僕も彼女も変態だ
期待に胸を高鳴らせて、客間から廊下を横切り、すぐ目の前のドアにたどり着く。
「…此処よ。お入りBoy♪」
ナミカさんに促されて、禁断の部屋の扉を潜るなり、
「ハイ一名様ご案な〜い⭐︎」
「うひゃひゃっ、やっぱり来やがったか!
やーいやーい、騙されてやんの〜っ!」
待ち構えていたカイドウ氏が大人気なく囃し立てた。
「ゴメンねぇ〜坊や。あまりにもあっさり引っかかってくれたもんだから…ぅぷぷっ♪」
今しがたまでエロスの化身だったナミカさんもすっかり素に戻り、溜まりかねて吹き出す始末。
クゥッ…騙されたっ!!
よくよく考えたら、この部屋って夫妻の寝室じゃん。ぼったくりバーかよ!
ヂギジョオ〜いたいけな少年のヘヴンズドアへの好奇心を弄びやがってぇ〜っ!!
「あの…コレってまさか、ユウヒ…お嬢さんの恋人にふさわしいかどうかを試すテストだったりとか…?」
「んにゃ、別に? ユウヒが自分で選んだ相手なら文句なんかねーよ」
親バカゆえか娘への信頼か。そこまで言われるとますます肩身が狭い。
ユウヒを裏切らないって宣言した端から…。
「つーか俺もまんまとコイツに引っ掛けられたクチだしな。コイツのエロさにゃ誰も逆らえっこねーぜクケケッ♪
野郎なんざ所詮そんなもんよ。なぁーナ〜ミ
たんっ⭐︎」
「アハ〜ソだめぇ〜んカイちゃんっ、起っきしたおっきい子が見てるぅ〜ん♪」
僕の目もはばからず夫婦の営みをおっ始める新婚バカッポー。誰が起っきした子やねん…ますます起っきしたけど!
てゆーかカイドウ氏、ぜんっぜん枯れてないし! まだまだ現役ブリバリだしっ!
おのれぇ美魔女ッ、謀ったなァーッ!?
「…とまあオフザケはこのへんにして…ここへ呼んだのは、少年。もっとお前と話してみたかったからだ…ユウヒのいない所でな」
直前までの迫真のまぐわいは何だったのか、急に真顔に戻った夫妻はダブルベッドの端に並んで腰掛け、その隣に僕を座らせた。
業界人切り替え早っ。
「それなら普通に呼んでくださいよ。なんなんスかアレ?」
「普通に呼びに行ったんだけど、ユウヒとアサヒ相手に普通じゃなくなってたから、つい♪」
ナッミッカッさん〜〜〜っっ!!
だんだんこの人の本性が解ってきたぞ。
つまりはマヒルやユウヒと根本的に同一種のエロリアンだ。
この作品にはエロ魔人しかおらんのかい!?
エロっていへばエロっていふ。
こだまでせうか? いゝへ、誰でも。
「まずは感謝させてくれ。あのユウヒをよくぞここまで更生させてくれた…!」
どうやら真面目に感謝しているらしく、深々と頭を下げたカイドウ氏に僕は恐縮至極。
けれどもよくよく話を聞いてみれば、彼の平身低頭も無理からぬことだった。
あの日、下校時の海岸でユウヒを見つける前までは…美岬家はまさに崩壊寸前で、僕の予想よりもずっと酷い状況だったらしい。
ナミカさんと大喧嘩をやらかした後、ユウヒは自室に引き篭もり、誰とも顔を合わさず。
ナミカさんはナミカさんで、自分のせいだと泣きながら離婚届に判を押し。
カイドウ氏的には、女性同士が自分を取り合う以外で揉めることなど無かったものだから勝手がわからず右往左往するだけで。
アサヒちゃんはユウヒが意地悪して相手してくれなくなったと勘違いして号泣し続け。
「うわ…阿鼻叫喚ですね」
僕的には、産みの両親が揉める場面に一度も出くわしたことがない…どころかそもそも父親の顔すらろくに見たことが無かったから、完全に他人事だけど。
世間では超有名な国際ジャーナリストのカイドウ氏だけど、決して超人じゃない。
それどころか家族間トラブルにさえろくに対象できないという、庶民的な父親の顔を持っていたことに驚かされた。
「それがあの日…ユウヒの奴、夜遅く帰ってくるなり、いきなりゴメンナサイって頭下げやがってな。いったい何が起こったのかと我が目を疑っちまったぜ」
全人類が驚愕する世界的なアクシデントを何度もすっぱ抜いてきた彼にも、愛娘の心の機微には対応しきれないというカワイイ一面があった。
「それに『明日の朝は私にキッチン任せてお願い』って真剣に頼んできて…。あたしが来てからはそんなコト一度も言ったことが無かったから、あっけにとられちゃったわ」
どうやらユウヒはナミカさんに遠慮しすぎて何も言えず、結果的に大暴発してしまったらしい。
たったそれだけの事が伝えられないだなんて、どんだけ人見知りなんだよ。
「で、何を作るのか訊いてみたら、真っ赤な顔で『お弁当…作ってあげたい人がいるの』でしょ? んもぉ〜メチャクチャ可愛くて♪」
そのお相手って、間違いなく…
「な〜るほど、全部そいつの仕業か。あのユウヒをここまで惚れさせるなんざ只者じゃねーな…てなわけで興味深かったので拉致ってみた♪」
僕を指差してニンマリ笑うカイドウ氏。彼の親バカぶりが尋常じゃないのは既に理解できたから、もう驚かないけど。
「…んで? いったいどんな手品だこりゃ?」
「手品っていうほど種も仕掛けもありませんよ。というか僕にもよく解らなくって…」
あの日のユウヒとの出会いからその日に至るまでの経緯を、僕は包み隠さず語って聞かせた。
とはいえ数々のラッキースケベイベントをそのまま話すわけにもいかず、部分的には包み隠したけど。
