黄昏時の芽生え
権力者の息子として生まれたリヒトは、幼い頃から望んだものはなんでも手に入る羨望の環境下で育った。
とりわけ仲間には非常に恵まれていた。
なにせ権力者の周辺にたむろする政治家や有力企業の子供達が、将来の基盤作りのためにという親の勧めで続々と彼のもとに送り込まれてくるのだから。
そしてリヒト自身も物心つく前から「お前は他の子とは違う。将来は連中を好きなように引っ張っていく立場なんだ」と親に言い含められて育ったため、勘違いするのは仕方のないことだった。
そんな彼が唯一不幸だったのは、周囲がリヒトの意見に決して逆らわない忠実なイエスマンばかりだったため、対人スキルがまったく育たなかった点だ。
すなわち、相手が自分に背いたり拒んだりした場合にどう対処すれば良いのかが、まるで判らなかったのだ。
ゆえに取り巻き達が繁華街で好き放題暴れていても、その行為を咎めて嫌われるのが怖かったため、やりたいようにやらせるしか無かった。
それでも、その時までは何とかなっていた。
何もかもが思い通りに進む世界にリヒトは張り合いを微塵も感じられず、人も物も、すべてを見下していたから。
下らないものは欲しくなどない。だから苦労して手に入れる必要もなかった。
そんな彼にもようやく高嶺の花との出会いが訪れる。
…アサヒちゃんだ。
だが、最初はそれほど意識していた訳じゃない。それが証拠に、新設されたばかりのセイ小に入学した当時から、リヒトのクラスにはすでに彼女がいた。
けれども、異性にはさほど関心が湧かない年齢一桁台の彼にとっては「なんかデカいのが混ざってるな?」程度の認識でしかなかった。
それから学年をまたいで今日まで、二人はずっと同じクラスのまま過ごすことになった。
が、自分の取り巻き達とばかりつるんでいた彼の目には、アサヒちゃんは取るに足らない異物としか映らなかった。
ただ、実際にはリヒトよりも三才年上の彼女は、身体の成長も周囲に比べてすこぶる早かった。
見るたびに背丈がデカくなってる気がするし、まあその…部分的な成長は特に著しい。
あんなに膨らんで…いつか破裂しねーか?くらいの認識には変わっていた。
…そして四年生になった今年も、二人はやはりクラスメイトになった。
一クラスあたり二十人以下での行き届いた少数教育をモットーとし、一学年あたり四、五クラスはある学校の割には異様なエンカウント率だ。
学園側も彼らの父親同士の因縁を知らないわけではあるまいに、何の嫌がらせなのか。
…ある日、担任教師が急用で授業を行えないため、図書館で自習ということになった。
本好きなアサヒちゃんにとっては願ったり叶ったりなイベント発生だが、リヒトにとっては針のむしろだ。
幼少時より「将来の国を背負って立つお前には、下らんモノなど不要だ!」という親の方針で、テレビや漫画雑誌、ネット等々、あらゆるサブカルから遠ざけて育てられたリヒトにとって、いちばん苦手なのが書籍だった。
図書館には漫画の類も揃えてあり、仲間達は鈴なりになって人気漫画を読みふけっている。
が、あらゆるモノに興味が持てないリヒトはそこに加わる気にはなれず、一人でブラブラと館内を物色して回っていた。
「…お?」
内容は見当もつかないが、少しは面白そうなタイトルの本が目に入った。
しかしそれは、よりにもよって彼の背丈では届かない位置に置いてあり、付近に踏み台も見当たらない。
仕方なく、本棚によじ登るようにして書籍に懸命に手を伸ばす。
もう少しで指先が届きそうになった、その時。
後頭部がぷよんっとした柔らかく温かい感触に包み込まれた。
ぎょっとした彼の目の前で、求めていた本が別の誰かの手に引き抜かれてしまった。
「おいっ!?」
獲物を横取りされて、たまらず振り向いたリヒトの顔面に、スライムのように柔らかい謎の物体がむにゅんっと押し付けられる。
驚いて飛び退こうとする彼の頭を、謎のスライムはなおさらぎゅうぎゅう締め付けて放さない。
「わ、わかった、わかったから放せっ!」
手当たり次第にパンパン叩くと、
「きゃふっ!?」
スライムは奇妙な悲鳴をあげて、やっとリヒトから離れた。
そして目の前にいるのは、真っ赤な顔でお尻を押さえたあのデカい女子。
どうやら彼が必死に叩いてたのは彼女のお尻で、スライムだと思ったのは…今もなお彼の眼前でぷよぷよ揺れるお乳だったらしい。
「あ…いや、これは…だな…?」
それまで女子と触れ合ったことがほとんど無かったリヒトでさえ、失礼なことをしてしまったという認識はあった。
だが、今までろくに謝ったことがないから、どう詫びればいいのか見当もつかない。
すると彼女は、そんなことはさほど気にしていない様子で懐からメモ帳を取り出し、何やらスラスラと書き記して彼に見せた。
「あたま ぶつけたら いたいよ」
…暗号?
