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はのん  作者: のりまき
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憂愁の眼鏡っ娘

「副会長さん…!?」


『はい。いつもの私です』


 予想外の人物からの突然の電話に面食らう。


 僕たち生徒会メンバーは緊急時に備えて互いの連絡先を交換してるから、彼女が僕の電話番号を知ってても何ら不思議はない。


 けれども仕事とプライベートをキッチリ区別している副会長さんは、生徒会業務以外では…とりわけ帰宅後に連絡してきたことは現在まで一度たりとも無かった。


 ということは…何かよっぽど重要な案件なのだろうか…?


『単刀直入に申します。

 …明日の放課後、水着の購入に付き合って頂きたく…』


 予想以上の重大案件キターーーッ!!


「そりゃ是が非でもご一緒させて頂きますともエエ!」


 即答した僕の声に、電話の向こうで安堵の空気が広がる。


『まあ水着の話題をチラつかせれば絶対釣れるとは踏んでいましたが…予想以上の食いつきに私のほうが引き気味です』


 そしてどんな時にも余計な一言を欠かさない彼女だが、心なしかいつになく浮かれているらしく、それに伴って毒気が猛毒レベルにまで高まっている。


 思えばたしかに一緒に水着を買いに行く約束はしてたけど…わざわざ電話で催促するなんて、ずいぶん慌ててるみたいだな?


『ちなみに、先日申し上げた膝枕用とは別にお願い致したく…』


 あ〜そっか、水着は一着も持ってないんだっけ。でもって、約束したのは膝枕用のエロ水着だから、人前で着るのには躊躇ためらいが…ってことか。なんて律儀な人なんだ。


 …待てよ? ってことは、ホントに人前では絶対着れないよーなエロエロ水着を僕の前では着てくれるつもりだったのか…!?

 あんなの冗談で言っただけなのに!


「副会長さん、それは…」


 言いかけて思いとどまる。困ったことに、僕のなかで悪戯心がムクムクと増大してしまった。


「…両方、買いに行かなきゃね♪」


『…………。

 よ、よろしくお願い致します。』




 てなわけでサクッと翌日の放課後。

 いつもなら生徒会の仕事に精を出してる時間だけど、今日は副会長さんとの約束が優先だ。


 一般生徒は帰宅するため校門前で通学バスを待っている。

 そんな人目をはばかるように、僕らは普段使わない裏門前に来ていた。


 こちらから出ても結局は正門からの道に合流するけど、ものすごく遠回りになってしまうため、利用者は僕らの他には誰一人いない。


 そこにあの、いつぞや見かけた超高級リムジンがすでに停車していた。かなりの細道なのに、こんなバカでかい車でよく入って来られたものだ。


「…お帰りなさいませお嬢様。お約束通り、本日はこちらにお迎えに上がりました」


 車の前で、これまたいつぞや見かけたメイドさんがうやうやしく頭を垂れる。


「うわホントにホンモノだ…!」


 感動のあまりマヌケな声を洩らした僕に、メイドさんは丁寧にお辞儀を返す。


「お初にお目に掛かります。海鳥はいにゃおお嬢様の専属メイドのイルカと申します。

 ドルフィンはちょっと長いので、愛称はドルちゃんもしくはフィンちゃんでお願い致します」


 呼び名を指定されちった!?

 真面目そうに見えて案外お茶目な人らしい。


「というよりも…彼女は自分の名前にコンプレックスを持っています」


 副会長さんがそっと耳打ちする。イルカでも充分カワイイのに何故?と問いかけてハッとする。


 イルカは中国語でも漢字で書けば『海豚』だった…。彼女のご両親はなんでこの名前にしたんだろう?

 でも読みが日本語ってことは…?


「彼女も私と同じく日系ハーフです」


 なるほどすべて理解した。単純にカワイイと思って付けちゃってから、後で死ぬほど後悔したクチだな。なんて罪作りな。




 結局フィンさんとお呼びすることにしたメイドさんに促され、副会長さんと一緒に後部座席に乗り込む。


「…スゴイ…」


 溜息しか出ない。座席というよりも…テーブルはあるわ冷蔵庫はあるわ大型モニタまで備わってるわで、もはや完全にリビングだ。

 車内だから狭いはずなのに、どういうわけだか僕の自室より広い気がする。


 というか、この雰囲気はまるで…


「いらっしゃい社長。お飲み物は何になさいますか?」


「いやそーゆーお店じゃないでしょ。お構いなく」


「冗談です」


 ほら言わんこっちゃない。ガラにもなく冗談を披露するなんて、副会長さんは内心よっぽど浮かれてるようだ。

 …見た目にはまるで判らないけど。


 そうこうしてるうちに、いつの間にか車が走り出していたことに気づいた。ロードノイズがまったく感じられない…どんだけ〜?


「…やはり緊張なさっていますね?」


「そりゃあね」


 タクシーにだってろくに乗ったコトないし。

 そのうえ専属メイド付きなんて、どこの異世界ですか?


「日本に来たばかりの頃、この車で通学したら他生徒に引かれまくりまして…前の学校ではついに一人も友達が出来ませんでした」


 だろうねぇ。海外ではセレブの送迎なんてフツーだけど、民主主義を唱えつつ実質全体主義の日本じゃヤッカミの対象にしかならない。

 だから日頃は誰にも見つからないようにコッソリ送ってもらってるんだな。


 とかくマナーの悪さや非常識ぶりが世界中でやり玉にあがる中国人だけど、少なくとも副会長さんは少しでも日本社会に溶け込もうと努力してるらしい。


 …という割には今日の予定が、不健全極まりない目的のために男同伴で水着を買いに行くとゆー非常識そのものな塩梅なのは何故?


「それでうちの学校に?」


 副会長さんは二年次の途中で転入してきた。それ以前のことは知らなかったけど、直接留学ではなく転校だったのか。


「はい。前の学校は県内有数の進学校という触れ込みでしたが、実際には私の期待に沿うものではなく、ここでは何も得られないと思いました」


 さすがは万年トップの才女。件の学校も有名大学への進学率がスゴイはずだけど…国際的な彼女から見ればそれがどうしたってコトか。


「そんな折…ネットに上げられていた投稿から貴方の存在を知りました」


 …へ? いや、もしかして副会長さんがうちの学校に来たのって…


「…僕目当て…だったの?」


「はい。お写真を拝見した瞬間、あまりのハンサムぶりに一撃で打ちのめされました」


 まったく照れずに淡々と激白する彼女の弁に、僕のほうがすっかり真っ赤になっていた。

 自分がそこそこ美形ってことは客観的事実だろうから自覚はしてたけど、よもや国際的にもイケたとは…。


「有難い評価だけど、それだけで…?」


「はい。人は見た目が十割…パッケージデザインはすこぶる重要です。しかも記事によれば政治手腕もなかなかだとか…。

 これは一見の価値アリと判断しました」


 パッケージデザインて。ただのミーハーって訳じゃなさそうだけど、セレブって思い切りいいなぁ。


「万一これで肩透かしならば、途中で留学を諦めて国に帰るつもりでしたが…

 貴方はまさしく私が求めていた逸材でした」


 相変わらず顔色ひとつ変えずに褒め殺してくるけど、買い被りすぎじゃないの?

 僕はただ、自分が信じた道を手段を選ばす突き進んできただけで…。


「それです。貴方の言動には一切の躊躇がない。常に即断即決。加えて臨機応変。

 これほど強力なリーダーシップを持つ人物を、私は初めて見ました」


 それ故に裏では人間味がないと後ろ指を指されてるのも知ってるし、マヒルでさえ僕のやり方には否定的だけど…ちゃんと評価してくれる人もいたんだなぁ。これは素直に嬉しい♪


「そして最も重要なのが、万人に受け入れられるカリスマ性です。

 私にはそれが決定的に足りない。従って将来のパートナーにはそれが必要不可欠となります」


 パートナー? ちょっと待って、いったい何の話を…?


 そんな僕の疑問を察してか、副会長さんは眼鏡のレンズが今にも溶け出しそうなほどの熱視線で僕を真正面から見据えた。


 ま、待って、この流れはもしや…!?

 フィンさんだって聴いてるのに、こんなところで!?


