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はのん  作者: のりまき
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理解ノススメ

「…なんだこりゃ?」


 アサヒちゃんの自作小説を読んで、リヒトはしきりと首を捻る。


「このヴァンスっての…まんまオレじゃん」


 だよな。ここまで露骨に似せてると、気づかないほうがおかしいだろう。


「誰だよ、こんなふざけたモン書いてる奴?」


 作品中であさらさまにやり玉にあげられて、機嫌を損ねた様子のリヒトに、僕は真実を告げる。


「アサヒちゃんだよ」


「えっ…マジか!?」


 さっきまであざけってたクセに、急に手のひら返して熱心に読みふける現金なヤツ。


「スゲェなアイツ…こんな小難しいモンが書けるのか…!?」


 リアル小四の分際で、そんな小難しい文章をすんなり読みこなせるお前もたいがいスゴイと思うけど。

 活字は苦手って言ってたけど、読めない訳でもなかったんだな。


 もっとスゴイのはもちろん、弱冠十三才にしてこれほどの作品を生み出せるアサヒちゃんに決まってるけど。


「あうーっ!!」


 そのとき突然、リヒトが読んでる文面の正体に気づいたアサヒちゃんが、慌てて彼の手からスマホを横取りした。


《ナイショって言ったのに、お兄ちゃんどうしてバラしちゃうの!?》


 いや〜それは成り行きってゆーかね。

 僕があまりにも夢中で読み進めてたせいか、隣りでゲームしてたリヒトが興味を示しちゃって。

 内容的に彼も無関係とはいえないものだから、つい…。


「いいじゃんかよケチ、もっと見せろよ!」


《他はいいけどコレだけはダメなのぉ!》


「見せろったら見せろっ!」


《ダメよダメダメぇ!》


 もう誰も憶えてなんかいないネタをぶち込みつつ、リビングソファーをギシギシ軋ませる二人の小学生。


「えぇいっ…見せろォーッ!!」


 ぷにょんっ♪


「ひゃふぅっ!?」


 えっ何いまの擬音?


「ハァハァ…」


《はぁはぁはぁはぁ…》


 …なんか卑猥っぽくなってきたな?


「そう思うなら早よ止めんかァーイッ!!」


 隣のキッチンにいたユウヒが鉄拳携たずさえすっ飛んできたボゴゥアッ!?


「ったく…とりあえずリヒト、アサヒのおっぱいから離れなさい。」


 僕の顔面に深々とめり込んだパンチを引っこ抜きつつ、ユウヒはアサヒちゃんに覆い被さっていたリヒトを注意する。


「ぅえっ!? あ、ご、ごめっ…!?」


 スマホの奪取に夢中だったリヒトは、いつしかアサヒちゃんの胸の谷間に顔をうずめていたことに気づいていなかった。


「あふぅ…」《リヒトくんのエッチ♪》


 一方のアサヒちゃんはずいぶん余裕だな。年上の余裕かな?


 …ふと、マヒルのことを思い出す。

 この間セイ小のプールで久々に顔を合わせてから、またしばらく会ってないけど、元気に合宿生活を送ってるだろうか?


 アイツの場合は年上といっても僕より数ヶ月早いだけだけど…それでも姉という肩書きがあるだけで、弟分よりずいぶんアドバンテージがあるのかもしれないな。





 さて。ここいらで、なしてリヒトが美岬家にいるのか説明せねばなるまい。

 他にも色々触れておくべき事柄があるから、順を追って話そう。


 セイ小での波瀾万丈の『魔女裁判』の閉廷後、僕ら美岬家側は、リヒトら鈴盛土すずもんど…いやもう或角あるかど家か…の面々から改めて謝罪を受けた。


 なるべく落ち着ける場所で…とは思ったものの、裁判の模様をあれだけ大々的にネット配信してしまった後じゃ何処行っても騒がれそうだったので、結局は美岬邸にお越し戴いてからのことだった。


 現に、今日はそれからもう数日過ぎているというのに、いまだに正門前には何組かのマスコミが貼り付いてる。

 会見はまた日を改めて行いますから、取材はちょっと…と丁重にお断りしてあるにもかかわらずだ。


 というのも、巷では早くも僕らのことが『悪徳大物政治家に正義の鉄槌を下したスーパー学生たち』と持て囃されているようで…

 遥か昔に学生だった人も約一名混ざってるけど。

 

 中でもとりわけ美岬家の皆や僕のことが「あの美男美女集団は誰だ!?」と話題になっているらしいんだ。


 学校ではもう騒がれ慣れてるからすっかり失念してたけど、改めて僕らって世間の常識からはかけ離れた存在なんだなぁ…と認識を新たにする。


 それもあってか、後日シノブが編集して再公開した魔女裁判の記録動画も凄まじい再生数をいまだに更新し続けており、「広告収入ガッポガッポ♪」と彼女もホクホクだった。

 まあ彼女こそは今回の立役者だから、それくらいの利権は許してやろう。


 話題が大幅に逸れたけど、美岬・或角両家の交渉の結果、以下のことが決まった。


① リョータ・リヒト両名の双方への暴行は今回に限り不問とし、治療費負担もないものとする。


② リヒトが破壊したアサヒ・リョータ両名のスマホ及びケースは或角家が弁償する。


③ 鈴盛土ジモン議員の逮捕による一連の騒動が終息するまでの間、リヒトの身柄は美岬家で保護する。


 まあ当然といえば当然だろうか。




 このうち①に関しては僕からの提案だ。

 怪我の程度は圧倒的に僕のほうが酷い…てかリヒトのはほぼインチキだったけど、小学生に手を上げてしまったことは猛省すべきだと思うからね。


 最初のうちこそ憎みもしたけど、リヒトのそれまでの事情を知ってしまった今となっては申し訳なさでいっぱいだから、せめてもの罪滅ぼしだ。




 そして②については、或角家より最新型モデル購入にて許して欲しいとの提案があったけど、それこそ御容赦願った。


 年々高騰する一方の最新型価格をニ台分も支払えばかなりの負担となって恐れ多すぎるから、以前と同型のモデルが中古で買える金額でいいですよと。


 あちらさんも今後は生活がガラリと一変することになるから、何かと入り用だと思うし。


 加えてアサヒちゃんが同型モデルにこだわったのも理由にある。

 モデルが違えば対応するスマホケースも違ってきて、僕に買って貰ったのと同じケースが使えなくなってしまうかららしい。


 このケースこそが実は本体以上に厄介だった。以前のを買った店舗のオーナーである副会長さんに事情を話して店頭在庫を調べてもらったところ…


 僕のダークブラウン色のは売れ筋のカラーらしくてすぐに確保できたけど、アサヒちゃんが選んだペパーミントグリーンのはアレが最後で在庫ゼロだった。レアなのか不人気なのか知らないけど、これは困った。


