのだが、人柄も知らずに一方的にそうしてきた自分を少々恥じる気持ちも生まれる。

「きっとさあ、真面目な人なんじゃない?」

「真面目?」

「何にも言ってくれないで態度おかしくなるのもどうかとは思うけど。

 高校生だったなんて知ってびっくりしたとか不安になったとか、そんなんじゃないのかな」

「不安、なんてなるのかな」

「普通なるでしょ。だって一歩間違えたら犯罪じゃん」

「は、犯罪って、私もう18だし、しかも同意なのに」

「関係無いよ。未成年だと親が訴えたらアウトだし」

「清香(さやか)さんはそんなことしないよ」

ちなみに、清香さんと有衣が呼ぶのは、有衣の母親だ。

有衣の自主性を重んじる人だから、有衣が自分で考えて決めたことには、危険が無い限り基本的には反対しない。

今回の交際の事も、既に承諾を得ていると聞いているから、確かに訴えたりはしないと思うけれど。

「いや、例えばの話だって。そういう微妙な問題もあるから気にしてる可能性もあるって事」

「みどり、良く知ってるね」

さっきまで色々と条例を調べていたからだが、そんなことは言えない。

慧の粗を捜そうとしていたもので、有衣を慰めることになるとは思わなかった。

「…まぁ、ちょっと必要に迫られてね。

 でもそうやって悩んでるってことはさ、裏を返せば有衣がそれだけ大事ってことじゃない?

 だから有衣もそう思って、もう少し様子見てみたらどうかなぁ」

有衣はまだなんとなく釈然としないような様子だったが、とりあえずは納得してくれたらしい。

泣きだしたりはせずに、そのまま家に帰って行った。

有衣の相手に対して、しっかりしてくれと思わないでもないが、慧と比較するとどうもまともな人なのではないかと思った。

いや、付き合うフリをしろなどと言っている慧を比較対象にすること自体失礼なのかもしれないが。

「はぁ~…何なのこれ、もう」

有衣と自分の恋愛事情を比べてみて、どっと疲れを感じたみどりだった。


“みどりの恋愛事情をあっさりめにご紹介”の巻きでした。

好きで好きで仕方なくても、片思いしてるその人が好きな人とうまくいくと、

しかもその相手の人がすごく素敵な人だったりすると、

すごく切ない思いとは別に、どうしてかなんだか誇らしい気になったりしませんか?

…私だけでしょうか^^;

まぁ、けっこう後まで引きずるんですけどね(笑)。


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