 思えばマトモに、しかもこんなに真っ直ぐに告白されることなんて未だかつて無かった。

 たいていはユウヒみたいに回りくどい方法か、メールや手紙で呼び出されて行ってみれば…ってなワンクッション挟んだ形なのに。


 水着を買いに行くだけって話だったのに、こんな唐突な…心の準備が…っ!


「会長…私の会社の経営者になって頂けませんか?」





 …………。

 はい?

 会社? 経営者? それこそ何の話?


「当初はもっと親密になって信頼度を上げてからお願いする予定でしたが…せっかくの機会ですので。

 実はこれから出向くブティックも、私が所有する店舗の一つです」


 …なるほど…やっと理解が追いついてきた。


 つまり彼女は、将来的な『ビジネスパートナー』を発掘するために来日したのか。


 そして永住を希望してるのは、日本…いや世界でブランドを展開する上ではそのほうが有利だからか。


「私の祖先は華僑で、かつては世界中で手広く商売をしていました。ですので私が日本に行きたいと申し出た際、両親は特に反対はしませんでした」


 さすがはワールドワイドな血筋、狭い島国に留まることを善しとする山猿どもとは大違いだ。


 ちなみに彼女が日本に憧れたのはフィンさんの影響が大きいらしい。


 フィンさんの祖先は逆に日本統治時代の台湾に移住した日本人で、フィンさん自身も日本に留学経験があった。

 幼い頃は姉妹同然の間柄だったこともあり、大好きな姉が学んだ国で自分も学んでみたかった。


 さらには副会長さんの母親も日本人なこともあり、彼女が日本に憧れを持つのは当然の成り行きだった。


 ただし、彼女のご両親もただで日本行きを許した訳ではなく、しっかりちゃっかり条件を課していた。それが…


「卒業までにパートナーを見つけること。

 それが唯一の条件でした」


 万一達成できなければ、ご両親の旧知の資産家宅に嫁がなければならない。

 副会長さん自身も時々訪れている親戚みたいな御家庭で、結婚相手の気さくな兄貴分の男性とも半ば婚約状態なので、特に不満があるという訳ではない。


「でも…それを受け入れてしまえば、私自身の意志は何一つ反映されない人生になってしまいます。それを望む自分もいる一方で、何もかもひっくり返したいと願う自分もいました」


 たぶん誰だってそうだろう。新しい一歩を踏み出すには途方もない勇気が要る。

 加えて彼女の場合は、その一挙手一投足に途轍もないカネが動くから責任重大だ。


「それまでの私は引っ込み思案で自己主張も少ない、つまらない人間でしたから…。

 恐らく両親も私に発破をかけるために、あえてそんな無理難題を押し付けたのでしょう」


 それで副会長さんは常に僕のそばに居続けたのか。二期にわたり僕の生徒会運営を補助し、明らかに距離感がおかしい露骨な誘惑で僕を取り込もうと画策した。


 そして…多少の皮肉は洩らすものの、僕には決して逆らわず忠実であり続けた。

 とりわけ、僕に言い寄るユウヒや纏わりつくマヒルの邪魔を決してせず、やりたい様にやらせていた。


 すべては僕の意志を尊重しつつ、徹底的に彼女の『居心地の良さ』を覚え込ませ、最終的には自分になびかせるため…。


 今にして思えばずいぶん不自然に思えた副会長さんの謎行動にも、ちゃんと一貫性があったわけか。


「だいたいの事情は解ったけど…なんで色仕掛け?」


「いわゆる『おもてなし』です。日本では古来より、殿方をそそのかすには色事が最も適切とされておりますので」


「…どこソースよソレ?」


「種子島。」


 鉄砲伝来!?って古すぎだろ。


 一応解説しとくと、当時伝来した鉄砲に用いられていたネジの製法が、まだまだ未開人だった日本人にはハイテクすぎて理解不能だったため、エライ人から鉄砲の複製を命じられた鍛冶屋が自分の愛娘をポルトガル人に差し出して製法を聞き出した…という説がある。


 これについてはポルトガル人が、当時の最先端だった武器の製法を日本人に教えるのを躊躇ったというよりは…


「ハッハーお前らイエローモンキーごときがミー達のハイテクを理解なんて出来っこナイからチャンチャラおかしくてメンドイですネー!!」


 …てゆー感じが正解じゃないかと思うけど。


 閑話休題。それから数百年経てもいまだに有効手段ってことは、男って進歩しない生き物なんだな…。


「それでエロ水着を?」


「正確には、次回の膝枕のときにエロ水着の着用を貴方が命じたからです」


 命令したつもりは断じてない!けど、その論法でいくと…


「じゃあ、僕が今ここで副会長さんのおっぱいが見たいって言ったら見せてくれるの?」


 唐突な僕の言葉に彼女は一瞬息を呑み…

 しかし意を決したように制服の胸元に手を掛けると、


「お望みでしたら」


 とボタンをプチプチ外し始めた!


「ま、待った待った! 今のは試してみただけだよ!」


 慌てて制止して冷や汗を拭う。

 まいったな…よもや副会長さんがここまでヤバい人だったとは。


「私のおっぱいに興味は無いと?」


「いやそれは存分にございますし、止めなきゃ良かったとちょっと後悔してますが!」


 ここで他の作品の主人公なら「そういう話なら自分は遠慮する」と潔く身を引くのかもしれない。


 けれども僕はますます興味が湧いた。

 副会長さんはもとより、彼女の会社経営とやらに。


 僕の将来の目的達成のためには、そこそこの立場に就いておく必要がある。生徒会長はそのための布石だ。


 そして通常なら学校卒業後、そこそこの会社に入社してほどほどに努力し、何年もかけて地道に出世していく必要がある。


 …そこを大幅にショートカットし、一気に経営者になれる大チャンスが舞い込んだのだ!

 こんな美味しすぎる話、飛びつかないでどーするよ!?


 しかも別段、副会長さんと結婚とかせずとも、彼女のビジネスパートナーになれば良いだけの話で。

 そこは正直ガッカリしなくもないけど、むしろ好都合…


「…あれ? ちょっと待てよ?」


 副会長さんのご両親は、日本に住みたきゃ相手を見つけて来いって送り出したんだよな?


 そして現在中国籍…台湾人の彼女が日本に帰化するには、日本人と結婚するのが最も手っ取り早い。


 そしてそして、なにより…彼女は台湾人の父親と、日本人の母親を持つハーフだ。

 ってことは結局…


「要は副会長さんに、自分で結婚相手見つけてこいって言ったんじゃ…?」


「あっ。」


 ってなんで今頃そこに気づいてんのあーた?

 仕事熱心すぎるのにも程ってモンがあるでしょ!?


「…ぷっ…アッハハハ!!」


 いきなり誰かの笑い声が車内に轟いた。

 副会長さんじゃない。彼女はいまだに呆けたままだ。

 ってことは…


「イヒヒ…もダメ、笑い死ぬ…!」


 僕らを乗せたリムジンを道端に停めて、ハンドルをバンバン叩いて大ウケしてたのは…他ならぬ専属メイドのフィンさんだった。


「この子、基本クソ真面目すぎてどっかズレてんのよ。そこがカワイイんだけどさ♪

 あ、リョータくんって呼んでいい? もうかしこまる必要ないっしょ⭐︎」


 えっ…えっ? 何なのこの人!?

 フィンさんの本性ってこんなだったの!?


「てゆーかいつまでウダウダ言ってんのニャオ? ちゃっちゃと認めちゃいなよ♪」


「ね、姉さんは黙ってて…!」


 これまたいきなり主人を呼び捨てにするわ、メイドを姉呼ばわりするわで、すっかり立場が逆転しちゃってるし。


「うちに帰ったらこんなもんよ。今の家にはあたしら二人しかいないしさ。

 ニャオはずぅ〜っとリョータくんのコトばっか話してるし…誰がどう見ても惚れてんでしょ?」


「姉さんッ!!」


 本心をズバリ言い当てられて慌てふためく副会長さん。こんな素の彼女は初めて見た。


「ま、誠に申し訳ありません。驚かれました…よね?」


「ぇぇ…マジビビリました」


「…幻滅なさいましたか?」


「ぃぇいえとんでもない! こんなにカワイイ副会長さんが見られて、むしろご褒美ですよ♪」


 ニンマリ笑いかけてあげると、副会長さんは抜け殻のようにフニャリと座席に突っ伏した。


「ウヒヒヒッ…あ、言い忘れてたけど、お店に着いたよン♪」


 笑い転げるフィンさんに促されて車外に目をやれば…停車していたのは高級店がひしめく商業区画のど真ん中。僕とは一生無縁と思って近づきすらしなかった街だ。


 その中でも一際ゴージャスな、シックな外装に店内照明ビッカビカな、光熱費だけで僕ん家のアパート数年分の家賃はかかりそうな店舗が目の前に…。


「…ここ?」


「ここです。」


 なんてこった。貧乏根性が染みついた身体が思うように動かない。

 こんなトンデモネーお店のオーナーが副会長さんだって…?


