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【第一部・完結】幽世庵モノガタリ ~化物絵師と鵺~【幕末妖かしバディ】  作者: Yumiko
第二幕・時花神

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時花神(4)



 ――化物は、人のいないところには現れない。


 日本橋で最も繁華な界隈を歩いていた愁水は、嗣夫の言葉を思い返しつつ、裏通りに入ろうとして――その手前で、地本問屋の京助に呼び止められた。


「よお、愁水じゃねえか。その通りはなんもねえけど……どっか行くのか?」


「ああ、こっちが《《近道》》なんだよ。あんたこそ、店と方向が逆じゃねえか」


「怪我人の介抱だ。この間紹介した問屋の主人が、足を怪我しちまって」


 ――これで、五件目だ。


「……そうか。宜しく言っておいてくれ」


 京助の背を見送り、愁水は懐の地図を広げた。京助と共に何度か訪れた家だから、場所はわかる。


 地図上の五ヶ所を眺めていた愁水は、ふと眉をひそめた。


 五ヶ所を線で結ぶと、五芒星ごぼうせい――陰陽五行の象徴である、結界が浮かび上がるのだ。


 ――中心地に、何がある?


 しばらく立ち止まって考えていたが、それも《《聞けば》》わかることだと、裏通りに入った。


 瀬戸物屋、紙屋、酒屋――。


 愁水の目当ては、通りの突き当たり――年中狂い咲くしだれ桜が、庭から枝を伸ばしているのが目印の、〈万屋よろずや〉だった。 


 時折《《不憫な人間》》が迷い込む以外は、昼間でも不気味なほど静まり返っているため、草履の微かな足音ですらやけに響く。


 ――人の集まる所に、化物もまた引き寄せられる、か。


 酒屋の前を通り過ぎたとき、陽気な声が静寂を破った。


「やあ、愁水先生。〈大旦那〉なら、二日酔いでひっくり返っていますよ。先生も一杯どうです?」


 軒先から、壮年の男が顔を覗かせていた。


「俺が下戸だって、知ってんだろ」


「先生、見た目は大酒飲みなんだがなあ」


「そりゃ、うちの鵺だ。そのうち、また寄らせてもらうからよ」


「ええ、お待ちしておりますとも」


 何の変哲もない会話だが、ここに店を構えるモノは皆、人に化けた化物だ。


 雑踏の片隅で、人の負の心が発するよどんだ〈気〉を主食としながら、人の営みを真似る、酔狂なモノたちの集まり。


 化物絡みの情報なら、この通りに足を運ぶのが一番早い。


「大旦那、生きているか?」


「……死んでいるから、帰れ」


 軒先から声を張ると、奥から気だるげな返答があった。


 返事があったことを了承と捉えて、愁水は荒っぽい足音を立てて、店の奥まで踏み込む。


 十畳ほどの店には、傷だらけの甲冑、精巧な和時計といった大物から、茶器や印籠、簪などの小物までが雑多に並んでいる。


 古い物が漂わせる匂いは、ささやかな歴史と想いの残滓ざんしまとって、来訪者に煙のように絡みついてくる。


「相変わらず、ほこりっぽいな」


「文句があるなら、お前が掃除すればいいだろう……」


 奥の座敷で、着物を片肌脱ぎにした青年が――他の化物たちから大旦那と呼ばれる〈付喪神つくもがみ〉が、しどけなく横たわっていた。畳に散る長い黒髪が、蜘蛛の足のようにも見える。


