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はのん  作者: のりまき
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万人に優しい世界など無い

「審問項目は言わずもがな、潮先輩と美岬ユウヒ女子の関係性についてと…

 先ほど生徒会室で目撃した、先輩が副会長さんを押し倒してた件についてですっ!!」


 ヒマワリちゃんからの思くそドストレートな追及、そして後半はあられもない冤罪えんざい


『なにぃい〜〜〜〜〜っっ!?』


 僕が絶叫するまでもなくマヒルとユウヒの声が見事にハモり、昼休みのプールサイドはにわかに騒然となる。


『リョータどゆことっ!?』


「えとえと、どっち?」


『押し倒してたほう!!』


 あ、やっぱ当然そっちが先なのね?と僕が釈明するよりも早く、


「それは巨大な誤解です。単に会長が寝不足だったので、膝枕して差し上げた次第で…」


 副会長さんがすかさずフォロー。日頃から大変お世話になっとります。

 でも、その言い方だとたぶん…


『なんで膝枕!?』


 …当然の疑問ですやね。

 そこにヒマワリちゃんも加わり、


「この体勢のどこいらへんが膝枕なんですかぁ?」


 頭上高々と掲げられたスマホの画面には…


 床に倒れ込んだ体操服姿の副会長さんに覆い被さり、その柔らかな乳房にカンペキに顔面がハマってる僕の痴態写真。

 ぬうっ、しっかり撮られてたのくわっ!?


「膝枕っていうより抱き枕じゃないですかぁ」


 お、うまいこと言うなぁヒマワリちゃん。


 ご指摘通り、息も絶え絶えな赤ら顔で、うつろな眼差しで乱れ髪を口元に貼り付かせ、乱れた着衣で僕に組み敷かれたまま放心状態な副会長さんの様子は…どう見ても『事後』。


 …僕、膝枕されてただけだよな…他には何もなかったよな? だんだん自信が無くなってきたぞ…。

 たしかにお尻に触ったり割ったり、すんごい気持ち良かったけど…途中で寝落ちしたらしく、記憶が曖昧だ。


「…その写真、後で戴けませんか?」


 んな自分の事後写真、ナニに使う気なの副会長さん?


『だからなんで膝枕!?』


 あ、結局もとの地点に戻った。僕に訊くまでもなく、本人目の前にいるじゃん?


「それは…会長が変態だからですっ!」


 堂々と言い切る副会長さん。筋が通ろうと通らなかろうと、とにかく他者より大声で発言した者が権限を得るのが世の常人の常である。


「変態には膝枕が最も効果的と、我が祖国では建国当初より伝わっておりますっ!」


『そーですねっ!!』


 あ、説得されちゃった。

 だがしかし、そんな強権には一切屈さない者がこの場にはいた。


「でもコレ…副会長さんのほうが淫らですよね?」


「!?」


 くだんの事後写真を冷静に観察し、真実だけを鋭く見抜く眼力に加え、相手が誰だろうと物怖じしない胆力の持ち主…それこそがヒマワリちゃんの真骨頂である。


「潮先輩が変態だなんてことは判りきってるのに、なんでわざわざ体操服なんかで誘惑したんですかぁ?」


 変態って肯定されちった♪


「それは…体育の後、着替える暇が惜しくて…」


「休み時間は一限目以外にもあるし、生徒会役員なら他の連絡手段もあるのに…なんで体育のあと直に面会したんですかぁ?」


 珍しくたじろぐ副会長さんを、言われてみればごもっともな反論でヒマワリちゃんは淡々と追い詰める。

 たしかに生徒会役員ならスマホの対話アプリの生徒会グループに登録されてるから、そこで追及すれば良かっただけの話だ。


「あ…う…」


 二の句が継げず困惑する副会長さんに、ヒマワリちゃんは事後写真に克明に写った『被疑者』の顔を指差して、


「…イッちゃってますよね?」


「!!??」


 これほどまでに取り乱して赤面する副会長さんを、僕は初めて見た。


「ホントは気持ち良かったんじゃないんですかぁ〜? もっとンギモヂイイことしたかったんじゃないですかぁ〜? そこんトコどーなんですかぁ〜!?」


「…ぅぁぁ…っ」


 セクハラもモラルもプライバシー侵害もコンプライアンスもへったくれもなかった大昔の芸能リポーターのようにジリジリ迫るヒマワリちゃんに、もはや涙目の副会長さんはたじたじ。


 典型的な権力ゴリ押しタイプの副会長さんvs直感力と分析力で突っ走る報道記者タイプのヒマワリちゃん…相性最悪だ。


 その時…僕の袖をくいくい引っ張ったマヒルが、こっそり僕に耳打ちしてきた。


「…スゴイでしょ、あの子?」


 スゴイなんてもんじゃない。あれだけの度胸があれば充分マスコミで食っていけるよ。

 なんで放送部や新聞部じゃなくて水泳部にいるんだろ?


「実際リョータ、あんたスゴイ人気あんのよ女子に。でもここんとこ告白されたコトないでしょ?」


 まあ自覚してるっちゃしてるけど、たしかに今年度に入ってからは一度も告白されてない。どうせ断るだけだからメンドくなくて助かってるけど。


 僕のそばには常にマヒルが付き纏ってるから誰も手出しできないのかと思ってた。けど以前はそれでも、たまに抜け駆けする子はいた。

 今でも事あるごとに交際の事実は否定してるのに誰一人寄ってこないのは、言われてみれば不自然だ。


「ヒマワリが…あの調子でみ〜んな追っ払っちゃってたんだよ…!」


 いま明かされる衝撃の事実!