「大丈夫です。私もこの店舗には来日時に顔を見せに一度寄っただけです」


 いったいどの辺りが大丈夫と言わしめる要素なのか不明だけど、オーナーとしてそれはどうなのか?


「私は店の者に挨拶して参ります。お二人はどうぞごゆっくりお過ごしください」


 後部座席のドアを開け、フィンさんはうやうやしくお辞儀をする。直前までの砕けきった雰囲気はどこへやら、オンとオフを完璧に切り替えてるのがスゴイ。


 かと思いきや、最後に僕らに向けてパチっとウインクしてくれたおかげで、緊張がかなりほぐれた。

 僕もこんな優しい姉さんが欲しかったよ…ねぇマヒル姉さん?


「…ニャオの自我が完全崩壊するよーなすんっごいエロエロ水着を選んであげてねン。ニヒヒッ♪」


 訂正。やっぱこの人のほうが厄介かもしんない。





「いらっしゃいませお嬢様」


 店舗内に一歩踏み込むなり、スタッフ総出でお出迎えというドラマでしか見かけないようなシチュエーション。ここまで現実味が無いとかえって落ち着けるものだ。


「この時間は貸切となっておりますので、ごゆっくりおくつろぎ下さい」


 店長と思しきモデル並みの美女がそう告げると、皆それぞれの売り場に戻っていく。

 高級店というとスタッフがべったり貼り付くイメージがあったけど、ここは客が落ち着いて品物を選べるよう必要最小限の接客に留めているようだ。


 店内の装飾もそこまでゴテゴテしてないし、かといって量販店にありがちな商品山積み、壁はコンクリそのまんま、床はリノリウム打ちっぱなし、天井を見上げれば配管剥き出し…といった安っぽさは微塵もない。


 商品の陳列や配置も客の目線に合わせて最適化され、広すぎず狭すぎずのスペースを確保。

 肝心の商品も到底手が出ないような高級品一辺倒ではなく、割とリーズナブルな品物も取り揃えられている。


 一言で言って、居心地がいい。


「…いい店だね」


「将来的には貴方のお店ですから、ご要望がございましたら検討させて頂きます」


 それはさすがに先走りすぎでしょ副会長さん。経営者になるにはあーたとの結婚が前提となれば、即断は出来ませんて。


 …とかやってるうちにお目当ての水着コーナーに到着。さっそく品定め開始。


 水着だけでも充実した品揃えで、なかには一見水着とは思えないようなエレガントでゴージャスでビビッドで、えとえと…とにかくスンゴイ。


「これは…目移りしちゃうな…」


「ですね。私もファッションには疎いもので…」


 副会長さんはいつもはフィンさんが用意してくれたコーディネートばっちりなものをそのまま着用しており、そもそも外出も滅多にしないのでオシャレにはとんと無頓着だとか。


「うーむ勿体ない、せっかくこんなにスタイルが良いのに…」


 彼女のカラダを上から下までジロジロ眺め倒し舐め回す。他に客はいないし店員さんもそばにはいないから誰にも遠慮は要らない。


「そうやって私にも一切遠慮がないあたり、さすがは変態ですね…」


「素敵なモノを見るのに遠慮なんてしてたら、見えるものも見えないからね。例えば下着のラインとか」


「それは普通はじっくり見ないように遠慮したほうが良いのでは?」


「でも下着とさほど露出度が変わらない水着はじっくり見ても怒られないよね? 不思議なことに」


「不思議なのは会長の倫理基準のほうかと。人によってはじっくり見たらやはり怒ります。

 …僭越ながら、水泳部長に毒されすぎてはいませんか?」


「そうかなぁ? マヒルは基本下着つけないし、ユウヒ…美岬さんもブラは着けないからラインの見えようがないし…困っちゃうよねぇ基準が判らなくて?」


「素直には頷けない同意を求められましても。

 そしてその情報は事実ですか? そしてそして、貴方の周りには何故その種の女性しか寄って来ないのですか?」


「そういう副会長さんも立派にその種の女性だと思うけど?」


 嫌味のつもりだったのに、彼女はポッと頬を赤らめて、


「…光栄です。」


 光栄なの!? あと車内での一件以来、なんか妙に素直になっててカワイイんだけど♪


 などと際限なくイチャついてたらいつまで経っても水着が決まらないし、遠目に様子を窺ってる店員さんもえーかげんブチ切れるだろう。


 副会長さんはスタイル抜群だから何を着ても似合うだろうけど、それ故に選択肢が多すぎて…


「…お?」


 何気なく視線を送った先に、チャイナドレス風のビキニ水着が陳列してあった。トップの襟元にチャイナ服特有の合わせがあしらわれたノースリーブ仕様で、ボトムは左右に結び目状のリボンが付いたミニスカ風。


 安物のコスプレ衣装でも割と見かけるデザインだけど、そこは高級品だけあって縫製もしっかりしてて、いかにもコスプレ的なテカテカガタガタした感じも無い。これなら日常使いでも充分イケるだろう。


 しかし、中国籍の副会長さんにチャイナ服をってのは安直すぎるし、ある意味では差別意識と受け取られなくも…


「あ、チャイナドレス風のもありますね。私は一着も持っておりませんが、姉さ…イルカはよく着ているので憧れていた時期があります」


 …ないことは無そうだ。


 チャイナドレスは着る人を選ぶし、よほどスタイルが良くないと似合わない。

 でもフィンさんに似合うなら副会長さんも問題なさそうだし、本人も興味津々ならまさにうってつけだろう。


「じゃあコレで。」


「…即決ですね。さすがです」


「じゃあ今すぐ試着ってことで♪」


「…速やかに退路を封じる点もさすがです」


 などと呆れつつも副会長さんは自ら水着に手を伸ばす。やはりノリ気らしい。

 あるいは僕のチョイスが案外マトモだったことに安堵しつつ、気が変わって矛先がキワモノ水着に逸れることを未然に防ぐつもりか。


 とそこへ突然…フウ〜ッ♪


「ぴっ…!?」


 真後ろから耳たぶに温かい吐息を吹きかけられ、危うく絶叫するところだった。


「失礼致します。潮様、ご提案が…」


 いつの間にか背後に立っていたフィンさんが至近距離から囁きかけてくる。こんな唐突な距離の詰め方もやっぱり姉妹だなぁ。

 そして誰にも聴こえないほどの甘〜い小声で、


「この後、うち来な〜い?」


 ケン◯ッキーにしな〜い?みたいなノリでナイスなご提案♪

 ユウヒん家に拉致られて以来、女子宅を訪れることに何ら抵抗が無くなった僕がいた。


「…という訳なので、続きはニャオちゃん家で♪」


「…ナチュラルに丸め込んで自宅訪問に持っていきますね。さすがは変態、まるでAV撮影のようです」


 なんでAV知ってるの?


「どさくさに紛れて名前呼びされてますし。  私、一応は貴方の先輩なのですが…?」


「嫌かい?…海鳥はいにゃお


 これはさすがに馴れ馴れしすぎるだろうと思いつつ耳元で囁きかければ、副会長さんは身体をブルッと震わせて、にわかに潤んだ瞳で、


「…嫌じゃない…です。」


 チョロすぎない? カワイイけど♪





「…お帰りなさいませ、お嬢様。」


 相変わらず切り替え早すぎなフィンさんに会釈し返して車を降りれば…


 目の前にはユウヒん家にも引けを取らない大邸宅。たしかフィンさんと副会長さんの二人だけで暮らしてるとか言ってたけど…大きすぎない?


