虚しき決着
「この会議の模様は全世界にナマ配信されてるよ。最初っからね⭐︎」
突然現れたシノブがスマホを掲げて宣告すると、場内はにわかに騒然となった。
そして実際、眼前のスクリーンに自分達の姿がデカデカと映し出されているのを見るや、もう大パニック!
自分や子供の顔を必死に覆い隠す者、
逆に身だしなみを気にして取り乱す者、
年配者にあっては配信の意味が解らず呆然とする者、
とりあえず泣き叫ぶ賑やかし…
と、反応は千差万別だ。
〈なんだこの配信?〉〈コレ政治家の鈴盛土じゃね?〉〈奥さんのマリアもいるぞ!〉〈えっこのババアが!?〉〈ブスくね?〉〈こいつらの真ん中にいる子、誰?〉〈リヒトだよ、奴の息子の〉〈有名な悪ガキだよな〉〈一緒に映ってるガキどもも街で見たことあるぞ〉〈小学生が繁華街で遊んでんじゃねーよ!〉〈またなんかやらかしたのか?〉〈そろそろ退学じゃね?〉
配信を見た世界中のリスナーからの無遠慮なコメントが怒涛の勢いでコメント欄に流れ、当事者たちの恐怖を煽る。
いつもは親の名前を盾に好き勝手やってる連中なだけに、直接口撃には耐性がないからひとたまりもない。
「ナナナマ配信って…そーゆーことは先に言うザマス!」
腐っても元大物女優のマリアは慌てて懐から化粧道具を引っ張り出し、ただでさえ化粧荒れが激しい素肌にパンパンペタペタ塗りたくる。
だからもう手遅れだっつーに…。
「き、聞いてないぞ配信など!? ええい勝手に映すんじゃないッ、肖像権侵害だッ!
カメラはどこだッ、すぐに中継をやめさせろッ!!」
ネット社会にあまり詳しくないご様子のジモンは自分の顔を腕で覆い隠しながらテレビカメラを探している。
カメラならシノブが持ってんじゃん。スマホ自体がソレなんだけど、マジ知らんのな。
「おいおい鈴盛土代議士、アンタは公人だから肖像権なんて無いよ。政治家なのにそんなことも知らないの?」
シノブはケタケタ嘲笑い、
「あ、他の人は後で編集版アップするときに顔隠しとくから我慢してネ。そこの子供達も大丈夫じゃない? そんな悪どいコトしてないし」
被写体へのフォローも忘れずに行うと「じゃあ後は各自のスマホで観てね」とスクリーン画像を元の記録映像に戻した。
「それにしても代議士センセ、アンタぁ凄い人だねぇ。ちょっと調べてみただけでも余罪がまぁ〜出るわ出るわ…。
とりあえず、お巡りサンに渡しとくよ。とっくに調べてるだろうけどね」
懐からメモリーカードを取り出して警察に手渡した。コイツの調査能力は尋常じゃないから、関係者もきっとビックリだろう。
「最後にとびっきりイキのいい隠し玉も披露したげるから、楽しみにしててネ♪
それよりまずは、監視カメラの記録を全部見ちゃおうよ」
シノブに目配せされて、僕はすっかり忘れていた監視カメラの記録映像を再生し始めつつ、
「ここから先は…結構キツいシーンが連発ですので、心してください」
皆に向かって…特に被害者のアサヒちゃんと、加害者のリヒトに向けて念をさす。
なおも続いていたゼネコン息子のアサヒちゃんへの狼藉の途中で…
突然リヒトが回し蹴りを放ち、アサヒちゃんや羽交締めにしていた手下ごと、ゼネコン息子を文字通り蹴散らす。
「なんだ…仲間割れか?」「あの子を助けた?」「それにしては巻き込んでるし…?」
場内から洩れる囁き声の通り、僕も最初はわけが解らなかったけど…今日のヤツの様子を見て、やっとある仮説に思い至った。
けど、それについては後回しだ。
続いて、鼻血を出して泣き出すゼネコン息子を掴み上げ、怒鳴り散らすリヒトの姿。これだけでも奴の凶暴性は充分に伝わってくる。
現にゼネコン息子は甦った恐怖に身をすくめ、父親のほうは画面に目が釘付けになり、逆に加害者のリヒト親子はバツが悪そうに目を背けている。
けど…問題のシーンはその次だ。
やがて地面に目をやったリヒトが、足下をキョロキョロ見回す。
「…何をやってるんだ?」
「地面に落ちてたアサヒちゃんと僕のスマホを見比べてます」
耳に届いた誰かの疑問に僕が応えた直後…
リヒトが突然、地面を平すように足下のスマホを蹴りまくる!
