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はのん  作者: のりまき
25/27

日常の終焉

 戦火の真っ只中にあるイスライナを実質的に支配する武力組織の最高指導者ハマーチン。


 彼を狙って連日のように不特定多数の暗殺団が押し寄せるにもかかわらず、成功をおさめたケースはただの一つもない。


 その最たる理由が彼の神出鬼没ぶりだ。

 お偉いさんなら日頃はたいてい官邸だの議事堂だのに籠っているだろう…という大方おらおかたの予想を裏切り、彼はその類の施設にはことごとく近づかない。


 それらは独立当初に欧米様式に則って建てられた代物であり、異教徒に汚されているからと決めつけているのだ。


 かと思えば国内に張り巡らされた地下通路を駆使して軍隊アリのようにどこにでも湧き出し、周囲に巣食う異民族を壊滅させるというゲリラ戦術を得意とし、力尽くで今日の権力を手に入れた。


 彼らの通った後には草木一本残らない…まさに害虫だ。


 そして、太古からの戒律を都合よく歪めた独自の宗教を神の御意志として国民に強要し…

 自軍への参加こそが神への最大の献身であると従軍を呼びかけ…


 神の代弁者である自己の闘いはすなわち聖戦であり、神のためならばいかなる犠牲も厭うべきではないと国民を焚きつけ…


 自らは一切戦線に加わることなく、無垢な若者達の命を火花のごとく無駄に散らし続ける。


 とんだ神サマの遣いがいたものた。きっと遣える神は山羊の顔をしているに違いない。


 そしてその神の御使自身も人前には滅多に姿を現さず、直に対面したことがある者はごく一部の幹部のみだと言われている。


 いかにも筋骨隆々な猛者っぽいおやぢがリモート映像を通して部下どもを叱咤激励する様子がたまにテレビニュースに映り、これがハマーチンだとされているが…


 その印象は映像ごとに大きく異なるため、ほとんどが影武者ではないかとさえ噂されている。


 そんな不確かな人物に忠誠を尽くすのはいかがなものかと思うが、かつては我々日本人も見たこともない現人神あらびとがみのために進んで命を捧げていたのだから他人事とは思えない。


 いずれにせよ、自らの都合で戦争を起こし、それこそが最良にして唯一無二の選択などと抜かす輩にろくな奴はいないことだけは確かだ。





「…つまりカイドウさんは、その不毛な闘いに終止符を打とうと…?」


「ええ。おそらくは彼らに拘束されのも計算ずくだったと思います」


 ナミカさんに応える僕の意見を、ユウヒ達は信じ難いものを見る顔で黙って聞いていた。


「そしてその思惑通り、氏が今現在囚われている場所は…此処です」


 先ほど副会長さん傘下の調査チームから送られてきたばかりの資料画像を、僕は自分のスマホに表示してみせた。


「此処って、こないだの中継の…!」


「そう、あの学校。と見せかけて…」


 ユウヒの驚嘆に僕は人差し指をピンっと立てて、


「コレこそが組織の本拠地にして最大の軍事基地だったんだ。カイドウさんはまんまとこの場所をテレビカメラに収めて、世界中にその存在を知らしめたのさ」


「だから捕まった…ってのか?」


 リヒトの問いに僕は大きく頷いて、


「どこの世界にお前らの学校はヘンってケチつけたくらいで捕まる国があるよ?」


 と笑い飛ばしつつ、立てた指をスマホ上で滑らせて次の画像に切り替えた。

 それは…シノブから送られてきた、この校舎の設計図。その端々には…


《どうして日本語?》


 設計図上の表記を見たアサヒちゃんが小首をかしげる。


「それは、この校舎が日本の出資で建設されたからさ」


 表向きはイスライナへの経済支援は行わないとする日本だけど…当校舎の建設に従事したのは外務大臣の親族が経営する現地ゼネコン。

 裏ではバッチリ繋がってたんだ。


「ここを見て」


 僕が指差す先を皆の視線が追う。

 …校舎の地下に、不自然に広い地下空間がくっ付いてる。校舎とほぼ同規模のしっかりした造りだ。


「武器庫だよ。訓練施設もある」


 皆が息を呑んだその図面の端から、広大な地下通路が地図外へと延びている。


「ここは写真だと…こんな感じ」


 再度切り替えた画像には、高速道路のトンネル内を彷彿とさせる頑丈な通路の写真が。

 通路の端には貨物列車用の線路まで敷設されている。


 これほどの規模の土木工事は、一民間企業の資本力だけじゃ到底不可能だ。


「この地下通路は岩盤を貫いて、街の外にある岩山の陰の出入口に繋がってる。

 そこから枝分かれした無数の小通路が、それこそアリの巣のように街中に広がってるんだ」


 驚愕する皆を代表して、ナミカさんがポツリと呟く。


「日本政府が…武装組織に加担してた?」


「…それこそがカイドウさんの本当の狙いだったんですよ。この戦争をやめさせるためには、まずはこうした海外からの資金流入や技術協力を断たなきゃなりませんから」


「そして何よりも…こんな軍事施設に子供達が続々と送り込まれているのを止めなきゃね」


 歯噛みするナミカさんに全面的に同意した僕は、三たび画像を切り替えて、先ほどの設計図に戻す。


「んで…カイドウさんが今いるのはコ〜コ♩」


 僕が指し示したのは校舎の最上階の、そこそこ広い『教室』。それにしては壁の厚みが他の部屋よりも分厚い。

 実際には客や幹部をもてなす来賓室として使われていたらしい。


「あ〜…お父さんとのメールで、時々な〜んか妙なやり取りがあるなって思ったら…アンタ、これを探ってたのね?」


 ほぉ? ユウヒはすでに気づいてたか、さすがだな。

 でも…コレはどうかな?


