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はのん  作者: のりまき
24/27

壮大な茶番劇

『えー、ただいま入ってきたニュースです』


 席に着くなり生原稿を渡されたような、やや滑舌の悪いアナウンサーの緊張した面持ちが緊迫感を煽る。


『ワイドショーのコメンテーター等でも有名な人気ジャーナリストの美岬カイドウ氏が…

 現在取材で訪れているイスライナの武装組織に拘束されたとの情報が外務省より発表されました!』


 どのチャンネルに切り替えても、テレビは同じ内容の報道特番一色だった。


 僕とアサヒちゃんとリヒトはその番組を、ナミカさんが運転する車のカーナビのモニター画面で観ている。


 もはや誰が誰と付き合うなどと言ってられない状況になったため、ヒマワリちゃん家での会談は即座にお開きとなり、美岬邸へと引き返している真っ最中だ。


 原付で来たユウヒは先に帰った。一旦は引き上げたマスコミどもがまたわんさか湧いて出てるだろうから、軽く蹴散らしておくと言い残して。


『組織の最高指導者ハマーチン氏が、先日カイドウ氏が現地からリポートした報道内容に不満を表明し、日本大使館に厳重抗議したとの情報もあり、今回の拘束はその報復ではないかとの見方が…』


 先日の報道っていうと、戦闘区域の子供達を取材するため彼らの学校を訪れたアレか?


「あの程度のことで…!?」


「…ええ。その程度のことで、よ」


 ナビ画面には目も向けず、ひたすら車窓を向いたまま、ナミカさんが震える声で応えた。


「カイドウさんはハッキリとは言わなかったけど、彼らが受けてる教育そのものが将来的な戦闘員をはぐくむ…って意図だったことがバレちゃったのね」


 現に拘束されたのは彼一人だけで、幸いなことに他の取材クルーや現地スタッフは全員その場で解放されたという。もちろん撮影したVTRはすべて没収されて。


 このことからも連中のカイドウ氏への粘着質な逆恨みぶりが如実にみてとれる。

 と同時に他のジャーナリストへの警告の意味合いもあるのだろう。


「うちの国のやり方に口を出すんじゃねぇ。しのごの抜かす奴はこうなるぞ!」と。


 教育ってのは諸刃の剣だ。未熟な国民を集団生活に馴染めるよう指導し、豊かな未来を築くこともあれば…


 愛国心を徹底的に叩き込み、祖国を勝利へと導くためならば自己犠牲をも厭わない戦闘マシンを育むことだって可能だ。


 かつて我が国の首相様にも、愛国心教育を重視しようなどとおっしゃったトンチキがいたようだけど…


 そこまで露骨なことをせずとも、例えば運動会の一糸乱れぬ行進練習や、自軍こそ唯一絶対正義な応援合戦に肌寒いモノを覚えた人も多いのではなかろうか?


 我が国の教育制度はほんの少し前までは、そうした不穏分子の芽を早期に刈り取るためにあった。


 現在では個性を尊重だの、誰も取り残さないだのと建前だけは御立派だけど、国家的に有益な個性のみ伸ばし、それ以外は潰して地ならしするという基本方針は何も変わってない。

 だからいまだにイジメや不登校は無くならないんだ。


 そしてその傾向は、今まさにドンパチやってる真っ最中の非常事態な国家においてはことさら顕著だ。




 このイスライナという国の周辺は、なかなかに厄介な地域なのだ。


 紀元前から交易の要所として栄えた一方、常に周辺諸国の標的となり、侵略だの虐殺だの植民地化だのの脅威に怯え続けた。


 大戦前までは他国の統治領だったが、戦後の混乱に乗じて戦勝国を味方につけ独立を勝ち取る。


 だが直接にクーデターが発生し、地域紛争へと発展した挙句、当時の大統領が暗殺され無政府化。


 以降も度重なる戦闘のたびに指導者が入れ替わり立ち代わり、西へ寄ったり東へ寄ったり、右へ傾いたり左へ傾いたりと慌ただしい変遷をたどる。


 平和な時代が十年と持たない、応仁の乱も真っ青な大混乱の末、現在は件の武力組織の最高指導者ハマーチンが国家元首を名乗っている。


 しかし組織の性格ゆえに世界的に危険視され、国連加盟国の大半がその主張を認めていない。


 今日でも先進諸国の息がかかった多数の武装組織が彼らの転覆を狙い続け、新聞やニュースに出ない日がないほどの混沌カオスっぷりだ。


 我らが日本は欧米の顔を立て、表向きはイスライナと国交を持たず、一切の援助をしていない。


 ところが同国とは戦前の統治領時代から深い交流があるため、その縁で現地法人を置く企業も多いことから、彼らに暗に活動資金を提供しているとの指摘も多い。


 他にも医療系や人権団体系のNPOが医療支援や留学生の斡旋に尽力していることから、同国民の日本への友好意識は軒並み高いとされているが…。




《…お父さん、ちゃんと帰ってくる?》


 不安気なアサヒちゃんの問いかけに、僕もリヒトも返答に窮する。

 なにしろ拘束されたことは事実らしいが、今頃どこに囚われているのか、相手の要求は何か…などの詳しい情報が何もない。


「…だ、大丈夫だよ。これから担当者が協議して…」


「あのボンクラどもがそんなに素早く動けると思うか?」


 少しでも安心させようと出まかせをこぼした僕を、リヒトの皮肉めいた言葉が遮る。

 元国会議員の息子なだけあって、こうした場面での見解は子供離れした冷静さだ。


『国会では緊急招集された首相や外務大臣の他、閣僚が次々と到着し…』


 テレビ画面が切り替わると、議事堂の廊下をこわばった面持ちで小走りに進む大臣達というニュースでお馴染みの光景が映し出された。

 拘束されたのが超有名人なだけに、対応を誤れば内閣支持率に与える影響もバカにならないからな。


『あ…ここで速報です、速報が出ました!