 熱烈なマヒル信者の彼女は、事あるごとに僕とマヒルをくっつけようと躍起になってる。

 それを邪魔する輩は、すべてああなっていたのか…!


 ヒマワリちゃん…恐ろしい子!


「とゆーことは…次は、私があーなるの…?」


 マヒルの隣で、青ざめたユウヒがプルプル打ち震えていた。まあ当初の議題はソレだったみたいだしね。バンガレ♪


「他人事!? リョータも当事者でしょ!」


「バカッ、声が大きい!」


 思わず声を荒げたユウヒを嗜めるも、時すでに遅し。


「『リョータ』…?」


 僕を呼び捨てにしたユウヒの声を、天然芸能リポーターのヒマワリちゃんが聞き逃すはずもなかった。


「へぇ〜っ、出会って三日目にして早くも呼び捨てですかぁ? いくらマヒル先輩のオトモダチだからって…ちょお〜っとズーズーシーんじゃあないですかぁあ〜〜〜んっ!?」


 天真爛漫なイメージの名前とは裏腹に、毒ヘビのごとく舌をチロチロ蠢かせて執拗に纏わりつく、陰湿極まりないヒマワリちゃん。


「潮先輩を呼び捨てにしていいのは、マヒル先輩だけなんですよぉ? そこんトコ解ってますかぁあ〜〜〜〜〜んんっっ!?」


「ひぃいいい〜〜〜〜〜っっ!?」


 対するユウヒは梅図かずお張りの絶叫ポーズで後ずさるしかない。

 もともと他人と絡む経験がほとんど無かった彼女にとって、距離感ゼロで詰め寄るヒマワリちゃんはまさに天敵だ。


「あ〜ぁ、こりゃ助け舟出すしかないかな?

 …審問官様、我々にしばしのご猶予を!」


 天下無敵のヒマワリちゃんを唯一制することができるマヒルが名乗りを上げると、


「…宜しいでしょう。審議中断ですぅ」


 さすがのヒマワリちゃんも渋々追及の手を止めた。


「よしっ。ユウヒ、ちょっと来て。副会長さんもそんなトコで寝っ転がってないで、こっちこっち!」


 ハーフタイムをもぎ取ったマヒルは、のっけから戦意喪失のユウヒと、怒涛の取材攻勢に失神寸前だった副会長さんを呼び寄せると、プールサイドの片隅でなにやらゴショゴショ打ち合わせを始めた。


「…いまさら何の入れ知恵をするつもりなんでしょーか…ねぇ〜え潮センパイ♪」


 手持ち無沙汰になったヒマワリちゃんは、今度は僕にターゲット・ロックオン!

 普段はカワイイ以外に言いようがない後輩なのに、こうなるともう怖すぎて可愛さのカケラもない。




 というか、彼女と知り合ってからもう結構経つのに…僕はいまだにヒマワリちゃんのことをほとんど知らない。


 僕よりもずっと前から、マヒルは彼女とは旧知の仲だったらしい。中学時代にはもう有名水泳選手だったから、何処で誰と知り合っていようとさほど不思議はない。


 それならもっと早くに紹介されてても良いはずなのに、僕がマヒルからヒマワリちゃんを水泳部の新入部員として紹介されたのは今年度、彼女が入学してきてからだった。


 もっと奇妙なのは、ヒマワリちゃんが僕らの後輩だってこと。そりゃ新入生だから当たり前だろって?

 そういう意味じゃなくて、ヒマワリちゃんは出身小学校も中学校も、僕らとまったく同じなんだとか。


 だからこそ、ますます謎の存在なんだ。


 なぜって、こんなにカワイイ子がいたら全校中の話題になってるに違いないから、小学生当時や中学生時代の僕が知らないわけがない。


 なのに、僕には彼女の記憶が一切無いんだ。

 いるはずなのにいない…まるで幽霊だ。




「そんなことよりも…僕はヒマワリちゃんをもっと知りたいな」


 おっと、ついつい考え事が声に出てしまった。僕の悪い癖だな。


「え…。」


 寸前までの暗黒面モードはどこへやら、ヒマワリちゃんは僕の思わぬ言葉に気が抜けた顔を見せる。そして…


「…潮先輩…あたしまで毒牙にかける気ですかぁ?」


 真顔で問いただしてくる。これまた彼女が手強い一面だ。

 他の子ならこれでイチコロ…とまではいかずとも、それなりにウケて打ち解けてくれるはずだけど、ヒマワリちゃんには一切効かない。


 いつもは僕に甘えた態度をみせて、すっかり馴染んだように思えても…ここぞという場面ではしっかりちゃっかり線引きしてきて、向こう側には一切踏み越えさせてはくれない。


 とりわけ、彼女の過去に関わる話題にはまったく応じないから、探りも入れられない。

 マヒルに訊いても何故か言葉を濁すだけで、ろくに教えようともしないし。


 この子はいったい…誰なんだ?


「あたしにかまけてる暇があったら、もっとマヒル先輩に優しくしてあげてくださいよぉ。ここ数日ほったらかしみたいじゃないですかぁ?」


 そして最も手強い一面がコレ。

 ヒマワリちゃんは自分のことより、マヒルを最優先に考える。

 そしてマヒルを立てることはあっても、決して自分が矢面に立つことはない。


 まさしく名前の通り、常に太陽まひるを追いかけて大輪の花を咲かせる向日葵ひまわりのごとく。


「あたしは…マヒル先輩のためだけに生きてるんですからぁ♪」


 ぞわぞわゾワゾワッ!