「…で、悪いと思ったらちゃんと謝らないと、相手に伝わらないよ、とか当たり前のことを言ってみただけなんですけどね。
その辺から気づいたら、あんな感じになっちゃってて」
「あーたぶんソレだな」
カイドウ氏がニヤリとほくそ笑む。
「え、ドレですか?」
しかし彼には僕の質問が聞こえなかったらしく、
「ソレであそこまでいっちまうたぁ…やれやれ、ま〜だ親離れできてねーのな、アイツ…」
などと遠い目をして苦笑していた。
美岬家にも僕がいまだ知らない秘められた物語がいろいろあるんだろう。
「…あと少年、お前たしかあそこの学校の生徒会長だったろ? いろいろ苦労かけちまってスマンなぁ」
またしてもカイドウ氏に頭を下げられた。しかも今度はまったく脈絡不明だ。
キョトンとする僕に、彼は言いにくそうに、
「たぶん登下校のシンドさをなんとかしてくれって陳情したら、当時の市長の話を聞かされただろ? アレ…俺の親父。」
「へ?」
思わぬところで思わぬ伏線が回収されて、今度こそ目が点になる。
「でも、苗字が違いますよね?」
「ああ、今のはお袋ん家の苗字だからな。親父たち、あの後離婚こいちまったからよ。
理由はまあ、言うまでもねーだろ」
たしかに質問しづらいけど、たしかに訊くまでもない。何のことだかワカラン人は第一話をどーぞ♪
「何かと欠点だらけなダメ人間だったが、俺はけっこー好きだったなぁ…」
またしても遠い目をして昔を懐かしむカイドウ氏。言われてみれば、なんとな〜く人物像がダブってる…とりわけメチャ強引なあたり。
ちなみにお父上は議員辞職して離婚した後、海外に渡ったところまでは判明してるが、その後は消息不明だそうな。
かくして母子家庭となった美岬家だが、お父上から多額の慰謝料をせしめたおかげで生活にはまったく不自由しなかった。
…この御屋敷を見れば、いったいどんだけ踏んだくったのか容易に想像がつくけど。
カイドウ氏自身もその後、グレたり自暴自棄になったり色々あったけど、興味本位で国内外を手当たり次第にほっつき歩いてる間に、いつしかジャーナリストと呼ばれるようになって今日に至るそうな。
「まあ天職だろうな、たぶん。おかげでコイツともこんな仲になれたしな♪」
自嘲しつつも誇らしげに胸を張り、ナミカさんを優しく抱き寄せる彼を見ているうちに…
いつしか僕の胸中にも温かい気持ちが溢れていることに気づいた。
なんてこった。どうやら僕はこの得体の知れない不良オヤジにすっかり惚れ込んでしまったらしい。
それはたぶん、彼の境遇が僕に似てるからかもしれない。とはいえ裕福さでは雲泥の差だけど。
人は誰しも、過去に手放したものがもう二度と得られないと判っていても、それをなんとか再び手中に納めようと執拗かつひたむきに努力し続ける生き物だ。
良かれ悪かれ、それが人が生きていくための原動力なんだろう。
もっとも、僕はいつになったら彼の立場にたどり着けるのか、まだまだ予想もつかないけれど…。
「…話が大幅に逸れちまったが、俺がお前に訊きたかったのはこれで全部だ。
逆に、少年。お前のほうから俺に訊きたい事はあるか?」
おっと、ここで待望の質疑応答か。
ならば…僕が今いちばん訊きたい事はコレしかない。
「ユウヒとアサヒちゃんですけど…彼女達って、本当の姉妹なんですか?」
◇
その質問を口にするなり、美岬夫妻の顔色が明らかに変わった。…やっぱりな。
念の為、部屋の戸口を窺ってみたけど、さっきのように誰かに聞き耳を立てられている気配はない。…もっともアサヒちゃんの場合は聴いてたんじゃなく覗いてたんだけど。
入室の際に一応確認したけど、どうやらこの部屋は本当に完全防音対策が施されているようだ。さすがは国際ジャーナリスト。
なので此処なら安心して話ができそうだ。
「チッ、やっぱ気づきやがったか。目ざとい奴め」
「だって明らかに顔立ちが違いますし。アサヒちゃんはカイドウさんと共通点が多いですけど、ユウヒは誰にも似てませんよね?」
センシティブな話題なだけに、あえて淡々と指摘すると、カイドウ氏はしばし考え込み、
「…まあいいか。かなり昔になるから時効だろうしな。
ユウヒはアレの母親似だ。連れ子だったんだ。母親は…もう死んじまったけどな」
話しながら、カイドウ氏はナミカさんを気遣うようにチラリと目をやったが、彼女は構わない、と頷き返した。
「すると、アサヒちゃんはその人との…?」
「ああ、まごうことなき俺の子だ」
ちなみに障害は遺伝ではなく、生後の病気による後天的なもの。
そして手話は普及率が低いことから、カイドウ氏の判断であえて教えていないそうだ。
彼女にはなるべく健常者と同じ環境で生活してほしいと考え、汎用性の高い筆談をメインとしてるんだとか。
でもアサヒちゃんのことも気になるけど…ユウヒの本当の父親って?
「そいつは…さすがに俺の口からは言えねーな。知りたきゃ俺の本買って読め。どっかに載ってる」
この期に及んで営業すなっ!!
しかもアンタの著作っていえば凶悪新興宗教団体とか、国内最大級の組事務所とか、海外のテロ組織とか、謎の秘密結社とかのハンパなくヤバいネタばっかでしょーがっ!?
