巡る夏の日
「リョータってさ…」
砂浜に腰を下ろしたユウヒが、僕に身を寄せる。
「なんか最近、優しくない?」
「…そう?」
意外な評価に僕は戸惑う。正直なところ、彼女との距離を測りかねて、おっかなびっくり腫れ物に触るような感覚だったからだ。
「前は、こんなにそばにいてくれなかったでしょ?」
「そうだっけ?」
ずっとこの家にいたんだから、四六時中一緒にいたと思うんだけどなぁ。
「…色々あったからじゃない?」
どうとでも受け取れる言葉でお茶を濁す僕に、
「色々あったよね…ホントに」
ユウヒも大いに同意して、ますます僕に身体を預けてくる。
翳る陽射しのなかを吹きつける潮風に、彼女の温もりが心地いい。
美岬邸の真下にあるこの砂浜には、僕達以外誰の姿もない。プライベートビーチだから当たり前だけど。
気温はまだまだ高いけど、最近めっきり陽が落ちるのも早くなって、すっかり秋めいてきた。
長かった夏休みも気づけば残りわずか。
その間のほんの一か月ちょいで、僕の…みんなの人生は大きく変わった。
やっとドーピング疑惑が晴れたマヒルは、次期オリンピックの出場選手に内定し、強化選手として忙しい日々を送っている。
ヒマワリちゃんはそのマヒルに付き添ってテレビ局に足を運んだ際に、営業で局を訪れていた芸能事務所の社長の目にとまり、半ばデビューが決定したそうな。
副会長さんはここ数日の目覚ましい活躍と商品アピールで会社の業績向上に大きく貢献し、見事に次期社長の座を勝ち得た。
シノブはあの動画配信で大儲けした挙句、経営する店舗の集客数も爆上がりし、もう少しで借金完済の見込みだそうな。
あと、彼女の類稀な才能を見込んだ例の叔父様からスカウトされてるらしいけど…?
そして僕達、美岬家の面々は…
カイドウ氏…父さんは帰国後の記者会見の席上で、僕が実の息子だったことを公表して大騒ぎになった。
でも父さんは逃げも隠れもせず、今後は僕を正式に家族に迎え入れると…言ってくれただけでも嬉しいよ。
世界的にもハマーチン政権に終止符を打った張本人として、評価はますますうなぎ登りだ。
無謀過ぎだとの批判も増えたけど、それでこそ父さんだとも思う。
その僕も件の動画配信ですっかり顔が知れ渡っていたこともあり、あちこちから取材の申し込みがあったけど、高校在学中は学業に専念したいとすべて断わった。
網元家とも話し合ってから今のアパートは引き払い、近いうちに美岬邸に移り住むつもりだ。
…マヒルが素直に応じるとは思えないけどな。
ナミカさんもやっとお仕事を再開したところ、一連の騒動ですっかり知名度が上がりまくってて引く手数多だそうな。
年齢詐称としか思えないその若々しさも話題になり、女性誌などのメディアからの取材依頼や連載企画も殺到してるとか。
父さんとの夫婦仲も良好すぎるし、そろそろ僕らの新しい兄弟を授かる日も近いのでは?
…たぶん絶対、男の子だろうけど。
しかも生粋の日本人な両親から生まれたにしてはハーフっぽい顔立ちで…澄んだ青空の絵が得意な、ね。
アサヒちゃんはやっと現実を受け入れて、以前と変わらず僕のカワイイ妹として元気に過ごしている。
《よぉ〜く考えたら、実の兄妹でも結婚と子作りがダメなだけで、あとは全部できちゃうから問題ないよネ♩》
…やっぱ全然解ってなくない?
もっともっとよぉ〜っく考えてみようよ?
リヒトもさすがに卒倒してたし。
そのリヒトは若干不安がりながらも、僕らの一家団欒に水を注したくないからと自宅に帰っていった。
アサヒちゃんは残念そうにしょげ返ってたけど、すぐにまた学校で会えるじゃん?
鈴盛土家での偽りの家族生活を経て、美岬家で学んだことも多いだろうし、これからは新しい家族のもとでの或角リヒトとしての新生活が待っている。
あとお前、たぶんこれからメチャモテだぜ?
カッコイイ僕がカッコイイ奴だと認めてやったんだから間違いない。
せいぜい頑張って捌いてほしいものだ。
そして、残るユウヒは…
「ずいぶん思い切ったね…名前変えるなんてさ」
彼女は美岬家の籍を抜けて、実の父親の姓を引き継ぎたいと言い出した。
すでに父親のヨルヒトと母親のエヴァンジェリンは死去してるから難しいかもしれないけど、いざとなれば僕が裏から手を回すし…
父さん達も渋々認めたからね。
当面、美岬邸を出るつもりはないそうだけど、すべての手続きが済めは『波音ユウヒ』となる。
◇
家にいながら、家族から離れる…というと、いわゆる家庭内別居を思い浮かべてしまうけど、もちろんそこまで深刻じゃない。
実質的な生活環境が何も変わらないなら、どうしてそんな面倒な真似を…と最初は思った。
でも、きっとそれがユウヒなりのケジメの付け方なんだろうと今は思う。
よくよく考えてる内に、彼女の本音に薄々気づいたから。
「結局、ユウヒは…誰が好きだったの?」
ズバリ切り込んだ僕に、彼女の肩がピクリと震える。そして心の動揺を悟られまいとしてから、僕からわずかに身体を離した。
そんなユウヒの反応が少しばかりショックだったけど…それでも訊かずにはいられなかった。
そのために、わざわざ人気のないこの海岸に誘ったんだから。
彼女はすでに死別した母親のエヴァンジェリンから単為生殖で産まれ、母体の肉体だけじゃなく魂魄までもを忠実にコピーしたクローンだ。
ということは、エヴァと思考も行動もまるで同じ双子みたいなもので…
恋愛対象もまったく同じだったのでは?
