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はのん  作者: のりまき
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ドキッ!ほぼ美少女だらけの海水浴!ポロリはないけどその他はあるよ♪

 今日は七月二十日、一学期最終日。

 明日からは学生時代最大のお楽しみと言ってよい夏休みに突入する。


 たとえ金がなくて何処にも行き場がなかろうと、たとえバイト三昧で一日の大半が拘束されようと、「学校に行かずに済む」というだけで心ズギズキワクワクであ〜る♪


 そんな訳で只今は終業式の真っ最中。

 校長の長ったらしくて内容がまったく頭に残らない話や、パンフレットの内容そのまんまな生活指導教諭のツマラン諸注意の後は…


 いよいよ、生徒会長である僕の出番だ。


「それでは我らが親愛なる会長閣下よりご挨拶を戴きます。同志各位はご起立の上お出迎え願います」


 放送部員の女生徒のアナウンスに従い、全校生徒や教職員が一斉に席を立つ。


 吹奏楽部が奏でる荘厳なファンファーレが鳴り響く中、僕が静かに立ち上がると、水を打ったように静まり返っていた体育館内にざわめきが波紋のように広がっていく。


『リョーォタ! リョーォタッ! リョ〜ォタッ!! リョオ〜ォタッッ!!!!』


 ざわめきは次第に熱を帯び、やがて大きなうねりとなって僕の名前をコールする。


 嵐の中を突き進む騎馬のごとく悠然と歩を進めた僕は、やがてステージの裾にたどり着くと、階段を一歩一歩しっかりと踏み締めて登壇し、ステージ中央へと歩み出た。


 演劇部の操るスポットライトが僕の姿をフォーカスし、放送部のカメラがステージ後方の巨大スクリーンに僕の顔をドアップで中継する。


「キャア〜〜〜リョータ様ぁ!!」「ステキよぉ〜っ!!」「抱いてェーッ!!」「孕ませてぇーーーっっ!!」


 女生徒を中心に黄色い歓声が飛び交い、館内は熱狂の渦に包まれた。


 方々でバタバタ失神して倒れた女子を保健委員が担ぎ出し、興奮してステージに群がる群衆を風紀委員が力尽くで制止する。


 …お? 群衆の中央でピョンピョコ飛び跳ねる、一際目立つ女生徒を発見。スポットライトが眩しすぎて顔は判らないけど、マヒルで間違いないだろう。

 ということはユウヒやヒマワリちゃんも何処かにいるはずだ。


 シノブは…一応は生徒会役員だってのに一度も見かけなかった。最終日くらい出席してくれても良いだろうに、困ったヤツだ。


 いつにも増して喧騒が凄まじいのは、やはり明日から待望の夏休みだからか。


「皆様、静粛に…ご静粛に願います…!」


 ステージ脇で副会長さんがマイク片手に聴衆に呼びかけるが、まるで効果がない。


 そこで彼女は戦略を変えた。おもむろに敬礼ポーズをとると、もはやマイクも不要なほどの大声で叫ぶ。


「ジィークッ・リョータッ!!」


 浮かれていた聴衆の気が一気に引き締まり、一糸乱れぬ敬礼ポーズを僕に手向ける。


『ジーク・リョータ! ジーク・リョータ! ジーク・リョータ!』


 誰にも負けぬ忠誠心を競い合うように僕へと呼びかける群衆に、僕はゆっくり片手を上げて応えた。

 すると統率がとれた館内からたちどころにざわめきが掻き消え、再び恐ろしいほどの静寂が訪れた。


 頃合いを見て、僕は演説台のマイクに語りかける。


「…親愛なる生徒諸君。朕が生徒会長の潮リョータである。が高い、控えおろうッ!」


 ノリで言ってみただけなのに皆一斉にこうべを垂れるのが面白くて、僕はますます有頂天に。


「うむ、きに計らえ。

 さて諸君…いよいよ明日より夏休みだ。

 先程、生活指導教諭より諸注意もあったと思うが…皆、パンフは所持しているか?」


 僕が『夏休みのしおり』と書かれた配布物を高々と掲げると、群衆も一斉に手にしたそれを頭上に示す。

 制服色で敷き詰められた体育館内が突然紙の色で覆われ、夏場だというのに雪が降り積もったように白一色に染まる。


 その様子を見届けてから、僕は掲げたパンフにもう一方の手も添えて両端を掴み、


「こんなモノは…こうだッ!!」


 ビリビリと一思いに引きちぎってみせた!


 唐突な出来事に群衆は一様に唖然とし、ステージ脇では身を乗り出した生活指導教諭が周囲の教師や風紀委員に取り押さえられている。


「諸君、我々の青春はただ一度きりだ。それがこのような紙切れに支配されて良いものだろうか?

 否…断ッじてッ否ッ! あえて言おう。こんなモノは…カスであると!!」


 次第に熱を帯びる僕の演説に従い、各々の手中のパンフに投じる聴衆の視線に憎しみの色が色濃く浮かび始める。


「自由! それこそが我ら若人の特権である!

 何ものにも縛られず、何ものにも屈しない!

 それが許されるのは今、この時を置いて他には無い!」


 群衆のあちらこちらでこぶしを振り上げ「そうだそうだ!」と同調する者が現れた。

 僕はトドメとばかりにさらに声を張り上げる。


「夏休み! それは青春の象徴!

 夏休み! それは若きたぎりの祭典!

 夏休み! それは夏のバカチョン!

 皆の者、大いに狂うがよい!!」


『ぅおぉおぉお〜〜〜〜〜ッッ!!!!』


 怒涛の雄叫びが建物を引き裂かんばかりに轟く。熱い空気のうねりが大衆の連帯感を強め、羨望の眼差しが僕へと降り注ぐ。


 そして再び沸き起こるリョータコール。

 誰も彼もが一心不乱にこの僕を追い求める。 この勢いはもはや誰にも止められない。

 これだから生徒会長は辞められない…!


 このちっぽけな僕の身体がより衆目に映えるように、僕は壇上で大きく両手を広げ…


 タァーーーン……ッ。


 刹那。どこか遠くで銃声が鳴り響き、熱い閃光が僕の体内を貫いた。


「…ぇ?」


 ワンテンポ遅れて自分の身体に目をやる。

 …制服の胸に小さな風穴があき、真っ赤な血潮が溢れ出ている。


 なんだ…なんだコレ?

 自分自身に何が起こったのか理解できない。


『キ…キャアァ〜〜〜ッ!?』


 先程までの黄色い歓声とは明らかに波長が違う悲鳴が轟く中…

 群衆を跳ね除けて館内の方々から、武装した生徒達がステージめがけて駆け上がってくる。


 真っ先に到着したリーダーと思しき悪漢が僕からマイクを奪い、力づくで押し倒す。


「よく聞け貴様らッ! 我らは反生徒会地元浜っ子原理主義組織『浜ッス』であ〜るっ!!」


 は…はまっす…だと?


 場内からも静かなどよめきが洩れるが、すぐに悲鳴に掻き消される。

 まだ場内に潜伏していた連中の仲間が会場の出入口を押さえ、大衆に銃口を向けて強引に統率を試みているのだ。


「我々の目的はただ一つ! 現生徒会長・潮リョータによる理不尽極まりない圧政を終わらせ…」


 それを聞いた途端にピンときた。

 コイツら『古参』の連中か。先日潰した新聞部と写真部の件を根に持っての犯行だな?

 我が校の開校当初から存在する古参部の部長には地元出身者が多いことも組織名に合致してる。


 それに、このリーダーには見覚えがある。古参中の古参、野球部の『元』部長氏だ。

 歴史ばかりが長い割には実績と呼べるほど芳しい戦績は皆無で、強豪揃いな我が校の運動部中では甲子園出場経験すらいまだゼロという最弱ぶり。


 さらに近年の野球離れのため部員数が減少し続け、今じゃギリギリ試合に出られるだけの面子めんつしかいない。

 そこへ下級生へのシゴキという名目の体罰が明るみに出て、部は半年間の活動停止処分。

 責任を取らされた彼は地下矯正施設にて一ヶ月間の労働従事の上、退部処分となった。


 それが理不尽だって? 歴史だの伝統だのにあぐらをかいてろくな活動も部員獲得のための努力も怠り、慢心から自滅しただけのチンピラが大口叩くんじゃない! 退学にならなかっただけ有難いと思いやがれ!