 武装組織側が先ほど会見を開き、美岬氏が先日報道した内容の訂正と謝罪、そして…金額は不明ですが、多額の賠償金を要求したとの現地報道が…』


 やっぱり要求はソレか。子供達に戦闘教育を強要しているという情報は、組織の国際的な支持率に如実に影響するから、早急に取り消したいんだろう。


 最近なにかと支持率、支持率と耳タコだから甘く考えがちだけど、時には人命すら左右する怖い数字なんだ。


 そして賠償金ってのは事実上の身代金だな。

 日本が停滞しきった貧困国に陥って久しいけど、こんな発展途上地域の連中にとってはいまだに最先端で金満国のイメージを保ったままだ。


 少なくとも自分達よりは持ってるだろう?と要求も青天井だし、金を貸す代わりにあれこれ口出しする中国に比べたら気前が良くて騙くらかしやすいパトロンに他ならない。


「けど、いくら気前がいいったって、今じゃテロリストの要求なんかには絶対応えないし…」


「カイドウさんも徹底的に調べ尽くしたネタをそう易々と撤回するような人じゃないわ」


 ナミカさんがハンドルを握ったまま被りを振る。ジャーナリストにとっては自身の命に代えても真相を報道することこそが使命だからな。


「でも、それじゃあ…」


「…連中が要求を引き下げるか、せめて緩和してくれることに期待するしか無さそうね」


 …望み薄だな、それじゃあ。

 なんてことはアサヒちゃんの前では口が裂けても言えないけど。


「…ま、連中もそう簡単に手は下さないだろうし、長期戦になるだろうから…こっちも気長に構えましょ?」


 そう言って微笑むナミカさんの表情は能面みたいに張り付いてて、ちっとも安心できなかった。





 美岬邸の正門前は予想通りマスコミでごった返してた。


 僕らが乗る車に気づいた途端に大挙して取り囲みにかかったので、慌てて引き返す。


 そしてかなり遠回りにはなったけど、普段はまったく使っていない秘密の裏口から邸宅内にこっそり戻った。


「…ゴメン、追い払いきれなかった」


 リビングに直接繋がるガレージで出迎えてくれたユウヒが悔しげに俯いた。

 無理もない、あんな非常識な連中をどうにかできた奴のほうがとうかしている。


 バカの一つ覚えみたいに報道の自由を振り翳して、相手の心情を微塵も考えないマスゴミ共は、正統派なジャーナリストとは対極に位置する最低のハイエナ野郎だ。


「ったく懲りねー連中だな…」


 この若さで連中の脅威を嫌というほど味わったリヒトが歯噛みする。


「…今はあんな奴らにかまけてる場合じゃないし、僕らにはどうすることもできない。

 落ち着けないのは解るけど…とにかく休もう」




 …当然、誰も休める訳がなかった。


 一旦はそれぞれの寝室に引っ込んだものの、誰からともなくリビングに戻ってきて、誰も何も言わずに好き勝手に寝っ転がった。

 みんな一人きりは心細いんだな。


 まだテレビ放送もやってる時間だけど、誰もリモコンに手を伸ばさない。ニュース速報で余計な報道を見るのが怖いんだ。


 同様な理由でスマホも開かない。何を見て何を検索しようと、何も進展がなくて落ち込むだけなのが判ってるからだ。


「…家から電話があった」


 不意にリヒトが口火を切った。


「うちに張りついてたやマスコミも落ち着いたし、迷惑になるようなら帰ってこいってさ」


 そうか…リヒトを美岬家で預かってる理由もそろそろ薄れてきた頃合いだしな。

 けれども、彼は…


「…オレ、このまま此処にいたら迷惑かな?」


 やっぱりそう来たか。


「何も出来ないのは判ってるけどさ…このまま帰っちまうのは、なんか違う気がするんだ」


 コイツがこの家に来たのは僕よりもずっと後だし、家主のカイドウ氏にもいまだ直に会ったことはない。


 それでも…


《いいよ。リヒトくんももう、アサヒ達の家族だもんね》


 アサヒちゃんはそう応えて、赤ん坊を抱き寄せるように彼の頭を優しく抱え込んだ。

 おっぱい帽を被ったカタチのリヒトは若干バツが悪そうにしながらも、抵抗はしなかった。


「…で、ユウヒは何してんの?」


 いつの間にか僕の隣に座り込んでたユウヒが、急にスマホをチャカチャカいじくり始めたのを見てナミカさんが問うと、


「ん〜…せめて、相手がどんな連中か見ておこうと思ってさ」


 なるほど。新情報が何も出てこないなら、こっちから調べるまでだな。

 みんなてんでにスマホを操り始めてしばし…


「…たぶんコレかな?」


 皆が一斉に群がった僕のスマホに表示されているのは…独特な書体で記された異国のキナ臭いサイト。


 最近は自らの活動を大っぴらに宣伝している過激派も多く、彼らもその例に漏れなかった。

 別に苦労して検索しなくても、配信動画のリンクを辿れば自然に行き着くモノまである。


 覆面姿で完全武装した途方もない人数の兵士の勇姿に覆い被さるように、彼らのシンボルマークと思しき紋様が大きく描かれたトップページ。

 一瞥して僕らの常識とは大きくかけ離れていることが解る。


 ちょっと前ならどう読むのかすら判らなかった言語も、現在ではネットブラウザ自体に翻訳機能が付いてるから解読は容易だ。

 てなわけでサクッと翻訳してみれば…


“神と我らの力で祖国を取り戻せ!”

“神は偉大なり。神を敬わぬ異教徒に裁きを!”


「う〜わっ、いきなり新興宗教みたいだな…」


「実質的にはまさにソレよ。彼らを束ねてる指導者ってのか教祖サマでね」


 かつてこの地を訪れた経験があるというナミカさんいわく、大元の宗教は僕らが信仰するモノと大差ない教義だった。


 だけど、元々草木もろくに育たない不毛な大地を巡り、大昔から侵攻だの略奪だのが繰り返された結果、人々の心は荒み切った。


 そして一部の輩はそれまでの教義を故意に歪め、自らに都合の良い新たな教えを周囲に吹聴し、数と力で大衆を束ねるテロ集団へと化していった。


 自分達が先祖代々住んでいた聖なる土地を土足で汚した異教徒はケシカランから、死をもって償わせるべき…多少の差異はあれど、だいたい似たような言い分だ。


「彼らは元々遊牧民だから、あたし達が思うような『国』という大枠の意識自体が無いのよ。

 民族ってのも大きな家族みたいなもので、そこに割って入ってきた害獣を追っ払うような感覚なのね。だから…」


 だいたい常識的に考えてもみれば、殺人や自殺を善とするマトモな宗教なんてあるはずがない。

 けれどもその相手が、家族の土地を汚し財産を奪う害獣であれば…僕らの場合でも話は違ってくるだろう。


 彼らは教育そのものを変革し、そういった言い訳が可能な教義を自らの子供達に授ける。

 そして『聖戦』のためならば自己犠牲をも厭わない従順な兵士を着々と増やしていくんだ…それこそ果てることなく。


「あっ、この子達…!?」


 ユウヒが指差したのは、サイト内のプロパガンダ画像の一枚。


 そこに写されていた、まだ幼く小さな身体に巨大な銃器を抱えて誇らしげに微笑む彼らは…


 カイドウ氏のテレビリポートに出演していた、あの子達だった。


 彼らが元からこんな集団に所属してたのか…

 あるいは、あの番組のせいで集団に目を付けられてしまったのかは判らないけど…


 なんともやるせない気持ちが僕らの胸中に湧き上がった。


 でも、待てよ? この子達がテレビに出たのはほんの数日前だ。それからほとんど経ってないというのに、もうページが更新されてる。

 と、いうことは…


 僕はサイトの新着情報に戻って、それらしき項目を探った。そして、


「『罪人』…これかな?」


 アイコンをクリックすると、人種も国籍もバラバラな人々の顔写真が出てきた。

 その中の一人が…!


「お父さん!?」「カイドウさん!」「ぁうっ!?」


 美岬家女性陣の声が見事にハモる。

 そこに掲載されていたのは、パスポートの顔写真をそのままスキャンしたと思しきカイドウ氏の肖像だった。


 日本の犯罪者集団なら誇らしげにトップページで晒すべき拘束者の情報が、こんな奥まったページに…。

 彼らにとっては取るに足らない小悪党という扱いだろうか?


 他に囚われている人達も一見、まるで悪人には見えない旅行者風の人ばかり。

 いったい何をしでかしたのかと写真下に記されている罪状を読み上げてみると、


”基地施設周辺を執拗に撮影した罪”

“礼拝所での礼節を欠いた罪”

”禁じられた食事を摂った罪“


 どれも一見もっともらしいけど、街中の写真を撮影したらたまたま彼らの拠点が写り込んだとか、礼拝所周辺で談笑してたとか、ホテル内では普通に摂取可能なアルコール飲料を道端で飲んだとかの些細な内容だ。


 そんな取るに足らない行為でも、たいていの国では見逃されて然るべき行動でも、日頃から過剰な行動制限を受けている彼らの目には大罪に映ってしまうのだろうか。


 そしてカイドウ氏については、


“我らの幼き同志への義務教育を否定した罪”


 案の定な罪状だった。普通なら犯罪にすら値しないような内容だけど、彼らの指導者の気分を害しただけでこの有様。

 そこいらの独裁国家よりもなお始末が悪い。


 けどカイドウ氏の情報はそこまでで、サムネイルを押しても何も出てこなかった。数時間前に捕まったばかりだから無理もないけど。


 なら、他の人は…?