 さらに困ったことに、同製品は副会長さんの国のオリジナルブランド品で、他業者店では取り扱ってなかった。

 なので頼み込んで支店や系列店を調べ尽くしてもらったところ、やっと国内遠方の他店舗で一個だけ見つかった次第だ。


 そしてアサヒちゃんは今度こそ壊さないように丁寧に扱っている。…いや壊されたんだけどねリヒトに。

 僕だけじゃなくリヒトに買ってもらったというニュアンスも加わって、より大事なモノになったんだそうな。…いやリヒトはビタ一文もカネ払ってないけどな。


 ちなみに壊れた以前のケースも、彼女の自室にそのまま大切に飾ってあるのを見た。

 きっと僕に買ってもらったという以上に、彼女自身が初めて自分の意志で選んだモノだから…という想い出深さがあるのだろう。




 最後の③はナミカさんの提案だ。

 当初はまたトンデモネーコト言い出しやがったな〜この人と思ったものだけど…その結果が冒頭の光景だ。


 手っ取り早く仲直りしたいなら、実際くっつけてみりゃいーじゃん?的な、実に彼女らしい乱暴で豪快な解決策だけど、今回はそれが功を奏したようだ。


 でも僕はともかく、アサヒちゃんはさすがに困惑するんじゃね?と危惧していたら…意外なことに、むしろ熱烈大歓迎だった。

 彼女的には一度仲直りできればもう大親友だから、という少年マンガ方式らしい。ナミカさんと馬が合うわけだよ。


 あと彼女、どうやら年下には甘々らしい。

 いつぞやの海水浴でシノブと初めて出会ったときにも、あの見てくれから年下だと思い込んでデレデレだったし、キーたんやアカりんにも友達というよりは姉の立場で接してるしね。


 ユウヒが日々、自分にあれこれ世話を焼いてくれるのに憧れていたのもあるんだろうか。

 あのリヒトですら彼女の前では、もうすっかり借りてきた猫だ。


 いや、あるいはこれこそが素顔のリヒトなのかもしれない。

 ユウヒはあまりの生意気ぶりにクソガキ扱いしてるけど、よくよく見れば年相応な気取らない印象で、この僕も弟ができたみたいで楽しいしね。




 そのリヒトに関してだけど、新たに父親となるレオン氏がそりゃもう大ハリキリで。


 かつてジモンの陰謀で無理やり引き離された愛妻マリアや、念願の親子となったリヒトと、今度こそ幸せな家庭を築こうと躍起になっていた。


 破門となった歌舞伎の一門からも、あの騒動の直後に打診があったそうで。

 彼が一貫して無罪を主張していた過去の事件が濡れ衣だったことが判明したため、近いうちに破門を取り消すとの詫び状が届く予定なんだとか。


 マリアも、遅ればせながら晴れてレオン氏との恋愛が成就できるとあって、ずっと嬉し泣きしていた。


 ジモンとはリヒトの将来のためだけに結婚したに過ぎず、実のところ彼への愛情など微塵も持てず、夫婦生活も当初から破綻していたことを打ち明けてくれた。このネタだけでバカ売れ間違い無しの暴露本が書けそうだよ。