「その隣が…ハマーチンの自室。」


 カイドウ氏が今いる部屋よりもさらに分厚い壁に囲まれた、建物の中央最上階に位置する、見るからに特別仕様の部屋。


 どうやらエレベーターで地下通路と直通しているらしく、階下から垂直にシャフト状の通路が延びている。


 カイドウ氏はメールの中で「夜通しドンチャン騒ぎ」と表現してたけど、これだけ壁が分厚いなら防音性もかなりのもので、物音が聴こえるはずはない。

 なのでよほどの大物がここにいると推測したら、奴しか思い浮かばなかった。


「今まで誰にも突き止められなかった彼の巣穴を…こんなにあっさりと…」


「…オレ、こんなトンデモネーヤツを敵に回してたんだな…」


 呆れ返るナミカさんの横で、リヒトが青ざめた顔で僕を見据える。


「だから痛い目見たろ? でも大丈夫…僕の味方である限りは安全を保証するからね♩」


 ヒィッ!?とたじろぐリヒトをアサヒちゃんがお〜よしよしとあやして、


《リヒトくんいぢめたらダメッ!》


 膨れっ面で僕を諌める。ちょっと前までリヒトに泣きべそ掻かされてた子が、すっかり強くなっちゃってまぁ…。


〈じゃあ、キミのお父さんをいぢめる悪い人はどうしようか?〉


《悪い人でもちゃんと捕まえて、罪を償ってもらわないと。…殺しちゃダメだよ♩》


 にっこり笑顔で末恐ろしいコトをのたまうアサヒちゃんに、今度は皆が青ざめる。

 うーん解ってるねぇ、さすがは僕の妹。


 世の中には、あっさり死ぬよりもよっぽどコワイことがあるって解らせてやるよ…ハマーチンたん♩


《それで私はどなたをターゲットにすればよろしいのですか?》


 おっと、これはアサヒちゃんじゃなくてホンマもんの神の遣いサンからの催促か。

 皆に見せた画像と詳しい座標は、すでにそっちにも転送してある。そこで僕は…


〈今現在、その地図の二つの部屋『以外』にいる人間全部が対象かな。間違えるなよ?

 あと、後から施設に突入した人間にも手出ししないように〉


《ふむ、ざっと五百人程度ですか。かしこまりました。…ずいぶん若い者も含まれますが?》


〈…構わないよ〉


 一度叩き込まれた戦闘技術と闘争本能は永久に消えない。上からの命令とあれば、彼らは速やかに武器を手に取り、たとえ仲間同士だろうと殺し合う。

 気長に洗脳を解けば元の日常を取り戻すかもしれないけど…もう余裕がない。


『ニュース速報です。海外演習の名目でイスライナに向けて航行中だった合衆国の空母打撃群は先ほど、付近の洋上に到着したと…』


 リビングのテレビからアナウンサーの淡々とした声が聞こえてくる。


「ふむ…予定通りかな」


 ポツリと洩らした僕の呟きに、他の全員が総毛立つ。


「ま、まさかコレもアンタの仕業だっての?」


「さぁ、どうだかね…」


 上ずるユウヒの声にしれっと応えながら、僕はリビングの窓辺に近寄った。

 窓の外に広がる大海原に皆の視線が集中する。


「…あ、今はまだ何も起きないよ。明るすぎて、よく見えないからね」


 なんのことだか?と首を傾げる皆の傍らで、テレビのアナウンサーはなおも淡々と、


『さらにニュースです。先ほどイスライナ暫定政府は、拘束中の美岬氏の緊急裁判を本日の日没後に開廷すると発表しました。日本時間では深夜になると見込まれ…』


 良かった…これで腕時計は必要ない。

 どうせ地上は血生臭いことになるんだから…

 せめて夜空くらいは美しく彩らなきゃ♩





 そのまま夜まで皆、飯もろくに喉を通らない落ち着かない時間をただ過ごした。

 …僕とアサヒちゃん以外は。


〈凄いねこの小説。最後はもうボロボロ泣けちゃったよ!〉


《でしょでしょ、頑張って書きましたから♩》


〈…やっぱりコレ、どっかで公開しようよ! 絶対人気出るって!〉


《ダメッ! コレはアサヒとお兄ちゃんだけのために書いてるんだから!》


 う〜ん、相変わらず頑なだなぁ。


「てゆーかアンタら、この状況でよくまぁ和気あいあいとしてられるわね…」


 ここ数日ほとんど眠れず、自慢の美貌もやつれ気味のユウヒが呆れ顔で僕らを茶化す。

 それにアサヒちゃんは笑顔で頷いて、


《だって、今度もお兄ちゃんがなんとかしてくれるんでしょ?》


 完全に信頼しきった眼差しを僕に向ける。

 もちろん彼女だって不安がない訳じゃない。だからひたすら自作小説を書き殴って、普段は絶対皆の前では公開しないのに、わざわざ感想を急かしてきた訳で。


 そしてそんな無上の期待を向けられたところで、普通は応えようがないだろう。

 世界規模で悪名高いテロリスト相手に、一介の高校生に過ぎない僕が何をどうできるというのか?


 でも…出来ちゃうんだな〜コレが♩


 おあつらえ向きに夜も更けてきたことだし…お兄ちゃんガンバッちゃおっかな☆


 惜しむらくは、実際ガンバルのは僕自身じゃないけど…協力者諸君の健闘に期待する!

 さてと、そろそろ時間かな?


 ドンッ…パパァーンッ!