 ちなみに先に廃部となった新聞部と写真部の部長各氏は、いずれも強制就労中に退学を申し出た。

 誰一人取り残さないことがモットーの我が生徒会も、自主退学者に関してはプライバシー尊重の観点からどうにもできんわなぁ…ククッ。


「生徒会などという歪んだ権力者を生み出す温床の古びたシステムを速やかに廃止し、我々が立ち上げた新自治政府による新たな校内秩序の構築をグベッ!?」


 血気盛んな浜ッスリーダーによる宣言は言葉半ばで途切れた。まあこの手の連中の言うことなど判で押したように毎度お馴染みだから、耳を貸す必要もないが。


 連中の野望を阻止したのは、念の為武装を許可し館内各所に配置しておいた弓道部が放った白羽の矢だった。


「ギャッ!?」「ガハッ!」「グボォッ!」


 喉元に深々と突き刺さった矢尻を押さえて倒れ伏したリーダーの周囲で、壇上の浜ッスのメンバーが次々と着弾しては崩れ落ちていく。

 さすがに実弾には敵わず対応が遅れたが、狙いは百発百中。なかなかに優秀な腕前だ。


「今だァッ! 一人残らず取り押さえろォッ!」


 風紀委員長の号令一下、予想外の事態にたじろいだ浜ッスのメンバーが次々と拘束されていく。

 風紀委員の手が足りない場所では、暴徒と化した群衆が招かれざる珍客をぼてくりこかし、文字通り八つ裂きにしている。


「ぐほぉ…ごんなごどでぇ…っ!」


 試合中にその根性を発揮してれば退部にもならなかっただろうに、浜ッスのリーダーがのそのそと立ち上がったところに、


 ズダダダダダダダッ!!


 会場のあらゆる箇所から降り注いだ無数の銃弾が彼奴の身体を文字通り蜂の巣にした。

 最期は人の原型すら保てず絶命した哀れで愚かな肉塊が、僕の隣にグチャリと潰れ落ちる。


 フッ愚か者が。お前達は何も解っちゃいない。僕の崇高な目的は、まだまだ先にあるんだ。だからこんなところで倒れる訳には…


 なのにどういう訳だか身体に力が入らない。

 不思議と痛みはまったく無いのに、何故だか寒くて仕方がない。


 …いや違う、今は夏場だから寒いわけがない。今日の気温も三十度超で、館内の空調もろくに効かず、汗ばんで仕方なかったはずだ。

 てことは…僕だけが冷たくなってるのか?


「会長っ!? 気をしっかり!」


 風紀委員に保護されていた副会長さんが、彼らを押し退けて僕にしがみついた。


「リョータぁあぁ〜〜〜っ!?」


 群衆を押し退けてステージに飛びついたマヒルやユウヒ、ヒマワリちゃんが、真横に転がる肉塊を踏み躙って僕にすがりついてくる。

 なんでそんなに泣いてるんだ?…ってあぁ、そういや僕、撃たれたんだっけ。


 副会長さんが懸命に僕の胸の傷を抑えるも、その手を跳ね除けるようにして僕の血潮は後から後から湧水のように溢れ出てくる。


 なんだか意識も朦朧としてきた。

 ヤバい…こりゃマジで死ぬな。


 なんてこった。僕の目的はまだ道半ばだというのに…こんなところで…。


「リョータ! リョータぁ!!」


「これは…くっ。会長…何か言い残されたことは…?」


 マヒル達が泣き喚く中、僕の傷口を冷静に観察した副会長さんが、最期の言葉を促す。


 あぁ、やっぱりもう助からないのか。

 無念だなぁ…だって僕は…。


「…誰でもいい…から…ヤらせて欲しかっ…た。」


 ポイッ。ドチャッ!


 …あれ、副会長さんが急に手のひら返して僕を投げ出したぞ?

 スクッと立ち上がった他の皆も一様に、汚物でも見るような眼で僕を見下ろしている。

 …何故だ?


「以後の指揮は臨時生徒会長の私が執る!

 速やかに沿岸地域の絨毯爆撃を開始せよ!」


「ちょっ、あたし達もそこに住んでんだけどど!?」


「構わんっ焼き払えッ!! 一人残らずミンチ肉のバーベキューにしろッ!!」


「だから待てってこのクソ眼鏡〜ッ!?」


五月蝿うるさいッ!!」


 パンッ。ドサッ。


 嗚呼、マヒルが…マヒルがぁ〜!?

 みんなちょっと落ち着けって!

 てゆーか僕を放ったらかして何処行くんだ?

 一人ぐらい残ってくれても…。


「…かーいちょーおさんっ♪」


 あれっシノブ? 今までどこにいたんだ?

 それに…アサヒちゃんやナミカさん、フィンさんまで。うちの終業式と無関係だろ?


「姐さーん、会長さんはどーすんの?」


「そんな変態はとっとと射殺して、ぶつ切りにして犬の餌にしてしまえっ!」


「らじゃー♪」


 えっちょっ!?…などと抵抗する暇もなく、シノブがどこからか取り出した拳銃の銃口が、僕の眉間を真っ直ぐに捉えた。


「にひひっ…ユー・ダァ〜イ⭐︎」


 パンッ。くちゃっ♪





 …という夢を見た。


 気がつけば、僕は自室の布団の中にいた。

 枕元に転がってたスマホを確認すれば…


 七月二十一日、午前八時ジャスト。

 夏休み初日の朝だった。


 …何だったんだ今の夢は?

 縁起が悪すぎるだろ。


 あ、ちなみに昨日の終業式はもちろん滞りなく終了したよ。


 一学期の総括として新聞部ならびに写真部の廃部を発表した際に多少のどよめきはあったものの、事前告知で不祥事による処分である旨が公表されていたため、自業自得とばかりに大きな混乱はなかった。


 今じゃ部活に所属すらしてない帰宅部生徒が大半だし、自分には無関係な部がどうなろうと知ったこっちゃないだろう。

 新聞部に至っては我が生徒会発行の機関誌よりも発刊ペースが遅かったから、存在自体知らなかった生徒が大半だし。


 古参が聞いて呆れるぜ、ケッ!


 そんなことより…何あの最期の言葉?

 某ラストエンペラーの「チキンラーメンが食べたい」より恥ずいぢゃん!


 まさか、アレが僕の深層心理だってのか?

 嗚呼、マジ恥ずか死ねる…!


 あ〜でも、先日は副会長さんと惜しいトコまで行ったんだよな〜。

 もう一押しな感じだけど、そーなっちゃったらあの人の場合、後が怖そうだし…うーむ。


「あ〜ヤリてぇ〜っ!」


 不覚にも声に出してしまってから慌てて周囲を見回したけど、ここは僕ん家だから誰にも聞かれる心配はない。


「ならボクとヤろーよ♪」


 そう、こんなふうに…ってすんごいお約束ぅーっ!?

 布団からひょっこり顔を出したのは予想外の人物、シノブだった。しかも、


「おまっ…なんで裸!?」


 改めて布団を剥ぎ取るまでもなく、彼女は一糸纏わぬオールヌードで僕にまとわり付いていた。

 こんな夏場に二人で布団に入ったらクソ暑くて仕方ないはずだけど、低体温気味なシノブの身体はひんやりして心地よい。

 さっき夢の中で急に肌寒く感じたのはこれが原因か。


「いいじゃん、初めて見るわけでもなし♪」


 その通り、僕はシノブの身体を隅々まで知っている。過去に不可抗力的な事故で、仕方なく。


 けど正直言って、彼女は肉体的に幼い。

 現役小学生にして実年齢十三才のアサヒちゃんとは比較にもならないほど。…てゆーかむしろアサヒちゃんが育ちすぎなんだけど。


 世の中には彼女のような容姿にこそ興味を示す不埒な輩も少なからず存在するようだけど、幸い僕はノーマルなようだ。


 とはいえシノブの実年齢は僕と大差ないわけで、それがスッポンポンで目の前に寝っ転がってたらそれなりに興奮はするわけで…ムクッ。


「あっ…もぉ〜会長さん、気が早いなぁ♪」


 僕の部分的身体変化に気づいたシノブが、そこに自分の股間を擦り付けてきた。


 くちゃっ。あ、さっきの肉音はコレか。

 具体的にどこの音かはナイショ♪


「バ、バカやめっ…擦り付けんなぁ!」


 慌てて押し退けようとして、彼女の胸に触れる。あれっ…なんか違和感が…?