「とにかくアイツの母親はそこにいた。洗脳が解けて逃げたがってたから幼い娘ごと奪還した。その娘がおっきくなって今ココ。」
ちょちょちょっ、サラッと言っちゃってますけど何一つマトモな要素ないんですケド!?
「誤解してほしくないのは、ユウヒはあくまでも普通の娘だってことだ。
出自はどうあれ、この家で普通…かどうかは知らねーがマトモに育ち、アサヒの姉として、母親代わりとして一生懸命やってくれた」
カイドウ氏が有名になった頃には、母親は体調を崩しがちになり、家のことやアサヒちゃんのことは幼いユウヒに任せっきりになった。
しかしカイドウ氏は皆の暮らしを守るため、そして有名人としての宿命ゆえ、どんどん家に帰れる機会が減るという皮肉な事態に陥った。
そしてある日…長期間の海外取材が終わって、やっと我が家に帰ってみれば。
「…すでに事切れた母親の隣で、ユウヒのやつは泣き喚くアサヒを抱えて、ぼんやり一人で佇んでやがった。
そして愕然とした俺を見つけると…にっこり笑いやがったんだ」
"お父さん。私、頑張ってお留守番したよ。
…エライでしょ?"
「泣き腫らして涙も涸れ果てた顔で…気丈にな。」
…ユウヒ…。
「世界中飛び回って、あらゆる現場をこの目で見てきた俺でさえ…あれだけ泣けたことは、いまだかつて無かったぜ」
そしてカイドウ氏は誓った。
これからは娘達を最優先に生きていくと。
仕事量は抑え切れるものではなかったが、海外等の遠方及び長期取材はなるだけ控え、何かあればすぐに二人のもとに駆けつけられるようにマスコミ出演を増やした。
僕たち視聴者がテレビ等で彼の姿を頻繁に見かけるようになったのは、そのためだった。
…そうこうしてる内に、ユウヒも気づけば高校生になった。
アサヒちゃんも大きくなりはしたけど、まだまだ手がかかるお年頃…。
そろそろ限界だろうと思った。
そろそろユウヒを楽にしてやりたいと。
そろそろ自由にしてやりたいと。
有名人とはいえ、中身はごくごく普通な父親の願いは、ただそれだけだった。
そんな折に知り合ったナミカさんは、まだ若いながらもカイドウ氏から見れば、まさに理想の母親像だった。
だから皆で一緒に暮らせばなお良かろうと、ユウヒの意見を最大限尊重して新たな家庭環境を築いたつもりだった…のだが。
「アイツの本心を、俺はまた見抜けなかった。
ユウヒのほうも、俺のためならどんな我慢でもするのが普通になっちまってたんだろうな…」
そして美岬家はまた崩壊しかける…
かと思いきや。
絶体絶命の窮地に突然降臨し、鮮やかに解決してしまったのが、この僕だったんだそうな。
この僕がいきなりこの家に招待されたのは、ひとえに感謝の意を伝えるためだった。
「…だから頭上げてくださいよもう。僕的には本当に思ってもみなかったことなんで…」
自分が興味本位でしたことが、よもやここまで大それたことになろうとは…
もはやうろたえる以外なにができよう。
「いや〜それにしても、ユウヒのやつもイイ旦那を見つけてくれたもんだぜ♪」
…え゛。
「これで俺もやっと仕事に専念できるしな!」
「だからって早速、海外取材組んじゃうしぃ…新婚なのに抱かれ足りなくてグッスン」
内心では本当に寂しがってるのかもしれないけど、あからさまな嘘泣きを披露するナミカさんに、
「な〜に、ソレもこの旦那が面倒見てくれるサ。頼んだぜリョータ⭐︎」
「それは名案ね! 頼んだわよリョータくん♪」
「よし、リョータなら妻みぐいも許す♪」
ちょっ!? そんなん許すなや変態おやぢ!
どっかのエロゲタイトルをモロパクすんのもやめーや!
アンタら夫婦の倫理観って一体全体どーなっちゃってんの!?
いつの間にかちゃっかり名前呼びして家族枠に組み込まれちゃってるし!
「さぁ〜宴もたけなわだな! ナミたんや、イチッバンええ酒を持ってきてくれるかのぉ!?」
「ついでに精がつくオカズ…おつまみもお持ちしましょうかねぇカイさん♪」
だから待って…え、これから呑むの!?
ホンット業界人って時間問わずだな!
てかナチュラルに未成年を酒席に誘うの止めません?
つーかもう深夜なんだから、えーかげん寝かせてぇ〜〜〜〜〜っっ!!
◇
…てなわけで、夜通し語り明かしてエライ目に遭った僕が、やっとこさ変態夫婦から解放されたのは明け方だった。
業界人のスタミナ半端ねー。
アンタらは一日中オフかもしんないけど、こっちは今日も学校あるんだよ!
へろへろになって客間に戻ってきた後も、どんちゃん騒ぎの余韻でろくに寝付けず…
窓辺の薄明かりとさざなみの調べに目を覚ましたのは、寝入ってからわずか小一時間後だった。
眠いっちゃ眠いけど、いまさら寝るわけにもいかず、制服に着替えて部屋を出る。
とりあえず水でも飲むかとキッチンに顔を出せば…
「おはよ。よく眠れた?」
制服姿にエプロン着用のユウヒが朝食の支度をしていた。ナミカさんとの話し合いの結果、朝食は彼女の担当になったようだ。
「…これがよく眠れたように見える?」
黒々とした目の下のクマを指差して大あくびをかます僕に、ユウヒはクスクス笑って、
「ちょうど出来たところだから、お先にどーぞ♪」
と、慣れた手つきで一人前の朝食を食卓に並べてくれた。そして僕を座らせると、自分もその隣に腰掛け、
「ハイ、あ〜ん♪」
「…自分で食べれますから」
朝っぱらからどこぞの変態夫婦みたいな痴態を演じてたまるか。
真っ赤な顔でさっそく料理に箸をつける僕を、ユウヒは隣で頬杖をついて観察してる。
「…なんか、食べる度に美味くなってない?」
「そりゃ〜カレシが食べるとなると気合いが違いますから♪」
なるほど。…っていやいや、気合いで美味いモンが作れるなら料理人は要らないって。
「さすがは調理師コース。将来は料理人とか目指してるの?」
「う〜ん…別にどのコースでも良かったけど、お料理くらいしか得意なことがなかったから」
つまりは自宅からいちばん近い高校がうちの学校だった、というだけで進学したらしい。
美岬家の財政事情ならもっとレベルの高い学校も狙えただろうに。
でもそのおかげでこうして知り合えたんだから、運命とは奇なるものだ。
「けど…今は別の目標ができちゃったかも♪」
僕の顔を見つめて、ユウヒは幸せそうに微笑む。出会って三日目にしては人生設計早すぎませんかね?
