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はのん  作者: のりまき
22/27

疑惑の新記録

 マヒルの父さんとの電話には、まだ続きがあった。


 数日後にはいよいよ、マヒルたち水泳部が出場する水泳競技会が開幕するから、親としてはその情報収集もしておきたかったらしい。


 というのも彼女は自宅とはあまりマメに連絡を取り合っていないようなので、代わりに僕から最近の様子を訊こうって訳だ。

 照れ臭いのかメンドイのか知らんけど、あまり親に心配かけさすなよ姉さん。


 正直なところ、僕も以前ほどマヒルとは顔を合わせなくなったけど、まぁさほど変わってなかったよ、とだけ答えておく。

 それで誤魔化せたかと思いきや…


『ところで…見たぞ、こないだのナマ配信』


 …なんてこったい。ネット動画にはまったく興味なかった彼までもが?


『そりゃ興味も湧くさ。ニュース番組で取り上げられてるの見たら、お前がドアップで映ってるし』


 え、もうそんな祭りになってたの!?

 どんだけ影響大きかったんだ、あの配信?


『一緒に映ってたあの美岬って名前の子達、もしかして美岬カイドウの娘っ子か? 顔広すぎだろお前…』


 さすがはかつての悪友。僕の父さんとまるっきり同じ切り出し方だったことには少々面食らったけど…


 網元家の彼の場合は詳しい背景事情までは知らないようで、単純に呆れ果ててただけだった。


 彼は僕を自分の子のマヒル同然に育ててくれた恩人だけど、それは父さんをついに最後まで更生させられなかったという負い目があったからだ。


 よもや僕ん家が実はカッコウの巣状態で、自分が育てていたのが赤の他人の雛鳥だった…などとは夢にも思うまい。

 でもカッコウは親鳥に感謝なんてしないだろうけど、僕はもちろんしてますよ、ええ。


『…お前いま、誰と付き合ってるんだ?』


 って言ったそばからバレバレぢゃ〜ん!?


 仕方なく、ユウヒがマヒルの友人で、その伝手で交際中であることを打ち明けた。

 おおむね嘘は言ってないけど、どのみち期待を裏切ったことには相違ない。


『そうか…まあ、誰と付き合おうとお前の自由だからな…そうか…』


 あからさまに落胆した彼の様子に罪悪感が疼くけど、こればっかりは仕方がない。


 思えばマヒルと彼の仲が悪くなったのも、僕が網元家を出たいと申し出たときに全然引き留めなかったからだし…貧乏くじばかり引かせて申し訳ない。


 …これで僕らが、実はまだカラダだけは繋がってるなんて知られた日には…


 そしてそのせいで、最近どうにもマヒルの様子がヤバすぎる、なんてことが明るみに出た日には、どうなることやら…。


『だから最近おかしかったのか、アイツ…』


 バレてたぁーーーーーーっ!!!!


『気にするな。多少長引くかもしれんが、そのうち治る。…母さんもそうだったからな』


 いらん気遣いはともかく、あーたと奥方様の過去にいったい何が?


