竹崩しの法則
現生徒会メンバーは生徒会長である僕と、変態クイーンこと副会長、書記兼会計の計三人。
構成員数は歴代会長の判断によって多少増減するようだけど、僕の場合は少数精鋭。
内、会長のみが全校生徒からの選挙により毎年選抜され、残りは成績上位者が希望するか、メンバーの推薦した生徒を全構成員が承認すれば就任が決定する。
現会長の僕は入学直後に自ら立候補。
マヒルには新入生が当選する訳ないって散々笑われたけど、自分でも驚くことにトップ当選を果たし、翌年も再当選して現在二期目だ。
なにしろ僕の目的達成にはこの立場が必要不可欠だから、まだまだ他人に譲るつもりは無いね。
副会長の福海鳥さんは台湾生まれの中華系ハーフの留学生。
去年の今頃、二年生に転入するなり体育以外の全教科でいきなり満点を叩き出し、本人も就任を強く希望しての堂々入閣。
三年時には大半の生徒が引退する中、これまた留任を強く希望しての今年二期目。
真面目が服を着てる感じで一見とっつきにくいけど、意外と気さくで仕事能力もすこぶる高い、頼れる眼鏡っ娘だ。
本人は卒業後も日本での定住を希望しているためか、日本語もペラペラ。
最後に、前回未紹介の書記兼会計。
以前はそれぞれ個別の役職だったけど、副会長さんの能力値が恐ろしく高いせいでほぼ存在意義がなくなり、結果一緒くたになった挙句、事実上は雑用係という報われないポストだ。
でも本人はむしろその方が自由に動けて有難いらしく、僕も必要に迫られた場合にしか召喚しないから、基本的に生徒会室には滅多に来ない。
まあ近いうちにお披露目することになると思うよ。
…というわけで、通常は僕と副会長さんの二人で回してる生徒会だけど。
どういう訳だか、昼休みの生徒会室には三人分の人影が…
「…誰?」
副会長さんが怪訝な顔で指差す先には…予備の事務卓を勝手に会長席に寄せてニコニコ微笑む美岬さんの姿。
「初めまして。潮会長のマネージャーの美岬ユウヒと申します。以後お見知り置きを」
「そんな役職は初耳ですが?」
「でしょーね。僕も初耳です」
副会長と僕にジト目で睨まれても美岬さんは一向に動じず、持参の手提げバッグから何個かの包みを取り出して、
「会長、御昼食のお時間です♪」
くうっ…昨夜、彼女お手製の夕飯にすっかり胃袋を掴まれた僕を見逃さなかったのか。
「お言葉ですが。本日は作業進捗が滞り気味ですので、昼休憩返上でここに出向いている次第でして」
「まあまあそうおっしゃらず。腹ペコの状態では進むものも進みませんよ」
副会長の横槍をやんわり押し退けて、美岬さんは彼女の前にも包みを置く。
え〜っと、政治家と有権者間の金品の授受は法律でかたく規制されとる次第でして…
「では遠慮なく」
遠慮してください副会長! あからさまな賄賂を何の躊躇もなく受け取らないよーに!
「出された食事は残さず戴くのが我が家のモットーでして」
国民性の違いーーーーーっっ!!
「… これは…すべてあなたが作ったのですか?」
包を解くと現れた、色とりどりな食材がぎっしり詰め込まれた見事な弁当に、副会長は思わず感嘆した。
「もちろん。副会長さんはお料理は…?」
「我が家は昔から料理人を雇っていたので。
日本に来た現在もイルカ…お手伝いさんにお任せなので、自分では…」
にわかには信じ難いお嬢様発言が飛び出して、僕も美岬さんもギョッとした。
思えば彼女のプライベートって聞いたこと無かったな、一年近い付き合いなのに。
そんな僕らの心境には気づかない様子で、副会長さんはさっそく弁当に箸を伸ばし…
「…素晴らしい。きっと私がこれから料理を学んでも、ここまで美味しくは作れないことでしょう」
最大限の賛辞を贈る副会長さんに、美岬さんは「よし!」と小さくガッツポーズ。
「会長さんもどーぞ♪」
副会長が賄賂を受領してしまったなら仕方ない、同じ穴のムジナとばかり僕もお呼ばれすることに。
「…美味いねぇ! 昨夜のよりさらに美味くなってる気がするけど!?」
「…『昨夜の』…?」
僕のコメントを聞き逃さず、眉尻をピクリと跳ね上げた副会長さんに「しまった!」と思ったけど、
「昨夜は材料も調味料も会長さん家の残り物で絶望的でしたから。ちゃんとしたモノを使えばこんな感じで…あ。」
相変わらずナチュラルな毒舌の後、美岬さんも「しまった!」と口を塞ぐ。もっともこっちは副会長さんではなく僕への配慮を欠いた失言だったけどね…ケッ。
「『会長さん家の』…?」
そして副会長さんの眉間にも深いシワが刻み込まれた。なんか途端にムードが険悪めいてきましたよ?
「…失礼ですが…お二人はどのようなご関係で?」
事務卓上で手を組んで身を乗り出し、眼鏡のレンズをギラリと照り返す副会長さんに、美岬さんはポッと頬を赤らめて、
「昨日、海辺で会長さんにカラダを求められて…」
「求めてなァーいッ!! アレは事故ッ!!
ちょっと胸に触っただけ!」
たまらず僕も疑惑の釈明に追われるが、火に油を注いだだけの気がしなくもない。
「しかもナマで触られちゃって…キャッ♪」
なんで嬉しそうなの!? 昨日は直後に見事なコークスクリューパンチ決めたじゃん!
「てゆーかナマって!? ブラトップはどこ行ったの!?」
「後で確認したら、ただのキャミソールでした。間違えて着ちゃってたみたいですね」
いやフツー間違えるもんなの!? だってノーブラだよノーブラ!!(←しつこい)
「道理で会長の手のひらの感触がダイレクトに…♪」
この子やっぱマジモンのホンマモンでっせ、いろんな意味で! なんでイキナリこんなに好感度が上がったのか、いまだにワカランけど…ちきしょ〜やっぱりノーブラかよぉ〜♪
「ほほぉ、たった一日でそこまでの仲に…変態ですね」
お馴染みの変態発言がやっと出たけど、なんでだよ!?