 しかもこちらは海辺のユウヒ宅とは真逆の山手の、なだらかな丘の上に建つポツンと一軒家。ここに上がってくるまで他に家は無かったから、一帯の土地ごと所有だろう。


 てっきりドラマに出てくるような高層マンションの最上階にお住まいかと思えば、想像以上の資産家ぶりだ。

 まぁこんな場所でもなきゃ、あんなバカでかいリムジンの駐車スペースは確保できないか。


「ここは我がフー家の別宅の一つで、日本滞在時の拠点ですが、現在は私が使わせて貰っています。個人所有ではなくお恥ずかしい限りですが…」


 フツーの高校生は不動産なんて所有してないし、それ言っちゃったら小狭いボロアパート住まいの僕の立場が…。


 でも思えば昔住んでたマヒルん家も漁協長なだけあってデカかった。先代からの物件なので相当年季が入ってはいたけど。


 そして現在の僕ん家は六畳一間の古めかしい安アパート…。


 何なんだろうね、この偏りまくりな経済格差?




 そして屋内に入れば、先程の高級プティックも真っ青なブルジョワ感に満ち満ちた様相。

 個人的にはこっちの方が店舗よりも緊張する。副会長さん達しか住人がいないと判ってても。


「じゃ〜あたしはお夕飯の用意してくるから、ニャオと存分にイチャついててねン♪」


 またしても態度を豹変させたフィンさんは厨房へと消えていった。本当に掴みどころのない人だ…。


「では私も着替えて参りますので…」


「水着に?」


「部屋着にです」


 ハイ期待した人残念でした〜♪


 あのときフィンさんが試着直前でストップをかけたのは「ここで着ちゃったら海水浴当日ツマンナイでしょ?」という意味だった。

 確かにそのほうが楽しみも増す。


 副会長さんが自室に戻っている間、通されたリビングを見て巡る。

 普通の家なら首をひと回しすれば「見て回る」ですぐ済むけど、ここん家は広すぎて歩き回らないと追いつかないから「巡る」。


 てゆーかすでにリビングの概念すら崩壊し、気分はすっかり博物館巡りだ。天井は高いし、見るからに高価そうなインテリアだらけだし。


 しかもこの、壁一面を占める見たこともないほどドデカい液晶テレビはいったい何インチあるんだ?

 これだけ非常識なサイズになると、僕の部屋には玄関からも窓からも搬入不能…というかそもそも金額的に購入不能だ。


「そのモニターで世界中のお屋敷や会社とのテレビ通話もできるのよ。だからそれだけの大きさが必要なワケ♪」


 話しかけられて振り向けば…ををっ!?

 部屋着姿のフィンさんが鍋を持って立っていた。


 さっきまでのキッチリしたメイド服とは違い、ノースリーブのサマーニットに七部丈のスキニーパンツというラフな格好。

 モデル並みのボディラインがはっきり判るようになって、目のやり場に困る。


「んっふふ〜。男の子はみんな好きでしょ、こーゆーカッコ♪」


「ハイッ、とてもステキなおっぱいだと思いますっ⭐︎」


「キャハハッ服装通り越してお乳褒められちゃった! ニャオが言う通りの子ね〜♪」


 いったいどんなふうに聞いてるのか薄々わからなくもないけど、フィンさんは大人の余裕で怒らない。


「それにしても、あの子も気が利かないわねぇ。せっかくイチャイチャしてもらおうと思って席を外したのに、リョータくん放っぽってどっか行っちゃうし…」


 リビングのテーブルに鍋を置くなり、急に妖艶な雰囲気を醸し出し、両手で自分の胸を持ち上げて、


「お詫びにコレ…触ってみる?」


「い、いいんですかぁ?」


 何故にこの作品世界の巨乳erは自ら乳を差し出しますかハァハァハアハア!


「良くないですッ!!」


 ハア〜ッ!? ぅおのれぃ何処のドヤツぢゃい横槍ブッスリ突き刺しまくりのブス野暮erは!?


「あらら〜見つかっちった♪…お食事の準備が整いました、お嬢様。」


「この期に及んで見え透いた社交辞令はおやめください、姉さんっ!」


 ハァア〜〜〜ッ!? ふ、副会長さん!!


 どこを取っても意外すぎる彼女の姿に、僕はすっかり居をつかれた。


 まず、いつもは沈着冷静で控えめな彼女が、こんな大声で取り乱すとは思わなかった。

 そしてそれ以上に驚いたのが、彼女の私服姿。


 タンクトップに大きめのTシャツを合わせ、下はぴちぴちのホットパンツというマヒル並みにラフでスポーティーな格好。

 一見してガリ勉枠の眼鏡っ娘がこんな格好をするとギャップ萌えを感じてしまうのは僕だけだろうか?


 思えば僕が今までに見た副会長さんはいつもの制服姿と、先日の体操服姿のみ。

 そんな彼女がよもや、自宅ではこんなに内弁慶で…しかもこんなに露出度が高い姿でお過ごしとは♪


「ありがたやありがたや…良いモノを拝ませて頂きました」


「心底拝まれてる割にはすんごいギラついた眼で視姦してきますね変態。一瞥だけですっかり孕ませて頂いた気分です」


 そして御自宅なだけにお馴染みの罵詈雑言も最高潮。来て良かったハアハア♪


「弩変態ですね。」


「ホント、リョータくんがド変態で助かったわ。フツーこんだけ変態ヘンタイ言われたら、絶対嫌われてると思って近づかないっしょ?」


「ご安心を。うちの姉がかな〜り強力なソレだったもので、すっかり耐性が付きました」


 マヒルには最初の頃、散々キモキモきもきも言われ続けたからなぁ…。


「それが噂の有名アスリートちゃんね? ニャオもアレは強力すぎるから、どーやって倒そうかって散々悩んでたっけな〜♪」


「姉さんは余計なコト言わないでっ!」


 副会長さんがのっけからマヒルに敵対心剥き出しだったのには、なんとしてでも僕に取り入らねばならないおウチの事情があったわけか。


「それで膝枕かぁ…アレは良かった♪」


「…きょ、恐縮です…」


「ニャオにしては頑張ったほうだと思うけど、リョータくんのテクニシャンぶりは予想外だったみたいね? あのときの下着、も〜ヌルヌルで…」


「姉さんッ!!」


 さすがに余計な一言すぎるわな。主人の恥を上塗りするとか、フィンさんあーた本当に専属メイドですか?


 でもまあ副会長さんがイッちゃってんのはコッソリ覗いてたヒマワリちゃんでもモロわかりだったけどね。てへっ♪


「で、ニャオに任せてたらいつまで経ってもラチがあかなそうだから、水着購入をエサにうちに拉致ってくるよーに進言しちゃいました♪」


 また拉致られた!? どこのピー◯姫ですか僕は?


 ともかく、副会長さんがお買い物デートに誘うなんて尋常ならざる事態だと思ってたけど、尋常ならざる人の入れ知恵でしたか。


「さ、まずは腹ごしらえしましょ。お楽しみはそれからネ♪」


 フィンさんに従って食卓に着き、夕飯をゴチになる。以前、副会長さんが食事はフィンさんに一任してると言ってただけあってプロ料理人レベルの味わい…かと思いきや、


「いや〜お料理だけは苦手でね〜。うちの系列の料理店からお取り寄せしてるのよ♪」


 そーゆー意味の一任ですか。いやたしかに掛け値なしに美味いけど。


「とにかくニャオには早く良いパートナーを見つけて貰わなきゃね〜。それが上手く行かなかったら、日本支部はあたしが面倒見なきゃならなくなっちゃうからメンドイし〜?」


 なんと!? 性格はともかく仕事はメチャクチャ出来る人だと思ってたら、将来の社長候補だったとは!

 副会長さんに協力的なのは主人への忠誠というよりは、これ以上メンドイ責任を引っ被りたくなかったからなのねン?


「てなわけで二人とも、ご飯食べたらお風呂入っちゃいなさい…一緒にね♪」


 …はい? 何スかその脈絡のないお達し。

 しかも一緒にって……エ?