 突然、リビングの窓辺が光の大洪水に包まれた。


 窓の外…美岬家のプライベートビーチから、凄まじい数の花火が打ち上がり、真夏の夜空を彩る。


 皆、その美しさにしばし呆然と見惚れていたけど…


「…えっ何コレ何コレ!?」


 やっと我に返ったユウヒを皮切りに皆が騒然となった。僕はしてやったりとほくそ笑んで、


「今頃はイスライナでも同じ光景が広がってるよ。そろそろ日没だからね…やっと花火が綺麗な時間帯になった」


「…! お父さんの裁判は!?」


 時差のためか、なかなかそこに考えが至らなかった皆がいまさら慌てふためく中…

 僕のスマホに電話があった。


『花火の経費メチャメチャ高ついたんだからね、後でちゃんと立て替えてよ!?』


 開口一番、カネの話題から入るのがいかにもシノブらしい。


『あ、叔父様から連絡あったよ。突入した米軍の特殊部隊が、カイドウさんを無事保護したってさ。状況しゅーりょー♩』


 本題から先に言え。とにかく…


「…だ、そーです。」


 事前に音量を最大に上げといたから、皆の耳にも届いたことだろう。

 なのに誰も喜ばない。揃いも揃って拍子抜けした様子だ。


「え…っと、こんなにあっけなく?」


「強行突入なんてそんなもんスよ」


 キツネに摘まれた顔のナミカさんに笑いかけて、僕は今回の作戦の全貌を明かした。




 まずはシノブからネタを仕入れたナイスミドルな叔父様とやらが、米政府に情報をリーク。

 それを受けた米軍特殊部隊が、僕の計画通り街中に打ち上げ花火を仕掛け、この時に備えた。


 そしてカイドウ氏の裁判開始時刻の『少し前』に合わせ、一斉に花火を点火。

 西側がこさえた施設を徹底的に嫌うハマーチンは、裁判所ではなく基地内で軍事法廷を開くだろうという僕の読みが見事に当たった。


 また『少し前』ならカイドウ氏はまだ自室に閉じ込められているため、建物内でのドンパチに遭遇することなく身の安全が保証されるからだ。


 学校に見せかけた軍事施設内にいた訓練中の児童を含む兵士達は、何事かと空を見上げ、もしくは慌てて基地から飛び出した。


 学校や地下通路から這い出たアリンコどもは洩れなく、待ち構えていた米軍や抵抗組織、武装蜂起した市民達によって蜂の巣にされた。


 校内に残ってつかの間の花火大会を楽しんでいた子供達は…夢見るようにうっとりした表情のまま事切れていたという。


 ずっと辛い人生を送ってきたんだ…最期くらいは素敵な想い出があってもいいじゃないか。





『校舎を装った軍事施設内にいた子供達がいずれも笑顔で死んでいたことから、専門家は組織側が神経毒などを噴霧し集団自決させたのではないかと見ており、世界中から厳しい非難の声が…』


 深夜にもかかわらずテレビニュースがセンセーショナルに騒ぎ立てているが、子供達の遺体をいくら調べても何も発見できないだろう。


《これでよろしかったのですか?》


〈ああ、上出来だよ。…可哀想だとは思うけどね〉


《お言葉を返すようですが、鉛玉を食らってのたうち回りながら死に絶えるよりも、一切の苦痛を感じることなく気がつく前に死んでいたほうがよほどマシかと》


 どんな時でも落ち着き払ってるアンタにはムカつくけど、僕もそう思ってこの方法を選んだ。

 最善とは思わないけど、適切だったと思う。


〈教祖になるって話は了解した。詳しい話は後で〉


《ありがとうございます。貴方様のご来訪を心よりお待ち申し上げております》


 ケッ、急にうやうやしくなりやがって。

 でも僕は今度こそコイツらに本当に興味が湧いた。

 だからコレは出まかせじゃなく、本気だ。


「…コレっていったいどゆコト?」


 テレビニュースを見ながら首を捻ってるナミカさん達には「さあ? 酷い話だよね」と適当に相槌を打ちつつ、僕は密かに教団関係者との交信を終えた。


 これでますますハマーチンの悪名が高まった

訳だけど…僕は今回、奴をあえて取り逃した。

 それはアサヒちゃんに頼まれたからってのもあるけど…


『臨時ニュースです! たった今、ハマーチン氏が米特殊部隊に投降したとのビッグニュースが飛び込んできました!!』


 …よしキタ!

 とっくにテレビに釘付けになってた皆が、揃って前のめりにかじりつく。


『こちらが先ほど公開された投降時の映像です。この人物がハマーチン氏と思われますが、これまで確立されていた氏の印象とは大きな隔たりがあり、引き続き分析中との…』


 画面にドアップで映し出されたその人物に、皆はまたしても揃ってズルコケた。


 筋骨隆々なそれまでの影武者はどこへやら…

 実際の奴はどこにでもいそうなイケてないチビデブハゲおやぢだった。あえて差別発言で。


「こ、こんな奴が…オレ達とほとんど変わらないガキどもを大勢見殺しにしたってのか!?」


 怒りを露わにするリヒトをアサヒちゃんがまあまあとなだめて、


《サダム=フセインって人知ってる? この人もきっとそうなるよ》


 さすがはアサヒちゃん、生まれる前の話なのに詳しいね。


 かつてのイラクを力尽くで牛耳っていた独裁者で、湾岸戦争を引き起こした張本人。

 国内の被差別民族大虐殺などの愚行を繰り返した挙句、敗戦の末に米軍により拘束。


 『公正な』裁判を受けさせることを要望した現地政府に米軍は彼の身柄を快く引き渡し、その日のうちにテレビ中継を含んだ『公開絞首刑』となった。


 同様な例は他にも、長年に渡るリビア独裁の挙句クーデターで失脚、無惨な虐待死を遂げたカダフィ大佐とか有名だね。


 ヒトラー、ムッソリーニ、チャウシェスク、毛沢東の妻・江青…独裁者の最期はいずれも惨めなものだ。なのになんで皆そんなモンになりたがるかね?


