3話-戦士の誕生-
春、新しい命が芽吹き始めるころ。竹林に囲まれた一角に、その屋敷はあった。それは広大な土地を有しており、上から見ると、四角形に壁で囲まれている。敷地の外れでは、無数に巻藁に囲まれ、一本の剣を手に持った人間が一人佇んでいた。それは端正な顔つきをしており、髪は短く、少年にも少女にも見える。手に持った剣には歯車の装飾が施されており、少年はその歯車を回しながら、一気に駆け出した。
『Spin!』
歯車の剣から効果音が鳴る。それは歯車を通じてエネルギーが剣全体に行き渡った証拠であり、エネルギーの迸る剣は簡単に巻藁を切り裂いた。
「ふっ!」
短い息を吐き、少年?は剣を斬り返す。そのまま駆け抜けながら、通りがかりに次々と巻藁を切り裂いていく。最後の巻藁を斬り終えた時、少年?は大きく息を吐いて残心した。それを縁側で見ていた老人が拍手を送る。
「今日も精が出るのう、翼」
「おはよう、おじいちゃん。朝ごはん?」
「それもあるがの、忠良が呼んでおった。いよいよじゃな」
「父さんが……。分かった、すぐ行く」
翼と呼ばれた少年?は、手早く片づけを行い、軽く汗を拭いてから、屋敷の一室の前へと立った。深呼吸を一つして、翼は部屋の襖を開けた。
「失礼します。父さん」
「ああ」
部屋の中には一人の男性が、翼の父である天道忠良が正座して待っていた。その手前には、一つのベルトと小さな歯車が置いてある。翼は忠良の前に正座し、彼の言葉を待つ。
「我々の家系が怪異……現代では怪人だったか。それと戦う者たちであることは知っているな? このベルトとギアリアクターは、代々受け継がれてきた戦うための力だ。お前にこれを扱う覚悟があるか?」
忠良は静かに問いかける。
「僕は……僕は、この時のために今まで鍛えてきたんだ。怪人と戦う覚悟なんてとうに出来てる。それを使って、日本を平和にしてみせるよ」
「……分かった。では受け取るがいい。今からお前は、装甲戦士カイだ」
忠良から、翼はベルトと歯車状のアイテム、ギアリアクターを継承する。それは代々天道家に受け継がれてきた力の象徴であり、彼らが怪人と戦うための力であった。それが今、新世代に受け継がれる。
と、突然、慌てた様子で男が一人部屋に入ってくる。彼はベルトの継承を終えた二人を見やり、声を荒げて言った。
「怪人が現れました! すぐ近くです!」
「警察には?」
「すでに連絡済みです。間もなく応戦すると思われます」
「分かった。翼、話は聞いていたな? 初陣だ。気を引き締めてかかれ」
「はい!」
ベルトとギアリアクタ―をつかみ、翼は男の案内で怪人の出た場所へと急ぐ。やがて到着した場所には、警察のパトカーが何台も来ていて、銃撃音が何重にも響いていた。怪人に応戦中の警察は、こちらには気づいていないようだ。
「父さんは、正体がバレてはいけないとも言っていたっけ……なら今のうちに」
『Gear Driver』
翼がベルトを取り出し、腰部にセットする。ベルトは、中央に隙間を開けて二つの歯車がついており、足りない何かが埋まるのを待っていた。続いて翼は歯車状のアイテム、ギアリアクターをベルトの中央部にセット。ベルト中央部の隙間が埋まり、ベルトにエネルギーが供給され始めると、ベルトから大小二つの歯車が飛び出し、翼の周りを回り始めた。
「変身!」
翼の手が、ベルトの三つの歯車を回す。翼の周りにあった歯車が翼の頭頂部に移動し、回転しながらゆっくりと高度を下げていく。歯車が通り過ぎると共に翼の身体が装甲を身にまとう。つま先まで移動した歯車は最後にまた頭部まで戻り、歯車状のモノアイとなって装着された。累々と受け継がれてきた戦士、カイ。新たな世代の誕生であった。
『……よし、行くぞ!』
翼は、カイは怪人へ向けて真っすぐに駆け出した。怪人は警察達に包囲されていたが、その警察達は既に壊滅状態であった。秘密を守るためとはいえ、犠牲を出してしまった事に心を痛めるカイ。せめてこれ以上の被害は出すまいと、決意を込めて怪人を殴りつけた。
「グマ!? 何者グマか! せっかく雑魚を倒して気持ちよくなっていたのに!」
怪人はクマに似た体躯をしており、その腕は盛り上がって強靭に見える。あの腕には注意しなければならないな、と気を引き締めつつ、カイは続けて拳を放った。
『僕は……お前を倒す者だ!』
カイの殴打が怪人に徐々にダメージを与えていく。たたらを踏んだ怪人は、忌々しそうにカイを睨みつける。
「グマ……生意気な! これならどうだ!」
怪人は近くにあったパトカーを持ち上げる。次の行動を察知したカイは、対処するための行動を叫んだ。
『ギアブレード!』
カイのベルトから一本の剣が飛び出す。それは歯車状の装飾がなされており、朝、翼が訓練に使っていたものと同じものである。
「いっけーグマ!」
怪人が持ち上げたパトカーをカイに投げつける。回転しながら宙を舞うパトカーを前に、カイは集中。そして一気に剣を振り上げた。
『はああっ!』
「な、何ぃ!」
真っ二つに切り裂かれるパトカーを見て驚愕する怪人。その隙を見逃さず、カイは一気に距離を詰め、剣で斬りつける。怪人の身体から火花が散り、大きなダメージを与える事に成功したカイは、勢いそのままに剣の歯車を回す。
『Spin! Gera Break!』
歯車を通じて剣にエネルギーが回り、二つの歯車状の実体となって迸る。それは怪人の周りを回った後、急速に距離を詰め、挟み付ける。
『これで終わりだ……!』
『Spin!』
身動きの取れない怪人を前に、カイはベルトの歯車を回す。ギアリアクターを通じてベルトからエネルギーが身体全体に伝わり、右足に集中する。
『Gear Crash!』
『はああああ―――っ!!』
カイが駆け、跳躍。エネルギーの溜まった右足を怪人に向け、飛び蹴を放つ。
『ぐ、グマ―――!』
膨大なエネルギーの込められた蹴りを受けた怪人は爆発。カイの初陣は白星となったのだった。
「う、く、くそ……」
「確保ーっ!」
煙の中から簡素な服を着た男が這いずり出てくる。怪人を倒すと、決まってそこから人間が一人現れる法則となっており、警察は彼らを怪人の元となった人物を見て確保するのがお決まりの流れとなっている。事の顛末を見ていたカイの元に、警察が一人やってきて敬礼をする。
「ご協力ありがとうございました。あなたのことは伺っております。怪人を倒す正義のヒーローと」
『いえ……ですが、僕はあなた方を守れなかった』
「とんでもない。全員怪我の大小はあれど生きております。我々の被害がこの程度で済んだのは、あなたが救援に駆けつけてくれたおかげです。重ねて、ありがとうございました」
怪人の元となっていた男を連れてパトカーが去っていく。その背中を見つめながら、カイは変身を解除し翼へと戻った。
「怪人を……倒した。僕の手で」
翼は自分の手を見つめ、呟く。怪人を殴りつけた時の感触が、戦いの高揚感が今も残っている。翼は拳を握りしめ、怪人を倒した実感を噛み締めた。
―――こうして、世界にまた一人、新たな戦士が誕生したのであった。