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青の温度  作者: ミナ
6/11

06

慧と会った二回の間に、一体何度不覚を取っただろうか。

ようやく涙が出切った後、我に返ったみどりは恥ずかしさでなかなか顔が上げられなかった。

みどりが人前で泣いていたのは、多分小学低学年くらいまでだろう。

有衣の父親が突然事故で亡くなり、有衣の感情が不安定になった時に、みどりは自然と有衣を見守る役割を受け入れた。

それからは有衣の前ではもちろん、親の前でも泣かなくなったはずだったし、泣くこと自体も稀だった。

つまり、慧と出会うまでは、こんな風に泣いてしまうことなど到底考えられないことだったのだ。

それなのに、よもや慧に会うたびに泣いてしまうことになろうとは、本当に不覚としか言いようが無い。

内側に向いていた意識が外側へ方向を変えると、急に今の状況を認識し、恥ずかしさに加えて一気に緊張が増した。

すっぽりと慧の腕の中に取り込まれて、まるで幼い子どもをあやすように大きな掌に背中をゆったりと撫でられている。

慧からすれば単に宥めているだけか落ち着かせようとしているのだろうが、いったん意識してしまうと妙に落ち着かない。

みどりが体を硬くしたことが伝わったのか、その瞬間に慧の掌の動きはぴたりと止んだ。

「気ぃ済んだ?」

「え?」

「もう、涙出ない?」

慧の言葉に目を上げるのと同時にみどりを覆っていた慧の腕が外れ、慧との間に隙間ができた。

それが、なんだか寂しく思えた気がして、みどりは覗き込んでくる慧の視線から慌てて目を逸らす。

「大丈夫、です」

「そうか」

それなら良かった、というように、慧がみどりの頭を撫でてくる。

最初は驚いて逃げ帰ってしまったし、二度目の今も勿論慣れたわけではないが、みどりはおとなしくその手を受け入れた。

不覚ついでだ、もうどうにでもなれ、というような若干投げやりめいた気持ちもある。

慧の前で泣いて、慧に宥められて、慧に頭を撫でられて、まるで最初に会った時の再現だ。

けれど、会う前はあれほど恐れていたのに、そうなってしまった今は、どこか安んじているような思いがあることも否定できない。

恥ずかしい。

少しの優しさに絆されて、普段誰にも見せないはずの面をこうも簡単に引きずり出されて。

しかも、それに安心している自分さえいるというのが、何とも矛盾している。

それがなんとなく癪で、恐る恐るながらも、みどりは慧の手を掴んで頭を撫でるのを止めさせた。

「これって、癖なんですか」

「ん? ああ…、うん。どうだろうね」

ちっとも答えになっていない。

またみどりを面白がっているのか、それとも真面目にそう思っているのか、みどりには、慧の表情からは読み取れない。

慧の手を掴んでいる自分の掌が、じわりと汗ばんだような気がして、みどりはぱっと手を離した。


掌を見つめて、慧は小さく首を傾げる。

誰かの頭を撫でる、なんて癖は当然のことながら無いと思っているし、今まで指摘を受けたことも勿論無い。

しかし、みどりに対してつい出てしまうこの掌にも、確かな理由は思いつかない。

晴基の頭を撫でてやるのとあまり変わらない、自然な感覚に近いのだ。

「彼女?」

急にかけられた問いに、慧はようやく掌から目を上げた。

お茶を出した後は、何を考えてか姿を消していた阿部が、いつの間にかまた戻ってきていた。

聞かれた内容は、半ば予想していたことではあるがそれでもやはり唖然として、次の瞬間すぐさま否定する。

「まさか」

「ふうん? でも、それにしてもお前らしくないな。俺に一瞬でもそう思わせるなんて」

言いたいことは十分に伝わり、慧は苦い顔をした。

慧が特定の人間に特別な関心を示すことがほとんど無いことを、阿部は知っている。

その阿部に、少しでもみどりとの関係を疑われたのはつまり、慧がみどりに対しては他と異なる特別な態度で接しているのが明白、ということだ。

しかも恐らくは慧が自覚しているよりも、もっと露骨にそうしているのだろう。

だから、それが慧らしくない、ということなのだ。

らしくないのは、自分でもわかっているだけに、人から指摘されると尚のこときまりが悪い。

それを誤魔化すように、慧としては珍しく、言い訳めいたことを口にした。

「まあ、ある意味特別は特別だ。直輝の彼女の、幼馴染みだからな」

「へぇ…。そう、か」

阿部は、慧の言葉の何に反応したのか、答えに妙な間を要した。

単純に驚いただけではない、その阿部の反応の意味は、慧にははっきりと通じた。

言わなければ良かった。

先ほどの何倍ものきまりの悪さを抱え直してため息をついたところで、化粧室からみどりが戻ってきたため、慧と阿部は瞬時に表情を切り替えた。


泣いた後に、甘いものが欲しくなる人は、多分少なくないだろう。

