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5話



 朝。窓から差し込む光を浴びて、空の意識が徐々に覚醒する。上半身を起こし、ゆっくりと伸びをして、未だぼんやりする頭を振りながら自室を出る。


 とん、とんと階段を下りていき、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。ぼやけた意識ははっきりしてきて、寝癖を確認しつつ、リビングへと入った。


「おはよう空。朝ごはん出来てるよ」


「おはよう母さん」


 リビングでは、ソファに座って空の母である桜子がテレビを見ていた。画面の中では、マイクを持ったニュースキャスターが遠い地域の魔法少女にインタビューをしている所であった。


『今回の怪人は如何でしたか? 苦戦しましたか?』


『よゆうーっ! あんなざこ怪人、私にかかればワンパンでKOだし!』


 青い髪の魔法少女は、ブイサインを掲げてインタビューを受けている。身体が少し煤けていて、怪人との戦闘後である事が伺えた。


「(余裕か……強いのかな、この子。俺も言ってみたいよ、そんな言葉)」


 朝食を食べつつ、そんな感想を思う空。魔法少女としてはなり立ての空は、戦闘方法が確立しておらず、ただスペックに身を任せて力を振りかざしているだけに過ぎない。今のところ苦戦らしい苦戦はないが、このままではいつか限界が来るだろう予感がしていた。


「空、何か悩み事?」


「え」


「そんな顔してた。お母さんに話せる事? 最近隈も酷いし、力になりたいな」


「うーん……」


 魔法少女になって怪人と戦ってます、とは言えそうもない。魔法少女や仮面の戦士達は基本的にその正体を秘匿している場合が多い。特にティーンの若者達にそういう傾向が多く、単に気恥ずかしさからという場合もあるが、怪人に憎まれている側としては身内に被害が及ぶ可能性もあり、迂闊に話せないのだ。空はまだ身内に危害が加えられる場合を考えついていないため、男が魔法少女をやっている事の恥ずかしさから悩みを打ち明けられそうになかった。


「……ま、話したくなったら話してよ。お母さん力になるからさ」


「分かった。ありがとう母さん」


 空は頷く。いつか話せる時が来るだろうか、そんな事を考えながら。


「それにしても美晴、遅いわね……ちょっと起こしてきてもらえる?」


「姉さん、また? 分かったよ」


 話しながらも朝食を食べ終えた空は、桜子からそんな事を言われリビングを後にする。階段を登り、美晴の部屋、と書かれたプレートの下げられた部屋の前に立ち、ノックを三回。


「姉さん、朝だよ。起きて」


 返事はない。空はため息を一つつき、ドアノブを回して中へ入った。部屋の中はよく分からない民芸品で溢れていて随分と狭い。物を踏まないように慎重に歩きつつ、ベッドの中で眠っている女性、空の姉の美晴の頬を軽く叩いた。


「うーん……あと五分」


「そんな事言う人まだいるんだ……ほら、朝だよ。遅刻したらまずいんじゃないの?」


 その後もしばらくむにゃむにゃとしていた美晴であったが、数分してようやく目が覚めたらしい。大きく伸びをして、空に起こしてくれた事を感謝しつつ、一階へと下りて行った。


「はあ……学校行くか」


 その後、行ってきます、と母に告げて家から出発する空。呉代家の朝は大体こんな感じで始まるのであった。




 学校での授業中。空は教師の話を聞きながしつつ、ぼんやりと考え事をしていた。


「(今の俺の戦い方は、適当に武器を振ってるだけ。前回武器を取られた時は一切攻撃する事が出来なくなった。そうなったら素手で戦うしかないけど……喧嘩なんてほとんどやった事ないしなあ)」


 空は自分の手を見た。普通の高校生にしては少し細く、青白い手。部活も特にやっておらず、当然身体を鍛えているという事もない。家に帰ってもゲームばかりで外に出ない事も合わさり、やや不健康よりの肉体であった。


「(何より、苦手なんだよな……殴った時の感触)」


「呉代ー、教科書の八十七ページ、音読しろー」


「あっ? え、はいっ!」


 考え事に水を差すように教師からの言葉が飛んでくる。思考の海に溺れていた空は咄嗟に反応する事が出来ず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ぼんやりしてるな。考え事かー? 授業に支障が出るなら休み時間に考えとけー」