 試しにその上に掲載されていた中年の金髪女性の顔写真をクリックしてみると…


「…これは…!?」


 どこかの廃屋のような薄汚れた室内に、二人の人影がたたずむ動画が映し出された。


 刑務所の囚人服のような衣類を着た金髪女性が、さるぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られて床にひざまづかされている。

 酷く怯えた様子でブルブル震えてるけど、さるぐつわのせいで唸り声しか出せない。


 その隣に立つ覆面姿の男が、鋭利な大型ナイフを女性の喉元にあてがって、早口でなにやら捲し立ててる。

 ブラウザの翻訳機能も動画音声までは訳せないから、何を言ってるのかまでは…


「『この女の国は賠償金の支払いを拒み続けた。もうすぐ支払い期限だ。それが過ぎ次第、処刑を執行する』…ってトコかな?」


「ナミカさん…解るんですか!?」


「カタコト程度ならね。この男、あえて解りやすくゆっくり喋ってるから簡単だったけど」


 これでゆっくりなのか…でも助かった。

 けれども、動画の女性のほうは…


「『…期限を過ぎた。処刑する』」


 腕時計に視線を投じて淡々と告げた覆面男は、人質女性が悲鳴をあげる間もなく、手元のナイフを…


 その寸前で僕は慌ててブラウザを中断した。

 アサヒちゃんやリヒトら小学生には刺激が強すぎるし…最後まで見続けたら、きっとトラウマになる。


 だけど、このままじゃいずれカイドウ氏も…


「…お父さん…!」


 ユウヒが真っ青な顔でうなだれる。

 その隣でアサヒちゃんも呆然自失に陥ってるのを、リヒトが懸命に介抱している。


「…ユウヒについててあげて」


 そう言って僕の肩にポンッと置かれたナミカさんの手は…わなわなと震えていた。





 そして僕は誰に言われるまでもなく、ユウヒのそばについている。


 深い仲の男女が一緒になれば、当然のようにそういった行為に及ぶ。

 というわけで、僕もユウヒも一糸纏わぬ姿でベッドの中にいた。


 でも、それだけだ。さすがにこんな窮地で性欲が湧くはずもなく…ただ、互いの温もりが欲しいだけだ。


 てな訳…かどうかは知らないけど、


「なんでみんなして素っ裸でくっついて寝ちゃってますか僕ら!?」

 

 たしかにユウヒについてろとは言われたけど、その他も全員もれなく付いてくるなんて聞いてない!


 僕らはカイドウ夫妻の寝室で、五人一緒にベッドの上に寝転がってた。キングサイズのベッドだから、これだけの人数でも余裕で載れる。


「あらぁん。こんなにか弱くて心細いマダムを独りぼっちで眠らせといて、その間にパカッポー✖️2はぐちょぐちょハメハメ楽しむつもりぃん?」


 僕を挟んでユウヒの逆サイドに横たわったナミカさんが、リアルすぎる擬音と手つきで卑猥さを助長する。

 てかさっきからしきりと僕のチ◯◯ンしごいてるけど、こんな状況下でおっ勃ちゃしませんて。


「チッ、やっぱ年食った子はダメダメね。その点こっちは…」


 自分の年齢を棚上げしてヒドイこと言う年増は、今度は僕とは逆サイドに寝っ転がるリヒトに手を伸ばす。


「おいっ…勝手に触んなババア!」


 しかしリヒトのほうはすでに先約があった。

 泣きべそ掻いたアサヒちゃんが、彼の身体をヌイグルミのようにしっかり抱きすくめたままスヤスヤ健やかな寝息を立てていた。


 なので年齢的にもハメハメどころじゃないけど…


「…おっきくなってる?」


「…み、見たら乳首噛みちぎるぞババア…!」


「いや〜んワイルド&素直♩ でもどーせなら優しくしゃぶって欲しいから…」


 ちょっ、ナミカさん。なんでそんな熱視線を僕に注ぐの?

 彼女が寝てる隣でその母親とイチャコラするなんて、企画モノAVじゃあるまいし…


「いいよ…その代わり、私にもして」


 なんと、ユウヒまでもが気怠げな様子で僕にナマ乳をほり出す。急にハーレムものになった。


「リョータに胸を吸われてる内は、心の苦悩が少しは紛れるのよ…」


 似たようなコト言いながらまだ生きてる人間の脳みそを啜るゾンビ映画が昔あったっけ。


「きっとリョータ菌の快楽作用が脳みそを麻痺させてくれるのね」


 とかなんとか言いつつナミカさんも僕の顔面に豊満な乳房を押しつける。てかまたリョータ菌かい。


 えぇいっ、ここまでお膳立てされて応えられないのは男じゃない!

 僕は左右二人の胸に交互にむしゃぶりついて、思う存分チューチューした♩


「…な、何やってんだお前ら…!?」


 異変に気づいたリヒトがナミカさんの肩越しに僕らを覗き込んでギョッとしてる。


『一家団欒♩』


「オレの知ってる団欒と違う! そーゆーのは酒池肉林ってヤツだろが!?」


 年齢の割に難しい言葉知ってんな。でもそこまで言えるなら説明の手間が省ける。


「リヒトくんも一杯ど〜お?」


「だ、だからオレは…あ゛だだッ!?」


 ナミカさんの誘惑にしどろもどろなリヒトの首が突然、ヒトとしてあり得ない方向にグリンッと一回転した。


 そして、涙目でふくれっ面のアサヒちゃんとバッチリ目が合う。あれだけ騒いでりゃ眠りを妨げて当然か。


「まっ待て、オレはなんもしてねーからな!?」


 必死に取りつくろうリヒトだが、寝てる間に仲間外れにされたアサヒちゃんの怒りはとどまるところを知らない。


「リぃロ…ぅん。アらヒぃも…ひて?」


 いつものスマホを介さない肉声だからたどたどしいので翻訳すると、


”リヒトくん、アサヒにもして?”


 って、コラコラ。アサヒちゃんのおぱーいはまだ僕もチュパったことないぞ? 先っぽが敏感すぎて痛がるから…。


「…わ、わかった」


 ってなんでOKしちゃうのリヒトくん!? いつもは断ってんじゃん!


「だってよ…コイツがこんなに真剣に頼んできたコトなんて、今まで無かったろ?」


 …だよな。いつもは恥ずかしがって肉声ではなかなか喋らないのに。

 しかも最初に頼んだのが、僕じゃなくてリヒトだなんてな。


 …そうか…僕もそろそろお役御免なのかもな。


「そ、そこまで言うなら…ヤルぞ?」


 意を決して宣言するなり、リヒトはアサヒちゃんを力任せに抱き寄せて…

 柔らかそうなその胸にかぶりつくように凝視してから…


「…はむっ!!」


 ホントにかぶりついたァーッ!?


「はぁゔっ!?」


 途端にアサヒちゃんが激しく仰け反る。相変わらず敏感だなぁ。


「ぅわっゴゴゴメンッ! どっか痛かったか!?」


 慌てるリヒトの歯を指差してから、アサヒちゃんは自分の乳首の赤くなったところを指の腹でさする。あ〜歯先が当たったのか。


「よ、よし…今度は優しくする…」


 頷いて、リヒトはそっとアサヒちゃんの胸に唇を寄せる。


 二人の身長差にかなりの開きがあるためか、恋人同士というよりは赤ちゃんと母親というか、ペットと飼い主のじゃれ合いというか…

 一見微笑ましい光景ではあるものの、


「あふぅ…っ」


 気持ち良さそうに身をよじるアサヒちゃんの表情がいつもの無邪気な子供のそれではなく、艶めかしい大人の女性になっていることに僕らはようやくハッとした。


 二人ともかなり大人びてるからすっかり忘れてたけど、まだ小学生…


「リぃろくんぉ…おっひぃ…」

“リヒトくんの…おっきぃ…”


「お前のも…もぉぐちょぐちょじゃねーか」


「…いいよ…いれぇ?」

“いいよ…挿れて?“


 あ、コレは訳さなくても良かった…

 ワケあるかぁ〜〜〜いっ!!