『しかしそうなると…今度の大会は絶望的かもなぁ…』


 そー思いますよね、やっぱ。


 ところが…ヒマワリちゃんから聞いた話だと実態はまるきっり逆で、マヒルの成績は過去イチなくらいにとんでもなく伸びてるそうな。


 それまでは天才肌にありがちな、ちゃらんぽらんなのになんでか必ず勝つ。みたいな理不尽極まるヤツだったのが…

 急に人が変わったように真面目に練習に打ち込むようになったおかげかもしれない、と。


 ってことは、僕の存在って実は足枷に過ぎなかったのでわ…。


「そこいらへんは心配しないで。生徒会長としてはマヒルは常勝無敗じゃなきゃ何かと都合が悪いから…巧く丸め込んどくよ」


 安心させようとしたつもりが、彼は逆に深ぁ〜い溜め息をついて、


『ったく、お前のそんな計算高さは、いったい誰に似たんだろうな? 少なくともウチにはそんだけ小利口な奴はおらんぞ』


 昔は答えようがなかったけど、今なら判る。

 十中八九、カイドウ氏の遺伝だって。


 もちろんそんなコト言える訳ないので、


「さぁ…母さんあたりじゃない?」


 しれっと応えて、彼が渋々納得したあたりで電話を終えた。長々と話してるとボロばかり出しそうだしな。


 …それにしても、僕が母さんに似てるとか…我ながら願ってもないことをサラリと言えるもんだと辟易する。


 たかが僕を産んだ程度で、遺伝子レベルで占有されちゃあたまったもんじゃない。

 あんなクソ女にだけは似なくてせいせいしてるよ。





 そんなこんなで今日はいよいよ水泳競技会当日。


 今後の世界大会やオリンピックの選手選考も兼ねた国内最大規模の大会で、うちの学校からはマヒルの他にも何名か出場する。

 優秀だからね、うちの水泳部は♩


 今回の会場は隣県の屋内プールだし、観覧にはチケットや事前申告が必要なので、いつものように大勢で応援するわけにもいかない。

 なので僕とユウヒだけで行くことにして、アサヒちゃん達にはご辞退願った。


 ナミカさんは仕事で不在だから、家にはアサヒちゃんとリヒトだけしかいないのが少々不安だけど、またキーたんとアカりんも遊びに来ると言ってたし。


 まあリヒトは硬派だし、間違っても問題は起こさない奴だ…けど割とラッキースケベ遭遇率高めだからなぁ。


 問題を起こすとすれば…むしろアサヒちゃんのほうか。いつものおっぱいアタックとか。

 …用事が済んだら早よ帰ろ。




 地元から電車で移動し、最寄駅で降りると…さすがは有名大会。会場施設の大きさだけでも途轍もない。


 入り口のポスターには、有名社会人選手に混ざってマヒルもバッチリ写っている。


「…マヒルって本当にスゴイ選手だったんだね」


 今さらながらに彼女の認知度を再確認したユウヒが呆気に取られている。

 普段のアホの子そのものな様子からは予想もつかないから無理もない。


 チケット制なのでそこまで混雑はしていないものの、会場周辺にはそれなりの観客が行列を作っていた。


 しかしそこは生徒会長たる僕のこと、この日のために申請しておいた関係者パスでサクッと入場してしまおう。


「ねぇねぇ、あそこのカップル…」「わっスゴイ美男美女♩」「あれっでもどっかで見たことない?」「あっ、あの配信の…!」


 周辺からの囁き声にはもう慣れっこだけど、最近はさらに別の注目要素が増えてしまったもんだから、熱烈な視線がけっこー痛い。


 このまま衆目に晒され続けるのもアレなので、とっととマヒル達がいる選手控え室に行こう。




「…あっ先輩、こっちですぅ!」


 長い廊下の途中で、見慣れた顔が手を振って出迎えてくれたのでホッと一安心。


「ヒマワリちゃん、マヒルの調子はどう?」


「毎度お馴染み、絶賛大『不』調中ですよぉ♩」


 にこやかに応える彼女にユウヒがつんのめった。


「大不調って…!?」


「あ〜まぁ、いつものことだよ」


 最近マヒルと知り合ったばかりの彼女が知らないのも無理はないけど、このことは僕ら生徒会と水泳部の間では暗黙の了解だ。


「出走順は?」


「マヒル先輩は一時間後ですぅ」


 なら急がないとな。ヒマワリちゃんに案内してもらい、控え室の最奥へと向かう。


 するとそこに…他の選手達も遠巻きに見つめる、あしたのジョーのように真っ白に燃え尽きた女子選手の姿が。

 いうまでもなくマヒルだった。


「ヒッ!? し、死んで…」


『ないない。』


 青ざめたユウヒの声を、僕とヒマワリちゃんと二人してヒラヒラ手を振って否定する。


「で、でもなんか、干からびてスルメみたいになっちゃってるけど?」


「それは水に浸ければ治りますけどぉ…水辺まで運ぶのが一苦労なんですよぉ」


「コイツ、本当は水嫌いだからな…」


 そう。意外かもしれないけどマヒルは本来、水恐怖症だ。かつて小学校の遠足のとき、川で溺れて死にかけたせいで。

 しかもその時までは泳げなかった。


 それを僕が助けたおかげで今日みたいな義姉弟関係になれたし、彼女は弟分の僕にもう迷惑かけたくない一心で水泳を始めた。


 ところがどーゆーわけだか予想外の才能を開花させた挙句、現在ではこんなスゴイ立場にまで登り詰めてしまったんだけど。


 つまり、水嫌いは水泳技術の上達による自信で無理やり抑えつけてるだけで…根本的に克服できた訳じゃない。


 だから…普段泳いでる分には影響ないけど、こんな大きな競技会に出場したときには自信が揺らいで、再び恐怖心に囚われてしまうんだ。


 そこから救い出せるのは、かつて実際に彼女を助けた僕だけ。

 なので大会のたびにこうして会場に足を運んで、うだうだ言うコイツを強引にでも騙くらかして、なんとか泳がせてる次第なのだ。


「けど…今回はちょっと重症だなこりゃ」


「はい〜…誰のせいとは言いませんけどぉ」


 言ってるじゃん。

 でも確かに、マヒルの心の拠り所だった姉弟関係をブチ壊しちゃったのは他ならぬ僕だしな。


「しょうがない。ここは僕に任せてもらえる?

 ポリッと一発、性根を叩き直してくるよ」


「ずぬんっと一発、根性棒を捩じ込んで精子…いや精力注入する訳ですね〜?」


 わざわざ具体的に言い直さんでもいい!


「本当にしょうがないから、許す。ちゃっちゃと済ませて来なさいよ?」


 普通のカノジョなら絶対許可が下りないだろうところを、ユウヒはあっさり承諾。

 つくづく何者なんだろうね、僕のカノジョって?


 ほいでもって、これから僕がなそうとしてるコトがなんでこうも筒抜けですか?