 だけど女性ってのは恐ろしく現金な生き物だな。

 アラサーでもいまだうら若いままなナミカさんの美貌に目をつけた彼女は、さっそくその秘訣やノウハウをご教授願いたいと熱心だった。

 たぶん『個人差』の一言だと思うけどな。


 今まではジモンがあまり良い顔をしなかったから伏せていたけど、実は女優への未練もいまだに捨てきれず、機会があれば是非復帰したいとも言っていた。

 そう遠くないうちに夫婦共演を目にすることもあり得るだろうか。


 けれども…せっかくのところ悪いけど、僕はそんな二人に一つだけ釘を刺させて戴いた。それもブッ太い五寸釘を。


 そんなに気張らず、なるだけゆっくり進んでいってくださいと。

 他ならぬリヒトのために。


「あんなどーしょーもない奴でも、リヒトにとっては本当の父親だったんですから。

 …ついさっきまで」





《先日逮捕された鈴盛土元議員ですが、警察の取調べには今なお黙秘を続けており…

 国会は氏の議員資格剥奪に向けて…》


 つけっぱなしだったテレビから聞こえてくる、ニュースキャスターの淡々とした声に、リヒトは黙って聞き耳を立てていた。


 画面にはジモンの逮捕時の模様が映し出されているが、頑として目を向けようとはしない。


「…チャンネル変えるか?」


「いいよ…平気だから」


 あまり平気じゃなさそうだから気を遣ってやったんだけどな。

 子供は親を選べないというけど、いくらなんでもこりゃあんまりだ。


 ジモンのアホについては現状お聞きの通りだけど、すでにセイ小の理事職ならびに身障者団体名誉会長からの退任…ってか事実上の罷免が決定している。理由は言わずもがな。


 以前から疑惑のデパートだの総合商社だのと噂されていたが、シノブが警察に提出した調査資料の信憑性がすこぶる高かったらしく、捜査は大幅に進展したらしい。


 さすがに殺人を自ら実行したりといったチョロいことはしてないらしいが、それに相当する余罪も多く、おそらく二度と娑婆しゃばのお天道様は仰げまい。


 マリアは今すぐにでも奴との離婚届を役所に提出したいそうだが、アレが素直に応じるとは到底思えない。

 レオン氏もリヒトと実の父子関係であることを証明するためのDNA鑑定をすでに申請してるというから、その結果次第…てことか。


 それまでリヒトは、レオン氏との実の子であるにもかかわらず、世間的には内縁の子、あるいは養子として扱われる訳か…納得いかないなぁ。


「それでもまぁ…ろくに顔も見せなかった僕の親よりはマシか」


 ポツリと洩らした僕の呟きに、リヒトがハッとした顔を向ける。


 これが何かの慰めになればいいけど…

 お互い、親には恵まれないな。


「…そうでもねーさ。お前には悪いけど、一緒にしてくれんなよ」


 憎まれ口を叩きつつも、彼の声にはもう僕への敵愾心てきがいしんはない。


「あんなんでも、オレにはけっこー優しかったし…今の親父はそれ以上だからな」


 ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。なんでも競おうとするあたりがいかにもガキんちょだ。


 でも、僕もたしかにそう感じた。

 ジモンがリヒトに向ける父親としての愛情は、本物だったんだって。


 善悪の区分は別にして、命がけで我が子を守り抜こうとしてたんだって…。

 その点だけは褒めてやっても良いかもしれない。


 あ…でも僕にも二人目の父親めいた存在はいたな。マヒルの父さんだけど。

 僕を引き取ってから、僕が家を出て自立するまでの数年間、実の子と分け隔てなく育ててくれたっけ。


 それをこんなガキの言葉で思い出すなんて、感謝の念が足りないのかもな。

 年端もいかないヤツに諭されたみたいで、なんか悔しい。


「チッ…やっぱコイツ苦手だわ」


「ヘッ…お互い様だろそりゃ」


 などと不敵に笑い合う僕らの様子を傍らで見ていたユウヒがハァ…と溜息ついて、


「アンタ達ってそーやってると本当にそっくりだわ」


 縁起でもないことを言い出しやがる。どこが似てるってんだ、何から何まで違うだろーが?


「…ところで、アサヒはさっきから何やってんの?」


『え?…ぅをっ!?』


 揃ってそちらに目をやれば…アサヒちゃんが僕らの腕を一本ずつ掴んで、自身の胸に押し当てていた!


「ア、アサヒちゃん…ホンマ何してはりますのん?」


「お、おぱっ…おっぱっ、おっぱっ…!?」


 約一名、酸欠気味の輩がいるようだが…なんとも初々しい反応だなぁ。思えば第一話時点の僕もそうだったっけ…。


《男の人が元気ないときは、乳の一つも揉ませとけばビンビンになるってお母さん言ってた》


 ナ〜ミ〜カ〜さん〜ッ!?

 テケトーすぎる子育てもたいがいにしろやアラフォーヤンキー!


《リヒトくん、ビンビンになった?》


「な、ならねーよっ! オレまだ小四だぞっ、そこのデレデレ野郎みたいに見境いなくおっ勃つかッ!」


 小四にしてそれだけ曲解できる上にちゃんと意味が通じてるお前もじゅーぶん末恐ろしいよ!


「なあ…コイツ、いつもこんななのか?」


 いまさら「ボクが思ってたのと違う」みたいな顔されてもなぁ。

 だいたい最初にアサヒちゃんを意識したのも、このスライムおっぱいの洗礼を受けたからだろ?


「アサヒちゃんの基本攻撃はゼロ距離からの密着スキンシップだ。慣れろ」


 先輩風を吹かせて得意満面な僕に、


「…お前も今までコイツとこんなコトしてたのか?」


「それは私も興味あるわね?」


 リヒトとユウヒの初めてにしては見事な連携攻撃炸裂! くぉっ、藪蛇だったか?


《大丈夫。お兄ちゃんもすぐビンビンになるから照れなくてもいいよ》


 ちょっ!? なぜ今、このタイミングで!?


「…アサヒ。正直に言いなさい? アンタ、リョータとはそこんとこどーなの?」


 顔面神経痛のようにヒクヒク引き攣らせたユウヒの、芸能リポーターのような質問に、アサヒちゃんもハッとして、


「あうーっ!」


 ゴメンなさいっ!と合掌し、


《お兄ちゃんとアサヒは、男と女のカンケイですっ!!》


 チーーーーン。

 どこからともなくお燐の音色が聞こえてきた。


 ぐわしっ。ユウヒとリヒトは同時に僕の肩を鷲掴んで、


『アンチャン、ちぃーとツラ貸せや…を!?』


 うわーい、キミらもなんかそっくりだね♪





「アタタ…エライ目に遭った…」


 ユウヒとリヒトのタッグ攻撃をモロに食らってダウンした僕は自室で休んでいた。


 アサヒちゃんのバカ正直ぶりにも困ったものだけど…さすがの彼女も身内以外にあんな暴露をすることは、まずない。


 ということは、彼女的にリヒトはもうすっかり家族で、手間のかかる弟みたいな存在なんだろう。


 でもそこは彼女も言うように男と女。

 うちのマヒルがそうだったように、そのうちズルズルとそっち関係にならないとも限らない。


 けれども、それを止める権限は僕にはない。

 ナミカさんも言っていたように、誰が誰と付き合おうが本人以外にはどうすることも出来ないんだ。


 なぜなら、僕から見たリヒトがそうだったように、一見どれだけ醜悪な存在に思えても、腹を割って話してみれば印象が大きく変わることもままあるからだ。


 そして今の僕的には…アサヒちゃんとリヒトは、案外お似合いなんじゃないかと思う。


 少なくとも、僕のように彼女の気持ちを持て余し気味で優柔不断なヤツよりも、リヒトのようにまっすぐに向き合ってくれるヤツのほうが良いだろう。


 言い方はアレだけど、普通には付き合えない彼女の不自由さを知ってなお、真剣に向き合ってくれる者のほうが…。


 アサヒちゃんの関心も、次第に僕からリヒトのほうへと移りつつあるのを感じてる。

 だいたい僕の恋人はユウヒで、アサヒちゃんはそんな姉を真似てみたかっただけなんだ。


 僕も彼女も、本気ってわけじゃなかったんだ…。


 …って頭じゃ解ってるんだけど、そう思おうとすればするほど悶々として仕方がない。

 何なんだろ、この気持ちは…?



 ピポーン♪



 をっ!? 堂々巡りに突入しかけたところで見計らったようにスマホが鳴った。


 …カイドウ氏からのメッセージだった。僕宛てに直接なんて、珍しいな。


 なんだかずいぶん懐かしい気がするけど、時系列的には彼が日本を経ってから、まだ二週間も経ってない。え〜っと…


《明日のニュース番組から現地レポートやるよ。見てね♪》


 番宣かよっ!!

