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始まりと変人

「貴殿の長年の献身と此度の件の功績を讃え、レィディシア伯爵。貴殿に公爵位を授けよう。」


豪華ながらも荘厳な装飾の施された玉座の間。

国の重鎮たちが一堂に介した場。

その全員の視線が、国王の前に跪く初老の男性と少女に向けられる。


「こ…光栄です。」


緊張しながらもなんとか返す初老の男性を尻目に、少し後ろに跪く少女はどこかぼんやりとその光景を眺めていた。


ここは乙女ゲームの世界。

今行われていること全ては既に決められていることであり()()()()

既にこの世界について知っている()()()にとっては、向けられる視線に緊張こそすれど、どこか現実味の帯びないことであった。


乙女ゲームの世界のプロローグ…転生してから数日しか経っていないからか、まだここが現実だと言う実感が湧かない。

目の前に緊張しながら跪くお父様も。

目に入る光景もすべて。


そんな現実味のない謁見を終え、王宮に用意された客間で寛いでいた。


転生したと言っても、簡単にこの体の持ち主…アリシアの記憶の整理は簡単には付かなかった。


さらに、転生してすぐに国王様からの謁見命令の書簡が届いたため、決して近くない距離の首都へはすぐに出立せねばならなかった。

そのため、碌に記憶の整理などつけられぬまま、ここまで来てしまったのだ。


シアの記憶ももちろん、前世の記憶も曖昧だ。

体に染みついた所作などで、なんとか貴族令嬢然とした風を装うことはできてはいるものの、それもいつまで持つか。


ここは前世の記憶からいえば、乙女ゲーム「新緑の雫」の世界。

私が前世でやりこんでいた中世ヨーロッパ風の世界を舞台とした、王道乙女ゲーム。

三代公爵家の内一つの家門が不正を働いていたことが発覚し、空いた公爵の位に、当時宰相としてつとめ、優れた政治手腕を保持していたヒロインの父、レィディシア伯爵が選ばれる所から始まる。

突然公爵令嬢となり、その責の重さに苦悩しつつも、努力していく中、攻略対象者と仲を深め、結果、最も好感度の高い攻略対象者と結ばれる……大まかにいえば、こんな感じ。


「攻略…かぁ…」


ふかふかと質のいいベットに体を預ける。

攻略といっても、前世では恋愛経験の乏しかった私には想像もできない。

でも……


攻略するなら、逆ハーレムルート…だよね


逆ハーレムルート。「深緑の雫」では隠しルートでもあった、イケメンを全てものにするルート。

せっかくなら、高難度、しかも、前世では辿り着くことのできなかった逆ハーレムルートに進みたい。


なにもかもわからないルート。

けれど、こんな美少女っていうチート特典付きなら、やるしかない!