 背筋を怖気が走り抜ける。


 決して冗談ではなく、彼女は心底そう思ってるんだ。


 僕には決して覗かせない心の深淵ですら、マヒルになら容易に覗かせてしまう。


 マヒルに死ねと言われたら、ヒマワリちゃんは本当に死を選びかねない。それくらい自身をマヒルに委ねてるんだ。


 引き換えに、マヒルのやることなすことへの口出しも凄まじいし、マヒルの障害とみなした敵対存在への追撃も今しがたのように容赦ないけど。


 マヒルのやつもよくこんな恐ろしい子を手元に置いてるもんだと、つくづく感心するよ。


「…審問官様、話し合いがつきました!」


 その時、くだんのマヒルを筆頭に、ユウヒと副会長さんが僕らのところに戻ってきた。


「よろしい、審議を再開します」


「その前に、もう少しお時間よろしいでしょうか?」


 ヒマワリちゃんの再開宣言に待ったをかけたマヒルは、なにやら釈然としない表情のユウヒを小突く。


 するとユウヒは思い足取りで僕のそばに寄ってきて…ヒマワリちゃんには聞こえないように、小声で僕に耳打ちした。


「リョータ。私たち…別れましょう。」


 …………へぁ!?





「…なにソレ?」


 理解が追いつかない。積極的だったのはユウヒのほうだし、交際宣言してからまだ丸一日も経ってないというのに…もうお別れ?


 出会って間もなく彼女の家にお呼ばれしたし、その割にはえらい深い内情まで知っちゃったし、家族公認の仲だってのに?


 そりゃ僕はもともと乗り気じゃなかったし、至らない点もたくさんあったと思うけど…

 いったい何が気に入らなかったってんだ?


 …うわダメだ、思い当たる点が多すぎる。

 てゆーか思い当たる点しかない。


 え〜え〜、どーせ僕はちょっと顔が良くてカッコイイだけの甲斐性無しのダメ男ですよ…グッスン。


「あ、なんかメンドい。そうじゃなくてね…表向きは付き合ってないフリをして欲しいの」


 自分でも意外なほどな僕の落ち込み具合を見てとったユウヒが、さらに理解不能な補足説明をした。なんでそんな回りくどい真似を?


「だって、あの子があの調子でしょ? リスクが大き過ぎるもの」


 ヒマワリちゃんのほうをチラリと見て、ユウヒは肩をすくめる。


「あと…副会長さん、どう考えてもリョータに気があるでしょ? 本人は頑なに否定してるけど…なんだか不憫で」


 ユウヒがそんなにも他人を思いやれるなんて意外だった。マヒルの前でもなりふり構わず猪突猛進だった彼女の弁とは思えない。


「だって留学生だから、いずれは国に帰っちゃうでしょ?」


 その言葉にハッとする。そうか、福海鳥ふーはいにゃおさんって留学生だったっけ。

 生徒会役員としてはもうずいぶん長い付き合いだし、日本語もすごく流暢だから、ついつい忘れがちになる。


 彼女は卒業後も日本での永住を希望してるけど、それはあくまでも個人的な希望であって決定じゃない。

 ハーフとはいえ、外国人の永住権はそう簡単に取得できるものじゃないし…


 それに彼女の実家はどうやら相当な資産家だ。いくら本人が日本で暮らしたがっても、そうそう希望は通らないんじゃなかろうか?


 なるほど…そう考えると、ユウヒが譲歩したくなる気持ちも解らなくもない。


 というかそもそもの原因は、副会長さんの想いに気づいていながらも態度をハッキリさせず、ほのかな期待を与え続けていた僕にあるわけだし…。


「今のところ、私たちが付き合ってるって知ってるのはマヒルだけでしょ?

 だからね、あのヒマワリって子の前では…つまり学校にいる間は、みんな今まで通り公平にリョータに接しようってマヒルからの提案。」


 それを僕にも納得しろってことか。

 てゆーかそれって逆に言えば『この三人それぞれと要領よく付き合え』ってことだよね? 


 三人がそれで納得してるなら頷かざるを得ない空気だけど…つまり僕の浮気を認めるってことじゃないのコレ?


 それに、いまだに告白すらしてない副会長さんはもちろん、いつの間にかマヒルもちゃっかり面子に加わってるし!


「…とゆーわけで、あたし達三名は潮リョータ氏となんらヤマシイ関係ではなく、特定の誰かとの交際事実もありまっしぇん!!」


 頃合いを見計らって高らかに宣誓したマヒルに、審問官ことヒマワリちゃんはいぶかしげに小首を傾げ、


「それが真実だというのであれば…各々方、コレを踏んで頂きましょお⭐︎」


 と、懐から四つ折りの紙切れを引っ張り出し、手早く広げて僕らの足下に敷いた。


 こ、これは…今年度生徒会長選挙時の僕の候補者ポスターじゃあーりませんか!?


 すなわち…『踏み絵』ッ!!


「ほらほらどーしましたぁ? 心に一点の曇りも無いなら、コレが踏めるはずですよぉムヒョヒョッ♪」


 悪逆非道な顔つきで三人に踏み絵を強要する審問官。ど、どうするんだ、みんな!?


 フミッ!

 グシャッ!

 ハッパフミフミッ!


 …あれ?


「ふぅむ、三人とも何の躊躇もなく踏んだくりましたね? あたしだったらマヒル先輩の雑誌写真なんて、畏れ多くて絶対踏めませんけどぉ…」


 なにソレ怖い。どんだけマヒルに入れ込んでんのヒマワリちゃん、もはや宗教じゃん!?

