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6話


 早朝。翼は今日もトレーニングに勤しんでいる。竹林に囲まれた土地は森の中ということもあり地面が凸凹で歩きづらく、悪路を走る事は走行能力の向上に繋がる。翼はさらに剣を持ち、手頃な竹を切り落としながら駆け回り、武器の習熟にも繋げている。背中にびっしょりと汗をかいたあたりで練習を切り上げ、翼は家の門扉をくぐる。そこでは和服の使用人がタオルを持って待機しており、翼は礼を言ってタオルを受け取った後身体を拭った。シャワーを浴び、着替え、浴室から外に出ると、縁側でお茶をすすっていた祖父と遭遇する。


「おはよう、おじいちゃん」


「おお、翼。待っておったぞ」


 翼の祖父、泰造はそう言って懐から小さな箱を取り出す。開けるように促され、翼が箱を開けると、中には様々な動物の絵が描かれた歯車状のアイテムが入っていた。


「チェンジギアじゃ。ドライバーにセットする事でギアに描かれた動物の力を借りる事が出来る、カイの強化アイテムじゃよ」


「おじいちゃん、いつの間にこんなものを……ありがとう」


「なに、気にするでない。カイの事で困ったらいつでも言うんじゃぞ」


 翼はギアの入った箱をポケットにしまい、泰造と一緒に朝食をとるために部屋へと向かう。扉を開けると、そこでは父である忠良が、テーブルに並べられた朝食を前に静かに正座して待機していた。


「おはよう、父さん」


「ああ」


 父、祖父と並んで翼も席に座り、いただきます、と手を合わせる。しばらく箸を進めていると、忠良から翼に声がかかった。


「活動は順調か?」


「怪人退治の事? うん、順調。この前も苦戦しなかった」


「当然じゃのう。古くは江戸から引き継いできたカイに、天才たるわしが調整を施したんじゃ。怪人ごとき屁でもないわい」


「油断はするな。命取りだからな。……それと、くれぐれも」


「正体がばれないように、でしょ? それも気を付けてるけど……そう言えば、どうして秘密にしてるの?」


 忠良の箸がテーブルに置かれ、代わりに湯飲みが手に取られる。中身を少し啜った忠良は、それから静かに言った。


「古くから、悪というものは卑劣であった。戦士の正体が割れると、その友や身内に危害を加えようとしてきたのだ。そうすれば戦えなくなると踏んでな。だから戦士の正体は秘匿されねばならない。守りたいものを突かれると脆いのは戦う者の宿命だ」


「……分かった。気を付けるよ」


「それでいい」


 忠良はそう言って食事を再開した。泰造もうんうんと頷いており、この持論には同意しているようだ。翼としても異論はない。


 その後は特に会話もなく、静かな朝食を終え、翼は学校へ行く支度をする。今日も怪人と戦う事になるだろうか。そんな事を考えながら。




 ―――学園にて、放課後。授業を終えた生徒達は、雑談する者や部活に赴く者など、皆思い思いに過ごしている。その中で、空は机に突っ伏してぼんやりしており、翼はそんな空を気にしつつも授業の復習をしていた。空はいつも通り眠そうにしていて、翼のペンを走らせる音を子守唄に眠ってしまいそうな雰囲気をしていた。授業中も何度か居眠りをしており、先生に注意すら受けている。このままでは次のテストが危なそうだから、今度一緒に勉強でもしようか。そんな事を考える翼。ふと、空が顔を上げて翼へ向き直り、言った。


「翼……お前、確か妙に強かったよな」


「いきなりどうしたの?」


 突然の質問に目を丸くする翼。


「いや……以前、不良をボッコボコにしたり、引ったくりをとっ捕まえてたりしただろ。あげく強盗すら撃退してたし。その強さはどこから来てるんだ?」


 空の発言は事実である。翼は、以前同級生をいじめていた不良達を締め上げ、引ったくりをバイクから引きずり降ろして拘束し、包丁を持ったコンビニ強盗を素手で制圧している実績があった。それはひとえに戦士として鍛えているからであり、怪人と戦うための力を持っている翼に一般人が敵うわけもない。翼は怪人と戦っている事は隠しつつ、空の疑問に答えた。


