13.入学式当日
入学式が始まった。
アルフレッド様が生徒会長の挨拶をされている際は随分多くの令嬢たちが顔を赤くして見惚れていたし、少しの間騒がしくなりそう。
それより彼女はいるのかしら?
立って見渡すことも出来ないし、なかなか探しにくいわね。
「それでは新入生代表、ルーシー・ホワイト」
「はい」
っ!!!
おぉ。期待を裏切らないピンク色の髪。ちょっと遠くて分かりづらいけれど瞳の色もピンクに見える。
新入生代表挨拶をするってことは、首席入学したってことよね。
貴族は全員入学が必須の学園だから落ちることはないけれど、クラス分けを行う入学試験は難易度が結構高かったはず。それを首席を取れるだけの頭の良さを持ち合わせているならまともな令嬢なのかしら?
*
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「首席入学の方、可愛らしい令嬢でしたね」
入学式が終わり、生徒会室で雑務をこなしながらルーシーをどう思ったかアルフレッド様にそれとなく訊ねてみたけれど、特に記憶には残っていない様子。
「それより妹のメアリー嬢の制服が気になったんだが」
「はい。私も今朝まで知らず、後程ご相談しようと思っていました」
新入生にも暗黙の了解として伝わっているため、私達と全く同じ制服を着たメアリーはとても目立っていた。気になっていた生徒も多くいたようで、同じ生徒会役員でもある側近の皆様が困った顔をしている。
「メアリー嬢に変更を頼めないのでしょうか。お二人に憧れ、一点だけでもと同じものを身につける生徒が多くいます。お二人が変更されるのは避けていただきたいのですが……」
それができたらいいのだけどね……。
メアリーに頼むのは難しいとそれとなく伝え、ボタンの変更を提案してみたけれど、結局は元々自由だったブローチを二人の色を使って特注で作ることで解決した。
*
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ドンッ
「いったぁい」
生徒会の仕事を終え、アルフレッド様や生徒会の皆様と馬車停車場に向かって廊下を歩いていると、角から誰かが飛び出してきた。
「リリーナっ! 大丈夫か?」
咄嗟に腰を支えてくれたアルフレッド様。頬に手を添え怪我をしていないかと確認してくれる。
「ありがとうございます。大丈夫です」
アルフレッド様のおかげで転ばずに済んだけど、相手は私とぶつかった拍子に転んでしまったよう。大丈夫かと目を向けたらそこにいたのはルーシーで……こんなテンプレ展開が待っていたなんて。驚きのあまりアルフレッド様の腕を強く掴んでしまったわ。
「あのっ! 私ルーシー・ホワイトって言います。実家は男爵でし……」
「まずはぶつかったことに謝罪を。実家は男爵位ですか。下位とはいえ貴族ならば立場をわきまえなさい」
「え? わざとじゃないのに?」
「わざとかどうかは関係なくてですね」
本来身分が下の者から声をかけるのは失礼に当たる。そもそも廊下を走るべきではないし、公爵令嬢にぶつかっておいて謝りもしないなんて以ての外。もちろん私が公爵家の人間だと知らなかった、なんて言い訳も通用しない。ルーシーを立たせながら貴族なら知っていて当たり前のことを側近のダニエル様が説明しているも、ルーシーは理解できないって顔をしている。
「構わないわ」
「ですがっ」
「私はただ寮に帰りたいだけなのに迷ってしまって……」
誰が見てもここにいる全員がルーシーより身分が上だって分かるのにこの態度。この一瞬で分かるほどメアリータイプの彼女に何を言ったって無駄ね。悪いなんて思ってないんだから絶対に謝らないでしょう。
「あっ! 会長様! 入学式のスピーチ、とっても素敵でした。まさかここで会えるなんて……迷ってよかったかもしれません」
驚くほど話を聞かないのね。アルフレッド様がずっと黙っていらっしゃることに気付いてないの?
転生者だとしたら最近前世を思い出して感覚が前世寄りになっている、とかかしら。そうでないのにこの態度なら、男爵がしっかりと教育をしてこなかったってことね。
「殿下、ここは私が……」
「殿下? わぁ! 王子様だったんですね」
わぁお! 白々しい。仮に今まで顔を知らなかったとしても、生徒会長が第一王子だってことを知らない生徒はいないし、そもそも金色の目は王族しか持たない色なのに何を言ってるのかしら。
「確か……アルフレッド様、でしたよね。素敵なお名前です」
わぁ。名前は知っているのね。
「他の方に頼んでいただけるかしら。私達、帰るところなの」
タウンハウスを持っていない貴族のためにある学園の寮。生活空間だから少し校舎と離れてはいるけれど、同じ敷地内だし寮までの道もしっかり整備されている。迷いようがないほど分かりやすいのに、どうすれば迷えるのか逆に教えてほしいくらい。半ば呆れつつルーシーに伝えるも、またもテンプレ展開になってしまった。
「そんな……酷いです。ぶつかったのだってわざとじゃないって言ってるのに。王子様なら助けてくれるかなってちょっと案内をお願いしただけで……あなたは冷たい方なんですね」
そう言い泣き出したルーシー。
「なっ! 何も泣かなくても……」
ルーシーの涙にダニエル様は焦りだしたみたいだけど、アレ、嘘泣きよ? 顔を手で覆い隠す前に、悪意のこもった目を私に向けてきたの、見逃さなかったわよ。それにしても、女の涙に弱いって言うのは異世界でも共通なのね。
「ダニエル。彼女を寮まで送ってやれ」
「……承知しました」
あの場をダニエル様に任せ漸く馬車までたどり着くことができたけど『随分と個性的な令嬢だったな』と言うだけでさほど怒っている様子のないアルフレッド様に、私はほんの少しだけ不安を覚えた。