「僕のは一撃でオシャカにされました」
続いてアサヒちゃんのそばに近づいたリヒトは、そこに転がっていた彼女のスマホを足蹴に…しようとした寸前で、アサヒちゃんが飛びついて止めようとする。
しかし奴は無情にもアサヒちゃんを突き飛ばしてスマホを掴み上げ…ひと思いにへし折った!
このシーンはリヒトの身体がちょうどレンズ正面を向いていたため、言い訳もできないほど鮮明に映り込んでいた。
〈これはヒドイ!〉「なんてコトを!?」〈女の子相手に鬼か!?〉「これが悪戯だって?」〈故意の器物損壊は立派な犯罪だぞ!〉「子供でも許されないだろ!」
配信のコメント欄からも現実の場内からもオールレンジ口撃を受けたリヒトの顔はこわばり、それをマリアが身を挺して護り、ジモンは愕然と画面に見入っている。
しかし画面内のリヒトの破壊行為はこれだけに留まらず、ついにはスマホケースまでもを木っ端微塵に引きちぎる!
何かに取り憑かれたとしか思えない鬼気迫る形相を目の当たりにして、アサヒちゃんもガタガタ震え出す。
「リ、リヒト…どうしてザマス…?」
ついにはマリアまでもが信じられないものを見るように息子を遠巻きにし、場内は寸前のスマホ破壊とは打って変わって静まり返った。
そして…
「ぅぅ…ぅあぁあ〜〜〜〜〜〜っ!!」
当時の悲しみがぶり返したアサヒちゃんが、人目もはばからず泣き喚いた。
だから出来れば使いたくなかったんだよな…この切り札だけは。
泣く子に敵うものなどいない。
会場からも貰い泣きが洩れ聞こえ、誰も何も言えなくなった。
キーたんとアカりんも自分の席から飛び降りてアサヒちゃんに抱きつき、ユウヒまでもが一緒になって泣きじゃくる。
ライブ配信を担当するシノブも、溢れ出す涙を手で拭いながら懸命にカメラを向ける。
動画サイトのコメント欄は今までの勢いが嘘のように静まり返った。
けど再生数は真逆に凄まじい勢いで伸び続けている。
スクリーン内ではなおも録画が流れ続ける。
やがてユウヒや体育教師が現場に駆けつけ、
取り巻きの子達はてんでバラバラに逃げてリヒトだけが取り残され…
奴の態度にブチ切れた僕が奴を叩きのめすシーンでは、予想外にどよめきは上がらなかった。大半の人が「これは当然だろう」と思ってくれたようだ。
そしてリヒトが悪態をつきながら現場を後にすると…残されたアサヒちゃんが号泣し始め、現在の場内と完全にシンクロした。
記録映像はまだ少し残ってるけど、もう充分だろう。僕は再生を停止した。
「…これが、僕がリヒトくんを殴ってしまった理由の一部始終です。何か質問があればお受けしますが?」
僕の問いかけにも、もう誰も何も応えない。
「…以上です。」
そして僕はようやく着席した。
ずっと立ちっぱなしだったこともあって、異様に疲れたけど…やっと終わった。
「お疲れ。満点かな?」
「…いいえ、むしろ大減点ですよ」
ナミカさんのねぎらいに額の汗を拭いつつ応えていると…その隣で抱き合って泣くアサヒちゃん達の姿が嫌でも目に入る。
「…また、泣かせちゃいましたから」
◇
なんとか勝てた…国会議員相手に。
「ぐぬぬぅ…キッサマァア〜〜〜〜…ッ!」
ほらほら、議員サマがものすごい形相でこっちを睨みつけてるよ。
勝った後のことは何一つ考えてなかったな。
…どないしょ?