早朝のキッチンの食卓て見つめ合う、出来立てホヤホヤ高校生カポー。
あるいはここで『もしも将来ユウヒと結婚したら、毎日こんな感じかな…』などと見果てぬ夢を思い描くのが正解かもしれないけど…
残念ながら僕はそんなご多幸な御家庭を見たことがないから、漫画やドラマでよく見るこんなシーンはしょせん絵空事にしか思えない。
生まれた家庭は最初から崩壊してたし、育った網元家の朝は戦場で、鬼軍曹ことマヒルの命令には絶対服従だったし。
なので今の今まで、自分ほど不幸な奴はいないと思い込んできたけど…上には上がいた。
僕の場合、産みの両親はサイテーな連中ながらも、現状たぶん生きてる。
けれどユウヒの場合はすでに両方と死別してる。育て親のカイドウ氏とは血縁はないし、妹のアサヒちゃんは腹違いで、しかも耳に障害がある。さらに後妻のナミカさんとはつい先日まで一触即発だった。
そんな凄まじい境遇で、どうしてこんなに幸せそうに笑えるんだろうか?
そうさせてるのはこの僕だから、と誇らしげに胸を張る気には…今はとてもなれない。
なんていうか…完敗な気分だ。正直悔しい。
「…な、なに? なんでそんなに…?」
ついつい凝視しすぎてしまったか、ユウヒは照れて顔を隠す。
「いやぁ…綺麗だな〜と思って♪」
内心のみっともない嫉妬を打ち明けるのも憚られるので、テキトーに言い訳。
寝不足だからか、いつもなら絶対口にできないようなクサイ台詞もスラスラ出てくる。
するとユウヒの顔はさらに真っ赤に染まった。朝っぱらから血圧高いなぁ。
客観的事実を述べたまでだから心も傷まないしね。
「リ、リョータもカッコイイ…よ♪」
うん、よく言われる。でもなんか嬉しいな…と思ったら、ユウヒに面と向かってそう言われたのは初めてだった。
彼女ほどの美人が言うなら間違いないな。僕やっぱカッコイイんじゃん♪
「じゃあ、お礼にキスでもしとく?」
「!?」
僕の提案に一瞬、信じられないといった顔で戸惑うユウヒ。だけどすぐに赤らんだ顔のまま目を閉じて、唇を僕に差し出す。
あれぇ? 彼女らしくもなく素直だな…まだ夢でも見てるんだろうか?
いくら押せ押せなユウヒでも、男の朝◯ちみたく朝からギンギンってことはないだろうし。
ピロン♪
このタイミングで急にスマホの着信音が鳴ってマジ焦った。
待ち受け画面を見ると…アサヒちゃんからの対話アプリメッセージが着信とある。
《キスきす鱚Kiss!!》
これは…とキッチンの戸口を見れば、やっぱりパジャマ姿の彼女が大興奮でこっちに注目してた。
そんな遠巻きに見なくても、間近でじっくり観察すればいいのに…と手招きすると、アサヒちゃんは驚いたように僕を見つめて、おっかなびっくり近づいてきた。
ユウヒはまだチュー待ちモードのまま固まってる。親鳥の餌付けを待つ雛みたいで面白い。
そんなお間抜けな彼女を指差しつつ、
〈こーゆーの、したいの?〉
とアサヒちゃんのスマホへ送ると、ものすごい勢いでコクコク頷き返してきた。
う〜ん、マセてるなぁ。血の繋がりはなくても姉妹って似るものなのかな?
〈じゃあ、コレの真似して?〉
なおもユウヒを指差し指示を送ると、アサヒちゃんはキュッと目を瞑って唇を突き出した。
どんだけ餌付けに飢えてんの、この姉妹?
もちろんホントにしでかしたら完璧アウトだから…僕はユウヒがこさえてくれた朝食に目を配る。
そして、ウインナーソーセージを箸で摘むと、その横っ腹をアサヒちゃんの唇にチュッと押し当てた。
「!?」
目を閉じたままのアサヒちゃんの顔が一瞬で真っ赤っかに。そして…ををっ、舌先をピロッと出してウインナーの脂を表面を舐め取ってる!
小学生ながらになんたるエロス。将来有望だなこの子。
さてと、お次は…アサヒちゃんの唇からそっと剥がしたウインナーの先端を、ま〜だ餌待ち状態だったユウヒの艶めかしい唇に…ニュルンッと押し込む!
「んむう…っ!?」
アサヒちゃんに輪をかけて顔を火照らせたユウヒは…なんと、頭を前後に揺さぶって、ウインナーを唇でニュップンニュップンしごき始めた!?
朝っぱらからこれはアカン、これはアカンでぇ〜っ!!
