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はのん  作者: のりまき
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会長喜び組

「ここには…もう、来ないから。」


 柔らかい物腰ながらも、毅然としたマヒルの言葉に僕は衝撃を受けた。


 こんなときの彼女は本気だ。いつもは勝ち気で向う見ずでやたら自信過剰なマヒルだけど、こうして落ち着き払っている場合にはちゃんと周りが見えてる。


 たとえば…僕とユウヒの交際を認めたときとか。


「だからさ、二人が付き合ってるってことは、さっきみたいに、その…エ、エッチなこととかガンガンやっちゃってるってことじゃん?」


 いやいやそれじゃ僕がエロ魔人みたいじゃん!とか反論しようとして我が身を振り返れば…だいたいエッチなことしかしてなかったねテヘッ♪


「でも…マヒルと一緒にいるときも、エッチなこととかガンガンやっちゃってましたけど?」


「だ、だからそれがダメだっつーの! あたし達はただの姉弟なんだから、もうここに来ちゃイケナイのっ!」


 ワケわからん理屈をこねだした。家族で一緒にいるとエロるってんなら、巷に溢れる御家族様はことごとくアウトぢゃんっ!!


「てゆーかソレって…マヒルは僕ん家に来る時にはいつも、エッチなことを期待してた…ってこと?」


「んがっ!?」


 あ、図星だったか。一気に耳の先まで灼熱状態となったマヒルは、大慌てで身をひるがえして、


「と、とにかくっ、あたしもう来ないからっ! さよならっ!!…あ、鍋は洗って返しに来て!」


 言うだけ言ってそそくさと退散しようとする彼女の腕を…僕は反射的に鷲掴んでいた。

 本能的に、このままマヒルを返してしまうと本当にマズイ気がした。


「ちょっ放して…」


「イヤだっ!!」


 僕はさらに力づくでマヒルの手を引いて、バランスを崩して畳の上に倒れ込んだ彼女に馬乗りになった。

 体勢的に非常にマズイ気がしなくもないけど、今は彼女の動きを封じるのが先決だ。


「イヤァーッ犯されるぅ〜っ!!」


 案の定マヒルはあらぬことを喚き出した。このアパートは壁が薄いから、大声で騒がれると後々厄介だ。


 幸い僕の部屋は角部屋で、隣室は空き家だからまだ何とかなるけど…まずは手っ取り早く、文字通り手で彼女の口を塞いで


 ガブゥーーーッ!!


「あんっぎゃあ〜っっ!?」


 こんガキャ噛みつきやがったあ! 現役アスリートにフルパワーで咀嚼された日にゃ、マジで手が持ってかれるっ!

 チキショーッなら…これでどーだッ!?


「ヤメテヤメテ中出しはダんむっ!?」


 いよいよ有る事無い事…イヤ無い事無い事喚き散らし始めた厄介な口を、ヤケクソになった僕は今度こそ完璧に塞いでやった。

 …自分の唇で。


 交際宣言したユウヒとはいまだ経験がない口づけだけど、マヒルとはこれで二度目だ。


 彼女は義理の姉弟だからこれくらいフツーとかうそぶいてたし、実の兄弟がいなかった僕もそんなもんかな?って軽く納得してたけど…


「ん…んむむ…っ!?」


 こんなに取り乱してるってことは、やっぱ異常なんじゃん。

 どうせ異常な関係なら…この際トコトンやってやる!


 舌先を葉の間からこじ入れて、彼女の口蓋を舐める。何の意味があるのか知らないけど、エッチいラブコメにはよく出てくる描写だから、見様見真似だ。


「ふっ…むぅ…っ!?」


 これにはマヒルも驚いたようで、歯を強引に閉じて僕の舌を閉め出そうとしてる。

 …いやいや舌を噛みちぎる気か? そんなコトさせるかっ!


 僕は片手を彼女のキャミソールの中に滑り込ませて、手当たり次第に弄んだ。

 案の定下着を着けてなかったマヒルの胸の先端が、とっくに痛々しいほど尖っている。

 そこを中心に摘んで回して引っ張って…とにかく反撃の隙を与えない。


「ぅ…んぁ…」


 マヒルの抵抗が急激に弱まった。かと思いきや、今度は自ら積極的に舌を絡め、身体を執拗に絡めてくる。ついに開き直ったか。


 ほらみろ、何がもう来ないだ。結局僕が必要なんじゃないか。

 僕とこういうコトがしたくてしたくて堪らないのに、我慢してたんじゃないか。


 どうしてそんな嘘を吐くんだ?

 どうして自分の気持ちを偽るんだ?

 そんなふうに最初から素直でいてくれたら、僕だって…!


 …………。


 違う。マヒルは何も悪くない。


 あの時だって、家から出て行こうとする僕を、マヒルは必死に引き留めたのに…

 僕が一方的に出て行ったんだ。


 そう…僕がマヒルを拒んだんだ。


 それはやむを得ない事情からだったし、今となっては目的達成のためには必要なことだったけど…結果的には全面的に僕が悪いんだ。


 なのに…僕はこのアパートの鍵をマヒルに渡した。

 せっかく家を出て行く決心をしたのに、どうしても踏ん切りがつかずに…結局、なおさらマヒルとの繋がりを強めてしまったんだ。


 マヒルを捨てきれなかったのは、僕のほう。

 僕がマヒルを必要としてたんだ。


 そして今…彼女はそんな僕に見切りをつけようとしてる。

 僕のすべてをユウヒに託して、自分は身を引こうと…。


 それは本来なら僕がするべきことだった。

 本来ならそれが正しいことなんだって、頭では解ってた。


 けど、なかなかそこまでは踏み切れなかった。

 このままでもどうにかなるさってナメてかかってた。


 僕がいつまでもグダグダやってるから、代わりにマヒルがそうしてくれたんだ。


 本来なら喜ぶべきことなのに…どうして、こんなにも…それが嫌でイヤでたまらないんだろう?


 どうすれば、僕はマヒルに捨てられない?

 どうすれば、マヒルはこれからもずっと僕のそばにいてくれる?


 思いつく方法といったら…

 やっぱり、カラダで従わせるしか…!


「…マヒル…」


 彼女のショートパンツをずり下げて、下着を露わにする。

 そして僕も制服のズボンを引き下げる。


 …こんな状況下だってのに、素直に反応した僕のこわばりはもうはち切れそうなほどに憤っていた。


「ぇ…待って、ちょっと待って…!」


 僕がこれからしようとしている事を悟ったマヒルの顔が露骨に引き攣る。


 けれども僕は構わず彼女の下着に手を掛ける。すでに一度見てるから、いまさら照れることなんて…


 ………… 。


 いやホントにちょっと待て。一度見てるから何だってんだ。


 無理やりマヒルをねじ伏せて、強引に身体を重ねて…それでどうなるってんだ?