「やはり変態にはダイレクトな誘惑が最も有効だったようですね。失敗しました…」
窓から射す真夏の直射日光をバックに、どこぞの司令官のように濃ゆいシルエットで策略を練る副会長。気のせいか僕より生徒会長っぽい気がしなくもない。
「それはともかく…ありがとうございました」
副会長が謀略モードに没入している間に、美岬さんは急に深々とお辞儀してきた。
「えっ、いきなり何?」
なんか感謝されるようなコトしたっけ?とキョトンとする僕に、美岬さんはなおさら目を細めてクスリと笑って、
「『悪いと思ったらちゃんと謝らないと』ってゆーの…アレで全部うまくいきました」
言われてようやく、そういえばそんなコトを言ったような気が…と合点がいったけど、本当に大したことじゃなかった。アドバイスにもならないような常識を口にしただけだし。
それよりも美岬さん、昨夜はマヒルん家に泊まったんじゃ…?
迎えに来た父さん…といっても僕とは血が繋がってないけど…の車に乗り込んだのを見送ったところまでは憶えてるけど。
「実は…どうしてもすぐに家に帰りたかったんで、無理を言って送って頂きました。マヒルには悪いことをしちゃいましたけど…」
美岬さんの自宅は僕のアパートからバスで3駅くらい離れた街中にあるそうな。
いつもは自宅そばの電車駅前から出ている通学バスを利用して、小一時間かけて通学してるらしい。
考えてもみれば、一旦自宅に帰らないとこの弁当は用意できないよな。
「そっか…うまくいって良かったね」
思いがけず他所様ん家の家族間トラブルに口出しするなんてお節介を焼いてしまったけど、少しでもお役に立てたなら幸いだ。
「はい! 父も新しい母も感謝してました。近いうちに御招待させて頂いて、改めてお礼させて頂きますね♪」
美岬さんはそれは幸せそうにはにかんで…って、御招待? どこに?
キーンコーンカーンコーン…
そんな素朴な疑問を問いかける間もなく、午後の授業の予鈴が鳴った。
ついつい話し込んでしまって、弁当を食べ切るどころか生徒会の仕事もほとんど進まなかったな。
弁当は室内になぜか常備されてる冷蔵庫に保管して、放課後にまた食べさせてもらおう。
笑顔で教室へと引き返していく美岬さんを見送りつつ、彼女の最後の言葉が気になって仕方がない僕だった。
◇
「んで、こっち来てるかな〜と思って」
「ん〜ん、来てないよ。部活行く前に声掛けようとしたら、もういなかったし」
競泳水着姿のマヒルがフルフルと首を振る。
つられて巨乳もプルプルと揺れる。良い♪
放課後、生徒会室で美岬さんの手作り弁当の残りを戴いている間に、あれだけ遅れていた作業を副会長さんがとっとと終わらせてしまった。
なので帰りがてら美岬さんに弁当箱を返そうと技能科の教室を覗いてみたら、前述の通りもぬけの殻だったので、念のため水泳部にも来てみた訳だけど…
「しょーがない、明日返すか。わざわざ自宅に押しかけるのもアレだしね…」
「…ちょい待ち。なんでユウヒん家知ってんの?」
手にした弁当箱をブラブラ揺らして溜息をついた僕に、マヒルがすかさず突っ込んだ。
さすがに生徒会長の僕でも今どき生徒の自宅までは把握しようがないけど…
「昼休みにだいたいの場所は聞いたから、あとは父さんに昨夜どこまで送ったかメールで問い合わせて、マップアプリで割り出したけど?」
美岬さんはさすがに自宅までは送ってもらわず、近所の二十四時間営業のスーパー駐車場で降りたらしい。この弁当の食材もそこで買ったのかもしれないな。
日常的に頻繁に足を運んでいるであろうそのスーパーと、電車駅の近所という情報、そしてどうやら一戸建てらしい彼女の口ぶりから徒歩圏内で行き来できる範囲を割り出すと、該当する住所候補はわずか数軒。
高級住宅地なので一戸あたりの敷地が広いのが幸いした。
「あとは現地で表札を探せばいいだけ…ってアレ、どうかした?」
「…こんなヤバい奴のヤバさげな質問に迂闊に答えてやってんじゃないわよクソ親父…!」
頭を抱えて自分の父親を罵りつつマヒルは地団駄を踏む。…なぜ?
「…あのぉ〜、ユウヒさんって誰ですかぁ?」
僕らの様子をそばで眺めてたヒマワリちゃんが、怪訝な顔で訊いてきた。
「ああ、マヒルのクラスメイトだよ。昨日の帰りに、ちょっとしたハプニングがあってね…」
「…で、もうお弁当作ってもらう仲になっちゃってんですかぁ? 相変わらず手が早いですねぇ」
僕も大概だけど、ヒマワリちゃんの洞察力の鋭さもなかなか侮れないな…。
「大丈夫なんですかぁマヒル先輩? 少なくともお料理では完敗しちゃってるみたいですけどぉ」
「あ゛う゛っ!?」
僕が手にした弁当箱を見ただけで美岬さんの料理の腕前を見抜いたヒマワリちゃんはマヒルを追及する。まあ自信がなけりゃ他人に弁当なんて作らないしね。
そして過去の失敗から『料理ダメ絶対』と自他共に封印してるマヒルとは違い、女子力が高い後輩ちゃんは人並みにこなせる。特にお菓子作りが好きで、たまに差し入れてくれるスイーツは絶品だ♪
「幼馴染の立場にいつまでも甘んじてるからそーなっちゃうんですよぉ?