本能的に危険を察知した僕が慌ててユウヒの唇からウインナーをヂュポンッ!と引っこ抜くと、彼女はようやく夢から醒めたように目を開けると、
「も、もぉリョータってば! イキナリそんな攻撃的な…でも思ったよりも細身…で…?」
意味不明な感想をのたまう最中、僕が手にした箸とウインナーに気づいて…
「あ゛っ…わ、忘れて…全部忘れてぇえ〜〜〜〜〜っっ!!」
ヒロインらしからぬ形容しがたい顔面崩壊を両手で覆い隠して、慌ただしくキッチンから飛び出していった…。
いったい何と勘違いしたのか、薄々気づかない訳でもないけど…彼女の名誉のためにはあえて気づかないフリで通したほうが良いかな?
とりあえず…僕のはそんなに小っちゃくないやいプンプンッ!
そしてもう一方のアサヒちゃんはといえば、
「…………」
何やら微睡んだ熱っぽい目で僕を見つめてますけど…さすがに騙されたって気づいただろうけど、まだ寝足りなかったのかな?
ん? 僕の制服の袖を引っ張って、それを自分のパジャマの胸元へ…ってちょい待ち!
このままでは倫理的に色々マズイと思った僕が、慌てて手を引っ込めようとしたところ、指先が彼女の胸の先端をポチンッと弾いて…!
「ひゃふっ!?」
予想以上にカワイイ悲鳴を上げて、アサヒちゃんはその場にペタンと尻餅をつく。
いやこれは決して故意ではなく偶発的なハプニングであってですね!?
えとえと…あっそうだスマホスマホ!
〈ゴメンわざとじゃないんだ!〉
僕も慌ててしゃがみ込み、対話アプリに書き込んだ文章を直に彼女に見せる。
《おっぱいの先っぽ、痛いけどなんか変な感じ》
なんか噛み合ってないけど、それって第二次性徴期…いやツッコンだら負けだ!
どーでもいいけどアサヒちゃん、懐かしのガラケーみたくスマホを片手でタップしてるし。原理的にできるのそんなこと!?
〈なんでおっぱい?〉
《キスしてくれたお礼♪》
やあ、これはどうもご丁寧に…って違うでしょっ!? やっぱ騙されてるし!
でも今さら実は違ってました、なんて言えない。
《ファーストキスはレモンみたく甘酸っぱいって書いてあったけど》
今どき、どこに?
《なんかちょっとしょっぱくて、ちょっぴり脂っこいね♪》
そりゃウインナーだからね。
それはさておき、僕の質問の答えは?
《お兄ちゃんアサヒのおっぱいばっかり見てるから、好きなのかなって》
そりゃ大好きですよ男の子だもん!
でもって見てたのバ〜レバ〜レ♪
〈でもソレダメ。高校生が小学生にアレとかナニとかしちゃイケナイって法律で〉
スマホに向かって一生懸命タップしてる最中の僕の文章を見て、ムッとしたアサヒちゃんは電光石火で返答をタップ。
《アサヒもう十三才だもん!!》
…はい? …はいぃ〜〜〜っ!?
◇
現在、小学四年生であるはずのアサヒちゃんの実年齢が、なぜ十三才なのか?
その原因は彼女の入学手続きが大幅に遅れたことにあった。
通常なら、重度の聴覚障害を持つ彼女には特殊学校への就学が推奨される。
しかし美岬家から当該校舎までの距離はかなり遠く、日常的な通学は不可能だった。
そしてそれ以上に、アサヒちゃんには普通の人と同じ環境で育ってほしいと願っていたカイドウ氏は、あくまでも一般的な小学校への入校にこだわった。
けれども近所にある市立小学校は案の定、彼女の障害を理由に就学を頑なに拒否した。
ならばどうすべきかと悩んでいたところ、近隣区域に私立小学校が新設されることを知り、懸命に頼み込んだ結果、やっと入校が実現したそうな。
その私立校の開校を待つ間にも年月は無常に流れ、結局、他の一般児童よりも数年遅れで就学するに至った…と。
もちろんその間にも通信教育を受けさせはしたし、当該学年への編入という手もあるにはあった。
けど急に学習環境が変わるとアサヒちゃんが戸惑っちゃうし、肝心要のお友達もできないからね…。
…てなわけで、アサヒちゃん発育良すぎ問題は無事解決したけど。
だからっておいそれとは手を出せないお年頃であることには違いないし、それならそれでちゃんと乳バンドしろし!
《やっぱりおっぱいばっかり見てる》
大変申し訳ございません、男の性分ですから。でももう手は出してませんからご安心を。見〜て〜る〜だ〜け〜♪
《男の子ってどーしておっぱいジロジロ見てくるの?》
ん? どうやら不満対象は僕だけじゃないような口ぶりだな?
〈学校でも男の子たちに?〉
《うん。見られるのはしかたないけど、さわられるのイヤ》
なぬぅ? 小学生でもそれはケシカランな! お触りはご遠慮ください!
…ってゆーか。
〈僕はいいの?〉
《うん。お兄ちゃんはお姉ちゃんのコイビトだし、やさしいし…さわられると、なんかキモチイイから♪》
よ、よもやこの齢にしてもう性感帯…いやゲフンゲフフン!
まさかここでもマヒルと同じ変態発言を贈られるとは思わなかった。僕の手から電磁波でも出てるんだろうか?
〈そゆこと他の人に言っちゃダメだからね?〉
《お兄ちゃんにしか言ってないよ♪》
だからそれがイチバン困るんですケド。
〈じゃあ、僕とアサヒちゃんと…二人だけの秘密ってことで〉
僕の何気ない返事を見た彼女のつぶらな瞳が、何故だかひときわキラキラ光り輝く。
《うんっ、ふたりだけのヒミツね♪》
チュッ⭐︎
不意打ちのように彼女の幼い唇が、僕の唇に軽く押し当てられた。
「!?」
一瞬遅れて事態を理解し、慌てふためく僕。
そうか、一度ホントにしたと思い込んでるから、抵抗が無くなってるのか…!?
