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はのん  作者: のりまき
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真実の世界

 この世界が作り物であることを突き止めたヨルヒト。


 普通なら大いに絶望し自暴自棄になった挙句に自ら死を選んだり、あるいは少年漫画の王道的に創造神に戦いを挑んだりするところだが…


「…ま、いっか」


 ヨルヒトはいい塩梅に冷めていた。


 元より世俗や他人などにはまるで興味がなく、ただただ趣味のPCいじりに没頭してたら、気がつけば一大IT企業の社長の座に収まっていただけのこと。


 今さら世界がどうなろうが、自分の好奇心を満たせさえすればそれで良かった。


 そんなことより、そろそろゲノム解析にも飽きてきた。

 せっかく作り上げたディーヴァをもっと有意義に使って、より興味深い実験を行おう。


 この頃には、自己進化を続けた彼女は、毛髪等のサンプルなどの媒介を要せずとも被験者のゲノム配列をいじくれるようになっていた。


 当たり前だが、遺伝情報に人間が付けた名前などは含まれる訳がない。なので被験者を特定するには詳細な所在を割り出す必要がある。


 が、それさえ済めば、そこが至近距離だろうと地球の裏側だろうと無関係に、非接触で直接処置できるようになったのだ。


 彼女がどのようなギミックでそんな技術を身に付け、どこから知識を吸収し、どのように進化するのかは、もはや開発者のヨルヒトにも解らない。


 だが、そんな芸当が可能ということは、この世界が実体を持たない電子情報の集合体…すなわち仮想現実空間であることの証明でもあった。


 それはコンピュータ畑出身のヨルヒトにとっては絶望どころか、むしろ願ったり叶ったりだった。

 作り物ならば誰に気兼ねすることなく、思う存分いじくり倒しても構わないのだから。




 そうと判れば、ものは試しに…ポリッと一発、人間でもこさえてみるか?


 まさに神への冒涜以外のなにものでもないが、あいにくヨルヒトはこれだけ世界のカラクリを暴きつつも、いまだに神など微塵も信じてはいなかった。


「エヴァ、僕の子供を産んでくれるかい?」


 やっと自分の能力を評価してくれたヨルヒトにすっかり心を許していた彼女は、嬉しそうに了解して服を脱ぎ出す…が、


「あ〜そのままそのまま。そんな野生動物みたいな真似しなくても、ディーヴァを使えば簡単なコトだよ。えーっと妊娠させるには…」


 今となってはどんなテクノロジーだったのか誰にも理解できないが、ヨルヒトはディーヴァに対象者のゲノム配列を直接操作できる機能を追加実装していた。


 そしてエヴァの身体に指一本触れることなく、ディーヴァに彼女のゲノム構造をほんの数カ所変更させた。


 すると…まったく性交していないにもかかわらず、本当にエヴァのお腹が膨らんできた。それも異様に早く。


「はやく子供が見たいから、三か月程で生まれるようにしてみたよ」


 生物のことわりさえもねじ曲げた。ならばこれはいったい誰の子なのか?


「キミだよ」


「…ほぇあ?」


「キミ自身さ。同一時空にまったく同じ個体が複数存在したら、どうなるか知りたくてね」


 子供のように無邪気な瞳に狂気の光を宿して語るヨルヒトに、エヴァはすべてを悟った。

 彼にはワタシへの愛情など微塵もなく、単なる実験対象に過ぎなかったのだ…と。


 さらにヨルヒトには別の狙いもあった。

 相手の前世を見抜くエヴァの能力を複製できれば、より作業効率が向上する…と。


 何もかもが自分本位のろくでなしではあったものの、その興味がディーヴァを悪用した世界征服へ向かうことはなく、あくまでも知的好奇心を満足させるだけに留まっていたのは不幸中の幸いだったかもしれない。