男の子なんてカラダ目当てにチヤホヤしてくれるのは最初だけなんですから、もっと自己鍛錬してですねぇ…!」
マヒルの胸先を人差し指でツンツンつついて、ヒマワリちゃんの乳首当てゲーム…いや追及は続く。
「うぅうぅ〜〜〜っ!?」
いつになく辛辣なヒマワリちゃんのさらなる追い打ちに、マヒルの僅かばかりのプライドはもう崩壊寸前だ。
いつもは根拠のない自信に満ち溢れてる水泳クイーンのマヒルだけど、実は雑魚にも劣る豆腐メンタルの持ち主だからなぁ…。
一方のヒマワリちゃんは、これで案外芯がしっかりしてて、有名アスリートにして部長というマヒルに忌憚なく意見できる数少ない存在だったりする。
先輩後輩の枠を超えた、持ちつ持たれつの良き親友なのかもしれない。
「…相手を精神面から骨抜きにして、先輩ナシではいられないマヒル漬け中毒患者に仕上げないとぉ。一旦そうなれば後は末端価格吊り上げ放題ですしぃ♪」
それはさておき…のっけからキワキワ発言連発なヒマワリちゃんの天使イメージが暗黒面に傾倒する前に、いい加減ストップしとこう。
「まあまあヒマワリちゃん、そのへんでやめとかないと後が大変だから…主に僕が」
まだ何か言い足りなさげなヒマワリちゃんを思いとどまらせて、すでに半べそのマヒルを回収する。
「で…肝心の潮先輩はどー思ってるんですか?」
「う〜ん、たしかに押せ押せなんだけどねぇ美岬さん。なんかこう、違和感ありまくりでさ…」
もともと高嶺の花…ってゆーか孤高の希少植物みたいな人だっただけに、急になびかれてもおいそれとは受け入れ難いのが率直な感想だ。
「そういえばマヒル。昨日、急に彼女と仲良くなってたけど…?」
最初はあれだけ険悪な雰囲気だった二人が、気づいた時にはずいぶん親しげになっていた。僕が死亡していた数時間のうちに、いったい何が?
「あぁアレ、ユウヒのほうから謝ってきたからね。すんごいイライラしてたトコにあたし達が来たから、当たり散らしちゃったみたいだよ」
◇
昨日の海岸で、二人がかりで僕を文字通り血の海に沈めた後…
えらいコトしてしもうて!と我に返って青ざめる美岬さんに、マヒルはとにかく事件の隠蔽を持ちかけ、またしても二人がかりで僕の死体を引きずるようにして僕のアパートへと向かった。
「…さっきは言い過ぎました。ちょっとイライラしてて…ごめんなさい」
道中、罪の意識に苛まれてすっかり心細くなったのか、美岬さんは素直に頭を下げた。
「あ〜ジョブジョブ。あたしもしょっちゅうあるよ、そんなコト。そんな時はたいがいリョータぶん殴ってスッキリしてるから、丁度良かったんじゃない?」
何がどう良いのか理解し難いが、それで美岬さんの心の垣根はグッと下がったのだろう。クスクスと笑いながら、
「ところでさっきの台詞…大昔のドラマのですよね?」
「え?…あぁ、『殴られたお前たちは云々』てヤツね。結構ネタにされてるから興味本位で観てみたら、これが面白くってさぁ!」
「うんうん、アタマ悪くても何も考えずに観られるからね」
…ん?
「美岬さんも知ってんの?」
「私はそういう汗臭くてガラ悪くてコンプライアンス違反も甚だしいのは苦手だけど…『南京ラブストーリー』とか『土下沢直樹』とか、有名どころはだいたい押さえてるかな?」
…んん?
「あ〜、あたしもソレ好きぃ! 泣けるよねぇ〜♪」
「えっ…アレで泣けるの? 両方ギャグドラマかと思ってた…。やっぱり脳筋な人の感性って独特で凄いなぁ」
んんん〜!?
「そ、そぉかなぁ…てへへ♪」
いまの会話のどこいらへんに照れる要素ありましたかマヒル姉さん!? 微塵も褒められてなんかないですよーっ!
ともかく、そんなこんなですっかり打ち解けた二人は、やがて僕のアパートの部屋までたどり着いた。
「いま鍵開けるね〜♪」
「…ここって会長さん家でしょ?」
「合鍵持ってるけど…どうかした?」
「…なんでもない」
顔を赤らめて口籠る美岬さんに小首を傾げつつ、マヒルはドアを開けて僕の遺体を玄関に放り込むと、脚でどかして道を作って、
「な〜んもない…押し入れの奥にエッチいブツしか無いトコだけど、上がって上がって♪」
「…なんで知ってるの?」
ホントになんで知ってるの? わざわざ鍵付きの棚を購入したりして、かなり厳重に保管してたはずなんだけど?
「男の子だからそれくらい息抜きさせたげないと、溜まった挙句襲われちゃうからね〜♪」
それが解ってんならもっと控えめな格好でご訪問願います、マヒル姉さん。正直シンボーたまりません。
「…なんかますます上がりづらくなったんだけど?」
「いいからいいから、さっさと上がってご飯作って♪」
それが狙いだったか。でもなんで美岬さんが料理できるって知ってるんだ?
「美岬さん、調理師コースだったでしょ?」
ほほう? これは耳寄りなネタを仕入れた。道理であんなに美味いわけだな。
ちなみにマヒルはスポーツに秀でた推薦入学生のみが入れる競技者コースだ。
さらに言えばコース分けは二年生進級時に生徒自身が選択するので、今年入学したばかりのヒマワリちゃんは技能科所属という大まかな区分だけで、授業内容も一学期は普通科と大差ない。
「材料や調味料は何使ってもいいからね! どーせリョータも買うだけ買って使い切れずに腐らせるだけだしさ」
悪かったな。作れるには作れるけど、何かと忙しくて時間がないんだよ!
