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13話―龍人来たりて―





「イヤーッ!」


 気合の入った一声。翼の拳が唸り、空を裂く一撃が空の身体に迫る。


「グワーッ!」


 空は咄嗟に両腕を身体の前に出しガードするが、翼の打撃は腕で防いでなお強力で、空の身体は勢いよく後方へ吹っ飛び、道場の壁に強かに打ち付けられる。苦痛に呻く空を、翼は残心しつつ静かに見つめている。一体幾度行われた事なのか、道場の壁には小さな凹みすら出来ていた。後で怒られるかも、翼はそんな事を考えた。


「ぐお……まだまだ……!」


 空がよろよろと立ち上がり、拳を構える。それは素人そのものといった様子の構えだが、実際その通りで、空は少し前まで平凡な一般人であった。だが紆余曲折の末魔法少女となり、戦いの道に踏み込んだのだ。


「うおおおお!」


 自分を鼓舞するように叫び、空は拳を振り上げ、愚直に翼に突っ込む。そして突き出された一撃は、翼には及ばないながらも一般人とは思えない破壊力を秘めており、素人ならば簡単に蹴散らせてしまうだろう。だがベテランたる翼は軽く手で払う事で防ぎ、無防備な空のお腹へ反撃を叩き込む。


「ぐっ」


 手加減されてはいるものの、翼の打撃は重い。空の肺から空気が抜け、ひゅーひゅーと気の抜けた息が漏れる。だが空の肉体は魔法少女の力により強化されており、蹲るまではしなかった。空は苦し紛れに翼の身体を手で払いのけ、距離をとって呼吸を整える。翼は空の挙動をじっと捉え、次の行動を考えているのだろう。やがて落ち着いた空は先程の焼き直しのように翼へ一直線に向かう。当たれば有効打になるだろう空の一撃は、しかし翼には届かない。右へ左へ、軽やかなステップを刻み攻撃を避けた翼は、空の顔面を掌で勢いよく突いた。


「ぶっ」


「あ、やばっ」


 どた、と空の身体が床に転がる。荒い息を吐く空は起き上がる様子を見せない。いい一撃をもらってしまい動けなくなったのだ。空の鼻から一筋、粘る赤い液体が流れ落ちる。翼は道場の隅に置かれていた救急箱とティッシュを持ち、空の鼻血を拭いた後、ガーゼを詰めてあげた。


「ごめん、力入れすぎた」


「大丈夫……」


 翼の謝罪に空は力なく答える。鍛えてくれ、と言ってから数週間。以前より動けるようになったものの、まだまだ手加減抜きでは相手してもらえていない。隔絶した戦闘力の差に、一体どれだけの修練を積めばその境地へ至れるのか、と空は愕然とした。空は、心配そうな表情でこちらの様子を窺う翼を見る。道着に隠されたその肉体は、どこまでの仕上がりを見せているのだろうか。


「今日はここまでにしよう。空は落ち着くまでそこで休んでて」


「分かった……」


 空は仰向けの状態で、道場の天井をぼんやり見つめる。隣ではさらさらとペンが走る音が聞こえる。翼が今日の反省点をノートに纏めているのだろう。熱を持つ鼻を撫で、空はぼんやりと呟いた。