 そんなことしたって…マヒルの心は手に入らないってのに…!


「…リ、リョータ…?」


 急にフリーズした僕の異変に気づいて、マヒルもおっかなびっくり様子を窺ってる。


「…言っただろ?」


「…え?」


「アンタは…僕の居場所だって。」


 それこそが僕の偽らざる本心だった。

 生まれた家はすでに無い。

 育った家からも飛び出した。

 そんな僕の、今現在唯一の心の拠り所は…


「アンタじゃなきゃ…ダメなんだよ」


 自分で全てを捨て去ったのに、自分自身が捨てられることには耐えきれない。

 最低の自己中野郎だ。

 それでも…


「…僕を…捨てないでくれよ。」


 きっと今の僕は、とんでもなく情けない顔をしてることだろう。

 こんな顔を見せることができるのも…お前だけなんだぞ…マヒル。


「…………バカじゃん?」


「…へ?」


 思いもよらない彼女の答えに、思わず間抜けな声が洩れる。そんな僕を呆れ顔で見つめ返して、


「捨てないよ…捨てられるワケないじゃん。

 だって、リョータは…あたしの大切な弟なんだからさ」


 そう言って、マヒルは僕を優しく抱き締めてくれた。


「ただ単に、アンタとユウヒがイチャコラしてる現場を見せつけられるのも癪だから、もう来ないでおこっかなーって思っただけなんだよ。

 それなのに…」


 急に落ち着かない様子で腰をモゾモゾ動かして、マヒルは恥ずかしそうに言う。


「…また、先チョンしてるし。」


 言われてみれば…いまだ硬さを保ったままの僕のこわばりが、彼女の股間を突き上げ続けていた。

 それを意識した途端にますます血流が増大して、さらに硬くなっていく。


「…もぉ〜どーしてくれんの? おかげですっかり本気になっちゃったじゃん…!」


 すっかり女の顔になったマヒルは、僕のこわばりにますます股間を擦り付けて、耳元で囁く。


「ぱんつの中…もぉぐちょぐちょ。」





 そして今…マヒルは風呂に入ってる。

 ぐちょぐちょだから洗ってくるってさ。

 そのほうがスムーズに出来ると思うのに、何故?


 ともかく、その間に僕は夕飯の準備を整えてる。そうしろとの姉上のご命令だ。

 メインディッシュはもちろん、マヒルが作ってきたカレーのようでカレーじゃない謎料理だ。


 腹が減っては戦は出来ぬ…ってコトだろうか?

 などと期待してるうちに風呂場のドアが空き、


「…お待たせ。」


 マヒルが戻ってきた。バスタオルを身体に巻いただけの姿で。

 嫌が上にも期待が昂まる。なにしろユウヒとのエッチを途中で邪魔されたままだったし。


「…ちょっと、なんでまだ大っきいままなん?」


 僕の股間を一瞥して頬を染めつつ、それでもマヒルは果敢に僕の隣に腰を下ろす。


「え…続き、するんじゃ…?」


「しないっつの。何のためにお風呂入ったと思ってんの?」


…あれっ?


「いや、だって、上もビンビンだったし、下もぐちょぐちょだったし?」


「擬音だけではずかしめんなしっ!」


「本気になったとかって…」


「だ〜から、その気持ちを静めるために風呂入ったんだっつーの! あ、あたしだって、そゆことしたくてしょーがなくなっちゃうコトあるし…仕方ないじゃん?」


 擬音どころか自爆攻撃でますます辱められてる気がしなくもないけど…

 つまりはお預けってコトらしい。

 ホッとしたような、ガッカリしたような…。


「忘れてるようだけど…アンタのカノジョはユウヒなんだから、したいならそっちで済ませて。

 あたしとは…万一そーゆーコトになっても、ユウヒがまだならあたしもしないから。」


 線引きが独特すぎて理解が及ばないところもあるけど、要はユウヒより先に進むつもりは無いらしい。女同士の友情かどうかは知らないけど、妙なところで義理堅いな。


 それでも…普通なら嫌われて当然なコトを散々しでかした、こんな状況下でも…

 マヒルは以前と変わらず、僕を受け入れてくれる。


「だって…あたしはリョータの居場所、なんでしょ?」


 そう言って優しく微笑むマヒルに、僕の胸は詰まりまくって仕方がない。エッチは我慢できても、この感情は抑えが効かない。


「…ごめん。」


「いいから、御飯にしよ?」


 僕のしょげ返り方が尋常じゃなかったんだろう。マヒルはどうってことないとばかりに笑い返すと、バスタオル姿のまま、自分が作ったカレーもどきに手を伸ばす。


「いっただっきま〜す! ムグムグ…ん〜?」


 途端に顔をしかめて、


「…カレーじゃない。」


 やっとご理解頂けましたか。


「マヒル、これ…味見した?」


「…してない。」


「なんで?」


「だって、肉と野菜煮込んでカレールウ入れたら…カレーにしかなんないでしょフツー?」


 たしかにその通りだ。なのに何故、その工程でフツーじゃない事態に陥るのか?


「まあ、食べられなくはないよ…カレーと思わなければ」


「でしょでしょ? じゃあ、あたしはこれで…」


「待て待て逃げんな」


 そそくさとちゃぶ台から腰を上げるマヒルの腕を引くと、案の定はずみでバスタオルがはだけた。

 ラッキースケベにはもう慣れっこな僕はいまさら慌てないけど、マヒルは慌ててバスタオルを巻き直す。


「ちゃんと最後まで責任とってよ」


「最後までって…や、やっぱり…するの?」


 顔を赤らめて身を固くするマヒルに僕は溜息をついて、


「もう賢者モードに入ったっての。じゃなくて、この摩訶不思議なブツの消費を手伝え」


「消費? カレーは一度で食べ切るもんじゃないでしょ?」


「カレーじゃなければその限りじゃないし、食欲が残ってるうちに全部処理したい。

 一応は人並みに食えるんだし、捨てるのももったいないだろ」


「…言い方ひどくない? さっきは美味いって言ってくれたのに…」


「昔の殺人レベルに比べればマシになったってだけで、まだ公に出せる代物じゃないっての」


 手のひら返しで酷評する僕に、マヒルは不満げに唇を尖らせてたけど…


「やれやれ…こんなことじゃ、まだ当分は僕が毒見役を買って出るしかないな」


「…え?」


「これからも味見してやるから、また作ったらここに持って来いって言ってんだよ!