 …と憤ったら、まだ続きがあった。


《直接話そう。詐欺じゃねーから切るなよ》


 ピルルルルル♪


 まだ全部読み終えないうちに、さっそく電話が掛かってきた。せっかちだなぁ。しかも国際通話だし。


『ぃよぅ元気か!? ネットの配信見たぞ!』


 相変わらず陽気だなぁ。けど久々に声が聞けて安心したよ。


「あ〜見ちゃいましたか。すいませんご迷惑お掛けしてます」


 日本から遠く離れた土地でもリアルタイムで映像が見れたり声が聞けたりするなんて、よくよく思えば不思議な気分だ。


『いやぁなかなか面白かったぞ、ヤルじゃん!

 鈴盛土の野郎は俺も長年追っかけてたけど、これでいよいよ終わりだな。ケケざまぁ!』


「いやソレ、ひょっとしたら僕らが手柄横取りしちゃったんじゃ…?」


『ハハッ構わん構わん! ドドォーン…ズズゥーン…』


 …なんか背後で爆音が轟いてるけど。


『あーコレか? こっちはもう夕暮れ時だってのにお盛んだよなぁ。まあ爆心地からは結構離れてるし、大丈夫じゃね?』


 さすがは猛者だなぁ。でも本当に戦地にいるんだな…。

 僕は遠く離れた日本にいるのに、もう気が気じゃない。


『てなワケで、やっぱ通話は雑音が多いから、後はチャットにするぞ。電話はカネかかるしな』


 言われてハッと気づいたけど、国際通話って着信側にも料金発生するじゃんゴルァ!




 とゆーわけで以降はチャットアプリにて、互いの近況等を報告し合った。


 戦闘地域の真っ只中にいるカイドウ氏がわざわざ僕に連絡してきた理由はやはり、僕らが成敗したジモンについてだった。


 そもそも氏がジモンを調べ始めたのは、自分の父親である元市長・海原うなばらリクドウの汚職疑惑に納得がいかなかったからだそうだ。


 良くも悪くも実直すぎた父が、果たして下らない金儲けなんぞにうつつを抜かすだろうか?と。

 そこで調査を始めた途端、いたる所にジモンの影が見え隠れしていたそうな。


 実はリクドウとジモンは幼馴染で出身校も同じく、政治家になった時期もまったく同じなんだとか。


 代々政治家の家系であるジモンは、当時現役の国会議員だった父親の秘書を務めてから、将来への地盤固めとしてまずは地元市議会選挙へ立候補。


 そこへ元々は民間企業の社員だったリクドウが、庶民の苦しい生活を守るためには政治に訴えねば!と、やはり市議に立候補。

 所属政党を当時の与党にしたのも、いずれ内部からの改革を迫るためだったらしく、この時点でジモンとまたもや同期となる。


 選挙の結果、なんとリクドウは新人にしてトップ当選。若さ故の誠実さと実行力を前面に打ち出して、経歴も何もないところから完全に自力でもぎ取った勝利だった。


 一方、ジモンは党の推薦を得た上、親のネームバリューなど圧倒的有利な出馬だったにもかかわらず次点に甘んじてしまった。

 このことが後々まで続く二人の不毛な争いの因縁となった。


 リクドウはとにかく市民ファースト。市民のためなら党の決定に逆らうことも厭わず、どんなに些細な陳情でも解決するため精力的に動き回った。


 一方のジモンは典型的な保守派で、市民よりも党優先。いずれ国政に打って出るために有力者に擦り寄ってばかりで、実現困難な陳情は一切無視。いったい誰のための政治なのか?


 ところが世の中どーゆーわけだか、企業だろうと社会だろうと、のし上がるのは後者のタイプ。

 前者のような熱血漢は得てして市民人気は高いが、所属政党からは総スカンを食らいがち。


 そんな折、ジモンの父が心臓疾患で突然死。直前に浮上した不正疑惑で追及を受けていた最中のことだった。しょせん悪事は長続きしないもんだな。

 国会議員だったので補欠選挙の対象となったが…問題は「代わりに誰が出馬するか?」だ。


 すぐさま白羽の矢が立ったのは息子のジモン。血縁者なら支持者やら後援団体やらもそのまま引き継げるから話が早い。


 しかし、前任者に疑惑があったとすれば話は違ってくる。血縁者ではダーティーなイメージを引きずってしまうから、有権者の支持が得られず、結果的に野党候補に票が流れがちだからだ。

 そうして議席を失ってしまうのは所属政党的にはかなりの痛手だ。


 そこで次に候補に上がったのが、絶大な市民人気を誇るリクドウ。難色を示す党幹部も多かったというが、議席を死守するための苦渋の選択だった。


 だがそこはクソ真面目なリクドウ、「自分はまだ市民の皆様に充分な恩返しができていない」「ここはやはり御子息のジモンが出て、疑惑は功績で晴らすべき」と出馬を固辞。


 そこをなんとかと迫る党員達を、タイムリーに巡ってきた市長選に無所属鞍替えで出馬して、あっさり振り切ってしまった。


 一旦は与党にくみしてみたリクドウだったが、組織ばかりを優先する同党の閉塞性には限界を感じ、これでは改革不能と足抜けを画策していたから、丁度いいタイミングだった。

 