 …あれ? なんでか不特定多数の冷たい視線が降り注いでくる気が…。


《悪い人は、みんなそーなっちゃえばいいんだよ。…いい気味♩》


 時々ドス黒い本性を覗かせるアサヒちゃんに皆が総毛立つ傍らで、テレビニュースはなおも続いていた。


『米政府は事前に彼らの拠点の詳細な資料を入手し、市内での武装蜂起を計画。

 ハマーチン氏ら幹部の逃走経路も把握し、事前に待ち伏せていたとのことです』


 図面に記されていたハマーチンの自室から地下通路までの直通エレベーター…

 いざとなれば、奴はカイドウ氏を放っぽり出してそこから地下に逃げるだろうと予想していた。


 なので裏山の出入口にあらかじめ部隊を配置して、奴の到着を待ち構えていた訳だけど…これまたドンピシャだったか。


『なお、計画にはさる民間企業が開発した特殊車両も大量投入されたとの情報が…』


《我が社のアレです。》


 うおっ!? 何の前触れもない副会長さんからのタイムリーすぎる着信にマジビビらされた。

 せっかくだから音声通話にしてみる。


「アレって、あの時の光学迷彩車?」


『はい。今回の作戦には隠密行動が絶対条件とのことで、在庫分をフル提供させて戴きました』


 あれだけの大部隊が国内を移動すれば悪目立ちするに決まってるしな。

 軍用車両に比べて燃費も騒音も微々たるものだし、自動運転もエアコンもリクライニングシートも付いてるし…至れり尽くせりじゃん。


『うひょ〜っ、ウチの株価またまた爆上がりィーッ☆』


 電話の向こうでフィンさんの雄叫びが轟いてる。前回に比べたら社会貢献もバッチリで良い宣伝になったことだろう。


「ともかく、ありがとう。おかげで全てうまく行ったよ」


『いえいえ。お礼は今度、私に存分に子種を提供して戴ければ…』


「って調子に乗るなっ!!」


 僕からスマホを毟り取ったユウヒが一方的に電話を叩き切った。そーいや音量最大のままだったね、テヘッ☆


 でもま、そういうお礼なら喜んで応じなくもない…

 とか思ってたらまた電話が掛かってきた。


「えぇ〜いっしつこいッ!!」


 ユウヒが通話を拒否ろうとした寸前、相手先の電話番号が目に入った。

 副会長さんじゃない。まったく見覚えがない、海外と思しき長い番号…ってまさか!?


「カイドウさんっ!?」





 慌ててユウヒからスマホをもぎ取った僕の声に、皆が「えっ!?」と色めき立つ。


『おお、電話じゃ久しぶりだな。メールなら毎日やり取りしてたけどな、ワハハッ!』


 あんな状況の直後だというのに相変わらず陽気な氏の声色に、皆の間に安堵の気配が広がる。


 ユウヒもナミカさんも思わず涙ぐんで…

 アサヒちゃんなんて聞こえる訳ないのに、スマホを持つ僕の手にしがみついてきた。


「お、おと…たん…!?」


 訂正。直に話してみたかったんだな…ゴメン。


『おうアサヒ、元気にしてたか?』


 たぶん聞こえてはいないだろうけど…スマホから伝わる彼の声の『振動』に、アサヒちゃんの涙腺は一気に崩壊した。


「ひぅ…ぁあ…ぅあぁあ…っ!」


「ったく…ほら、こっち来い」


 気を利かせたリヒトが僕からアサヒちゃんを引き剥がすと、彼女はその胸に顔を埋めて泣きじゃくってる。

 皆のなかではいちばん気丈に振る舞ってみせてたけど、不安がない訳なかったもんな。


 他の女性陣も似たり寄ったりなので、僕が代表して電話に応じた。


「今どこから電話してんですか?」


『ああ、沖合に停泊してる米空母の中だ。自分のスマホも取り返したけど、国際通話は高つくからな』


 カイドウ氏は米軍に救出された後、速やかにこの空母に移送されたという。今回の作戦を成功へと導いた立役者として丁重なおもてなしを受けているらしい。なのでちゃっかり電話も借りたと。


「それまでは、あの部屋に閉じ込められて?」


『それがな、俺も直前まで気づかなかったけど…ドアの鍵は開いてたんだ。

 部屋の前に…あの子が倒れてた』


 作戦決行直後、異常を察知したハマーチンは、日頃からカイドウ氏の世話をしていたあの少年兵士に命じてから逃げたのだろう。

「あのゲストを殺せ」と。


 彼は命令通りに客間へと向かい、部屋の鍵を開けた。

 だが、すっかり氏に情が移っていた彼は、元からその命令を実行する気はなかった。

 混乱に乗じて氏を逃そうとしていたんだ。


 そして、窓の外に打ち上がる大輪の花火を眺めながら、眠るように事切れた。


 後に米軍に救出され部屋を出たカイドウ氏は、彼を見つけて駆け寄った。

 そして…その懐から自分のスマホと、カバー裏に挟まれた紙切れを見つけたという。


”コンド ウマレテクル トキニハ アナタノ コドモニ ナリタイ”


 紙切れには、憶えたばかりの日本語でそう走り書かれていた。


『とても幸せそうな寝顔だったぜ…』


 そう語るカイドウ氏の声には、ハマーチンへの激しい怒りが滲み出ていた。

 さすがに僕が手を回したとまでは気づかないようだった。


 どのみち米軍に見つかれば、彼の命が助かる確率はほとんど無かったし…

 彼が争いを知らない普通の子なら、僕だって助けていたさ…。


『…まぁ、ともかくだ…でかしたリョータ、それでこそ俺の子だッ!!』


 あ。


「…って…え? それって…どゆこと?」


 ユウヒが理解不能な顔で辺りを見渡し、先に知ってたナミカさんとリヒトはやれやれと頭を振る。


 そしてもちろん何も知るはずがないアサヒちゃんは、皆の様子が急におかしくなったことにキョトンとしていた。


『…あり? もしかして…まだ言ってなかったのか?』


「いや、どうせアンタが帰ってきたら大々的に発表するだろうと思ってたもので…」


『じゃあ丁度よかったじゃん? そーゆーコトで、そーゆーワケだから!

 続きはおウチに帰ってからな! あばよ!』


 カイドウ氏…いや、クソ親父はまったく要領を得ない説明を言うだけ言って、逃げるように電話を切った。

 やいコラ、どーすんだよこの空気?