「と言っても…これだけだと、米飯にお味噌汁に肉野菜炒めくらいしか…あ、パスタあった。スパゲッティミートソースなら作れるかな?」
マヒルの言葉に従って、流し台周辺や冷蔵庫を物色した美岬さんが調査結果を報告すると、
「えっ、ミートソースって冷凍とかコンビニとかファミレスのじゃなくて!? 自分で作れるんだ…知らなかった…」
「なるほど…私に頼んだ理由が解ったわ」
マヒルの調理レベルを即座に見抜いた美岬さんは溜息をつく。
一応弁護しとくけど、実はマヒルもそこまで致命的に不器用ってわけじゃない。
けど、ほとんど料理経験がないが故の圧倒的な知識&技術不足がまず一つ目。
程よく煮たり焼いたりするまでの待ち時間が我慢できないせっかちさが二つ目。
そして三つ目には素人にありがちな、基本ができていないクセにアレコレ余計なモノを加えたがる独特なアレンジ癖。
つまり、本人的にはレシピ通りに作ったはずが、なぜだか阿鼻叫喚の謎物質へと変貌を遂げてしまうレベルなのだ。
「その間にあたしはお風呂入ってこよっと。え〜っと着替えは…このTシャツでいっか♪」
さっそく制服を脱ぎながら洋服棚を勝手に漁り始めたマヒルに美岬さんは息を呑み、
「あの…ここ来たとき、いつもそんなコトしてるの?」
「うん。むかし一緒に住んでたからね、家族みたいなもんだよ」
言いながら競泳水着の肩紐に手をかけて半分ほどズリ下げたところで、玄関に転がしてあった僕の死体にいまさら気がついて、
「…まあでも、あれから結構経っちゃってるしね〜!」
赤面しつつ、慌てて水着を元に戻して死体を引きずると、ベッドの上に放り投げて布団で覆い隠した。
「…これでヨシ⭐︎」
晴れてなんの躊躇もなくなったマヒルは、今度こそ水着を一気に脱ぎ去って、一糸纏わぬオールヌードに。
そして今度は、あっけに取られて呆然としている美岬さんとバッチリ目が合って、
「あ…ついついいつもの調子でやっちゃった…」
いまさらどこをどう隠すべきやら、とにかく両手で身体を覆う。
水泳部の女子更衣室では体育の授業などとは違って衣類をすべて脱ぐため、どんどん潔い脱ぎっぷりになるのだ。
「…奇麗…」
そんなマヒルの素肌を見て、美岬さんはうっとりと呟く。
「…へ?」
「…え? あっ、そういう意味じゃなくって…全部剃ってるんだ…」
どうやらレズビアンだと思われるのを避けたくて言い直したらしいけど、どっちにしてもキワドイことに変わりないですよ美岬さん。
「あ〜うん。水着からはみ出たら恥ずかしいしね」
「…はみ出すより、脱いだら全部見えちゃうほうが恥ずかしいと思うけど…」
うんうん、究極の選択だよね♪
「それ…会長さんも見てる…のよね?」
「へぁっ!? なっなんでリョータに見せなきゃなんないのっ!?」
結局この後で見ちゃったけどね。いろんな意味で可愛かったけど♪
「だって、この部屋で…そんなコトしてるし…」
「〜〜〜〜〜〜っっ!?」
美岬さんの言葉に、マヒルはやっと自身の行動があらぬ誤解を招いていたことに気づいたようだ。
「あっあたしとリョータはっ!…そ、その…まだそんな関係じゃないから…っ!」
「そーなの!? だって学校では色々と…」
「同居してたのは事実だし…否定したり認めたりしたら…昔っからの仲が壊れちゃいそうだから…」
だからマヒルは様々な噂について、知ってて知らんぷりを貫いていた。
たとえ周囲にどう思われようと、昔からの僕への態度を変えることが無かった。
つまり…マヒルが求めてるのは僕らの関係の『進展』じゃなく『継続』なんだよな。
いつまでもずっと変わらず、昔のまんまの姉弟関係を維持し続けたいんだ。
けれども…僕は…。
「…私…網元さんのこと誤解してた」
マヒルのまさに裸のままの心を目の当たりにして、美岬さんの心境にも大きな変化があったようだ。
「網元さんて水泳では全国的に有名なのに、こんなに格好良い生徒会長さんが彼氏で、それをいっつも周りにひけらかしてて…絶対イヤな女だと思ってた」
「が〜〜〜〜〜〜んっっ!? えっ何、あたしってそんな風に思われてんの!?」
多大なショックを受けてるマヒルもお気の毒だけど…美岬さん今、僕のコト格好良いって言った?
「残念だけど、私みたいに誤解してる人って結構多いと思う…。会長さんって人気あるし」
そうなの!? その割には告白とか一度もされたことないけど…
…あ、そーか。マヒルの存在がすべてを封じ込めてたのか。
確かに人気がなきゃ2期連続で当選なんてしないしね…フヘヘ♪
「なんだそれ〜!? 道理でヒマワリ以外に親しくしてくれる子がいない訳だよ〜っ!
結局全部リョータのせいじゃ〜んッ!!」
おいおい、この期に及んで人のせいにするとか…根本的な原因はマヒルが有名すぎるからだろ。
人気者ってのはその実、案外孤独なモノなのさ。有名税だと思って諦めなよ。
「…まあ、私も似たようなものだけど」
同情かはたまた共感か、美岬さんも寂しげに顔を伏せる。
マヒルの話では彼女が誰かと一緒にいるところを校内では一度も見かけたことがないそうだ。
ただし周知の通りの美人なので、ときどき誰かに告白されたらしいという噂には事欠かないけど…
それをことごとく断っているという噂も同時に流れ、それ故にますます人を近づけない孤高の存在と化していた。
後にそれは、彼女が自ら望んでそんな環境に身を置いていたのだと知ることになるけど…。
「…じゃあ、丁度いいじゃん?」
「え?」
不意を突かれて再び顔を上げた美岬さんの手を取り、マヒルは意気揚々と提言する。
「友達にならない? あたし達♪」
裏表など微塵もない、屈託のない顔で微笑むマヒルに、美岬さんはしばし呆然として…
その表情をおもむろに和ませてマヒルの手を握り返すと、とても愛らしい笑顔で応えた。
「…そうね。あなたみたいに何も考えてないバカ正直な人となら、気楽に付き合えるかもね」
「いやぁ〜それほどでもぉ♪」
だから一切合財褒められてなんかないですよ〜マヒル姉さん!
てゆーかコレ相手にここまでスレスレな発言が出来るとは…美岬ユウヒ、恐ろしい子!
まあ本人達がこれで打ち解け合えたってんなら、それはそれで。
「それはさておき…そろそろその格好をどうにかしてもらえると嬉しいんだけど」
照れて視線を外す美岬さんに言われて初めて、マヒルは自分がすっぺらぽんのままだったことに気づいた。
しかも美岬さんと握手するために身体を隠していた両手を使ってたから、どこもかしこもま〜る見〜え♪
「あ…は〜はははっ、じゃあそろそろお風呂入るねっ!」
「じゃあ私は、その間にお夕飯作っとく」
「それよか…一緒にお風呂入って洗いっこしない? ユウヒのカラダもなんかエッチそうだし、見てみたいな〜♪」
「入りませんっ! そこまで馴れ合うつもりはナイからっ!」
真っ赤な顔で怒鳴り返す美岬さんに、マヒルはケラケラ笑いながら脱衣場へと駆け込み、
「美味しいの期待してるよ…ユウヒ♪」
ニカッと笑うと、明らかに相手の反応を待っている。ここは期待に応えてやらないと、いつまでもマッパのままだろう。
「言った通り大したモノは作れないけど、たぶんあなた達に任せるよりは美味しいと思うよ…マヒル♪」
こうして二人は友達になった。
◇
なるほど、僕が地獄の淵から蘇るまでの間に、そんな面白オカシイ出来事があったのか。
どうやら僕も美岬さんに心底嫌われてたわけじゃなさそうだってことが解って一安心できたけど…
「美岬さんに酷いコト言っちゃったな…」
昨夜は彼女のことを全部理解できたつもりでエラソーな説教ばかりしちゃったけど、本当は彼女の表面的な部分だけしか見てなかった。
美岬さんはちゃんと自己を客観視できて、善悪の分別も正当につけられて、自分に非があると認めたら素直に頭を下げられる人だった。
『美岬さんはたぶん謝るのメチャメチャ苦手だろうけど、悪いと思ったらちゃんと謝らなきゃ』
なんて、どの口で言えたんだよ?