『アカーンッ!! それはアカン、それはアカンでぇ!?』


 さすがのナミカさんやユウヒも一緒になって、慌てて二人を思いとどまらせた。

 幼い恋人達がいずれそうなるのは時間の問題かもしれないけど、少なくとも今じゃない。


 今のアサヒちゃんはカイドウ氏の件でそうとう心細くなって自暴自棄に陥ってる気がするから…今後も要注意だな〜。


「ぁぅ…」


 とか言ってる側から、今度は指を咥えて僕の股間を物欲しげに見つめてるし。

 まさか美岬家でいちばん安全だと思ってた子が、実はいちばんアブナイ性欲モンスターだったとわ…。


 やっぱ血筋かねぇ。やれやれ。





 何かと落ち着けない騒動があったほうが、案外ぐっすり眠れるもんなのだろうか?

 ふと目を覚ませば窓の外はもう明るく、僕は一人でベッドから身体を起こした。


 他の連中は疲れ果ててまだ目を覚まさないので、起こさないように注意しつつこっそり寝室から抜け出した。

 すっぽんぽんだから傍から見ればかなり間抜けに映ること受け合いだ。


 そして自室に戻って普段着に着替えている最中、不意にスマホに着信があった。

 誰だろう、こんな朝早くから?


 僕宛てには間違ってもナミカさんのように外務省から連絡が来るはずもないから、マヒルあたりが様子を知りたがってるんだろうか?


 待ち受け画面に表示されたメッセージを見て…僕はつい顔をしかめてから、慌てて部屋の鍵を掛けた。


《お困りですか?》


 よりにもよって、このタイミングでかよ…。


〈今、それどころじゃないのはご存知でしょう?〉


 ムカつきながらも返信すると、すぐに既読がついた。朝っぱらから熱心なことだ。


《だからです。何かお役に立てることがあれば…と。

 我々の能力が本物であることは、先刻ご理解戴けたことと存じますので》


 ああ、充分驚かされたさ。まさか本当にあの二人を始末しちまうなんてな…。


 『二人』ってのはつい先日、今頃になって僕に連絡…とは名ばかりの恐喝行為に及びやがった、産みの両親のことだ。もっとも片方は赤の他人だったけどな。




 メッセージの送り主から僕にコンタクトがあったのは、その少し前だった。

 件のナマ配信を見たフォロワーの中に、妙な反応を示した者がいるとシノブから報告があった。


《姫が無事に御成長あそばされたこと、誠に嬉しく存じます。保護者の方、差し支えなければ御連絡ください》


 ふぅむ…確かに妙すぎる。

 なんだこりゃと思いはしたけど、ネットの世界なんてたいがい変人揃いだから、気にしてたらキリがない。


 けれども…ここに記された『姫』というのはユウヒのことだろうと直感的に思い当たった。


 カイドウ氏はかつて、ユウヒとその母親をどこぞの組織から救出し、今日までかくまってきたと打ち明けてくれた。


 母親はその後、氏との間にアサヒちゃんを授かってから病死したが、この送り主はそんな経緯までは知るまい。

 ということは必然的に、ユウヒの過去を知る者が彼女を『姫』呼ばわりしてるのだろう。


 つまり…この送り主は『組織』の関係者、ということになる。

 ということは…必然的にカイドウ氏の敵だ。


 どうしようかと思ったものの、ユウヒに事実を告げるのは論外だ。

 海外にいるカイドウ氏に余計な心配はかけたくないし、ナミカさんやアサヒちゃんは完全に部外者だし…


 必然的に対処できるのは僕しかいない。

 どのみち配信のせいでこっちの居所はとっくに知られてるし、いまさら誤魔化しは効かないだろう。


〈潮リョータと申します。配信をご覧いただきありがとうございます。

 姫というのは美岬ユウヒさんのことで相違ありませんか?〉


《これはご丁寧なご挨拶痛み入ります。お陰様で連絡の手間が大幅に省けました》


 ??? 手間が省けた…?


《我々教団は確かに、かつて美岬カイドウ氏によって我らの元よりかどわかされた教祖様の御息女を捜索しておりました》


 当たりか。しかも教団だとか教祖だとか…やっぱろくでもない出自だったか。

 でもこの物言いは…なんか妙だな?


〈お姫様と一緒に母親も連れ去られたはずですが?〉


《そちらはどうでもよろしいのです。

 大切なのは教祖の血統であって、単なる子袋に用などありません。代わりはいくらでも用意できますし》


 …予想以上にヤバい連中だった。

 母親を『子袋』呼ばわりて。ならもう彼女の生死を伝えたところで無意味だろう。


 ところが、彼らがもたらしたその後の情報は、まさに予想外の驚愕すべきものだった。


《実のところ、姫の消息などにはもはや興味なかったのですが》


 …ハァ!? うやうやしく崇め奉っといて、今さらなんちう言い草だよ?


《以前の教祖様は、姫を奪われてからめっきり塞ぎ込んで神威が低下したところを、寝首を掻かれてお隠れになられまして。

 まぁいわゆるクーデターですね》


 つまりは失脚した元教祖の娘っ子なんぞにはもう用はないって訳か。

 でもいまだに教団が存続してるってことは、次の教祖がしゃしゃり出てきたのか?


《目下のところ、それが問題でして。

 実を申せば、私がクーデターを起こした張本人でして…次にお仕えすべき新教祖様を絶賛募集中といった次第です》


 まさしく狂集団だ。前教祖を自ら始末しても瓦解することなく、さらに自分達に相応しい教祖を探し回ってるだなんて。

 この送り主の目的はいまいち不明だけど、自ら矢面に立つつもりは毛頭ないのだろう。


 …待てよ? この話の流れでいくと…

 まさか、こいつらの標的は…!?


《その通りです…潮リョータ様。

 あの配信を拝見させて戴いた我々は、貴方様こそが真の教祖に相応しいと判断致しました》


 あーやっぱりかー(棒読み)。

 つまりこいつらは最初から僕が狙いだったんだ。だから本人から直接コンタクトがあったことに手間が省けたと喜んだんだな。


 つーか…なんとなく副会長さんやヒマワリちゃんを彷彿とさせる狂信ぶりだなぁ。

 相手の性別は文面からは識別不能だけど、たぶん女性かなぁって印象だし。


 すでにそういった前例があるから、いまさら疑いの余地もないけど…僕ってこの手の人々を惹きつけるフェロモンでも出してるんだろうか?


 …ハッ!? もしやこれがリョータ菌…?


《あまり動揺なさらないのですね?》


〈正直、割と引く手あまたでね。皆、似たり寄ったりなことを言うものだからさ〉


《なるほど。競争相手が多いなら、なおさら急がねばなりませんね。

 では、我々の実力の程を実際にご覧戴きましょうか》


 さも自身ありげな口振りに、もう嫌な予感しかしなかったけど…


〈実力というと?〉


《貴方が御指名くださった人物を、見事始末してご覧にいれましょう》


 ホラやっぱりろくでもなかった。

 けれどもたしかに興味はある。


〈人数制限とかあるの?〉


《いいえ。仮に一国分の人口であろうとも同時処分が可能です。ただし、実行対象の詳細な住所が必要となりますが》


 国まるごと一気に滅ぼせるとは大きく出たものだ。

 でもオカルト信者じゃない僕には、それが呪いの類だとは到底思えない。


 対象地域の絞り込みが必要なところをみると、おおかたそこに暗殺団を送り込んで皆殺しにするとかの手法だろうけど。

 一国丸々なんて、核でも使うつもりか?


 とはいえ、さすがに殺したいほどの相手なんてそうそういる訳がない。

 だからその時は〈近いうちに利用させてもらうよ〉とお茶を濁して連絡を断った。




 …そして連中の思惑通り、その後にまんまと良いカモがしゃしゃり出てきやがった。


 バカ親どもの現住所は安アパートの一室と思しき処だったのも、教団の実力を知るには都合が良かった。


 不特定多数の人間が住まう建物から、本当にバカ親二人だけを選りすぐって始末できれば御の字だし…仮にアパートごと全滅でもどうせ見ず知らずな連中だから心は痛まない。


 たとえ失敗に終わろうとも、せめてあいつらをビビらせるくらいの効果はあるだろうし、もう二度と僕を揺すろうとは思わなくなるだろう…程度の思惑だった。


 果たして…連中は見事に依頼を遂行した。

 それも外傷や毒物の類は一切検出されず、警察が「事件性はなく自殺と断定」するほどの鮮やかな手腕だった。


 しかし連中からはその後、任務完遂の報告すらなく、アレはやはりただの偶然だったのかと思い過ごそうとした矢先…




〈タイミング良すぎない? やっぱり裏で何か…〉


《いえいえまさか。海外の出来事にまで手出しはできませんよ》


 やっぱりバッチリタイミング計ってんじゃん。

 でもそれなら話は早い。カイドウ氏を拘束した連中を先日と同じく…って、さすがに海外じゃ無理か。


《できますよ。》


 …へあ?