一見なんのことだか解らなかったが…
よくよく周囲を見回してみると、彼のちょうど頭の位置に本棚の仕切り板があった。
つまり彼女は、さっきリヒトが驚いて飛び退こうとした際に、ココに後ろ頭をぶつけそうになったのを回避するために抱き留めたらしい。
「あ…それは…まあ…てかお前がオレの本を横取りしたからだろ!?」
詫び方を知らないリヒトは、当然のように感謝の伝え方も知らなかった。
それでも彼女はニッコリ微笑んで、
「…ぁうっ♪」
ポンっとさっきの本を手渡してくれた。
そこでリヒトは気づいた。
彼女はコレを横取りしたんじゃなくて、取るのに苦労していた自分を見かねて手伝ってくれたのだと。
…なんの見返りも求めずに。
「あ…えっと…」
ならば今度こそ感謝を伝えねばなるまいが、知らないものは出来っこない。
しかし彼女はまるで気にしていないように手を振って彼から離れると、
「♪〜⭐︎」
よっぽど本が好きなのか、踊るように本の森へと消えて行った。
「…………。」
リヒトはぼんやり突っ立ったまま、彼女の姿が見えなくなるまで見送った。
それから半ば無意識的に近くの座席に陣取って、彼女から手渡された本を開いてみたが…その内容はまったく頭に入ってこなかった。
難しかったからではなく、彼女のことばかり考えてしまったからだ。
ついさっき起きたばかりの出来事が、まるで白昼夢のように彼の脳内で何度もプレイバックされる。
「…何なんだ…あいつ?」
それが、今まで何にも興味を示さなかった彼が、生まれて初めて彼女のことを意識した瞬間だった。
◇
彼女の名前は美岬アサヒ。
聴覚障害のため三年遅れで、新設されたセイ小へ自分達と同じ新入生として入学。
あの時メモ帳を介して会話してきたのは、図書館だから私語を遠慮してたんじゃなく…話せなかったからか。
自分より三つ年上だから、あんなにデカかったんだな。
入学以来ずっとクラスメイトだったアサヒちゃんの身上を、リヒトは今さらながらに把握した。
そういえば…入学時に父親から「美岬の子にだけは気をつけろ」とか言われた気がするが、まず付き合う機会はないだろうと聞き流していた。
天下無敵なあの父親がどうしてそこまで彼女を気にするのかは知らないが、ちょっと話すだけなら問題あるまい。
…それからは何故だか、何をするにも彼女のことが気になって仕方がない。
気がつけば目が彼女の姿を追っているし、しまいには夢にまで出てきた。
オレはいよいよイカレちまったのかと我が身を疑ったが…まあ異性との出会いなど多かれ少なかれそんなもんで、リヒトが知らないだけだ。
ええい、こうなったのもアイツのせいだ。一度キッチリ話をつけねばなるまい。
だが学校では、彼女の周囲には常に誰かがいて付け入る隙がない。特に黄色いのと赤いのがなかなか離れてくれなくて邪魔だ。
よくよく見ていれば、アサヒちゃんはたまに筆談に応じるだけで、後はずっとニコニコしてるばかりだが、それでも楽しそうだし…見ているこっちまでなんだかほっこりしてしまう。
この気持ちはいったい何なのか?
兎にも角にもこのままではラチがあかない。なんとかして会話のキッカケをつかまねば…
「…っと?」「きゃっ!?」
ガッシャーン!
よそ見ばかりしてたせいか、教室に入ってきた女子に肩がぶつかってしまった。
彼女は花瓶を運んできたらしく、弾みで落っことしたソレは派手に割れて中の水と花をぶち撒けてしまった。
うーむ、これはさすがに詫びたほうがいいだろうか。しかし相手も不注意だったわけだし…などとぼんやり考えていると、
「…ごめんね。後片付けはあたしがしておくから」
なぜだか頬を赤らめた彼女は、こっちが何も言わないうちからリヒトに謝ると、そそくさと一人で破片を片付け始めた。
う〜ん? なんかスッキリしないけど…相手がそう言うなら、いいのか?