父親のヨルヒトにノセられてほいほい着いてきた…こう言っちゃアレだけど尻軽女のエヴァは、彼の希望通りにユウヒを産んだ。
しかしその際に遺伝情報を操作したためか母体のような特殊能力が発現せず、ヨルヒトからは『出来損ない』呼ばわりされてしまう。
つまり…生まれた途端にヨルヒトに失恋してしまった訳だ。
それでもユウヒは少なからず彼を慕い続けていた。心のどこかではまだ、彼が自分に振り向いてくれるかもという淡い期待があった。
その願いは結局、最後まで叶うことは無かったけど…それでも彼との繋がりを捨て去ることは出来なかった。
だからこそ、彼の名前を継ぐことを選んだんだろう。
その後、父さんことカイドウと出会ったエヴァとユウヒは、またしてもその言いなりになってほいほい我が家まで着いてきた。
そしてエヴァは、今度こそマトモな方法で父さんの子供…アサヒちゃんを身籠った。
このとき、ユウヒはその可憐な容姿と不幸すぎる生い立ちから父さんの寵愛を受けてはいたけど…
見た目が幼すぎたことと、いまだエヴァが存命中だったことから、彼の恋愛対象までには至らなかった。
つまりユウヒはここで、二度目の失恋を経験した訳だ。
やがてエヴァが死去。
父さんは彼女が病弱だったと言ってたけど、いたって健康なユウヒと同じ身体を持つなら、そうそう虚弱なはずがない。
おそらく単為生殖のツケがまわったんだろう。
自然界では出産を終えた親は早々に死滅するものが多い。子孫を残すってのは、生物学的にはそれだけ大仕事なんだ。
とりわけ母体の衰弱は激しいが、その分を父親がフォローすることで充分な休息を取らせるのが人間という種の仕組みだ。
ところがエヴァの場合、ヨルヒトはその後の子育てにはまったく関与せず…
父さんも彼女達を養うために仕事に精を出すあまり、家庭のことが疎かになった。
そうした精神的負担が想像以上の重荷をエヴァに強いてしまったのかもしれない。
あるいは…世界システムの構築上、まったく同一な魂の同時存在はイリーガルエラーとなり認められないため、新たに生まれたユウヒの方が正個体と認定され、偽個体のエヴァはデバッグされてしまったのかもしれない…。
ともかく、こうして父さんとアサヒちゃんとの三人暮らしがスタート。
ユウヒは生まれて間もないアサヒちゃんの面倒をみながら、父さんにも甲斐甲斐しく世話を焼く日々を堪能していた。
彼には自分に対する恋愛感情は無いと知りつつも、擬似的な夫婦生活を営むことで、充分な満足感を得られていたんだ。
ところが…ここに父さんが再婚相手のナミカさんを連れ込む。三人だけの水いらずの生活は儚くも終焉を迎えた。
つまり…ユウヒはまたしても恋愛対象の裏切りに見舞われ、三度目の失恋を喫したんだ。
…もしかすると父さんも、髪色以外はエヴァに瓜二つなユウヒに邪な感情を抱きたくなくて、予防線を張ったのかもしれないけどな。
それでも、アサヒちゃんのためならと…
自分のせいで音を奪ってしまった妹が喜ぶならと、仕方なくナミカさんを受け入れたユウヒだったけど…
憧れだった父さんにイイトコを見せたいばかりに余裕がなかったナミカさんは押せ押せで、ユウヒの居場所をどんどん侵食し始めた。
当然のように猛反発したユウヒに、その本心を理解できない家族は戸惑うばかりで…
結果的に彼女は孤立するしかなかった。
だからこそ、あの時の彼女はあんなにも荒んでいたんだな…。
そんな折に、彼女の心の闇に迂闊に踏み込んでしまったのが…この僕、潮リョータだった。
そして、その闇をあっさり取っ払ってみせた僕に惹かれた挙句…
おそらくユウヒは本能的に、僕が父さんの実の子だと見抜いた。
だからこそ、あんなに躍起になって僕を振り向かせようと必死だったんだ。
今度こそ、誰にも奪われてはなるまいと。
今度こそ…自分の恋愛を成就させると。
ところが…またしても不幸なことに、父さんの血を色濃く受け継いだ僕は、女性関係にユルユルだった。
思えばナミカさんも、そうした僕と父さんの類似性に気づいたからこそ、最初っから甘々だったんだろうし。
ここでユウヒは奇策に打って出た。
三度目の失恋のときのように否定策を採れば、僕にますます愛想を尽かされるのは目に見えている。
ならば…逆に野放しにして、僕のやりたいようにさせてしまおう。
そしてその実、しっかりちゃっかり管理を徹底して、付かず離れずの距離を保ち続ける。
存分に走り回らせつつも、決して囲いの外には出さない…題して『ドッグラン方式』だ。
◇
「…あ〜、やっぱり見抜かれちゃってたかぁ〜」
僕の追及にユウヒはあっさり観念した。
「まったく。私が好きになるのって、どうしてこう…揃いも揃って変態ばっかなの?」
変態て。
「そう悲観するほどでもないと思うけど。現に…こうなってる訳だしね」
冷えたユウヒの肩を抱き寄せて、僕は思う。
やっぱり愚問だったなって。
人知れず途方もない苦労を重ねてきたんだし…そろそろ報われても良い頃じゃないか?