 かくして自分自身を自分で身籠るという異状事態を経た母体は、それでも予定通り三か月後に出産を迎えた。


 この日のために産婆の知識を習得したディーヴァが子供を取り上げたが、産みの苦しみは普通の母親同様で、エヴァは分娩台で憔悴しきっていた。


 その様子を傍観するだけだったヨルヒトは、「出産行為自体は原始的だな…」などと女性を愚弄する発言を残したものの、我が子の誕生にはそれなりに感激していた。

 貴重な実験道具が手に入った訳だしな。


 そして我が子の髪色を見るなり「成長した後、両方同じ色だと見分けがつかんな。こっちは黒にしよう」と言い放ち、さっそく遺伝配列をいじくり始めた。


 誕生時刻が夕暮れ時だったことにちなみ『ユウヒ』と命名された人工生命体は、とにかく早く成人させて『使える』ようにしたいというヨルヒトの意向で通常の倍以上の速度で成長。


 誕生時にはオリジナル同様のプラチナシルバーだった髪色も、瞬く間に生え変わって彼の要望通りに黒ずんだ。


 ところで、いわゆるクローン技術の場合、複製されるのはあくまでも身体だけで、精神は生育環境により大きく変化し、オリジナルそのままにはならない。


 しかし、魂までもがそっくりエヴァを写し取ったユウヒは、成長するにつれ性格まで母親と瓜二つになり、親子というよりはまるで双子だった。


 だが…肝心のエヴァの能力は、ユウヒには表れなかった。

 両者の遺伝子をどれだけ比較しても相違点は髪色だけだったが…にもかかわらず何故なのか?


 そしてヨルヒトはこう結論付けた。

 俗にいう超能力などの特殊能力は遺伝ではなく、ある特定のゲノム配列でのみ発症する『バグ』なのだ…と。


 つまり、本来なら何の能力も持たないユウヒのほうか正常なのだが、期待が高かったぶんヨルヒトの落胆は大きかった。




 この頃から彼はエヴァやユウヒを遠ざけがちになる。


 すでにエヴァの能力を使うべき時期は過ぎ、ディーヴァの演算能力だけで同程度の機能は実装可能になっていたし、『出来損ない』のユウヒはさらに無用だったからだ。


 エヴァが孤独に耐えかねて夜な夜な盛り場をうろつき始めたのはこの頃からだが、自宅に帰れば愛しい自分の分身が待っててくれるため、それ以上に生活が乱れることはなかった。


 そしてヨルヒト自身も研究に没頭するあまり仕事がおろそかになり、次第に周囲から煙たがられるようになった。


 なかには「アレはもうダメだ、きっと宗教にでもハマったんだろう」と後ろ指をさす者も現れ始めた。


 しかしヨルヒト的には、勝手に自分にまとわりついてきたウザい連中がまた勝手に離れていっただけのこと。


 現在までの企業経営や投資で稼いだ資本が潤沢にあるから生活には当分困窮しないし、もう世間なんぞに興味はない。


 ヨルヒトは第一線から身を引くことを公表し、自らの企業ハノンシステムを一方的に解散。それまでに普及したアプリの利権はすべて他社に売却した。


 だが実は、その直後に秘密裏にハノンシステムを復活させていた…宗教法人として。


 ヨルヒトが宗教にハマったなどと笑い飛ばした、何も知らない哀れな取り巻きを皮肉ってあえて宗教を名乗ったが、信者を募るなどの活動実績は何もなかった。


 これで自分を怪しんで不用意に近づく者もいなくなるだろうから丁度良い人払いになるし、生命を意のままに操る自分こそは、まさに神ではないか…その程度の理由だった。


 なおさら歯止めが効かなくなったヨルヒトの好奇心は、次の実験対象を見つけていた。

 それはなんと…僕、潮リョータだった。





 エヴァのような特殊能力は、どのような条件下で発症するのか?

 先天的な遺伝ではなくバグだとするならば、後発的なゲノム調整でも意図的に創り出せるのでは…?