 毎度毎度特殊トイレだと申し訳ないので、施設内の医務室をお借りすることにした。


 担当医に具合が悪そうなのでと話してマヒルをベッドに寝かせ、パーテーションで仕切れば人目は気にならない。

 その後はまあ、バレたらバレたで…。


「さっさと済ますぞ」


 ジャージをひん剥くと、その下は薄手の競泳水着のみ。

 水泳で鍛え抜かれたグラマラスな肢体が手に取るように判って、この時点でもうピンコ勃ち。

 ところが肝心のマヒルがノリ気じゃない。


「そーやって抱けば、女はいつでも言いなりになると思ってんの? フンッ…」


 いつになく反抗的だ。いつもなら向こうからむしゃぶりついてくるのに。


「いったい何が不満だってんだよ?」


「全部だよ全部! 何もかも気に入らないっ!」


 そんな離婚寸前の熟年夫婦みたいなこと言われましても…。


「どーせ、どれだけ抱かれたって…リョータはあたしのこと、姉としてしか見てくんないし…」


 いつぞやはそれでも構わない、みたいに言ってたのに…女心は本当に解らん。

 でもそのことに関しては、僕も意見を修正せざるを得ない。


 つい最近まで、皆どうしてカノジョだとか恋人だとか、そんな肩書きにばかりこだわるのか、僕には理解できなかった。


 気が合う同士ならそれでいいだろ、それ以上に何があるっていうんだ?…てな具合に。


 けれども…


「その姉弟っての…もう止めないか?」


「ッ!?」


 僕の提案に、マヒルはあからさまに絶望的な顔色を浮かべた。それだけが彼女の唯一の心の拠り所だったからな…。


 でも、ここで妥協を許せば、僕らはいつまで経っても停滞したまま…前には進めない!


「やっと解ったんだ。姉弟なんて…虚しいだけだって。そんな関係には、何の救い様もないって」


 もう思い出したくもないけど、それは僕のクソ親父…否、『元』父親のおかげだ。


 奴が、僕とアサヒちゃんが実の兄妹だと証明してくれやがったせいで、お先真っ暗って言葉を嫌というほど実感できたしな。

 …ほんの一瞬だったけど。


 なぜなら、その事実を知る奴らは、僕の他にはもういないから。

 だから気兼ねなく今まで通り、アサヒちゃんと付き合える…


 …と思ったんだよ、最初は。

 でも…いかに隠蔽しようとも、事実は頑として揺るがないんだ。


 いつも通りに振る舞おうとしても、心のどこかにわだかまりがあって…日増しに大きくなってる気がする。


 やっと愛とか恋とかがどういうものか理解できかけてきたってのに、いまさら何の仕打ちなんだよクソッタレ!


 どこの誰だか知らないが、いったいどこまで僕を痛めつければ気が済むんだ、チクショウめッ!!


 …その一方で、僕とマヒルは実の姉弟じゃない。姉妹として過ごしてきた時間はアサヒちゃんより遥かに長いけど…まだ間に合う。


 マヒルが僕を心の拠り所にしてるなら、僕だってそうだ。

 もう、こんな虚しい想いは沢山だ…!


「だから、これからは普通の男と女として仕切り直し…」


 ぶっちゅうぅう〜〜〜〜〜〜っっ!!


 胸の内の吐露もまだ終わってない内から、マヒルの熱烈なキスが僕の言葉を遮った。

 せっかくのシリアスムードが台無しじゃん。


「やっと…やぁっと解ってくれたんだね!?」


「うん…お待たせ。」


 嬉し涙を流すマヒルに、僕もはにかみながら応えて…再び唇を重ねた。


 ここまで来たら、もう誰にも止められない。

 もどかしげに互いの衣類を剥ぎ取って、生まれたままの格好で凸と凹を…


 と、そこで唐突にパーテーションが勢いよく開け放たれ、


「あのーですねぅ、そーゆーコトはお家にお帰り戴いてから致して戴けると…」


 真っ赤な顔した担当医が僕らを凝視しつつ遠慮がちに水を注した。

 結局、思くそバレちったテヘッ♩


「お家で? 帰宅途中のラブホとかじゃダメですか?」


「場所の問題じゃありません」


 僕の素朴な疑問に律儀に答える担当医。


「ちぇ〜っ、ウルトラドケチ!」


「私が悪いみたいに言いがかりつけてますけど、非常識なのはそちらですからっ!」


 キレるマヒルにキレ返す担当医。


 たしかにおっしゃる通りだけど、でもそれだとレース前のマヒルに精神注入する本来の目的が…。


「ダイジョブッ、これならイケるっ!」


 すっかりいつも通りの根拠のない自信が漲ってきたらしい。マヒルがそう言うなら大丈夫だろうけど…不発に終わった僕のほうはどうしてくれよう?


「じゃあじゃあ、レース後のご褒美ってことで♩」


「わかった、足腰立たなくなるまでヒィヒィ言わせてやるから…絶対勝てよ?」


「まーかせてっ!!」


 よしっ、これでOKだな。


「…せめて服着てから言って戴けると、もっとサマになってたんですけどね…」


 相変わらず外野がうるさいが、これは好成績が期待できるかも?




 結論から言おう。

 単純バカの底力ってものを、僕は甘く見過ぎていた。


 レースがスタートするなり、魚雷のごとく突進したマヒルは他選手の追随を許さず、さらに加速を続けながら怒涛の勢いでゴールに着弾。

 実際、勢いが付き過ぎてド派手に激突した。


 頭にデカいタンコブをこさえつつも満面の笑顔で僕に手を振るマヒルとは裏腹に、観客達は予想外の事態に唖然としていた。

 なにしろ隣りのレーンで泳いでいた現役オリンピック選手すらまったく寄せ付けなかったのだから。


 会場がようやくざわついたのは、その直後だった。


 電光掲示板に、マヒルが叩き出した前人未到のタイムとともに表示された『日本新記録』の文字によって。


 それは女子のみならず、男子記録にも匹敵する恐るべき大記録だった。


 この日…網元マヒルは名実ともに日本水泳会の頂点に君臨した。





「え〜それでは、マヒル先輩の新記録樹立と、我らが水泳部の大躍進を祝しましてぇ!」


『乾杯ーッ☆』


 大会終了後、場所を会場周辺のファミレスに移しての祝勝会が催されていた。


 乾杯の音頭を取るヒマワリちゃんの弁通り、新記録を叩き出したマヒルはもちろん、水泳部の他の出場選手も触発されて軒並み好成績をマークしていた。


「いや〜、やらかしちゃいましたね〜先輩?