 まあとにかく…彼の身柄は米軍機で護送され、明後日には日本に到着するそうな。




 以降の出来事についても触れておこう。


 作戦成功の朝、警視庁は外務大臣の背任容疑が固まったとして異例の会期中逮捕に踏み切った。


 国際テロリストを暗に支援した罪をはじめ大小様々な犯罪行為の隠蔽と自己保身のため、武装組織にカイドウ氏の拘束を持ち掛けて殺害しようとした容疑だ。


 やけに断定的かつ強制的なのは、これが米国からの要請だったからで、弱腰政府が断れるはずもなかった。


 噂では、あちらと日本の諜報機関が結集し、総力をあげて調査し尽くした結果だとか。

 悪人はたとえ国家元首でも許さない…年老いても公明正大さは相変わらずの人だな。


 まさかこんな地位にまで登り詰めてるとは予想もしなかったけど。

 ほとぼりが冷めた頃に、実の息子さんにも教えてあげよう。


 んで、現職大臣の国際逮捕という前代未聞の異常事態に、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった国会は、これまた異例の与野党一致で内閣不信任案を提出。


 なにしろ、やんごとなき国民の代表達が、一国民を亡き者にしようと謀ったのだから許し難い。とっとと処理しないと自分達までとばっちりを被りかねない。


 閣僚達は問われる説明責任にいつもの知らぬ存ぜぬで応じたが、もはや信頼度ゼロな連中の支持率は急転直下のダダ下がりぶりで、近いうちに総辞職に追い込まれる見通しだ。


 さらに海外では、件のハマーチンが国際法廷での正当な裁判を要求という身の程知らずな暴挙に出ているとか。


 そもそも正当な裁判が望めない堕落しきった国家にしたのは貴様自身だろうに。もはや誰も聞く耳持たんぞ。


 おまけに、学校を騙った軍事施設で無垢な子供達を人間兵器に仕立て上げたばかりか、その子供達を大量虐殺するとは実にケシカラン!


 …だが虐殺については「まったく身に覚えがない」とシラを切って、さらに世界中から怒りを買っているそうな。そりゃ憶えてないだろうね。


 その上「なぜ手塩にかけて育て上げた兵士達を自爆もさせず無駄に殺す必要があるのか?」と反論して、ますます怒りを増幅させる。

 コイツはよっぽどのおバカちゃんか、人心を逆撫でする天才だね。


 挙句、決まり文句の「私を誰だと思っとるんだ!?」

 ハイハイ知ってるよ、ただのチビデブハゲ親父だろ。おまけに包茎短小インポテンツのブタ野郎めッ!


 …ぐはっ!? なぜだが自分の〜胸が〜痛くぅ〜なる〜♩ コーンコーン☆


 ついついハコってしまったけど、こんな腐れ外道は広場にギロチン台置いてスパッとヤッちまおーぜ!? どーせ誰も同情なんかしねーだろ?


 もしくは椅子にふん縛って頭の骨パッカーン開けて脳みそにぶっ太い電極突き刺して、何をどうしたらこんなクズい思考ができるのか人体実際してみりゃどうかね?


 ハァハァ…あかん、こりゃどうやっても怒りが冷めそうにもない。

 父さん早よ帰ってこいや。もとはといえばアンタが引き起こした騒動なんだからな。





「お〜引かれとる引かれとる…!」


 後日、米軍の取り調べ後イスライナに引き渡されたハマーチンの処遇は僕の予想を遥かに凌駕する素晴らしさだった。


 公判で裁判官に噛みつくたびにナイフで指の爪を削ぎ落とされ、両手両足キレイにツルツルになったところでメインイベント開始。


 車の後ろに両手を括り付けられて、市民からの投石を受けながらの市中引き回しならぬ市内引きずり回しの刑だ。


 フルスピードで疾走する車と未舗装の路面に身も心もあっという間に摺り下ろされて、ジビエ肉ジャーキーみたいになっちゃってるし。


 もうずいぶん目減りしちゃってるけど、この後は両手両足と首根っこと性器をロープで結えた数台の車をいっせーのーでバラバラの方向に爆走させる八つ裂き刑で〆だってさ。


 と言ってももう裏表も生きてるか死んでるかも不明な状態だから、イマイチ面白みに欠けるけどね。


 良かったじゃんハマーチン、こんなにも国民達に愛されまくっちゃって♩


「ホラ、いつまでも歩きスマホでそんな悪趣味動画たれ流してないで…着いたけど?」


 ユウヒに小突かれて顔を上げれば…目の前にはいい塩梅に古びた感じのツタが絡んだ、そこそこ広めな一軒家。


 辺りの閑静な住宅街に馴染んでるから、それほど異様な印象は受けないけど…僕的には早くも期待外れ感がハンパない。


「…ここ? マジ?」


「ここで間違いないって。久々だからずいぶん感じ変わっちゃってるけど」


「いや〜なんか、もっと秘密結社っぽい佇まいを期待してたから…肩透かしってゆーか、来るんじゃなかったってゆーか…」


「アンタが連れて行けっつったんでしょ!?」


 不機嫌ブリバリなユウヒが指差すこの家が、あの教団の本拠地らしい。


 そしてなんと、彼女はその住所をまだ憶えていた。しかも電車で何駅か経ただけの割りかしご近所だった。


「カイドウさんに救出されたとかって…?」


「ううん。あの人がこれからは自分が父親だって言うから、そーなのかなーってついて行っただけだし?」


 今明かされる衝撃の事実!

 その理由の耐えられない軽さ!!


「そもそも、アレって宗教なの? 全然そんな感じしなかったけど?」


「…それは僕のほうが訊きたいんだけど」


 まいっか、入ってみりゃ判ることだし。


 なんでここに来たかといえば、可及的速やかに解決すべき懸案が出てきたからだ。

 それまではもうちょい後回しでもいいか、程度に考えてたけど…。




 順を追って話そう。

 あの作戦成功の夜からきっかり二日後、カイドウ氏…これからは父さんと呼ぶ、は無事に美岬家に帰ってきた。


 空港や自宅前では報道陣に揉みくちゃにされたものの、「詳しい話は後で。今は愛しい家族に会わせて♩」というお茶目な一言であっさり煙に巻いたとか。


 出迎えたナミカさんはもう二度と彼を手放すまいと熱烈な歓迎ぶりで、人目もはばからずチュッチュパチュッチュパ、今日も朝からハメハメ三昧だ。仲睦まじくて善き哉善き哉♩


 しかし…


「おいコラ、ちゃんと説明せぇやクソおやぢ!?」


 ユウヒは僕から全部聞いてもいまだに納得いかない様子で父さんを問い詰めていた。


「だって私もリョータもお父さんの子供ってコトは、いわゆる近親相姦ってヤツで…」


「でも先に親子になったユウヒは実の子じゃなくて、後からウチに来たリョータは実の子だったから、血は繋がってねーだろ?」


「ちょっ、わざわざ回りくどい説明すなっ!