所在なさげに立ち尽くしていると…
「……ぅえ?」
いつの間にかアサヒちゃんがすぐそばに立っていた。何か言いたげな、少し怒ったような顔で。
そして次の瞬間…教室が静かにざわめいた。
「あうっ!」
なんと、彼女はリヒトの頭を鷲掴んで、無理やり花瓶の女子に下げさせると、自ら率先して花瓶の片付けを手伝い始めたのだ。
「ア、アサヒちゃん…ありがと。
…リヒトくんも本当にごめんね」
「お、おう…?」
なんでまた謝られたのか解らないが、なんとなくさっきよりはスッキリできた。
それに…アサヒちゃんが自分に世話を焼いてくれたことが嬉しかった。
たぶん叱られたんだろうけど…それでも。
とにかく、このままここにいたら片付けの邪魔だろうと、意味もなく教室を後にして廊下に出た。
「…リヒトくん!」「大丈夫だった!?」
途端に、呼んでもないのに金魚のフンみたくぞろぞろくっついてきたいつもの取り巻き達が、口々に彼を気遣う。何がどう大丈夫なのかさっぱり解らないが。
「美岬のヤツめ…っ!」「リヒトくんになんてことさせてんだよ!」「悪いのはぶつかってきた女子のほうだろ!?」「そうだそうだ!」「リヒトくんに失礼だよっ!」
皆なんで怒ってるのかと思ったが、どうやらリヒトに頭を下げさせたアサヒちゃんの行為が彼らの基準では失礼にあたるらしい。
リヒト自身よりは常識のある連中が言うことだから、たぶん正しいのだろう。
「アイツ、年上だからって生意気だよな!?」「ちょっとデカいだけじゃん!?」「おぱーいもデカいよなっ!?」「それに…けっこーカワイイしな?」『おうっ♪』
…なんだかんだで皆、アサヒちゃんのことが気になってたらしい。注目してたのは自分だけじゃなかったのかと判ると、ホッとしたような、ますます気が焦るような…。
「…どうする、美岬のヤツ?」「…いぢめちゃう?」「おぱーい揉んじゃう?」「うわっ、悪いヤツだな〜お前♪」「うひょひょ♪」
勝手に盛り上がり始めてしまった連中の悪ノリぶりに、さすがに止めるべきかと悩んだものの…そこは年相応の子供、すぐに悪知恵が働く。
さっき、アサヒちゃんはリヒトが悪さをしたのを咎めるために自ら近づいてきた。
ならば…もっと悪いコトをすれば、もっともっとそばに寄ってくるんじゃなかろうか?
さらに…この連中を止められるのが自分だけだと解れば、頼りにしてくれるのでは?
いわゆる『気になる女子にちょっかいばかりかける悪ガキ』そのまんまな発想である。
一つ大きく違うのは、自分自身で何か仕掛ける気はさらさら無く、全部手下にやらせようとしている点だろうか。
実に卑怯千万だがいつものことだし、面と向かって彼女に悪さをするだけの度胸が無いのだから致し方ない。
「お前ら…そんなにアイツにイタズラしたいのか?」
何気ないそぶりを装ったリヒトの問いかけに、力強く頷き返す取り巻きの面々。
ここで注目して戴きたいのは、リヒトはあくまでも些細な『イタズラ』のつもりだったが、連中は端から『いぢめ』る気満々だったことだ。
両者の認識は最初からズレていたのである。
とはいえ所詮はガキのやることだから、せいぜい胸に触ったり胸を覗いたり胸を揉んだり胸を突いたり胸を摘んだりする程度であり、陰湿さはそれほどでもない。
…え? 充分陰湿ですかそーですか。
だが、それを実際に陰湿たらしめたのは、他ならぬリヒトだった。
「どうしてもやりたいなら…条件がある。」
条件① 誰も見ていない場所でやれ。
条件② オレがそばにいるときにやれ。
条件③ オレが止めるまでやめるな。
リヒト的には連中が他人に咎められないように、かつアサヒちゃんが自分に助けを求めやすいよう配慮したつもりだが、他から見れば陰湿以外のナニモノでもなかった。
そして悪ガキ…いやエロガキ的にはリヒトのお墨付きが得られたのだから、頼もしいことこの上ない。
『…オッケー。うへへへへ♪』
こうして、この日からアサヒちゃんの受難の日々が始まってしまったのだった。
◇
「…おかしいな?」
リヒトはしきりに首を捻っていた。
あれからもう数ヶ月が経とうというのに、アサヒちゃんが全然自分に懐かない。
取り巻き達はリヒトの言いつけ通りに日々、いぢめと称したセクハラに精を出してるし、その間に彼女はしきりとこちらに視線を送ってくるが、一向に根を上げないのだ。
リヒトを非難するでもなく、怒るでもなく、ただただ悲しげな顔で見つめてくるだけ。
前述の条件②③により、彼がやらせてるのは誰が見ても明らかだから当然の反応だが。
それもエッチな仕打ちを受けながらだから、なにやら艶めかしく上気した表情でハァハァ喘ぎながら…。
はやく陥落してくれないと、こっちがイケナイ悦楽に目覚めてしまいそうだ。
実はアサヒちゃんの方が年齢的に連中より力も運動能力も上回ってるから、拒むことも出来た。
それでもあえて抵抗せず、リヒトに直に注意しないのは、彼女の優しさ故だった。
しかしアホなエロガキ達はそんな心遣いに気づくはずもなく、また、そろそろ異性に興味が芽生えるお年頃とあって…
「なんか美岬の胸揉んでたらさぁ…」「うん、先っぽがコリコリしてくるんだよね…」「あの時のアイツ、めちゃキモチ良さそうじゃない?」「水泳の授業で水着のときも、なんかポチッとしてない?」『エロいよなぁ〜♪』
ええいっ、余計な情報はいいからとっととアイツをギャフン(死語)と言わせろ!
