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青の温度  作者: ミナ
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正直なところ、みどりは侮っていた。

確かにメイド服はこだわって作ったし、その出来にも満足していた。

そして有衣を含めた他のコスプレ女子達も、かなりクオリティは高かった。

しかし、そもそもコスプレ喫茶なんて今更大して流行りはしないと思っていたのだ。

それがどうだ。

客入りはみどりの想像をはるかに超えていて、整理券まで配る始末だ。

ツナ達の作ったチラシと、呼び込みの効果がかなりあったらしい。

それに加えて、入口の脇にあるコルクボードも相当あくどい。

その時間帯にサーブをしている人の顔写真とコスプレ全身写真が貼ってあるのだ。

そこから選んで指名もできるのである。

どこかのキャバクラか風俗か、と思わないでもないが、まぁ売上が多いのはありがたい。

けれど、その指名の半数くらいが有衣とみどりに集中したのには閉口した。

たった二時間という割り当てをこなすだけで、かなり体力を奪われてしまったからだ。

学内のみの今日でこれなら、明日の一般公開は言うまでもないだろう。

今日よりもさらにへたばるのは簡単に予想でき、みどりは疲れたため息を出した。

そんなことよりもずっとみどりを悩ませるものが来るとは、その時は考えもしていなかった。


その三人が学校の敷地に踏み行ったのは、日曜日のお昼前。

つまり、直輝、晴基、そして慧だ。

直輝はもちろん有衣に誘われて、だが晴基を置いて出かけるわけにも行かず連れてきた。

慧は、学園祭で子連れデートをしようとしていた直輝と有衣への同情と呆れからついて来た。

結婚もしていないのに、学内で子連れでデートなど、有衣が好奇の目に晒される。

本人たちが何とも思わないとしても、ひとの目は何かと煩わしいものだ。

それに、ふたりはデートらしいデートをしたことが無い。

だから今日は、慧が晴基を見ていてやろうと申し出たのである。

と言っても、晴基のお守は表面上の名目で、少なくとも半分はみどりのことが頭にあった。

みどりは、慧が来るなどとは思ってもいないだろうから、驚くだろう。

それできっと、いつものように怒るのだろうな、と思うだけで楽しくなってくる。

そうして歩いているうちに、学生たちに渡されたチラシやチケットで手が一杯になる。

律義に全部見ていると、その中からみどりのクラスの物を見つけた。

イラスト風に加工してあるが、明らかにみどりと有衣だとわかるふたりのコスプレ姿。

「これは、また…」

慧は思わず小さく呟いてしまった。

ふたりとも似合いすぎているし、どうもアヤシゲな雰囲気を感じる。

直輝はコスプレ喫茶をするということだけ聞いていて、何を着るか知らないらしい。

直輝が見たら不機嫌になりそうだ、と予想した慧は、チラシをポケットにしまう。

それにしても、ふたりともしっかり“女”なのだな、と慧は変に可笑しくなった。

「けーくん、たのしそうだね」

慧の肩に乗っている晴基が、顔を近づける気配がする。

晴基にもわかるほどあからさまだったか、と慧は一瞬苦笑したが、すぐに矛先を変えた。

「ハルも楽しそうじゃん」

「うん。かたぐるまー」

「直輝より高いだろ」

「うんっ」

「よし、じゃぁ今日は俺と遊んでような」

「…うん」

晴基は、ここで微妙にテンションをダウンさせた。

最初は三人で会う予定だったのが、慧が口を出して晴基がそこから外れたからだ。

晴基も有衣に懐いているのでかわいそうだったが、今回ばかりは仕方が無い。

「有衣ちゃんには夜会えるから、今は我慢な。その代わり、いい人に会わせてやるぞ」

「いいひとって?」

「有衣ちゃんの、お友達」

晴基は、慧のその言葉に素直に喜んで笑顔になった。

それを見て、慧も笑顔になる。

ただしその笑顔は、晴基のような素直さとは全く縁のないものだったが。


「いらっしゃ……」

慌しくサーブを繰返し、やっと最後の指名だ、と言われ向かったテーブル。

いるはずのない人がそこに座っていて、みどりは言葉を途切れさせた。

「ちょ、なんで」

「お帰りなさいませ、ご主人様。とか言わないんだ?」

「はぁっ?」

慧の言葉に思わず過剰反応してしまったが、周りの視線を集めた気がして口を噤む。

まさか慧が来るとは、想像もしていなかったみどりだ。

しかも、こんなメイドの格好をしている時に会ってしまうとは。

ため息を溢しつつ、気を取り直してメニューを見せる。

と、慧の横にちょこん、と座っている晴基が視界に入った。

みどりは晴基と面識がなかったが、有衣から見せられた写真で顔は知っている。

それで、みどりは慧がここにいる理由を知った。

有衣が学校で子連れデートをしなくて済んだのはありがたい、と素直に思う。

だが別にわざわざここに来ることは無いだろう、嫌がらせか、と慧を睨んでしまった。

しかし、晴基がなぜかみどりをじっと期待のこもった目で見るのを感じ、視線を和らげる。

「けーくん、ゆいちゃんのおともだち?」

「そうそう。有衣ちゃんのお友達。ハル、ご挨拶しとけ?」

「うん。えっと、こんにちは」

「こんにちは、ハルくん。みどりです」

「みどちゃん。かわいいなまえだね」

「え」

その小さな口から出たとは思えないチャラい言葉に、みどりは一瞬驚く。