 それでもジモンの出馬の際には党派を越えての応援にまわり、おかげでジモンは厳しい戦いながらもかろうじて当選を果たした。


 …自力ではなく、多分にリクドウの助力を得て。

 プライドばかりが高いジモンにとって、また因縁が増えてしまった訳だ。


 それからのジモンの悪どいやり方は目に見えて露骨さを増す。

 自分に反対する者は決して許さず、あらゆる手段を講じて完膚なきまでに叩き潰した。


 もはや民意など何処にもない。そんなものは煩わしいだけで糞の役にも立たない。


 彼にとっては力こそが正義であり、勝利こそが全て。

 たとえどのような勝ち方だろうと、無意味な敗北を喫するくらいなら手段は選ばなかった。


 一方、晴れて市長に当選したリクドウだが、ジモンの息がかかった圧倒的多数派の与党市会議員を前に苦戦を強いられていた。

 ワンマンと評されることも多かった彼の政策の実態は、こうした数多の敵を相手に孤軍奮闘していたからに他ならない。


 現在、僕らが通う問題の公立高校もそうした遺物の一つだ。

 実は当初は以前の校舎の跡地に建設予定だったが、ジモンに味方する地権者達の妨害で実現不能となった。


 ならばと所有者不在だった現在の丘の一帯を開墾し、安く浮いた土地代を建設費に回して、以前を上回る規模の校舎を完成させた。

 地方の公立校の割に設備が充実しているのはその恩恵だ。


 そして懸念された通学手段としては、なんと地鉄の路線を丘の上にまで延伸し、校舎のすぐそばに駅舎を建てる予定だったのだという。

 駅があれば周辺が活性化し、様々な店舗ができて生徒の利便性も向上する…そんな壮大な計画だったんだ。


 ところが、ここにジモンがまたしても横槍を入れる。

 「たかが地方の一高校のためにそこまでのお膳立ては公共予算の無駄使いだ」とイチャモンをつけた挙句、関係当局に働きかけて鉄道敷設計画を強引に白紙撤回させてしまった。


 なので僕ら在校生はいまだに不便な通学を強いられ、さらには校舎周辺が公有地のままなためいまだ発展の見込みがないわけか。

 リクドウの市長としての手腕には、その頃より疑問の声が上がり始めたんだとか。


 然して、その実態は…

 ぅおのれぇいジモンめぇ〜!

 僕には直接関係ないかと思いきや、がっつり被害を被らされとったんかい!!


 リクドウはそれにもめげず、その後も市長として精力的に働き続けた。

 そしてジモンが絡んだ公共投資やハコモノ誘致の話には、市民へのリスクが大きすぎるとして断固拒み続けた。


 しびれを切らしたジモンは、あの手この手でありもしないリクドウの不正疑惑をでっちあげて市民の不信感を煽り、ついには市長職からリクドウを追放してしまった…。





 う〜ん、不正や剛腕とは何ら無縁な僕ですら、なんだか不思議と身につまされる話だなぁ。


《…以上がジモンの野郎について俺が調べあげた一切合財だ。証拠不十分な点も多々あるから発表には至らなかったけどな》


〈ええ、ボロ出しは多いけど、肝心なところは周囲に責任をなすりつけてなかなか尻尾を出さない感じでしたね〉


《けどさすがのジモンも今回ばっかは、あのシノブって子の提出資料でグウの音も出ないらしいな。ざまぁ♪》


〈僕もアイツだけは敵に回さないよう気をつけてます〉


《つくづくスゲェなお前、あんな最終兵器まで囲ってたなんてな。俺も欲しいわ、あのファンネル》


〈カネさえ積めば大喜びで飛び回りますよ。機動性はうちの生徒会随一です〉


《チビっこくてカワイイし、すんげぇ懐いてんなお前さんに♪》


 …なんかこのまま行くとそれこそボロが出そうだったので、なんとか煙に巻いた。


 とどのつまりカイドウ氏は、自分では吊し上げられなかった強敵アンコウおやぢを見事に吊るし斬りにして鍋にした僕に、どうしても感謝したかったらしい。


 でもそれって、貴方の手柄を横取りしたことにならない?と恐縮する僕に、


《他はどうか知らんが、俺は誰の手柄だろうが関係ねぇと思ってる。俺たちの仕事は真実を追及することだからな。

 カネばっか気にするようになっちまったら、追っかけてる連中と大差なくなっちまうぜ》


 まったく…なんて爽やかな人なんだろう。元市長のリクドウ氏とは紛れもなく父子だよ。


 思えばシノブも今回ばかりはカネ目当てじゃなく、親友のアサヒちゃんのために危険を顧みず動いてくれた。最終的に配信で大儲けはしたけど。


 僕が目指してるのは彼らに追われる側の存在だろうけど、せめてこころざしだけは彼らと同じでありたいものだ。


《まあ、お前さんならそうなれるだろうぜ。そいつは俺が保証する》


〈またまた。何の根拠もなくおだてられても〉


《それがそうでもねえんだ》


 ……ん?


《今はまだ調べてる最中だから何とも言えんが、場合によっちゃあお前に謝らなきゃならないかもしれねぇ》


 …なんだろ? 彼にしてはずいぶん歯切れが悪いけど…僕に謝る? なんで???


《今日はお前の声が聞けて良かった。気がつきゃあもう真夜中だぜ。こっちは電気もろくに通ってねぇから真っ暗だよ》


 言われて気づけば、こっちはもう夜明け前だ。ずいぶん話し込んでたんだな。


《じゃあな。ニュース見ろよ♪》


 最後にそれだけ伝えて、カイドウ氏からのメッセージは途絶えた。


 殺しても死ななそうな人だから、あまり心配はしてないけど…いつになくセンチメンタルな様子だったな。何だったんだ、いったい?


 おかげでなおさら悶々としたまま朝を迎えることになった僕だった。





 ソレイユは、自分の働きかけが原因で特区の公国への併合などという予想外の騒ぎに発展してしまったことを反省し、せめてもの罪滅ぼしとしてヴァンスを自分が引き取ることにした。


 この世界では未成年や未婚女性でも養子を迎えることはできるが、公族の場合は将来的に何かと不都合が多いため、形式上は国王の子とし、ソレイユの弟となる。


 つまりは王位継承権が発生するため、罪人の子としてそれはどうなのか?という疑問の声も上がったが、第一継承権を有するソレイユがそれでも良いからと熱望したことと、国王の「子供に罪は無い」という鶴の一声で承認された。


 実のところソレイユには別の目的もあった。

 これで自分以外にも王位継承者が現れたため、希望すれば継承権の放棄も可能となったのだ。


 そうすれば公族から外れることも出来るため、平民に嫁いでも何ら問題なくなる。然らばどうするかは…まあ言うまでもあるまい。


 お目当てのウェルもヴァンスを気にしてちょくちょく様子を見に来るため、ソレイユ的には願ったり叶ったりだ。


 そのヴァンスも一時はかなり落ち込んでいたものの、同居するルミの励ましもあって以前の調子を取り戻してきた。


 ずいぶん賑やかになったルミズファミリーだが…そう易々とハッピーエンドには至らないのが世の常、物語の常である。


 今まで特区を力尽くで牛耳っていた領主がいなくなると、区民のそれまでの不満が爆発し、各地で諍いが絶えなくなった。


 とりわけ、それまで領主下で暴利を貪っていた貴族や商人たちの収益が大幅に減少したため、このままでは公国に反旗を翻し、紛争も勃発しかねない気配だ。


 結局のところ、争いを武力で終息させることは不可能なのである。

 現実世界でも、革命やクーデター後に平和が訪れた国など皆無ではないか。


 そこでルミが名乗りを上げる。ヴァンスの故郷をこのまま放ってはおけない、私がなんとかしてみましょうと。


 危険すぎると反対するウェルやソレイユを押し切り、ルミは単身、特区へと向かうのだった…。


 