 マヒルの料理なんて食ってやれるのは…僕だけなんだからさ」


 こんな小っ恥ずかしい台詞、何度も言わせんなよ。よっぽど食い意地張ってるみたいじゃんか。


「…そっか…そーだね…うん、そーする♪」


 僕は字面通りの意味で言ったんだけど、マヒルはどう受け取ったのやら、夢見心地な表情で瞳を潤ませてる。


「わかったらとっとと食え! ったく、なんでこんなに大量に作るんだよ…」


「だって、説明書に鍋一杯分の分量しか書いてなかったんだもん」


「計算しろよそれぐらい! つーかちゃんと味見したら塩梅が判んだろーが!?」


「判んないよ! カレーなんて多くても少なくてもカレー味じゃん!」


「名言っぽく言うなっ! しかも結局カレーになってないしっ!」


 つべこべ言い合いながら、僕らは似非カレーを延々食べ進めた。


 食事というのは不思議な行為だ。どんなに不機嫌なときでも腹が膨れれば怒りは治まるし、仲違いした二人の仲もまあまあ回復する。


 食欲は動物の三大欲求のうちの一つだから、満たされることによって本能が刺激されて、誰でも素直になるのかもしれない。

 長年の姉弟関係が危機的状況に陥った僕らにとっては、その効果はすこぶる顕著だった。


「…なんか、しょっぱくなってきたけど?」


「いいじゃん。もともと複雑怪奇な味なんだから、もう一味加わったところで大差ないよ」


「…やっぱり感想ひどくない?」


「とんでもない、褒めてやってんだよ。

 …こんなにあったかい料理、今まで食べたことないよ」


 そういう僕のほうも、なんだかしょっぱくなってきた。

 あまりの美味さに涙がとめどなく溢れて、視界が霞んで手元がおぼつかない。


「…ほら、こぼれてるよ。まったく…やっぱりあたしがついててやんないとダメだね、この弟は」


「…ありがとう…姉さん」


 前代未聞の涙味カレー?を食べながら、僕たち姉弟は久しぶりに二人だけのゆったりとした時間を過ごした。





「…で、見事に大当たりしちゃってね」


 翌日の学校。

 昼休み、いつものように弁当を作ってきてくれたユウヒと、今日は屋上で一緒に過ごしている。


 屋上は安全性の観点から一般生徒は立ち入り禁止だけど、生徒会長の僕は合鍵を持ってるし、安全点検という名目で自由に立ち入れる。

 こんぐらいの職権濫用は大目に見て貰おう。


 話題は当然、昨日ユウヒと別れたその後のこと。

 加えて、むやみやたらと元気なマヒルが今日は病欠ということで、クラスメイトのユウヒはずっと気にかけていたらしい。


 自分が仕掛けた飯テロの時限爆弾で自爆したか、はたまた何らかの刺激的な出来事があったのか…

 マヒルは自宅に帰った後、鼻血を噴いてぶっ倒れたらしい。


 網元家の父さんからは念のため休ませると連絡があったので、水泳部の顧問には僕から報告しておいた。

 両者からは当然のように何があったのかと訊かれたので、「さぁ〜なにぶん多感なお年頃ですしねぇアハハ♪」と答えておいた。


 するとやはり両者から「卒業までにはまだ間があるから、避妊はしっかりな」との回答。

 もちろんンなこたぁしてねーけど…この作品世界の大人たちって滅多やたらと理解力ありすぎね?


 …閑話休題。

 部活方面では、ヒマワリちゃんから朝イチで対話アプリ越しで問い合わせがあったから、それとなく伝えてある。


「マヒル先輩は日頃から情緒不安定気味だから、大丈夫だと思いますけどぉ?」だってさ。

 …ホントに大丈夫なのかそれ?


 てゆーかマヒルの奴、昨日もカレー作るために部活休んだようだし…大切な大会前に何やってんだか。カワイイ後輩に心配かけてんじゃないっての。


 迷惑ついでにヒマワリちゃんには放課後に見舞いを頼んでおいたから、アイツのことは任せておいても大丈夫だろう。


「それほどまでの殺傷力なのに、なんでリョータは平気なの?」


 何気にヒドイなユウヒも。


「僕は昔一度死にかけたおかげで、マヒル菌に耐性がついたみたいだからね。もう大概の毒物はイケると思うよ」


「…どんだけ凄まじいの、あの子の料理…?」


 冷や汗をしたたらせてるユウヒにはちょっと罪悪感を覚えなくもないけど、その他の出来事は当然言ってない。

 今後は無用な衝突を避けるために、一方がうちに来たときには、もう一方にはそれとなく遠慮してもらうようにしておこう。


「…それはさておき。今日は他にも提案があるんだけど」


 なんの未練もなくコロッと話題を切り替えるユウヒ。チミ達ホントに友達なのかい?


 だが確かに、尊い犠牲をいつまでも悔いても仕方がない。残された者はより良い明日を築くべく、建設的な意見を交わすべきだろう。


「夏休み初日だけど、お母さんお仕事休みなんだって。で、アサヒを連れて海水浴しようって話なんだけど、リョータはどうか?って」


 ををっ、これは願ってもない申し出!

 ユウヒはもちろん、アサヒちゃんにナミカさんまで、美岬家ナイスバディ揃い踏みじゃあ〜りませんか!


「ちなみにお父さんは、その日から海外取材だって」


 カイドウ氏はお仕事か。さすがは国際ジャーナリスト!


「海外って何処?」


「イスライナ。」


 ちょっ、バリバリ戦争地域じゃん!?


「…大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないから取材に行くんだけど?」


 それはそうだけど…。

 戦争なんてどこか他所の星の話くらいに考えてたのが、顔見知りが赴くと聞いた途端に現実味をおびて、言い様のない不安を覚えてしまう。


「私だってそりゃ不安だけど、昔からそれで御飯食べてるんだしね。

 それに…お父さんだし。」


 ユウヒはすっかりカイドウ氏を信頼しきってる様子でにっこり笑う。たしかにあの人なら殺しても死なない気がする。


 それに、いまさら誰があの人を止められるだろうか。今までにも数多の戦場を駆け抜けてきた猛者なんだ。部外者の僕が何を言っても始まらないじゃないか。


 では話を戻しつつお言葉に甘えて…

 いや待てよ?