「翼……お前、いつから鍛えてるんだ?」


「いつから……か」


 空からの疑問に、翼は手を止めて己の過去を振り返る。


「子供の頃から……って、今も子供か。基礎トレーニングは小学生の頃からやってたよ。本格的に鍛え始めたのは中学に上がってから」


「今も鍛えてるのか?」


「もちろん。日々これ鍛錬なり、だよ」


 むん、と袖をまくって力こぶを作る翼。その腕は一見細く華奢に見えるが、そこから繰り出される一撃はうんと重く、ともすれば怪人にすら効くだろう。空はそう思った。


「凄いな、翼は。俺なんてまだまだなんだなって、改めて思うよ」


「そりゃ積み重ねてきた時間が違いすぎるからね。僕だってまだまだだなって思う時はあるよ」


「翼でも?」


「うん。先代のカイ……お父さんには、まだまだ追いつけない」


 翼は拳を握りしめ、それをじっと見つめている。一方の空は、唐突な新情報に驚愕する。


「カイって世襲制なのか?」


「あ、うん。古くは江戸時代辺りから、代々受け継がれてきたんだって」


「江戸時代に変身ベルト????」


「深く突っ込んじゃダメだよ。そういうものだから」


 一瞬、理解の範疇を超えた事実に空の目が虚ろになりかけるも、頭を緩く振って現実に戻ってくる。しばらくの間二人は雑談に花を咲かせ、穏やかな時間が流れていく。そろそろ血も止まったかな、そう考える空に、ペンダントが声をかけた。


 ―――空。怪人が現れました。討伐に向かってください」


「!」


 空の表情が締まり、張り詰めた空気をもたらす。空の変化を察知した翼は、空に静かに確認をとった。


「怪人が出た?」


「……ああ」


 間もなく道場の扉が開かれ、現れた使用人が翼へ耳打ちをする。怪人が現れました、と。


 使用人が去っていくのを見送りつつ、翼はやおら立ち上がった。


「じゃあ行ってくるね。空はまだ休んでる?」


「冗談。怪人が現れたんだぞ、俺も行く」


 休憩は十分に取った。使命に燃える空も立ち上がり、二人は急いで支度を整えて現場へ向かう。


 ―――新たなる脅威が近づいています。空、気を付けて。


 脳内に響くルミナの声に、空は一抹の不安を抱くのだった。






 現場に到着した二人が目にしたものは、怪人によって無残に破壊された町の様相であった。普段、そこはお洒落なカフェやレストランがあり、休日などはティーンの若者達で賑わう活気ある地域となっている。だが今は瓦礫にまみれ、住民達の悲鳴で溢れかえっていた。遠くで銃声が聞こえるのは、怪人と警察が対峙しているからだろう。


「人が多すぎる……! まずは避難させないと!」


「僕は建物の中に取り残されていないか見てくる! 空は住民の避難を優先して!」


 二人はお互いに見合い、それぞれの目的のために一旦別れる。現場は混乱を極めており、住民達の怒声が、子供の泣き声が空の耳をうつ。彼らの避難を手助けしつつ、空は遠くを見やる。そこでは龍の頭を持つ怪人が警察達から銃撃を受けているが、何の痛痒も感じていないようで、逆に怪人の反撃は多くの警察を蹴散らしている。


「早く戦わないと……!」


 早く怪人を倒さなければもっと被害が出る。だが変身するには人目が多すぎる。思うようにいかない現状に歯痒い思いをする空の元へ、建物から飛び出してきた翼が駆け寄った。


「空!」


「翼! 取り残された人達は!?」


「もう皆避難させた! それよりこっち!」


 翼は空の手を引き、倒壊した建物の中へ入り込む。周囲には人がおらず、ここでなら人目を気にする必要がなさそうだ。ここなら変身が出来る。空はペンダントを握り、翼は腰にベルトを装着した。


「変身!」


「変身!」


 空の身体が輝き、宇宙色の髪と星の散りばめられた瞳を持つ魔法少女へと姿を変える。


 翼の身体をスーツが覆い、歯車状の装甲を纏い戦士へと姿を変える。


 変身が完了した二人は、大通りに飛び出し、人込みをかき分け怪人へと走った。二人が辿り着いた時には警察達は壊滅状態で、最後の一人が怪人の手で持ち上げられ首を絞められていた。


『やめろ!』


「ああ?」


 カイの制止の声に怪人が振り返り、締め上げていた警察を放り投げる。地面に転がった警察は激しくむせ、苦しそうに呻いている。人質にされるかもしれないとも考えていたが、どうやらそれは杞憂のようだ。