 早朝。僕は徹夜明けの眠い目を擦りつつ、一人で高校へと向かっていた。


 例によってアシスト自転車を使えば、美岬邸から一時間ちょいでたどり着く。

 公共機関はカネが掛かるし、心臓破りのあの坂道は結局自力で登るしかないから、こっちの方が手っ取り早い。


 ユウヒには生徒会に仕事ができたと言い訳して出てきた。もちろん嘘だ。


 本当の目的は、現在高校内で強化合宿中のマヒルに会いに行くため。

 最近のリヒトやアサヒちゃんと触れ合ううちに、どうしても確認したいことが出来たからだ。


 …そろそろ丘の上に校舎が見えてくる辺りまで来たところで、マヒルからのメッセージが届いた。

 僕のアパートに来てるそうだ。どうやら彼女も朝早く合宿を抜け出してきたらしい。


 アシスト付きとはいえ、わざわざキツイ思いをしてまで丘を征服しなくても良くなったので、嬉々として行き先を変更。


 …ずいぶん久しぶりに訪れた気がする自分のアパートに到着し、部屋のドアを開ける。鍵はすでに開いていた。


「リョー…もごっ!?」


 途端に室内から飛び出してきたマヒルの声がメチャ大きかったので、こんな事もあろうかと用意しておいたガムテープで口を塞ぐ。

 過去に何度も手を食いちぎられそうになって学んだ知恵だ。いささか犯罪臭が漂わなくもないが致し方ない。


 それでも彼女は罠にかかった獲物を捕食する蜘蛛のように無言のまま両手をワサワサ蠢かす。怖い。

 おまけにスッポンポンだったので、室内に押し戻してドアを閉めた。


 そして結局、食われた。いろんな意味で。

 コレなんのゾンビ映画?


 鍛え抜かれた身体を誇る捕食者プレデターに、頭脳労働がメインの生けサクリファイスが叶うわけもなし。

 だがせめてもの反撃として彼女の肉体を存分にむさぼった。


 久々だったせいか僕の肉体の反応も顕著で、彼女への侵入はスムーズにいった。そしてすぐに果てた。


 さすがに中ではダメだろうと思って直前で引っこ抜いたら、なんで抜いたのかとメチャ怒られた。さてはそれが望みだったのか…やっぱ

怖ぇーよコイツ。


 その後に二人でシャワーを浴びて、悪汁を洗い流した。ああ、まさしく悪魔の汁だ。

 何が生命の神秘だ、単なる種付けじゃないか。植物じゃあるまいし。


 こんなもんで無尽蔵に増殖できるとか、人間なんて所詮はただの雑草だ。

 地球上いたる処に菌糸を撒き散らして蔓延はびこる苔やカビやキノコだ。黒くて硬くてぶっ太いし!


 こんな悪汁を撒き散らす不潔で不完全な生き物なんぞ、とっとと絶滅すべきだ!


「ってなにワケわかんない怒り方してんの?

 気持ち良かったらそれでいーじゃん?

 どーせ愛なんて無いんでしょケッ!」


「そっちこそワケわからん逆ギレすなやゴルアァーッ!!」


 ずぬンッ!! ぐっちゅげっちゃぎょっちょ!


「んあ゛あ゛あ゛んぎも゛ぢい゛い゛ーっ♪」


 レッツ退廃⭐︎




 結局また洗い流す手間が増えて、やっと風呂から上がった僕らはマッパで畳の上に寝っ転がる。ひんやりした感触が心地よいけど、所々ささくれたい草が素肌にチクチクする。


「…んで、今日はなんで呼び出したワケ?

 急にシたくなったからとかじゃないでしょ、あんなよりどりみどりな環境で…チッ」


 今日はなんかいつになく刺々しいなコイツ?

 あ、さては…


「見てたよ、ナマ配信。水泳部のみんなで。

 ずいぶん面白いコトしてたじゃん…あたしを放っぽって」


 やっぱりな。ところ構わず理不尽にふてくされる奴だな。


「あんなコトになってたから、そっちにかまけてる余裕が無かったんだよ」


「むぅ…あんまり放ったらかしすぎると、寂しくって…コレ、ちょん切って御守りにしちゃうゾ♪」


 ぎゅむっ。


「阿部貞ネタやめれ。んなことよりさ…」


 僕は今の自分の胸の内をマヒルに語って聞かせた。


 一連の騒動の後、美岬家でリヒトを預かってること。

 その彼にアサヒちゃんがベッタリなこと。


 僕は二人が嫌いじゃないし、その二人が仲良くなるなら喜ばしいはずなのに…

 どうにも残念で、なんだか居心地が悪いこと。


 もちろんマヒルからまともな答えが返ってくることなんて期待しちゃいない。ただ聞いて欲しかっただけだ。


 いつものように励ましてくれる…ただそれだけで良かったんだ。

 僕にとっては唯一無二の頼れる姉だから。


 ところが…そんな彼女から返ってきたのは予想外の言葉だった。


「…やっとあたしの気持ちが解った?」


「え?」


「あたし、ずっとそんな気持ちだったんだよ。

 リョータがユウヒと出会った頃から…

 ううん…もっと、ずっと前から」


「ちょっと待って、いったい何言って…?」


 だけど僕の言葉を遮って、マヒルは言った。



「それが…

 好きってことなんだよ。」



 …これが? こんなモヤモヤする気持ちが?


「そ。それがあの子達のためだって判ってるのに、リョータの心は納得できないんでしょ?