お前らが不甲斐ないから、もう一学期終わっちまったじゃねーか!!
そんなこんなで今日は夏休み中の登校日。
なんでそんなメンドイものがあるのかは知らないが、生徒にとってはせっかくの夏休みに水を注されてシラけるばかりだ。
なかには友達に会えると喜ぶ輩もいるが、リヒト達のようにほぼ毎日、街中で仲間とつるんでいる者にとってはありがたみが理解できなかった。
…今までは。
さて、お目当てのアサヒちゃんは…いた。
他のクラスメイトよりズバ抜けて背が高くて目立つから、探し回る必要がなくて助かる。
夏休みに入ってから一度も顔を合わせてなかった彼女が久しぶりにそこにいるというだけで、不思議と安心できるし。
ところが…肝心のアサヒちゃんの様子が何かおかしい。
登校してからというもの、しきりと教室やスマホの時計を見てソワソワしている。
日頃の彼女は超がつくほどの優等生で、授業中もちゃんと黒板に集中してノートを取っているし、先生に当てられても答えられなかったのを一度も見たことがない。
耳が不自由だから先生の話はまったく聞こえていないにもかかわらず、だ。
それが今日に限っては、ホームルームの最中もまったく落ち着きがなく、しょっちゅう窓の外をよそ見しては珍しく担任に注意されていた。どう考えても異常事態だ。
ちなみにリヒトはいくらよそ見しようと一度も誰にも注意されたことがない。もちろん周囲の忖度だが。
いったい何を見ているのかとリヒトも窓の外を気にしているうちに、いつの間にか正午のチャイムが鳴った。夏休み中だから今日はこれで終わりだ。本当に何のための登校日なのか?
またしばらく会えないのかと内心残念がりつつ、アサヒちゃんのほうを見れば…いない。
あっという間に姿が消えた。
驚いて教室を見渡すと、いつも彼女と一緒にいる黄色いのと赤いのが慌てて廊下に飛び出していくところだった。
てことは彼女はもう教室を出て、二人はそれを追っかけていったのか? 早っ!?
だから何をそんなに急ぐ必要があったのかと、再び窓の外に目をやれば…おや?
校門前に見慣れない人影があった。
小学生のリヒトからすれば、ずいぶん背が高く見えるTシャツ姿の男だ。距離が遠いからそれ以上はよく判らないが。
…とそこへ、校舎からフルスピードで飛び出していく一人の女子生徒が。
あの背丈と、ツインテールっていうのか?な髪型は…もしかしなくてもアサヒちゃんだ。
それが巡航ミサイルのように一直線にカッ飛んでいく先は……あの男!?
そして、
「んなっ!?」
もう少しで大声を上げるところだった。
なんと、アサヒちゃんがあの男に抱きついてるじゃ〜あーりませんかっ!?
途端にズキンと疼く胸の奥底。
「な…何なんだ…あの野郎は!?」
遅れて追いついた黄色いのと赤いのが、彼女に抱きつかれたままの男と親しげに話し込んでいる。あいつらも知り合いなのか?
…やがて、黄色と赤は何処ぞへと立ち去り、残されたアサヒちゃんと謎の男は図書館の方角に向かっていく。
おいおい、二人きりかよ…!?
なんだか胸騒ぎがする。
…ええいっ、こうしちゃいられねぇ!
「あ、リヒトくん!?」「一緒に帰…どこ行くんだよ!?」
呼びかけた取り巻き達にも構わず、リヒトは図書館へと一目散に駆けた。
◇
たどり着いた先では、ちょうど二人が図書館に入っていくところだった。
男のほうは後ろ姿しか見えなかったが、ずいぶん仲良さげだったな…。
チクショウ、なんかムカつく。
こうなりゃせめて顔だけでも拝んでやる!
リヒトはそのまま図書館前の通路脇の木陰に身を寄せた。
…それからしばらくして、二人が図書館から出てきた。
「…マジかよ?」
男の顔にはまったく見覚えがなかったが、アイドルだのイケメンだのといった知識が皆無なリヒトですら一見してカッコイイと思えるルックスだった。
それがアサヒちゃんと並んで立つと、お似合いすぎて一種異様な迫力すら感じる。
人によっては仲の良い兄妹にも見えるかもしれないが、一人っ子のリヒトからはそんな発想は出てこなかった。
そして二人は通路脇の木陰にたたずむリヒトに気づいた。
男と一緒にいたところをリヒトに見つかって恥ずかしかったのか、アサヒちゃんは男の背中に隠れてしまった。
男のほうも明らかにリヒトを警戒している。
…くそっ、これじゃあ近づけない。
リヒトは舌打ちして、二人の横を通り過ぎるしかなかった。
一刻もはやく二人の視界から逃れたかったばかりに、闇雲に校庭を歩き回り…気づけば敷地の反対側に位置する駐車場まで来ていた。
「…やっぱそー思う?」「間違いないですね」
すぐそばでヒソヒソ話し合う女子の声が聞こえたため、思わず物陰に身を隠してしまった。
こっそり様子を窺えば…さっきまであの二人と一緒にいた黄色いのと赤いのだ。
家の者が迎えに来るのを待っているのか、ランドセルを担いだまま通路で話し込んでいる。
「でもあの人、お姉様のカレシなんでしょ?」
「わかりませんよぉ? アオぽんはあれでけっこーオマセさんですから♪」
「まあ、アンタが読んでるようなエッチな本も読んでるしね♪」
意味不明な固有名詞が多くてよく解らんが…アオぽんってのはアサヒちゃんのことだろうか?