 …あれ? じゃあ、いいの? でもやっぱり…う〜ん???」


 単純なコトなんだけど、なかなか理解できないよね。そういう僕もいまだに混乱中だけど。


 …けれども同じ姉妹でも、アサヒちゃんのほうはすこぶる理解が早かった。


《じゃあ、アサヒとお兄ちゃんは本当の兄妹だったんだね?》


〈そゆこと。〉


《それは嬉しいけど…でもでも結婚できないし、赤ちゃんも作れないんだよね?》


〈ずいぶん生々しいけど…そゆこと。〉


《そっか。…ちょっと悲しいかな…》


 いくら理解はできても、やはり心の整理にはまだ時間がかかるようだった。


 なぜって、僕はもう半ば踏ん切りがついてたけど…アサヒちゃんにとっては人生初の失恋だったんだから…ね。


 まあリヒトもずっと彼女のそばについてるから、それほど心配はしてないけど…。


 ところがそんな僕ら被害者側の事情にはお構いなしに、加害者側のクソ閣僚どもはまたもやこちらの神経を逆撫でする新法案を提出しやがった!


『逮捕状受諾拒否権』…全ての国会議員は、会期中にはあらゆる逮捕状の受け取りを拒否できるという、誰がどう考えても頭オカシイ悪法だ。


 すでに不逮捕特権というナメた規則の存在が有名だけど、これは殺人等の重大犯罪にはさすがに適用されない。


 ところがこの新法案は、国会の審議を円滑に進めるという名目で、たとえ殺人ですら逮捕をキャンセルできてしまう。

 逆に言ってしまえば会期中にはあらゆる犯罪をやらかし放題ってわけだ。


 そして逮捕状再発行までの間に海外に高飛びし、そのまま逃げおおせてしまうことが可能なのだ。


 いずれ自分達にも警察の手が及ぶことを見越した閣僚どもの苦し紛れの打開策だけど、信じがたいことに賛成を前向きに検討中の議員が多数だという。


 自分達のメリットさえ大きければ、たとえ国民の理解が絶対得られないような悪法でも通過させてしまう…この国の代議士先生どもは揃いも揃ってクズばかりだな。


 たかだか国民の代表というだけの立場で、自分が何様だと思っているのか!?

 もはやこんな連中にこの国は任せられない。速やかに引退してもらおう…この世からネ♩




 という決意を固めてやって来てみれば…

 目の前にあるのはどう見ても極々フツーの民家。

 玄関脇の表札には『波音』の文字が。


「…なみおと?」


「『はのん』って読むのよ」


「…よく読めたな。普通判らないでしょ?」


「読めるに決まってるでしょ。自分ん家なんだから」


 ……は?


「さ、入って入って。

 …あれっ鍵掛かってる。留守なのかな?」


 理解不能な事態に呆ける僕を尻目に、ユウヒはさも当然のように懐から取り出した鍵でガチャリと玄関ドアを解錠し、


「ただいま〜♩」


 と、いつもの調子で中に入って行った。


「ちょ…ちょちょちょちょちょちょーい!?」


 僕も慌ててその後を追って家の中へと飛び込んだ…瞬間。


 うぐっ!? な、なんだこの鼻が曲がるような異臭は? 生ゴミ放ったらかした程度のレベルじゃないぞ?


 鼻を摘みながら埃が降り積もった廊下を進み、突き当たりのリビングと思しき部屋へ。


 異臭がますます酷くなったにもかかわらず、呆然と部屋の入り口に立ち尽くすユウヒを見つけた。


「…ユウヒ? いったいどうし…た…」


 僕もそこで言葉を失った。

 部屋の中央に置かれたテーブルに突っ伏したまま事切れている、とっくにミイラ化した死体を見つけたから。


「…お父さん…?」


 え…? ユウヒの呟きに耳を疑う。

 なんだよ…何なんだよ、これは…?


 わけも解らず部屋の中を見渡す。


 服装から男性と思しきミイラの前には開きっぱなしのノートPCが置き去りになっていて、その背面から無数のケーブル類が室外へと延びていた。

 おそらくこれは端末で、本体は別室にあるのだろう。


 電源は当然切れていて…と思いきや、驚いたことにスリーブモードになっているだけでいまだに稼働中だった。


 そして…室内のわずかな振動を感知したのか、にわかに冷却ファンの音が大きくなって液晶モニターに光が宿った。


”HANNON SYSTEM”


 焼き付いた液晶画面にシンプルなフォントが表示され、次いで意味不明な数字の羅列が凄まじい勢いで流れ出す。まるで数字の洪水だ。


 不意に画面の片隅に小さなウインドウが開いたかと思うと、勝手にメッセージが打ち込まれ始めた。


《お待ち申し上げておりました教祖様》


 …なるほどね。僕はすべてを悟った。





『次のニュースです。本日午後、市内の民家より、長らく消息不明となっていた有名IT企業社長・波音ヨルヒト氏のものとみられる遺体が発見されました』


 夜のテレビニュースでハマーチンの処刑執行に続いて話題に上ったのは、先ほど僕らが見てきたばかりの光景だった。


『警察発表によりますと、発見者はヨルヒト氏の親族で、しばらく音信が途絶えていた氏の自宅を訪ねたところ、リビングで死亡している氏を発見したとのことです』


 ユウヒがまだ未成年なことを考慮し、実の娘という情報は伏せられた。


『遺体は腐敗がかなり進んでおり、自宅は施錠されて外部から侵入できない状態でした。

 また外傷や室内で争った形跡も見られず、遺書の類も発見されなかったことから、親族と最後に連絡を取った後になんらかの要因で衰弱死したものと…』


 実は彼は、ユウヒの死んだ母親とは籍を入れておらず、またユウヒの出生届も提出していなかったが、これも個人情報保護の観点から伏せられた。


 どういう経緯かは解らないが、家族と離縁した者が憔悴して孤独死するのはよくあるケースとして警察は事件性はないと判断した。


 また室内にあったPCも当然調べられ、またそこに接続されていた地下室の大型コンピュータも調査対象となったものの、両機とも『ほぼ初期状態のまま』だったため今回の一件とは無関係とされた。