 あっさり足蹴にされた僕のポスターと合わせてダブルショックだよ!


 嗚呼、JKのフトモモも露わな御御足が、僕をグリグリ足蹴に…ハァハァ♪


 …ハッ!? と、ともあれ、これでなんとか僕らの嫌疑も晴れたようだし一件落着…


 ピロリン♪


 とそこで、僕のスマホから突然の着信音。

 このタイミングで…はやくも嫌な予感しかしない。


 恐る恐るスマホを取り出し、待ち受け画面を見れば…アサヒちゃんからの対話アプリメッセージだった。


 いつでもおしゃべりすると言った手前、無視するわけにもいかないし、緊急の用件の場合もある。

 おっかなびっくりメッセージを開いて…すぐさま激しく後悔した。


《今日の体育はプールだったのに、水着持ってくの忘れちゃったてへぺろっ♪》


《でもお母さんが届けてくれたよ⭐︎》


《せっかくだから水着好きなお兄ちゃんにもお裾分け♪》


 なぜ僕が水着スキーだと知ってるのかはともかく、問題はその後の添付写真。


 学校指定と思われるワンピース水着を着たアサヒちゃんと、なぜだかセパレート水着を着たナミカさんが、校舎内の屋内プールと思しき背景に並んで写ってる。

 小学校なのに屋内プール所有って時点で驚きだけど、そんなことよりも!


 さすがはブルジョワ私立校、よくある野暮ったいスクール水着とはまるで違う有名スポーツブランドの競泳水着タイプが指定品らしい。

 ただでさえキワドいデザインなのに、小学生用のモノを実年齢は中学生相当のアサヒちゃんが着た日にゃあ、あちこち限界突破な核攻撃級の破壊力だ!


 対するナミカさんのは、洗練されたデザインのオシャレ水着ながらも、それを着た中身がもう最終兵器そのもの。

 昨夜というか本日未明の美岬家でも散々エロエロなネグリジェ姿を堪能したばかりだってのに、それより露出度が低いのに何故こうもそそられるのか!?


 そんなセクシーボンバーな二人が、両腕を組んで胸元を強調した、大昔でいうところの『だちゅーの♪』ポーズで僕の目をマジに焼き潰しに来てる! なんなんだこの変態母娘ーッ!?


「…おやおやぁ? ずいぶん肌色面積が多い子たちですねぇ〜?」


 ヒィ〜ッ!? すっかり萌えブタに成り下がってるうちに、僕のヒミツのステキ写真を審問官サマに見られたぁーーーっ!!


「一体全体ナニモノなんですかぁこの不埒ふらちなメス乳どもはぁあ〜〜〜〜〜っっ!!??」


 怒り心頭な審問官サマの拷問…いや尋問を終え、僕が午後の授業に戻れたのは、昼休みを小一時間も超過した後だった。





「やれやれ…やっと一息つけた」


 放課後の生徒会室。

 先日から滅多やたらと濃密な時間を過ごしていい加減疲れ果てた僕は、会長卓に突っ伏して特大級の溜息をついた。


「…よもや、これほどまでにライバルが多かったとは…」


 すっかり落ち着きを取り戻した副会長さんも、自席でなにやら考え事をしている。

 思い悩むと心の声がすべて口に出ていることを自覚できていないらしい。


「…また副会長さんに膝枕でもして貰おっかな? 今度は水着で♪」


 ついついイタズラ心が沸き起こった僕の言葉に、彼女の肩がビクッと震える。なにしろ朝っぱらからアレだったからねぇ。


「…懲りない人ですね。まだあの子の餌食になり足りませんか?」


「…ヒマワリちゃんがいないところでお願い」


 ということは、もう校内では無理っぽいな。残念。


「…考えておきます」


 え、マジ? ほんの少し赤らんだ顔で頷き返す委員長さんに、僕は驚くやら呆れ返るやら。

 あんな目に遭ったってのに、懲りてないのはどっちなんだか。


 でも、そっか…副会長さんに会えるのは、もう校内だけとは限らなくなったんだな。

 マヒルやユウヒと対等の条件になるよう、僕のアパートの場所も教えちゃったし。


「…水着…お好きなんですか?」


 僕はさらに驚かされた。ほんの冗談のつもりだったのに、まさか応じるつもりなのか?