…僕だって、昔はろくに人と会話さえ出来なかったくせに…。
「でも、それでうまく行ったって言ってたんでしょ?」
落ち込む僕の陽子を見て、マヒルが助け舟を出したけど、僕の心は晴れない。
たしかに、あと一歩が踏み出せなかった美岬さんの背中を押すことには成功したんだろうけど…。
それだけに、普通は嫌われて当然なはずが、逆になんで急に露骨なメロメロ攻勢に打って出たのか、その理由がいまだに解らない。
「…まあ.あの調子ならたぶん明日も絡んでくると思うから、その時にでも」
と美岬さんの弁当箱を鞄にしまい込む僕をぼんやり見つめて、マヒルはなんだか浮かない顔をしていたのが少し気になった。
今にして思えば、この時ちゃんとマヒルの気持ちを確認しとくべきだったのかもしれない。
ずいぶん後になってから聞いた話だけど…
あの夜、僕のアパートから帰るときの美岬さんとの会話が、今でも心残りなんだそうな。
なんでハッキリ応えなかったのか…
どうして答えられなかったのかって。
「確認だけど…マヒルと会長さんって、付き合ってはいないんだよね?」
「へっ!? まだ訊くのソレ? 何度も違うって…」
「じゃあ…私が奪っちゃってもいい?」
◇
ついでに一緒に帰ろうかと思ったら、大会が近いから水泳部は今日から日が落ちるまで特訓漬けだそうな。つくづく体育会系じゃなくて良かったと思う。
どうせまた明日会うのに、やたら名残惜しそうなマヒルと、やたら逃げ出したそうなヒマワリちゃんを残して、僕は学校を後にした。
校門から出たばかりのところで、少し離れた道路際の木立ちの前に、やたら高級そうなやたら純白のリムジンが停まってるのに気づいた。
漫画等でしか見たことがない、やたらメイドさんな格好のやたら綺麗な女性にやたらうやうやしく頭を下げられ、後部座席に乗り込んでるのは…
「…副会長さん?」
思わず口に出してしまってから、慌てて門柱の陰に隠れた。
なんとか気づかれずに済んだようで、メイドさんが運転席に乗り込むなりやたら急発進したリムジンは、やたら速度を上げてあっという間に視界から遠ざかった。
副会長さんはやたら…って、もういいか。
ともかく、いつも僕よりも早く登校して生徒会室にいて、僕よりも遅く帰るのにまるで疲れた様子がないと思ってたら、送迎車付きだったのか。そういえば実家がお金持ちっぽいコト言ってたっけ。
わざわざ校門から離れた地点で乗り降りしてるからには、あまり他人に見られたくないんだろう。普段はそんな雰囲気をおくびにも出さない奥ゆかしい人だしな。
さて、そろそろ帰っても良い頃合いだろう…と校門からひょっこり顔を覗かせたところへ、
「会っ長っさんっ♪」
いきなり耳の後ろに生温かい吐息を吹きかけられ、僕はその場で飛び上がった。
「あ〜ビビった。脅かさないでよ美岬さ…ん?」
振り返るまでもなく聞き覚えのある声の主を言い当てて、ゲンナリと振り向いた僕の目に…鮮烈な光景が飛び込んできた。
美岬さんは私服だった。
オシャレなワンピースに、オシャレなサンダルを履いて、頭には普段は付けていないオシャレな髪飾り。さっきの副会長さんとは別の意味でカンペキなお嬢様スタイルだ。
普段の制服姿とさほど変わらない露出度なのに、どうしてこうも見てはイケナイものを目にした感じでドキドキするんだろうか?
何を着せても似合いそうな彼女だけど、ここまでステキな格好を見せつけられてしまったら、そりゃ見惚れてしまうに決まってる。
「…そそります?」
「ええトコのお嬢ちゃんがよぉ言わんわ!
なんでそんな格好でここに?」
たぶん一度帰って着替えてきたんだろうけど、なぜわざわざ学校に?
「お迎えに上がりました♪」
何処に?と訊こうとして、昼休みの生徒会室でのやりとりを思い出す。
たしか『近いうちに御招待させて頂いて』とか言ってなかったっけ?
そしてよくよく見れば、美岬さんの後ろ…つまりは副会長さんのリムジンが停まってたのとは反対方向の道端に、これまた馬鹿デカい車の影。
道幅いっぱいの車幅を誇る、米国製の超有名SUVだ。価格もビッグで、あのリムジンとどっこいどっこいだろう。
ちょっと待て。住所の絞り込みでおおよその見当はついてたけど、やっぱ美岬さんもメチャメチャお嬢様じゃん!?
途端に武者震いを覚えた。まさか、僕がこれから連れて行かれるトコって…?
そして『近いうちに』って、メチャメチャ近すぎるだろっ!?
身構えたところで運転席の窓がススーイと下がり…車内から運転手がのっそり顔を出す。
まったく瞳が見えないほど濃いレンズ色のサングラスをかけた、アクション俳優ばりに筋骨隆々なコワモテ親父だ。
「…うちの娘に手ェ出しやがった糞虫野郎ってなぁテメエかあ゛あ゛ーーーンッ!?」
メチャメチャドスが効いた声で威嚇する、メチャメチャガラ悪いコワモテ親父…てゆーか、マジに美岬さんのオヤジさん!?
まさか、美岬さんトコの家業って…?
「さぁ会長さん、遠慮せずに♪」
臆する僕の手を取って、半ば強引に車内へと誘う美岬さん。
「え、遠慮させて貰えるかなぁできれば?