「ね、姉さん…?」


「なにもスッポンポンで入れとは言ってないわよ。今日買ったアレの出番でしょ?」





 カポーーーン…


 お風呂っていったらこの謎の擬音だよね。

 しかもこれだけ広いと音もよく響く。


 この風呂場も御多分に洩れず、そこいらのスーパー銭湯並みに広々。しかも敷地内で掘り当てた天然温泉を引いてるんだとか。

 こんな贅沢な設備を日頃はたった二人で…どんだけ〜?


 僕ん家の安アパートも一応ユニットバスは付いてるけど、無いよりはマシという程度。

 こんなふうに脚を伸ばしてゆったりと入れたのは、マヒルん家以来だな〜。


「…お待たせしました。」


 意を決した声が風呂場に響き、副会長さんが静々と入ってきた。

 でも裸じゃない。当たり前だけど。


 彼女が着てるのはラッシュガード。本来はサーフィンなどのマリンスポーツに用いる防護服で、水着とダイビングスーツの中間みたいなヤツだ。


 けれどもそのデザインはまさに学校の体操服そのまんま。上は襟首と袖口に色違いの縁取りがある半袖Tシャツ。

 そして下はいわゆるブルマだ。水着的には至極普通なデザインのはずなのに、妙に背徳感が漂う。


 ブルマ…正直、学校生活において全く見かけない僕らからすると違和感の塊でしかない。

 大昔の女子はよくこんな生地の少ないモノを履いて人前に出られたものだと感心する。


 でもそこは水着なので伸縮性抜群で、副会長さんの人並み外れた体型にピッタリフィットしてて予想以上にセクシーだ。


「…どうしてこんなマニアックな商品がうちのお店に紛れ込んでたんでしょうか?」


「さあ? でも実際売ってたんだし」


 あのお店で、あのチャイナ服みたいな水着を副会長さんが手にした直後…

 その奥に吊るされていたこの代物を僕は見逃さなかった。


 途端に体操服の副会長さんに膝枕してもらった記憶が甦り、水着で膝枕するならやっぱコレでしょ!?と即決してしまった。


 でも本来は水辺で使用するのが前提の衣類なわけだし、コレなら普通の水着よりも抵抗感が無いんじゃない?てなフィンさんのナイスフォローもあって、早速お披露目となった次第。


「確かに露出度が低くて抵抗は少ないですけど…本当にこれで良かったのですか?」


 副会長さん的にはボディラインが丸わかりなぴちぴち具合よりも、普通の体操服とほぼ変わらない露出度の低さに安堵したらしい。

 つくづく男心が解っとらんなぁプンプン!


「会長なら絶対ヒモみたいな布地面積が著しく少ない水着を選ぶものと予想しまして…あの店舗にはその類の商品は置いてませんので、別途機会を設ける予定だったのですが」


「いやいやそのレベルまで逝っちゃったら本当に紐で巻くか、いっそマッパのほうが手っ取り早いし…仮に僕がそーゆーの着ろって言ったら、着てくれた?」


「ぜ、善処は致します…」


 まったくこの人はどこまで忠犬なのか。


「それに、露出度は低いのに何故かそそる格好ってのもあるしね。たとえばさっきのフィンさんとか…」


「本当に節操無しですね。」


 僕のことはビジネスパートナーとして目をつけただけ…とか言ってる割には、他の娘に気がある素ぶりを見せるとすかさず機嫌を悪くする。

 最初は誰彼かまわず噛みつくアブナイ人かと思ったけど、事情を知るとこれほど判りやすい人もいない。


「…副会長さんのその格好とか。予想以上によく似合ってるね♪」


 とはいえ試着は先日の膝枕で済ませてるようなもんだから、似合って当然だけどね。


「あ、ありがとうございます…。お背中お流しします」


 照れながらもおもてなしを忘れない副会長さんは、僕に湯船から上がるように促す。


「いや〜応じたいのは山々だけど…ぶっちゃけ、その格好を見たら上がるに上がれない状況になっちゃってね」


「勃起しましたか?」


 ブゥーッ!? せっかくオブラートに包んだのに、そんな露骨にあーた!


「大丈夫です。この日に備えてイルカに色々教わりましたし、AVで学習しました」


 相変わらず努力の方向が明後日すぎる!

 そしてフィンさんはこんな無垢な人にいったい何を教え込んでるのか!?


 でもそこまで言うなら大丈夫かな?

 じゃあお言葉に甘えて…パオ〜ンッ♪


「ヒイッ!?」


 もしもーし、いきなり言動が一致してませんけど?


 仕方なく再び湯船に沈…もうとしたところで、いきなり副会長さんが僕の胸に倒れ込んできた!?


 このパターンはもしや…と、恐々顔を覗き込むと、案の定目ん玉見開いて気絶してはるっ!

 日常的に失神する人すら滅多に見かけないのに、いまどきこんなベタなラブコメみたいな惨状は初めてだ。


 まあ後ろ向きに卒倒して頭を打たなかっただけマシだけど、この体勢だと僕も両手で彼女を支えざるを得ないから、いきり勃った股間がモロ出しで、なんともおマヌケな絵面に…


「…無様ね。」


 ぅわーっ!? こっそり戸口から風呂場の様子を窺ってたフィンさんとバッチリ目が合ったァーッ!

 てか無様って、無様って…?


「あ、そっちはご立派♪」


 どっちにしても恥辱の極み⭐︎

 てゆーか早よ助けれやっ!!





「う〜ん、やっぱ付け焼き刃じゃダメね…あのAV、モザイクかかってたし」


 なんのフォローか知らんことにしとくけど、風呂場で倒れた副会長さんはフィンさんが寝室まで運んでくれた。それほど濡れてなかったから水着のままベッドに寝かせてある。


「ウブにも程があるでしょ、この子? 見事な箱入り娘だからねぇ。旦那様も過保護にしすぎたって後悔してたわ」


 それは何となく察しがついてたけど。

 よくあるワガママ放題で自己顕示欲の塊みたいなご令嬢とは真逆に、どこまでも控えめなだけで、世間知らずなところはそのまんまだし。


「旦那様も奥様も仕事の虫でね。お互い四十代半ばにしてやっと良縁に恵まれて授かった子だから、我が子というより孫って感覚なのよ」


 日本でも今、そんなご家庭が増えてるらしいけど…どこの国でも事情は同じか。

 お爺ちゃんお婆ちゃんは可愛い孫に嫌われたくない一心で、ついつい甘やかしがちだからなぁ。


 ま、僕の両親みたく全く育てる気がなかったのにうっかり産んじゃう輩よりはよっぽどマシだけど。


「それで、ニャオの養育はあたしに丸投げみたいになってるんだけど…あたしだって子育ての経験なんて無いし、曲がりなりにもご主人様だから、強気には出られないしね…」


 本来は赤の他人な僕にさえ愚痴をこぼすくらいだから、フィンさんも内心いっぱいいっぱいなんだろう。




 ちなみにフィンさん家が副会長さん家に仕えるようになったのは戦後まもなくのことだったそうな。


 日本の敗戦で太平洋戦争が終結しても、台湾の人々は比較的日本人に友好的だった。

 しかし中国政府が乗り込んでくる頃になると在台日本人の肩身はだいぶん狭くなってきた。


 けれども台湾に骨を埋める覚悟で日本を出てきたフィンさんの曽祖父達は、いまさら日本に引き揚げても何の財産も残ってはいないと困惑するばかり。


 その時、移住時に曽祖父と知り合い、彼から教わった農作業がうまく軌道に乗ってひと財産築くことに成功した副会長さん家の御先祖が、せめてもの恩返しにと無償で住居や仕事を世話してくれたんだとか。


 その厚意にいたく感激した曽祖父は、副会長さん家の執事という名目で仕事を手伝うことに。


 従って、副会長さん家とフィンさん家の主従関係はあくまでも名目上のもので、実質的には親戚関係も同然。家族間の付き合いも昔から変わらず良好なんだとか。




 なのでフィンさんと副会長さんも実のところ本当の姉妹みたいな感じだそーで、


としだってそんなに違わないし」


「…失礼ですけど、フィンさんっておいくつなんですか?」


「二十一。」


 嘘ぉんっ!? まだ大学卒業前くらいじゃあ〜りませんか!