「あんっ。そこはもっと優しく包み込むように…」


「お約束はもういいけど…おっぱい、おっきくなってね?」


「あ、判っちゃった? ここんとこ急に大きくなって、カップサイズ上がったんだ〜♪」


 布団を跳ね除けて胸を露わにするシノブ。

 たしかに前に見たときにはカップサイズも何もない大平原だった大地が、いまはなだらかな双丘を成している。


「もう諦めてたけど、遅れて成長期が来たのかも?」


 とシノブが自分の胸を両手で揉みしだくと、たしかに小ぶりながらも柔らかそうな脂肪塊がパン生地のようにこねられて…ムクムクッ。


「あふっ!?…先っぽめり込んじゃった♪」


 それまで女性らしさのカケラも無かった身体つきが急に女の子っぽく感じられて、嫌が上にも反応指数が跳ね上がってしまう。


「ねぇ…最後までしちゃっていい?」


「なな何言ってんだ朝っぱらから!」


「だからイイんじゃん。夏休みっぽくて♪」


 何が「っぽい」のか不明だけど、シノブはこう見えて実際に経験豊富だ。

 誰よりも幼く見える子が誰よりも先へ行ってるという不条理の塊みたいな存在だけど、現実なんだからしょうがない。


 僕がシノブを生徒会に放り込んだのは、そんな彼女の行く末に不安を覚えたからなんだけど…正直、今でもどう扱えばいいのか判らない。


 僕もずいぶん人並外れた人生を送ってきた自負があるけど…コイツやユウヒと比べてしまうと、自身の存在の薄っぺらさを痛感せざるを得ない。


 そんな薄っぺらい奴があれはダメだ、これはヤメロとお説教たれてみたところで、こんなに分厚い彼女達を論破できるはずもなく。


 だからなおさら疑問なんだ。あのユウヒがなんであんなにアッサリと僕になびいてしまったのかが…。


 などと感慨にふけってる場合じゃなかった。このままじゃ朝っぱらからフル元気なマ〜イソンが、ヤル気満々なちっぱい淫魔の餌食に…!?


「ねぇねぇ、安くしとくからサッ♪」


「カネ取んのかよッ!?」


 ずぶんちょっ。慌てて彼女の煩悩の口を指先一つでダウン…もとい、物理的にき止める。具体的にどうしたのかは訊かないでくれたまえぃ。


「ひゃふぅぁはっ!? あぁん…会長さんのテクニッシャン…♪」


 どうやらクリティカルヒットを繰り出せたらしく、ちっぱい淫魔は恍惚の海に沈んだ。


 よし、なんとか貞操は守り抜いたぞ。

 別にシノブが嫌いってわけじゃないけど、金払ってまで抱くのはなんか違う気がする。


「ったく…なんでお前がうちにいるんだよ?」


 やっと布団から起き出した僕は、愚痴をこぼしつつ周囲を確認する。


 一人暮らしのはずの室内に何故だかコイツがいる以外は別段変化はない。

 開けっぱなしの窓から爽やかな潮風が吹き込んで、夏場にもかかわらず涼しげな…


 …いや待て。寝る前に窓はキッチリ閉めて鍵掛けたはずだぞ。窓の下は海だとはいえ、さすがに不用心だからな。


「そこの窓から入ったから」


「やっぱりな。てか侵入方法を訊いてんじゃなくて…あ。」


 素っ裸から着替えてる最中のシノブを見て、ようやく思い当たった。

 ずいぶんカラフルな下着だな〜と思ったら、セパレートの水着だった。


 そうか、今日は夏休み初日。

 ユウヒが誘ってくれた海水浴当日だった。


「にひひ〜似合う? 昨日買ったばっかなんだ。前のはサイズが合わなくなっちゃったからさ」


「まぁ、あれだけ胸囲が変わってればなぁ」


 たしかによく似合ってはいるけど、裸の後で見せられてもなぁ。著しく薄着な容姿から素肌状態を妄想するのが水着の正しい楽しみ方だってのに。


 それにしても、コイツもマヒルみたく泳ぐ前から水着を着込んでる派か。


「…下着はちゃんと持ってきてんだろーな?」


 マヒルみたく泳いだ後も水着のまま帰る変態もいるしな。


「そりゃ持ってきてるけど…もしかしてそっちの方が見たかった?」


 繰り返すが、先にスッペラポン状態を見せつけられた後で下着姿を見ていったい何が楽しいのか!?


「そもそも早すぎるだろ。海水浴は昼からだぞ?」


 今日はカイドウ氏が海外取材へ出掛ける当日でもあるから、ユウヒ達美岬家一行はその見送りに朝イチで空港に行っている。

 昼前には帰ってくるから、昼食を摂りがてら海水浴も楽しもうってな予定だ。


 なお海水浴場は美岬家の敷地内だ。

 文字通り岬の上に建つ家屋から真下の海岸に降りると、岩場に囲まれた砂浜が広がってるんだとか。


 敷地内だから他人は入って来ないし、周囲の視界からは遮断されている完全なプライベートビーチだ。つくづくとんでもないブルジョワだらけだな、僕の知人は。


「その美岬さん家へ行くルートを調べたら、ウチからだと会長さん家経由のほうが近かったから、ついでに寄らせて貰ったんだよ。

 …あ、お邪魔してま〜っす♪」


 いまさらかい。しかも初訪問で布団に潜り込むとか…先が思いやられる。


「って、シノブもどっかその辺に住んでんのか?」


 コイツの店は隣町の繁華街にあるから、てっきりその近所に住んでるもんだと思ってた。

 そっちからユウヒん家に行ったほうが遥かに早いし。


「割と近いかな? 元の家から最近引越してきたから。このアパートもね、元々ウチの物件だったんだよ」


 なぬぅ? よりにもよってコイツの物件を引き当ててしまうとは、なんたる腐れ縁!


 でも現在は他者の所有物で鍵がないから、玄関からじゃなく窓から入ってきたのか。

 …いやフツーそんな発想するのはコイツとコソ泥くらいのもんだけど。


「お前ん家、不動産屋もやってたの?」


「昔はけっこー手広く商売してたみたいだよ?

 でも景気が悪くなったら一気にコケちゃって、今じゃあのお店しか残ってないけどね…テヘヘ♪」


 以前にも述べたけど、シノブはこの若さでコスプレ喫茶を経営してる。…しかも警察にバレたら一発でお縄になる類のヤツを。


 それを知ったときは僕もどう対処すべきか悩んだけど…お聞きの通りかなり苦労してるらしいから、やむなく放置してる。


 …もちろん彼女の監視は怠らないようにするため、あえて生徒会に置いて、定期的に店にも顔を出して様子を見てる訳だけど。


「…それにしても時間余り過ぎだな。ユウヒん家までは小一時間で着いてしまうし…」


「…ずいぶん親しげだね、美岬ユウヒさんと?」


 ゔっ…さすがは工作員、ユウヒのこともバッチリ調査済みらしい。こいつは迂闊なことは言えないぞ。


「ま、まぁマヒルの親友だからな。僕と知り合いでも何ら不思議じゃないだろ?」


「それなんだけどさぁ、マヒルさんと彼女の接点が全然解んないんだよね〜?

 一年生からずっと同じクラスだったのに、なんで今頃急に仲良くなったんだろ?

 二年生からはコース毎に別教室での授業が多くなるから、ますます繋がりが薄くなるはずなのにさ〜?」


 ごもっともな意見を述べつつ、シノブは勘繰るように僕の顔を覗き込んでくる。


「…美岬さん家までの所要時間を知ってるなんて…行ったことがあるよーな口ぶりだねぇ?」


 チキショウ、なんでこんなに優秀なんだこのロリスパイは!?


「ホラホラ、素直にゲロっちゃいなよ〜♪」


「だ、だから何もないって…コラちっぱいを無理やり押しつけるな! 股間に手を入れるな!

引っ張り出すなぁ〜〜〜っ!!」



「…何やってんの?」



『!?』


 いきなり部屋の戸口から投げかけられた第三者の声に、思いっきり肝が冷えた。

 しかもそれはこの時間、この場にいるはずもない人の声で…。


「ユ…ユウヒ? なんで…?」





 開け放たれた部屋の戸口に突っ立っていたのは、あろうことか美岬ユウヒその人だった。


 どうして彼女がここに? カイドウ氏を見送りに空港へ行ってるんじゃ…?


「そっちはアサヒとお母さんに任せて、私は時間までリョータと過ごそうと思って来てみたんだけど…」


 わなわな震える口調と眼差しで、僕とシノブのあられもない痴態を凝視するユウヒ。


「…そ、そんな小さい子に、なんてコトを…!?」


「いや待て、のっけから何か激しく誤解してる!」


「私があれだけ迫っても、マヒルがあんなにエロくても、いまいち反応が薄いな〜って思ったら…そんな趣味がッ!?」


「それこそ巨大な誤解だッ!!」


「そういえばウチでもアサヒの胸ばっかり見てたし…やっぱり小さい子のほうがッ!?」


「キミのだってちゃーんと見てたでしょ!?」


 早くも収拾つかなくなってきたところへ、


「やっぱ自宅まで行ってんじゃん。ボクのカラダに見向きもしないと思ったら、別のオンナがいたか〜!」


 シノブのやつがさらに油どころかガソリンを注ぎやがった!


「ていうか誰この子!?」


「あ、初めまして。生徒会書記兼会計の不忍しのばずシノブでっす♪」


「あ、これはご丁寧に。リョータのカノジョの美岬ユウヒです」


 一時的にずいぶん穏やかに自己紹介し合う二人だったが…


「…カノジョお!?」


「…高校生ェ!?」


 お互い驚くポイントは違いながらも揃って絶叫。あ、コレ絶対説明メンドいヤツ…。


「会長さんアンタ、マヒルさんはッ!?」


「リョータあんた、マニアックすぎない!?」


 シノブの疑問は当然だとしてユウヒのツッコミは何!?