「まあ、鍛えてるからね」


「単純に鍛えてるだけで強盗を倒せるとは思えないけど……まあいいや。ちょっとお願いがあってさ。俺を鍛えてくれないか?」


「空を? どうして?」


「ちょっと、あってさ。強くなりたいんだけど……ダメかな?」


 ―――武器に頼るだけの戦いじゃ、そのうち限界が来る。空にはそんな予感があった。今のところ戦えているが、『いつか』はきっと訪れるという確信めいたものが空を突き動かしていた。空の目に決意の火が灯っているのを見る翼。だがその力を振るう理由が分からなければ力を授ける事は出来ない。


「……理由は何? 力を得るなら責任が生じるよ。ただケンカがしたいだけなら僕は頷けない。バイト関係で嫌がらせを受けて、仕返しをしたいとかもダメだよ」


「それは……」


 空は怪人と戦っている事を秘密にしている。それは自分が魔法少女である事もあるが、翼を心配させたくない気持ちもあった。魔法少女という存在は、現状空を除いて全てティーンの少女達が変身している。子供が戦う事に抵抗感を覚える大人も多く、特にその両親ともなれば気が気じゃないだろう。その逆に、装甲戦士達は素性を隠した大人達が変身している事が殆どだ。翼のような子供が戦っている例は珍しいと言える。


 理由を言えず苦悩する空を、翼はじっと見つめる。何か隠している。それも、簡単に言えるような内容ではないものを。


「……言えない。けど、凄く重要な事なんだ。虫のいい話なのは分かってる。だけど……頼む」


 椅子から立ち上がり、翼に頭を下げる空。しばらく無言だった翼だが、観念したように息を吐くと、言った。


「分かった。僕で良ければ力になるよ。でも約束して。間違った事には使わないで」


「っ、本当か!? 分かった。ありがとう!」


 翼の手を取り、喜びをあらわにする空。大袈裟だなあ、と翼が漏らす。じゃあ早速、と言ったところで出鼻をくじくように翼のスマホが震えた。


「ごめん、ちょっと待って」


 スマホを手にとり、耳に当てる翼。


『怪人です。至急向かってください』


「すぐ行く。……ごめん空、急用ができた」


「分かった」


 通話を切り、教室を出ていく翼。それを見送る空であったが、間もなく空にも怪人の発生が告げられ、翼の後に続ていく事になる。



 翼が現場に到着すると、そこは建物を破壊して暴れまわる怪人がいた。だが周囲には逃げ惑う民衆で溢れており、警察はその対処に追われているようだ。


「(人が多い。ここで変身したら正体がバレちゃうな。ならまずは……)」


 翼はひとまず、住民の手助けをする事にした。避難誘導を行いつつ、変身する隙を伺う。


「こちらです。急いで!」


 現場は混乱に満ちており、中には怪我をして動けなくなっている者もいるようだ。警察達も怪人の攻撃に見舞われ、次々と倒れていっている。今回の怪人はトカゲ型の怪人のようで、姿を透明化させ不意打ち気味に警察を攻撃している所がよく見られた。