「それって、マヒルとかも誘っていいかな?」


「…マヒル『とか』も? 他に誰誘う気?」


 目ざとくそこに反応されてしまった。


「マヒルとヒマワリちゃんと、あと副会長さん」


「ううっ、副会長さんはともかく…あの子かぁ…」


 先日の一件があるので、ユウヒは案の定難色を示した。でもマヒルを誘えばヒマワリちゃんは自動的に付いてくるし、そうなると副会長さんだけ誘わない訳にもなぁ。


「まあ知らない仲でもないけど…アサヒとお母さんの紹介が…」


 ですよね〜。なにかとツッコミどころ満載の二人だし。でも、心強い味方もいる。


「マヒルならだいたいの事情は知ってるし…アサヒちゃんのこともね。アイツから皆にそれとなく説明しといて貰うよ」


 ふむ、それなら…とユウヒも快く了解した。


「それにしても…リョータの知り合いって女の子ばっかよね。男友達っていないの?」


 ううっ、痛いところを…っ。仮にいても誘わないし誘えないし。


「まぁ、こーゆー男だと判ってて好きになったから仕方ないけど…」


 ずいぶんとずいぶんな、あまりにもあんまりな言い方で、ユウヒは渋々納得している。


「それなら…もう一人くらい増えても問題ないかな?」


 僕の言葉にユウヒの眉尻がピクッと跳ねた。怖っ。


「…私の知らない子?」


「たぶん。アレは経済学コースだし…」


 そもそも学校サボりがちだから、いまだに存在を知らない生徒が大半だろう。


「…女の子…?」


「判別が難しいところだけど…広義の意味では」


 どゆこと?とますます眉をひそめるユウヒだけど、なんとも説明しづらい奴だから仕方がない。


 でも…あんなのでも一応は生徒会メンバーだからなぁ。


 ちゃんと仕事はしてくれてるみたいだし、福利厚生の観点から労っとかないとね。





 …ところは変わって学校敷地内の片隅。


 日頃は誰も立ち寄らない、忘れ去られた物置小屋の中に、数名の生徒の姿があった。


「…金は用意できたか?」


「ああ。そっちこそ…肝心のブツは持ってきたんだろうな?」


「フッ、心配するな…コレだ」


 懐から慎重に取り出した茶封筒を相手の目の前に掲げた生徒は、その封筒の口をゆっくりと開き、中身をもったいぶって少しずつ引っ張り上げた。


 それは…競泳水着姿の網元マヒルの写真。


 部活中の姿を明らかに盗撮したと思われる、か〜な〜り〜キワドイアングルからのナイスショットだ。


 撮影日が違うのか、水着が違うものも含まれている。それはつまり撮影者が彼女を執拗に狙っていたことを示している。

 しかも、どれもこれも盗撮とは思えないほど鮮明で画質も良好だ。


 他にも運動部の女生徒を被写体とした同様な盗撮写真が何枚か含まれてはいるが、先の有名アスリートのスター性には遠く及ばない。


「こ、これはスゴイ…撮影は、やはり?」


「ああ。新聞部と写真部がタッグを組んだ。これには水泳部ばかり活動費が潤沢なことへの抗議の意もある」


「フッ…どこも部活動費の工面には苦労しているようだな」


「なにしろ現生徒会の副会長は融通が利かんからな。活動実績に乏しい部は根こそぎ削減の憂き目に遭っている」


「それで、この金が必要というわけか」


「さもありなん。これほどのブツなんだ、値引きは利かんぞ?」


「慌てるな、まずはブツの吟味からだ」


 デジタル全盛のこのご時世にあえてアナクロな現物取引をしているのは、不用意な外部への情報流出を避け、かつ商品のプレミアを最大限に引き上げるためである。


 なお、当校の生徒のスマホにはPC部製作の生徒会広告アプリ…という名目のスパイウェアの登録が義務付けられているため、生徒間のスマホ同士での商取引は事実上不可能である。


「…おっほぉ!? この水着薄っすッ! メチャ薄っすッ!! ほとんどボディペインティングじゃないかッ!?」


「ククッ、だろう? ソレが今回の超目玉商品だ。

 その水着はメーカーからの市販前の試供品らしく、それだけにガードが堅くて撮影に苦労したらしい」


「なるほど、さすがは全国的な有名選手だな。

 …わかった、そちらの言い値で支払わせて貰おう」


 そう言い放った生徒が、懐から白い封筒を取り出し、その口から紙幣を覗かせたところで…




「…よし、現行犯確定だ。取り押さえろ!」


 生徒会室に備え付けのモニターで、取り引きの一部始終を見届けていた僕がゴーサインを出す。


〈ラジャー♪〉


 モニターのスピーカー越しに声優みたいなキンキン声が応え、


〈よぉ〜しそこまで! 全員動くなっ!〉


〈な、なんだ!? ガサ入れか!?〉


〈しまった、生徒会だ! 張られてたんだ!〉


 にわかに現場が騒然となる中、天井から周囲を捉えていたモニター画像が大きく揺れ、真下の地面に向けて急降下。


 同時に放送部の生徒達が現場に踏み込み、カメラアングルが切り替わる。


 先程までの映像を撮影していたアクションカムをヘルメットに載せた、小柄な人物がアップになった。

 ショートカットで見るからに活発な、小学生くらいの男子…かと思いきや、僕らの学校の女子制服を着ていることからギリギリうちの女生徒だと判る。


〈会長、連中はどーすんの?〉


「いつものように風紀委員の手により速やかに拘束されたし」


〈ラジャー! 皆さん、出番ですよぉ〜♪〉


 彼女の指示により、すでに被疑者を取り囲んでいた風紀委員の皆様方が強行逮捕に移る。


〈オラァクソオタどもっ、大人しくとっ捕まったれやゴルァ!!〉


〈逃げたら後でテメェん家までブチ殺しに行くくぞ。家族もろともなぁ…アア〜ン!?〉


 どのお方も一見して風紀とは対極の世界にお住まいなコワモテでヤバさげな好人物ばかり。


〈ヒ、ヒイィ〜ッ!? わかった、わかりましたからお願い殺サナイデ!!〉


 彼らを前にして我らの方針に異論を唱えられる者など一人として存在せんよ…のほほほほ♪


「『第二』にて尋問を執り行うから、そちらまで即座に連行せよ。

 あとは証拠品を押収次第、速やかに撤収!」


〈かしこまりィ。状況しゅーりょー⭐︎〉


 画面越しにパチンッとウインクをキメた彼女こそが、我らが生徒会最後のメンバー。

 書記兼会計…という肩書きではあるけど、実質的には潜入調査員の不忍しのばずシノブだ。


 校内各所で頻繁する今しがたのような不正行為を摘発・鎮圧するには、彼女のような実行部隊が必要不可欠。

 そこで今年度の新入生から、とあるきっかけで知り合った彼女の比類なき身体能力の高さを買って、僕自身がスカウトした。


「よくやったシノブ。褒めてつかわす」


〈にひひ〜♪ んじゃ、また後でねン⭐︎〉


 得意満面な彼女の笑顔を最後に通信は途切れた。


「まったく、懲りない連中だな…」


 ノイズが走るモニターの電源を切りつつ、僕は腕組みをして唸る。


「相変わらず凄まじい人気ですね、あの変態水泳部長は」


 僕の隣で事の経緯を見届けていた副会長さんが感嘆する。てか言い方。


「少なくとも校内での流通は不可能だというのが、まだ解らないのか…」


「彼女にもう少し警戒心を抱いて貰えれば、我々がこうして手を焼く手間も省けるのですが…」


 どことなく両者の論点がズレてる気がしなくもないけど、最終到達点は同じなのでまあ良し。


 僕の生徒会就任以前には、校内で野放しとなっていた極めていかがわしい違法商品の数々…。

 コレこそが、僕が生徒会長になった最大の理由だ。


 中でもとりわけ入学前から超有名アスリートとして話題になっていたマヒルは、案の定先程のように盗撮野郎どもの恰好のカモとなった。


 僕の許可なく勝手にマヒルをオカズにするとは何事か!?