《あれ? 初めてのとなんか違う》
そりゃそーでしょ。たぶんそれがアサヒちゃんのファーストキスだから。
◇
やがて制服に着替えるため自室に戻ったアサヒちゃんと入れ替えに、いまだ赤らんだ顔のユウヒがおどおどと戻ってきた。
ユウヒの『アレ』もとっても美味しかったよ、と朝食の味を褒めてあげたら、何故だかなおさら赤面した。なんともたくましい妄想力だ♪
そうこうしてる間にやっとこさカイドウ氏とナミカさんも起き出してきて、制服姿のアサヒちゃんも戻ってきた。
美岬家の面々プラスワンで改めて食卓を囲む。二日目にして早くも馴染んでる自分の適応力の高さに驚く。
あるいは美岬家に流れる独特の空気感がそうさせるのか。
かつていた網元家の気の置けない感じとはまた違う…けれどもどこか懐かしい気分だ。
そして登校。
今日も半日オフのカイドウ氏が学校まで車で送ってくれようとしたが、アンタ明け方まで呑んだくれてたでしょ!?と丁重にご辞退申し上げた。
ちなみにナミカさんも免許を持ってて車もすでに持ち込んでるけど、同様の理由で辞退。
いくら業界人でも社会ルールは守っていただきたいものです。
そんな訳で僕とユウヒ、アサヒちゃんの三人で駅へと向かう。姉妹の毎日の通学路だ。
昨日拉致られてきたときは気が動転しててろくに見てなかったけど、美岬家から最寄りの電車駅まではわずか数百メートルの一本道。
御屋敷が建つ岬へと至る道路は美岬家の私道で、線路をまたぐ高架橋を渡れば駅舎は目の前だから、アサヒちゃんにも安心だ。
そのアサヒちゃんの制服姿は初めて目にしたけど、僕ら公立校のものとは品質が段違い。驚くほどよく似合っててカワイイと思ったら…それもそのはず。
いわゆるデザイナーズブランド品で、ユウヒいわく一着…数十万円!?
そんだけあったら僕がいま持ってる衣類全部が数セット分は買えるよ、と青ざめた。
駅についてしばらく待ってると、まずはアサヒちゃんの小学校へのスクールバスが入ってきた。
これまたそこいらのチャチいマイクロバスではなく、観光バスのようなリッチな代物。
チッ、ブルジョアどもめ…!
『アオぽーん!』
バスの窓から二人の女子生徒がアサヒちゃんに向けて手を振っている。
一方はスポーティで活発なショートカット、もう一方は大人しめなおさげ髪。当然ながら両者ともアサヒちゃんより年下で小柄な印象だけど、ずいぶん親しげだな…
と思ったら、ユウヒいわくアサヒちゃんの友達で、美岬家にも何度か遊びに来たことがあるという。ちゃんと友達もできてるようで安心したけど…アオぽんて?
「アサヒのあだ名だって。一文字しか合ってないのが不思議だけど」
愉快そうに笑うユウヒにも、二人組はしきりに手を振っている。ずいぶん懐かれている様子で、これまた微笑ましい。
その隣に立つ僕にも二人組の視線が向いて、あからさまに「…誰?」という顔つき。
「⭐︎〜♪」
元気よく手を振り返したアサヒちゃんは、僕らに「じゃあまた後でね♪」とばかりに目配せすると、軽やかな足取りでバスに乗り込んだ。
さっそく二人組が出迎えて、僕を指差し質問ぜめにしている。きっと根掘り葉掘り訊かれて、アサヒちゃんも嬉しそうに「お姉ちゃんのコイビトだよ♪」とか紹介するんだろうな…。
アサヒちゃん達を乗せた私立小学校のリッチな送迎バスを見送ってしばらく経つと…
アレとは雲泥の差の、使い古された貧相なマイクロバスが僕らの前に停まった。
これが僕らの公立高の送迎バスだ。
地元自治体が自腹を切り、すべての近隣地区でくまなく運行されているから文句は言えないけど。
ユウヒと連れ立って乗り込み、隣り合った座席に腰を下ろす。
途端に乗り合わせた他生徒たちの好奇の視線が深々と突き刺さる。
「え、生徒会長…なんでバスに?」「しかもなんで美岬さんと?」「なんで隣に座るの?」
ヒソヒソ声で、なんでなんでの大合唱。
ううっ、それなりに覚悟はしてたけど…予想を遥かに上回る注目ぶりだなぁ。
にしても、生徒会長やってる僕はともかく、ユウヒも予想以上の知名度だな。やはり美人は放っといても話題を集めるらしい。
そこへトドメとばかりに、
「ねぇリョータ。お弁当作ったから、お昼一緒に食べよ♪」
ざわどよっ!? 車内のざわめきどよめきが一気に膨れ上がった。
ユウヒ…なぜ今ここでソレを言う?
わざとか!? わざとなのか!!