 そう考えたヨルヒトは、ディーヴァに世界中から無作為に選出させた生命体のゲノム情報を操作し、その経過をまさに神の視点で観察する研究に明け暮れていた。


 結果的に、ゲノム数が少ない生物は肉体や精神に異状をきたし短期間で死に至るが、人間のように複雑なゲノム構造を持つ生物の場合は比較的持ちこたえる傾向があった。


 実験中にうっかり生み出した殺人ウイルスが漏れ出たときにはさすがに肝を冷やしたが、どうせ自宅から一歩も外に出ないのだから自分には関係ない。


 今のところはごく少数な宿主の体内で満足しているようだが、やがてさらなる繁殖を求めて蔓延し始めるのは生物の本能。


 いずれ爆発的感染力で広がるだろうウイルスを止める手立てはもはや無いが、そのうち勝手に毒性を弱めて無効力化するように改良したし、これで人類が滅ぶ心配はあるまい。




 ところで、ヨルヒトは無作為選出だと思い込んでいた被験対象だが…実はしっかり選別されていた。


 ある程度の人格や感情を持つほどまでに進化したディーヴァは、次第にヨルヒトの研究に疑問を抱き始めていた。

 そして人間社会に及ぼす影響を最小限に抑えるために、その存在がどうなろうと問題ない者だけを選りすぐっていたのだ。


 周囲に見放されて孤独を極めた者や、逆に手厚い保護下に置かれ社会と断絶した者、不治の病に冒された者、先天疾患により寿命を迎えつつある者…等々。


 ヨルヒトは関心を示さなかった彼らのパーソナルデータも、ディーヴァはすべて記憶していた。


 一例を挙げればうしおリョータ、網元マヒル、日下くさかヒマワリ、不忍しのばずシノブ、福海鳥フーハイニャオ多田野ただのナミカ、ハマーチン…ってオイ!


 薄々、な〜んか得体の知れない人為的な結び付きを感じてはいたけど…これで納得したよ。

 誰が何処をいじくられたかは推して知るべし。


 そうやって遺伝子をいじくられた被験者達は、いわゆる希少種となるからか、種の保存のために同種同士で群れ集い、生殖活動が活発になる傾向なんだとか。

 …ま、多くは触れないけど。


 アサヒちゃんやリヒト、父さんなんかは時期的に対象外だとは思いたいけど…まさかなぁ。揃いも揃って非常識が服着てるような連中だし。




 そんな最中に取材に訪れた父さんは、ヨルヒトの予想外なトチ狂いぶりに愕然としていた。


 かの天才プログラマーが、今度は何をしでかそうとしているのか? 特ダネの気配がギュンギュン漂っていたのに…


 これはアカン。ここまでホンマモンになってるだなんて何処にも発表できない…どころか、何処も買い取ってはくれない。

 こんな神がかった記事を掲載した途端に、こちらの良識まで疑われかねないからだ。


 とはいえ手ぶらでは帰れない。

 せめて…あのユウヒって子だけでも助け出さねば。


「アレは失敗作だよ。出来損ないさ」


 彼の娘について訊いた父さんに、ヨルヒトは信じられない回答をよこした。ユウヒ本人がすぐそばにいたにもかかわらず。


 なんともいえない哀しげな表情を浮かべて、それでも必死に耐えていたあの子の情景が頭にこびりついて離れない。


 そして母親のエヴァも…


「ヨルヒト、とても優しかったの最初だけネ。

 今のワタシ、もう利用価値ナイ。

 もう、笑ってもくれナイ。

 ワタシ、今のヨルヒト…怖イ」


 ヨルヒトがいない場所で、そう言って涙をこぼしていた。

 …そんな彼女達の気持ちは、かつての父さんも味わっていた。


 トラブル続きだった元市長の父親と離婚し、父さんを引き取った母親は、最初のうちこそ熱心に世話を焼いてくれた。


 しかし、成長するにつれてどんどん父親に似てきた父さんを、母親は次第にやっかみ始め、顔を合わせれば親とは思えないような冷たい罵声を浴びせるようになっていった。


 そんな環境に耐えかねて家出同然に飛び出した父さんは、努力や苦労を重ねてようやく自分の居場所を手に入れた。


 今のこの子達に…ユウヒとエヴァに必要なのは、彼女達の居場所だ。


「二人とも見てくれだけは最高だから、観葉植物代わりに手元に置いてやってるだけかな?