「まあ、姉がアレだからね。すっかり洗脳されちゃって」


 席を立って窓辺に寄った僕は、生徒会室直下の屋外プールで部活中の水泳部を指差す。


 一際目立つ競泳水着姿の部長サマが、デカい胸を揺らしながら忙しく走り回ってる…

 かと思いきや、なぜだか今日に限って姿が見当たらない。珍しいこともあるもんだ。


「…強敵ですね…」


 いつの間にか隣に立ってた副会長さんが固唾を呑んで眼下を睨む。強敵とはマヒルのことか、はたまた競泳水着か。


「実のところ…私、水着は所有しておりません。人前で肌をさらす機会がついぞ無かったもので…」


「ふ〜ん、それは残念。まあ人それぞれだしね。かくいう僕も水着は一着も持ってないな」


 中学時代までは学校の授業でしか泳がなかったから指定水着しか持ってなかったし、高校では水泳授業自体が無くなったからね。

 すぐ目の前に海がある場所に住んでるにもかかわらず、必要にかられなければ案外泳ごうとは思わないものだ。


「…買いに行きませんか?」


 予想外の提案に驚いて顔を跳ね上げる。


「今現在どのようなものが流行っているのかも存じませんし…どうせなら、お互いの好みに合ったもののほうが…」


 副会長さんはいたって真面目だったけど、その前に。


「もしかして…僕の水着姿を見たいとか?」


「はい。…え?」


 あっさり頷いてから、副会長さんは慌てて顔を上げた。やっぱり自分の発言の自覚がなかったらしい。

 そしていつもなら「違いますよ変態」などという反論が来るだろうと身構えていると、


「…変態ですかね、私?」


 そう応えて顔を赤らめる副会長さんの姿があまりにも意外かつ新鮮すぎて、僕もつられて赤面してしまう。

 あの鉄面皮が、ごく短時間でずいぶん素直になったものだ。


「…僕のほうは自分が変態だって自覚してるからね。こんなのに水着選ばせたら、スンゴイの選んじゃうかもしれないよ?」


「…なるだけご期待に添えるよう努力します」


 照れ隠しでからかったつもりが、またもや生真面目な返答にかえって照れてしまう。

 あ〜も〜カワイイなぁこの人!


「じゃあ、互いの都合のいい日にデートってことで♪」


「デートじゃありません。水着を買いに行くだけです」


 あ、そこは否定するんだ。マトモに泳ぐためじゃなく、膝枕するためにわざわざ水着を新調するという、バカップルじゃなければ変態でしかないイベントなのに?


 …二人とも変態認定しちゃってたねそーいえば。


 でも、なんだか俄然楽しみになってきた。

 副会長さん相手にこんなにワクワクする日が来るなんて思ってもみなかったよ。





「…で、なんでチミがうちにいるの?」


「だぁ〜って、学校じゃもうイチャコラできなくなっちゃったし〜?」


 アパートのドアを開けるなり、三つ指ついて出迎えたユウヒにギョッとする。


「鍵掛かってたはずだけど?」


「マヒルに合鍵借りて、近くの鍵屋さんで複製してきた♪」


 仕事早っ。よもや鍵屋さんもこんな美少女が、愛人宅に押し入るために不正を働いてるとは思うまい。


 しっかし、あの独占欲の塊なマヒルがよく他人に合鍵渡したな?


「そのうちまた来るから預かっといてって」


 と、そのマヒル所有の合鍵を手渡すユウヒ。

 僕に返しちゃったら合鍵の意味ないじゃん、なに考えてんだろマヒルのやつ?



 

 …この合鍵をマヒルにあげた日のことは今でもよく憶えてる。


 高校進学直前、僕が網元家を出て一人暮らしをしたいと言い出したとき…

 義理の父さんと母さんは「いよいよその時が来たか」と渋々了解してくれた。


 だけどマヒルだけは最後まで猛反対だった。


「なんで今なの? あんたまだまだ子供じゃん!? 高校出てからだっていいじゃん!

 大学行きたいんなら、うちから通いなよ!

 そんで大人になったら…ううん、大人になっても、ずっと一緒に…!」


「それじゃあ手遅れなんだ。解ってくれよ…マヒル」


「わかんないッ! 全然わかんないよぉ!!

 ぅえ〜んリョータの解らず屋ァッ!!」


 バタンッ! ドタバタドタバタ…

 と、部屋のドアを開け放ってどこぞに走り去ったとおもいねぇ。

 やれやれ、どっちが解らず屋なんだか。


 だいたい一人暮らしったって同じ町内だし、歩いて往来できる距離だ。一人暮らしナメんなって言われそうだけど、父さんが出した唯一の条件だから仕方がない。


 それに二人とも同じ高校に進学するんだから、どのみち嫌でも毎日顔を合わせるのに。


 二人でードアを閉めてー♪…なんて別れ歌が大昔にあったけど、現実はなかなかそうはいかないもんだな。


 …そして中学校を卒業し、僕が網元家を出ていく当日。


「ゔぇえぇリョータァーッりょおだぁあぁ行っぢゃヤダぁあぁ〜〜〜〜〜っっ!!」


 マヒルは朝からずっと泣き通しで、さながら幼稚園の門前で親との別れを惜しむ駄々っ子の様相だった。

 父さん達も困り果てて、このままではらちがあかない感じだった。


 仕方ない…せっかく一人暮らしするって決めたのに、コレやっちゃったら本末転倒な気もするけど…背に腹は代えられないからね。


 僕は懐から件の合鍵を引っ張り出すと、泣きじゃくるマヒルにポイッと投げてよこした。

 本来は万一の事態に備えて父さん達に預けるつもりだったけど、結果的には同じことだ。


 鍵を受け取ってキョトンとしてるマヒルに、僕は言う。


「ソレでいつでも…とか言っちゃうと毎日来そうだから困るけど、時々は顔を見せに来てよ。

 それで許してくれないかな…姉さん」


「…うん♪」




 …そんなこんなで、以来マヒルは頻繁に僕のアパートに通うようになった。


 約束通り毎日来ることは無かったけど、なにぶん通学路の途中にあるから、ほとんど溜まり場みたいに利用してる。


 でもって、来るたびに先日みたいな明け透けぶりだから、僕の気は一向に休まらない。

 まったく…何のために彼女と距離を置いたと思ってんだか。


「え〜っと、たしか押入れの奥だったよね?」


「ナチュラルにえっちぃブツ探ししないっ!」


 マヒルに教わった僕の『愛用品』を物色すべく、さっそく家探しをおっ始めたユウヒを嗜めると、彼女は楽しそうに笑って、


「ラブコメでよく出てくるこんなやり取り、一度してみたかったんだよね〜♪」


 それ、マヒルも最初にここ来たとき同じコト言ってたっけ。コイツら根本的に同属だな。


 ただでさえユウヒみたいなイイトコの美少女が、こんな畳敷きの古びたボロアパートにいるというだけで妄想大爆発なんだから勘弁してほしい。

 ちなみにマヒルの場合は、住み慣れた網元家が基本畳敷きだったこともあって、逆に恐ろしいほど馴染んでるけど。

 

