8話
―――世界のどこかには怪人達の集う地がある。それは山奥にあり、入り口をカモフラージュされ、更には合言葉を知っていなければ侵入不可能であり、人間達には未だ見つかっていない。そんな場所の入り口に一人の怪人が現れた。頭部が龍のようになっており、全身に金の装飾が施され、身体は隆起し常人の何倍にも大きく見える。怪人は、カモフラージュをどけ、現れた小さなモニターに合言葉を入力。すぐ隣の扉が開かれると、カモフラージュを元に戻してそのまま中に入った。中は薄暗く、小さな照明が上からぶら下がっているのみである。しばらく歩いていると、やがて開けた場所に出た。そこは大きな円卓が置いてあり、それを囲うように様々な怪人達が席についていた。
「遅い。5分遅刻だ」
そのうちの一人、虎型の怪人が、龍の怪人へ注意を向けた。他の怪人達も言葉にはしていないものの、龍の怪人を責めているように見える。
「悪い悪い。虫けらを一匹払ってたら遅れちまった」
龍の怪人は悪びれる事もなく席につく。虎の怪人は、まだ何か言いたそうにしていたがぐっと堪え、視線を上方に向けた。円卓からやや離れた場所には大きく、禍々しい装飾を施された椅子があり、そこにもまた怪人が座っていた。頭に王冠をつけたそれは、地球上のどの動物にも似ているようで、まるで似ていない。大きな牙を持ち、肩からは鋭い角が生え、爪もまた歪に尖っている。猛獣達を一つに詰め込んだような、そんな外見をしていた。
「では、これより会議を始める」
謎の怪人が口を開くと、集まっていた怪人達の背筋が伸びた。
「まず、主要な地域の侵略率を聞こう。アメリカはどうなっている?」
「はっ。アメリカの侵略率ですが、前回より4%上昇し21%となっております。アメリカは強力な戦士が多く、普通の怪人では太刀打ちできないケースが多いようです」
「渋いな……怪人の強化策を早急に出すよう連絡しろ。……次」
謎の怪人に促され、次々と怪人達が報告を上げる。怪人の野望は世界征服であり、それを達成するために日夜世界中に侵略をかけているのだ。
「……最後に、日本はどうだ?」
「はっ。日本の侵略率は最も低く、12%となっております。この地は戦士や魔法少女が最も多く存在し、我々の活動を妨害しています」
「うむ。何故日本にこれだけの戦士がいるのかが不可解だが、思うように侵略を出来ていないのも事実だ。何か対策を取らねばな……」
「俺が行くぜ」
円卓に足を乗せ、退屈そうに話しを聞いていた龍の怪人が声を上げる。怪人達の視線が一斉に向くも、彼は涼しい顔をしている。
「俺が行って、全員叩きのめす。まずは東京からだ」
「お前に出来るか? 日本は精鋭と聞くぞ」
「上等だ。強い奴がいたら、ぶっ倒してその首持ち帰ってきてやるよ」
拳を合わせ、獰猛に笑う龍の怪人。ふむ、と謎の怪人―――怪人達の王が頷き、告げる。
「では、日本はお前に任せる。最後に、何か意見のある者はいるか? ……いないな。本日の会議はここまでとし、解散とする」
席を立ち、去っていく怪人達。それを見送り、怪人の王はぽつりと漏らす。
「まだまだ野望の達成には遠いか。……だが、必ず全てを手にして見せるぞ」
怪人達は、世界を手に入れるまで止まらない。
「いてて……」
昼休み、学園にて。空は昨日の翼との修練で出来た痣をさすっていた。周囲からの心配は、派手に転んだという言い訳で誤魔化している。
「やっぱり実戦形式は空には早いと思うんだけどなぁ」
「いや、ダメだ。基礎から始めてたんじゃ間に合わない」
「頑なだよねぇ」
呆れる翼をよそに、空は今朝の事を思い返していた。普段は怪人が現れた事しか話さないペンダントが気になる事を言っていたのだ。
―――空。かつてない脅威が迫っています。
それが怪人である事は予想出来ている。だがかつてない脅威、という言葉がどうしても引っかかる。今まで戦った怪人よりも強力な存在が現れる。そんな直感が働いていた。
「……空?」
じっと黙り込む空の姿に翼は訝しむ。声をかけられた空ははっとして、なんでもない、と答えるも、少ししてやはり考え込んでしまった。
「(身体が痛むわけではなさそう。一体何を考えているんだろう)」
ちょっと聞いてみようかな、なんて翼が考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。間もなく教師が教室に入ってきて、午後の授業が始まった。教科書とノートを取り出しながら、翼はふと考える。
「(今日は怪人現れるのかな。……トイレ以外の言い訳も考えておいた方がいいかな?)」
この日、結局怪人は現れなかった。
夜、空の自宅にて。自分の部屋のベッドで寝転んでいた空は、中々寝付けないでいた。
「かつてない脅威、か」
空は独り言を呟き、寝返りをうつ。そのキーワードを聞いて以来、胸がざわざわとして落ち着かない。目を閉じても眠れそうになくて、空は仕方なく起き上がり、部屋の窓を開けて夜風にあたろうとした。春の風はまだ少し肌寒く、長く浴びていると風邪をひきそうだ。空は、ペンダントを握りしめ、徐に話しかけてみた。
「お前……一体何なんだ? 初めて会った時、何であそこに落ちてたんだ? 怪人の何を知っているんだ?」
月の光を浴びて煌めくペンダントは、何も答えない。空は、苛立ちも込めてペンダントを指で弾く。その時、ひゅうと一際強く風が吹いて空の身体を通り過ぎて行った。
「……寝るか」
身震い一つした後、空は再びベッドへ潜り込む。ペンダントへの疑問と、新たな脅威。どうか眠れますようにと、空はぎゅっと目を閉じる。空はしばらく寝付けない様子であったが、やがて規則正しい寝息を立て始めた。
―――空。今のままでは勝てない。新たな力を求めるのです。
夢うつつの中で、ペンダントが何かを言った気がした。