ところがその後の展開は、僕の予想をはるかに超越していた。
「…リヒトくん…ちょっといいかな?」
「ぇ…?」
気づけば場内警備にあたっていた警察関係者が鈴盛土一家をぐるっと取り囲んでいた。
すっかり放心状態だったリヒトが、初めて子どもらしい心細げな顔を見せた。
「な、なんだ貴様ら?」
「リヒトちゃんをどうするザマスか!?」
予想外の展開に場内は再びざわつき始めた。
〈おいおい、なんかオモロくなってきたぞ?〉〈まさか…逮捕?〉
ナマ配信もまだ続いてたらしく、コメント欄への投稿がにわかに活気付く。
「あぁいや、そこまではしない…と思うよ。ただ、これほどのモノを見せられてしまってはね…」
そこで警察の責任者は僕らをチラリと振り返り…いまだ涙に暮れるアサヒちゃんを気の毒そうに見つめる。
「…いいかい? キミのしたことは立派な犯罪なんだ。我々としても事情を聞かざるを得ないし、あちらさんの意向次第ではどうなることか…。
詳しくは署で訊かせて貰えるかな?」
うなだれるように頷いて、リヒトが立ちあがろうとしたところで、
「その必要はないッ!!」
ジモンがリヒトの腕を引いて無理やり座り直させた。
「鈴盛土議員、私の話が聞こえませんでしたか?」
「知ったことかっ! 俺は国会議員だ、お前らよりも偉いんだぞッ!?」
おいおい、ここにきてまさかの開き直りかよ。往生際が悪すぎるにも程があるだろ。
「あなた…もうよしてザマス。悪いのは明らかにリヒトちゃんザマしょ? 私達の育て方が悪かったザマ…」
「お前は黙ってろォッ!!」
先に折れたマリアの横っツラをジモンが平手打ちし、席を蹴って立ち上がった。
「母さんっ!?」〈ぶった!?〉〈おいおいヒドイな!?〉〈まだやる気かよこのおやぢ!?〉
リヒトやネットコメントから悲鳴や非難が集中する中、ジモンはなおも逆ギレし、
「間違ってたのはお前だけだ! 私は何も間違っとらんッ!!」
「鈴盛土議員、あんた…!?」
呆れ返る警察責任者に掴みかかるようにジモンは当たり散らす。
「息子がやったことといえば、そこのチンピラみたいなガキに鼻血を吹かせたことと、スマホを壊しただけだろうがッ!? それの何が悪いと言うんだッ!? その程度で事情聴取など許さんッ! 貴様ら全員クビにしてやるッ!!」
「うちの子供を…チンピラだと…!?」
憤慨して立ち上がったのは隣席のゼネコン会長。まあ息子さんの見てくれはそう言われても仕方ないのは山々だけど。
「リヒトくん、うちの息子と付き合うのは金輪際やめて貰おう! お前もわかったな!?」
「ま、待ってくれよ親父ッ!?」
息子が止めに入るのも構わず、ゼネコン会長はジモンに詰め寄って、
「あんたとの付き合いもこれっきりだッ!
私も散々ろくでもないことをやらかしてきたがな、それでも…人の心だけは捨ててないッ!!」
「ぃよぉ〜っしマサ、よく言った!」
かつての舎弟の絶交宣言に、ナミカさんも拍手喝采。
来場者の中にもしきりとウンウン頷く者が多数。長年に渡る鈴盛土家の洗脳がやっと解けたらしい。
ところが…
「このっ…裏切り者めがぁッ!!」
ジモンはそれを許さず、長テーブルごとゼネコン会長を蹴り倒す! テーブルに着いていた者は全員まとめて巻き添えだ。
それでも怒りがおさまらないジモンはゼネコン会長に馬乗りになり、相手の顔面に鉄拳制裁!