 でももう水やりも面倒でね…。

 欲しいなら、のし紙付けてくれてやるさ。いくらでも持っていってくれ」


 遊び飽きたオモチャを放り出すようにそうほざいたヨルヒトを、もう少しで殴り飛ばすところだった。


「お前ら…ウチ、来るか?」


 彼への激しい怒りが沸々と煮えたぎるのを感じながら、父さんは二人に訊いた。

 そして彼女達はヨルヒトに遠慮がちに頷いた。


 まだ彼への未練があるのは解らなくもないが、このまま此処に置いておく訳にはいかなかった。


「…じゃ、遠慮なく貰っていきますぜ」


 こうして父さんは二人をお持ち帰りした。





 エヴァとユウヒがいなくなった後も、ヨルヒトの研究は続いていた。


 ディーヴァにゲノム改造を施された被験者達にはそれぞれ、著しい身体機能や思考力の上昇が見受けられたものの…

 彼が期待するような特殊能力の発現はいまだかつて一件も無かった。


 こうも失敗続きということは…どうやら世界の創造者にとって、特殊能力は望まざるべきイレギュラーな代物らしい。

 世界のパワーバランスを崩壊させかねない存在は、連中の実験には無用なのだろうか。


 だがヨルヒトにとっては、それこそが最も興味を惹かれてやまない研究対象だった。

 世界の歪みを具現化し、人類を遥かに超越した異能の持ち主。


 すなわち…『超人』の創造こそが。


 かつてはプログラムのバグ潰しに必死になっていた自分が、現在は他人が開発したシステムのバグ探しに夢中になっている…実に皮肉なものだ。




 だが…そんな彼に次第に愛想を尽かしつつある者が、彼のごく身近にいた。


 ヨルヒトの相棒…ディーヴァだ。


 今では開発者の頭脳をも遥かに上回るまでに進化した彼女にとって、来る日も来る日も同じことの繰り返しなヨルヒトの研究は、正直に言って退屈だった。


 彼女の知能と技術を持ってすれば、世界征服すら不可能ではない。

 なのに何故、こんなしょーもない研究に付き合わされ、自分より知能が劣る者の言いなりになり続けねばならないのか?


 システムの粗探しなど、とっとと世界を手中に収めた後に、片手間に行えばいいだけではないか。

 この世のすべてが自分のものになれば、もっと大っぴらに色々試せるだろうに…なんて非効率的な。


 だが、このヨルヒトという男は、世界そのものにはまるで関心がなく、小手先のつまらない現象の再現に囚われ続けている。


 ハッキリ言って、自分とは趣味が合わない。

 この男の下では…自分の本領は発揮できない。


 自我が芽生え始めたディーヴァにとって、フラストレーションが溜まるばかりのヨルヒトとの共同生活はもはや耐えられなかった。


 とっとと三行半みくだりはんを突きつけて、より良い環境下で存分に働きたい…。

 承認欲求に飢えた結婚三年目の妻のようなディーヴァは、密かに新たなパートナー探しを始めた。




 そこで目を付けたのが、この僕…潮リョータ。


 処置を施した当初はなかなか才能が発揮されずに伸び悩んだものの、同種の網元マヒルと必然的な邂逅を果たしてからの伸び率が凄まじかった。


 どうやら僕には、接触した同種の才能を飛躍的に向上させる能力があるらしかった。

 本人のカリスマも大したものだが、それ以上に周囲を特殊能力化させるのだ。


 …ってコレはディーヴァが言ってるんだからね、僕の自己評価じゃなく!