「すみません……」


「……」


 注意される空を、翼はじっと見つめていた。


「(注意散漫、目に隈が出来るほどの睡眠不足。バイト、そんなに厳しいのかな……?)」


 そんな事を考えながら。




 そして放課後。帰宅しようとしていた所を、空は翼に捕まった。


「空、大丈夫? 顔色は……悪くないけど。バイト辛いんじゃない? やめないの?」


「あー、うん、はは……」


 翼からの詰めに、空は曖昧に返すしか出来ない。翼は空がバイトで疲れていると信じている。


「それともやめられない? 何か違法なものだったりするの?」


「そんな事はない、けど……」


 まさかここまで心配されるとは。空は、自分の意識以上に見た目に影響が出ている事を自覚し、そして翼からの純粋な心配に嬉しくもあった。


「(いっその事、打ち明けてしまおうか。俺が魔法少女だって)」


 自分が女の子になって戦っているなんて事、言うのは恥ずかしいが、いつまでも誤魔化し続けられるとも思えなかったし、翼とは昔からの付き合いで口が堅い事も知っている。


「……実は」


 空が翼に正体を明かそうと思ったその時。空の首元のペンダントから声が発せられる。


(空……怪人が出ました。すぐに向かいましょう)


「っ、トイレ!」


「あ、空!」


 急いで教室を出る空を、翼は追いかける事が出来なかった。スマホに着信がかかり、手に取って耳に当てる翼。


『怪人の出現が確認されました。急ぎ向かってください』


「……分かった」


 教室を出る翼。かくして今日も二人の戦いは始まるのである。






 一足先に現場に到着した空を待っていたのは、蜘蛛糸に張り付けた車を振り回し暴れまわっている蜘蛛型の怪人であった。現場は大分荒れており、周りに人間の気配はない。既に逃げ去った後のようだ。


「変身!」


 掛け声と共に空の姿が変化する。ひ弱な男子高校生から、戦う魔法少女の姿へと。胸元のリボンから飛び出したステッキを手に持ち、それを振るって星形の弾幕を怪人へと飛ばす魔法少女スターライト。弾幕が怪人の胸元に当たり、火花が散る。その拍子に振り回していた車が地面に落ち、ひしゃげた音が周囲に響き渡る。


「これ以上暴れまわるのは許さないんだから☆☆」


「出たな魔法少女! 地獄へ叩き落してやる!」


 怪人の口から無数の蜘蛛糸が飛び出す。スターライトはそれを巧みに避け、弾幕を浴びせて回る。


「(やっぱりこの攻撃じゃ威力が低い……他に出来る事はないか?)」


 ふと、怪人の頭上を見上げるスターライト。怪物の攻撃で穴が開いた建物からは長いパイプが顔を覗かせていた。


 使えるかもしれない。


「えいっ☆」


「馬鹿め! どこを狙っている!」


 自分の頭上を通って行った弾幕に、怪人が嘲笑う。だが、その頭上でがらんがらんと大きな音が響いた事に気づき、上を見上げる。そこではまさにパイプの群れが自分に向かって落ちてくる瞬間があった。


「お、おおおおおお!?」


 避ける事叶わず、パイプの下敷きになる怪人。何とか抜け出そうともがくも、パイプは思っていたより重く、脱出するには時間がかかりそうであった。決定的な隙を、スターライトは見逃さない。


『キラキラ☆』


 ステッキのボタンを叩き、先端を怪人に向けてエネルギーを込める。それは徐々に大きくなり、身の丈程もある巨大な星へと姿を変え、その時を待っている。


「スターライト☆シューティングスター☆☆」


 スターライトの必殺技が解き放たれる。膨大なエネルギーを秘めた巨大な星は真っすぐに怪人へと向かっていき、衝突。


「く、くそおおおおおおおおお!」


 断末魔を上げ、怪人は爆発した。一息つくスターライトをよそに、煙に乗じて怪人だった男が忍び足で逃げ出そうとするも、突如目の前に現れた存在に行動を中断せざるを得なかった。


『おっと、どこへ行くつもりかな?』


「く、くそっ! 離せ!」


 現れたのは全身に歯車の装飾が施された装甲を纏った戦士、カイだ。男の手を掴み、逃げられないようにその場に組み伏せる。


『警察はもう呼んである。大人しくするんだな』


「俺はただ、言われた通りにしただけだ! 俺は悪くない!」


『町を破壊して回って、悪くないわけないだろう』


 間もなく到着した警察達に拘束され、怪人だった男は警察署へ連れていかれるのだった。それを見送った後、カイはスターライトへと向き直る。


『到着が遅れてすまない。君一人で戦わせてしまった』


「平気だよ☆ 来てくれて嬉しいな☆」


『自己紹介、してなかったね。僕はカイ。この町を守る戦士だ』


「私は魔法少女スターライト☆☆ 星空の向こうからやって来たんだよ☆ よろしくね☆」


 自分の口から自然と出てきた言葉に驚くスターライト、もとい空。星空の向こうから……だから見た目や技に星が関係しているのか、と。


『君とはまた会える気がするな。次回もよろしく頼むよ』


「任せて☆ それじゃ☆」


 走り去っていくスターライトを見送るカイ。ふと、その姿が、怪人が出る直前に走り去った空と重なった気がして首をかしげる。


『……まさかね』


 かくして、今日も町の平和は守られたのであった。

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