 とそこへ、


「やっほーリョータぁ、今日ユウヒん家で海水浴っしょ? 一緒に行こー⭐︎」


「潮センパイ、お邪魔しまーっす♪」


 よりにもよってこの修羅場に、さらにマヒルとヒマワリちゃんが加わった!

 てことは、このパターンは…


「あ、あの…会長の御自宅はこちらでよろしかったでしょうか?」


「おはようございます潮様。…ずいぶん賑やかですね?」


 ホラやっぱり! 副会長さんにフィンさんまでもが加わり、朝っぱらから六つどもえの地獄絵図が完成してしまった!


『……ぇ?』


 各々顔を見合わせて呆然とする六人。

 なんてこった…まさか今朝の悪夢が正夢になってしまうとわ。


 とりあえず…なんでどいつもこいつも事前連絡ナシで来るんだよっ!?


 このうえ美岬家に行ったら、さらにアサヒちゃんとナミカさんまでお仲間に加わっちまうんだぜ? ヤバすぎるだろ…フヘヘッ♪


 …僕がナニをしたってんだ!?




 そして場面は急に変わって副会長さんのリムジン車内へと。


 これだけの人数が六畳一間のボロアパートに集結したら、さすがに床が抜けそうだったからね。


 ならば先に美岬家へ向かって、後の二人が帰ってくるまで待とうってことになった。

 リムジンはとにかく広いから全員余裕で乗れちゃうし、公共機関を使う手間も省けるしね。


 それにしても…


『…………。』


 これだけの豪華メンバーだってのに、揃って沈黙を貫いたまま。車内はまるでお通夜だ。

 ただひたすら気まずい…。


「え〜っと…あたし、素に戻っていい?」


 ハンドルを握りながら冷や汗を滴らせつつ僕に問うフィンさんに、


「いいと思いますよ。なんでもいいから喋ってください。…そろそろ耐えられません」


 と涙をちょちょ切らせる僕に、彼女は「自業自得でしょ…」とかぶりを振った。


「…まず、コレだけはハッキリさせときたいんだけど…」


 いつもは傍若無人なシノブもすっかり気圧されて、おずおずと手を挙げて発言権を請うた。


 ちなみに彼女はちゃんと水着の上に私服を着ている。これがまた彼女にピッタリなサマードレスで驚くほど似合ってる。

 一日の大半を街中で過ごしてるだけあって、ファッションセンスが洗練されてるらしい。


「さっき美岬さん、会長さんのカノジョって名乗ってたけど…それホント?」


『え゛っ!?』


 件のユウヒと、すでに了解済のマヒルを除くすべてのメンバーが驚愕する。

 とりわけヒマワリちゃんの動揺が凄まじく、信じられない様子で視線が僕達三者間を目まぐるしく行ったり来たり。


「それホント。あたしが認めた。」


 意外にもマヒルが肯定したもんだから、車内はますます剣呑な雰囲気に。


「と言ってもお試し期間みたいなもんだし。絶対うまくいくワケないって思ってるし」


「あれっ!? 応援してくれてたんじゃないの!?」


 挑発とも受け取れるマヒルの発言にユウヒが愕然とする。


「なんであたしが他人の恋路を応援せにゃならんの? このバカがあんたの妹ちゃんの前でうっかり口を滑らせちゃったから、仕方なく…なんでしょ?」


 や、やめろっ、こんな場面で僕を指差すんじゃないッ!


「ソレよソレ! リョータってな〜んか、私よりアサヒに気があるみたいで…あの子を見る目が明らかにオカシイもん」


 うおぉぉまだ誤解してはるぅ〜っ!?


「えっ!? だって妹ちゃんって確かまだ…」


「小学生。」


 どよっ!? ユウヒの危険発言に車内がどよめく。だからそれはっ…


「やっぱ会長さん、そのケがあんの!? さっきボクの裸にもちんちんおっきくしてたし!」


 どよどよっ!? シノブのクラスター投下でどよめきはさらに大きく。


「裸!? てゆーかアンタさっき水着でリョータの部屋にいたでしょ!? いったい何してたの!?」


 ユウヒが問い詰める…までもなく、シノブはあっさりこっきりと、


「ナニしてたに決まってんじゃん♪」


 ヤメロぉ〜ヤメテクレぇ〜っ!!


「…やはり会長は水着がお好きなのですか?」


 トドメとばかりに副会長さんまで参戦。

 お、おい何を言うつもりだ? 前回のはさすがにヤバすぎだろ!


「実は先日、会長には水着の購入に付き合って頂きまして…その流れで我が家にお呼びしました」


『どの流れ!?』


 予想外の角度からの乱入に、車内はもはやどよめきどころでは済まない大混乱!


「そこで、まぁ…ナニとはいかないまでも、一歩手前の状態までには至りまして」


 なんでそんな具体的に!? しかもなんかちょっと自慢げだし!


『それからどした!?』


 何才なんだお前ら!?


「…キス…しました。」


 眼鏡越しの目尻をぽぽっと赤らめて、うつむき加減に呟く副会長さん。

 可愛いけど、カワイイけど…言っちまいやがりましたねア〜ナ〜タ〜!


「ヒューヒュー! ヤるじゃ〜ん♪」


 フィンさんも囃し立てないで!

 そして囃し方が昭和!!


「前々からな〜んかアヤシイと思ってたら、やっぱりデキてるじゃないですかぁ!?

 どーすんですかマヒル先輩、このままじゃ子供がデキちゃうのも時間の問題ですよぉ!?」


 ヒマワリちゃんも煽らないで!

 ここでそんな煽り方したら…


「あ、あたしだってベロチューぐらいしてるっての! 先チョンもしたし、グチョグチョになっちゃったし!!」


『べろちゅう!? ぐちょぐちょ!?』


 ホレみたことかーッ!!

 声を揃えて反芻するのもヤメレし!


「ブ〜メランブ〜メランブ〜メランブ〜メラン♪」


 フィンさんは歌うならJASRACの許可取ってからにして! そして歌のチョイスがやっぱり昭和!!


「わ、私…まだキスして貰ってないけど?

 カノジョなのに…なんで!?」


 ぅおぁ〜っ!? ユウヒの負けず嫌いに火がついちったーぃっ!


「お、落ち着けユウヒ。『カノジョ』イコール『四六時中チュッチュぱチュッチュぱ⭐︎』なんてのはフランス人だけだ!

 モノには流れってものがあってだなぁ!」


 この際ウソも方便な説得を試みるも、


「私だってビンビンのグチョグチョにされちゃったのに、キスしてないッ!!」


『びんびん!?』


 もーええて!!


「助けてください…助けてください…!」


 またしても大沢ナニガシが僕に憑依したところで、


「…此処でいいの?」


 フィンさんがリムジンを停車させた。

 目の前には二度目の訪問となる美岬邸。


 よりにもよって最悪のタイミングで目的地に着いちゃいました…てへっ♪(←ヤケクソ)





『をを〜…っ!?』


 さっきまでの修羅場はどこへやら、美岬邸の豪華さに皆は揃って口をあんぐり。


「スゴーイ! 広ーい!」


 ヒマワリちゃんは子犬のように敷地内を駆け回り、


「広さだけならウチも負けてないと思うけど、あのボロっちさじゃココとは勝負になんないね〜!」


 マヒルは隅々まで見渡して溜息をつき、


「我が家もここいらでは一番だと自負していましたが…」


「やっぱりオーシャンビューには敵わないわね〜♪」


 副会長さんとフィンさんコンビはブルジョワらしい感想を述べつつ物件を吟味し、


「ボクん家がここまで盛り返すのは、いつの日になるのかなぁ…?」


 シノブは遠い目をして切なげに呟く。


 うまく皆の気が逸れてくれたようで、僕としては大助かりだけど…


「ぶっっっすぅ〜〜〜。」


 感謝すべき家主のユウヒだけが唯一、カンペキにふてくされて僕を睨み続けてる。

 自分で蒔いた種とはいえ肩身が狭い。

 今朝の夢はやはり正夢だったんだろうか…?


「ねぇねぇ、ちょっと早いけど…海、行っちゃう?」


 さすがは水泳部のマヒルは、もう待ちきれない様子でさっそく服を脱ぎ出す。

 下に水着を着てると判っててもドキリとするからやめて欲しい。他所様ん家だし。


 キャミソールから赤い肩紐が見えてたから予想はついてたけど、真っ赤っかなビキニだ。しかもかな〜りキワドイやつ⭐︎

 ここまで挑発的なのはマヒルにしか似合わないだろう。


「イヒヒッ、どーよどーよリョータ!?」


「いつぞやの予告通り、ホントにエロエロなのを着てきやがったな♪」


「でしょでしょでしょお〜!?」


 あられもない姿でグイグイ迫られて、不覚にも緩みまくりだった僕の顔が…グキッ⭐︎

 突然百八十度後方に捻じ曲げられた!