「じゃあ…契約のチューして?」
ユウヒはついっと顔を寄せて、少し顎を上げてみせる。これだけの美少女の顔が間近に迫ると、見慣れていてもドギマギしてしまう。
「チューだけでいいの? 他に誰もいないんだし、いろいろエロエロできるけど」
なのでついつい下ネタに逃げてしまった僕に、ユウヒは眉間にシワを寄せて、
「リョータ、最初の頃に比べると確実に女の子の扱い上手くなってるよね。少し遊ばせすぎたかな…」
そういう彼女は相変わらず怒りっぽいなぁ。僕がこうしてフラフラしてるから、安心できないのかもしれないな。
「ハイハイお姫様、お望みとあらばチューでもなんでも致しますよ」
ユウヒの怒りが増長する前に、強引に抱き寄せて唇を奪う。ついでにちゃっかり乳も揉む。
彼女は抵抗することなく、素直に僕を受け入れてくれた。
うーむ…我ながらキモい。こうなることを見越して、誰も見てない場所に来て正解だった。
せっかくだから、この後めちゃくちゃセッ以下略…といきたいところだけど、それはまた後のお楽しみにとっておこう。
「…ここへ来たばかりの頃のリョータの気持ちが、少し解ったような気がするかな?」
すっかり安心した様子のユウヒは僕に身体を預けたまま、寂しい胸のうちを吐露した。
「僕の場合とは真逆だけどね」
突然、よそ様の家に拉致られてきたかと思えば、あり得ないほどの手厚いおもてなしに戸惑ってばかりだった、あの頃が懐かしい。
当時はまさかこんな展開になるなんて、予想だにしなかったしな…。
僕の方はもう父さんが戸籍の変更を申請してるから、近いうちに『美岬リョータ』になる。
…我ながら、さほど違和感がないのにはビックリだ。
「でもやっぱり、前の父さんの名前は残しておきたいし…両方同じ苗字だと、これから色々面倒でしょ?」
言われてみれば。恋人同士なのに両方『美岬』じゃ、あらぬ誤解を招きかねない。でも…
「結婚すれば、どうせまた同じ名前に戻るんだけど?」
「え? リョータ、私と結婚する気あったの?」
「それこそ何をいまさらな質問じゃない?」
あれだけ僕にご執心だったのに、そこまでは考えてなかったとはね。
「…なんなら僕が『波音リョータ』になってもいいけど? てゆーか将来的にはそのほうが都合が良いんだよね」
「てことは…あの話、マジで考えてたんだ?」
「もちろん。とはいえまだまだ先の話だけどね」
先の国会議員の大量死去に伴い、国会はいまだ混乱の極みに達したままだ。
与野党のパワーバランスも大きく崩れたから、予算や法案の通過もままならない。
呪われた法案として皆に疎まれた件の『逮捕状受領拒否権』は満場一致で廃案になったから一安心だけど。
そんな日々喧々轟々な連中の様子をニュースで見るたびに、コイツらにはもうこの国は任せておけないって気持ちがますます強くなった。
だから僕は家族全員の前で宣言したんだ。
「国会議員…やっちゃおっかな〜?」って。
すると父さんは愉快そうに茶化した。
「ほっほぉ〜? なら、ジャーナリストの俺とは敵同士だな」と。
政治家とマスコミは相性が悪くて当然なのに、それが親子だなんて興醒めもいいところだ。
ヒマワリちゃん家の父親で検事のビロウドさんと、母親で弁護士のフヨウさんみたく、下手すりゃ家族で共謀してるなんて勘繰られかねない。
だからせめて、そうなる前に名前だけでも差別化を図っておこうかと。
でもこの国じゃ苗字を変える方法なんて、結婚か離婚ぐらいしか無いからね。
…とはいえ僕が非選挙年齢に達するのはまだまだ先の話だから、その間に地盤固めだ。
「まずは副会長さんの会社に入って、早々に社長にまでのしあがって名声を高める」
まあそんなことしなくても、あのシノブのナマ配信と、先日の父さん奪還作戦に僕が大きく携わっていたことはとっくに知れ渡ってるから、現状で知名度MAXなんだけど。
「そんな荒唐無稽な話を真顔で言えて、しかも割と簡単に実現しそうなのが、いかにもリョータだよね…」
などと呆れ返りつつも、ユウヒは頼もしげに僕の顔を見つめる。
僕もしげしげと彼女の顔を見つめ返す。
あの日、あの海岸で出会う前から、綺麗な子だなぁとは思ってたけど…
流れるように艶やかな黒髪のせいで、まさか北欧系ハーフだなんて思いもしなかった。
そんなに綺麗な彼女と、ここまで深い関係になるなんて、さらに予想もつかなかったけど。
ユウヒの本心を量り損ねて、なかなか歩み寄れずにいたけど…それは彼女も同じだったのかもな。
きっかけはどうあれ、彼女はちゃんと僕を好きでいてくれた。
そして、僕も…最初からずっと彼女に惹かれ続けてたんだ。
…互いに見つめ過ぎて照れてきたので、また互いに目を逸らす。
そして僕は壮大な計画の続きを語って聞かせる。
「でもって…
まずは副会長さんと結婚する。」
◇
「…あ゛?」
逸らしたばかりのユウヒの目が、瞬時にギュルリンッ!と僕の顔を捉えた。
「私と結婚すると言ったばかりで、どの口がそうほざけるワケ!?」
スンゴイ赤々と燃えたぎった彼女の眼差しが、僕を裏表まんべんなく焼きつける。
「いやいや落ち着いて最後まで聞いてよ!