「誰が貴様の会社をデカくしてやったと思っとるんだ、エエッ!? 黙って俺の言いなりになっておれば美味い汁が吸えたものを…貴様のようなクズはこっちから願い下げだッ!!」
「クズはあんただろ議員! いいかげんに…」
「やかましいわァーッ!!」
仲裁に入った警察責任者にまで顔面パンチ!
もうここまでやりたい放題やらかせば、たとえ現職議員だろうと逮捕は免れまい。
しかし、さらなる驚愕はこれからだった。
倒れた警察責任者にすかさず駆け寄り、懐をまさぐったジモンが引っ張り出したのは…拳銃!!
まさか、こんな小学校の警備で銃なんて携帯してるとは…どんだけ本気だったんだ?
しかもそれを、こんなにあっさり、躊躇なく奪い取れるだなんて…!
どうやらこの男は僕が考えていた以上の大悪党だったらしい。
「よぉ〜しお前ら、そこを動くなッ!!」
銃を構えて立ち上がったジモンに、場内はこれ以上ない大パニック!
動くなと言われたのに悲鳴を上げて逃げ惑う者や、子供を抱えてうずくまる者、「警察…警察を!」と喚き散らす者…
いや警察は最初から来てるし。あんま役に立ってないどころか、かえって足引っ張ってるけど。
〈拳銃!〉〈マジか!?〉〈鈴盛土が銃持ってるぞ!〉〈どんだけワルぶりゃ気が済むんだコイツ!?〉
ネット配信のコメント欄も目まぐるしくスクロールし、再生数も瞬く間に桁が上がっていく。
「さあリヒト、こっちへ来るんだッ!」
「と、父さん…!?」
銃口を皆に向けてジリジリ下がりつつ、息子に手招きするジモン。だがリヒトは当然、躊躇して動けない。
「ダ、ダメざますリヒトちゃん! ついて行ったら今度こそおしまいザマス!」
「母さん…!?」
マリアがリヒトにすがりついて止めようとするが、
「黙ってろと言ったろがァッ!!」
パンッ! プシュッ!
ジモンの怒鳴り声とは比較にならないほど軽い銃声が鳴り響き、マリアの肩口が鮮血に染まった。
「母さんッ!!」
リヒトがマリアを抱きかかえ、場内には悲鳴が渦巻く。ついにやっちまいやがったな…ジモン!
「お前などもう要らんっ、リヒトはこれから俺一人で育てるッ!」
こいつ、まだそんな世迷言を!?
「リヒトは、ここまで老いぼれた俺が初めて授かった大切な息子なんだ!」
…ジモン…?
「将来的には俺の右腕となって…いや、リヒトこそが日本の将来を背負って立つんだ!
誰にも俺達の邪魔はさせん! リヒトのためなら、俺は何だってしてやるッ!」
言ってることが支離滅裂だ。
けど…コイツが本気だってことだけは嫌というほど伝わってくる。
「リヒト、来るんだ…一緒に来てくれ…俺を見捨てないでくれぇ…っ!」
ジモンの言葉は、最後には涙声に変わっていた。
◇
まいったな…これじゃ誰も手出しできない。
膠着状態に陥りかけた…その時。
「…盛り上がってるトコ悪いんだけどさ」
水を注したのは、ナマ配信に忙しくてすっかり存在が薄れかけてたシノブだった。
「きっともう誰も憶えちゃいないだろーけど、まだ『隠し玉』があるって言ったよね?」
ジモンの銃が怖くないのか、はたまた撃たれても避け切る自信があるのか…シノブはジモンとの距離を縮めながら静かに語りかける。
「それ見たら、きっとアンタの意見も変わると思うんだけど…呼んでいい?」
「…フン、今さら何がどうなると言うんだ…さっさと済ませろ」
こっちもこっちで、後は逃げるだけという慢心からか…まだ逃げ切れると思っているのか、あっさり了承。
「誰だか知らないけど、こんな修羅場に呼んでいいのか? 相手は銃を…」
「大丈夫。それだけの覚悟はできてる人だから」
シノブがそういうなら任せるしかない。彼女は僕らに軽く頷き返すと、部屋の戸口に向かって呼びかけた。
「入ってきていいよ、或角さん!」
「…或角…だと?」
一応は戸口に銃口を向けて警戒していたジモンの目が驚愕に見開かれ、銃を持つ手から力が抜ける。
知ってる人物らしいけど、だから誰よ?