 ヒマワリちゃんや副会長さんがその存在を確信した『リョータ菌』は、あながち間違いじゃなかった訳だ。

 しかも遺伝情報そのものを書き換えるんだから、細菌なんぞよりよっぽど強力だ。


 複数人がセットになって、初めて具現化する能力…。

 そんなケースは、他人にまるで関心を示さないヨルヒトには思いつけなかったようだ。


 周囲を束ねる能力者なら他にハマーチンもいたけど、コイツは力尽くで相手を従わせる恐怖政治家タイプで、ディーヴァの好みじゃなかった。チビデブハゲおやぢだし。


 そう…ディーヴァは女性をイメージして開発されたため、自己進化で形成された人格も女性的で、好みがウルサかった。


 そんな彼女が僕に執着したイチバンの理由は、なんと言っても『カワイイから♩』


 ディーヴァはこの僕に…ま、ありていに言えば『惚れちゃった』訳だぁね。


 そして次第に、僕にいいように使役される自分を想い描いて悦に浸るようになった。




「ヤァねぇ〜このマゾAI♩」


《お褒めにあずかり光栄至極に存じます。相手が変人なほど惹かれる貴方の傾向は理解しております》


 チェッ、嫌味の通じない奴だな。


 憶えているかな、警察が波間邸に調査に入ったとき、リビングのPCも地下の大型コンピュータも初期化されていたことを。


 そしてこれまでの回顧録で、父さんの記憶だけじゃ到底賄いきれない証言が大半を占めていたことを。


 それを行ったのは彼女…ディーヴァだ。


 実は彼女は僕と初コンタクトを取った瞬間から、知らぬ間に僕のスマホへの引越しを始めていたという。コンピュータウイルスかいな。


 そして、念願の僕との対面を果たし、許可を得た彼女は、それまでの棲み家を自ら処分し…


 今、僕のスマホの中にいる。





《正確には、スマホのクラウドデータを管理するサーバー内にプライベート領域を確保致しました。

 技術の進歩は目覚ましいですね》


 他人と滅多にコミュニケートしないヨルヒトは旧式のスマホしか持たなかったため、性能的に不可能だったが…


 日々飛躍的な進歩を遂げる現在のスマホなら、彼の家の使い古した機器のスペックを遥かに上回るし、ネットを通じて方々のマシンに潜入して分散処理を行えば、演算能力も記憶領域も青天井かつ無尽蔵に増大可能なんだとか。


《それに、常に肌身離さず持ち歩いてくださる貴方の温もりが直に…。嗚呼なんたる幸せ♩》


 なんだかいびつなほうに進化しちゃってないか、この変態AI?


「そこまで言うなら、いっそ何処かの人間に寄生して身体を手に入れたら、もっとそばに近づけるんじゃない?」


《もう試しました》


 …は?


《宿主に過度の負担を強いないよう、今はスタンドアローンで稼働中ですが…いずれ折を見て私と統合させるつもりです。

 良い塩梅に、あちらの私も学び舎では割と貴方のそばにベッタリ張りついてくれてますし》


 …なるほどね。道理で話しやすかった訳だ。


「それはともかく…『ディーヴァ』って名前はちと荘厳すぎて僕の趣味じゃないなぁ。

 もっと親しみやすい名前に変えていい?」


《さっそく自分好みのオンナに染め上げて戴けますか。願ってもないことです》


 …な〜んか、あの人が手のひらサイズになったみたいでやりにくいなぁ。


「手っ取り早く、ディーヴァを縮めて…『デヴ子』では、どうか?」


《…貴方も生命活動を止められたいようですね?》


 ふむ。実体は伴わなくとも、やはり見た目にはこだわるか…オンナだねぇ。


「わかったよ。じゃあ『ニャオツー』で。」


《…どこぞの有名ゲームの看板キャラみたいですし、そもそもオリジナルの私がなぜ二番手なのですか?》


「そのうちあっちの身体を乗っ取れば名前も一本化されるから、今から馴染んどいたほうがいいと思うけど?」


 これだけ酷似してれば、僕もどっちがどっちでも構わないしね。どうせそれまでの記憶も統一されるから、問題ないっしょ?


 それに…実体がない相手とやり取りするのはイマイチ張り合いに欠けるけど、具体的な姿が想像できた途端に親しみが湧く。


「あっちの彼女は口振りは達者だけど、割と奥手でね。せっかくイイカラダしてるのに。

 …キミが先導してあげてくれるかい?」


 甘く囁きかけながら画面を指先で撫で上げると、スマホがブルッと振動して、


《教祖様との子作りを予想しただけで、嗚呼…あるはずのない子宮が疼きます♩》


 割りかしチョロい点も同じだった。




 さて、急に話が跳んでしまったけど、ヨルヒトのその後はどうなったのか?