 そんな激しい憤りが、当初は不可能といわれた新入生会長就任の原動力となった。


 その僕がすんでのところで当選を果たし、すぐさま手を打ったから良かったものの…

 あんなキワドイ写真が世間に出回った日には、彼女の輝かしきアスリート活動に多大な悪影響を及ぼすのは火を見るより明らかだ。


 マヒルはあれで案外メンタル激ヨワだから、競技成績以前の問題で引退、挙句に登校拒否なんてことにもなりかねないしな。


 あのナチュラルボーンエロリストがあんな脳天気に学校生活を満喫していられるのは、こうして僕らが人知れず尽力しているおかげなのだ。


「今回の押収物の鑑定は、いつものように副会長さんにお願いするよ」


 しかし何から何まで規制の対処としたのでは、抑圧された生徒間で暴動が発生しかねない。


 そこで、我々生徒会が物品を一括管理し、副会長チェックを通過したモノについては『正規ルート』を通じて『適正価格』で御提供している。


 副会長さんのお眼鏡はこれでなかなか信頼できて、一見無難ながらも見方によってはタマンネェぜハァハァ♪な素晴らしい名作揃い。


 ご注文は生徒会広告アプリより、有料会員様限定コーナー(対象は在校生のみ。教員や部外者は登録不可。入会審査有)にてお願い致します。

 尚この収益はすべて生徒会活動費となります。


「けど被写体が網元マヒルのブツは…」


「いつものように会長が一括管理…ですね。了解しました。

 エコ贔屓にも程がある上に、卑猥すぎるブツは独占非公開…。変態ですね」


 やかましい。義理の姉弟なんだから、これくらいの職権濫用は当然ですっ⭐︎


「あとは…今しがた取り押さえた新聞部長が言うように、水泳部への部費優遇措置を取り止めて配分を公平にすれば、抗議活動をある程度抑え込めるのでは…?」


「公平ねぇ…それは共産主義的発想かい?」


「…私個人は民主主義者です」


 興味本位でキワドイ発言させちゃってゴメン。日本への永住を希望してる時点で判っちゃいたけどね。


「てゆーか、そんなコトしたら僕が水泳部長に殺されるだろ。僕の任期中は水泳部への優遇政策を徹底する。これは決定事項だから」


 マヒルに一切の負担を掛けず存分に泳いで貰うためには仕方のない話だ。


「特定の部活動との癒着ですね」


「人聞きが悪いなぁ。見返りは一切受け取ってないし、実績のある部がより多くの部費を獲得するのは極めて真っ当だよ」


 競争なき場所に成長は無く、失敗なき場所に進化は無い。今日びの日本人にはその両方を望まない人が多すぎるね。

 野生の世界じゃ、仲良しこよしで生きていけるのは親が守ってくれてる間だけだよ。


「性的な見返りを日常的に網元部長氏より享受なさっている模様ですが? ズブズブですね」


 だから言い方!…あ、なんか久々で懐かしいノリ。


「それはさておき、そろそろ『第二』へ向かおう」


 会長席を立つ僕に合わせて、副会長さんも腰を上げる。


「相手は『古参』の新聞部長です。一筋縄ではいかないでしょう」


「フン、カビ臭い伝統と慣習に縛られただけの、過去の栄光にすがりつくしか能のない年寄りどもは、この機会に一掃してやるさ♪」





 締め切られた小狭い空間に、澱んだ空気と発動機の耳障りな作動音がこもる。


 プール横のポンプ室…ここを僕らは便宜上『第二生徒会室』と呼称している。

 実質的には、今回のような拘束者を取り調べるための尋問室だ。


 建屋は頑丈なブロック壁で覆われ、機械の振動と轟音が室内の物音を掻き消す。

 唯一の出入口は片隅の金属製扉のみ。

 明かり取りの窓は小さく高所にあるため、被疑者の逃走や部外者の乱入を阻止できる。


 故に、このような用途にはまさに打ってつけの物件だ。


「…さて新聞部長。件の写真の出所は…」


 さっそく取り調べを開始した僕に、


「おい生徒会長。曲がりなりにも先輩に対してその態度は何だ?」


 部屋の壁際に設置された粗末なパイプ椅子。その席上にチェーンで縛り付けられた新聞部長がこれまたさっそく抵抗を見せる。

 無造作ヘアーに度が強い眼鏡姿の、典型的なマスコミ風の出立ちだ。


「先輩? たった一年入学が早いだけでしょう。無能な者ほど先輩風を吹かしがちですが、あなたはまさにその典型ですね」


「何だとぉ!?」


「現に、自分のお立場をまったく解ってらっしゃらない。だからそんな惨めな醜態を晒すことになるんですよ」


「貴様ァーッ!!」


 吠えるしか能のない糞虫がパイプ椅子をガタガタ揺らす。いくら物音が外に漏れにくい部屋とはいえ、少々騒がしいな…。


「…風紀委員長?」


 僕の後方に控えていた副会長さんが、僕の顔色から忖度して周囲に指示を飛ばす。


「へぇい姐御ぉ…グヘヘ」


 指をポキポキ鳴らして歩み出たのは、風紀違反の塊のような風紀委員長。

 全身にピアスやアクセサリーをジャラジャラ着けて、ド派手な髪色にド派手なメイクを施し、制服を自由気ままに着崩したビジュアル系ヤンキーだ。

 一見信じ難いだろうが、ちゃんと委員であることを示す腕章を着けている。


「もう少し静かにさせて」


「ンなモン、喉笛掻っ切っちまやぁ一発で大人しくなりやすぜゲヘヘァ!」


 懐から取り出した折り畳みナイフをカチカチ打ち鳴らして迫る委員長に、新聞部長の顔がヒィッ!?と恐怖に引きつる。


「それでは尋問の回答が得られません。口以外なら許可します」


「だとよ、クソ眼鏡…ッラァ!!」


「ヒギャアァア〜〜〜ッ!? 腕がっ…腕がァーッ!」


 利き腕に刃先を突き立てられ、悲鳴を上げる新聞部長に、


「もうちょいボリューム下げねぇと、もう一本もヤッちまうぞゴルァ?」


「わ、解ったからヤメロ、ヤメテクレェ!!」


「全ッ然わかってねーだろがァーッ!!」


 ブッスゥッ!! アンギャア〜〜〜ッ!?