 アサヒちゃんをリヒトくんに奪られるのが、

ホントは嫌なんでしょ?」


「いや、それは…だってアサヒちゃんは妹みたいなもんだから…」


「リョータだって、あたしにとっちゃ弟じゃん?」


 すぐにでも違うと反論したかった。

 けど…出来なかった。

 …全部マヒルの言う通りだったから。


 言われてみれば確かに、僕はあらゆる場面でアサヒちゃんを最優先に考えていた。

 ユウヒと付き合うことにしたのもアサヒちゃんがそう望んだからだし、カノジョのはずのユウヒよりもよっぽど長い時間を共にした、


 リヒトにスマホを壊されたときも、彼女のために奴をぶちのめしたことに後悔は無かった。

 それまでの僕なら、絶対的権力者である国会議員を父に持つ相手に立ち向かおうなんて考えもしなかっただろう。


 彼女が妹分だから守ろうとしたんじゃなくて…僕がそうしたかったんだ。


 純真だけどしたたかで、無垢だけど耳年増で、恥ずかしがり屋だけど興味津々で…

 放っとけなくて、目が離せなくて…


 そんなアサヒちゃんに、僕はいつしか本気で恋してたんだ。


 人を好きになるって…幸せなことばかりじゃなかったんだな…。


「ったく。本当に浮気性な奴だわよ、アンタってヤツは!

 でも…解ってくれたから、今は許す!」


 涙ぐんだマヒルが僕を抱きしめてくれた。

 不思議なことに、それだけで心がスッと軽くなった。


 そして…今の僕はたぶん、とても情けない顔をしてるだろうけど…それを隠すためにも彼女の抱擁は有り難かった。


「…スッキリできましたか?」


「…うん。…スッキリした」


「そーですか。なら…ちゃっちゃと離れろこの万年発情バカップル!!ですぅ!」


 あれ、よくよく聞けばマヒルの声じゃない?


 慌てて顔を上げれば…真っ赤な顔のヒマワリちゃんが、裸の僕らを凝視していた。


「な、なんで…?」


「鍵開いてましたよぉ!」


 開いてたからったって無断で人の部屋に上がり込まないで欲しい。


「マヒル先輩が朝早く『家に忘れ物』とか言って出てくから、怪しいと思ったら…!

 合宿始まってからもう半月も経つのに、今さら忘れ物なんてある訳ないですよぅ!」


 なんでそーゆーバレバレな嘘を平気で吐けるかなぁこの脳筋ネーチャンは!?


「さぁさマヒル先輩、とっとと服着てください! みんなが集合する前に帰りますよぅ!」


「無理。寝巻きのまんまここまで来たから」


 マヒルの寝巻きってぇと、上はTシャツとかタンクトップ一枚で、下は大自然のまんまなアレか。

 むしろ逆にそれでどうやってここまで来たんだ?


「…リョータ先輩、なんかテケトーな服お借りしますぅ」


 頭を抱え込むヒマワリちゃんの言いつけ通り、マヒルに僕のスウェット上下をズッポリ被せる。


「あと…できれば先輩もなんか着てください」


 そーいや僕も大自然のままだったネ♪

 やむなくここに帰ってきたときの服を着直す。


「じゃあマヒル先輩は回収していきますよ〜♪」


「リョオ〜ォタアァ〜〜〜ッ!!」


 嗚呼、セイ小プールの再現みたいな光景だなぁ。

 でももう用は済んだから、いっか?


「それと…今度の私の家庭教師のとき、今のを…お願いしますぅ」


「あっヒマワリずっこい!」


 ふむ、そう来たか。

 まあ失恋の痛手を手っ取り早く癒すには、新たな恋を探すに限るしな。

 それに、肉欲から生まれる恋だってあるだろうさ…結果的にはどのみち同じことだし。


「…また、おっ広げてもいい?」


「…いっそ引き裂いちゃってください〜♪」


「高校生同士の会話じゃないしっ!!」


 どれが誰のセリフかは推して知るべし。

 てかオメーのやってるコトもたいがい高校生離れしてんだろがぃ!


 なぁ〜んだ、恋愛なんてやっぱチョロくね?

 要は数さえこなしゃいいんだよ♪

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、腕が上がれば百発百中ってね!


「まあまあ。マヒルも今度の大会で頑張ったら、ご褒美くれてやるからな♪」


「ぃよおーしっ! その言葉、忘れんなよっ!?」




 こうしてマヒル達は学校へと引き返していき、僕も自分のアパートから美岬家へ帰ることにした。


 …ん? 自分ん家を離れて他所様ん家へ行くのに『帰る』ってのはおかしいかな?


 でも気づけばあっちにもずいぶん馴染んできたし、今じゃこっちのほうが大昔に住んでた実家みたいな感覚になってるんだよな。


 人間なんて常に変わり続ける、いい加減な生き物なんだな。

 本人でさえどうにもできない変化を、他の誰が止められようか。





《アサヒ、お兄ちゃんのカノジョやめないけど?》


 止められる奴いたわ。


《どうしてそんなこと言うの? アサヒのこと嫌いになった?》


 帰る道すがらチャットメッセージを送ってみると、超高速で返事が来た。


〈だってアサヒちゃん、リヒトのこと気になってるでしょ?〉


《だって、こないだまでいぢめられてたもん。スマホも壊されちゃったし》


 いまだにスマホを気にしてるあたり、彼女が受けたダメージは相当なものらしい。


《アサヒと仲良くなりたかったのは分かったけど、また嫌いになったらいぢめられちゃうでしょ?》


 なるほど…つまりリヒトのご機嫌を窺うためにちょくちょく構ってたわけか。アイツに限ってはもうその心配はないと思うけどなぁ?


 ともかく、リヒトに対しての恋愛感情はまだ芽生えていないことが判っただけでもホッとした。


《でもでもアサヒ、こんな面倒くさい子だもん。リヒトくんもきっとそのうち飽きちゃうよ…》


 あ…そっか。もうすっかり慣れたから、ついつい忘れがちだけど…アサヒちゃんって耳が不自由なんだった。


 僕にも色々世話を焼いてくれるから、気が利く子だなぁと思ってたけど…嫌われたくない一心で、彼女なりに努力してたんだな。


〈嫌うわけないよ。僕にとってアサヒちゃは、とても大切な子だから〉


 と返信すると速攻で既読が付いたけど、彼女からの返事が来るまで少し時間が掛かった。

 アサヒちゃんにしては珍しいな〜と思ってたら…


《アサヒも、お兄ちゃん大好き♪

 こないだ助けに来てくれたから、前よりもっと好きになった》


 でっかいハートマークのスタンプ付きだった。彼女的にはいつもの調子で送ったんだろうけど、なんだか照れるなぁ。


 あの時はリヒトの罠にかかってすぐに倒されちゃったから、全然役に立てなかったと思ってたけど…ちゃんと感謝してくれてたんだな。


 回答まで時間があったのは…もしかして照れてたな? う〜んっ、いヤツ♪


《スマホケース、今度こそ壊さないから!》


 やたらとケースにこだわるのも、初めて自分で選んだ品物だからとばかり思ってたけど…

 僕が買ってあげたからだったのか。


 それ故に彼女を酷く悲しませてしまったことに一時は後悔もしたけど…やっぱり買って良かった、かな?