例に漏れずみどりもそうで、何も言わなかったにも拘わらず車がケーキショップに停まった時は、思わずため息が出た。

慧のそつのなさに、救われるような、けれど一方では呆れるような、整理のつかない気持ちだ。

メインストリートから少し外れた場所にあるそのケーキショップは、小さめだが品ぞろえは豊富で、甘やかな香りでみどりは幸せな気分になる。

「好きなの選んで」

言われて、ショーケースの中身を見ているのだが、選びきれない。

どれもステキで、どれもおいしそうで、なかなか決まらない。

助けを求めるように慧に視線を遣れば、例のごとくみどりの様子を観察していたようで、あの意地悪めいた笑いが復活している。

「全部?」

「バカ言わないでください」

「だって選べないんだろ」

「だからって!」

むきになって言い返すと、慧は堪え切れないというように、小さく噴き出した。

また慧に乗せられてしまった。

もうこのひとほんとに嫌だ、とみどりは心の中で呟く。

「じゃあ適当でいい? 俺選ぶけど」

「お任せします」

「じゃ、待ってて」

その場で車のキーを開けてくれたので、みどりはその言葉に甘えて先に外に出た。


その時だ。

突然、背の高い綺麗な女性がみどりの前に表れたのは。

「ねえ、あなたもしかして、慧の彼女…かしら?」

「え、は…はい?」

聞きながらいきなりぎゅっと手を握られて、みどりは硬直する。

身を乗り出すようにみどりに話しかけるその人は、40代後半くらいの年齢に見える、すらっとした奇麗な女性だ。

慧の名前を出したところを見ると、慧に繋がりがありそうだが、どんな繋がりか全く予想がつかない。

慧の女性関係など知らないし、彼女かと聞かれた気がするが何やら嬉しそうにも見えるので、そちらの関係では無さそうだし。

みどりがいろいろと考えている間に、目の前の女性はみどりの無言を肯定と取ってしまったらしい。

「ね、そうでしょう? やっぱり!」

「え? え、いやあの、ちが…」

「そうだと思ったのよ!

 この車に、このお店。まともなデートなら、頷けるもの」

話がちっとも見えない。

だいたい、このひとは誰なのか。

それにこの車に、このお店、と言われても、慧の車は普通の国産セダンだし、ケーキショップも普通のお店だ。

まともなデートというのだって、今日会っていることをみどりは、いや恐らくは慧だって、デートなどとは思っていないのだ。

「あの…」

「まったく、何も言わないんだから困るわ。

 あなたがかわいいからって、独り占めしようとして」

はっきり否定しようと試みようとしたものの、女性は自分の考えの中に埋没してしまってひとりで頷いているし、みどりは困ってしまう。

ドアに付いているベルが鳴り、慧が出てきた時は、心底ほっとした。


会計を済ませて外に目を向けると、見覚えのありすぎる車が目に飛び込んできた。

妙が、もう何年も乗り続けているミニクーパーだ。

確かにこのケーキショップは、家族でよく利用する店だが、まさか今日妙と鉢合せることになろうとは思っていなかった。

妙がいつからいたのか知らないがみどりが妙に見つからなければ良い、と思ったのだが、そうはいかないのが世の常だ。

ドアを開ければ、慧の恐れた通り、みどりが妙に捕まっていた。

ベルの音に振り返ったみどりが、あからさまにほっとした様子が目に入り、何を言われていたかだいたい予想がつく。

みどりの手を握っている妙の手をほどいて、みどりを引き寄せると、妙の目の色がまた変わった。

ああ、今の仕草はまずかったかもしれない。

みどりとの関係を否定する口実を、ひとつ減らしてしまった。

「慧、私、前から言ってたわよね。

 誰かいるなら連れてきなさい、って」

この手の話題は、苦手だ。

特に妙がいつもの冷静さを欠いていくから、慧は不本意ながらも完全に受け身に回ってしまうのだ。

みどりがちらちらと見上げてくるのがわかって、どうにか話を終わらせようと口を開きかけた時。

「こんなかわいい子がいるから、見合いなんてしないって、

 たった一言じゃない、そう言えばよかったのよ」

その妙の言葉に、慧は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。

ちょうど慧を見ていたみどりと目が合い、慧はみどりに心の中で謝ると、わざとみどりの耳元に唇を寄せた。

「悪い、先に車入ってて」

妙に聞こえないように、それだけ言ってみどりを車に押し込む。

急な接触に驚いて、真っ赤な顔で慧を見上げたみどりを見れば、妙の誤解が増長することはわかっていた。


慧をちょっとだけ認めた形になったみどり。

みどりを無意識に、でも露骨にかわいがる慧。

でもそのみどりを、悪いと思いながらも利用しちゃう慧^^;

妙を誤解させて、見合い写真を送るのを止めさせる魂胆ですw


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