『まずは』って前置きしたじゃん!?」
「…最後まで聞き終わるまでに激しい殺意が治まる気がしないんだけど…!」
「まぁまぁまあまあ♩」
「あっちょっどこ触って…あふっ。」
煮えたぎるユウヒの怒りを指先一つでダウンさせ、僕は強引に話を続けた。
まず、副会長さん家を完璧に手中に収め、軍事関連技術をひけらかして米国に歩み寄る。
この時点でニャオとニャオツーの同化を図れば、以降のミッションはより容易になるかな?
この頃には非選挙権年齢に達してるだろうから、まずは与党に与して初当選。
ここでシノブづてで例の叔父様とやらに助力を仰ぎ、与党議員の弱みにテッテ的につけ込んで出世街道を最短距離で駆け上る!
…なぁに、叔父様も自分の『孫』が相手では断るに断れまいてフヒョヘヘヘ♩
そして見事、首相の座まで登り詰めたら…
まずは日本国内での『重婚』を解禁する!!
長い歴史で見れば、かつては日本も重婚は当たり前だったんだ。少子化対策が叫ばれる今、いちばん手っ取り早い方法は…
くんずほぐれつズボズボハメハメして産めや増やせや富国強兵だだだのだ!!
あ゛〜? 男女同権だとぉ?
ヘッ、生物学的にまるで別種な種族のどこをどう平等化しろと!?
法案に反対する輩はニャオツーの力ですべて淘汰すれば良いだけのことサ♩
この時点でシノブとも結婚しておけば、さらに無敵だな。
次にマヒルに結婚し、彼女のネームバリューを最大限活かして五輪関連事業で世界的に顔を売る。
ついでにヒマワリちゃんとも結婚し、彼女の人気にあやかると同時に御両親の御威光で司法面の後ろ盾をも得る。
で、世間的にも世界的にも充分な後ろ盾を得たところで…台湾と米国の武力を借りて中国に攻め込む。
どうせ人間が余ってんだから皆殺しくらいで丁度いい。魂のリソースも大幅に空くし。
中国を降伏させたら、次はインド、ロシア、EU、中東諸国、アフリカ各国と順繰りに蹂躙し…最後にアメリカを攻め滅ぼす。
その上で世界人類統一政府を樹立し、地球上のあらゆる宗教をすべて金廃止する。
なんでこんなことをするかって?
決まってるだろ…
この世から戦争を無くすためさ。
戦争の起因は決まって民族闘争と宗教論争だから、それらの枠組みを取っ払ってしまえは戦争はもう発生しない。
ぅわーお、僕ってアッタマいい〜♩
最後に、本当の女神…ユウヒとアサヒちゃん姉妹を全人類の眼前に君臨させ、彼女達に生贄を捧げさせる。一日一万人くらいでいいかな?
なぁ〜に、どうせ死んだってすぐに生き返るさ。クッククック…♩
これで魂のリソースは大幅に空くだろうから、滅亡の一途をたどるこの世界もあと千年は持つだろう。
嗚呼、この素晴らしき我が第三帝国に栄光あれ☆
「…てな感じでどぉ? フフ…この僕の完璧な人類補完計画の前にはグウの音も出まいて」
「…逆に、なんでそんなんでイケると思ったの? しかも結局、私と結婚してないし…!」
この僕の軽やかにして鮮やかな指運びに攻め続けられて、もはや息も絶え絶えなユウヒが、なおも僕に反抗的な態度をとる。
指先がふやけるほど懲らしめてやったというに、これはケシカランなぁ…。
「まだお仕置きが足りないようだねぇ…くちゅくちゅくちゅ♩」
「ひゃはぁう…っ!?」
いつもはツンケンしてるのに、二人っきりのときは割と素直なのがカワイイ奴だ。
エッチのときは、もっと素直だしね…♩
「ううっ…なんでかアンタの顔に、軍服着たチョビ髭七三分けおやぢがダブって見えるんだけど…?」
…あれっ?