 しかしユウヒがマヒルとは一味違うのはここからだ。天然爽やかエロスなマヒルと異なり、ユウヒは明らかに狙いすましてくるからな。

 今もにわかに妖艶な顔色を浮かべると、


「これからは、そんなの使わなくたって…私が色々してあげるから…♪」


 獲物ににじり寄る猫のように愉悦の眼差しで僕を見つめ、四つん這いですり寄ってくる。

 スタイル抜群なお乳やお尻がユサユサ揺れて、僕の煩悩を嫌が上にも刺激する。


 夏服の薄い布地の背中越しには、今日もブラの線は見えない。それでもキャミソールくらいは透けて見えるはずだけど…それすら見当たらない。


 視線を泳がせて室内を見回すと…部屋の片隅に下着類がきれいに折り畳んで置いてあるのが目についた。

 と、ゆーことは…


「安心してください…今日も着けてません♪」


 ゴクッ…条件反射的に生唾を呑む僕を組み敷いて、ユウヒは静かに身体を沈めて…


「って感じに誘惑したいのも山々だけど、残念ながらあまり余裕がないのよね〜」


 急にコロッと雰囲気を変えて身体を上げると、腕時計を確認する。


 なんでも今日は夕飯をこしらえに寄っただけで、あまり遅くなるとバスの時間に間に合わなくなるそうな。

 でも付近にバス停ないけどって訊いたら、近所の病院からコミュニティーバスが出てるんだそうな。病院行かないから知らなかった。


「じゃ、ささっと作っちゃうね〜♪」


 鞄から引っ張り出した自前のエプロンを身につけたユウヒが冷蔵庫を開けると、僕が買った憶えがない食材が詰め込まれていた。

 事前に用意しておいたらしいけど、てことはアパート付近の店舗をすでに掌握済みということか。恐るべき手回しの良さ。


「♪〜〜〜〜」


 ユウヒはさっそく流し台に向かい、鼻歌まじりに手際よく調理を進める。


 以前にも触れた通り、僕には母親がキッチンに立っている光景を見た経験など一度もないから、郷愁は微塵も湧かない。

 けれども、知り合いの女の子が僕の部屋の流し台に立っているというある種の背徳感には、少なからず感じるものはある。


 そして部屋の片隅に視線を移せば…彼女が抜き捨てた下着類。

 単に飯作って帰るだけなら、なぜこんな思わせぶりな真似をするのか?


 これはもう…僕の劣情を催させるべく誘っているとしか思えない。

 据え膳食わぬは男の恥、毒喰らわば料理人まで…!


「…あ…」


 僕に背後から肩を掴まれ、ユウヒの手が止まる。


「包丁持ってるから、危ないよ…」


 という彼女の手から包丁を絡め取り、まな板の上に置く。その際、次第に硬さを増しゆく股間が彼女の腰に密着した。


「…今日は時間ないって…」


「じゃあ…今日こそ泊まってく?」


 問い返しつつ、彼女の制服の襟のボタンを外して、隙間から手を差し入れる。

 滑らかな柔肌が手のひらに吸いつく。


「…本当に何も着けてないんだね」


「あ…っ」


 ユウヒが身をすくめた弾みで、豊かな乳房の先端が僕の指先をかすめた。

 瞬間、ビクンッと身体が震える。けれども抵抗はしない。

 これは…先へ進んでもいいってことかな。


 スカートの中に手を入れる。

 …こちらも他の布地は手に触れることがない。胸よりも弾力がありつつも、より丸みを帯びた柔肌を堪能する。


「…いい?」


 短く問いかけて、ユウヒの返答より先に手を前方へと滑らせる。

 さすがに今度は抵抗されるかと思いきや…やっぱり僕にされるがままだ。


 けれども、もの凄く震えてる。それだけで初めてなんだって判る。そういう僕だってもちろんまだだけど。


「本当に…いいの?」


 ユウヒはやっぱり答えない。

 というか、さっきから何一つ答えてくれない。ただ押し黙って僕に身体を委ねてるだけだ。


 本当の本当に先へ進んでいいのかと、いまさら不安にかられた。

 彼女だけじゃなく、僕もそろそろ引き返せないところまで来てる。


 けど何度も同じことを訊き返して、意気地なしと思われるのも癪だし…

 などと考えあぐねているうちに、指先の感触が変わった。


 そろそろフサフサした触り心地になるかと思ってだのに…意外にもすべすべしてる。

 でもほんの少しジョリジョリした手応えが…やっぱり場所は間違ってない。


「…マヒルが…全部剃ってたから、そーゆーの好きなのかなって…」


 やっと聞き取れるほどの震える小声で、やっと返事があった。けどそれは僕がやらせてんじゃなくてアスリートの常識だからね!

 …もしかして、まだ僕とマヒルの関係を誤解したままなのか?


「…こないだは不覚にもアイツのをモロに見ちゃったけど、触ったことはないよ。

 だから…これが初めて。」


 にわかに湿り気を増すその部分へと、僕の指は慎重に分け入って…


 ピロリンッ⭐︎


「ぅどわあっ!?」


 イキナリ鳴り響いた電子音に慌てふためく僕の指が、あらぬ方向に乱れ飛ぶ!


 ぢゅぷんっ!!