「ぁがアーーーッッ!?」


 人間の可動域を軽く超越した強制転向に悲鳴を上げるも…

 その痛みがたちどころに吹き飛ぶほどの衝撃が僕の視界に飛び込んできた。


「…どぉ?」


 いまだ不機嫌そうな表情のまま、いつの間にか水着姿になっていたユウヒが照れながら僕を見ていた。

 さてはコイツも服の下に水着を着込んでたクチか。


 その水着ってのが…おぉぅ…。

 これまたビキニだ。しかも純白の、パレオ付きのオシャレなタイプ。

 マヒルほど露出度は高くないのに、デザインのなせる術か堪らなくセクシー⭐︎

 コレをここまで着こなせるのもまたユウヒのような美少女だけだろう。


「…綺麗だ…」


 思わず素直な感想が洩れた。と同時に、僕のカノジョはこんなに綺麗な子だったのかと改めて実感できた。


「あ…ありがと…♪」


 僕の率直な感想がまんざらでもなかったのか、やっと機嫌が直りかけたユウヒははにかんだ笑みを浮かべた。

 良かった、時には素直になってみるもんだな。


「会長さんっ、ボクのは!?」


 横からシノブが割って入るが、


「おめーのはさっき見ただろ。

 …まぁカワイイけど」


「えへへっ、さんきゅー♪」


「…やっぱロリッ子のほうがイイわけ?」


 ゴキゲンなシノブとは裏腹にユウヒの機嫌は再び急降下。

 あ〜も〜どないせーっちゅーねんっ!?


「みんな気が早すぎますよぉ。あたしは着替えないとですぅ」


 ヒマワリちゃんの文句に副会長さん達も同意。かくいう僕も着替えが必要だ。


「じゃっ、先行ってるね〜♪」


 元気に手を上げるマヒルを先頭に、水着組の三人は敷地脇の通用口へと向かって行った。

 あそこから砂浜に降りられるのか。

 自分ん家で海水浴ができるってのはよくよく考えるとスゴイことだな。




 美岬邸のリビングに荷物を置いて、ちゃちゃっと水着に着替えた僕は通用口へと向かう。


 当たり前だけど男の場合はパンツを履き替えるだけだから楽だ。

 水着も近所の量販店に売ってた安物のトランクスタイプだし、いつもの下着とさほど違和感はない。


 …でも上半身素っ裸で人に会う機会はなかなか無いから、これはこれで恥ずかしい。

 女性は一応上も隠れてるわけだし、考えようによっちゃ男性よりも気楽なんでは…?


「…あたしは騙されませんよ〜先輩。」


「うぉわっ!? なんだヒマワリちゃんか…」


 いきなり真後ろから話しかけられて驚けば、競泳水着姿のヒマワリちゃんがピッタリつけてきていた。


「潮センパイの手が早いのは知ってるつもりでしたけど…色々予想外でしたよぉ」


「あはは…いつぞやの異端審問のときに、マヒルがそうしようって言い出してさ」


「…なるほど、黒幕はマヒル先輩でしたか。

 そっちも別に問い詰めときますけど、潮センパイにも後で色々お訊きしますからね〜?」


 ひとつお手柔らかにお願いしますよ…。


「ところで、その水着…」


 水泳部の彼女が競泳水着なのは違和感ないけど、海水浴にまで着てくるのは意外だった。

 しかもいつもの練習用のものとは違い、なんてゆーか…こう…。


「コレですかぁ? 前にメーカーさんからマヒル先輩にモニター用に戴いたものですぅ」


 見覚えがあると思ったら、やっぱりそうか。

 先日廃部にした写真部の盗撮写真にあった、マヒルが着てたのと同じ水着だ。

 連中が「ほとんどボディペインティング」と評した通り…メチャメチャ生地が薄い。


「マヒル先輩が要らないって言うから、もったいないんで貰ったんですけどぉ。

 先輩とあたしじゃ体格が全然違うから無理かなーと思ったら、伸縮性がスンゴくって全然余裕で着れちゃいました〜♪」


 たしかにヒマワリちゃんの身体にはマヒルほどのボリュームは無い。

 それでも部活で並みの生徒よりは鍛えてるだけあって、それなりな身体つきをしている。


 そして、大事なコトだからもう一度言うが…この水着は薄い。臼井。碓氷…!


「あたし今まで海水浴とか行ったコトないんで、他に水着持ってないんですよぉ。

 買いに行こっかな〜と思ったんですけど、今日来る人はほとんど顔見知りだし、部活で着てるのがあるからいっか〜?って思いましてぇ」


 実に合理的かつ的確な判断だ。そして日頃からほぼユニフォーム的に同様のものを着用していたため何ら違和感を感じなかったらしい。

 それらの奇跡が、この夢のような結果に繋がったのか…!


「あのぉ…いつにも増して変態みたいな顔してらっしゃいますけどぉ、どっか変ですかぁ?」


 面と向かって僕を変態呼ばわりできる猛者がここにもいたとは…!


 それはさておき、僕の熱視線にはさすがのヒマワリちゃんも気恥ずかしくなってきたらしく、背筋を丸めて顔を赤らめた。

 そんないつにない気弱さが、もぉ〜ほとほと辛抱たまらんっ⭐︎


「いやいや、すごく良く似合ってるなーと思ったら、視線が外せなくなっちゃってね♪」


「そ、そですか…。なんか最近、男子によく話しかけられるから、どーしてかなーと思いましてぇ…」


「そりゃやっぱり、ヒマワリちゃんが魅力的だからじゃないの?」


 率直に答えてあげたのに、彼女はまるで予想外だったように目をしばたかせて、


「またまたぁ〜、おだてたって追及の手は緩めませんからねぇ♪」


 憎まれ口を叩きながらも嬉しさは隠せない。


 最近解ってきたことだけど、ヒマワリちゃんは自己評価が著しく低い。

 日頃から校内人気トップのマヒルと一緒にいることが多いためか、ますますその傾向が強くなってきた気がする。


 ところが実は彼女、水泳部ではマヒルに次いで人気ランキングナンバー2なのだ。生徒会販売の女生徒写真売上げ実績による客観的データーだから間違いない。


 お世辞にもマヒルみたいなナイスバディとは言い難いにもかかわらず、純粋に魅力だけで勝負しての堂々たるランクイン。

 新入生にもかかわらず、いきなり上位に食い込んできたこの順位は快挙といえる。


 しかも男女問わず人気が高い。誰とでも気さくに話せる人柄のおかげだろうか。

 ちなみにマヒルも気さくっちゃあ気さくだがムラッ気が多いのと、なにより僕との距離が近すぎるのが災いして女性人気は低い。


 それほどまでの好人物だというのに、なぜ本人の自覚ゼロなのか?

 それは意外なことに、告白された件数も入学以来いまだゼロだからだ。


 なんせ学校ではたいていマヒルや僕がそばについてるもんだから、畏れ多くて誰も告白に踏み切れないらしい。万一踏み切ったらマジに恐ろしい目に遭わされるしで。

 まぁおかげで変な虫がつかないから安心っちゃ安心だけど、僕は防虫剤か。


「…ソレ、後で写真撮らせてもらっていい?」


「…何に使うつもりなんですかぁ?」


「ナニに。…あ。」


 うををを興奮のあまりつい正直に!?


「…あたしので…お役に立てるんですかぁ?」


 そして意味が通じてるっぽい!

 こりゃマヒルにチクられてフルボッコにされるパターンかな?


「…まぁ…潮センパイなら別にいいですけど」


 へ? 絶対断られるだろう場面で、信じ難いことにOKが出た。聞き間違いじゃないよな?


「でもコレ、マヒル先輩達ほど露出度高くないですけどぉ?」


「そこがイイんじゃないかぁ競泳水着は♪

 なんの飾り気もない分、よりカラダのラインがハッキリ判るし♪」


「…や、やっぱりやめとこっかな〜?」


「じゃあ気が変わらないうちに♪」


「えっちょっ…後でって言ったじゃないですかぁ!?」


 すかさずスマホを取り出した僕にヒマワリちゃんが身構えたところへ、


「…そろそろ通報すべきでしょうかね、この変態会長は?」


 いやっ、エライとこ見つかってしもて!?

 遅れて着替え終わった副会長さん達に追いつかれてしまった。

 しかも…ををっ!?


「…お待たせしました。」


 落ち着いた口調ながらも視線はせわしなく虚空を漂わせつつ、副会長さんは静々と僕の前に歩み出る。


 彼女が着てる水着は無論、先日のお買い物で僕が選んだものだ。

 チャイナ服の意匠を取り入れたセパレートで、上は襟付きノースリーブ、下はパレオ状のミニスカ。


 それが、ここまで見事に似合うとは…!