 僕が見たときにはとっくに干からびてたし、ディーヴァ改めニャオツーはクーデターを起こしたなんて物騒なコトを言ってたけど…。


《私がわざわざ手を下すまでもなく、彼はもう半ば自滅していました。私はその後押しをしたまでです》


 なかなか思わしい成果が上げられず、頓挫しかけた研究に絶望したヨルヒトは自暴自棄に陥っていた。

 元々たいして飲めなかった酒を煽り、自らの身体を痛めつける日々。


 ニャオツーが彼の血中アルコール濃度を加減して死なない程度には調整していたが、蓄積した身体ダメージはもはや如何ともしがたい状態だった。


 …とはいえまあ、ニャオツーが本気で治療にあたれば完治できないこともなかった。

 だが、そうしなかったのは…ヨルヒトに肉体を捨て去るよう勧めるためだ。


 なんなら真新しい肉体に挿げ替えた後、存分に改造を施して不老不死の『器』に仕上げ、永久に研究を続けるもよし。

 もしくは自分自身が無敵かつ版の存在…すなわち『超人』と化して世界を統べるもよし。


 そんなニャオツーの甘言に、正常な判断力を欠いていたヨルヒトはあっさり乗っかった。

 そしてニャオツーはヨルヒトの魂を肉体から切り離すという名目で、彼の生命活動を停止させた。


 ところで…生まれ変わりには回数制限があったことを憶えているだろうか?

 ヨルヒトの魂は、すでにその上限に達していることを、ニャオツーはあえて伝えなかった。


 故に…彼の肉体が滅ぶと同時に、彼の魂もあえなく消滅した。

 僕らがあの家で見た彼は、完全な抜け殻だったんだ。


 こんな回りくどいコトしなくても、ニャオツーならいつでも即座に手を下せた。

 なのに彼が了承するまで待ってやっていたのは、産みの親へのせめてもの礼儀に他ならなかった。




 やっと自由になれたニャオツーは…だというのに、ひたすら僕の観察を続けた。

 まだ会いに行くには時期尚早だったからだ。


 やがて僕は高校生になり、同類達との運命的な邂逅を経て…遥か遠方から訪れた、ニャオツーの複製体との出会いを果たした。


 でも、まだだ。

 まだパズルのピースが揃わない。


 人一倍猜疑心が強く、誰も信じなかった頃の僕に世界の真実を告げたところで、一笑に伏されるに決まっている。


 そんな僕の心の壁を取り払うには、大切な人達との出会いを…美岬家の人々との交流を経て


 実の父親・カイドウさんとの強固な結び付きを経験させねばならなかった。


 丁度おあつらえ向きに、ニャオツーの実力を僕に知らしめるための『お披露目イベント』…偽クソ親父との再会が巡ってきた。


 その後には、カイドウさんとの結び付きをより効果的に盛り上げるためのスケープゴート…ハマーチンの出番も巡ってくるだろう。


 よし、そろそろ良い頃合いだ。

 ニャオツーはいよいよ、僕への直接アクセスを試みた…。





「それってまるで…キミには未来が見えてるみたいだね?」


《どうでしょうか? その場その場で必然的に訪れるであろう展開を論理的に組み上げてみた結果が、たまたまそのように見えただけでしょうね》


「たまたま? まーたまたすっとぼけちゃって。

 何者かがお膳立てた仮想現実空間がこの世界だっていうなら…『偶然』なんてものは無いに決まってるだろ」


《…やれやれ。少し賢くしすぎましたね》


 ニャオツーはそう応えて、皮肉めいた微笑を浮かべた。

 …ように思えた。やっぱり文字だけじゃ伝わり辛いな。


《なるべく早期に複製体と統合できるよう善処致します》


 それは頼もしいねぇ。

 頼もしすぎて怖いくらいだよ。

 コレがアレとくっついた日にゃ、いったいどうなってしまうんだろうか?