政治家と裏社会との癒着は致命的…」
「あ゛〜? テメエも政治家志望かァ? こいつァますます見逃せねぇなァーンッ!?」
だからいちいちメチャメチャドス効かせないで親父さん、怖いこわいコワイッ!!
「ちょっとお父さん、いつまでヤ◯ザやってんの? 会長さんが怖がってるでしょ!
サァサァ会長さん、お気が変わらない内に♪」
「いやいやとっくに変わっちゃってますから!」
むにゅりんっ⭐︎
押し問答を繰り広げる最中、僕の腕に美岬さんのたわわな胸が押し付けられた。
こ、この感触は前にも…?
「安心してください。今日も着けてません♪」
「ますます安心できないけど確かにちょっと行ってみたい気もデェへへへけどやっぱ遠慮させてえええッ!?」
「つべこべ抜かさずとっとと乗れやゴルアァーッ!!」
痺れを切らせたオヤジ様に蹴り込まれ、僕と美岬さんは後部シートにくんずほぐれつなだれ込む。
「あぁん会長さん…イキナリ激しすぎ⭐︎」
シートもフカフカ、彼女のお乳もフカフカ♪
でもそんな酒池肉林の桃源郷とは裏腹に、僕の心境はもはや地獄の一丁目だ。
「…降ろしてください…降ろしてくださァいっ!!」
懐かしの大沢なにがし風の絶叫をたなびきつつ、急発進した車は僕をどこぞへと連れ去るのだった。
ドナドナドーナードォナ〜〜〜♪
◇
とまあ悲観的に描写してみたところで、連れ去り先は当初から目星がついてたわけで。
やがてたどり着いた美岬さんの自宅は僕の予想通り、隣町の電車駅にほど近い高級住宅街の一角。
その中でも一際目をひく、名前通り岬の先端に建つ広々とした洋館だった。
「…いやぁ悪りぃ悪りぃ、ビビらせちまったか?」
ガレージに入ってやっとサングラスを外すなり、それまでのヤバさげな雰囲気から一転してフレンドリーな挨拶を交わしたオヤジ様は…
驚いたことに、僕でも知ってる超有名人だった。
美岬カイドウ。世界を股にかける社会派ジャーナリストにして、テレビワイドショーのコメンテーター等で見かけない日はないほどの売れっ子タレントだ。
言われてみれば、確かに美岬さんと同じ名前だけど…よもやそんな人が彼女の父親で、しかもすぐ近所に住んでいただなんて…!
兎にも角にも、反社的な御仁じゃなくて本当に良かった。おかげで僕はまだまだ生徒会長の座から転落しなくて済みそうです。
「お父さん、今日が丁度オフでね。会長さんのことを話したら、じゃあちょっと拉致ってこよっか?って話になって♪」
僕を拉致ったって自覚はあるんだな。まあ、ああでもしなきゃ確かにここには来る気も起きなかったと思うけど。
それにしても…美岬さんの雰囲気がいつもとまるで違うことにも驚かされた。
やはり育ちの良さが表れるのか、いつもはどんなにはっちゃけてても、彼女にはそれなりにおしとやかな気品があった。
むしろ僕やマヒルに無理に合わせてるような作為的なものを感じて、それ故にどこか気が許せなかったけど…
今日の美岬さんは、車内ではずっと子供みたいにはしゃぎ通しで…今もこうして信じられないほどイキイキしてる。
たぶんこっちの方が本来の飾らない彼女なんだろうな。
そして、その最大の理由は…お父さんであるカイドウ氏の存在だ。
有名タレントだから、たまにしか会えないんだろう。そして美岬さんはそんな彼が大好きなんだ。
なるほど…彼女が常に他人と距離を置いているのは、カイドウ氏との親子関係を知られたくなかったからか。
公になれば、良かれ悪かれ大騒ぎになることは目に見えてるしな。それでのし上ろうって下卑た野心も一切ないんだろう。
「にしても、まさかユウヒがこんなにイケメンな彼氏をとっ捕まえてたなんて驚いたぜ。
お前、イケメンは信用できないからヤダって言ってなかったっけ?」
う〜ん、全然自覚ないけど…カイドウ氏にまでイケメン呼ばわりされるってことは、僕のスペックはそれなりに高いってことかなフフン?
たしかにカイドウ氏もカッコイイのは間違いないけど、戦場などの危険な現場にも足を運ぶだけあってワイルドなイメージが先行してるから、世間一般のイケメンとはちょっと毛色が異なるかな。
「お父さん、何度も言ってるけど会長さんは彼氏じゃないって…まだ、ね。
それに…この人なら大丈夫。」
さすがに照れた様子ながらも、僕に思わせぶりな熱視線を手向ける美岬さん。確実に足場を固めてきてる感じだけど…イケメン嫌いだったのか?
確かに学校で告白してくるのは、彼女の美貌だけ見て言い寄ってくる、ろくに話したこともないナンパ野郎が大半らしいから、すっかり男性不信に陥っていたのかもしれない。
…あ〜そうか、それで最初に僕と出会ったときの態度がアレだった訳か。加えてもともと不機嫌な頃合いだったしな。
「…オイオイずいぶん信頼されてんじゃんかよ少年。いったいどんな魔法を使いやがった?
それか乳の一つも揉んでやったか、ん?」
…さすがは人気ジャーナリスト、スルドすぎ。てゆーかそれは僕のほうが訊きたい。
昨日の僕の一連の行動のどこいらへんに美岬さんの信頼に足る要素があったのか、皆目見当もつかない。
てゆーかむしろ信頼を損なう行動しかしてない確固たる自信がある。
などと疑心暗鬼にとらわれていたところへ、
「…あらイケメン! ユウヒちゃんって面食い?」
ガレージ横の引き戸を開けて、また新しいご家族が僕らの前に姿を見せた。
華麗な雰囲気ながらもある種の清楚さが漂う、女子大生風のべっぴんさんだ。
身に付けている衣類もカジュアルでシンプルな装いながらも、一見して上質な品だと判る。
「もぉ〜っ違いますよぉナミカさん! でもまあ…将来的にそーなったらいいかな〜とは思いますけど♪」
「やっぱり面食いじゃな〜い。親子して血は争えないわね〜♪」
またしても曖昧に言葉を濁す美岬さん。それをからかうナミカさんなる女性の口振りから察するに、彼女が新しいお母さんか…!