ま、まさか…この能力は…
《会長との肉体的接触で彼女の遺伝情報が更新された結果、一旦は封印されていた特殊能力が再覚醒したようですね》
ニャオツー解説サンクス。最終回でヤケクソのように新たな能力が発動する、やっつけファンタジーアニメみたいやね。
…てかお前、いたの?
《私は常に会長と一連托生ですから。早く私も貴方の指捌きの虜になりたいものです♩》
「ちょ…私とシながら他の女とチャットしてるとか、アンタどんだけ器用なの!?」
あ、見つかった。いい塩梅に誤解してくれてるから助かったけど。
いまさら説明するのもメンドっちくて、僕はなす術なく空を見上げた。
去り行く夏の大空は、今日もどこまでも青く、美しい。
たとえ偽りの世界だろうと、そこに暮らす僕らにとっては、これこそが真実なんだ。
たとえ創造者にとっては発展の見込みがなくとも、自分達で発展させていけばいい。
もう後が無くったって、目の前には無限に道が広がってるじゃないか。
要は気の持ちようさ♩
「テキトー誤魔化すなやゴルァッ!
てかいい加減、指、抜いて…っ!!」
…チッ、せっかくの胸熱な雰囲気をブチ壊しおって。見目麗しさとは裏腹に、風情のカケラもない奴だ。
でもそれさえも、いかにも僕達らしくて微笑ましい。
僕らは今日も、これからも…
この世界で生きていく。
すべては…これからだ。
「…さ、そーと決まれば繁殖、繁殖♩」
「え? リョータ…できるようになったの?」
「ああ、色々吹っ切れたら、自然にね。
ホラこの通…りっ!」
ぢゅぷんっ。
「あふ…っ☆
…あったかい…」
◇
と、実に僕達らしいどーしょーもないオチが着いたけど…最後にこの件にだけは触れておかねばなるまい。
ぢゅぷんっ。
「あふ…っ☆ ふあぁあぁ…んっ」
姉同様、身体中に沁み入る温もりに、幸せそうに顔をとろけさせるアサヒちゃん…
だけど彼女に対しては、僕は断じていかがわしいコトはこれっぽっちもしてないからな!?
「あ〜んっ☆ あむんむもぐもぐ…♩」
目の前の大皿に盛られた大量のパンケーキを、片っ端から口に運んではご満悦のアサヒちゃんの隣では…
「こんだけの食べ物がいったい何処に消えてんだろ? やっぱココかなぁ…?」
呆気にとられたキーたんが、アサヒちゃんのたわわな横乳をツンツンつついてる。
「これでなんとか機嫌が治ったかな? トホホ…高つく妹君だこと」
すっかり軽くなった財布を振って、僕は金欠ぶりをアピール。晴れて父さんの息子になったからって、急に小遣いが増えるはずもなかった。
もうすぐ娘じゃなくなる予定のユウヒはまだそれなりに貰ってるっぽいのに…なんなんだ、このエコ贔屓ぶりは?
このパンケーキも、前はシノブに奢ってもらったけど…こんなにイイ値段してやがったとわ。
「今日はキッチリ払ってもらうよ〜。ツケも利かないからね〜」
僕らの席のそばを通ったメイド姿のシノブがしっかり釘を刺してくる。配信動画でしこたま儲けたクセに、相変わらずの守銭奴ぶりだ。
「びっくりしました…まさかお二人が本当に兄妹だったなんて…」
僕の隣の席にちょこんと腰掛けたアカりんが、向かいに座るアサヒちゃんと僕を交互に眺めて目を丸くしている。
「正直、僕もまだ実感がないよ。せっかく可愛いカノジョができたと思ってたのになぁ…」
愚痴る僕に、アカりんは「まっ♩」と頬を赤らめる。この手のネタが好きそうだしな。
僕らが実の兄妹ってことが判明して、アサヒちゃんも少しは遠慮するかと思いきや…
以前にも増して僕にべったり甘えるようになって、ユウヒと父さんをヤキモキさせてる。
ユウヒがもうすぐ姉じゃなくなるのと、リヒトが帰ってしまったせいで寂しさを募らせてるからだけど…どうせ二人ともすぐに戻ってくるじゃん、それぞれ結婚すれば。
…さて。僕がこのアカりん…とついでにキーたんをわざわざ呼び出して、アサヒちゃんも同伴でこんないかがわしい店に連れ込み…
「ちょっと、人の店にいかがわしいって何さ?」
「ややこしくなるからシノブは黙ってなさい」
「ちぇっ…せめてもっと高いモン注文しなよ」
…行ったか。チッ地獄耳め。
「それであの…私に御用というのは?」
あぁそうそう。いつもならキーたんと仲良く隣同士で腰掛けるだろうこのアカりんを、あえて僕の隣に座らせたのには、もちろん理由がある。
「『コレ』についての率直な意見を聞きたくってね」
僕は懐から取り出したスマホをちょちょいと操作して、隣の彼女に手渡した。
…アサヒちゃんには見えないように。
「こ、これは…!?」
画面に表示された文章の出だしを読んだだけで、アカりんの目付きが変わった。
「これ、ネット掲載のじゃなくて原稿そのものですよね!? それがどうしてここに!?」
ふむ、やはり普段から読み慣れてるな。
僕が見せたのはアサヒちゃん作のあの小説だった。
実は…彼女には僕以外への公開を拒まれたものの、これほどの代物を僕だけで楽しむのはもったいなくて…こっそり偽名で小説投稿サイトに発表してたのだ。
「それがバレちゃったから、こーなってるんだけどね」
目の前でフルボリュームフルプライスのパンケーキを幸せそうに頬張り続けるアサヒちゃんをこっそり指差し、冷や汗を滴らせる僕に、
「し、信じられません…『幻の超大作』の作者さんが、まさか目の前にいるだなんて…っ!」
驚愕に戦慄くアカりんのボルテージは瞬く間に最高潮に達し、
「せっ…先生! 『碧衣朝陽』センセェッ!!