 まぁ副会長さんのスタイルなら何を着せてもバッチリだろうとは思ってたけど、予想以上の衝撃に今度は僕のほうが目のやり場に困る。


「いや〜さすがはチミのチョイスだぁね〜♪

 すんごい良さげだったからあたしも同じの買っちゃった⭐︎」


 そしてフィンさんも言葉通り同タイプの水着を着用。けれども色違いで細部のデザインも微妙に異なる。

 義理の姉妹だけあってスタイルもほぼ同等な彼女達には合わない衣類などないし、似合うモノはもはやサイッコーです⭐︎


「ふ、二人とも後で写真撮らせてハァハァ♪」


「…そーゆートコですよ潮センパイ。」


 すっかり蚊帳の外に追いやられたヒマワリちゃんがジト目で睨んでくる。

 いや悪いとは思うけど、このダブルドラゴンなカンフー姉妹の魅力には抗い難く…!


「じゃあ…あたしにも水着選んでください」


 …へ?


「絶対ですよぉ?」


 ほっぺたをプクウッとフグ提灯にして可愛らしく無理強いしてくるヒマワリちゃん。


 日頃ワガママなんてまったく言わない彼女に、しかもマヒルのいないところでこんなお誘いを受けちゃっちゃったら、そりゃもう無条件降伏せざるを得ない。


 こうして夏休み中の僕の予定が新たに増えてしまった。





 いつまでも立ち話してるのも何なので、とにかく砂浜に向かうことにする。


 通用口の扉を開けると目の前には背の高い木立ちが鬱蒼と生い茂り、その間を縫うように緩やかな石段が螺旋状に延びていた。


 そこを道順に従って降りていくと、突然視界が開けて…


『…!!』


 海なんて毎日飽きるほど眺めているし、砂浜なら自宅前にもあるというのに…同じ砂浜でもロケーションが異なればここまで違うものだろうか。


 決して広くはないけれど、塵一つ見当たらない白い砂浜に、流木や貝殻、カサコソ動くカニやヤドカリなどが散りばめられて…

 これぞまさしくザ・ビーチと呼ぶにふさわしい完璧すぎる情景。


 わざわざ植えたらしい椰子の木や、視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンの珊瑚礁が、ここが日本国内であることを忘れさせ、遠く離れた南国へと誘う。


 背後は岩壁が屏風のように立ちはだかり、外界の景色をシャットアウトしてるから、誰にも気兼ねせず心行くまでリゾート気分を満喫できる。


「お、やっと来た! こっちこっち〜♪」


 一足先に満喫しまくってたマヒル・ユウヒ・シノブの三人が波打ち際で手招きしてる。

 最初の歪み合いはもはや忘却の彼方へ。

 すっかり打ち解け合っているようだ。


「スゴイなこりゃ…一銭も払わず海外旅行に連れて来られた気分だよ」


「喩えが卑屈すぎる!…けど解る!」


 とシノブ。


「日頃、殺風景なプールの景色ばっか見てるから、すんごい新鮮な気分だよ〜♪」


 とマヒル。


「自分ん家だけど、いつもは滅多に来ない場所だから…みんなで遊べて最高⭐︎」


 ブルジョワにも程がある勿体ない発言のユウヒだけど、たしかに海に出るのって結構手間だしな。


「これであとはヨットとかあったらカンペキですね〜♪」


 とヒマワリちゃんが言うと、ユウヒが遠慮がちに、


「あるけど…」


 と指差す先には、岩陰に大型クルーザーが係留されていた。ついでに水上バイクなんかもある。


「カンペキ…だと…!?」


 珍しくノリツッコミするヒマワリちゃんの隣で副会長さんも、


「…負けた。」


 と打ちのめされてる。いったい誰と競い合ってるのか?

 そしていったいどんだけ稼いでるんスかカイドウ氏?


「でも免許がないと乗れないけどね。今はお父さんもいないし…」


「あたし持ってるよ♪」


 残念そうなユウヒにフィンさんがすかさず挙手。あんたもどんだけ万能なんですか?


「てゆーかユウヒの親父さんて、いったいどんな悪いヒトなん?」


「ぅ…そ、それは…」


 金持ちはみんな悪人だと思ってるマヒルに問われ、親が有名人だということを知られたくないユウヒは口ごもるが、


「『美岬カイドウ』氏…ですよね?」


 副会長さんがあっさり看破。まあ苗字が同じだしなぁ。


『マジ!?』


 今や知らない者など不在なほどの著名人がこんな近くに住んでいたとは!?と衝撃を受ける皆の前で、ユウヒは仕方なさげに頷く。


「カイドウ氏?…えっウソッ、あの時の叔父様…!?」


 どうやら唯一彼の名を知らなかったらしいフィンさんも、彼が過去に貞操を捧げた男性と同一人物と知ってショックを受けている。


「ユウヒッ、友達になって!!」


「もうなってるし!!」


 現金すぎるにも程があるマヒルに呆れ返るユウヒだったが、


「ヤバいですよマヒル先輩! そんなヒトの娘さんが潮センパイのカノジョってことは…もぉ誰も敵わないってコトじゃないですかぁ!?」


 いよいよヒマワリちゃんが核ボタンを押してしまわれちまいやがった…!


『!!』


 瞬間、空が割れた。 

 降り注ぐ熱線、吹き荒れる暴風。

 なす術なく消し飛ぶ万物。


 …そして後には死屍累々。


「ナニコレ…壮絶なラストバトルが始まるかと思いきや、いきなりバトル後まで話が飛んで、主人公の圧勝ってモノローグだけで最終回が済んじゃう打ち切り漫画的なヤツ…?」


 立ち尽くすユウヒの傍で、マヒルがなにやら危険な敗北宣言を口にしかけた、まさにその時。


「…お〜っ!? 予想以上によりどりみどりだねぇ♪」


 あたかも救世主の降臨のごとき歓声が皆の頭上で鳴り響いた。


 ハッとして顔を上げた皆の前で、石段から浜辺へと降り立ったのは…

 本日の宴の主催者であるナミカさんと、その娘のアサヒちゃん母子。


「お母さん! ずいぶん早かったね?」


 ユウヒが驚いて彼女たちに駆け寄る。

 スマホで時刻を確認すると、午前十一時過ぎ。当初の帰宅予定より小一時間早い。


「思ったより早く出発が済んだからね」


 カイドウ氏は順調に海外取材へと旅立ったらしい。


「たぶんみんな先に来て遊んでるだろうと思ったら悔しくって、高速ぶっ飛ばして帰って来ちゃった♪」


「それにしても早すぎません?」


「??? 所要二時間の距離を倍速で飛ばせば、半分の時間で着くでしょ?」


 僕の問いかけにさも当然のように答えるナミカさん。ダメだ業界人の常識は僕らの非常識だ…。


〈アサヒちゃん怖くなかった?〉


《ジェットコースターみたいで楽しかった♪》


 チャットアプリで尋ねてみれば、アサヒちゃんもケロッとこの回答。ダメだこの子も生まれながらに業界人だ…。


「えーっとユウヒ、この人たちは…?」


 やっと焦土から這い上がったマヒルが尋ねると、


「あ、コレが私のお母さんで…」


「親に向かってコレとは何じゃワレェーッ!?

 …どーもぉ〜ナミカでぇ〜っす⭐︎」


 まるでキャバ嬢みたいな自己紹介のナミカさんに一同唖然。


 なにしろ彼女のいでたちときたら、マヒルに負けず劣らずのキワドいビキニ、しかも黒♪

 着る人というか『着る度胸のあるヒト』を選びまくりなコレがまったく遜色なく似合ってしまうのだから業界人はコワイ。

 これで実年齢三十ン才とは誰も思うまい。


「こっちは妹のアサヒ。」


 聴覚障害のため上手く喋れないアサヒちゃんは、それでも身振り手振りで愛嬌たっぷりにご挨拶。その可憐さに誰もが魅了される♪


「…って、え? これで小学生…!?」


 ハタと気づいたシノブが人一倍ショックを受ける。


 それもそのはず、アサヒちゃんは年相応な可愛いワンピース水着を着てるけど…その要所要所が実年齢とはかけ離れた見事なナイスバディ⭐︎

 同じく現役JKなはずの実年齢とは真逆の意味でかけ離れたシノブとは、まさに雲泥の差。


 そのシノブを見つけるなり、アサヒちゃんはお目々をキラキラ輝かせて、おもむろにギュッと抱きすくめた!


「えっえっなになにっ!?」


 突然な出来事と突然な肉感にドギマギするシノブだったが、


「…年下だと思われたようですね。」


「がぁ〜〜〜そっ!?」


 副会長さんの忖度ナシな一言に再び大ショック!