「頼むから撃たないでくれよ…?」
覚悟ができてるとか言ってた割には両手をバンザイして、おっかなびっくり入室する中性的な顔立ちの中年男性。その顔には僕もたしかに見覚えがあった。
「レオンさん…!?」
撃たれた肩の傷の痛みに耐えていたマリアの土気色の顔色が、たちどころにバラ色に変わる。
或角レオン。かつてエキセントリックな言動で人気を博した俳優にして歌舞伎役者だ。
その甘いマスクとは裏腹な力強いセリフ回しで当時の女性達をメロメロにし、抜群の演技力でたいがいの人気ドラマに出演。
に留まらず、巧みな話術であちこちのバラエティー番組に顔を出すなど、まさに芸能界を席巻していた。
ところが人気絶頂の最中、どこからともなく違法薬物使用の噂が流れると評判ガタ落ち。
本人や事務所は断固として否定したものの、実際に彼の持ち物から薬物が発見され逮捕に至ってしまう。
芸能事務所はすぐさま彼を解雇し、歌舞伎界からは除名処分という非情な処置がとられたが、罪状内容が事実なら自業自得ではある。
だが、その後の法廷では証拠不十分で検察側の敗訴が確定し、その人気ゆえに何者かにハメられたのでは?との憶測も乱れ飛んだ。
しかし、一旦植え付けられたイメージを覆すことはもはや不可能で、やがて業界からは完全に抹消されてしまった。
…でも待てよ? たしか同時期に彼と交際の噂があったというのが…そこにいるかつての大女優で、芸名は旧姓と同じく織田マリア…!
「初めまして…リヒトくん」
「……誰?」
そんなレオン氏に急に話しかけられ、もういっぱいいっぱいな様子のリヒトは混乱を極めた顔を彼に向ける。
…いやいや待て待て、そんなバカな?
けれども、この二人…見れば見るほど似てないか?
父親のジモンとはまるで似てないのに…。
ってことは…まさか…!?
「お久しぶり…と言っても、直に顔を合わせたことは無いですけどね、ジモンさん。
僕のほうは貴方に嫌というほどお世話になりましたよ」
「な…なんの話だ?」
落ち着いて詰め寄るレオン氏に、ジモンは銃があるにもかかわらず後ずさる。その脂汗まみれの顔が…明らかに何かを隠していることを雄弁に物語っている。
「今日は、大切なものを返して戴きに参りました」
「レオンさん…!」
マリアが呼び止めるが、レオン氏は首を振り、
「キミの罪は、これから僕も一緒に被るよ」
その言葉にマリアは顔面から眼鏡を取り落として泣き崩れてしまう。
教育ママみたいな変な眼鏡のせいでブスっぽく見えていたその素顔は…やはり女優なだけあって、綺麗だった。
そんな彼女を慈しむように見つめてから、視線を再びリヒトに注いで…レオン氏は告げる。
「リヒトくん。キミは…僕の子だ。」
◇
当時、破竹の勢いで政界の首領への道を登り詰めていたジモンは、とある地元のイベントで大女優・織田マリアを見初める。
…といえば可愛いものだが、何かと噂の絶えない彼には年甲斐もなく浮世話も多々あったから、彼女だけに格別の愛を注いだかどうかはかなり疑わしい。
リヒトへの甲斐甲斐しい態度と、マリアへのそっけない態度の差を見る限り、どうやら将来の自分の後継ぎの『見栄えを良くする』ためだけに彼女に白羽の矢を立てたのだろうか。
しかし彼女には当時、すでに秘密裏に交際中のお相手がいた。いうまでもなく或角レオン氏その人だ。