大ファンなんですっ、お会いできて光栄ですっ! サイン、サインしてくださーい☆」
「ふほぁうっ!?」
急にテーブルを乗り越えて首筋にしがみついてきたアカりんに、アオぽんことアサヒちゃんはパンケーキを喉に詰まらせて目を白黒。
「ちょちょちょアカりんっ、アオぽんマジ死んぢゃうからっ!?」
キーたんも突然のハプニングに大わらわ。
「おおお客さーんっ!? お冷やお冷やッ!」
シノブも慌てて店の奥から水を満載したコップ片手にすっ飛んできた。
目の前で繰り広げられる阿鼻叫喚の大騒動に、ぼくはニヤリとほくそ笑む。
よしよし、やはり大当たりだったな…と。
とっくにお忘れだろうけど、アカりんこと右近アカリは大手出版グループの御令嬢だ。
自らもかなりの読書家で、アサヒちゃんとは好きな作品談義でよく盛り上がってる。
そんな彼女がいう『幻の超大作』ってのは、もちろんアサヒちゃんが連日書き綴ってきたアレだ。
僕はソレをタイトル未定のまま、ちょこまかと編集しては定期的に小説サイトに投稿し続けてきた。
ちなみにペンネームの『碧衣』ってのはアサヒちゃんのニックネームがアオぽんなのと、彼女が青緑系統の色を好むことから。
『朝陽』はまんまで、いかにも小説家っぽい名前になったかな〜と自負している。
作品は狙い通りに大反響を呼び、瞬く間に圧倒的大多数の読者が支持する大人気作となってサイトのランキング首位をひた走り続けた。
当然のように大勢のファンからおびただしい件数のコメントが寄せられたけど…
僕は作者本人じゃないし、これほどの数のコメントに対応するのは不可能だしで、やむなく無視し続けるしかなかった。
その中に…毎日のように熱心にコメントを寄せてくれるファンを見つけた。
年齢性別は非公開ながらも、コメント内容は実に的確で、時にはプロ視点さながらの指摘やアドバイスもあって…
とはいえ実際書いてるのは僕じゃないから参考にしようがなかったものの、いつしか僕もその人のコメントを指標にしていた。
そのときは、もともと第三者への投稿を考慮して書かれてはいないアサヒちゃんの作品を、掲載に適した体裁に編集するだけで手一杯で、そこまで気が回らなかったけど…
先日なんとか最終話を投稿し終えて一息ついた後、相手のハンドルネームをよくよく見れば…
『あかりん』
まんまやんけ。
普段から呼び慣れてる名前ほど、いざとなるとなかなか気づかないことってあるよね〜?
しかもよくよく考えたら、彼女ん家の会社はその投稿サイトの運営にもモロ関わってるし。
と、ゆーことは…もう一押しできたらコレ、なんとかなっちゃうんじゃない?
◇
…的な淡い期待で彼女をこの場に召喚してみたら、予想以上の反応だった。
やはり自宅や近所のファミレスじゃなく、わざわざシノブの店に招いといて正解だったな。
「ボクの店で人死にが出るよーな騒がれ方しても困るんだけどっ!?」
けたたましいチミっ子は放っといて…
実は、アカりんが推した作品は例外なく大ヒット作となることから、彼女の意見は社内でも尊重されてるんだとか。さすがは御令嬢。
もちろんこのアサヒ作品も投稿開始当初から業界内外で話題に上ってて、アカりんも「生まれて初めてのダントツでイチオシ☆」と最高の賛辞を送った。
そこで早急に出版権を獲得すべく、なんとか作者にコンタクトしようと試みたものの、一切合財音信不通で困り果ててたところだったんだとか。
「その年齢でこれだけのモノが産み出せるだなんて、天才もたいがいにしろってことなんですよ!? アオぽんあーた、そこんトコ解ってるんですかァッ!?」
「あ゛ゔゔぇ゛あ゛〜〜〜っっ!?」
アサヒちゃんの首根っこを引っ掴んでグワングワン揺さぶる御令嬢?を、
「ちょいちょいっ、アオぽんの首がもげちゃうよっ!?」
とキーたんが必死に取り押さえてる。
興奮するのは解らなくもないけど、せめてアサヒちゃんにスマホを打たせる余裕くらいは与えてくだされ。
《でもでも、やっぱり恥ずかしいよ…》
「リヒトくんと平然とお風呂に入ったりする人が、何をいまさら!?」
なぜ知ってる?