 やなこった、と舌を出してかたわらにどかりと腰を落とせば、〈大旦那〉は書見台にすがりついて、大仰に溜息を洩らした。


 線の細い、弱々しい見た目だが、これでも室町時代から存在する大物だ。


 正体は、〈青行灯あおあんどん〉。百物語に使用された、青紙を貼り付けた行灯――というだけでなく、語り納めに現れる怪異の総称でもある。


 新参の付喪神たちにとっては親とも言えるモノで、普段は主を失った付喪神と、怪異を好む特異な人間を引き合わせることを生業としている。


 その性質ゆえに愁水との相性は良く、言動はつれないものの、


 ――青澄あおとと呼べ。昔、人に貰った名だ。


 と、名を教えてくれる程度には、気を許されている。


「話す気分じゃない……。夕暮れになったら起こせ」


「何が気分だ、飲兵衛のんべえが。菓子を買ってきてやったけど、いらねえんだな」


「……それで、何を聞きたいんだ」


 と、菓子で機嫌を取るところまでが、お決まりの流れだ。


 おまけに今日は、茶を淹れろ、という我儘わがまままで聞いてやった。


 愁水は懐から地図を取り出して、畳に広げて見せた。


「天狗の爪を祀った、という祠の付近で、立て続けに人間が足を噛まれている。五件とも、俺に絵を依頼した連中だった。この五ヶ所を線で結ぶと……」


「五芒星になるな。中心地に何があるか知りたい、といったところか。大方、予想はついているんだろう?」


 青澄が筆で五芒星を描き、中心をくるりと囲った。


「ああ。天狗の爪……ってのは、犬神の牙だったんじゃねえかと思ってはいた」


 犬神は使役可能な式神だが、強力な呪詛であるぶん、扱いを誤れば使用者側の家が途絶えることになる。


 ――おぞましい邪法。


 その作り方は、可愛がって育てた犬を首だけ出して地中に埋め、目の前に食料を置いた状態で飢えさせ、死の間際に首を落とす、というものだ。


 犬の首は食料に飛び付き、以後、呪いの媒介とされる。


 地を這う犬の首――足の噛み痕と聞いたとき、愁水はまずこの邪法を思い出した。


 犬神にとって、慈しまれている犬はさぞかし業腹だっただろうが、飼い犬の有無自体は、さほど関係がないと思っている。京助に聞いた五件目の家は、生き物を飼っていなかった。


 では、なぜ絵の依頼人ばかりが狙われたのか――。


「五芒星の中央……ここに、犬神憑きの一家が住んでいた屋敷跡がある。これが本家で、五ヶ所の祠はいずれも、分家が敷地内に建てたものだ」


「家が途絶えて、主を失った犬神が暴走したんだな。犬神憑きっていや、陰陽師どもが目を光らせているだろ。よく続いてたな」


 祓い屋といえば、江戸では陰陽師だ。


 畿内では未だ声聞師しょうもんじ*が祓い屋として活動していると聞くが、彼らもこの江戸では、幕府が再興させた陰陽師の一族――土御門つちみかど家と幸徳井こうとくい家の監督下にあり、専ら芸能のほうへと流れている。


 市井の祓い屋はともかく、土御門家筋の陰陽師であれば、嗣巳の正体に勘づく者もいるだろう。それだから、あまり目立つ姿でうろつくなと言っているのだが、当人はどこ吹く風なのが腹立たしい。


「いや、この家が途絶えたのは十年前だ。最近になって、〈何者〉かが分家の祠の封を解いた。分家の祠周辺で起きた怪異は、ほんの前座だな」


「その何者かは、後で探し出してやる。それより、噛み痕だが……獲物の印ってことか」


 愁水が考え込んでいると、青澄が目の前で筆を揺らした。


「なあ、愁水。犬神の〈元〉は何か、知っているか?」


「あれだろ、犬の首を……って、こんなこと説明させるなよ。俺は、犬が特に好き――」


「――鵺だ。犬神の起源は、武人に退治され、四散した鵺の一部だ。愁水、お前には鵺の匂いが染みついている。しばらくは鵺代神社の結界内に籠っていろ」


「おう、そうさせてもらうぜ」


「……心にもないことを。気をつけろよ」


 青澄がさして旨くもなさそうな顔で、菓子を口に運ぶ。先程から気になっていた愁水は、自分も菓子を味見して、首をひねった。

 

「何だよ、別に不味くねえだろ?」


「……これは、誰かを想って作られた菓子だ。まあ、食って力がつかないこともないが……」


 愁水にはよくわからないが、総合的に微妙、なのだろう。


「悪かったな。詫びに、今度俺があんたのために作ってきてやるよ」


「詫びにならんから、いらん」


 いつもの毒舌かと思ったが、青澄の顔は真剣そのものだった。




「――おい、その腕はどうした?」


 夕飯が遅くなったことを詫びるまえに、嗣巳が目敏めざとく問いかけてきた。


 他所の神社の手水ちょうずで《《処置》》はしたものの、傷や血の匂いまでは隠せなかったようだ。



――

*声聞師:陰陽師の文化から出発。祝祭・呪術的芸能を行い、猿楽や能楽の源流となった。



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