けれど、晴基の表情はどう見てもキラキラとした純粋なものだ。

「あ、りがとう?」

「うん。あのね、おようふくもかわいいの」

「…ありがとう」

有衣の傍で感じた直輝のイメージは、真面目な堅物だ。

その息子であるはずなのに、晴基はこの歳で女の子を喜ばせる何かを知っているらしい。

「それでね、あのね。このあと、じかんあいてる?」

「え?」

今、何やら、誘いを受けた気がする。

みどりが反応できずに目を瞬かせていると、慧がとうとう噴き出した。

もしや慧がけしかけたのか?という疑惑がみどりの中で噴出する。

しかし、みどりに睨みつけられた慧は、首を振った。

「俺じゃないよ。ハル、今の誰に教わったんだ?」

「たけせんせいだよ」

武という苗字に、みどりは心当たりがある。

一年後輩だが、家が保育園をしていて、そこで仕事を手伝っている。

晴基がその保育園に通っている関係で、みどりも有衣を通じて面識があった。

純粋な子どもに余計なことを教えやがって、と内心で詰ってやる。

「きょうは、パパがゆいちゃんとあそぶから、ぼくも、みどちゃんとあそびたいの」

晴基の言葉に、有衣の代わりか、とみどりは納得する。

慧はみどりを有衣の友達だと教えていたようだから、晴基からすればいい人材だ。

確かに、小さな子どもからすれば、仲間外れにされたようで寂しかっただろう。

そう思うと、みどりは否とは言えなくなってしまった。


晴基は、かわいかった。

みどりは有衣から聞いてはいたが、実際に近くで見ていると本当にかわいい。

男の子らしくいろいろ興味は示すが、騒ぐわけでもなく、素直だし、いい子だ。

こんな子が自分の子どもならいいな、とさえ自然に思わせる子だった。

しかし、だ。

晴基がみどりと過ごすには、当然保護者役の慧も一緒にいるわけで。

これでは、有衣の代わりに、みどりが子連れデートをしているようなものだ。

「いやっ、てか、これはデートじゃないから」

一瞬頭に浮かんだ考えを、みどりは急いで否定する。

それを声に出しているとは思っていないあたりが、慧を喜ばせるのだ。

実際、ぶつぶつ言いながら手をぱたぱた振っているみどりを見て、慧は笑みを浮かべた。

有衣の友達だと言えば、晴基が興味を示すのはわかっていたことだ。

それでも、晴基があそこまで積極的にみどりを誘ったのは予想外で、嬉しい誤算だった。

まぁ、相手はどこまでも純粋なみどりだ。

晴基とも、どこかしら通じ合ったのだろう。

少なくとも、朝あれほど喜んでいた肩車を止めてみどりと手を繋ぎたがるくらいには。

そのふたりに少し遅れてついていく慧の顔を見たら、阿部などはさぞや驚くことだろう。

そして恐らくはまた、彼女か、と聞きたくなる。

それほど、慧にしては珍しく、穏やかに楽しそうな表情だった。


みどりは、慧に気を取られながらも、晴基と楽しく過ごす。

慧は、そんなふたりを見ながら、思いの外心地好い時間を送る。

夕方になり、別れの時間が近づくと、晴基は寂しそうな顔をした。

少しの時間だったが、予想以上に懐いてくれたらしく、みどりも寂しくなった。

みどりの手を握る小さな手に、きゅっと力が入るのを感じて、みどりは立ち止まる。

しゃがみこんで晴基と視線を合わせるようにすると、口がへの字になっていた。

泣きたいのを我慢しているらしい。

「ハルくん、また遊んでね」

「うん。みどちゃん、たのしかったの。ありがと」

手を差し出してみると、晴基はぎゅっと抱きついてくる。

やっぱりかわいいな、と思いながら、みどりは晴基を抱いて歩き出した。

だが、いくら小さな子どもと言っても三歳児だ、それなりに重い。

子どもに慣れていないみどりはすぐに根を上げることになり、代わりに再び慧が肩車した。

晴基が間に入ると、みどりは慧をあまり警戒しないで済む。

緩衝材のようなものだ。

こんな子といつも一緒にいられる有衣が、少し羨ましいみどりだった。


ちょうど中庭の前を通った時、その穏やかな時間は、突然終わった。

中庭には、毎年この時期に都市工学科の三年生が作成する、ジンクスを持つ橋がある。

橋の真ん中でキスをしたカップルは、永遠に幸せになる。

なんていう、信ぴょう性に欠けるものではあるが、校内では有名な話しだ。

在学中の生徒だけでなく、卒業生も来るから、学園祭の時期はカップルでいっぱいになる。

その、橋から、ツナが降りてくるのを、みどりは見つけてしまった。

ツナと、誰かが繋がれているその手も。

ツナが、それはそれは大切そうに、隣の女性を労わりながら階段を降りるのも。

降りてきたツナの隣の女性が、明らかにひとりの体では無いのも。

立ち止まったまま凝視していると、ツナもみどりに気づいたらしい。

「おっ、鱸もデートか?」

「え、や…」

曖昧な笑みで、何とも答えられないみどりを、慧は見下ろした。

普段なら即座に違うと噛みつくだろうに、相当動揺している。

それから慧は、みどりが見ているだけだと言っていた相手に目を移す。

みどりが同級生と気付いたのか、女性は少し気まずそうに手をいったん解いた。

その解かれた手を、ツナは何も言わずにさりげなくまた繋ぎ直す。

どうやら訳ありらしい女性を、それでもこれ以上なく大切にしているのが窺える仕草だった。

慧が見ているのと同じその光景を、やはり見ているみどりが痛くて、慧は小さく舌打ちした。


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