 …ん? またメッセージが来たぞ?


《てめえあとでおぼえてろよ》


 …え゛。ナニコレ!?

 急に人が変わったような…


《違うよ! 今のはリヒトくんが勝手に送ったんだよ! やっぱりいぢわるされた(T ^ T)》


 ホントに人が変わっとったんかい!

 さてはリヒトに覗き見されたな?

 言われてみれば、ひらがなだけだったし。

 てかやっぱ仲いいじゃんチクショウ!


 でも憐れよのぉリヒト。アサヒちゃんの身も心もおっぱいも、全部わてのモンだス♪


《うわーんお兄ちゃんはやく帰ってきてぇ!》


 …なんかド◯えもんに泣きつくの◯太みたいになってる。


《早くアサヒをオトナのオンナにしてぇ!》


 どさくさに紛れてナンテコトを!?

 チミは他の子とは違うんだし、小学生が軽々しくそんなコト言っちゃダメッ!


 …あ、これは別に彼女の障害ゆえに差別してるんじゃなくて、大切にしたい子だから区別してるだけだからな?


《てめえまぢぶっころ》


 …コレはまたリヒトだな。


《お兄ちゃんがはやくしてくんないから、リヒトくんに奪われちゃった(T ^ T)》


 意味深すぎっ!!

 スマホだよな、スマホのことだよなっ!?


 …はよ帰ろ。あとやっぱ原付免許とろ。





 たどり着いた特区は、ルミの想像と大きくかけ離れた場所だった。


 草木もろくに育たない砂漠と岩山の光景が見渡す限り続き、農作物の収穫は見込めない。

 砂漠気候のため朝晩の寒暖差が大きく、餌の確保も一苦労なため酪農にも向かない。


 そのため衣食住のあらゆる面において公国からの輸入や支援頼みで、それが無ければ住人の生活は成り立たない。


 唯一無二の産業は魔法石採掘。

 老いも若きも昼夜を問わず鉱山での採掘作業に従事し、やがて働けなくなれば食いっぱぐれて死んでいくしかない。


 先日拘束された領主が圧政を敷き、暴利を貪っていた頃に比べれば生活はかなりマシになったとはいうが、それでも現状は大差ない。

 そのうえ魔法石の価値は下落する一方だ。


 これほど過酷な環境下にもかかわらず犯罪率は皆無に近い。

 それは厳しく無慈悲な自治法により、あらゆる犯罪者は即座に逮捕され、鉱山の危険地帯での強制労働に従事させられるからだ。


 夢も希望も見出せない不毛な土地で、生き抜くためだけに必死な人々。

 悪いのは貧困だと判りきってはいるが、それを解決する手立ても何も無い。


 そんな現状を目の当たりにして、ルミは自分がなんとかすると軽口を叩いた己を呪った。


 今までが順調すぎたから、今度もきっと何とかできると…自分ならできると侮っていた。

 これはきっと、そんな自分への天罰に違いないと。


 万事休す…。


「…ウェル…」


 打ちひしがれたルミの脳裏に、彼の優しい微笑みが浮かぶ。

 涙がこぼれたルミの唇から、耳馴染んだ歌が紡ぎ出される。


 それは、この世界に初めて来たあの日…

 悲しみに暮れるルミを慰めようと、ウェルが歌ってくれた唄だった。


 読み方も綴り方も解らない異国の言葉で書かれた、けれども何処かで聴いた憶えのある、とても優しく温かいその唄は、いつしかルミの心の拠り所となっていた。


 それを聞いた特区の子供達が、見よう見まねでルミの唄を口ずさんだ。

 同じ唄のはずなのに、抑揚の付け方や節回しが微妙に違って、まるで別の唄に聞こえる。


 何もないこの土地にも、いつしか独自の文化が根付いていた。唄の違いは文化の違いのなせる業だった。


 もっと歌ってとせがむルミに、子供達は今度は土着の唄を披露する。

 それは、採掘の際に作業者たちが調子を合わせるための労働唱歌だった。

 単調ながらも味わいあるその歌声はどこか感傷的で、初めて聴くルミの心を揺さぶった。




 その最中…ルミはそこに一条の光を見出す。


 何もないところからでも何かしらを産み出すことができる…

 それが文化であり、それこそが人間なのだと気づいた。


 そして彼女は思いついた。


 何も無い…それこそが最大の強みなのだと。


 逆に言えば、そこにあらゆるモノを創ることができるのだと。


 ルミは早速、知り合いに魔法具で連絡を取った。相手はウェルでもソレイユでもヴァンスでもなく…


 魔法創造者にして、現在は広告代理店の最高責任者でもあるムエット。

 ルミは彼女に教えを乞う。


「広告動画って、どうやって作るの?」




【第二十話 END】

 再びおバカな日常が戻ってきました。

 今回からリヒトも準レギュラーとして活躍します。

 アサヒの自作小説もちょくちょく出て来るので、箸休め的にお楽しみください。


 今後のキーパーソンは、しばらくご無沙汰だったカイドウですね。彼はジャーナリストということで、他キャラでは実現不能なワールドワイドな活躍がさせられるのが強みです。

 そんな彼の弁を借りて、ここ最近、世界中で多発している戦争について、自分なりの意見を反映させるつもりです。


 戦争はなぜ起きるのか? 太古からの疑問でしょうが、すんなり答えられるくらいなら今ごろ戦争は人類にとって、とっくに過去の黒歴史と化していることでしょう。

 ただ一つ確実に言えるのは、戦争が終わらないのは、終わらせたくない奴がいるからということ。

 彼らは人心を巧みに操作し、決して互いを理解させず、憎しみが続くように誘導します。


 物事は始めるときよりも止めるときの方が、実はよっぽど勇気が必要となります。

 継続は力なんて言葉もありますが、同じことばかりチンタラ続けたところで大した意味はありません。

 止める勇気、思い止まる勇気を持ちましょう。


 …この物語についても(笑)。

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