《一国丸々対象にできるとお伝えしたはずですが?》


 でも今、海外の出来事には手が出せないって…


《おっしゃる通り、すでに発生した事象そのものの改変は出来ません。

 が、個体や集団の活動を停止させることは容易です》


 なんとも回りくどい言い方だけど、要するにどんだけ離れていようが指定した奴を殺すくらいならできるってことだな。


 いったいどんなカラクリかは知らないけど、実際その効果を目の当たりにしたばかりだから、信用したくはないが信頼はできる。


 思えば副会長さんの会社の自動運転や光学迷彩だって、一昔前なら不可能もしくはトリックだと揶揄されてたような超技術だ。

 連中が僕らのいまだ知らないノウハウを先んじて持っていたとしても何ら不思議はない。


《ですがそのためには、対象者のできるだけ詳細な所在情報が必要不可欠です》


〈その時になって場所を変わったりしていた場合には?〉


《問題ありません。特定さえできれば何時いかなる場合であろうと速やかに執行可能です。

 が、取得情報が不足した場合には誤差が生じるため成功率が著しく低下し、不必要な処分数が増加します》


 よーするに無関係な奴を巻き込んで誤爆してもこっちのせいだって言いたいのか。おっかねぇな。


 でも今はカイドウ氏がどこに捕えられているかさえ不明な状況だから、使えそうで使えない。しょうがない…


〈詳しいことが判るまでは保留かな。その代わり、成功したら教祖にでも何にでもなってやる〉


《本当ですね? 嘘ついたら針千本呑ますどころじゃ済みませんよ?》


 何やらずいぶんシステマティックな話をしてたかと思えば急に古風になったり、よく解らない相手だな。


 けれどもこれで僅かながら希望が持てた。 

 まったく土地勘がない場所の何をどう特定すればいいかまったく見当もつかないけど…やってみるしかない。


 窓の外に射す朝の光を見つめて、僕は決意を新たにした。





 昼過ぎになっても外務省からは何の音沙汰もなし。


 ナミカさんがせっついてみたけど、組織側からは新しい連絡は何もないそうな。

 たぶん日本側が謝罪と賠償に応じる態度をみせるまで状況は変わらないだろう。


 逆にいえば、それまでカイドウ氏の命は保証されるってことだ。

 仮に前もって殺害されてたりすれば如実に様子に表れる。考えたくもないけど…。


 ところがニュース番組によれば、日本の同盟国側からは「相手が明らかな敵対行為をみせたこの機会こそが攻め込む絶好のチャンス!」だとか血気盛んな提案が相次いでるとか。


 弱腰な日本政府は頑張って「人命が掛かってるんだから思いとどまって欲しい」と必死に宥めてる最中らしいが、そう長くは持つまい。

 ある意味、テロ集団よりも厄介だ。


 世界的には敵の脅しには絶対に屈しないのがセオリーだし、国の面子や利権のためなら人命なんぞ二の次、三の次…ってのがどこも本音なんだろうけどな。


 この分じゃあ僕が組織のアジト位置なんぞ尋ねても誰も応じてはくれまい。逆に「なんでそんな質問を? もしや先手を狙う第三国のスパイ…!?」などと勘繰られるのがオチだ。


 ダメ元でシノブに頼んでみたら…なんと、先に動いてた!

 なんでも店を訪れた客の中に外務省官僚がいたそうで、情報提供を依頼してるそうな。スゴッ!?

 この国の公務員のオタ率の高さは異常だな。


 また副会長さんも世界中の関連企業を総動員して情報収集にあたってくれているそうな。

 軍事関連部門にまで進出しているから、その精度は折り紙付きだ。


 あと…正直気休めにもならないけど、マヒルやヒマワリちゃんからも応援メッセージが届いていた。


 アサヒちゃん宛てにはキーたんとアカりんからも同様の励ましが届いてるらしい。

 僕はともかく、可愛い妹の心細さが少しでも和らぐならありがたい限りだ。




 やがて皆から続々上がってきた武装組織の拠点座標を、マップアプリにポイント登録していく。

 …わかっちゃいたけど膨大な数だ。


 連中は街中いたる処に無秩序に拠点を設けている。民家や店舗、アパート、果ては病院や警察署…等々。

 そして、それぞれを地下通路で繋いで移動している。まるで蟻ンコかネズミのように。


 う〜ん…何らかの規則性があるかと踏んでみたけど、てんでバラバラ、まさに無秩序だな。

 これだけ穴ぼこ掘りまくったら落盤が頻発しそうなものだけど…


 砂漠の街なんて言われてるけど、もともと彼らの街は強固な岩盤の上に築かれており、その上に風で運ばれた砂が降り積もって砂漠と同化しただけだから、ちょっとやそっとじゃ崩れっこない。


 米軍もこのような地下基地の攻撃に手を焼いた挙句、上空から直接地下まで到達・破壊可能なバンカーバスターなる専用兵器までこさえたほどだ。


 だから…仮にカイドウ氏が地下に囚われてるとなると、救出は著しく困難だな。

 教団もどこだろうと殺害可能とは言っているけど、救出可能かどうかまでは言及してないしな…。


「ん? この建物…」


 ポイント登録した建造物の一つになんとなく見覚えがあった。もちろん僕は現地になんて実際行ったことないから、映像か何かで見たんだろうけど…


「映像…あっ!?」


 すぐにマップを3D化してみると…やはり。

 ここは先日のテレビ番組でカイドウ氏が訪れた、あの学校だった。

 やっぱり拠点の一つだったんだな。


 校内に武装した連中がたむろしてたのも、生徒達の護衛のためなんかじゃなく、拠点の警備にあたってたからか。


 …なんだろう? 何か引っ掛かる。

 もしかしたら、カイドウ氏が捕まったのは…。


 どうにも気になって仕方がないので、僕はこのポイントを最重要地点に加えた。

 そして副会長さんに、引き続きこの地点を重点的に調べてもらえるよう依頼した。




《そろそろ対象地点の絞り込みが終わった頃かと》


〈もう少し待ってくれないかな?〉


 日もとっぷり暮れた頃に再びメッセージを送りつけてきた教団には、そう応えて引き延ばしを図った。


 まだまだ不確定要素が多すぎるから、このままじゃ無関係の人々にまで被害が及ぶ危険性がある。


 敵と共生しているとはいえ、その多くは武装組織とは無関係な土着の人々だ。

 先祖代々の土地を、大昔からの度重なる侵略から守り抜いてきた住人に過ぎない。




 そもそも、どうして領土問題が発生するのかについて今一度おさらいしよう。


 たとえば貴方が不動産屋から土地を購入し、喜び勇んで移住したとしよう。

 ところがその一角にはすでに牧場を営んでいる一家が住み着いており、ここは先祖代々うちの土地だと言って譲らない。


 不動産屋に「おかしいじゃないか!?」と抗議しても「あっちが不法占拠してるだけで、うちは正規の手順を踏んで取得しましたので、後はそちらで処理して戴けませんか?」とすげなく追い返される。


 そのうえ牧場からは毎日ものすごい異臭が漂ってきて到底我慢できず、再度「どこか他所でやってくれませんか?」と申し入れるも、牧場主からは「バカ言うな、牧場は臭うもんだ。文句があるならそっちが出て行け!」と言い返される。