砕けて和気あいあいとした様子から察するに、無事に仲直りできたようで良かったけど…予想してたよりもずっとずっと若い!
そりゃ衝突するのも無理ないわな。
たしかカイドウ氏ってもう五十代だったはずだけど、年の差なんてレベルじゃないぞ。下手すりゃ娘と同世代の相手に…。
むむっ、新たな変態誕生の予感…!
「…いろいろ妄想中のトコ悪いけど、これでも三十路のオバサンだからね?」
美岬さんの補足にさらに驚く。とてもそうは見えない…どっちにしてもスゲェ!
「だぁ〜れぇがぁ三十路でアラフォーのオバサンだってぇ〜?」
グリグリグリグリッ⭐︎
「痛ァーイッ!! ハゲるハゲるハゲるハゲるっ! そこまで言ってないしぃ〜!!」
つむじをゲンコツでネジ切られて悶絶する美岬さん。本当に仲良いなぁ。学校では絶対見られないレアすぎる光景だ。
「……っ!」
と、そこで。今までナミカさんの背中に隠れてコソコソ僕を覗き見てた、もう一人のご家族と目が合った。
年の頃は中学生くらいだろうか。長い髪をツインテールに結んだ、ほわほわした感じの愛らしい女の子だ。
小学生くらいにも見える幼い顔立ちは、美岬さんとはあまり似てないけど…これが話に聞いてた妹さんかな?
じゃあなんで一見中学生と思ったかといえば…美岬さんが着てるワンピースと同ブランドと思しき服の胸元が、なんてゆーか…意外なほど膨らんでるからだ。姉妹揃って実にご立派である♪
そんな女の子は、僕が注目してることに気づくと、途端にはずかしそうに顔を赤らめて、今度は美岬さんの背中に隠れてしまった。
う〜ん、初々しくてカワイイなぁ♪
「立ち話もなんだから、上がって♪」
すっかりお母さん役が身に付いてるナミカさんのお言葉に甘えて、さっそく美岬さんのご自宅に上がらせて貰うことに。
…思えば彼女とは昨日出会ったばかりなんだけどな。
◇
ガレージ横の戸口からは、わざわざ玄関を通らずに直接リビングやキッチンに出入りできるようになっていた。実用性を兼ね備えた洒落た造りのお屋敷だ。
欧米式住宅なので土足のままで良いそうだけど、どうしても靴を脱ぎたそうにしてる僕のために、美岬さんが来客用のスリッパを用意してくれた。
もう夕飯時だったこともあって、僕を含めた家族五人でダイニングテーブルを囲む。
これだけの人数でもまだ座席数に余裕がある広いテーブルを置けるだけのキッチンスペースがまず凄い。
そして出てきた夕飯の豪華さがこれまた凄い。たまにマヒルwithヒマワリちゃんと利用するファミレスでも、これほど多くの品数を頼んだことはない。主に財政的理由で。
なのにナミカさんは「お客さんが来るって判ってたらもっとちゃんと用意したのに、有り合わせでゴメンね〜」などと、どの口で言ってんだレベルの謙遜を本気でしてるのが凄すぎて泣ける。これが経済格差というヤツか…。
「じゃあまず自己紹介といこうか。まず俺…はテレビ観てりゃ嫌でも解るかハッハー!」
身も蓋もないカイドウ氏だが、たしかにその通りだから文句も言えない。
めげずに次いってみよー!
「あたしはナミカ。旧姓は多田野。只の一般庶民からイキナリ有名人の妻になりました♪」
なんともツッコミにくい自己紹介だけど、それだけに気さくに話せそうな人柄で安心した。
周りがセレブばかりだと肩身が狭すぎるから、せめてお仲間の一人くらいは…
「スタイリストやってて、カイちゃんとはテレビ局で知り合いました♪」
全ッ然お仲間じゃなかった。ガチ業界人じゃーんっ!? 道理で垢抜けてるはずだよ。
てゆーか超有名人をカイちゃん呼びですか。さすがは業界人。
「で、酒飲みに連れてって途中で記憶がなくなったと思ったら、起きたら一緒のベッドに入っててな。部分的にも挿入っててな♪」
かっっっるぅ!? そしてえっっっろぉ!!
「ぃや〜んもぉカイちゃーんっ、子供達の前でそんなコト言っちゃダメぇ〜♪」
誰の前でも言っちゃダメだと思います。
つーか薄々予感はしてたけど、やっぱナミカさんも大概だったか…。
「カラダで繋がっちまったなら仕方ねーから、実生活でも繋がっとくかーってなワケで!」
『レッツ・ジョイナス⭐︎』
…よもや、テレビじゃもっともらしいコトばっかほざいてる好感度タレントの実態が、こげなセクハラおやぢだったとわ…。
てかもーなんなの、このバカップル!?
「〜〜〜〜?」
震える指先で二人を指差し説明を乞うた僕に、美岬さんは真っ赤な顔でプルプル痙攣しつつ、
「残念ながら…これが私の残念な両親です」
そう応えてテーブルに突っ伏した。南無。
「で、そっちはどうなん? イケメン少年」
「はい?」
「もうヤッタ?」
ゴガンッ!! 僕も下手すりゃテーブルを打ち砕きかねない勢いで突っ伏す。
「イ、イキナリ何言ってんのっ!? このクソ親父ッ!!」
もしもし美岬さん? そろそろ化けの皮が剥がれまくってますケド?
「お〜いお〜い、まだ乳揉み止まりかよエエ? 最近のガキは奥手すぎてアカンな。
ユウヒ、いつも言ってんだろ? 気に入った奴がいたら、他の奴に獲られる前にとっとと手籠めにしとけって」
「はぁうぅ…っ」
父親の父親らしからぬ恐るべきアドバイスに、美岬さんは僕のほうをチラチラみて気が気ではない様子だ。
なるほどね。彼女が急にやたらと積極的になったのは、みんなカイドウ氏の仕業か。
「てなわけで少年。ユウヒのほうはもぉ準備万端なんだから、いつでも押し倒してヤッてくれや♪」
「ちょお〜っ!! だから父親が言うコトですかッ!?」
「かまわねーって。俺がナミカをコマしたのも出会った当日だしな」
メタクソ手ぇ早ッ!? だから美岬さんの侵攻もメチャ早いのか。
「それにユウヒちゃん、今日はいちばんお気に入りのショーツ履いて登校したでしょ?