でもその意見には全面的に同意だ。
なので少々攻め方を変えてみる。
「ぶっちゃけ、原稿料って貰えるの?」
「あっ、もちろんお支払いしますよ!
印税収入もありますから、ざっくり見積もって…最低これくらいにはなりますねぇ♩」
アカりんが計算アプリで試算した数字を見て、アサヒちゃんの目がまん丸になる。
かくいう僕もこれには驚いた。文筆業はお金にならないって思い込みがあったけど、あっさり覆された。
《ここのパンケーキが一皿二千円だから…》
ナニで換算してるのか?
実は、いつぞやの凄まじい食べっぷりを目の当たりにしたユウヒから、アサヒちゃんにはパンケーキ注文禁止令が公布されていた。太るから。
でも今回はお詫びという名目で僕がこっそり奢ったから、ギリギリセーフ。太るし僕の懐がキリキリ痛むけど。
けど、アサヒちゃんが自分の稼ぎで食べる分にはさすがに文句は言えまい。僕の懐も痛まないし。ますます太るけど。
それに…アサヒちゃんが驚いたのは、それだけじゃなかった。
《アサヒにも出来るお仕事あったんだ…!》
そう。今ではあまりにも自然にやり取りできるから、皆すっかり忘れてるけど…アサヒちゃんは耳が聞こえない。
たったそれだけの理由で、社会生活で出来る事は大きく制限されてしまう。実際には僕らと何ら変わらないにもかかわらず…だ。
だから…彼女の驚きぶりや喜びようは、見ているこちらまで嬉しくなるほどだった。
「では早速、当出版社との契約成立ってことで。なぁに悪いようにはしませんよ。オレの言うことさえ聞いてりゃ間違いねぇんだうひょひょひょひょ♩」
「…アカりん、急にキャラ違ってない? こりゃあたしもついてったほうがいいかな…」
相談相手を間違えた感パネーけど…慣れない環境でも、顔馴染みがそばにいるというだけで心強いことだろう。
ガンバレ、我がカワイイ妹よ…!
和気あいあいと今後の日程を決める三人娘を見つめながら、僕は胸中でアサヒちゃんの新たな門出を祝った。
《そういうことなら、今後のためにも彼女の耳の障害を取り除いておくべきでは?》
…おっと、これはアサヒちゃんじゃなくニャオツーからのメッセージか。紛らわしい…
「って、治せるのかアレ…!?」
三人には聞こえないようにこっそりスマホに囁きかける。
《はい、完治する確率はかなり高いかと。
彼女の耳の障害は先天的ではなく幼少期の発熱が原因とお聞きしたので、独自に調査しておりました》
なんたる万能ぶり。遺伝子絡み以外の病状も調べられるのか!
《結果的には、長時間の発熱により聴覚に関わるシナプスが焼き切れたままになっており、音声信号の伝達が阻害されています。
聴覚器官そのものは正常に機能しているので、シナプスを繋ぎ直せば良いだけです》
簡単そうに言ってくれるけど、それができれば苦労はしない…って、コイツならきっと一ミリも苦労せず治せるんだろうなぁ。
「じゃあ、彼女の身体に負担を強いない範囲で治療を進めてくれ。急がなくていいから、少しずつな」
《それでよろしいのですか? 私の治療プランでしたら多少の疲労は感じますが、一晩で聴力が回復しますよ?》
たしかに本人の身になれば、取り戻せるものなら一刻もはやく取り戻したいだろう。
けど、耳に届いた音声から意味のあるモノだけを抽出し、内容を理解できるようになるまでには、それからも長いリハビリ期間が必要だ。
赤ん坊だってそうやって成長するんだしな。
それに…。
これからの将来に夢を馳せるアサヒちゃんの笑顔を見つめながら、僕は呟く。
「せっかくやる気になってるところに、余計な水は注したくないだろ?」
《なるほど…そういうものですか》
「喜びは後に取っておいたほうが、より大きくなるってもんさ♩」
そう…これは長い間、人知れず頑張ってきた妹への、兄貴からのプレゼントだ。
やがて彼女が僕らのもとから巣立つ頃までには、自分の声で直に語り合えるようになってるといいね。
◇
苦労を重ねて女手一つでヒロインを育ててくれた母親が死んだ。過労死だった。
長期間のリハビリからようやく身体が回復したヒロインも、微力ながら家計を支えるために必死に働いてきたが…今ひとつ力不足だったようだ。
それでも母親は、せめて娘が卒業するまではと学費だけは捻出し続けてくれた。
そして二人は貧しいながらも仲が良く、幸せな家庭を保ち続けた。
死の間際に、母親は預金通帳を手渡してくれた。
自分がいなくなった後にヒロインが困らないようにと、母親は父親の遺産には一切手をつけずに残しておいてくれたのだ。さらには少ない稼ぎからやりくりした貯金まで。
母親の深い愛情を知って涙にむせぶヒロインだったが、
「ごめんなさい…」
母親はさらに枕元から一冊のノートを取り出した。
それは、ヒロインが長年に渡って書き綴ってきた、あの創作ノートだった。
ヒロインも日々の忙しさにかまけて、すっかりその存在を忘れていたソレを…
彼女が昏睡状態に陥ってから、母親がずっと隠し持っていたのだ。
母親は、娘が昏睡からなかなか回復しなかったのは、このノートに書かれた世界に囚われていたからだと気づいていた。
そして、娘を再び奪われてはなるまいと自分の手元に置いていた。
だが、今度は自分が倒れると、長引く入院生活の暇つぶしにと、娘の創作世界を少しづつ読み進めていたのだ。
「あなたは、こんなに素敵な世界にいたのね…」
生まれて初めて自作を褒められて喜ぶヒロインに、母親はさらに言う。
「これからも書き続けて。あなたのために…
そして、この作品を必要とする、みんなのために…」
もう何も見えないであろう瞳に娘の姿を映して、母親は優しく微笑む。
「私も…そこに行くから…」
優しい笑顔をたたえたまま…母親は旅立った。
…ついに独りぼっちになってしまった。
火葬場の煙突から立ち上る煙をぼんやり見つめて、ヒロインは物思いにふける。
母親はああ言ってはいたが、これから何を励みに生きていけば良いのだろうか…?