「やれやれ騒がしいなぁ。ここは動物園かい?」


 地獄の光景を目の当たりにして爽やかに微笑む僕に、新聞部長が絶望的な表情で応えた。




 ここいらで、なんでこんな好人物達が風紀委員を務めているのか説明せねばなるまい。


 生徒会長選挙にて僕が掲げた公約は二つ。

 一つは前出の『校内に蔓延する違法取引の撲滅』。


 そしてもう一つは『誰一人取り残さない、生徒に優しい学園生活の実現』だ。

 すなわち、学業や素行に著しい問題点が見受けられ、これまでは留年や退学を余儀なくされていた生徒達の救済である。


 当初、この公約を見た誰もが不可能だ、非現実的だと笑い飛ばした。

 けれども僕だって、実現不能な公約を人気取りだけで誇示するような危険は冒さない。


 そもそも留年や退学が多いと学校の評判に多大な悪影響を及ぼすし、生徒の管理力不足を問われて教師陣の評価も下がる。

 その点をまずは学校関係者に地道に説いてまわり、従来の評価方式に加えて学校への貢献度でも生徒の成績を稼げるように改革した。


 つまり早い話が、ドラ◯もんのの◯太のように脳みその構造自体が常人離れした、生まれてきた事そのものが恥のようなゴミ屑でも、やりようによっては充分卒業できる資格を得られるのであーる!!


 日本人の学力低下が連日のように叫ばれ、最終学歴が大卒ではない者が大半となった今日の我が国においては、高卒という実績こそがその者の人生を左右するといっても過言ではない。


 故に僕こそが広義の意味では日本の救世主であり、僕のやり方に異論を唱える者にはもはや生きる資格も価値もないのだッ!!


 ぜぇぜぇハァハァ…思わず熱弁してしまったけど、その結果がコレ。

 現在の風紀委員は皆そーゆー人材で構成されており、そーゆー人達こそ結構マジメに働いてくれるから、実に重宝してるのさ♪


 たとえば委員長さんはアマチュアのパンクバンドでプロデビュー目指して活動していたが、客にイチャモンつけられて喧嘩になった挙句、相手を半殺しにして刑事事件沙汰になった…ところを僕が揉み消して不問となった。


 僕に言わせれば、夢に向かってひた走っていた彼にツマラン因縁をつけたツマラン相手にこそ非があり、都合よく半殺しになってたから全殺しにして差し上げただけのツマランオチさ。

 今頃は深い海の底に沈んでらっしゃるから、もう被害届も出せまいて…クッククック。


 あと彼の格好については『特例』ということで学校側に話をつけた。

 校則の変更が叫ばれる今日においても、生徒の力だけではどうにもならないことは多い。


 けど特例措置については比較的容易に申請できるし時間も掛からない。

 そして一旦通してしまえば、彼自身が風紀委員長だからもう誰も文句は言えない。実に合理的な処置だ。


 ともかく、そうした恩があるからこそ今日の風紀委員長がある。情けは人の為ならずってね♪




「もう一度訊くけど、写真の出所は写真部で間違いないね? ということは写真部長も絡んでるの?」


「は、はい、おっしゃる通りです! だからもうイタイコトシナイデ!」


 僕の質問にあっさり頷き、縛り付けられた椅子をガタガタ揺らして半狂乱の新聞部長氏。

 最初からそうやって素直に答えてくれれば痛い目に遭うこともなかったのに、馬鹿だなぁ。


「言質が取れました。写真部長を速やかに拘束・連行願います」


『御意!!』


 副会長さんの指令に一糸乱れぬ敬礼で応え、委員長を残した風紀委員達は次の任務へと向かった。


「…新聞部並びに写真部は、今回の件により重大な校則違反を犯したため廃部とします」


「そっそんなっ…話が違うじゃないか!?」


 副会長さんの冷徹な宣告に新聞部長が顔色を変えるも、


「誰に何の話を聞いたか知らないけど、決めるのは僕たち生徒会だから。

 後ほど部活動総会と職員会議でも議題になるだろうけど、結果は変わらないと思うよ。

 まったく、余計な手間を掛けさせて…」


 死刑宣告にも等しい僕の声に言葉を失う。


「創校当時から存在する『古参』の部活に自らトドメを刺した気分はどうかな…センパイ?

 伝統に泥を塗ったんだ…OB会も黙っちゃいないだろうねぇ?」


「き、貴様が…キサマが全部悪いんじゃないかこのエロ会長めがぁあッ!!」


「ウルセーっつってんだろがこんボサ眼鏡がァッ!!」


 ドシュッ!! ヒギャアァーッ!?


 僕への罵詈雑言に憤慨した風紀委員長に、今度は右膝に刃物を突き立てられ、新聞部長はもはや失神寸前…いや失血死のほうが早いかな?


「…き、君たち、もう少し穏便にお願いできないかなぁ?」


 ポンプ室の戸口に見張りに立たせておいた生徒会顧問の教務主任が、おどおどと声を掛けてくる。

 初老の苦労人風な、これ以上は出世できそうにない人物だ。


「だ、大丈夫なのかい? ずいぶん怪我してるようだけど…?」


 満身創痍の新聞部長を気にかける教務主任だけど、決して僕を咎めようとはしない。

 なぜなら彼は事実上、僕の傀儡かいらいだからね…フフッ。


 ああ見えて夜の繁華街に精通したシノブのお手柄により、彼が奥方以外の女性とホテルから出てきた事実をちょこっとつついてみたら、口止めの代わりに僕の方針には一切口出ししないと約束してくれたのさ。

 物分かりの良いオトナは大好きだよ♪


 それはさておき、この場を丸く収める常套句は昔からお決まりだね。


「命に別状はありません」「ないですね」「微塵もネェな」


 僕や副会長さん、風紀委員長の見解に、顧問も渋々、


「…ならオッケー。」


 オッケーだった。


「さて新聞部長。貴方にはそれなりに責任を取って貰わないとねぇ?」


 僕の呼びかけに副会長さんも頷いて、


「現在、我が校には事実上、停学や謹慎等の無意味な処置は存在しません。

 従って新聞部長には…向こう一ヶ月間、地下矯正施設での強制労働に従事して頂きます」


 地下矯正施設…とはいえ別に本当に地下にあるわけじゃない。そもそもうちの校舎に地下室なんて無いし。


 我が生徒会が外貨獲得のために手掛ける様々なプレミアムグッズ…具体的には網元マヒルサイン入りポスターやカレンダー、写真集にプロモーションビデオ、抱き枕…などなどの製造工場にて無償で作業してもらうだけのこと。