 うわっなんかに刺さった、指先がなんか肉っぽいモノに刺さったァーッ!?


「ひゃふぁっ!?」


 うわっユウヒが跳んだっ、僕の指先がどっかに刺さったユウヒが悲鳴あげて弾け飛んだァーッ!!


「あわわわゴメンっ、痛かった!? 血ィ出た!? 破れた!? イッちゃったァーッ!?」


 こんな状況下では男はもはや罪の意識にナミダヲナガシ、慌ててふためきオロオロアルキ、


「だ、大丈夫だけど…リョータちょっとウザいしキモい。」


 ミンナニデクノボートヨバレてしまったぁ〜っ!?


「そんなに慌てなくたって…どのみちそうなる予定だったし…」


 言ってから真っ赤になって顔を伏せるユウヒに、僕も遅れて赤面する。


 お…おのれィッ、こんな嬉シ恥ズカシな場面を盛大に邪魔しやがったボケナスはいったい何処のドヤツぢゃあッ!?


 怒りに任せて先ほどの電子音の出所を探れば、それは僕のスマホだった。チクショウ、なんで事前に電源切っとかないんだ僕!

 しかしもはや後の祭りなので、渋々待ち受け画面を確認すれば…


「…マヒル?」


 こんな時間に珍しい。アイツならすぐ近所に住んでるから、用があるなら事前連絡ナシで直接乗り込んでくるはずなのに…?


 スマホを開いて対話アプリのメッセージを確認する。…んげ。


「…なんて?」


 露骨に顔をしかめた僕に、ユウヒが恐々尋ねる。


「『メシ作ってきたけど、お邪魔みたいだから帰る』ってさ」


 確かにそのうち来るって聞いてたけど、言った直後に来ますかね?

 しかも本当の意味での飯テロかよ。


 すでに何度も触れた通り、マヒルの料理の腕前は人外魔境、ユウヒの足下にも及ばないどころか、もはや異次元からの襲来レベルだ。

 何故このタイミングで…?


 さらにコレ…僕らの痴態を一部始終聞かれてたってことじゃん。盗聴器を仕掛けるまでもなく、このアパートの壁は激薄だからなぁ。

 本当に、何故このタイミングで…!?


「あ〜…じゃあ私、今日は帰る…ね」


 気まずそうに帰り支度を始めるユウヒを、本来なら引き止めるべきなんだろうけど…場合が場合だしな。

 なんでカノジョのほうが幼馴染に気を遣わなきゃなんないのか謎だけど、ユウヒもその辺は解ってて恋人宣言したようだし。


 あと…単純に、今はマヒルと顔を合わせづらい。なのでユウヒは逃げ帰れるけど、僕は逃げられない。

 何故なら、こんな時にはたいがい…


「…やっぱいるし」


 部屋の窓から外の様子を窺えば…水平線の向こうに陽が落ちかけた波打ち際で、見覚えのある人影がぼんやりしゃがみ込んでいた。


 …不可避イベント発生確定だな。





 ユウヒには、この埋め合わせは必ずするからと平謝りしてお引き取り頂いた。


 エッチが空振りに終わったことに加え、結局夕飯が用意できなかったことで、お互い不完全燃焼感ハンパない。

 ぶっちゃけ、息子さんがお起き召さなくて使い物にならなかった場合よりも気まずいし…明日どーやって顔合わせりゃいいの?


 で、マヒルのほうには対話アプリに返信しといたから、そろそろ来る頃合いだろう。

 …とか言ってるうちに室外に人の気配が。


 ピンポーン。


 何の変哲もないチャイムがこれほどまでに重苦しく聴こえた試しが今まであっただろうか。

 鳴り終わっても、マヒルらしくもなく何のリアクションも無いのがさらに怖い。


「…鍋持ってるからドア開けて」


 やっとドアの向こうからマヒルの声が届いた、

 鍋?…そういやメシ作ってきたって言ってたな。

 部活で姿を見かけないと思ったら、んなコトしてたのかよ。


 マヒルの手料理か…このドアを開けさえしなければソレ食って死ぬことはあるまい。

 だがその場合、怒ったマヒルにぼてくりこかされ、どのみち死ぬしかない。


 覚悟を決めた僕は、なんか出てくるのが判りきってるビックリ箱をこじ開ける心境でドアノブを回した。


 …通路に、骨壷を胸に抱いた遺族のような沈痛な面持ちで大鍋を両手に携えたマヒルが立ち尽くしていた。


 一旦うちに帰って作ってきたのか、キャミソールにショートパンツというかなりラフな私服に着替えている。すぐ近所だからってご近所様の目もあるんだから、もうちょい気を遣え。


「…エロ会長。」


 開口一番ソレかい。どうみても聞かれてた。


「…ヤッた?」


 二言目にはソレかい。お前はカイドウ氏か?

 玄関先であることないこと喚かれても困るので、とっとと部屋に押し込んでドアを閉じる。


「ヤッてませんヤッてません。こんな短時間でデキるわけないだろ?」


「でもなんか…エロエロだったじゃん?」


「そりゃエロエロなことしてたらエロエロな雰囲気にもなるよ当然」


「じゃあやっぱりヤッてたんだ?」


「だからヤッてませんて。ちょっとお触りしてただけ!」


 何故に僕は盗聴犯相手に、こんな必死に状況説明してますか?