「そんなに老けて見える?」


 すんませんけど、実年齢よりは確実に年上かと思ってた。だって日本支社長候補になるくらいだから、よっぽど場数を踏んでるのかと…。


「大学はとっくに飛び級で出てるけど、人生経験の薄さはどうにもなんないわね。ぶっちゃけエッチだって一度っきりだから、ニャオにも教えようが無くてね〜」


 そんなコトまで明け透けに教えてくれるなんて…もしかして、誘われてる? ハァハァ♪


「ゴメンね〜。キミはたしかにイケメンだけど、年下のガキはお呼びじゃないわね」


 ぐっはぁ〜っ!? ハッキリ言われた…。

 でも年上好みってのは確かに二十歳そこそこのチャンネーには多い傾向ですかね。


「日本に留学してたとき、たまたま出会ったワイルドなオジサンなんてメチャ好みだったな〜。たしかジャーナリストさんだっけ?」


 …は? それってもしか…しなくても確実にあの人なんだろーな…。

 よもやこんなところで知りたくもなかったオイタ情報にありつくとは…節操無さすぎだろ。


「初体験もその人と、ポリッとね♪

 あれから一度も会ってないけど、今頃どこで何してんのかな〜?」


 割とご近所で再婚なさってると思いますよ…なんてことは口が裂けても言えないなコリャ。


「でもでも、たまには摘み食いもイイかにゃ〜?」


 話題がな〜んかエロい方向になってきたと思ったら、フィンさんがいきなり僕に抱きついてきた!


「えっちょっ、年下はどうこう言ったばかり…ぅわ酒臭っ!? あんた酔ってんだろ!」


「いーぢゃんよ〜ケチ〜。年下でもイケメンだから許す! お姉さんの二本目になって〜♪」


「数え方! 僕のズボン脱がすなっ! 自分の服も脱…ぐのは許すっ!」


「あっははブレないねぇキミぃ〜!」


 などと酔いどれエロネーチャン相手に収拾つかなくなってきた、その時。


「…ダメッ!!」


 いつの間にか目を覚ました副会長さんが、フィンさんから僕を引っ剥がした。


「会長の初めては、私の初めて!」


 起きがけだからか言ってることが支離滅裂だけど、言いたいことはよく解った。


「会長、私で済ませてください!」


 そして起きがけだからかメチャメチャ大胆だ。


「あらら…残念。そこまで啖呵切ったからには、ちゃんとおヤんなさい♪」


 そして途方に暮れた僕と、いまだ思考回路が繋がらない副会長さんを残して、フィンさんはとっとと退散してしまった。


「…あ、あの…副会長さ…」


 呼びかけた僕の声を遮って、副会長さんは普段からは予想もつかない馬鹿力で僕をベッドに押し倒すと、その上に馬乗りになった。


「…逆じゃない?」


「どのみちんずほぐれつになるから結果は同じです。AVで観ました」


「モザイクかかってたから、よく判んなかったヤツでしょ?」


「こ、今度こそモザイク無しでも大丈夫です。

 女に恥を掻かせないでください…!」





 上気した顔に真剣な眼差しで、副会長さんはまっすぐに僕を見下ろす。

 震える唇を噛み締めて、乱れる吐息を押し殺して…。


「あっそ。でもやっぱり…僕はこの体勢のほうがいいかな?」


 隙をついて彼女の身体を抱きしめて、そのままクルリと反転。今度は僕が彼女を押し倒す。

 セミダブルの広いベッドだから、落っこちなくて助かった。


「…触るよ?」


 許可が出る前に、彼女のたわわな乳房を鷲掴む。見た目は体操服だけど水着だから、下着は着けていない。なので胸の脂肪の柔らかさがダイレクトに伝わる。


「あ…っ」


 遅れて驚く副会長さんだけど、遠慮はしない。手のひら全体で揉みしだいただけで、もう先端が硬くなってきた。

 そこはいきなり摘まずに、周囲を指でくるくるとなぞる。


「敏感なんだね。どんどん形がクッキリしてきたよ? ほら、もうこんなに…」


「ん…ふ…っ」


 最後に乳首を指先で摘み上げると、彼女は切なげに身体を仰け反らせた。それでも口を手で覆って、声が洩れるのを懸命にこらえている。何故にそこまで頑張るのか?


 けれども拒むそぶりは見せないので、まずは布地の上から存分に弄んでから…


「…直に触っていい?」


「…………どうぞ。」


 許可が出たので、上着の裾に指先を滑り込ませる。きめ細やかな素肌は何の抵抗もなく僕の手のひらを受け入れた。


 可愛いおへそを撫で上げて、そのまま胸元へと…。なにしろ薄い布地だから胸の形はとっくに露わになってるけど、それでも直に触れたときの感動は格別だ。


「…大丈夫?」


「は、はい…。胸…お好きなんですか?」


「男なら誰でも好きだと思うよ」


 とはいえ僕には実の親の母乳を与えられたことはおろか、その胸に抱きしめられた記憶すら皆無だから、そのぶん執着は強いのかもしれない。


 できれば触るだけじゃなく、直にこの目で拝みたい。けど服を捲り上げようとすると彼女が露骨に身構えるのが判るから、拒まれるのが怖くてそれ以上は出来ない。


 …じゃあ脱がしさえしなければ、もっと色々できるのかな?


「下も…いい?」


「ぇ……ど、どうぞ。」


 さすがに躊躇したけど、副会長さんはやはり拒まない。

 気が変わらないうちにおへその下へと手を伸ばし、ブルマの中へと侵入する。


「…っ」


 目的地まで距離があった上着とは違い、すぐさま薄い茂みが指先に絡みつくと、副会長さんの身体がこわばった。


「嫌ならやめるけど?」


「だ、大丈夫…です…っ」


 という割には全然大丈夫じゃなさそうだけど、彼女の頑張りに報いるためにも指先をさらに奥へと進める。


「んぁ…っ」


 …途端に感触が激変した。


 これは…どう形容すれば良いかまったく不明な複雑な形状だ。当然だけど僕ら男性のモノとは全然違うから、どこを触ってるのか見当もつかないし…


 それに、なんか…なんてゆーか…


「…濡れてる?」


「言わないでください…っ!」


「あ、脚閉じないで。手が動かせない…」


「だって…これ以上は…っ」


 ちゅぷ…っ。


「ひぐぅっ!?」


 えっ何なに!? 何がどうなってんの!?

 もう全然わかんないぞこりゃ!?

 こうなったら…!


「副会長さん……見せて。」


「え゛…?」


 途端にこの世の終焉みたいに顔を歪める副会長さん。それほどまでのことなのか?

 この際しのごの言うよりも直に見たほうが理解が早いし、それに…


「脱がなきゃコレ、挿入いんないよ?」


 おかげですっかり大きく硬くなった僕のソレで副会長さんのソコを小突くと、


「ッ!?」


 彼女はもはや地獄の底まで突き落とされたような阿鼻叫喚の表情を浮かべた。

 布地越しの先チョンでさえこの調子なら…直に粘膜接触してしまった日にはどうなってしまうんだろうか?


「いいよね?」


 問いかけながら、ブルマ水着の股間に指を掛ける。

 この布地をほんの数センチずらしただけで全てが露わになって…肉体接合が可能になる。


「ぇ…ぁ…」


 副会長さんもさすがに今度は即決はできない。そりゃそうだ、男性には失うものは何もないけど、女性にはリスキーすぎる。


 そして僕は男性だ。じらされればじらされるほど欲望が昂まって、どんどん暴力的になっていく。


「いいんだよね?」


 鼻息を荒げながら再度問い返し、水着に引っ掛けた指先にギリギリ力を込める。引っ張られた布地がソコを覆い隠す面積は、もうあと極わずか…。


「…ぅぁ…ぁぁ…っ」


 ついに感情が振り切れて、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。副会長さんが泣くのを見たのはもちろん初めてだ。