 なにしろ受注が多すぎて製造が追いつかないから、一日十六時間は勤務して貰わないとね。

 安心して。コンプライアンスもヘッタクレもない場末の町工場で基本無給で無休だけど、労災や死亡保険は充実してるから♪


 ちなみにマヒル本人はそれら商品の存在すら知らないし、サインもしたこと無いけどネ⭐︎


 そんな夢いっぱいの現場だってのに、話を聞いた新聞部長は真っ青になって震え上がり、


「い、嫌だぁ…地下室はイヤだァーッ!!」


 やれやれ、泣き喚けば何でも許されると思ってるのかい? どこぞの環境保護テロリストな酸欠少女じゃあるまいし、これだからZ世代は…。(←おんどれもだろ)


「えーかげん黙れやクソボケェッ!!」


 ぷぎゅるっ!! 風紀委員長の飛び蹴りが新聞部長の股間に深々と突き刺さり、そのまま360度踏み躙って根元から捩じ切った。


「ぉご……っ!?」


 新聞部長はたちどころに白目を剥き、泡を吹いて失神…いやこれは死んだかな?


「致命傷ですね」


 この痛みを知るよしもないはずの副会長さんも苦悶の表情を浮かべる。けど目は背けない。男性特有の弱点に興味津々なご様子だ。


「き、君たち、これはさすがにマズイんじゃあないかい? 潰れた? 潰れたよねぇ?」


 戸口に立つ顧問が再び困り顔を覗かせるが、


「命に別状はありません」「ないですね」「微塵もネェな」


「…ならオッケー。」


 またもやオッケーだった。時間の無駄だから無意味な問いかけは辞めて頂きたいものだ。


 丁度その時、


「…お前ら、何をやってるか解ってるのか? 俺達『古参』を敵に回すと…ヒィッ!?」


 風紀委員達に羽交締めにされた写真部長が『第二』に連れ込まれてくるなり、先に逝った新聞部長の亡骸を見つけて恐れ慄いた。


 やれやれ、また判で押したようなやり取りを繰り返すのもシンドイから、僕らはここで退散しようかな?


「先生、委員長さん、後はお願いします。ネタの出所さえ確認できれば良いから、後はご自由に♪」


「ゥ…わ、わかった…やってみるよ…」


「お任せくだせぇ旦那! アンタに受けたこの御恩、キッチリ返してみせまさぁ!」


 仕方なく部屋に入ってくる顧問と、恩返しする気満々な風紀委員長と入れ替わりに、僕と副会長さんは『第二』を後にする。


「というわけだからキミ…お、おとなしく喋っちゃったほうがいいと思うよぉ?」


「ヘッ、会長の傀儡のあんたにゲロることなんか無ぇよ! 教師の分際でこんなキ◯ガイの言いなりになりやがって…!」


「な…なんっだとぉお〜っ!? テメエこそガキの分際でオトナに逆らうんじゃなーいッ!」


 ぐしっ…べきょっ! ぎにゃあぁ〜っ!?


 小馬鹿にされて逆上した顧問が、写真部長の右手の人差し指を鷲掴んで逆方向に折り曲げると、部長の高らかな断末魔が室内に響き渡った。お〜なかなかやるじゃんセンセ!


「グヘッグヘヘッ…もっと痛い思いがしたいならダンマリを続けてみろ…続けられるモンならなぁ!

 チャンスは両手両足ひっくるめてあと十九回だ…じっっっくり訊き出してやるよぉフヒャハァ〜ッ!!」


「ひ、ひぃ…ひぃいぃい〜〜〜っ!?」


 よしよし、これなら陥ちるのも時間の問題だろう。


「先生、くれぐれもオモチャを遊びすぎて壊さないようにね。後々面倒だから」


「だ、大丈夫…命に別状はないヨ⭐︎」


 ならオッケー♪





「…あれっ潮先輩? こんなトコで何してんですかぁ?」


 ポンプ室を出て校舎に戻ろうとしたところで、プールサイドにいた水着姿のヒマワリちゃんに目ざとく見つけられた。


 しまった、もう部活動の時間か。てっきりマヒルの見舞いに行ってると思ったのに、真面目に参加してるとは…!


「いやぁ…そろそろ夏休みだから、その前にポンプ設備の点検をね」


 我ながら咄嗟にうまく誤魔化せた…かと思いきや、


「設備点検なら業者さんが定期的にやってますけどぉ? 生徒会長ってそんなコトまでするんですかぁ?」


 くうっ、さすがにスルドイ!


「副会長さんまでいるし…ホントは何やってたんですかぁ?」


 万事休す…と思ったその時。

 副会長さんがツイッと前に進み出て、ポツリと一言。


「会長と、人には言えないコトをしてました。」


 うん、確かにその通りで合ってる。


「こういう場合は素直に事実を述べたほうが信憑性が増します」


 合ってるけどソレは色々ヤバイ!!


 言われたヒマワリちゃんは目をパチクリさせて…やがてカア〜ッと真っ赤に染まり、


「…ズブズブですかぁ?」


「ズブズブです。ついでにヌプヌプです」


 だから言い方!!


「マヒル先輩がいないうちに、もう次の獲物を…相変わらず手が早いですねぇ」


 なんかあらぬ誤解を招いちゃってるっぽいけど!?


「…というのは冗談で、会長と校内の見回りをしていました。先程も非合法活動をしていた違反者を拘束したばかりですので」


 おおっ、今度こそ紛れもない事実だ。てゆーか最初からそっち言ってればよくない!?


「…先日、あれだけ怖い目に遭わされたのに、貴女の前で抜け駆けなんて出来ませんよ」


 こないだの異端審問会を思い出してプルプル震える副会長さんに、一応は安心した様子のヒマワリちゃんだったけど、


「冗談なんて言いそうにない人なのに、意外ですねぇ〜。

 …あたしが見てなければ抜け駆けするつもりなんですかぁ?」


「…ご想像にお任せします。…まだまだ諦めるつもりはありませんから」


 この期に及んでそう宣言する副会長さん。これで隣にいる僕が気づかないとでも思ってるのか…あるいはあえて気づかせてるのか?


「ふ〜ん? 思った以上に深い理由があるみたいですねぇ…どーやら」


 えっ、そーなの? 僕にはそこまで深い読みはできないけど…ヒマワリちゃんが言うことなら正しいのかも?


「そういう貴女こそ…なぜご自分の願いを直に叶えようとはなさらないのですか?」


「…………?