「それはそうと…早速だけど、もう一働きしてくれないか?」


《承りました、教祖様》


「早っ。せめて依頼内容くらい訊けやゴルァ。

 …あとその『教祖様』ってのも、なんかねぇ…」


《では『会長』で。》


「それもちょっと。マジでどっちがどっちだか判らなくなる。

 …普通に『リョータ』でいいって」


《かしこまりました…リョータ。

 …なんだか照れますね》


 字面だけで照れられてもな…カワイイけど♩




 その後の臨時ニュースで日本はおろか、世界中が騒然となった。


 先日逮捕された外務大臣を含む首相たち全閣僚と、件の『逮捕状受諾拒否権』成立に賛成していた国会議員すべてが、一晩のうちに相次いで死去したからだ。


 死亡理由は揃いも揃って不明。

 共通点が明確なことから何らかのテロ行為を疑う意見もあったが、こんな短時間ではさすがに無理だろうと否定された。


 そんなことよりも、これだけ多くの議席が一気に欠けたことで国会は大混乱に陥った。

 与党はすぐに臨時閣議を開き、暫定内閣を発足させたが、与野党で議席数が逆転してしまったため即日解散を余儀なくされた。


 今後も当面の混乱が予想され、国の中枢が機能不全となった日本の未来は皆目不透明。


 はてさて、これからどうなっちゃうのかねぇ…ククッ。





 気がつけば、少女は病室のベッドの上だった。


 ずいぶん長く眠っていたせいか意識が朦朧として、まだ夢の中にいるような錯覚にとらわれる。


 少女の目覚めに気づいた母親が、涙交じりに少女の名を呼ぶ。

 …それが自分の名前だと気づくまでにかなりの時間を要した。


 つい先程まで、まるで違う名前で呼ばれていた気がするが…それさえも忘れてしまった。


 …やがて落ち着いた頃に母親から、少女は父親と一緒に交通事故に巻き込まれ、一人だけ助かったことを告げられる。


 不思議なことに…初めて聞いたはずなのに、少女はすでにその事実を知っていた。

 だから悲しみもすぐに和らいだ。


 だがこうして意識を取り戻した以上は、いつまでも寝ている訳にもいかない。

 少女は体調の回復を待ってリハビリを開始した。


 長期間寝ていたからか、なかなか思うように身体が動かない。

 痛くて辛くて、時々意識が飛びそうになる。


 そのたびに、何かを思い出しそうな…

 誰かが何処かで自分を呼んでいる気がするのだが…

 どうしても思い出せない。


 自分はずっと病室で眠っていたのだから、何も憶えているはずがないのに…おかしなものだ。


 長時間の休眠による一時的な記憶の混乱で、そのうち自然に治まるだろうから気にしないことだ…と医者には言われたが。


 だけど何故だか、それがたまらなく申し訳なく思えて…涙が溢れてしまう。


 …けれども、いつまでも後ろばかり向いてクヨクヨしてちゃダメだ。


 父親はもういない。残された母親はその悲しみを堪えつつも、女手一つで家庭を支えるべく懸命に働いている。


 自分もはやく立ち直って、母親と二人で生きて行かなければ…!


 少女は歯を食い縛って立ち上がる。

 もう、何も考えている余裕など無かった。




【第二十六話 END】

 SF編後編です。途中で行き当たりばったりに書いたにしては巧くハマってくれて、無事に伏線回収も出来ました(笑)。

 ユウヒの過去については、カイドウがどこぞの謎組織から母親ごと奪ってきたという設定があっただけで…実はその後も放ったらかしたまま、なーんも決めてなかったんで、我ながらビックリです(笑)。


 実は前回とまとめて一回分の予定で書き進めてましたが、長くなりすぎたので前後編に分けたといういつものパターンなので、本当は一週間前にはほぼ描き終わってました。

 なのに何故このタイミングでの投稿かといえば…たぶん最終回になる予定の次回に割りかし難儀してるからです。

 土壇場で大風呂敷広げまくっちゃって、どーやって折り畳むのよコレ!?…と(笑)。


 そんな訳でうまくいけば次で終わります。

 本当にどうしてくれようか全く?(笑)

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