「なんだその言い草は!?」「そっちこそ新参者の分際でウルセーんだよ!!」と不毛な言い争いに発展するも、双方の言い分はある意味正論だから決着など永遠につかない。


 やがて互いに武装し、力尽くで相手を土地から追い払うべく迫害を始め、凄惨な抗争事件へと発展してしまう…。


 要するに領土問題はこれを拡大したものだ。

 そこへ歴史だの民族だのと様々な要因が複雑に絡んでくるものだから、誰も手出しができなくなってしまうんだ。

 嫁姑問題同様、下手に絡むとこっちまでとばっちりを食らうのは確実だからね。




《待てとおっしゃるならいくらでもお待ちしますが…おそらくそう余裕はありませんよ?》


 解ってるさ。人質ってのは取られた方以上に取った方のリスクが高い。

 逃さず殺さず保護し続けなきゃならない上に、下手すりゃ取られた方を逆上させるばかりか、人質自体に返り討ちに遭わされないとも限らないからな。


 だから持つのは長くてもせいぜい二、三ヶ月くらい。あまり長引くと、人質と犯人が互いに同情し合ってさらにややこしい事態に陥ってしまう『ストックホルム症候群』を引き起こしやすくなる。


 カイドウ氏の驚異的なカリスマ性は組織側も警戒していることだろうから、そうなる前にタイムリミットを設ける可能性が高い。


 でも今はまだ、絶望的に情報量が足りない。

 あり得ないことだとは思うけど…せめてカイドウ氏と直に連絡が取り合えればな。





《いよぉ、元気か?》


 そのまさかが起こったのは、その日の深夜のことだった。


〈あんたこそ大丈夫なんスか、カイドウさん!?〉


 なんと、氏から直々に僕ご指名でメールがあった!


《ああ、別になんともない。

 ただ急に捕まっちゃっただけ。》


 それが大ごとなんだっつーに!


〈てかなんで僕なんですか?〉


《連絡先は一つだけに限るって言われちまったからよ。お前がいちばん落ち着いて対処できると思ってな。他のはまぁ…無理だろ?》


 ですよねー。いつもは比較的冷静なナミカさんでさえテンションおかしくなってるし。


《お前は便宜上、俺の息子ってことにしてある。そのほうが説明しやすかったし、こっちの国ではまず長男を優先するのが普通だからな》


 どんな時でも沈着冷静なのはさすがだけど…息子て。解っててやってるのか、もしかして?


〈よく外部にメールなんて送れましたね?〉


《ああ、こっちの連中はみんな普通にスマホ使ってるぞ》


 危機感ゼロな連中だな。逆探知とか警戒せんのかい?


《でもさすがにスマホは没収されちまったから、部屋の隅に転がってたPCを許可取って使ってる》


 ということはGPSや電話は使えないか…。

 IPアドレスでおおよその位置は割り出せるかもしれないけど、元々備え付けてあった機材じゃなぁ…。


《部屋の中は自由に歩き回れるし、狭いけどトイレやシャワーも付いてる。水も出るし冷蔵庫もあるし食事も提供されて至れり尽くせりだ》


 予想以上の厚待遇だった。まるで先日行ったばかりのラブホ並みだな。


《けどドアは施錠されてるし、窓の外にはな〜んも無ぇから逃げ出せねぇ。まあお約束だな。

 あとテレビも無えしPCのブラウザや動画プレイヤーも削除されてるから退屈でかなわん》


 メール以外一切の情報取得ができないようになってる訳か。外部と遮断させることで精神的に追い詰める手法は拘置所等でもお馴染みだ。


《画像や音声の送受信も不可だそうな。

 この文面もしっかりチェックされてるっぽいけど、翻訳ツールでやっと解読してるレベルだから、あまり気を使わなくても良さげだぞ》


 それは助かる。でもあからさまな暗号文はさすがに怪しまれるだろうから、巧くやらないとな…。


《こっちはまだ日が暮れたばっかだけど、辺りは瓦礫ばかりで灯りが一つも見当たらねーな。

 今日は曇ってんのか星も見えねーし。晴れた日は見事な星空なんだぜ。お前にも見せてやりてぇよ》


 なんだ、唐突に世間話に突入したぞ?

 …いや待て。あのカイドウ氏がいまさら普通の話題なんて切り出すはずがない。きっと何らかのヒントが散りばめられてるに違いない。


 たとえばこの、晴れた日は星が見える…ってことは、窓がある部屋に監禁されてるのか。

 しかも周囲は瓦礫ばかり…空爆地帯にいるってことか。メチャヤバじゃん。


《正面の瓦礫の向こうに街灯りが見えるな。あっちはずいぶん賑やかなようで、羨ましい限りだぜ》


 賑やかな街灯り…今まさに空爆の最中にある街にろくな灯りなんてある訳ないから、きっと隣国の繁華街だろうな。


 つまり、目の前に国境が見える、しかもかなり見晴らしが良い高層の部屋にいるってことか。だから窓から逃げることも出来ない。

 地下通路とかじゃなかっただけ周囲の状況が知れてマシだな。


 ほんのわずかなやりとりで、ずいぶんエリアが絞り込まれたぞ。

 やっぱりスゴイな、この人は…!


 今さらながらに、彼がどうして唯一許されたメール先に僕を指名したのか解った気がする。

 この期に及んで、まだ諦めてないんだ…カイドウ氏は。


 なんとかして僕らのもとに帰ってくる方法を探して…僕らのあの配信を思い出して…


 僕に期待してくれたんだ…父さんは。


《おっと、また空爆だ。右手に爆炎が上がってるぞ。だいぶん距離が離れてるから、ここら辺は大丈夫そうだけどな。

 花火みたいにきっかり五秒は遅れて聞こえたぞ》


 ほら、また。音は光より遅れて伝わるから、その時間で距離が判るんだ。

 一秒間で約三四〇メートル、二秒で六八〇メートル…五秒なら一七〇〇メートル。


 誤差を加味して、爆心地から一.五キロ〜二キロの範囲内を捜索すれば…そこに父さんがいる!


 そして、彼が映像を送れなくても、ニュースサイトを見れば…あった。爆撃があった地点が詳細に書いてある。


 そこから逆算して、え〜っと…ふむ…やっぱりココか…!