 おっしゃる意味が解んないですけどぉ?」


 えっ、何このやり取り? 深すぎてますますワカンナイ♪

 互いの心を読み合うなんて、どこのエスパー対決ですか?


 てゆーかヒマワリちゃんはマジに訳わからない顔をしてるし…自分で自分が解っていない感じなのかな?


「…な〜んか修羅場っぽいトコに来ちゃったかな〜?」


 突然すぐ隣で別の声が上がり、驚いてみれば…いつの間にかシノブが横にいた。

 気配を消した隠密行動が彼女の身上だけど、僕にまで駆使しなくても…。


「生徒会室で会長さんを待ってたんだけど、なかなか戻ってこないからさ〜。もう少しで寝落ちしちゃうトコだったよ」


 頭の後ろで手を組んで背伸びをしながら、唇を尖らせて愚痴をこぼすシノブ。たまに学校に出てきてくれたのに放ったらかしすぎたかな。


「そしたら、すぐ下でな〜んか面白そーなコトになってるしね〜。だから落ちてきた♪」


 …落ちてきた? 降りてきた、じゃなく?


「にっひひ〜♪」


 僕の素朴な疑問を察して、シノブはプール脇の垣根を指差す。


 …最上階の生徒会室からそこまでの間に、物陰に隠れた目立たない位置に、アスレチック遊具みたいな小さいネットが階段上に張ってあった。


 なるほど、こりゃ確かに降りるってゆーより落ちるって感覚のほうが近いし、そもそも落ちてこようとも思わない。マジ忍者かこいつは?


「そんなことより会長さーん、そろそろウチのお店に遊びに来な〜い? うんっとサービスするよぉ〜♪」


「お店ぇ?…なーんかアヤシイ臭いがプンプンしますねぇ〜?」


 シノブの誘いにヒマワリちゃんがすかさず反応するも、


「書記兼会計…彼女は街中でコスプレ喫茶を経営しています」


 副会長さんもすかさずフォロー。これで通常なら「な〜んだそーゆーコトかぁ〜♪」で収まるはずだけど…ヒマワリちゃんは一味違う。


「経営…こーんな小さい子がですかぁ〜? しかも、個別のお客さんへのサービスって風営法に抵触しますよねぇ〜?」


 なんでそんなに詳しいの!? しかもぶっちゃけ、シノブの店はかな〜りイカガワシイ部類に属するから、十八歳未満は原則入店禁止だし!

 でもあの、シノブってヒマワリちゃんと同い年だからね…。


 こりゃなんとかして誤魔化さないと…と慌てたところで、絶好のネタがあったことを思い出した。

 丁度メンツも揃ってることだし、話題を切り替えるにはうってつけだ。


「と、ところでみんな…僕と海行かない?」


 そう、ユウヒに海水浴に誘われてたんだった。どのみちみんな誘うつもりだったし。


『行きますっ!!』


 満場一致の即答に思わずうろたえる。

 けどうまいこと話題を逸らすことには成功したし、予定メンバー全員に声も掛けられたしで、結果オーライってことで♪




『なんであたしだけ除け者なのっ!?』


 電話口のマヒルはブチ切れてた。


 自宅に帰ってから念のため連絡を入れてみた途端にコレだよ。どうやら見舞いに来たヒマワリちゃんから海水浴の件を聞いたらしい。


「除け者にしたんじゃなくて、学校に来てなかったから忘れてただけで…」


『なおさら悪いわッ!!』


 ますますキレられた。でもこれだけ元気があるなら体調はもうすっかり回復したらしいな。


『ぢっぎじょおぉ〜〜〜っこーなったら当日エロエロな水着でリョータをおっ勃たせてやるぅ!!』


 なぬぅっ!? 普段の競泳水着でも充分すぎるほどエロエロだってのに、さらに上がある…だと…っ? それってもしや…


「昨日の続きをしちゃう…とか?」


『ちっっっげーよバカッ、思い出させんなぁ!

 また鼻血でちゃうだろがぃっ!』


 あ、やっぱぶっ倒れた原因はソレか。いつも必要以上にエロエロなくせに、肝心なトコでチキンなのな…。


『それに、アンタのカノジョはユウヒなんだから、ヤリたきゃソッチでヤレっての!』


 言われてハッとする。そういやそうだった。

 今日だって昼休みに一緒に弁当を食べたし、海水浴に誘ってくれたのも彼女からだった。


 交際はすでに家族公認だし、ユウヒのほうはすっかりその気でいる。


 なのに…どうしてついつい忘れがちになるんだろう?


 自分はこんなにも不義理な人間だったのか…?




 …その後マヒルとはしばらく会話してから電話を終えたけど、すっかり上の空だった。


 なんだかなぁ…最近の僕は明らかにオカシイ。忙しすぎて頭が回りきらない感じだ。


 人を好きになるって、こんな感じなのか?

 う〜ん…何か根本的に違う気が…


 ピロロロロロッ♪


「ぉわっ!?」


 今しがた通話を終えたばかりのスマホが突然鳴り出し、危うく放り投げそうになったところをなんとか踏みとどまった。


 マヒルのやつ、なんか言い忘れたのか?

 ならすぐに出ないとまたどやされるな…


「はいはい、いったいどんなエロエロ水着で僕を誘惑するっての?」


 電話の向こうで息を呑む気配。

 あれっ、もしもし?


『…ソレを選んで頂きたくてお電話差し上げたのですが…よく分かりましたね? さすがに驚きました。

 あるいは、普段からそんなコトばかり考えている変態なのですか…?』


 …マヒルと違う! ヤッッッベェ!!


 慌てて電話相手を確認して、さらに驚く。


「…副会長さん?」




【第六話 END】

 いつもより投稿ペースが落ちました。

 ずいぶん前に生徒会の残りメンバーの存在を示唆したっきり、すっかり忘れてたので(笑)、ここでようやくの登場となりました。

 シノブの性別は男女どっちにしようか悩みましたが、やっぱり女子のほうが使い勝手が良いかな〜と思ったりして、結局こうなりました。

 代わりに男子分はこれも初登場、主人公の忠犬的な風紀委員長さんに一任しました。この手のハッチャケキャラも一人は欲しいなと思ったもので。


 あとは第五話を仕上げた時点で「こりゃエロだけじゃ持たないな」と感じたので、政治色を強めました…ってなんでやねん(笑)。

 これが意外と大変で、思いがけず時間を要した次第ですハイ。

 今まで具体的にどんな仕事をしてるのか謎だった主人公の恐怖政治ぶりが明るみに…。

 理想なんて猿でも語れますが(語れねーよ)、実現するのは大変なんだよって話。

 でも作品の世界観はかなり広がった気はします。

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