8.お兄様と私
「レオニール。リリーナが正式にアルフレッド殿下の婚約者になった」
タウンハウスの執務室でそう伝えられたお兄様。一瞬目を見開いた後に安堵の表情を浮かべている。
「私が本邸より呼び出されたのはこの件を知らせるためだけでしょうか」
「察しがいいな。お前は側近に選ばれた」
「はい」
ニヤッとしたお父様。
「リリーナはもう下がってよい」
「承知しました。失礼します」
私がなにかしでかして婚約解消なんてことにならないようお兄様に見張らせるのね。それに私が捨て駒になったとしても側近であれば宰相を狙うことができる。お兄様は私の保険でもあるのかもしれないわ。
もしかして……あの数十秒で私も察することができたか試されている?
それよりさっきの様子からしてお兄様は婚約の話をご存知だったはず。メアリーはどうなんだろう? お母様はご存知?
前世よりも婚約は重い契約。だからしっかりと書面に残している家同士の婚約を、個人の希望で変えることは容易ではない。現実的に考えて、メアリーがアルフレッド様の婚約者になるのは既に難しい状態なのよね。
ということは、本来なら婚約成立前に横取りが成功していたってことなのか。
そう言えば、お父様から婚約の話を聞いた時に他言無用だと言われたけれど、あれってお母様やメアリーにも知らせるなってことで合ってるのよね? 他言無用って他人とか部外者に漏らすなってことでしょ? だから私はメアリーが知りたそうにしても無視していたけど……
ちょっとまって…私、前世を思い出さなかったら、メアリーに話してしまったんじゃないかしら? 王子様の婚約者なんてメアリーが絶対に羨ましがるし、家族だから他人でも部外者でもないって自分に言い訳して……ざまあみろって感じで自慢していたわね。確実に。
なるほど。それに腹を立てて、王子様の婚約者になりたいメアリーが我が儘を言い出したのね。
あー、私がシナリオを変えてしまったのか。
とはいえ……アルフレッド様……
うぅーん。
「これで良かったのかな……」
「何の話だ」
「お、お兄様!」
まだ執務室の前なのを忘れて考え込んでしまったわ。
「婚約をメアリーが羨ましがる気がします」
「母上とメアリーにはギリギリまで隠し通すんだ」
「???」
「意外か」
「……はい」
お兄様と久々にする、まともな会話がメアリーの話なんて……でも本当に意外。いつもならメアリーの願いを最優先するのに。
「これでも一応公爵家の嫡男だ」
「お兄様……」
「メアリーに王子妃は荷が重すぎる。恐らく王妃教育も嫌がるだろうし」
ちょっと見直した。
「それに王族に入ると例え家族でも簡単には会えなくなるからな」
「………………。そうですね」
前言撤回。お父様もお兄様も、メアリーを側に置いておきたいだけね。王妃教育も辛くて大変ってイメージしかないし。だから、私が無事に婚約者になれたことに安堵したってところかしら。
私もお父様かお母様の色を1つでも持っていれば、もっと愛してもらえたのかな……。