《なんだか連中が騒がしくなってきたから、今日はここまででやめとくぞ。またなリョータ》


 …………。

 ったく、人の気も知らないでさ。


〈アンタなら、僕にどんな名前を付けた?〉


 すると今までより多少時間が掛かって、やっと返信があった。


《知ってたのか。相変わらず耳ざとい奴だな。

 必ず帰ってくる…つーか無事に連れ戻してくれよ、リョータ。

 ダメダメな両親にしては、良い名前だと思うぜ》


 それ以降、カイドウ氏からのメールは途絶えた。


 僕はこれまでのやり取りで得られた情報をシノブや副会長さんに折り返しリークして、引き続き情報収集を依頼した。


 『潮リョータ』…か。

 今までは多少のコンプレックスを感じてた自分の名前だけど…やっと好きになれた気がする。


 そして思った。

 『美岬リョータ』も悪くないな…って。





 次の日の朝。

 僕はカイドウ氏からメールがあったことを美岬家の皆に伝え、その文面を公開した。


 ユウヒとアサヒちゃんは涙ぐんで父親の無事を喜んでいたけど、ナミカさんはなんで自分宛てじゃないのかと少しだけ機嫌が悪くなった。


 それを宥めていると、リヒトが複雑な顔をして言った。


「なんだ…お前もオレと同じかよ」


 その言葉にナミカさんもハッとしたようだったけど、僕はこっそり二人に釘を刺した。


「まだあの姉妹には内緒にしといてね。

 特に…アサヒちゃんには」


 これ以上、無用な混乱を招きたくないからな。




 昼過ぎ、外務省から連絡があった。

 と同時にテレビニュースで一斉に、首相の緊急記者会見の模様が流れた。


『先日、武装組織に拘束されたジャーナリスト・美岬カイドウ氏についてですが…

 氏の安否は当政府としても非常に気に病むところではありますが…組織側の謝罪要求や賠償請求には一切応じないと、先ほど閣議決定致しました!』


 まあ予想通りだった。そして会見場に詰めかけたマスコミからは「美岬氏を見殺しにするのか!?」との厳しい声が相次いだが、


『そもそも政府と致しましては該当地域への邦人の渡航は厳重注意を勧告しておりまして…

 それを承知で訪問する場合には、身辺の安全は自己責任でお願いしますと再三警告しておる次第であります!』


 つまり、こんだけアブネーっつってんのに行く奴がアホなんだから、もう知らん!ってこったな。


「ま、政府としては渡りに船だろーしね…」


 食卓に頬杖ついてテレビを見つめていたナミカさんが、やれやれと首を振る。


 その通り、ここ最近話題になってる与党の派閥間の不正会計疑惑を最初に報じたのもカイドウ氏の投稿記事だった。

 彼らにとっては頭痛の種な秘密の中枢を握る氏が処刑されてくれれば万々歳ってことか。

 なんとも世知辛い話だな…。


「ただねーこのタイミングでしょ? ちょお〜っと都合良すぎない?って感じよね〜…」


 ふーむ、確かにちぃと気になるな…シノブにそれとなく調べてもらうか。




《ドンピシャだったよ会長さん♩》


 わずか数時間後、シノブから調査報告があった。相変わらず仕事早っ。


《うちに来てる外務省官僚のお客からタレコミがあったよ。

 美岬氏の拘束当日に、外務大臣の親族が現地経営してる企業から、謎の団体宛てに多額の振込みがあったってさ》


 よし来た! だんだん面白くなってきたぞ。


《こんなケースには打ってつけの叔父様を知ってるから、ちょっと一仕事して貰うよ。

 年齢的にはもうお爺ちゃんだけど、とてもそうは思えないほど若々しくてナイスミドルな紳士って感じかな?》


 ほぉ? シノブの顔の広さには呆れるけど、その叔父様ってのはもしかして…?

 いつもなら、いくらなんでもご都合すぎるだろって一笑に伏すトコだけど、こうも『偶然』ばかりが重なると…な。


《残念ながら守秘義務ってヤツで正体は明かせないそうだけど、悪いようにはしないと思うよ?》


 直に会ったことは無いけど、ナイスミドルと聞いて僕が思い浮かぶのは一人だけだし、シノブが太鼓判を捺すなら間違いないだろう。

 まさに適材適所だろうし…な。




《件の会社が輸出禁止品目違反だの瀬取りだのを常習的に行なっているのは、業界内では有名ですね》


 その後に副会長さんからも別の意味で太鼓判が捺された。


《政治家絡みの会社は何かと厄介ですし、触らぬ神に祟りなしと思ってましたが…そうなると見過ごせない話ですね。

 おそらく武装組織側が外務大臣の要求に応えたことへの見返りでしょうが、だとすると…》


 カイドウ氏の拘束は、組織側と政府側の利害が一致した結果…すなわち癒着となる。

 日本国から他国の軍事組織への物資や資金提供は現在でも限りなくグレーゾーンな話題だし、テロ組織なら完璧アウトだ。


 こいつは…下手すりゃ国際問題にすら発展しかねないぞ。

 カイドウ氏は知ってか知らずか、とんでもない連中を敵に回してたんだな。


 ますます僕の手には負えない案件に思えてきたけど…やるしかないんだ、父さんのためなら!




 そして前日とほぼ同じ深夜時刻。


《今日も元気だ夕飯が美味い♩》


 こちらの心配をよそに、思わず蹴り倒したくなるような陽気なメールがカイドウ氏から送られてきた。

 どうやら食事は毎日ちゃんと提供されているようで一安心だけど。


〈自炊してんの?〉


 冷蔵庫はあるらしいし。


《んにゃ、水や清涼飲料は入ってるけど酒は戒律でアウトだから無ぇし、食材は缶詰一つありゃしねぇ。

 飯は三度三度、新米が持ってきてくれる。相変わらず気さくなカワイイ奴だぜ》


 ??? 新米ってことは新兵だと思うけど…『相変わらず』?

 新顔じゃなく、どこかで会った経験があるのか?


 …なんとなく、先日のテレビ中継に出ていた現地の子達を思い出す。

 その後に結局、武装組織に加わったことをユウヒがサイトの写真で発見したけど。


 あ…なるほど。あの時の子達のうちの誰かが…たぶんあの青空の絵を描いた子が配膳係になってるのか。

 氏の口ぶりだと、今でも関係性は良好らしいな。


〈連れて帰るつもり?〉


 助けるつもりか?って訊いた。連中は帰れっこないと思ってるから冗談としか受け取れないだろうけど。


《重すぎて無理だな》


 あの時の子らはいずれも片手で持ち上がりそうなほど痩せ細っていた。だからコレは「重武装してる」って意味だ。

 今は友好的でも、上から命令されたりカイドウ氏が抵抗するようなら射ってくるんだろう。


〈他に友達はできた?〉


 その子以外に見張りはいるのか?って意味。


《んにゃ、誰も入って来なくて寂しい限りだぜ。でも表は賑やかだな》


 身の回りの世話をするのはあの少年一人きりだけど、室外の通路は見張りが巡回してるってことか。


 日本政府が介入してるってことは差し迫った命の危機はなさそうだし、待遇もそれなりだから、無理に逃げようとはしないんだろう。


《それに隣の部屋は夜通しドンチャン騒ぎだしよ。客でも来てんのか?》


 かなりキワドイ表現だったからヒヤッとしたけど、どうやら気づかれなかったようだ。

 おおかた、どこにいるかも不明だし逃げられっこないと思って安心しきってんだろ。


 夜通し人の出入りが多いってことは…隣室にはよほどの大物幹部が居座ってるってことだろうな。

 すぐ隣にいるなら、世話役を新人一人に任せっきりでも安心できるということか。


 しかし、高層の建物の最上階で大物っていったら、普通は…。

 カイドウ氏の部屋があっちの国にしてはかなり豪華なのも、そう考えれば当然だろう。


 おいおい、こいつはひょっとしたら組織を一網打尽にできる大チャンスなんじゃ?

 カイドウ氏もそのつもりで、あえて現場に留まってるんじゃないか?


 けど、あまり長居するとろくなことがないんだけどな。敵にこちらを攻撃する材料と準備期間を与えるだけだし。





『こちらは本日未明、何者かによって動画サイトに投稿された映像です。

 繁華街で…これは美岬カイドウ氏でしょうか? それらしき人物が現地人らしき男に現金を手渡しています』


 ほら言わんこっちゃない。テレビ各局の朝のニュース番組はこの話題で持ちきりだった。


『あ、男が…現地人の少女を連れてきましたね。そして美岬氏と連れ立って、付近の建物内に消えていきます。

 …部屋に明かりがつきました。何をしているのかはこの映像からは不明ですが…』


 問題はこの後の報道だった。


『現地警察によりますと、この建物内の一室で映像の少女と同一人物とおぼしき全裸死体が発見されたとのことです』


”美岬氏、現地少女殺害に関与か!?”


 ここぞとばかりに刺激的なテロップが躍る。


『死体には絞殺された痕跡があり、室内からはカイドウ氏の私物とみられるカメラが発見され、警察はこのカメラのストラップで被害者の首を締め上げて殺害したものとみて…』


『なおカメラには撮影画像および記録媒体が残されておらず、何者かが現場から持ち去ったものと…』


『カメラは現在、現地警察で調査中とのことですが、今のところ美岬氏以外の指紋は検出されていないとの情報が…』


 明らかにでっち上げだな。首を絞めるなら電源コードとかズボンのベルトとか、他に良さげなモノがそばにいくらでもあるだろう。

 なのにどうしてカメラのストラップなんて常人はなかなか思いつかない凶器を選んだのか?


 さらに…少女に声をかけたときのカイドウ氏は、首から愛用のカメラをぶら下げてる。

 ジャーナリストにとっては大切な相棒のはずなのに…


 なんでまた中身の記録カードだけ抜き取って、本体は犯行現場に残していったのか?