エッチな本て…たしかに図書館にはよく通ってるらしいけど…あそこってそんなモンまで置いてんのか?
「きっとお家ではもっともぉ〜っとエッチなコトをなさってますよぉ?」
家でするエッチなコトって…なんだ?
取り巻き達がおぱーい揉んでる以上にエッチなことが、他にあるというのか…!?
などとカルチャーショックを受けたリヒトの耳に、さらに聞き捨てならない情報が…!
「そういえはいつだったか、三人一緒に駅で通学バス待ってたよね?」
「あそこからアオぽんのお家はすぐ近くだし…やっぱりお泊まりなさってたんでしょうね、あの人♪」
なぬ? あの男が…美岬家に泊まっただと!?
「てことは、やっぱ…お姉様とエッチなコトを?」
「…アオぽんともなさってたかも…?」
『きゃあ〜〜〜〜〜〜っ♪』
女子小学生にしてはマセすぎた会話だが、だいたい言い当ててるあたりが末恐ろしい。
そして聞き耳を立てていたリヒトはもう気が気じゃなく、さっきから心臓バクバクだ。
これは一刻もはやく手を打たねば!
けれども今は夏休み中だから、そう易々とアサヒちゃんに会うことすらかなわない。
こうしてる内にも…いや、この後すぐにでも、彼女があの男の毒牙にかからないとも限らない!
…だが実のところは、とっくにかかりきってた。詳細は第十三話参照のこと♪
そうして何ら打つ手がないまま時間が流れ、その間アサヒちゃんはリヒトを避けるかのようにセイ小に姿をみせなかった。
…実際には書き始めた小説にのめり込みすぎて自宅に引きこもってたり、みんなでブラを買いに行ったりしてただけだが。
その間、リヒトは何も手につかないまま、悪友達に誘われるまま日夜、繁華街をうろつくばかりだった。
ちなみに両親は超多忙なため、夏休みも正月休みも大型連休も…生まれてこのかた何処にも遊びに連れていってもらった記憶がないが、元々期待してもいなかった。
けれども、そのおかげで千載一遇のチャンスが巡ってきた。
たまの気晴らし程度に行ってみた、セイ小の室内プールにて…いた。アサヒちゃんが!
あの男も当然のように一緒だ。
それどころか、美岬姉に黄色いのと赤いのに加え、あろうことか有名水泳アスリートの網元マヒルまで呼んでやがった!
「おいおいスゲェな、あっち」「あんな有名人がなんでウチに来てんだよ?」「あ、サイン貰ってる! いいなぁ…」
取り巻き達もすっかり圧倒されて気が抜けてる。別に勝負しているつもりはないが…なんか悔しい。
せっかくの再会だというのに、とんでもない顔ぶれを引き連れてきたせいで、最初はプールにたまたま居合わせた群衆が殺到して、まさにとりつく島もなかった。
これは望み薄かと諦めかけたその時…
あの男が急にフラリと皆から離れて、プールサイドから出て行った。トイレだろうか?
…よし。直接問い詰めてやるか…!
取り巻き達にトイレに行くと言い置いて、一人で後を追う。
ついてこようとする奴もいたが、大きいほうだと嘘をついて追い払った。どのみちそれくらいは時間を要するだろう。
はたして奴は…トイレの手洗い場にいた。おあつらえ向きに、他に人気はない。
誰かトイレに入って来ないように出入口で陣取って、男を問い詰める。
「お前はアイツの何なんだ?」
返ってきたのは…なんともスッキリしない、玉虫色の答弁だった。しかも黄色と赤が言っていた通り、やはり美岬家に滞在中だという。
それだけでも許し難いのに、周囲にあれだけの女をはべらせているのを自慢しているフシまであった。
もう許せない。コイツをこのまま彼女のそばに置いておく訳にはいかない。
「…やっぱテメーはダメだ。もうこれ以上アイツに近づくな」
そう言い置いて離れたが…どうせ素直に応じてはくれまい。さて、どうしたものか?
とにかくもうプールなんて気分じゃなくなったので、取り巻き達を連れて施設を後にした。
そして屋外に出たところで、
「あ、この自転車…?」
取り巻きの一人が、駐輪場に置いてある自転車に目をつけた。電動アシスト付きのそこそこ高級なヤツだが…コレがなんだというのか?
「さっき、美岬と一緒だった兄さんのかな?」
…なんだと?