 昔から思ってたんですよぉ。この人はきっと将来、トンデモナイことをしでかすってぇ♩」


「あっはははーっ面目ない…ってあたしは犯罪者かッ!?」


 息もピッタリなヒマワリちゃんとマヒルの掛け合いに仲間内から笑いが洩れる。

 けど実際、レース後の主催者側の対応はむしろそれに近いものだった。


 なにしろ記録が異常すぎるってことで、計測機器の故障ではないかと調べ直すも問題ナシ。

 念のため日本標準時刻を管理している当局に問い合わせるも、やはり正常だった。


 他の選手関係者からドーピング疑惑も上がったためマヒルは再検査を受けさせられたが、もちろん何ら異状は検出されなかった。


 これら一連の確認作業のため以降のレースも大幅に遅延し、予定より数時間遅れでやっと終了したくらいだ。


 主催者は事後に緊急記者会見を催し、そこで

渋々な感じでマヒルの新記録樹立を認めた。


 で、マヒル本人はそれらの会見に引っ張り出されそうになった寸前で「未成年につき今後の影響も考慮し云々」との物言いが付き、晴れて釈放された次第だ。


 現在はもう夕方のテレビニュースの時間帯だが、今頃は各局がこの話題を取り上げ、これほど祝福されない歴史的偉業は前代未聞だと大騒ぎになっていることだろう。


「まぁドーピングっちゃドーピングよね。ぶっとい注射でどぷどぷ注ぎ込んだんでしょ?」


 大会中からずっとふてくされてるユウヒが、ここぞとばかりに要らん一言。


 薄々事情に気づいてる部員達は顔を赤らめ、何も知らないウブな子達までもがヒソヒソ囁き合って「まっ不潔♩」などと井戸端会議のオバハン化してはる。


「でもそれで新記録が出せるなら、リョータ菌も効果テキメンってことですかね〜?」


 ヒマワリちゃんまでもが面白がって参戦。なんスかリョータ菌て? 小学生のいぢめじゃあるまいし。


「盛り上がってるトコ悪いけど、僕は何もしてないよ」


「またまたぁ〜。それならなんでそんなにベタベタしてるんですかぁ〜?」


 ご指摘通り、マヒルはレースが終わってからここに来るまでの間、ずぅ〜っと僕に腕を絡めたままピッタリくっつき続けていた。


 水泳部の連中はもう慣れっこだろうけど、僕的にはすれ違う人々やユウヒの視線がアイタタタ〜なので、もう少し離れてもらえばありがたい。


「いや、ホントに何もしてないんだよ…他人に邪魔されちゃって」


 えっ? とゆーことは、あれがマヒルの実力…?と水泳部に震撼が走る。


 てかそもそもドーピングにしたって即効性の薬物なんてある訳ないし、実力がなきゃ生き残れない世界ってことはキミ達のほうがよく知ってるでしょ?


「うーん残念ですねぇ。リョータ先輩の爪や毛髪を菌床として売れば一稼ぎできるかと思ったんですけどぉ…」


 そんなキノコみたく簡単に培養できるかい!


「…じゃあ、ソレは何?」


 とユウヒがストローで、なおも僕にピッタンコなマヒルを指す。

 するとマヒルは蕩けるような笑顔で、


「あたしたちぃ…異常な姉弟からフツーの恋人関係に戻りましたぁ♩」


「え゛っ、何々どゆこと!? カノジョの私が聞いてないんだけど!?」


 慌てふためくユウヒの言葉に、水泳部の半分は「あ〜やっぱり…」と納得し、もう半分は「マジどゆこと!?」と騒然となった。


「恋人とまでは言ってない! でも姉弟仲を解消しようとは僕から提案した」


「ソレってマヒル的にはむしろマイナスってゆーか初期化じゃないの?