「(被害が大きくなる前に怪人を倒さないと……!)」


「カゲカゲカゲ……弱い者いじめは楽しいカゲなあ!」


 翼の思いとは裏腹に、怪人はどんどん破壊活動を行っている。だが住民達の避難は既に完了し、残すは警察達のみとなった。


「(今なら、いける)」


 翼は咄嗟に建物の陰に隠れ、ドライバーを腰にセット。ギアリアクターをセットし、叫ぶ。


「変身!」


 翼の身体が装甲を纏い、戦士カイへと変身が完了する。同時にドライバーから歯車の装飾が施された剣が飛び出し、それを手で掴むと、カイは路地裏を飛び出した。


『怪人め、容赦しないぞ!』


「出たカゲなあ、仮面の戦士め! 俺様の邪魔をするなカゲ!」


 怪人の舌が伸び、カイへと迫る。それを最小限の動きで避けながら、カイは怪人へと大きく踏み込んだ。


『せいっ!』


「ぐわっ!」


 剣を使った鋭い一撃が、怪人の身体を傷つける。たたらを踏む怪人に、追撃の刃が光る。民衆を傷つけられた翼の攻撃には怒りが乗せられており、怪人へ重くのしかかる。


「こうなったら……!」


 大きく後退した怪人が唸り、その姿が揺らぐように消える。先ほど警察達を攻撃していた時にも使った透明化の能力だろう。カイは油断なく構えるが、その背中に怪人の舌が迫る。


『っ!』


 大きく身を捩らせて攻撃を避けるカイ。怪人の方へ向き直るが、また透明化してしまい姿を追いきれない。またも死角から放たれた攻撃を寸でのところで避けるカイ。反撃の手を考えていた所で、朝祖父に渡されたアイテムの事を思い出した。


『使ってみるか……!』


 懐から取り出したのは、鷹の絵が描かれた歯車状のアイテム、チェンジギア。ドライバーからギアリアクターを取り外し、チェンジギアを装着する。


『Gear Change』


 カイの身体に鷹の力が宿る。背中に翼が生え、歯車を模したモノアイがより鋭くなる。カイの視力が強化され、空気に揺らぐ怪人の姿を捉える事が出来た。ドライバーから銃を取り出し、死角へ移動しようとしていた怪人に弾丸を放つ。


「ぐわっ! な、なぜバレた!?」


『まだだ!』


 背中の翼を大きく伸ばし、カイは飛翔。怪人の周囲を飛び回りながら、銃撃を放つ。怪人も舌を伸ばして応戦するが、カイの素早い動きを追いきれない。無数の攻撃を受け、遂に怪人はその場にすっころんでしまった。


『Spin!』


 地上に降り立ったカイが銃の歯車を回し、力を込める。正眼に構えられた銃の銃口にエネルギーが集まり、巨大な球となって顕現する。


『とどめだ!』


『Gear Shooting!』


 込められたエネルギーが解き放たれ、身動き出来ずにいた怪人へと直撃する。胸元で弾ける力の塊に自分の未来を察知した怪人は、断末魔を上げながら爆発した。


「あっ」


『ん?』


 怪人が倒された、その瞬間に到着した空。思わず間の抜けた声を上げてしまい、カイに気づかれる。


『(あれは……空? 何でこんな所に?)』


 カイの中で、翼は疑問に思う。怪人が出た場合、大抵は誰かがSNSで情報を上げるため普通の人は怪人の発生場所に近寄らない。稀に興味本位でやってくる者もいるがそういった者は警察に対処される。


 ―――まさか空も、怪人に興味で近づくような奴だったのか?


『何をしている。ここは怪人が出た所だ。一般人が近づいちゃいけない』


「やー、あのー。そう……ですね、はい。ちょっと道に迷っちゃって」


 頭を掻きながら誤魔化す空に、翼は不審な目を向ける。後日問い詰める必要がありそうだが、どう切り出したものか。


『……警察の方がいるから、そちらを頼ってください。それでは』


「そうします……」


 徒歩で去っていくカイの背中を、空は気まずそうに見送り、ひとりごちる。


「……怪しまれちゃったな。次からは気を付けないと」


 空の到着が遅れた理由はひとえに体力不足にある。怪人の発生を知ってから走ってきたものの、途中で力尽きてしまい休憩を挟んでしまったのが原因だ。


「鍛えないとな……」


 胸元のペンダントを触りながら、空は反省するのだった。

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