 女性の涙は卑怯だ。たった一滴で男性の欲望を削ぎ落とし、すべてを無に帰してしまう。

 僕ももう、それ以上は何も出来なくなった。


「すみません…本当にすみません…」


「いいから。もう、泣かないで…」


 とにかく彼女の涙を止めたくて、僕は必死になだめるけれど…涙は堰を切ったように後から後からとめどなく溢れ出る。


「いつもこうなんです私。優柔不断で、肝心なところで決められなくて…結局、周りに迷惑かけてばかりで…」


 それは仕方のないことかもしれない。僕とは生まれ育ちがまるで違うのだから。




 世の中には大別して二種類の人間がいる。

 自己の意見を何よりも優先して常に即断即決の人間と、逆に周囲の様子ばかり気にして自分では一歩も踏み出せない人間だ。


 僕は明らかに前者、そして副会長さんは間違いなく後者だ。彼女の仕事能力はズバ抜けてるけど、決して自身では動こうとせず、他人の言いなりにしかなれない。


 この違いはどこで生まれるかと問われれば、十中八九、生活水準だ。

 …あくまでも僕の偏見だけどな。


 僕みたいな貧困家庭に生まれ落ち、とにかく自分で試行錯誤しなければ生きていけない環境下での生活を強いられた者は決断が早い。


 一応悩みはするけど、切羽詰まったらそんな余裕さえないし、まごまごしてたら他人にすべて奪われるという被害妄想もあるしで。

 仮に失敗したところで元々失うものなんて何もないし、基本的に自分のことだけ考えてればOKだからね。


 対して副会長さんみたくそこそこのステータスを持って生まれた人は、それを失いたくない一心で必要以上に慎重になりがちだ。

 背負うモノが重くなるほど足取りも重くなるのは物理的に当然のことだよね。


 さらには周囲が猫可愛がりで至れり尽くせりなもんだから、自分であれこれ悩まずとも最初から御膳立てが済んでることも、自己決断力の鈍さに拍車をかける。


 それ故、一度でも失敗するとトラウマになって、もう二度と立ち直れない輩が多い。またやり直せばいいだけなのに、自分で限界を作ってしまうんだ。


 さらにはその失敗を人のせいにする。お前らの段取りが悪かったせいだと。なんでも人任せにした自分が悪いに決まってるのに。


 余談だけど、かつての日本は皆そこそこ裕福だった。おまけに敗戦国の負い目もあって、なかなか強気には出られなかった。だから世界中から優柔不断と後ろ指を指され、お前は金さえ出してりゃいいと言われた。


 それが今じゃ立派に貧困国の仲間入りを果たし、なりふり構っていられないギラギラした貧乏人が増えた。だからズバズバものを言うようにはなったけど、それが鼻につきすぎて結局世界中から嫌われている。


 だから成金は嫌われるんだぜ。

 現在の中国人は昔の日本人、昔の中国人は現在の日本人だ。いい加減気づけ。


 猪突猛進タイプか優柔不断タイプか…この区分は常に極端なハイアンドローの二択しかなく、丁度良い塩梅の中間は存在しない。

 だって、もう充分だから何も要らない、などと抜かす貧乏人や金持ちなんて一人もいないだろう?


 故に人は未来永劫、学ぶことも反省することもない。永遠に過ちを繰り返し、それが過ちであることにすら気づけない…。


 それが人間という生き物の本性であり宿命だ。

 



「私は…会長をお慕いしています。と同時に憎んでもいました」


 副会長さんの突然にしていまさらな告白。


「私には無いモノを貴方はすべて持ってる。それがたまらなく羨ましくて…いつも憧れていました」


 それ言っちゃったら僕だって同じだよ。

 でも羨ましいとは思わなかった。あまりにもレベルが違いすぎて、最初から無理だと諦めてたから。


「だから…貴方を手に入れたくて仕方がなかった。それが叶うならどんな事でもする…ずっとそう思ってきました」


 金持ちは望みのものはだいたい手に入る。だからそのための努力や出費は惜しまない。


 対して貧乏人は何も持ってないし、タダで手に入るモノなんて何もない。

 だから自分が変わるか、環境を変えるしかないんだ。


 そんな単なる自己中心主義者をそこまで気に入ってくれてありがとう。

 でも…僕には何も返せないよ。


「…結局、私は自分を変えることは出来ませんでした。

 いいえ…変えたくなかったんです。

 貴方との関係が変わってしまうのが…怖かったんです」


 だから最後の一線を越えることは出来なかったんだね。


 そしてたぶん、僕もそう願ってたんだ。

 僕も副会長さんと、ずっとこのままの関係で居続けたいと思ってたんだ。


 でももう、それじゃあダメなんだろうな。

 じゃないと…彼女は泣き止んでくれない。

 どうすればいい? どうすれば…


 …ああ、そうか。


「え…?」


 急に僕に抱きすくめられて、副会長さんはキョトンとしてる。

 そしてまだ何かされるのかと身体を硬くする。


 するにはするけど…たぶんエッチなことじゃないよ。

 …いや、やっぱりエッチかな?


「ん…む?」


 震える彼女の唇に、僕はそっと自分の唇を押し当てた。

 ただそれだけの子供同士みたいなキス。

 でも…それだけで充分だ。


 たちどころに泣き止んだ副会長さんの瞳が、夢見るようにとろんと微睡む。

 彼女の心の棘が溶け落ちていくのが、僕にも判った。


「…ほら。ちゃんと先に進めたじゃない?」


「はい…」


「正直、マヒルとならキスしたことある」


 僕の言葉に彼女の顔色が曇る。なんで他の女の話題を口にするのか理解できないらしい。

 慌てないで、話はこれからだから。


「でもまだ、数えるくらいしか無いよ」


「…………。」


「愛情は…あったのかなぁアレは?

 ただただ必死で、ゆっくり味わうヒマも無かったし…よく解らないや」


「……?」


「だから…どうしても、したくなってキスしたのは…キミが最初。」


 彼女の怪訝な顔色がたちどころに晴れていく。


「エッチだって、まだ経験ないんだ。だからものすごく下手っぴだっただろ?」


 言ってて自分で恥ずかしくなるけど、もう嘘はつかない。


「だから…ここまで進めたのは、副会長さん…海鳥はいにゃおのおかげだよ」


「…会長…」


「名前で呼んでよ。僕もこれから二人きりの時は名前で呼ぶから」


「…はい。リョータ…さん。」


 これでマヒルやユウヒに次いで三人目か、僕を名前で呼んでくれる女の子は。

 …こんなにむず痒いのは初めてだけどね。


「僕らの関係、変わっちゃったね。

 …どう?」


「…とても…嬉しいです。」


 なら良かった。


「そんなに焦ることはないよ。これから僕らのペースで、ゆっくり進んでいけばいいんだから」


 そもそも初めは水着を買いに行くだけって話だったのが、いつの間に初体験まで済まそうなんて大それた話にすげ変わったのか?


 …思い当たる原因はあの人しかいない。

 けど、その追及はまた後で。


 ゆっくり進んで行くったって…ニャオの場合、もうそんなに余裕は無いしね。


「ビジネスパートナーの話なら、前向きに考えさせて貰うよ。というか僕のほうからも是非お願いしたい」


「リョータさん…!」


「結婚云々ってことになると、さすがにそんなすぐに答えは出せないけど…ニャオが卒業するまでには必ず答えさせて貰う。

 …それでいいかな?」


「…はい…!」


 幸せそうに目を細めて、ニャオは僕の胸に顔を埋めて…いつしかそのまま深い眠りに落ちてしまった。よっぽど張り詰めてたんだろうな。


 水着のまま寝ちゃったけど…まあ夏場だから風邪はひかないか。せめてタオルケットだけは掛けて…これで良し。


 ゆっくり休みなよ、ニャオ♪

 僕はこれからもう一仕事あるから。





 ニャオを起こさないように、そっとベッドから抜け出して…部屋の外に出る。


「…う〜ん青春ねぇ。しっかり堪能させて貰ったわ♪」


 案の定、部屋の戸口ではフィンさんが一部始終を窺っていた。本当に予想を裏切らない人だ。


「…あなたのささやかな復讐も、これで成就したんじゃないですか?」


 僕の言葉にピクリと眉を跳ね上げて…


「…本当に恐ろしい子ね、アンタって」


 フィンさんは観念したように苦笑した。




 イルカさんはニャオの専属メイドだ。


 自ら進んでなった訳ではなく、生まれた時からいずれそうなる宿命だった。


 実質的には親戚付き合いの関係ではあるものの、表向きは主従関係を装わねばならない。

 そうでなければ数多のグループ社員に示しがつかない。


 曾祖父だか御先祖だか知らないが、若干二十一才の彼女にとっては遠い昔の話だ。

 そんなワケワカラン経緯で将来まで決められてしまうなんて、内心納得できるはずもなく。


 おまけに自分が仕える御主人様は、自分よりも年下な妹分の少女。しかも将来の企業オーナーとしてはまだまだ未熟で未知数で不安定極まりなく、自分が支えてやらざるを得ない。