「警察に、戦士に、魔法少女……どいつもこいつも邪魔しやがって。イライラするぜ」


 怪人の口から僅かに炎が漏れる。龍の姿の通り火を吐けるのかもしれない。空と翼は警戒を深めた。


「確か、戦士か魔法少女を倒せば追加報酬だったな……てめぇら、俺の金券になってもらうぜ」


 にやり、と怪人が笑う。怪人の目には、二人は金のなる木にでも見えているのだろうか。だが負けてやるつもりはない。


『行くぞ!』


「うん!」


 カイが素早い身のこなしで怪人へ迫り、スターライトがステッキから弾幕を飛ばして援護する。体表でぱちぱちと弾ける弾幕は怪人へ小さなダメージを蓄積させていき、怪人はそれを鬱陶しそうにしている。


『おおお!』


 カイの右拳が唸りを上げ、怪人の身体を強かに打つ。ぐっ、と怪人は呻くも、反撃とばかりに大ぶりの一撃をカイに向ける。それを腕で防いだカイはさらに二発、三発と打撃を打ち込んでいく。怪人に戦闘経験はないらしく、その動きは素人そのものだ。時折振るわれる反撃は、カイには届かない。対してカイは堅実に怪人にダメージを与え続けている。戦況は戦士達が優勢であった。


「この野郎……! かああああっ!」


 怪人がカイの身体を強く押しのけ、口元から火炎を吐き出した。事前に予想を立てていたカイは放射状に広がる炎を飛びのいて避ける。


「この隙に!」


 距離を取ったカイには目もくれず、怪人はスターライトへと迫る。遠くからちまちま攻撃してくるのを鬱陶しいと考えての行動だ。


「っ」


 怪人の剛腕がスターライトへ迫る。それを大きなモーションで避けたスターライトは、拳を握り締め、大ぶりな動作をもって怪人へ叩き込んだ。


「ぐおっ!?」


 遠距離攻撃ばかりのスターライトが近接戦闘を仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう。怪人は驚愕と共に己に叩き込まれた拳を見やり、苛立ちを込めた反撃を見舞う。スターライトはそれを冷静に見定め、カイほどコンパクトではないものの、しっかりとした足取りでそれを避け、怪人の胴体に拳を振るう。


「この野郎!」


 怪人が距離を取り、再び炎を吐こうと腹に力を込める。だがその一撃は横腹にやってきた衝撃により放たれる事はなかった。怪人が横を見やれば、そこには翼で空を飛び銃を構えたカイの姿があった。鷹のチェンジギアにより変化したカイは空を縦横無尽に飛び回り、怪人へ無数の銃弾を放つ。怪人は思わず両手で身体を覆って防御するが、カイの正確な射撃はその隙間を縫って怪人の身体へダメージを蓄積させていく。銃撃が止んだかと思えばスターライトの重い拳が腹部に突き刺さり、スターライトへ攻撃しようと思えば銃弾に防がれる。怪人は既に積みの状況にあった。


『これで終わりだ……!』


 カイが地面に降り、ベルトの歯車を回す。リアクターから全身へエネルギーが駆け巡り、それが右足へと集中する。


『キラキラ☆』


 スターライトがステッキを叩き、正眼に構えれば、ステッキに巨大な星型のエネルギーが集まり始める。狙いを定め、その時を待つ。


『はあああああ!』


 苦痛によろける怪人の身体にカイの必殺の一撃が突き刺さる。カイはそのまま右足を振り上げ、怪人の身体を空高くへ打ち上げた。


『今だ、スターライト!』


「スターライト☆シューティングスター☆☆」


 空中でもがく無防備な怪人を目掛けて、スターライトのステッキから星形のエネルギーが放たれる。それは無数の星を散らせながら、流星のごとく怪人の身体を打ち抜いた。


「ぐわあああああああああああ!」


 怪人の身体を膨大なエネルギーが駆け巡り、爆発。煙の中から現れた怪人だった者はカイの手によりキャッチされ、間もなく増援としてやって来ていた警察のパトカーに乗せられ去っていった。