「♪〜〜〜」
鼻歌まで披露して、いたくご機嫌な彼女とは裏腹に…おそらくこれから訪れるであろう阿鼻叫喚な大パニックの予感に、僕の胃ははやくもキリキリ痛み出していた。
◇
「さて。どういうことかご説明願えますか、変態…いや会長?」
一限目後の休憩時間。僕はさっそく副会長様からの緊急呼び出しを受けて生徒会室にいた。
わざわざ部屋の中央に置かれた椅子にふんぞり返った副会長さんの眼前…いや眼下で、会長の僕はなんでか土下座させられている。
立場的には僕のほうが上のはずだけど、まさしく立つ瀨もない。
呼び出し理由はいわずもがな。通学バス内での一件は瞬く間に校内に広まり、彼女の耳にも入ることになったらしい。
緊急ということで、副会長さんのお召し物はいつもの制服ではなく、グラマラスなボディラインがことさら際立つ体操服。
普段は制服に抑えつけられてたあ〜んなトコやこ〜んなトコが、ここぞとばかりリミッター解除♪
そんなお見事な格好のまま、一限目の体育が終わるなり着替える暇さえ惜しんで僕を呼び出したらしい。
土下座させられてる僕からすると、彼女を見上げるたびにそのお素敵な胸の膨らみが結構な迫力で目に飛び込んできて、罰なのかご褒美なのかと…いやそんなことよりも。
「あの〜それ以前にですね、極めて個人的な理由で校内放送で呼び出しをかけるのは如何なものかと…」
「今後の生徒会運営に支障をきたしかねない懸念材料についての変態への尋問は公人の場合、個人的理由に該当しません」
変態への尋問って言っちゃった。これぞまさしく職権濫用♪
「昨日の説明によれば、美岬ユウヒ嬢は会長のマネージャーということでしたが…」
いやだからそもそもそんな役職ないし。
「あの後、下校時に彼女の自宅に拉致…招待されまして」
「会長職にありながら、一生徒からの接待を受け入れ、自宅を個別訪問したのですね?」
うっ…。
「そこで色々ありまして、けっこう遅い時刻になったので、ご家族の勧めで一泊させて頂いた次第でしてハイ」
「色々おやらかしになられた挙句、権力をチラつかせて家族を良いように操り、同衾を果たした次第…と」
同じこと言ってるようでビミョーに違う!
こうしてマスメディアは世論を巧みに誘導するわけか。
どーでもいーけど福海鳥嬢、やたら難しい日本語知ってるけどホントに台湾の方ですかあーた?
ちうか同衾はしとらんっちうに! 意味が解らない人は学校の先生や会社の上司に訊こう♪
「…本当にそれだけですか変態?」
「ホ、ホントにそれだけでございますハイ」
あと語尾に変態は不要…とかいうとますます怒らせそうなので、お口にチャック〜♪
チャックといえば、ユウヒと交際を始めたことはわざわざ彼女に明かすことでもないだろう…と。
「その割には、なんだかずいぶんお疲れなご様子ですけど…?」
僕の目もとに黒々と広がるクマを見下ろし、あからさまに不審がる副会長さん。
たしかに何かとお疲れ様なコトしか無かったけど、それ言ったら交際宣言以上にヤバそうなので、これまた知らんぷり♪
「そりゃ、顔見知りとはいえ女子の家に寝泊まりして熟睡できるワケないでしょーよ。同衾に及ばなくったって緊張は致しますのでハイ」
ふむ…と腕組みして考え込む副会長さん。だから巨乳キャラが薄着で腕組みするとビジュアルの圧がスンゴイので遠慮して頂けると…。
「…寝不足では、今後の実務に悪影響を及ぼしかねません。会長本人の不注意が根本的な原因とはいえ、不可抗力的な面も多分に…」
耳が痛い話だし、それなりに反省もしてるけど、具体的にどうしろと?
すると副会長さんはスマホを取り出し、何処かへ電話をかけた…かと思いきや、ほんのわずかなやり取りですぐに通話を終える。
「会長の担任に連絡しました。午前中の授業は欠席して、ここで休眠をお取りください」
「うう、申し訳な…って、ここで? 保健室じゃなくて?」
「保健室のベッドは只今すべて使用中です」
どこ情報よソレ? ベッドが埋まってるなんて考えにくいし、そもそもいつの間に確認したの?
などと不信感を募らせてるうちに、副会長さんは部屋の戸口に向かい、ガチャッと鍵を掛けた。
「…え? なんで鍵…」
それじゃあーたも帰れないっしょ、着替えなくていいの?とか思ってたら…
彼女は僕の傍に腰を下ろして、短パンの裾がピチピチなムチムチのフトモモをパンパンはたいて、
「…どうぞ。」
どうぞて。ぃゃぃゃ…いやいやイヤイヤ!?
「変態にふさわしい寝床を確保しました」
寝床になってるあーたはマトモなの!?
「膝枕はお嫌いですか?」
「いえいえ大好物だし憧れだけど、そもそもしたコトありませんよっ!?」
「では、私のカラダで初体験を心ゆくまでご堪能ください」
だーから言い方ッ!?
「しのごのおっしゃらずに…女に恥をかかせないでください」
そこまで言われてしまったら、もはや断りようがない。僕は土下座を崩し、副会長さんのフトモモに頭を載せた。
…仰向けではなく、うつ伏せに。
副会長さんの身体がビクンッ!?と大きく跳ねた。
「…震えてない?」
「…想定外の事態ですので。普通は後頭部を載せるものでは変態?」
「これがいつもの眠り方なもので」
昔マヒルにも変態っぽいって散々言われたっけ。
やりすぎた感は否めないけど、そんなエッチい格好でありえない誘惑を仕掛けてきた彼女が悪いんだからなフヘヘへ♪
くんかくんか。
「嗚呼、副会長さんの汗の匂い…♪」
「…よもやこれほどまでの変態とは想定外でした。軽く後悔してます」
「変態ついでに…撫でても、いい?」
ビクビクンッ!? またも身体を跳ね上げるもんだから、僕の鼻先が彼女のあらぬ処に押し当てられて…。
「なんか…湿っぽい?」
「っ…余計な分析するくらいなら、さっさとお触りをどうぞ変態」
努めて冷静を装う副会長さんだけど、すでに冷静でいられる領域を遥かに逸脱してるし。
うつ伏せになってるから彼女の顔は見えないけど…普段は氷のように冷え切った彼女の照れ顔が見られないのは、ちょっと残念かも。
せっかくお許しが出たので、僕はさっそく彼女のフトモモに手を伸ばす…つもりが、体勢的にお尻にしか伸ばせなかったので、仕方なくお尻の肉を左右に割る。元から割れてるか。
「ひぐっ!?」
バタン!と副会長さんの上体が後ろに倒れ込む。聞き慣れない悲鳴に隠れて、けっこうイイ音したけど大丈夫かな?