 なのにこんなスゴイ記録が残せるだなんて…どんだけアホなのこの子?」


 ごもっともなユウヒの弁に、水泳部の全員が激しく同意。


「えっへへへ〜、それはねぇ…」


 しかしマヒルは何を言われようがどこ吹く風で、ユウヒに何やらゴニョゴニョ耳打ち。

 おおかた、やっと僕が恋愛感情を理解できるようになったとか言ってるんだろう。


 するとユウヒはテーブルに顔を突っ伏して、


「あ〜先越されちゃったかぁ〜…」


 僕以上に特殊な出自の彼女も、恋愛感情がどういうものだか理解できなかった。


 だからこそ、自分が最も尊敬するカイドウ氏に似た価値観を持つ僕に歩み寄って、それを知ろうとしていたらしい。


 けれども両者とも恋愛未経験…どころか予備知識すら皆無だったために、遅々として進展しなかった訳だけど。


 それ故に…ときどきこんな理解不能なことを平然と言ってのけるのが、いかにもユウヒニズム。


「…わかった。じゃあ、許す。」


『ほあ!!』


 水泳部の面々は目が点。


「ちょっマジ!?」「だって、美岬さんがカノジョなんでしょ?」「なんで許せるの?」「どーなってんだコイツら?」


 などとヒソヒソ囁き合っている。

 そこへマヒルが口を尖らせて、


「な〜んか上から目線だけどさぁ。そもそも、妹ちゃん使ってあたしから無理やりリョータぶん盗ってったのはユウヒのほうじゃん?」


「でもその後、戦線協定とか言い出して結局メチャクチャに引っ掻き回したのはマヒルでしょ?」


 そーいえばそんな時期もあったっけなぁ…。


 勿論そんなコトは初耳な水泳部の連中は、疑問符だらけの顔で「わー修羅場ってるねー」と傍観してる。


 一部の女子は「なんなのこの人達?」とヒマワリちゃんを問い詰めるも、


「どーもこーもご覧の通りの特殊な人達なんですぅ。…ちなみにあたしも一部加担してますぅ♩」


 ヒマワリちゃんはそう言いながら僕にピトッと張り付いて、さらに場を混乱させた。


 とまあこんな感じで、祝勝会のはずがなんだか混沌と化してきたけど…

 とりあえずユウヒの許可は得たし、これでマヒルとも晴れて堂々と付き合えるように…


 …なるワケがなかった。





 ついに聖域の主と対峙したルミは、エスプと力を合わせて主の討伐に成功。


 ラスボスなら当然苦戦するかと思いきや、意外なほどあっけなく決着がついた。

 というのも、主には当初から争う気など微塵もなかったからだ。


 それはいかにもモンスター然とした他の霊魔とはまったく異なる完全な人型で、人語によるコミニュケーションすら可能な存在だった。


 というよりも…それはルミがよく知る人物に他ならなかった。


「…お父さん…!?」


 予想外の言葉に愕然とするエスプの目の前で、ルミと主の邂逅はさらに意外な展開を迎える。


 父親を形どった主は、いずれルミがこの地を訪れることを、気が遠くなるほどの太古からひたすら待ち侘びていたという。


 そんな彼が伝えたのは、この世界の根幹をも揺るがしかねない最大級の秘密だった。


 すべてを伝え終えた後、あまりの事態に放心したままのルミを残し、主は自ら霧散して消滅した。




 かくしてうやむやのうちに『罪滅ぼし』を終えたルミとエスプは、無事に聖域からの生還を果たす。


 ウェルやソレイユ達は大喝采でルミを出迎えるが、もちろんそれで大団円とはいかない。


 慌てたのは教皇だ。死刑囚が舞い戻ってきたばかりか、口封じのために追放したエスプまでもが戻ってきてしまったのだから。


 エスプは教皇のこれまでの罪を洗いざらい暴露し、世界中の人々が魔法具の中継を介してその事実を知る。


 とりわけ奴に濡れ衣を着せられ断罪された宗教並びに政治関係者の反発は凄まじく、各地で暴動が多発する。


 だが教皇はこの期に及んで完全に開き直り、「それらは神の思召しとして必要な措置だった」と責任転嫁。


 さらには聖域の主を討伐したルミらをも「守り神である聖なる魔物を殺した極悪人」「それが可能だったのは悪魔に魅入られたからだ」などとこき下ろす。


 斯様かように下劣な輩にもかかわらず、その権力はいまだ絶大であり、ついには聖王朝と諸国連合の世界を二分した大戦にまで発展してしまう。




 人口的には大きな開きがあるものの、聖魔法を有する王朝側の攻撃力は圧倒的で、諸国連合側は劣勢を強いられていた。


 大切な人々が次々に傷付き倒されていく…そんな最中にあってもルミはただ一人、苦悩し続けていた。


 それは自分の父親である聖域の主が告げた、途轍もない秘密のためだった。


 彼は言った…この世のすべてはルミが作り上げた夢物語なのだと。


 彼女は元の世界で、父親が運転する車に同乗中に事故に遭い、一人だけ生き残った。


 しかし傷が癒えても意識が戻らぬまま、もう何ヶ月も病棟のベッドで眠り続けているのだと。


 空想が好きだった彼女は、その内容をノートに書き綴っていた。


 傍らで看病し続ける母親は、意識がないはずのルミが時折り謎の言葉を口走り、それがノートに記されていた物語の中の登場人物の名前であることを突き止めていた。


 そして、ルミがいまだ夢の世界に囚われ続けていることを知った。


 すなわちルミは紛うことなき創造神であり、そんな彼女を悪魔呼ばわりする教皇こそが邪神に他ならなかった。


 一個人の想像力には限界があり、様々な歪みが生じる。そうした世界の歪みから生まれた邪神こそが教皇なのだった。


 ルミの母親は娘がはやく眠りから目覚めるようにと日夜枕元で祈り続けていた。

 そうした彼女の切なる願いが『聖母』という形を成し、その聖母が世界にもたらした聖魔法こそがルミを甦らせる鍵となった。


 つまり…ルミとウェルは出自こそ大きく異なれど、同じ母親を持つ兄妹だった。


 そんな二人が出会うことで聖魔法が発動し、ルミの記憶が甦る…それが元々のギミックだったのだ。


 しかし教皇は世界を手中に収めるべく聖母を殺害し、聖魔法を封印した。

 さらにはこの世のことわりを大きく歪ませ、自らが中心となるよう世界を変貌させた。


 そうして、いずれこの地を訪れるであろうルミの妨害を画策したのだ。

 たとえばこの世界を訪れた当初、ルミの言葉がまったく通じなかったのもそのためだった。


 さらに教皇は、ルミを永遠にこの世に留めるべく聖域へと幽閉したのだが、そこにエスプという予想外の異物が介在したために目的が大きく狂わされたのだ。




 悪の化身である教皇を滅するための手段はただ一つ…ルミが目覚めるしかない。


 しかしそれは、この世界そのものの消滅に他ならない。

 夢は目覚めれば儚く潰える…それが道理というものである。


 かといっていつまでも眠り続けたままでは、彼女の生還を信じて待ち侘びる母親を悲しませ続けるだけ…。


 ルミは未だかつてない大きな決断を迫られていた。


 