「てゆーか付き合ってんだから、そーゆーコトにもなって当然じゃん?」


「…そっか…そだよね…付き合ってんだよね、あんた達…」


 やっと納得してくれたのか、再びトーンダウンするマヒル…鍋持ったままで。

 いつにも増して浮き沈みが激しい気がするけど、


「とりあえず鍋置いたら?」


「あ…うん」


 我が家で唯一の勉強机兼作業台兼ちゃぶ台の上に、マヒルは持ってた鍋をやっと降ろす。

 …ずいぶん重そうだけど、どんだけ入ってんだ?


「…今度は何やらかした…イヤ、作ったの?」


「カレー。」


 なんですと…? かつて僕に瀕死の重症を負わせたのと同じ劇物が、またしても目の前に。


 しかもカレーだったら蓋を閉じたままでも匂いでそれと判るのが普通だけど…何故だか一切なんの香りも漂ってこないのがかえって不気味だ。


「作りすぎたから、アンタにも分けたげようと思って」


 ハイ出ました典型的ツンデレ台詞。

 ラブコメでありがちなこのシーン、僕は以前から疑問だった。


 なぜなら、カレーを作りすぎるなんてことはフツーありえないからだ。


 今日びではレトルトパウチでお手軽に済ませる御家庭も多いだろうけど、一般的なカレールウを用いて自分で料理する場合に限れば…


 そもそもカレーというものは煮込み料理であり、作ったその場ですべて平らげるものではなく、複数回に分けて少しずつ消費するものだ。

 従って作りすぎるのが普通であり、常識的な分量であれば足りなくなることはあっても多すぎることはないのであーる! ハイ論破♪


 さらに言及すれば、カレーは各ご家庭ごとに好みの辛さや味付けが異なる上に、鍋意外の容器…たとえばタッパー等に入れた際の見た目が悪すぎるため、実際に作りすぎたところで他所様にお裾分け…という展開にはなりにくい。


 もっと言ってしまえば、カレーは学校の調理実習などで必ず作るし、日本人なら一度も食べたことがない者など存在しない超定番料理だ。


 つまり、カレーは誰でも知ってて誰でも作れる。従ってコレが作れたところで料理自慢にはならないから、意中の男の子にお料理を…という場面で選ばれることは、まず、無い。


 唯一例外を挙げるとするならば、料理経験が著しく少ない者…あるいは一度作ったものの大失敗した経験がある者ならば、無事に仕上がれば見事にリベンジを果たしたことになる、かもしれない。


 …だよな、マヒル?


 コイツ、僕がユウヒの料理を美味そうに頬張るのを羨ましげに見てたからなぁ。

 実際ウマイし、調理コースの生徒相手に張り合ったってしょーがないだろうに…。


「…なんか呆れたよーな顔してるけど…」


「呆れてんだよ。食えばいいんだろ食えば?」


 やむなく流し台から食器を持ってきた僕は、マヒル特性…いや特製カレーを皿に盛り付ける。

 …すでにお玉で掬い上げたときの手応えがカレーのそれじゃない。化石の発掘現場で土を掘り起こしてるような感覚だ。


 そしてやはりカレーらしい匂いがしない。

 見た目は完全にカレーだし、使用食材も明らかにカレーのそれで妙なモノは入っていない。

 なのに匂いはカレーじゃない摩訶不思議。


 でもこれなら、あるいはイケルのでは?…などと淡い期待を抱いた結果、前回は地獄のズンドコまで突き落とされたから油断禁物。

 だけどさすがに即死レベルほど酷くはないだろうし、日本の医者は優秀だからなんとかしてくれることだろう。


「…南無三!」


 たかがひとさじ、されどひとさじ。このわずか数グラムに僕の残り人生全てと祈りを込めて…!


「…………。」


 うん、大方の予想通りカレーの味じゃない。まずもって辛さが微塵もない。カレーなのに。

 だからカレーの香りがしないのも当然だった。カレーなのに。


 ならば何かと問われれば…いまだかつて経験した憶えのない未知の味わい、としか答えようがない。カレーなのに。


 そして、実に驚くべきことに…

 …美味い。


 カレーを食ってカレーの味がしなかっただけでも奇跡なのに、それが美味いとは何事か?

 ひょっとしたら今度こそたった一口で昇天してしまったのかも、とも思ったが…残念ながら僕はまだ生きているし正気だった。

 

 …ふむ。これまたラブコメにはありがちな時間差トラップも仕掛けられてはいないようで、後から火を噴くほどの辛さが遅い来ることも無かった。


 ならば…僕の感想を心待ちにしてるそこのダメ姉貴に、事実を伝えるしかない。


「…よくできました。…美味いよ。信じ難いことに」


 率直な僕の感想を聞いたマヒルの顔に、ようやく安堵の笑みが広がる。

 もしかして、それが不安だったからずっと浮かない顔色だったのかな…と思いきや、


「よしっ。これであたしもやっと思い残すことはなくなったかな?」


 え…それってどーゆー…?


「ユウヒから鍵貰ったっしょ? ソレ、もう要らないから返しとくね」


 ま、待てよ…何がどうなってんだコリャ?


 戸惑うばかりの僕に、寂しげな微笑を浮かべてマヒルは言う。


「じゃあね。ここには…もう、来ないから。」




【第五話 END】

 のっけからヒマワリの異端審問裁判で始まる今回。さっそくいい塩梅に雲行きが怪しくなってきました。

 このイビツさこそがラブコメの醍醐味ですから、今後も波乱は延々続きます。

 そして誰もが主人公に惚れ込む不自然極まりない世界で、今のところ唯一あさっての方向を向いているヒマワリの明日はどっちだ?

 もともとマルチエンド方式で考えてたお話ですから、誰が誰と結ばれるかは作者にも見当がつきません。

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