『波音ヨルヒト氏はかつて一世風靡した大手IT企業”ハノンシステム”の社長で、一時期には国内シェア首位の各種アプリを次々に開発した天才的プログラマーでもありました。

 しかし、十七年前に突如アプリ開発事業からの撤退を表明して以降の活動は不明で…』


「…………。」


 まだショックが抜けきらないのか、夢遊病者のようにぼんやりテレビを眺め続けるユウヒに皆が気を揉むなか、


「…きっかけは、アイツの母親と繁華街で知り合ったことだったんだよ」


 父さんはポツリポツリと昔話を始めた。

 てかまた盛り場かい。




 当時、新進気鋭のジャーナリストとして功を急いていた父さんは、情報収集の名目で夜な夜な盛り場をうろついていた。


 ある夜、へべれけに酔っ払ったどえりゃあ綺麗な北欧美人が、警官相手に大立ち回りを繰り広げてる現場に遭遇。


 その外人さんこそがユウヒの母親・エヴァンジェリンだった。ということはもちろんアサヒちゃんの母親でもある。


 …って、え!? この姉妹ってハーフだったの!? 確かに日本人離れした美貌だけど。


 それはさておき、両者の間にまあまあと割って入った父さんは、口八丁手八丁で警官達を納得させ、まんまと北欧美人のお持ち帰りに成功。


「ワォ!? あなたドンファンの生まれ変わりネ!」


 開口一番、カタコトでそう言い放った彼女にハァ?と思った父さんだけど、褒められてると思えば悪い気はしなかった。

 …断じて褒められてはいないと思うが。


「フフッ、やっぱり判っちゃうかい?」


「イェース! ワタシ、その人が誰の生まれ変わりか見えるネ!」


 うわっ、ちょっとヤバめなの引っ掛けちゃったぞ? さっき言ってたドンファンは架空の人物だし。


 彼女が言うには、その人の顔に重なるようにして薄ぼんやりと前世の顔が見えるのだという。


 もっとも、それがよほどの有名人でもない限りは何処の誰だか見当もつかない、割と使い道のないショボい能力だけど。


「ワタシのダンナもそれオモロイゆーてワタシを口説いたネ♩」


「え゛、結婚してんの?」


「イェース!…あ、でも本当はノーね」


「えーっと…役所に結婚届出してないってこと?」


「そう、それネ! ずっと前にビザ切れてフホータイザイだからバレちゃうネ」


 おいっ!?


「でも娘が一人いるネ」


「まいったねこりゃ…」


 内縁の妻、しかもコブ付き。

 …だったとしても、父さんはそう易々とは引き下がらない。なにしろ滅多に出会えない超絶美人だし、どうせ一夜の恋だもの♩


「その娘は、その…旦那との子?」


「そう。…だけど違うネ」


 まーたいい加減な返事を…。


「ワタシ一人で産んだ」


「?…旦那の子じゃないってこと?」


「ノンノン、他のオトコとはエッチしてない。だから旦那の子で間違いナイ。…でも違う」


「??????」


「ワタシ一人でおなかパーンなって、一人で産んだ。旦那ともエッチしてない。彼、産まれるトコ見てただけ」


 さっぱり訳がわからない。それが本当なら、まるでイエスを産んだマリアだ。


「ヘアカラーもワタシと違う。旦那がブラックのほう好きって言って変えた。だから真っ黒。

 なんだかコワイ。けどカワイイから許す♩」


 変えた…? 目の前の彼女の髪色は北欧らしいプラチナシルバーだから、一人で孕んだなら当然その色で産まれるはずだ。


 でも黒髪が出たってことは…やっぱり旦那とヤッたんじゃ…?


「ソレは無理。旦那のオチンチン、赤ちゃんの元汁出ない。なのに子供デキた。そんで後からヘアカラー変えた」


 元汁て。いや、問題はそこじゃない。

 …ダメだこの女、全っ然理解できない。


 そもそも人間の髪色って、そんなお手軽に変更できる訳ないし。ユウヒの髪は染めてるんじゃなくて天然モノの黒髪だぞ?


「いったい何処のどいつだよ、そんな愉快な旦那ってヤツぁ?」


 頭を抱えて苦笑う父さんのスマホをひょいっと覗き込んだ彼女は、アイコン画面を見回して、


「…オゥ! コレコレ! 旦那、コレ作った言うてた」


 それは現在でも日本人なら誰もが使っている有名対話アプリだった。

 メーカーは”ハノンシステム”で、基本設計は代表者がたった一人で完成させたという。


「…まさか…波音ヨルヒトか!?」


「イェース☆」





「…俺は早速、ヨルヒトに取材を申し込んだ。そんときゃまだ、ただの興味本位だったな」


 十年以上も前に突然、華々しい表舞台から姿を消した天才社長が、はたして今はどこで何をしてるのか?


 …結論から言えば自宅に引きこもってた。

 父さんの取材依頼にも快く応じてくれたという。


「俺はそこで…ユウヒに初めて会ったんだ」


 訪れた波音家は、現在とほとんど同じ状態だった。


 そして…父さんを無邪気に出迎えてくれたのは、ちょうど庭に遊びに行こうとして玄関ドアを開けたユウヒだった。


 初対面でも物怖じしない彼女の、まるで天使か妖精のような愛らしさに、父さんは度肝を抜かれた。


 そして内心で小躍りした。「おいおい、こいつぁ特ダネじゃねーか!?」と。


 以前の波音氏は私生活も派手に乱れてて、それまでにも不特定多数の相手と浮き名を流すことが多々あった…カネ持ってるしな…。


 けど、特定の女性と同棲し、こんなにメンコイ子供までもうけてるなんて情報は、まだ誰も掴んでいなかった。


 あれだけの男がどうして急になりをひそめ、そして今は何を企んでいるのか…?