 予定よりかなり遅れて美岬邸に帰り着くと、キーたんとアカりんはもう帰った後だった。

 まあ小学生だし仕方ないよね。


 ちなみにマヒルへのご褒美は、また日を改めてってコトになった。ユウヒがいたんじゃお許しが出るはずもないし。


 そしてナミカさんは今宵も急ぎの仕事が舞い込んだため不在だった。

 この時点でもうイヤな予感がギュンギュンだけど。


 やむなく屋敷に二人きりで残されたアサヒちゃんとリヒトは…一緒にお風呂に入ってた。


『って、なんでぢゃーいッ!?』


 絶叫する僕とユウヒに、


「オッオオオレは何も悪くねーぞっ!」


 フリチンのまま風呂場から飛び出してきたリヒトが慌てて弁明を始めた。

 うん、コイツが進んでこんなコトをやらかす訳がない。てことは…


「…アサヒ。お姉ちゃんは悲しい。信じてたのに…!」


 これみよがしに泣き真似を披露するユウヒに、アサヒちゃんはしれっと、


《リヒトくんがお洋服にジュースこぼしちゃったから洗ってたんだよ》


 それなら洗うべきは身体ではなく衣類のほうだろうに。てゆーかそもそも、アサヒちゃんまで脱ぐ必要がどこに?


「…ぅへっ♩」


 よし、確信犯だな逮捕!




 結局ただの興味本位だったらしい。


 ここ最近はリヒトもいるから落ち着いてるように見えたけど、そういやこの子って元々やりたい放題だったよね〜。


 アサヒちゃん すぐ脱ぐ。


「どこぞのすぐ死ぬ漫画みたいに言ってる場合? ホントこの子、なんでこんなにエロいの?」


 そりゃユウヒの妹だからだろ。


 てなわけで場所をリビングに移して、ただいま家族会議という名のお説教の真っ最中。

 アサヒちゃんがユウヒにこってり絞られてベソ掻いてる間、男衆の僕らはヒマなので…


「なぁリヒト。男同士の会話をしようぜ」


「…な、なんだよ?」


「…どーだった?」


 目・と・目・で・通じ合う〜♩

 するとリヒトはやおらニタリと凶悪な笑みを浮かべ、


「…スゴかったぞ」


「ほぉほぉ、どんなふうに?」


「こう…な、湯船のなかでおっぱいがプカプカ浮いてんだよ。雑煮の餅みてーにな」


 例えが斬新すぎるし餅は湯に浮かんとは思うが…なるほど、リヒトん家は丸餅派か。

 それはともかく、


「ハンチョウ、こいつクロです! バッチリ見てやがりましたァ!」


「なっ!? テメェ篏めやがったな!」


 そしてリヒトの自白をそばで聞いてたユウヒは開口一番、


「死刑。」


「どこぞの小っこいお巡りかよっ!? せめて弁護士ぐらい呼ばせやがれ!」


 何才なんだお前?


「よって即刻『解剖』します♩」


『なんでっ!?』


 ユウヒの非情な判決に、リヒトのみならず僕やアサヒちゃんまでもがツッコむ。


「妹のものは姉のもの〜。リヒトのち◯こも姉のもの〜♩」


 わー、ジャイアニズムって些細な表現の違いでこうも横暴さが増すんだねー。


「さぁさ、とっとと脱いで若葉ち◯こを我が目に〜!」


「や、やめれっ! 着ろっつったり脱げっつったり、どっちなんだよ!?」


 ズボンに手を掛けてズリ下げようとするユウヒを必死に拒むリヒト。この程度の理不尽さで根を上げてるようじゃ〜女とは付き合えないぞ。


 …でもユウヒよ、お前さっきしっかりちゃっかりフリチンリヒトを見てなかったっけ?


《リヒトくんの、お兄ちゃんのよりおっきかった♩》


 なんだとぉうっ!? チキショーもぉ付き合ってやんねーぞ尻乳ムスメっ!


 …ハッ!? もしやユウヒ、お前もか?

 お前もワテの祖チ◯よりゴンぶとのほうがええのんかぁーッ!?