鼻先に感じる湿っぽさもますます増えて、
「なんだかとろみが出てきたよーな…」
「…解っててやってますね…変態?」
副会長さんの声色にも色気が増してきて、ますますイタズラ心に火がついたけど…
残念ながら、そろそろ眠気がピークに達してきた。なんだかんだでリラックスできたおかげかもしれない。
いや、まだだ! 僕はまだ、こんなところで倒れるわけには…せめて彼女のたわわなおっぱいを我が手中に収めるまでは!
死ぬわけにはいか…な…い…ガックシ。
「ハァ…ハァ…?」
甘い吐息をかすかに洩らしつつ、されるがままになっていた副会長さんも、やっと僕が天に召されたことに気づいたらしい。
「…まったく…女をその気にさせたまま先にイクなんて、救いようのないド変態ですね」
僕の意識がないと判ったとたんに言いたい放題だな。
「するなら最後までしてからにしてください。火照ったこのカラダをどうしてくれるんですか変態?」
などと愚痴をこぼしつつ、突っ伏した僕の片手を取って…下着越しにもクッキリ自己主張した己の乳房に押し当てる。
「だいたい、どうして普通に寝てくれないんですか? うつ伏せじゃキスも出来ませんよ」
僕の後頭部をペチンッと叩いて、心底残念そうに長い溜息をつく。
「やっぱり変態には、こんな持って回ったやり方じゃダメなんでしょうか…?」
…いえいえ、効果テキメンだしとっくに伝わってますよ。その想いに応えられるほどの覚悟が僕にないだけです。
この物語は僕視点で綴られている。そしてモノローグがまだ続いてるってことは…
…そう。僕は寝落ちしたフリしてるだけ。これ以上続けると引き返せなくなりそうだったからね。
それにしても、副会長さんも思い切ったことするなぁ。ここまでされたらいくらニブイ奴でも気づくでしょフツー?
にもかかわらず、こっちが意に介さないラッキースケベばかりやらかしてたら、そろそろ嫌われても仕方ないはずなんだけど…?
でも完全に嫌われるのも困る。今の生徒会には彼女の力が必要不可欠だからね。希望を抱き続けられる程度には繋ぎとめておかないと。
とにかく僕の目的達成のためには、余計なコトに巻き込まれてる余裕なんてないんだ。
…とか思ってたら、いよいよ年貢の納めどきとばかり、ユウヒに思っきし巻き込まれてしまった。しかも家族ぐるみで。ここから抜け出すのは至難の業だぞ?
だけど、頼みの綱のマヒルにGOサイン出されちゃったら…もう行けるトコまで行くしかないじゃないか。
僕はこれから…どうしたらいいんだろう?
◇
ホントにどーしたらいいんだろね、これから?
「え〜ではこれよりぃ、被告・潮リョータ生徒会長への異端審問会議を開催いたしますっ♪」
昼休みのプールサイド。
静まり返った水面のさざめきが、ヒマワリちゃんの明るい声に掻き乱された。
審問官はもちろん彼女。なにやら物騒なコト言ってるけど、要は弁当を食べながら僕から根掘り葉掘り聞き出そうってことらしい。
一見ゆるゆるな雰囲気だけど…ヒマワリちゃんはこれでなかなかスルドイからなぁ。迂闊に口を滑らせたら、どうなることやら…。
ジリジリ照りつける夏の日差しにガマガエルのごとく脂汗を滴らせつつ、僕は黙々と箸を動かす。せっかくのユウヒお手製の弁当もおちおち味わってはいられない。
あれから午前中いっぱいを副会長さんの膝枕…かと思いきや、気づけば胸枕に顔を埋めて窒息しかけていた僕は、それでも眠気が晴れる程度には熟睡できたようで。
スライムのような心地よいクッション性の余韻に浸りつつ生徒会室から出た瞬間、異端審問官に捕縛されお白洲に引きずり出された次第である。
その周囲では僕と同じ弁当を幸せそうに頬張るユウヒの隣で、苦笑を浮かべたマヒルがハラハラと成り行きを見守っている。
プールは原則、水泳部以外は使用禁止。なので昼飯時のプールサイドに来る者は、僕らの他には誰も…とか思ってたら。
「…こちらでよろしいのでしょうか?」
遅れて姿を見せたのは、制服に着替え終えて弁当箱を携えた副会長さん。なんで彼女まで?
「…………」
ついさっきまでカラダを繋げて御休憩を満喫してたせいで、ムチャクチャ顔を合わせづらい。まあどのみち放課後にはまた生徒会室で共同作業に勤しむハメハメ…いやハメになるんだけど。
「では顔ぶれが揃いましたところでぇ、改めまして…」
箸の尻をマイク代わりにしたヒマワリちゃんは、こほんっと可愛く咳払いして、
「審問項目は言わずもがな、潮先輩と美岬ユウヒ女子の関係性についてと…
先ほど生徒会室で目撃した、先輩が副会長さんを押し倒してた件についてですっ!!」
あ〜ら見〜てた〜のねぇ♪
【第四話 END】
今回の中盤でやっと主人公が美岬家から戻ってきました。主要登場人物もだいたい出揃いましたね。
今まではあまり他キャラと絡むことが無かった副会長さんも、今後はがっつり絡んでくる予定です。
ところで今回の第四話は一週間前に一度投稿したはずでしたが、うまく更新されなかったようで再投稿とあいなりました。