 さらには将来進むべき道筋がとっくに決まってるというのは、なかなかに厄介だ。

 将来の人生設計も生活環境も…恋人選びですらも自身の意志ではままならない。


 だから…フィンさんはせめてもの抵抗として、とある復讐を企てた。


 とはいえ誰彼を拉致監禁とか殺害とかいう大それたものじゃない。

 自分の御主人様をちょっと困らせてやろうという、ただそれだけの些細な悪戯だ。


 …初体験が些細かどうかは個人的主観によるけど、彼女自身が語った経験からするとさほど重大ではなかったのだろう。


 ニャオが僕に気があるのは、毎日のやりとりでとっくに知っていた。

 しかもなかなか面白い方向にこじれており、なんでか知らんけど膝枕用の水着を買うという意味不明な約束をするに至る程度には進展していることも。


 さらには夏休み初日に海水浴の予定まで入った。そしてニャオは水着を持っていない。

 こんなうってつけのイベントを利用しない手はない。


 フィンさんはその約束を利用してまんまと僕を呼び出すと、自身の人柄を明け透けに披露して僕の信用を勝ち得た。

 そしてニャオの負けず嫌いな性格を利用し、僕らを巧みに誘導して初体験せざるを得ない状況へと誘導した。


 それで上手く行けば、いずれは自分達のトップに立つことになる僕達二人のキューピッドは自分なのだと後々まで自慢できるし、ニャオに感謝の念を植え付けて優位に立てる。


 万一失敗したとしても、恋愛なんて所詮は当事者同士の問題なのだから、フィンさんの責任が取り沙汰されるリスクは少ない。

 それどころか僕に一切の責任をなすりつけ、ニャオには優しく接してやることで、さらなる彼女の信頼を得られる。


 結局どちらに転んだとしてもフィンさんには得しかなく、これにて彼女のささやかな復讐は大成功のうちに幕を閉じる。




「…どうですか、成功の余韻は?」


「…思ったほどでもないわね。てゆーか…意外と後悔しか無かったわ」


 だろうね。まんまと人をノセたことで得られる快楽なんてほんの一瞬で消えて、後には罪悪感しか残らない。


 だから僕なんて後悔だらけだよ。

 マヒルのときも…ユウヒのときも…

 そして今まさに、ニャオのことも。


 これで僕ら生徒会トップの…いや、僕が関わるすべての人々との関係性も変わらざるを得なくなった。

 きっとこれからは今まで通りの日々は過ごせないだろう。


 けれども、少なくともニャオの…副会長さんの場合は、これまで以上に有利に事が運ぶかもしれない。


「ありがとう…って言うべきなんだろうね、あなたには」


 彼女とはどうせ今後も長い付き合いになるんだろうから、ねぎらっておいて損はない。


「…どういたしまして。そして、あたしこそありがと。これで少しは気が晴れたわ♪」


 そう言ってフィンさんはにこやかに…けれどもどこか寂しげに微笑んだ。


 これで彼女とは共犯だ。

 そして今のところ、互いに裏切る要素はない。


 …ニャオが幸せを感じていられる間は。





「…会長、事務処理が終わりました」


「ありがとう副会長。…よし、じゃあ今日はこれで終わりにしようか」


 翌日の放課後。

 僕と副会長さんの二人はいつものように生徒会の仕事を終えた。


 傍目から見れば、本当にいつもと何も変わらない様子だろう。


 でも…傍目にはほとんど判らない程度で、あらゆることが変わった。

 たとえば…


「ところで会長、ここの表記なのですが…」


 副会長さんが不意に身体を寄せて、会長席の僕に書類を見せる。

 元々急に距離感を狂わせる彼女だったけど…昨日からはいつにも増して遠慮がなくなった。


「どれどれ? あ、ちょっとゴメン、陰になっちゃって…」


 僕は書類に目を近づけるふりをして、彼女の胸に頭を埋める。以前だったらセクハラ呼ばわりされそうで試そうともしなかった行為だけど、僕ももう遠慮はしなくなった。


「う〜ん…問題はないと思うよ?」


 と、彼女に顔を向けると、


「そうですか…?」


 副会長さんは僕の顔に覆い被さるようにして、軽く唇を重ね合わせる。

 そしてすぐさま顔を離すと、二人して部屋の戸口に目を配る。


 今はまだ水泳部も部活中だから心配ないとは思うけど…またヒマワリちゃんがお巡りさんになってたら大変だからな。


「…今度、ご自宅に訪問してもよろしいでしょうか? リョータさん」


「おっ、いよいよ決心がついた? ニャオ」


 互いにヒソヒソ囁き合って、僕は彼女のお尻をツンツン指先でつつく。二人きりのときは名前で呼び合おうという僕の提案もちゃんと守ってくれてるし、多少のスキンシップは許してくれる。


「そ、それはその…その時の状況次第ですけど…いけませんか?」


「フフッ、構わないよ」


 なんだか社内不倫カップルみたいでドキドキする。…実はユウヒと付き合い始めたってことはまだ打ち明けることが出来ていないから、紛れもなく不倫だけど。


「でもちゃんと事前に打ち合わせてからね。でないと高確率でマヒルと鉢合わせることになるから」


「…やはり強敵ですね彼女は」


 マヒルにはたぶん何の計算もないとは思うけど、引きの強さは異常だからな。確実に強運を味方に付けているから油断禁物だ。


「あ、対話アプリだったら時間問わずで連絡OKだから、そっちで予定を詰めよっか?」


「わかりました。…私のセクシーショットもオマケ致します♪」


 いやいやどこまでサービス精神旺盛なの!?

 そんな危険物、謹んで頂戴するに決まってるじゃないスか♪


 そんなこんなで副会長さんは今日も絶賛通常営業中だった。




 一時はどうなることかと思ったけど、結果的にはより快適な職場環境を手に入れられた。


 副会長さんは今まで以上に僕に忠実になり、これまで以上に積極的に働いてくれる。


 そのうち僕の指示を待たずとも、僕に忖度して勝手に動き回ってくれるようになるだろう。そうなれば大助かりだ。


 やはり異性を操る上で恋愛感情は非常に有効な手段だな。

 どんなに厳しい状況下でも、それさえあればイケナイお薬を使ったりするよりもよっぽど活発に動いてくれるし…なんといっても裏切らない。実にありがたい。


 残念ながら彼女の卒業までという期限付きではあるけど、うまく立ち回れば延長も可能なようだし…これで僕の将来は安泰だ。

 それまでは精々、このツマラナイ学生生活を心行くまで満喫してやるさ♪


 …え? 騙してなんかいないよ、人聞きが悪いなぁ。

 だって僕は彼女に対してただの一言も、好きだとか愛してるとか言った憶えがないしね。

 貴重な眼鏡っ娘要員だしカワイイな〜とは思うけど、今のところはそれだけかな?


 フフッ…こんな悪い男にまんまと引っかかったキミが悪いんだからね…海鳥はいにゃお




【第七話 END】

 今回は一話丸々副会長さん回です。なかなかメインヒロインであるユウヒの出番が回ってきませんが(笑)、その前にこちらに一段落つけておきたかったもので。


 副会長さんはなかなかのヒネクレ者なので、主人公と二人きりでは話が全然進展しません。そこで以前にチラ出しした専属メイドのフィンさんにはヒロイン張りに活躍して頂きました。

 この作品ではどのキャラにも必ずと言っていいほど裏表がありますが、なかでも一番ギャップが激しい人となりました(笑)。

 今後も副会長さんがメインを張るときにはセットで頑張ってもらう予定です。


 最後のオチについては賛否両論ありそうですが、なにしろまだまだ成長途中な面々ですから、あれこれ言うのは早計というものです。

 登場人物それぞれの今後の心理的成長に期待して、生温か〜い目で見守っていただければと…。

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