 …うぅっ、小学生に負けた…っ。


「ちょと待てぇいっ!? なんでコイツがお前のち◯このコト知ってんだ!?」


 あ、バレちた♩


「この犯罪者ッ、アサヒはまだ小学生だって何度も言ってるでしょ!?」


「今まさに小学生のズボン脱がしてち◯こ拝もうとしてる奴に言われたかねーわっ!!」


 などともはや収拾つかなくなってきたところへ、


『ニュースの時間です。まずはこちらの話題。

 今日行われた国内最大級の水泳競技会で、前人未到の大記録が生まれました…!』


 つけっぱなしだったテレビから、興奮を抑えたアナウンサーの声が流れた。


 即座に反応した僕らが振り向けば…画面いっぱいにマヒルの笑顔が映し出されていた。


《マヒルお姉ちゃんスゴイ!》


「…お前ら、なんでこんなスゲェ奴とばっか知り合いなんだ?」


 アサヒちゃんとリヒトは直前までの騒動を忘れてテレビに釘付けになってるが、あのレースを目の当たりにしたはずの僕らもいまだに信じられない。


 とっくに地元のヒーローだったマヒルも、いよいよ全国区に進出かぁ…と思いきや、


『彼女が叩き出したタイムは現時点で世界記録をも上回っており、協会関係者は真偽のほどを確認すべく…なお先程、国際オリンピック委員会は記者会見を…』


 予想外の大騒ぎになっていた。

 え?…世界記録て…え?


「ちょ…マヒル、一気に世界デビュー!?」


 興奮気味なユウヒの声が、どこか遠い世界の騒音のように聞こえる。


 マヒルがその場の勢いまかせで何かしでかすのは今に始まったことじゃないけど…コレはあまりにもあんまりすぎないか?


 おかげで、僕が長年温め続けてきた『計画』が…一気に丸潰れだよ…。


 愕然とするあまり、僕らにとってはなおさら重要だった次のニュースが霞んでしまった。


『先日の一部報道にて、戦闘区域の最高司令官は強い不快感を表明しており、現地の日本大使館に厳重な抗議を…』





《テレビに出ることになった》


 夜。ベッドに入るなり、マヒルからの唐突なチャットメッセージ。


〈だろうね。おめでとう。〉


 そりゃ世界記録まで樹立しちゃっちゃーね。


《めでたくない! 見たでしょテレビニュース? あたし世界規模で容疑者扱いじゃんっ!

 ちょっと速く泳いだだけで、なんであそこまで言われなきゃなんないの!?》


 ちょっとやそっとで自己ベストが十秒以上も縮むかっての。怪しまれるのも無理ねーわ。


〈有名税だと思って諦めなよ〉


《うう〜っ、他人事だと思ってぇ!》


 だって他人事だし。


《だからついてきて、テレビ局》


 そんなこったろうと思った。相変わらずビビリだなぁ。今どきテレビカメラに緊張する奴もそうそういないだろうに。


〈テレビ局まで女子の連れションに付き合う気はないなぁ〉


《カレシが冷たい(T ^ T)》


〈だってカメラの前に立つのは結局マヒルだけだろ?〉


《うん。地元のニュース番組だから他にアナウンサーさんとかいるけど》


〈なら大丈夫だろ。きっとうまく誘導尋問してくれるよ〉


《やっぱ犯罪者扱いじゃん!》


〈それに、どうせヒマワリちゃんも付き添ってくれるんだろ?〉


《けどヒマワリはご褒美くれないじゃん!》


 餌で釣られて芸をするアシカみたいな奴だ。

 もっとも今回は、餌がちーとばかし豪華すぎたせいでこんな騒ぎになったんだけど。


 逆に言えば、僕に操られたマヒルにはもはや何の不可能もない…ってコワイ結論に達する。


 この上まだ余計な餌を与えてみろ、次はもう泳ぎたくないと抜かして地球上の水を全部飲み干しかねない。


《…もしかしてリョータ、怒ってる?》


 …………。

 チッ、見透かされたか。


〈怒ってはいない。ただ正直、なんかモヤモヤしてる〉


《一般的にはそれを怒ってるっていうんだけど。なんで?》


 さあな、それが判れば苦労はしないよ。

 ただ、なんてゆーか…改めて、マヒルとの住む世界の違いに気付かされたってゆーか…


 苦労してやっとここまで這い上がった僕を、アイツはいつもあっさり追い抜いてくってゆーか…


《…ヤキモチ?》


 なんで無遠慮に一刀両断するかな?

 あーそうだよ、でももっとオブラートに包め!


《あたしは気にしないよ、そんなの?》


 上に立つ奴はいつもそう言うよな!

 でも下にいる僕はいつもメチャ気にしてるんだよ!