詳しく話を訊けば、そいつは奴がこの自転車を押してアサヒちゃん達とここを訪れた瞬間をたまたま見ていたのだと言う。
たしかに、ここまでの坂道を登ってくるのは徒歩ではなかなか大変だが…自転車で来たってことは、何か荷物があったのか?
買い物カゴを漁ってみれば…あった。
見覚えのある手提げ鞄だ。確か先日もアサヒちゃんがぶら下げていた。
ということは、中身は…やっぱり本か。
そこでリヒトはひらめく。
アイツらはたぶんこの後、近くにある図書館に立ち寄ってこの本を返却するつもりだろう。
では、この鞄が見当たらなければ…辺りを探し回るためにバラけるはず。そうしてあの男が一人きりになったところを…!
やがて、アサヒちゃん達がプールから出てきた。そしてやはり、あの自転車を取りに向かった。
リヒト達はその様子を物陰から窺っていた。
自転車のカゴにあった手提げ鞄は、今はこちらの手中にある。
紛失に気づいたアイツらは、手分けして探し回るハズ…
かと思いきや、なんと彼女達は荷物が無くなったことにはまったく気づかず校外に出て行ってしまった!
くそっ、作戦失敗か…。
リヒトはやむなく、手下の一人に手提げ鞄を渡して、彼女達のあとをつけさせた。
自転車の周囲に誰もいなくなったら荷物を戻しておけと言いつけて。
アテが外れてガッカリしたものの、せっかく学校まで来たのだし、まだまだ陽も高い。
せめて昼メシでも食べてから帰るか…。
セイ小には来客者向けのカフェテラスがあり、休祭日でも営業している。
リヒト達はそこで腹を満たすことにした。
…さて、腹も膨れたし帰るか。
と思ったところで、さっきの手下からスマホ越しで思いもよらない報告があった。
なんと、アサヒちゃんが黄色いのと赤いのを伴って、セイ小へと引き返しているという。
手下は言いつけ通りに彼女達のあとを追い、途中で見失って途方に暮れたりしたものの、
かろうじて標的が近所のファミレスに入店しているのを見つけたという。
そして自転車のカゴに手提げ鞄を戻した後、どうなるかと付近から観察していたところ…
やっと鞄の存在に気づいた彼女達は、図書の返却期限が迫っていたため、子供達だけで返却することにしたらしいというのだ。
よし、でかした! 滅多に人を褒めないリヒトは、生まれて初めて手下の功績を褒め称えた。
そして、それを羨む他の手下達にも手柄を上げるチャンスを用意してやることにした。
つまりは作戦変更だ。
もうすぐセイ小に戻ってくるアサヒちゃんの身に何かあれば、あの男は間違いなく後を追ってここに来る。
そこを狙って袋叩きにすれば、奴はこれに懲りてもう彼女には近づかないだろうし…
アサヒちゃんもようやく自分になびいてくれるだろう。
どう考えても穴だらけなズサン極まる計画ではあるが、なまじそれを実現できるだけの組織力があったことが、彼に考え直す余地を与えなかった。
巷に溢れる不毛な戦争勃発の原理だな。
それに、奴のほうからわざわざここに来てくれるのはありがたい。おかげでこっちは勝手知ったる場所で戦いを挑める。
速やかに打ち合わせを行い、手下達を各持ち場に配置する。
そして…いよいよアサヒちゃん達が図書館前に姿を見せた。
リヒト達は潜んでいた通路脇の木陰から姿を現す。
「え…リヒト!? なんで!?」「さっきお帰りになったんじゃ…?」
動揺する黄色と赤には目もくれず、リヒトはアサヒちゃんに向かい合う。
「…一緒に来てくれるよな?」
◇
その後は先日の通りだ。
とりあえずあの時、本の返却を忘れてしまった原因が判っただけでも良しとしよう。
僕にも何か忘れてる感覚はあったけど、現物が持ち去られていたせいで何をすべきか思い出せなかった訳だな。
よくよく話を聞いているうちに、あれだけ憎らしく思えたリヒトの印象は百八十度覆り、激しい怒りは僕の中から跡形もなく消え失せていた。
すべてはろくでなしな『元』父親の歪んだ教育方針のせいで、ろくに人付き合いを知らないまま育てられてしまった不幸な子供が招いた事態だった。
なにしろリヒトの行動には一貫性があり、決してアサヒちゃんを敵視していたのではないどころか、むしろ逆だったのだから。
そのやり方がいちいち暴力的で、最後にはそれが顕著に表れてしまった結果、怒りに任せてアサヒちゃんや僕のスマホを破壊するに至ってしまった訳だけど…
考えようによっては、それ以外に自分の意思を伝える方法を知らなかったとも言える。
アサヒちゃんに手を出した仲間を急に蹴飛ばしたときなんて、まさにソレだな。最初はわけが解らなかったし。
要するに、コイツもまた悪漢ジモンの被害者の一人だったのかもしれない。
でも人間誰しも多かれ少なかれ、そんな一面を持っているものだ。
正直なところ、僕だって人付き合いは本当は大の苦手だし。
生徒会長という立場上、嫌でも人と顔を合わせざるを得ないし、幸いにも相手の側からすり寄って来ることが多いから、上手くこなしてるように見えるだけで。
でも幸い、リヒトはまだ若い。
人付き合いや一般常識はこれから覚えていけばいいだけで、まだまだやり直せる。
なので…警察の方々には、こちらはもう被害届を出すつもりはないことを申告して、丁重にお帰り戴いた。
しかし、だからといって無罪放免という訳にもいかない。
「悪いコトをしたと思ったら、どうすればいいか…判るよな?」
「…どうすりゃいいんだよ?」
やれやれ、そこからかよ。
つくづくジモンのクソ野郎をもう一度ぶちのめしたくなる。彼奴も他人には絶対に頭を下げない輩だったしな。
「謝るんだよ。それくらい出来るだろ?」
僕はリヒトを諭しながら、アサヒちゃんの前に連れて行く。
彼女はまだ警戒心が強いようで、彼の顔を見た途端に表情をこわばらせる。
「…出来ねぇよ。だってコイツ…何も聞こえねーだろ?」
なるほどな。一度も人に詫びた経験がない奴には敷居が高い注文かもしれない。
「聞こえないなら、頭を下げるなり手を合わせるなり、いくらでも方法はあるだろ。
…お前がアサヒちゃんと仲良くなりたいって気持ちは、その程度だったのか?」
「…だって…だってよぉ…」
おいおい、なんて情けない顔してんだよ?