なんとなく葬儀場にまで持ってきてしまった創作ノートを取り出す。
こんな何も無くなってしまった自分に、この先が書けるとは思えないが…。
勢い余って母親の棺に収め、一緒に焼いてしまおうかとも思ったが…彼女の希望もあって出来ずじまいだった。
もとは自分の物なのに、今では母親の形見ともなってしまったから…。
何気なくノートを開いて…途端に目を見張る。
ヒロイン自身が書いた文章の端々に、母親の字で事細かな注釈が添えられていたのだ。
”ルミ…ヒロインの名。本名はルミエール。”
”ウェル…この世界でヒロインが最初に出会った少年。記憶を失くした彼女の名付け親でもある”
”ソレイユ…公国の姫君にしてウェルの幼馴染。ルミをライバル視するが、後に大親友になる”
”ムエット…魔法具に組み込む魔法術式の制作者。ルミの発案による世界初の広告代理店の社長でもある”
”ヴァンス…世界で唯一、魔法石が採掘される公国内自治領の領主の息子”
”エスプ…ルミが聖域内で出会う聖王朝の隠密捜査官。教皇の陰謀を探ったために聖域に追放されていた”
それを読んだ瞬間、ヒロインは不思議な感覚にとらわれた。
自らが考え出した登場人物達だから懐かしさを覚えるのは当然だが、それだけではない異様な親しみを感じるのだ。
まるで…彼らと何処かで同じ時間を過ごしていたような…?
さらにノートを読み進めると、気になる母親の注記を見つけた。
”植物状態じゃない、寝言を言ってる!”
”なのに目覚めない…どうして?”
”何か話してるけど、日本語じゃない”
”この子の言葉が解らない。謎の言語”
”やっと判った…あれはこの世界の言葉だ”
”この子はこの世界を救うために戦ってる”
”戦いが終わるまで目覚めないだろう”
”ルミはこの子。この子はルミ。”
”お願い…勝って!”
”勝って! ルミ!!”
…やっとすべてを思い出した。
ノートに記されてるのは文字だけなのに、その世界の情景が…皆の顔がありありと思い浮かぶ。
『やっと起きてくれたね…寝坊助さん』
心のどこかでウェルが…皆が笑う。
あの頃と同じ笑顔で。
『お帰り…ルミ。』
ヒロインの頬を熱い涙が伝う。
懐からペンを取り出した彼女は、大きな文字で書き記す。
「ただいま、みんな!!」
この物語がこの後どうなるのか…
ヒロインの将来はどうなっていくのか…
それはまた、別のお話で。
【はのん FIN】
てな訳で今回で無事、最終話となりました。
なんとか2クールちょいで終わりましたね(笑)。
前作でいわゆる大団円エンドをやってみましたが、登場キャラが多くて散漫になるだけで、さほど盛り上がらなかったので、今回はすんなり脂質控え目な締めくくりにしてみました(笑)。
キャラによっては投げっぱなしな終わり方になった感もありますが、やりたい事は前回まででほぼやり尽くしたので、もぉいっか〜てな次第です。
実は本編以上に苦労したのが、アサヒの自作小説の締めくくり方でした。
すべては昏睡状態に陥ったヒロインの夢オチってことにしてしまったので、彼女が夢の中の皆と再会するには、また昏睡せにゃ〜なりません。
それはいくらなんでもあんまりだろってことで、悩んだ挙句にこうなりました。
個人的には完全には満たされないハッピーエンドが好きなんですが…人によっては辛辣に思えるかもしれませんね。
さて、実はすでに次回作の制作に入っております。
お次は今作までに比べればずいぶんシンプルで、ちょっと懐かしいテイストになる予定です。
ではまたお会いしましょう。
【令和六年三月吉日 のりたま記す】