「まぁ挨拶はそのへんにして」


「放置しないでーっ!」


「ちょっと早いけどお昼にしましょ♪」


 シノブの悲鳴が浜辺に響き渡る中、あっさり無視を決め込んだナミカさんが手にした特大ランチボックスを開けると…絢爛豪華なお昼ご飯が皆の眼前に。


 感嘆の声を洩らしてさっそく手を伸ばす面々に、「まだまだキッチンに作り置きしてあるからね〜♪」とナミカさん。


 必要があればすぐに自宅から色々取って来れるこの贅沢は、どんな高級リゾート地にも到底真似できまい。


 僕らの夏休みはまだ、始まったばかりだ!


 …これで終わりじゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ♪





 照りつける夏の日差し。

 青い空に湧き上がる入道雲。

 白い砂浜にエメラルドグリーンの珊瑚礁。


 浜辺でキャッキャウフフと戯れる、色とりどりの水着美女たち…。


 今にもここが日本だということを忘れそうになるゴージャスな光景に、さらに豪華な昼食をたらふく戴いて…

 嗚呼、僕はなんて幸せ者なんだろうか。


 波打ち際ではアサヒちゃんとシノブ、ヒマワリちゃん達ロリッ子三人娘がビーチボールで遊んでいる。

 見た目や実年齢はともかく精神年齢が近いせいか、お互い惹かれ合うものがあるらしい。


「…やっぱり、みんな呼んで良かった」


 ビーチパラソルの下で寝転がる僕の隣で、ユウヒがしみじみと呟く。


「アサヒにも、いっぱい友達ができたし」


「通学バス待ってたときにも何人かいなかったっけ?」


「アカリんとキーたんね。小学校ではいちばん仲がいいみたいだけど、ウチに呼んだことはまだ一度もないかな?」


 あのときの二人、そーゆー名前なのか。もちろんニックネームだろうけど。

 どーゆー法則性か知らないけどアサヒちゃんのことも『アオぽん』って呼んでたし、ずいぶん気心が知れてるみたいだな。


 ちなみにアサヒちゃんは読書家で、自宅ではたいてい学校の図書室で借りた本を片っ端から読み漁ってるらしい。

 それで他人との会話の機会に恵まれなくても語彙力や一般常識がちゃんと身に付いてるし、未知への好奇心も旺盛なわけか。


 一方、友達を呼ばないのは、ユウヒがあれこれ忙しそうに家事を取り仕切ってるのを見ていたからだろう…とのこと。

 耳が不自由な自分の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる大好きな姉のユウヒに、これ以上手間は掛けられないと思っているのか…。


 ナミカさんが新しく母親になったことで、今後はそんな子供らしからぬ遠慮も解消されるかもしれない。


「…いい『お姉ちゃん』だね」


「…そうなのかな?」


 思わず口をついて出た感想に、ユウヒは意外そうな顔をする。

 でも、少なくともマヒルよりはちゃんとお姉さんしてると思う。僕らの場合はまるっきり逆のような気がするし…。


「でも…たぶん、そんなんじゃないよ」


 …え?


「そんなんじゃ…ない…」


 言葉の真意はよく解らないけど、ユウヒは何故だか僕の評価をやんわりと否定した。


 けど、その意味を問おうにも…そんなに切なげな顔をされてちゃ、訊くに訊けないじゃないか。


 こんなときに気の利いた慰めの一つも思い浮かばない自分が、なんとももどかしい。


「…もっと子供らしく人に甘えてもいいんじゃないかなって思うんだよね…あの子」


「…じゅーぶん甘えん坊だと思うけど?」


 アサヒちゃんの僕への態度を見る限り、割と素直に胸の内を明かしてくれてると思うけど。


「それはリョータが甘えさせ上手だからじゃない?」


 ふむ? あまり言われた事はないけど…たしかにあのマヒルに散々こき使われてきたからなぁ。大抵の他人のワガママには耐性が出来てるのかも?


「…私のときは…そんな人、いなかったから」


 そんなユウヒの言葉にハッとする。

 彼女は僕以上に天涯孤独の身だったということを、今更ながらに思い出した。


 母親と死別し、父親のカイドウ氏は忙しく国内外を飛び回る最中…

 彼女は耳の不自由なアサヒちゃんの世話をしながら、誰にも頼らずたった一人で生き抜いてきたんだ…。


「リョータ。アサヒを…もっと甘えさせてあげて?」


 ったく…いつもいつも、他人のことばかり優先してさ…。

 そんなユウヒの孤独感に無意識のうちに気づいていたからこそ、僕はあのとき彼女に声をかけたのかもしれない…。


「解ったよ。でも…」


 僕はそっとユウヒを抱き寄せて、耳元で囁く。


「…キミにも、もっといっぱい甘えて欲しいかな?」


「リョータ…」


 僕を呼んだその唇を、僕の唇で塞ぐ。

 恋人同士ってんなら遠慮はいらないだろう。


 ユウヒも抵抗はしなかったし…

 なにより、僕がそうしたかったんだ。

 

「…ファーストキス、奪われちゃった♪」


 ゔっ…。赤らんだ顔を綻ばせるユウヒに、今更ながらに小っ恥ずかしさが込み上げる。


「この先も…期待していい?」


 …そーゆーことは、面と向かって言わないほうがカワイイかなぁ?


「あと…浮気性なところも、もう少しなんとかして欲しいかなぁ?」


 ぐはっ藪蛇だったか。


「ホントにね」「右に同じですね」


 しかもいつの間にかそばにいたマヒルと副会長さんにまでダメ出しされた!


 二人ともスンゴイ不満げな顔してるけど…まさか、今までの甘々シチュエーションの一部始終を見られてたのか!?


「まぁまぁ、男なんてそれくらいが丁度いいのよ♪」


 邸内にアルコールを取りに戻っていたナミカさんまでもが、石段を降りつつ缶チューハイのプルタブを開けながら助け舟を出してくれた。


 ありがたいけど、とっくに出来上がってる酔っ払いに言われてもなぁ…。

 つーかアンタどんだけ呑んでんスか?

 さっきもフィンさんと一緒にボトル空けてただろ?


「それで泣かされる女がいることもお忘れなく…」


 デッキチェアに腰掛けて缶ビールをグビグビ煽っていたフィンさんが、据わった眼差しをナミカさんに手向ける。


「まさかあの叔父様に、こんなに若くて美人な奥さんと、大きい子供が二人もいたなんてぇ〜…!」


 一触即発な雰囲気…かと思いきや、この二人は割りかし馬が合うらしい。

 互いにオープンすぎる性格なのも手伝って、すっかり打ち解け合っていた。


「それはお気の毒サマ。あたしもついこないだ引っ掛けられたばかりだけど、そーとー泣かされてる娘は多いみたいね♪」


「昔よく女の人から電話かかってきてたっけ。私が出たら勝手に号泣して切れちゃったり」


「うわ、そりゃ効くっしょ。イキナリ子供の声が聞こえたら…ねぇ?」


 フィンさんからカイドウ氏の過去の狼藉を聞かされても、もはや日常茶飯事なのか、ナミカさんもユウヒもこんな感じで全然動じない。


「けどそんなに未練タラタラなら…ルカ、今度会ってみる?」


『えっいいの!?』


 ナミカさんのあっけらかんとした提案に、フィンさんだけでなく一同唖然。


 ちなみにフィンさんのことは名前がイルカだから『ルカ』と呼ぶことにしたようだ。

 漢字表記では中国語でも『海豚』だからコンプレックスがあるだろうに、わざわざそう呼ぶ業界ノリだ。


「あたしと結婚する前の話なら、そりゃ本人に責任取ってもらわないとね〜。

 特に、一度寝ただけでここまで思い詰めちゃう重いコは、もっとハメハメしちゃったほうがスッキリできるっしょ⭐︎」


 あっけらかんとしすぎてんだろ!?

 さてはあんた、そーとー酔い回ってんな?


「嗚呼…あのめくるめく甘美なひとときが、また…? でへっでへへっ…じゅるるっ♪」


 フィンさんはもう酒ヤメレッ!!

 女の子がしちゃイケナイ顔の危険水域をとっくに突破しちゃってる!


「ナミカあんた、なかなか話がわかるヤツだね。あたしと同い年くらいなのに大したもんだ!」


「へ?…あー、あたし一応もう三十代のアラフォーだから」


 ナミカさんの年齢発覚に一同またも唖然。


「なん…だと…!?

 アラフォーにもかかわらず、その顔その乳そのケツとハリツヤ、そして黒ビキニ…マジか…?」


 フィンさんに至っては完全凍結。

 無理もない、業界人ならではのこの年齢詐称テクはそうそう見破れない。


「ま〜あたしもそれなりに場数は踏んだし、咥え込んだチ◯チ◯も結構な本数に…」


 もう誰でもいいからこのアバズレの息の根を止めてくれっ!!…とか思ってたら。


「この人ホントにアラフォーだよ。運転免許で生年月日見たから間違いないし」


 とユウヒ。


「にわかには信じ難い話ですが…やりますねアラフォー。」


 と副会長さん。


「イケてんじゃんアラフォー!」


 とマヒル。


「うりゃアラフォー♪ そりゃアラフォー♪」


 と、カンペキ出来上がったフィンさん。


「うぅっ…アラフォーアラフォーうっさいわ!

