12話
空の変調は翌日も続く。無事修復された学園での、体育の授業中。
「んん?」
その日はクラスでドッチボールを行う事になっていた。普段ならばあっという間にボールを当てられて場外へ出ていた空だったが、今日はいつもと異なり最後までコート内に残っていた。と言うのも、ボールの動きが今までよりしっかりと捉えられるようになり、身体は風のように軽く、簡単にかわせるようになっていたのだ。ボールを相手に当てる事はかなわなかったが、授業終了時まで生き残った事もあり、クラスメートからとても珍しがられた。
「あれ?」
その後、怪人が出現したとの知らせを受け現場に急ぐ際も、全力で走ったはずなのに全然疲れる事もなく、これまでよりも早く到着する事が出来た。怪人自体はカイとのコンビネーションもありあっという間に倒し、また学園に戻る際も、やはり疲れる事無く戻れていた。
「うーん?」
またある日には、道場で翼との鍛錬を行った際、いつもより被弾が少なく、また反撃する事も出来た。先日までと全然違う動きに翼も大層驚いていた。その様子ならもっと厳しくしても大丈夫そうだね、という翼の呟きは聞かなかった事にした。
―――明らかに身体能力が向上している。風呂場で浴槽に浸かりながら、空はぼんやりと考える。
思い浮かべるのは先日、学園の屋上でルミナと出会った場面だ。あの日警備員と遭遇して逃走した時から異常な能力が身についたのは感づいていた。ルミナはあの時、何と言っていたか。
「新たな力を得るための、下地を整えたとか言ってたっけ。これがそうなのか?」
自分の手を握ったり開いたりしてみる空。最近鍛えている影響もあってか、その腕はうっすらと筋肉がついている。
「これだけの力が必要な相手か……どんな奴なんだろうな」
能力の向上が嬉しい反面、それだけの脅威が迫ってきている事実に身震いが起きる。嫌な考えを振り払うように頭を振り、もう上がろう、と浴槽を出る。身体を乾かしてリビングに戻ると、相変わらず空の母親がソファで寛ぎながらテレビを見ていた。
「空、上がったならお姉ちゃんにも入るよう言っておいてね」
「了解」
テレビでは魔法少女特集という事で、様々な魔法少女がインタビューを受けている。手強かった怪人はいたかなど、主に怪人との戦いについて聞かれているようだ。
「(そう言えば、この付近で俺以外の魔法少女を見た事が無いな。魔法少女としての戦い方を知るために、何かしら交流相手を見つけた方がいいんだろうか……)」
冷凍庫からアイスを取り出し、それを加えながら姉の部屋をノックする空。そして風呂が空いた事を知らせ、リビングへと戻る。母親と同じようにぼんやりとテレビを見ながらアイスを食べ切った空は、歯を磨き寝る支度をして自室へと戻った。ベッドへ潜り込み、目を閉じる。やがて寝息を立て始めた空を、星の明かりが空から見守っていた。
翌日。いつものように学園へと登校した空は、通学路の途中で翼と合流し雑談を交わす。話題となったのは、空以外の魔法少女についてだ。
「確かに空以外の魔法少女は僕も見た事が無いね。まあ戦士の方もそうなんだけど」
「だよなあ。他の人の戦い方から学べる事もありそうなんだけど」
「まあ無いものねだりをしても仕方がないよ。僕達は僕達で出来る事をやっていこう」
「そうだな」
その後は他愛のない会話をし、あっという間に学園へと到着する二人。下駄箱で靴を履き替え、自分達のクラスの教室へと入る。クラスメイト達と雑談をしながらHRが始まるのを待つ。しばらくすると先生が教室に入ってきたが、いつもと雰囲気が異なっていた。その理由はすぐに分かった。
「あー……最近、この辺りでで行方不明者が発生している。放課後はすぐに帰宅するように」
先生の発言にざわざわとし始める生徒達。行方不明とは物騒な話だ。聞き流そうとした空は、しかし一つの考えに至りはっとする。
「(怪人の仕業か?)」
怪人については謎が多い。いつの間にか町中に現れ、破壊活動を行う事は分かっているが、いつ、どうやって発生しているのかは不明なままだ。だが怪人を倒した後に人間が現れ、それが行方不明として捜索されていた人物に一致するという条件がある。そのため、何者かが人間を連れ去り、怪人へ改造して解き放っているという噂が流れている。
空は隣に座っている翼を見やる。翼もまた空の事を見ており、互いに頷き合った。これは調査する必要がありそうだ。二人の放課後の予定が決まった。
そして放課後。先生に言われた通り生徒達は足早に帰宅を始めている。部活動も中止となっているらしく、その事をぼやく生徒もいるようだ。学園を出た空と翼はそのまま町へ繰り出した。
「翼。今朝の事だけど」
「うん。怪人の仕業だと思う」
二人から見た町の様子はあまり普段と変わっていないように見える。だがよく見るといつもより人気が少なく、何となくネガティブな空気が漂っているように思えた。先生が話していた行方不明者の件と関係しているのだろう。怪人と戦う者として、この事件は解決せねばならない。空と翼は改めてそう思った。
「怪しい動きをしている人は……」
空は目を凝らし辺りを見回す。怪人の姿は目立つから、何か騒ぎがあればすぐに分かる。今の所は特に問題は起きていないようだが、いつ事件が起きるかは分からない。空と翼は引き続き警戒して当たる。