がばっとベットから飛び起きる。

鏡に映る姿は、前世の影など微塵も感じさせない、美少女がこちらを見つめ返してきている。


ふわりとウェーブのかかった白髪に近い紫の髪。宝石を思わせる輝きを持つ紫の瞳は長いまつ毛に縁取られている。

どこか幻想的ながらも愛らしい顔立ちは、小動物のような可愛らしさがある。


こんな容姿なら攻略対象者のみならず、全男性を虜にできる気がする……


こうしてしばらく自らの姿を眺めたのち、明日の舞踏会に向け、意気込みを胸に少し早い眠りについた。


「おはようございます。ご加減はいかがですか?」


薄いレースのカーテンから、朝の日差しが差し込んでくる。

私に問いかけながら換気のため、メイドさんが窓を開ける。

隙間からうっすらと吹いてくる風は夏の日差しと相まって心地良い。


「おはようございます…」


ふわぁとあくびをしながら、ベットから起き上がる。


舞踏会は夕食前。なので、おおまかな時間で言うと夜ということになる。それまで時間はあるため、適当な服に着替えようと衣装室の扉に手をかける。


「お着替えをお手伝いいたしますね。」


と、私の動きを素早く感知したメイドさんに呼び止められた。

さすが、王宮勤めのメイドさん…

この世界の上流階級にいて思うけれど、本当に、お嬢様って最高だなと思ってしまう。

一回体験してしまえば抜け出すことは困難を極める。


「それでは、私は失礼させていただきます。舞踏会前にまた参りますので、それまでになにかお申し付けありましたらお呼びください。」


そんなくだらないことに思考を巡らせていると、素早く私の服を着替えさせてくれたメイドさんが慇懃に礼をして去っていった。

素早い…本当に、王宮の使用人の方々は凄い…


ひとしきり感嘆したあと、そうっと部屋の扉を開ける。

すると、そこには朝だというのに多くの人々が忙しそうに行き来していた。


ご苦労様です…もてなしを受ける立場としては私たち客人が来たことで仕事が増えたであろう使用人の方々には頭が上がらない…

立場的にそうするわけにはいかないけれど。


横幅もさることながら、縦にも長く伸びる廊下を壁に沿って歩いていく。

昨日の時点で王城散策の許可は得ているので、せっかくならと下見に出ていた。

てっきり、王城というものだから絢爛豪華なのだと思っていた。

けれど、それも案外違っていて、どこも、白を基調とした内装に金の意匠が所々に施してあるような。シンプルながらも華やかさのある印象だった。

公爵の娘という立場もあって、これから頻繁に訪れるであろうことから散策をしている…のは建前で、あわよくば攻略対象者に遭遇できないかという邪な考えがあってのことだった。


「アリシア様。散策をなさっているのですね。すぐそこの角を曲がったところに庭園がありますのでぜひいらしてみてください。」


なるべく使用人の方々の邪魔をしないよう気配を消して歩いていた私に、使用人と思しき男性が話しかけにきてくれた。


それに頷きつつ、歩みを速める。

角を曲がると、黄色い薔薇の咲き誇る庭園が広がっていた。

ゲーム内で幾度となく見た、攻略対象者との逢瀬の場。


「綺麗…」


近くにあった薔薇にそっと手を添える。

棘を全て取り除かれた薔薇の花。

光に透けるその花弁は、うっすらと水に濡れていた。


「綺麗ですね。」


その薔薇の姿に魅入っていると、背後から低い、男性の声がした。

驚いて振り返る。そこには攻略対象者が……

いなかった。

そこにいたのは深い青の髪に海のように澄んだ瞳。確かにイケメン。されどイケメン。攻略対象者では決してない。

私好みの顔、声!

けれど、私が目指しているのは攻略対象者の逆ハーレム。君じゃないんだ……


「こんな朝にどうしたんですか?やっぱり、お嬢さんもこの薔薇を見にきたんですか?それより、お嬢さんはそこの薔薇より可憐で愛らしい。」


私が不埒なことを考えている間にも、そこのイケメンは庭園の入り口である薔薇のアーチの中心で、私に向かって話しかけてきている。


私が何も返事を返していないことがわかるであろうに、話し続けるこの人は果たして正気なのだろうか……


正直、あまりの見た目とのキャラのギャップに驚きを禁じ得ないでいた。

見た目は誠実で優し気。実際、性格は遊び人…


「お嬢さんは本当にお美しいですね。昨日見た際も感じましたが、本当に麗しい。」


と、いくら変人でも私の返事のない姿に焦れたのか、私の手を取り、口付けまでしてきた。


「っ……!?」


驚き目を見張る私を満足するように眺め、そのイケメンは立ち去っていった。


なんだったんだ、あの嵐のような人…

しかも、昨日私を見たとか言っていなかったか?ということは、あの玉座の間に同席してい

た人々の中にいたということで…


でも、高い地位にイケメンという高スペックなら、攻略対象者であってもおかしくないように思える。でも、あの性格なら攻略対象者になれなかったのも納得かな…

ここは製作者の粋な計らいでモブまでイケメンにしてくれたと考えておこう。

次回投稿は2/27予定です。今後の投稿予定日は活動報告にてまとめさせていただきます。

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