 現状維持のために色々努力してるし、あんた達もじきにそーなるんだからねぇ!

 アラフォーナメんなやぁ〜〜〜ッ!!」


 絶叫するなり、ナミカさんはその場に大の字に倒れ伏した。ウワバミな業界人もよってたかっての総攻撃でついに陥落したか。


 こうしてラスボス討伐も無事に済んだことだし、そろそろ身体が冷えてきた頃合いなので、海水浴は一旦お開きとなった。





「海水浴っていう割に、年食うほど塩水にはさほど浸からなくなりますよね?」


「たしかにあたし達、ずっと浜辺で呑んだくれてただけだし?」


「人間は大人になるとナメクジに進化するのかもね〜♪」


「お〜ルカ、グッドアンサー! 哲学的ね⭐︎」


 そーか? さては二人ともまだ酔いが残ってんな?


 てな訳で舞台は美岬邸内のリビングへと移動…しても、ナミカさんとフィンさんのノリは相変わらずだった。


 運転手が二人ともコレでは使いものにならないため、全員早々と美岬家で一泊することが決まった。


 公共機関で帰ればいいじゃん?なんて無粋なツッコミは無しの方向でネ♪

 夏休みだし部屋数は余ってるし、ナミカさんは最初からそのつもりで準備してたらしい。


 で、只今僕らは入浴の順番待ち。海水浴後は速やかに塩分を洗い流さないとね。


 しかし美岬邸の風呂場はそれなりに広いけど、副会長さん宅ほど大勢の来客は想定していないため、さすがに全員一度には入れない。


 そこでまずはアサヒちゃん・ヒマワリちゃん・シノブのロリッ子グループが入浴。

 …なのにこの三人、その後まだ遊び足りないからってまた海に行っちゃったよ。


 続いて今はユウヒ・マヒル・副会長さんの正統派JKグループが入浴中。

 …前グループ約二名も厳密にはJKだけど。


 最後にナミカさんとフィンさんの美女コンビが利用する予定で、唯一の野郎の僕はいちばん後回し。


「でも考えようによればコレは、美少女達のエキスがたんまり煮出されたエキスを独り占めできる、まさに美味しい立場なのではデヘヘ♪」


「人のセリフを捏造しないでください。でもモノローグは間違ってないですデヘヘ♪」


 せっかく正解を認めてあげたのに何故だか引きまくりなフィンさんと僕とのやりとりに、


「で…結局リョータ君は誰が好きなの?」


 ナミカさんがズバリ核心を突いてきて、僕は思わず言葉に詰まる。その様子に彼女はニヤリとほくそ笑んで、


「やっぱりね。ユウヒが一方的に押せ押せだったし、あのときは不可抗力的に交際決定しちゃったしね〜?」


 くうっ、見透かされてたか。


「ニャオはマヒルちゃんと熟年夫婦並みにデキてるって言ってたけど、さっき見てた限りユウヒちゃんとも満更でもない感じだったし〜?」


 そこへフィンさんからも調査報告が!

 そういやあのとき、彼女も近くで酒呑んでたっけ。

 マヒルや副会長さんにもバレバレだったし。


 よくよく思えば、衆人環視のもとであんな小っ恥ずかしいコトをやらかしてしまうなんて…真夏の海の開放感、侮りがたし!


「おまけにあのシノブって小っちゃい子とも朝っぱらからイチャついてたし、ニャオともイイトコまで行ってたし、ヒマワリって子ともイイ雰囲気だったしぃ〜♪」


「モテモテじゃ〜ん。このヤリチ◯⭐︎」


 ヤリ◯ンゆーな。これでも僕はまだ童貞だ!


「カイドウさんみたいなちょい悪オヤジに進化する前に、とっととちょん切っておいたほうがいいかもね?」


 末恐ろしいコトを言い出すナミカさん。どこまで本気なのかよく判らない人なだけに迫力が違う。


「カイドウさんの浮気は肯定してたじゃないですか、さっき!?」


「あの人はあーゆー性分だから仕方ないな〜とは思うけど、人並みに腹は立つのよこれでも♪」


「笑顔でサラッと言うことじゃないです!

 そしてその怒りをなぜ僕にぶつけますか?」


「イケメンだから。」


 理不尽すぎる!


「ちょん切るのは勿体無くな〜い?」


 フィンさんが救いの手を差し延べてくれた…かと思いきや、


「この少年、なかなかヨキモノをお持ちなのよ〜。こないだウチのお風呂場で見ちゃったけど、ニャオを一撃で失神させるくらいスンゴくってね〜♪」


 その手でいきなり股間を鷲掴まれるような暴挙だった!


「ほうほう、現役JKが一発昇天するほどご立派とな!? あたしはベッドの中だったからよく見えなかったな〜」


「えっナニソレ!? もっと詳しくハアハア♪」


「あのね〜この子ったら、あの晩ユウヒを抱き損ねた後、独りでスコスコと…」


 などと昭和の女子大生ノリで僕の下ネタ談義で盛り上がる二人にいたたまれなくなった僕は、


「ぼ、僕はもうひと泳ぎしてこよっかな〜?」


 隙を突いてサバトから抜け出し、命からがら邸宅の外まで逃げ延びた。




 通用口から砂浜へと続く石段を降りながら、長い長いため息をつく。


 やれやれ…あの二人に酒が絡んだときは、今後も要注意だな。存在自体が非常識の塊みたいな輩がタッグを組むと、マジで一般常識まで変革されかねない。


 ツンツン⭐︎


「…っ!?」


 やっと命拾いしたと安堵したところを突然何者かに小突かれて、もう少しで心臓が喉から迫り出すところだった。


 恐る恐る振り向けば…


「…なんだアサヒちゃんか…」


 ニコニコ笑いながら石段の途中に立っていた彼女に自然と笑みがこぼれる。

 地獄に仏とはまさにこの子のこと。本日唯一と言っていいほどの心の清涼剤だよ♪


 シノブやヒマワリちゃんはどうしたの?と身振り手振りで尋ねると、


《まだ海で遊んでるよ》

《オシッコしたいから戻ってきた》


 スマホ越しに返答が。一切の羞恥心もなく「オシッコ」と言えるところがさすがは現役小学生。


 それにしても…改めて見るとけっこうキワドイ格好だなぁ。

 子供向けのワンピース水着で、今日の女性陣中では最も露出度が低いはずなのに…


 それを小学生離れしたスタイルの彼女が着てるというだけで、えも言われぬ背徳感が…。


《触りたい?》


 …へ? 水着姿をジロジロ見つめ過ぎたせいか、あらぬ誤解を生んでしまったらしい。


《というか触ってほしい》


 …へぁ? シンプルな文面なのに意味が解らず、何度も視線を彷徨わせていた僕の片手を彼女はヒョイッと掴んで…


 むにゅりんっ♪


 小学生とは思えない筆舌に尽くし難い感触が手のひらに伝わった。

 女の子の胸に触ること自体は初めてじゃないけど…これはさすがに不意打ちすぎる。


 あと、こっちから触ったら完全アウトだろうけど、小学生のほうからアプローチしてきた場合はどうなるんだろう?


《もっと触る?》


 いやいやただでさえギリギリなのにこれ以上は!?と手を引っ込めようにも、アサヒちゃんはますます僕の手を自分の柔肌に押し付けて、一向に解放してくれそうにない。


 そして極め付けの一言。


《その代わり、お兄ちゃんのも触らせて》


 そんなに思い詰めた顔で、思い切ったコトをおっしゃられましても…こんな場合もどうすれば?


 本日唯一の心の清涼剤だったはずの彼女が、思いがけず今日一番の台風の目になりそうだった。




【第八話 END】

 今回はいわゆる水着回というやつでして、ヒロイン総出演で盛り沢山な内容となっております。

 主人公がユウヒと交際してる事実もここいらで暴露してみましたが…予想以上に何の変化も無かったですね(笑)。


 と同時に夏休みにも突入したので、通学の必要が無くなったヒロイン達がこれまで以上に暴走できそうです(笑)。


 今まで顔を合わせたことが無かったキャラ同士の新たな交流も生まれたりして、今後の展開に活かせそうかな〜とか思っとります。

 美岬邸でのエピソードは次回も続きますので、乞うご期待とゆーことで。


 余談ですが、最近は書き上がってもすぐには投稿せず、丸一日寝かせてからにしてるので、投稿間隔がますます遅延気味になっとります(汗)。

 投稿後に誤字脱字や間違いに気づいて修正に手こずる事態を最小限に抑えるための措置です。

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