〈とにかく、僕はついて行かないから。

 これからもちょくちょく取材を受けることになるだろうから、練習がてら行っといで♩〉


 ご褒美はそのデキ次第で考えといてやるよ。


《うう〜っ鬼ぃ…悪魔ぁ…!》


 字面だけなのに、地獄の底から響いてくるかと錯覚するような呻き声を残して、マヒルのメッセージはようやく途切れた。


 やっとささやかな復讐ができて、僕の心も晴れ晴れしてる。

 …女々しいのは認めるけどね。





 てな訳で翌日の夕方。

 問題のマヒルが出演するテレビニュースの時間だ。


 美岬家では早めの夕飯を戴きながら、皆でテレビに注目していた。


『次はスポーツコーナーです。先日開催された水泳競技会にて非常識…いえ前人未到の大記録を叩き出した地元のヒーロー、網元マヒルさんに生出演して戴きました〜!』


 思わず本音がポロリとこぼれたキャスターの前説に続いて、いきなりマヒルの顔がドアップで映し出された。

 うわっ、緊張してガッチガチだな。


『あ…ぅへへどーもー、網元ですぅ』


「あーもーだらしなくヘラヘラ笑っちゃってぇ…シャキッとしなさいよッ!」


 苛立つユウヒが箸先で画面を突き刺さんばかりに怒鳴りつけるが、ムチャ言わんでくれ。

 アイツは今まで雑誌やテレビのインタビューを受けたことはあっても、単独出演はこれが初めてだからな。


「でも化粧っ気もないのに、大映しになってもお肌が全然荒れてないわねぇ。水泳って美容にいいのかも?」


 今日は一日オフだったナミカさんが、スタイリストならではの着眼点で褒めそやすと、アサヒちゃんも横からヒョイっとスマホを差し出して、


《マヒルお姉ちゃん、美人だけど可愛くて優しくて面白いから好き♩ キーたんとアカりんもまた会いたいって言ってたよ》


 まあ精神年齢は幼いヤツだから小学生ウケは良いだろうけど…美人って評価は初めてだな。

 今までは校内でも、スタイル抜群だけど童顔気味でボーイッシュなところがギャップ萌え♩ってな評判が多かったのに。


「…あの子も恋を知ったから、かもね。

 女の子は愛で変わるのよ」


 え、いきなりナニ言うてはんのユウヒはん?


「具体的には男エキスの吸収でね♩」


 ナミカはん、お食事時にそんな生々しい補足要りまへん。


「…オレはあんとき遠くから見てただけだけど、この女メチャ目立ってたよな」


 件のスマホ破壊事件の時がマヒルとの初対面だったリヒトが、遠い目をする。


 …だな。別に有名アスリートでなくとも、マヒルには不思議と人目を惹きつけるスター性みたいなものがある。


 別に普段からエロい薄着でうろついてるからってだけではなく。

 あ、ちなみに今日はさすがにちゃんと制服で出演しててホッとした。


『んで…正直どーなんですか、やったんですか?』


『…ふぁい?』


 テレビの中では、キャスターのぶしつけな質問に寝起きみたいな顔でとぼけるマヒルにカメラが寄っていく。


『ドーピング。』


『…やってません。あたしゃ生まれてこのかた、風邪薬すら飲んだことねーですよ!』


 面と向かってド直球で言い放つキャスターもたいがいだけど、答えるマヒルもあからさまにイラついた様子。

 昨日から今日までの短時間に、さんざん方々で同じコト訊かれたんだろーなぁ。


『部室はたまにヤニ臭いけど、あたしん家はタバコなんて誰も吸わないし!

 …あ、でもお酒はお父さんの付き合いで昔からちょこちょこ呑んでたかな?

 でも今は仲悪いから呑んでません、いたって健全ですッ!!』


 訊かれてもないコトまでベラベラくっちゃべりおってからに…ホンマもんのアホやでこの子。

 後で揉み消しに奔走するこっちの身にもなれっての!


 …あ、画面外から血相変えたヒマワリちゃんが走り寄ってきてマヒルを羽交締めにしてる。

 やっぱり同行してたようだけど、居たなら居たでもっとはやく止めてほしかった。


 しかし一旦ブチ切れたマヒルはもう誰にも止められず、ヒマワリちゃんを押し退けて、


『昨日のは、カレシが後でご褒美くれるってゆーからちょっと頑張ってみただけなんですよぉッ!』


 ちょっ…!?


 あはぁんっ、四方八方から飛んできた白い視線が僕をズビズバ刺し貫くのぉ♩


『カレシ!?』


 案の定キャスターも食い付いた。


 その後はドーピング疑惑はどこへやら、白熱したスタジオはその質問に終始し、ヒマワリちゃんまで巻き込んでの乱痴気騒ぎの挙句、時間切れでよーわからんまま放送終了した。


 僕らを含むテレビの前の視聴者は、飯を掻き込むことさえ忘れて、ただただボーゼン。


 …やがて、コマーシャルが流れ始める頃になって、よーやくナミカさんが僕の肩にポンッと手を置き、


「…ま、バンガレ♩」


 まったく心がこもってない激励と同時に、家の前がにわかに騒がしくなった。


 車がけたたましく乗り付ける音、ドアが乱雑に開閉する音、大勢の人間がドヤドヤと押し寄せる靴音…そして、


 ピンポーン♩「潮さーん!潮リョータさーん!」「現在はこちらのお宅にお住いだとお伺いしたんですけどー?」「少しお話できますかね〜?」「いらっしゃるのは判ってますから、もう逃げられませんよー!?」


 速っ!? そして怖っ!!


「チッ…またかよ」


 げんなりと舌打ちするリヒトには全面的に同意だ。


 今は亡き元両親も、借金取りに追われたときにはこんな気持ちだったんだろうか。

 やはり血筋は争えないもんだなぁ…半分しか繋がってないけど。


 こうして僕らは誰かさんのせいで、再び眠れない夜を過ごすことになるのだった。

 ホント、不出来な姉でスンマソン。


 …あ、もう姉じゃなくてカノジョだっけ?




【第二十二話 END】

 最近、震災だの大雪だのと立て続けにあったせいで、雪国育ちのあたしゃ〜もぉヘトヘトですよ(涙)。


 てな訳でなんとかかんとか書き上げた今回は、なんか小ネタの寄せ集め的な感じになりましたが、割と重要なエピソードが多かったりします。

 そろそろお話も締めに入らにゃならん時期なんですが…あいも変わらずおバカな連中です(笑)。


 次回はもっとバカバカしくなる予定ですけど、個人的にはやっぱ重苦しい話よりはこーいう抜けきったお話のほうが性に合ってますね。

 しばらく出番がなかった眼鏡っ子留学生も久々に登場します。てか危うく存在を忘れるところでした(笑)。

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