夕砂
6推し 夕砂
彼女との出会いは理不尽な晒しに対する不満と悲しみの呟きだった。
この時、彼女は女性向けの小説コンテストに男性主人公の作品で挑戦していた。
それを規約違反かのように取り上げ、晒し上げられていたのだ。審査員でもなんでもない素人によって、だ。
主人公の性別が男性ではいけないなどとどこにも書いていない。
『君の膵臓をたべたい』は終始男性視点の女性向け作品だったし、少年サンデーの『舞妓さんちのまかないさん』は少年誌でありつつも女性主人公で何年も人気作品として連載を勝ち取っている。まして今の時代は令和である。そんな男性女性でわあわあ言うのは平成ですら時代錯誤でもはや昭和の世代のモノサシに思えるが。
とにかく、彼女の作品は理不尽に晒し上げられていた。
作品名は『太陽の花唄』
彼女の名は『夕砂』
私は彼女の受けた理不尽が許しがたいと思い、全面的に彼女を応援すると決めた。愛情をたっぷり込めて書いた作品を悪いものと決められ、晒し上げられた。それは愛しの我が子を晒し上げられたのと同じである。
その悲しみ、怒りは想像に難くない。私だったらその一族郎党とも全て生涯呪うと思う。
(ほんっとーーーに許せない! 私、このコンテストは全面的にルールマナーの範囲内で夕砂さんの応援するって決めた!)
そう心に誓い、夕砂さんの『太陽の花唄』を読みに行くとそれは私の苦手とする『余命』系の物語だった。
どうする。私は余命いくつ、病気で何々、不治の病でどうで、いついつ死ぬ彼が〜などの人の死が物語にされているものが苦手である。
人間なんていつか絶対死ぬ。それは現実世界で今までもこれからもイヤと言うほど味わっていかなければならないリアルだ。だったら、創作の中でくらい悲しい死を見たくない。幸せになれる奇跡を読みたい。あるいは楽観的な日常を読みたい。笑いを読みたい。勇気と恋とハッピーエンドを読みたいの。
(けど、応援するって決めたしな)
誰と契約したわけでなくとも自分で決めたことはやり通す頑固さが私にはある。それがやっかいでありつつも、強みでもあると私自身は思ってて。今回はこの性格が厄介だなーって思ったわよ。
自分の嫌いなジャンルなら読まなければいいのにね。
自分の信念に従って、私は太陽の花唄を読み始めた――
────
読書開始から40分。気がつけば最新話まで一気読みしている自分がいた。
――これは、すごい。
とくに地の文がとてもいい。読ませる。こんなに読みやすい地の文ってなかなかない。
余命系と言って食わず嫌いしていたのは良くなかった。このような名作があるだなんて。
◆◇◆◇
これを読んで思い出したのは小学校5.6年の時の担任だった花見川裕子先生。
花見川先生は30代の女性教師だ。活発でヤル気に満ちていて生徒想いで真面目だった。
1日の終わりには30秒間メッセージと言って、今日先生が感じたこと伝えたいことを30秒間にまとめて教えてくれた。
「人間は3分以上の話は長くて集中して聞いてられないから、あなたたちには30秒だけ、私の気持ち。聞いて欲しい」と言って始めた試みだった。30秒間なんてすぐだからちゃんと毎日聞いてられた。
花見川先生は生徒達が長期の休みに入ると暑中見舞いやら何やらと必ず休暇中に葉書を送ってきた。それも絶対に旅先から。花見川先生は長い休みになると自転車で旅に出るのだ。
北は北海道から南は沖縄まで日本全国を自転車で旅したようだ。寝袋を持って歩道橋下で寝たりして。タフな人だし、アクティブだ。
普通やってみたいと思っても実行したりしないレベルの行動だと思う。葉書にも生徒一人一人への長いメッセージを添えて。
この行動力の源はどこにあるんだと当時は思ったが。その数年後に納得することになる。
花見川先生は実は病気だったんだ。
彼女は余命宣告を受けている身で働いていたのだ。それを知ったのは彼女の葬儀に参列した中学2年の夏だった。私達はクラスの仲間と集まって。泣いた。
やりきれない気持ちから私達は人生で初めてお酒を飲んで献杯し、その日は朝まで先生の死を悼んで偲ぶ会のような時間が過ぎていった。
この、あまりにも行動力があり、前向きで、輝いていた先生には『余命』という残り時間の少なさが行動理由としてあったのは間違いないと思う。その自転車旅のリスクなどは開き直りのようなものもあったろう。
火が消える瞬間の輝きを私達は見せてもらったんだ。
夕砂さんはその力強い人間の命の光を作品で表現したかった。だから余命が必要だったんだ。そう思うと合点がいった。
現時点ではまだ完結まで発表されてないが毎日の更新が楽しみで楽しみで仕方ない。そんな小説を書く小説家。夕砂。
彼女を思い切り推していきたいと思います。
夕砂
主な活動サイト
カクヨム
受賞歴
なし。あえて言うなら、彼方賞大賞受賞。
夕砂さんについては比較的最近書いたものなのでまだ新たな情報は更新されておりません。あ、ただひとつ。『太陽の花唄』は完結しましたよ!