 怪人を無事倒した二人は、そのまま変身を解こうとして、しかし前方からやってくる圧力にその手を止める事となった。


『何だ……!?』


 現れたのは先程倒したはずの龍の怪人であった。だが、先程と異なり全身に金の装飾が施されており、何より雰囲気が全く異なっている。鋭く刺すような殺気を放つその怪人は、二人の姿を認めた後、言った。


「よお、戦士共。てめぇらの事は見てたぜ。中々やるじゃねぇか」


「さっきの怪人と似ているけど……違う。あいつの強さ、さっきの比じゃない……!」


 スターライトが戦慄する。あの怪人は、これまでのどの怪人よりもずっと強い。そう思わせる程の圧力があった。


「あんなパチモンと一緒にすんじゃねぇよ。見る目がないな?」


 怪人はスターライトの発言に不満げだ。カイはスターライトの前に立ち、油断なく構えている。


『お前、何者だ』


「見りゃ分かんだろ。てめぇらの言う所の、怪人ってやつさ!」


 怪人の動きは、カイでも完全には捉えきれなかった。一足飛びにカイに迫った怪人は、無造作に拳を振るう。カイは咄嗟に両腕で身体を防御するも、まるで素人のように見える一撃は、しかし素人とは思えない重さでカイの腕に叩きつけられた。その威力に、カイは自然と呻く。


『この!』


 怪人の拳を押し返したカイは、お返しとばかりに怪人の身体を鋭く打つ。怪人の胴体に吸い込まれるように、一瞬にして三発の打撃が打ち込まれるも、怪人は余裕の表情を崩さない。にたり、と愉快そうに笑みすら浮かべている。


「たあ!」


 そこへスターライトが畳みかける。大ぶりな素人パンチだが、威力は十二分にあるはずだ。そう考えて打ち付けた打撃は怪人の余裕を崩す程ではなかった。


『おおおお!』


 スターライトに続きカイもまた怪人の身体を狙い撃つ。胴、肩、頭部……風のように素早く叩き込まれる拳は、常人であればもんどりうって倒れる程の威力がある。だが龍の怪人は少しよろめく程度で留まっていた。


『こいつ、強い!』


「足りねぇな! もっと来いよ!」


 カイと怪人の打ち合いは白熱し、ひと呼吸の間に無数のやり取りが行われていた。スターライトは二人の間へ入り込めず、知らず震える腕を抑え、ここに向かう前に感じていた不安が現実となった事を実感した。


「これが……新たなる脅威……!」


 そして。その攻防は一体いくら続いたのだろうか。一分か二分か。怪人の打撃はカイの装甲を通してダメージを与える程重く、しかしカイの攻撃は怪人の身体を揺らす程度にしかならない。必殺技を使う隙は見当たらず、打開策を考えていたカイだったが、その時は唐突に訪れた。


「お?」


 怪人が耳に手を当て、俯く。それは人間が電話を聞いている時の姿勢に近く、実際怪人は何者かからの連絡を聞いていたようだ。しばらくしてカイ達に向き直ると、怪人は悪辣に笑った。


「目的達成……俺の遊びもここまでだな」


『何……?』


「明日のニュースを楽しみにしとくんだな」


『っ、待て!』


 不吉な予言を残しつつ去ろうとする怪人を追いかけようとするカイだったが、その身体がぐらつく。戦闘による疲労とダメージが蓄積していたのだ。


「俺の名はセイリュウ! そのうちぶっ倒してやるからよ、覚えておくんだな!」


 あばよ、と言って怪人―――セイリュウは去っていく。後に残された二人は、セイリュウの背中をただ睨みつける事しか出来なかった。

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