 念願のヨルヒトとのご対面を果たした父さんは、それを単刀直入に尋ねた。


 すると彼は嬉々として答えた。

 いきなり意味不明だった。


「奴が言うには、この世界はどっかの誰かがこさえたデッケェ実験施設で、俺たちゃ皆モルモットなんだとよ。

 あるいは実体すらない仮想現実空間かもしれない…ってな」


 のっけからスケールがデカすぎて、到底ついていけない話だ。それが父さんの判断能力を鈍らせた。


 最初からちゃんと聞いていれば、彼の説がいかに的を射ているかが解ったのに。




 父さん同様にエヴァと繁華街で…もっともこちらは会員制高級クラブで知り合ったヨルヒトは、常識人なら一笑に伏す彼女の話に大いに興味を惹かれた。


 あのエジソンだって、最晩年には『霊界通信機』の開発に没頭してたしな。天才がオカルトにかぶれるのは宿命なのかもしれない。


 彼はまず、彼女の説を実証するために、人間のゲノム解析から開始した。

 現在の生物個体が仮に前世からの生まれ変わりだとすれば、双方を比較すれば数多くの類似点が見つかるはずだと踏んだのだ。


 とはいえ子供は基本的に親の遺伝子をコピーしたクローン体のようなものだから、ある程度似通っているのは当然。


 そこでエヴァの出番だ。彼女が言うには前世と今生は必ずしも別個ではなく、同時代に両者が同時に存在することがままあるという。


 それは親子の場合とくに顕著で、目の前にいる子供の前世が、今まさにその隣にいる親…ということも珍しくはない。


 そこでヨルヒトはエヴァと連れ立って街中を歩き回り、そうした被験者を捜した。

 そうして見つけた彼らのサンプル…毛髪や唾液、時には排泄物などを密かに収集した。


 同時進行で、それらのサンプルを分析するための頼もしい『相棒』も開発した。

 それこそが、僕に自らアクセスしてきた自己進化型AI…通称”DIVA”だ。


 ディーヴァ…イタリア語では『歌姫』だけど、ヨルヒトはラテン語で『女神』あるいは『聖母』の意味でそう名付けたらしい。


 かつては何十年経っても解析しきれなかったヒトゲノムの分析をわずか数十秒で行う彼女のおかげで、興味深い事実が判明した。


 以前は何の遺伝情報かまるで不明だった残り数割の配列部分が、前世と今生ではたった数桁しか違わなかったのだ。


 これについての研究を重ねたヨルヒトは、やがてソレが『過去に生まれ変わった回数』であることを突き止めた。

 また、それが桁数的にわずか数回分の余裕しかない…つまり回数制限があることも。


 そして、そこから考えれば、不明部分の配列は『精神』…すなわち『魂』そのものだと推測できた。

 故に、魂とはれっきとした物質だったのだ。


 ならば人間以外の魂はどうか?

 興味を覚えてネズミや猿、昆虫や魚類、果ては植物などもゲノム解析にかけてみたところ…


 なんと、この魂部分の配列はどの生物においてもほぼ同一であることが判った。


 すなわち、この世のあらゆる生命体は『肉体+魂の複合体』である!と結論付けたのだ。


 解り易く例えればゲーム機だろうか。

 本体…すなわち肉体だけ、またはゲームアプリ…魂だけでは使い物にならず、両方合わせることでやっと様々なゲームがプレイ可能になる。

 丁度そんな感じだ。


 さらに、この魂部分の情報には『通し番号』が含まれていることも判明した。

 しかもこの番号は、肉体が人だろうと獣だろうと無関係に、まったく同じ書式でナンバリングされていた。


 転生体には一貫して同じ番号が用いられ、それ以外の場合は至近距離にある個体ほど近い番号が割り振られる傾向にある。

 例えばある者が飼っているペットや、室内に飾っている観葉植物がすべて連番になっていることも珍しくはない。


 そして前世で家族や恋人、あるいは宿敵などの因縁が生じると、今生でも近しい立場に転生することが多い。まさに魂同士が導き合うかのごとく。


 あまりにも因縁が強すぎると、時として前世の記憶をそのまま所持しつつ新たな肉体に宿ってしまったり、本来は宿れるはずのない無機物に憑依したり、あるいは魂だけが延々と留まり続けたりする事故を引き起こす。


 前者は転生者として驚かれ、中者は呪いとして恐れられ、後者は幽霊として騒がれることになるが…それはさておき。


 ところが、この通し番号は無限に続くわけではない。ゲノム配列の一部分であるからには、使用可能な桁数が限られているからだ。


 有限ということは…その時空に同時並列的に存在できる魂の総数には『上限』がある、ということ。


 ディーヴァに計算させたところ、その総数は世界中に存在するであろう生命体の個体数とほぼ同数だった。


 つまり…この世界はとっくに現存可能な魂のリソースを使い果たしていたのだ。


 だから生命は、常に消滅と再生を繰り返す。

 輪廻転生回数の上限に達した魂は、肉体の損失とともに消滅し、新たに生まれ来る魂に取って代わられる。


 こうして限られたリソース数の範囲内で半永久的に循環する、もはやこの先の発展が見込めない閉じられた空間…それが僕らの住む世界の正体だった。


 魂の共通化、通し番号、輪廻転生、リソースの上限…これら不可解な要素から察するに、この世界は明らかに自然発生的な代物ではない。


 だからヨルヒトはこう帰結したのだ。


『この世界は何者かによって人為的に創造された実験棟だ』…と。


 

 

【第二十五話 END】

 いよいよ大詰め…と見せかけて、もうちょっとだけ続く新章の幕開きです(笑)。

 あれだけ引っ張ったイスライナ編があっさり解決したりしてますが、当初からの予定通りです。

 今後の重要なキーパーソンとなる謎の彼女・ディーヴァの凄まじさを見せつけるために、あえてそうしました。


 いきなりSF色が強まりましたが、これまでの話にもよーく、よぉ〜っく読み解けば相当おかしな部分を散りばめておきましたので、いわゆる伏線回収ですね。

 よーするに元々マトモなお話じゃなかった訳です(笑)。


 と同時に、なーんか妙だったユウヒの生い立ちにも次回でやっと触れる機会ができました。

 この作品中ではある意味もっとも謎だった、色恋沙汰に寛容すぎる彼女の人格はどのように形成されたのか? 乞うご期待!(笑)

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