しばらく歩き回っていると、空の耳に小さく、切羽詰まったような声が聞こえた。それは翼も同じだったようで、二人は顔を見合わせると一斉に走り出す。駆けつけた先はビルとビルの間にある隙間で、そこでは一人の男が、スーツに身を包んだ女性の身体を持ち上げている場面だった。
「やめろ!」
翼の制止の声に、男はやおら振り返る。二人の姿を確認した男は面倒くさそうにぼやいた。
「誰だお前ら。俺様の邪魔をするんじゃねえよ」
「その人をどうするつもりだ!」
「どうするだって? それを知って、それこそどうするんだよ?」
「答えによっては警察に引き渡す。最近物騒だからね」
「警察。警察か。無駄だぜ……だって俺様は」
女性を放り投げた男は、くつくつと俯きながら笑う。やがて男の背中が膨れ上がり、頭部が音を立てて変形する。男の姿が完全に変わった時、そこには蛇頭の怪人が立っていた。
「こういう存在だからなあ!」
怪人の頭が伸び、翼と空に迫る。二人はそれぞれ別方向に攻撃を回避し、翼はベルトを、空はペンダントを握りしめる。
「姿が変わった……!? そんな事もできるのか」
「やっぱり怪人の仕業だったか。変身!」
空と翼の姿が、戦う者へと変わる。首を戻した怪人は苛立たし気に呟く。
「戦士に魔法少女。ツイてねぇぜ……!」
『おおおおお!』
カイがベルトから銃を取り出し、怪人へ狙いを定めて放ちながら一気に駆け寄る。カイが怪人へ組み付くのを見つつ、スターライトは怪人に抱えられていた女性に肩を貸しながら一旦離脱する。スターライトが走っていくのを見送った後、カイは両腕に力を込め、怪人を精一杯に殴りつける。怪人もまたカイへ反撃の拳を見舞うが、それはことごとくかわされカイには届かない。怪人は一度距離を取った後、近くに会ったゴミ箱を掴みカイへ向けて放り投げる。カイはベルトから剣を取り出し、自分に迫っていたゴミ箱を切り捨てると勢いそのままに怪人へ距離を詰めようとするが、ゴミ箱の向こうから伸びてきた蛇の頭が噛みつこうとしてきているのを確認し、その牙を剣で防ぐ。
「アイツを連れていけば大金が手に入ったってのに、とんだ邪魔が入ったもんだぜ! てめえ覚悟しろよ!」
『最近行方不明者が出ていた事件はお前の仕業か!』
「ああそうさ! 人間を誘拐して、怪人へ引き渡せば金がもらえる! その金で俺様は豪遊するってワケよ! だから黙ってやられちまえよ!」
『そうはいくか!』
怪人の頭部を銃で射撃し、怯んで首を戻した怪人を追撃すべくカイは一足飛びで駆ける。振りかざした剣で怪人の胴体に一撃を加え、さらに銃で追撃をかける。
「ぐおおおお! て、てめえよくも!」
怪人は手当たり次第に物を掴み、カイへ向けて投げつける。小さな物は銃で撃ち落とし、大きな物は剣で切り裂き、カイは攻撃の手を緩めず怪人へ猛攻撃を仕掛ける。
「この野郎!」
怪人が手を突き出すと、その指が長く伸び、まるで鞭のようにしなりながらカイへと迫る。カイは怪人の攻撃を避けようとするが、全ては避けきれず身体をかすめていく。装甲のおかげでダメージは無いが、怪人の攻撃の前に近づく事が出来ない。ダメージ覚悟で突っ込もうとしたカイだったが、背後から聞こえてきた声にその考えを改める。
「お待たせ☆」
カイの背後から、スターライトが声をかける。そしてステッキを振って星の弾幕を生み出し、怪人の指を撃ち落としていく。
「これならどうだあ!」
スターライトの援護攻撃にイライラが頂点に達した怪人が、両手の指を伸ばして攻撃する。だが先程より精度が甘く、一部は隣の建物を破壊し始めている。これ以上被害が広がる前に、カイとスターライトは止めを刺すことを決意した。
カイがベルトの歯車を回し、スターライトがステッキを叩く。
『Gear Crash!』
『キラキラ☆』
スターライトのステッキから巨大な星型の弾幕が飛び出す。それは空中で拡散し、無数の星となって怪人の指を迎撃する。星が散りばめられた空間を、カイは一息に駆け抜ける。そして怪人の前で足を揃えて跳躍し、エネルギーのこもった右足を差し向けた。
『はあああああ!』
カイの足が怪人へと直撃し、その身体を膨大なエネルギーが駆け巡る。
「く、クソがあああああああああ!」
怪人の身体が爆発、炎上する。そして、煙の中から現れた草臥れた男をカイが締め上げる。
『答えろ。人間をさらって、どこへ連れて行こうとした?』
「へ、へへっ。言うもんかよ。もし言った事がばれたらおしまいだからなあ」
『どちらにしろお前は終わりだ。もう警察が来てる』
近くで鳴り響くサイレンの音に、男は半笑いのままくずおれる。やがて到着した警察に男を引き渡すと、誰もいなくなったのを確認してから空と翼は変身を解除した。
「あいつ、明確に目的をもって人さらいをしてた。さらった人達がどうなろうと関係ないって感じだった。これからも、あいつみたいな連中が出てくるのかな」
空の拳が固く握りしめられる。これまでは町の破壊活動を繰り返すばかりであったが、今回は誘拐だ。これまでよりも強い悪意を持った怪人の登場に、二人の気持ちが引き締まる。
「今後はもっと悪辣な怪人が出てくるかもしれない。しっかり備えよう」
「うん。そうだね」
そうして二人は帰路につく。遥か頭上、ビルの最上階から見下ろす視線に気づかずに。
「―――あれが、この辺りを守っている戦士と魔法少女か」
それは龍の頭を持ち、全身に金の装飾を纏った怪人であった。怪人は笑い、言った。
「少しは楽しめそうじゃねえか」