帰りにわざわざ新しいの買って、今ソレ履いてるし」
「なんで知ってんのぉナミカさん!? 母親が言うコトでもなァーいッ!!」
そりゃ母娘喧嘩が発生すんのも無理ないわな。もう収拾つかなくなってきたぞオイ。
でも美岬さんのソレはちょっと見てみたいハァハァ♪
はやくそーゆーコトを気兼ねなく要求できる間柄になって…
…ハッ!?
「ちょと待てちょと待て皆さ〜ん!? 僕と美岬さんはそんな関係でも何でもなくって!!」
あっぶねぇ〜っ!! 危うくこのガチヤバ家族の謀略にハマってしまうところだった!
つんっつつんっ⭐︎
その時、僕の隣に腰掛けてた美岬さんの妹さんが、遠慮がちに僕の腕を指でつついてきた。
「っと、何かな? え〜っと…」
あ、そういえばこの子とはまだ話してなかったから名前知らないや。
さっそく訊いてみようと思ったところへ、スイッと何かを手渡された。
「…メモ帳? これで何を…?」
と妹さんに訊き返すも、彼女はニコニコ微笑むばかりで一向に応えない。というよりも…僕の言葉が理解できていない様子だ。
困惑して周りを見渡すと…他の皆は何かを期待するように…祈るように、僕の一挙一動を見守っていた。
そこで僕はやっと気づいた。
ああ、そうか。この子は話『さ』ないんじゃなくて…
…話『せ』なかったのか。
僕はメモ帳に向き直り、付属のペンですらすらと走り書いたものを彼女に手渡した。
《これでいい?》
僕の書き文字に妹さんは一際目を輝かせて、嬉しそうに顔をほころばせた。
その微笑みに一瞬で心を鷲掴まれる。
この子って…こんなに可愛かったんだな。
◇
《初めまして、潮リョータです。お姉さんの学校の生徒会長やってます》
《はじめまして、アサヒです。小学四年生です》
え…?
しょ、小学生ぇ!? マジか…。
僕の視線はどうしても彼女の疑惑の胸元に釘付けになる。今どきの子って、こんなに発育いいの?
《あんまりジロジロ見られるとハズカシイです(//∇//)》
おっと、露骨に見つめすぎたか。大人しそうな子だし、怖がらせちゃいけないな。
《ごめんね。アサヒちゃんが可愛すぎるから、ついつい見つめちゃうんだヨ⭐︎》
小学生相手ならこんな砕けた感じのほうがいいいかな?…と思いきや、アサヒちゃんは僕の文面に何度も目を走らせて真っ赤になり、
《ありがとう、オセジでもウレシイ♪》
小学生らしからぬ社交辞令が返ってきたぞオイ。
《お兄ちゃんもとってもカッコイイよ。これはオセジじゃないからね⭐︎》
は、はは…そりゃどーも。どうやら見た目に反して精神年齢はかなり高いらしい。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案かと思えば、文面では案外饒舌だしね。
それにしても『お兄ちゃん』か。そう呼ばれたのは生まれて初めてだから、嬉しいけどくすぐったくて照れるなぁ。
僕は本来一人っ子で、誕生日が一ヶ月早いマヒルが姉代わりだったから、妹か弟が欲しいと思ったことはあった。
一年下のヒマワリちゃんも妹っぽいけど…アサヒちゃんほど年齢が離れてると、俄然保護欲が湧くね♪
《僕にできることなら何でもきいてあげるから、エンリョなく言ってね》
まあこれくらいサービスしてあげてもいいかな。小学生のお願いなら大したコトないし。
…という油断こそが命取りだった。
《じゃあ、アサヒの本当のお兄ちゃんになって
⭐︎》
ヤバッ、ホントに遠慮ないの来ちゃった!
それってつまり…
《だってお兄ちゃん、お姉ちゃんのコイビトなんでしょ?》
くうっ、やはり子も美岬家の工作員だったか!?
期待たっぷりのキラキラお目々で僕の反応を待ち侘びるアサヒちゃん。できたばかりのカワイイ妹を裏切るわけにはいかないし…
…ここは嘘でも認めておくか。
《そうだよ》
僕の回答に目を通したアサヒちゃんの顔が見る間にほころぶ。
よし、なんとか兄貴の威厳は保てたな…と安堵した矢先、
「ずいぶん楽しそうだけど、何話してるの?」
いつの間にかアサヒちゃんのそばに移動してた美岬さんが、メモ帳をヒョイっと横盗った。
僕が慌てて止める間もなく、それまでのやりとりを反芻した彼女は…
たちどころに顔を真っ赤に染め上げて、信じられないといった面持ちで僕の顔を穴が開くほど見つめ倒した。
ハイ、僕も信じられません。なんでそんな狙い済ました絶妙なタイミングで横槍入れてきますか?
それでも彼女なら実情を慮ってくれるだろうと期待するも、
「じゃあ…そーゆーコトに…しといてイイ?」
それはそれは見目麗しき美少女に、夢見心地な熱を帯びた顔でそう訊かれた日には…誰が否定できましょうか。
しかもこの場には御両親も同席してる。再三異論を申し上げた次第ですが、おそらく通じてはいないことでせう。
[た]しかに…素直には頷けない事情が、僕にはある。ただし絶対的なものではない。
[け]れども…それは容易く公言して良いものではないし、極めて個人的な理由だ。
[く]わえて…相手は絶世の美少女にして、イイトコのお嬢様。またとない好条件だ。
[す]なわち…否定すべき理由は今のところ、何一つ無い。
[し]かるに…もはや退路は完全に断たれた。
そんな『竹崩しの法則』に従い、僕はおもむろに頷いた。
「そーゆーコトに…しとこっか?」
こうして僕らは親公認の恋人同士になった。
【第二話 END】
今作では登場キャラが少なかった前作以上にキャラ数を増やすことが目標でして、今回までで倍の人物が登場しています(当社比)。
次回以降もさらに増えていく予定でして、それに従ってストーリー展開も超複雑化しとります。
実は前作では、事前に最後までの筋書きをすべて組み立ててから執筆開始しましたが、今回は着地点をまったく決めずにおっ始めました。
なので物語がどこに転がっていくかは作者にも予想がつかず、苦しみつつも楽しんで創作してます。
次回でも主人公リョータはまだまだユウヒ宅から帰れません。きっとナニかはアルかもしれませんね♪