もう泣き出す寸前じゃないか。
コイツは本当に僕を半殺しにした奴と同一人物なのか?
これはもう望み薄かなぁと、僕までもが諦めかけた、その時。
「……え?」
奇跡が起きた。
いや、奇跡でもなんでもなく…勇気を振り絞ったんだ。
リヒトじゃなく、アサヒちゃんが。
恐る恐る手を差し伸べて、彼の手を取った彼女は…
「…ぁぅ…♪」
まだまだぎこちないながらも、優しくニッコリ微笑みかけた。
「…ほらな。たとえ言葉が通じなくたって、本気で向き合えばいいだけなんだよ」
リヒトもアサヒちゃんの手を、壊れ物を扱うように慎重に握り返して…
笑い返そうとするけど、うまく笑えない。
笑顔が作れない訳じゃない。
表情を緩めようとすればするほど、溢れる涙が頬を濡らして、目の前が霞んでしまうから。
「ぅ…ぅぅ…ひぃっく…」
「リヒトくん…!?」
嗚咽を洩らす彼に、取り巻き達が唖然としている。当然だろう。
今まで何があろうと決して人前では涙を見せなかった彼が、声を上げて咽び泣いているのだから。
「…リヒト…!」
母親のマリアでさえも、彼の泣き顔を見るのは幼少期以来久々だった。
過去にジモンの前で泣き出して大激怒されてから、リヒトは誰にも涙を見せたことがなかった。
泣かないのではなく…泣けなくなっていたのだ。
この世にはつまらないモノしかないと、自分で思い込んでいたから。
泣いても何も得るものはないと、どっかのアホに思い込まされていたから。
けれど…どうだい、世の中まだまだ捨てたもんじゃないだろう?
「あ…あうぅ…?」
アサヒちゃんもどうしていいか判らずに、おろおろと僕に助けを求めてくる。
いいんだよ、そのまま泣かせてやって。
どうせこれからまたしばらくは格好付けて泣かなくなるんだから、一生分泣かせてやってもいいくらいさ。
そしてリヒトが流した奇跡の涙は、今度こそ本当の奇跡を呼んだ…かもしれない。
「…親父、ゴメン! いくら殴られたって…こればっかりは言うコトきけないよっ!」
「んあ? お、おいっ!?」
ゼネコン会長を振り切って、ゼネコン息子がリヒトのそばに駆け寄ってきた。
『リヒトくんっ!』
他の取り巻き達も半数くらいが彼のもとに戻ってくる。
「お前ら…やめとけよ。もう、俺にくっついてたって…何も良いコトなんてねーんだぜ?」
もはや権力者の子ではなくなったリヒトは、ただの陰気でワガママなガキだ。
この先一緒に暴れ回ったところで、もう優遇者特権は効かない。
それでも…
「バカにすんなよっ!! オレ達がそんなモン目当てでお前とつるんでたと思ってんのかよっ!?」
「えっ…?」
ゼネコン息子の怒声に驚くリヒトに、他の子達も口々に、
「た、たしかに…最初は父さんに言われたからキミと一緒にいたんだよ、正直言って…」
「悪いコトもいっぱいしたし、怒られたって仕方ないかもしれない。けど…」
ゼネコン息子が叫ぶ。
「楽しかったんだよ、お前といるのがッ!!」
「…お前ら…!」
子供が親の言いなりになるのなんて最初のうちだけだ。
飽きっぽい彼らはいつまでも一つ処に留まってなんかいないし、何も得るものが無ければあっさり立ち去ってしまう。
それでも尚、そこに居たいと思うのであれば…
それは紛れもなく、彼ら自身の意思だ。
「だからもっと大騒ぎして、もっともっと楽しもうよ!」
「それで怒られるなら、みんな一緒に怒られればいいさ!」
「一緒にいて楽しい奴とつるむのに理由なんて要るかよっ! くだらねーコト気にしてんじゃねぇッ!!」
リヒトの目からは今度こそ、涙が滂沱のごとく流れ落ちる。そして…
「…ありがとう…みんな、本当にありがとぉ…!」
心底感謝したいときには、何も教わってなくたって自然と頭が下がるもんさ。それこそ理屈じゃないんだ。
何もかもを失ったリヒトは、こうしてかけがえのないモノを手に入れた。
いや…気づいてなかっただけで、最初からそこにあったんだ。
〈…ええ話や…〉〈悪ガキなんて言ってゴメンな〉〈皆イイ子だよ♪〉
ってちょっ、ネットのナマ配信まだ切れてなかったのかよ!?