 証拠隠滅を図るなら、なおさら持ち去るべきだろう?


 さらに別の報道では、全裸で死亡していた少女の衣類は室内から発見されなかったという。

 犯行後に死体を残して衣類だけ持ち去るなんて、なおさら不自然だ。


 これらの状況証拠から本当の犯行を推測するに…


 犯人はまず、カイドウ氏を拘束した際に愛用のカメラを奪い、記録媒体は別途で調べるため他所に持ち去った。


 それから中身がカラになったカメラを持って映像の少女を呼び出し、隙を見てストラップで絞殺。


 その後に衣類を剥ぎ取った。なぜなら犯行日時はこの映像が撮られた後日のため、着ている服が違ったからだ。


 そしてその遺体を映像と同じ建物の部屋まで運び、カメラと一緒に放置して立ち去った…QED。


 カイドウ氏はおそらく情報収集のため、売春を装ってこの少女に声を掛けたと思われるけど…くれぐれもそうであって欲しいと思いたいけど。


 後々このようにあらぬ疑いをかけられる恐れのあるシーンをわざわざ残してるあたり、スタッフの中に敵の内通者がいたんだろう。


「あ〜も〜何やってんのよお父さんっ!」


 画面中のカイドウ氏を蹴り飛ばさんばかりの勢いでリビングの百インチ有機ELテレビに詰め寄るユウヒ。高いんだから壊すなよ?


「まさか殺したとは思わないけど…この子、私とアサヒの間くらいの年頃じゃない!?

 こんなに若い子と…ヤッたの!? ハメハメしたのエロ親父!?」


 怒りポイントそこかい。まぁとりあえず落ち着けや、と引き剥がしにかかった僕のはいごから、


「殺ってはいないけとヤッちゃったかもね〜?」


 ふてくされたナミカさんの無慈悲な声が飛ぶ。音声だと両方同じニュアンスで紛らわしいんでやめてください。


「だって彼女、あたしの昔の仕事仲間だもん。

こう見えて実年齢はあたしより上だし」


『嘘ぉんっ!?』


 朝っぱらから満場一致で奇声を発した僕らだった。


 にわかには信じ難い話だけど、現在進行形で信じ難い若さのヒトが目の前にいるんだから信じるしかない。


「反政府レジスタンスってやつね。この見た目を利用して方々に出没するから、ここいらじゃ有名だったわよ」


 諜報員なのに有名じゃダメぢゃん。

 透明人間なのに現わる現わるぢゃん。

 世界一有名な7番みたいなモン?


「いつまでも同じ手は通用しないからって注意してあげてたのに…本当、バカな子…」


 かつての戦友の死に心を痛めるナミカさんの憂いだ顔には同情を禁じ得ないけど…

 あーた、他所様の国で何やってんスか?


「あと、犯人はコイツ。」


 観始めたばかりのミステリードラマの犯人役をいきなり指摘するように、ナミカさんはカイドウ氏が現金を手渡した男を指差した。

 一見どこにでもいるような典型的な現地人だけど、


「暗殺から爆破テロまで何でもこなす、これまた地元じゃ有名なゴロツキよ」


 ハイそーでしょーね。世の中、自分が犯人ですってシールを顔に貼って歩いてるような安っぽいドラマとは違うんだ。


 つまりカイドウ氏はまんまとハメられた…んだろうか?


「それだけ見え透いた罠なら、カイドウさんなら気付きそうなもんですけど?」


「うん、知っててわざとハマってあげたんじゃない?」


 しれっと答えるナミカさん。ならその通りなんだろうけど…他に狙いがあるのか?

 いずれにしても、あまり余裕はない…どころか、ますます状況悪化しちゃってない?


『え〜、このような事態に至ってしまったのは誠に遺憾ながら…美岬カイドウ氏には、あちらの法廷に則って身の潔白を証明して戴くのが先決かと…』


 ほら、首相閣下の会見もこの有様だし。


『邦人を見捨てるおつもりですか!?』『あちらがどんな国か、ご存知ない訳がないでしょう!?』『こんないい加減なフェイク動画をでっち上げるような連中ですよ!?』


 詰めかけた記者からも厳しい質問が飛ぶ。カイドウ氏を擁護する声が多いのには安心するけど…


『政府としてもできる限りのことは致しておるつもりですが、あ〜…現状では如何ともしがたい状況でありまして…』


 弱腰政権、丸投げ政権などと揶揄される彼らには何一つ期待できそうもない。

 なにしろ彼らには元からカイドウ氏を取り戻す気など微塵もなく…いや。


 …帰ってきてもらっては困るのだから。


《お父さん、本当に帰ってくる?》


 いまにも不安に押し潰されそうなアサヒちゃんの潤んだ瞳が、僕に一縷の望みを託す。


「…ああ、大丈夫だよ。」


 数日前には出まかせを口にするしか無かった僕だけど…今なら胸を張ってそう応えられる。

 なぜなら…


《会長さん、お待たせ! 叔父様から返事が来たよ、『準備万端』だってさ!》


《お待たせして申し訳ありません会長。いましがた確証が得られました。そちらに資料をお送りします》


 頼もしい仲間達から、心強い回答が続々寄せられているからだ。

 そして最後の切り札も…


《そろそろ準備は整いましたか?》


 …ああ。今、すべての札が出揃った。


 さあ、取り返すぞ…父さんを!





 諸国連合は甚大な損害を被りながらも、ついに聖王朝の包囲に成功し、その範囲をじわじわと狭めつつあった。


 王朝軍にも投降や敵前逃亡が相次ぎ、また教皇への不信感から連合側に寝返る兵士が多く、包囲網はますます強固になっていく。


 そこへようやく完成したばかりの専用魔法具を装着したルミが、遅ればせながら到着した。


 潔い投降を促すルミ達に、教皇は不敵な笑みを洩らすと…ついにおぞましき姿を現した。


 それはもはや人としてのそれではなく…この世のあらゆる邪悪の限りを具現化して吸収し尽くしたように醜悪な邪竜と化していた。


 ついに人としてのことわりまでもを捨て去った…否、元より人を見下していたことが形となって表れた教皇に失望したルミは、彼をこの世界の根本から滅却することを決意する。


 だが…そのためには一度、世界のすべてをリセットする必要があった。


 すなわち…住み慣れたこの世界を。

 苦楽を共にした人々を。

 ソレイユを…ムエットを…

 ヴァンスを…エスプを…


 …ウェルを、消し去らねばならない。




 そんなルミの告白に、皆は快く頷いた。


 再び相見あいまみえることを誓い合い、涙で抱き合う人々。


 そしてルミは魔法具を高々と掲げ、心の中で強く念じた。


 …この世界の崩壊を。


 突如として天空がひび割れ、眩い光が辺りを包み込む。


 あらゆる物が形を失い、泡沫のように消えていく。


 ソレイユ達も…ウェルも…笑顔のままで。


 邪竜は断末魔の悲鳴を残し、灰燼に帰した。


 その灰燼さえもが存在を無にしていくのを見届けて、ルミ自身も…。




【第二十四話 END】

 いよいよクライマックスめいてきました。

 正直、この連載を始めた当初には予想もしてなかった展開ですが(笑)。

 主人公本人とはまったく別の場所で事件が進行する『羊たちの沈黙』みたいなのをやってみたいと常々思ってまして。


 ややネタバレになりますが、比較的現実に沿った世界観だったのがいきなりオカルトめいてきました。

 以前からそれらしき要素はチラつかせてはいましたが、それを主軸に持ってこようと思ったのはつい最近です。

 ところが具体的にはなーんも考えてなかったので、後からいろいろ辻褄を合わせるのに苦労しました。


 どうせ敵さんだって宗教や権力を散々悪用してるんです。闇の力を借りて何が悪い!?(笑)

 てな訳で、次回あたりでそのへんのカラクリを説明できればいいかな〜と。

 元々明らかにパワーバランスがおかしかった世界の秘密がいまここに!(笑)

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