「あ、忘れてた。…ま、いんじゃね? おかげでコイツらのダメージも大回復したっしょ♪」
スマホのカメラを彼らに向けたまま、目を赤くして呟くシノブだった。
その傍らでは、ナミカさんがゼネコン会長に歩み寄りながら、そっと囁きかけていた。
「さっきは思わずぶん殴っちゃろかい!?と思ったけど…これでアンタも解ったっしょ?」
「姐さん…?」
「子供が誰とどう付き合うかなんてのは、親が決めることじゃないってコト。
たとえそれでどんなに痛い目見たところで、それこそ自己責任ってヤツよ♪」
そして彼女は自ら得た教訓を口にする。
「人の痛みや心の痛みは、こうして自分で覚えていくしかないの。
誰かに教わったコトなんて糞の役にも立ちゃしないし…
触れ合おうともしなけりゃ、一生ガキのまんま終わるだけよ」
「ハハ…耳に痛い話ですが、たしかにその通りですな」
だからジモンのクソ野郎は、今日に至るまでガキのまんまだった訳か。
ネバーランドに引きこもってピーターパンを気取ってりゃ、そりゃ無敵だろうしな。
「…あの〜、なんかイイ話っぽく終わろうとしてるトコ恐縮なんですけどぉ?」
あ、そういやユウヒもいたんだっけ。
すっかり忘れてたけど、何の用?
「結局…壊されたアサヒとリョータのスマホはどーなんの?」
あ゛…それこそ本当に忘れてた。
◇
つまり、ヴァンスはルミと仲良くなりたかったのです。
ただそれだけの一心で、彼女の気を惹くためにちょっかいを掛け続けてきただけでした。
ヴァンスとしては、彼女の邪魔をしているつもりは毛頭なかったのです。
けれどもルミの仕事はもはや公国の利害に直結しており、その妨害は国家への反逆に他なりません。
自治権を有する行政特区の人間がそれを行なうことは、侵略行為の一環とみなされてしまうのです。
そしてソレイユの口添えによる内偵の結果、ヴァンスの父親である特区領主は実際に公国へ宣戦布告するため、様々な犯罪行為に手を染めていたことが明らかになりました。
さらにはヴァンスは領主の実子ではなく、かつて幼少時にさる公爵家から誘拐された嫡男だったことも判明しました。
戦勝後の国家統治を円滑に進めるため、そして領民を納得させるために、領主の後継者として秘密裏に育てられていたのです。
それ故に彼は帝王学を徹底的に叩き込まれ、引き換えに一般常識がことごとく欠如していたのでした。
追い詰められた領主は全軍あげて一斉蜂起しますが、その多くは多額の報酬につられた傭兵で、実戦経験者はごくわずかでした。
所詮は正規軍の敵ではなく、暴動はあえなく鎮圧。領主は拘束され御家断絶の運びに。
特区の自治権は剥奪され、再び公国に併合されることとなりました。
無用な戦争はかろうじて回避できたものの…ソレイユに相談したばかりにとんでもない結果になってしまい、ルミは困惑しました。
なにしろヴァンス自身はそれほど悪いことはしていなかったにもかかわらず、まるで極悪人のように扱われてしまったのです。いくらなんでも気の毒すぎます。
かくしてヴァンスは元の生家に引き取られ、ルミと仲直りを果たせましたが…
はてさて、これからどうしましょう?
【第十九話 END】
リヒトのネタばらし回ですが、まあ概ね予想通りかと。あえて奇をてらわないようにして、一旦は地に落ちたであろう彼のイメージ回復に務めました。
個人的にリヒトには「罪を憎んで人を憎まず」、逆にジモンには「人を憎んで罪を憎まず」がふさわしいかと思いまして(笑)。
ともかくこれにてリヒトエピソードは終了。
しばらく辛辣なお話が続いたので、次回からはまたおバカ路線に戻す予定ですが、けっこう意外な展開になりそうですかね?
あとリヒトはすっかり気に入ってしまったので、今後もちょこちょこ出てくる予定です♪