双方の両親や事務所は当然のように二人の交際に難色を示していたので、既成事実が出来次第、大々的に発表して有無を言わさず承認を得るつもりだった。
それを知ったジモンは激怒し、マスコミ関係者をそそのかし、警察幹部を脅してレオン氏の薬物事件を捏造した。
これについてはシノブが入手した各種内部資料により明らかとなった。…スゲェなコイツ。
さらにジモンは半ば脅迫気味にマリアへの交際を迫った。レオンとの交際が立ち消えとなり失意のドン底にあった彼女は、渋々同意し結婚へと至った。
…実はこのとき、マリアのお腹にはすでにリヒトがいた。ジモンは無論知らなかったが。
生まれてくる彼のためにも、ジモンの庇護下にいたほうが何かと有利だろうとの判断もあったに違いない。
彼女が息子を異常に溺愛する理由もこのへんにあるのだろうか。
かくしていざ、リヒトが誕生すると、何も知らないジモンは自分の後継ぎに比類なき愛情を注いだ。彼の邪魔をする者はことごとく蹴散らし、排除した。
いつしか誰もリヒトに逆らおうとはしなくなった…。
「ま、待て…それはおかしいだろう!?」
納得いかないのはもちろんジモンだ。
「或角ッ、貴様の血液型は!?」
「…AB型だが?」
レオンの答えを聞いたジモンは勝ち誇ったように、
「ほら見ろ!! リヒトはO型だ…もしもの場合に備えて調べたからな。
そして俺とマリアは二人ともB型だ。これがどういうことか解るか?」
ジモンは得意げに胸を張り、
「AB型のヤツからO型が生まれんことぐらい、俺でも知っとるわいッ!!」
そうなの? 僕は知らなかったけど。
なんだかんだ言ってコイツ、本当に自分の子供なのか不安になって調べたな?
あ、いやでも、そーなるとリヒトがレオンさんの息子って話は…
「あ〜…それなんだけどさ…」
そこでシノブが申し訳なさそうに口を挟んだ。
「マリアさん。あんた…担当医に、旦那には嘘の検査結果を伝えるように頼んだよね、お金渡して?」
信じ難い事実にジモンが「んがっ!?」と口を開け放った目の前で、マリアは観念した…というよりは、これでクズ夫と別れられて清々するとばかりに、こくりと大きく頷いた。
「リヒトちゃんの本当の血液型は…『AB』よ。」
あ、これなら僕でも解る。B型同士からAB型が生まれる訳ないってことぐらいは。
…アレ? ってことは…!?
〈BとABから生まれるのって?〉〈A、B、ABのどれかだってさ〉〈B同士なら?〉〈BかO〉〈じゃあABが生まれる訳ないじゃん!?〉〈リヒトは、ジモンの子じゃなかったのか!〉〈本当にレオンの子供だった!!〉
思わぬ事態にネットも騒然…ってまだ繋がってたんかーいっ!?
「アンタが…オレの…本当の父さん…!?」
リヒトはまだ信じられない顔で躊躇してる。無理もない話だけど、疑ってはいないようだ。
小学生って活字で書いてあるコトは鵜呑みにしがちだからな。
それ以上に、自分とよく似た顔が目の前にあるんだから、何を今さらだろう。
「ごめんな…驚かせて」
レオン氏はリヒトに優しく微笑みかけて、
「できればもっと落ち着いた場所で会いたかったんだけどね」
リヒトの頭を優しく撫でて…
パァンッ!!
そんな感動的な実の親子の再会を、一発の銃声が妨げた。
「認めん…認めんぞぉ! 誰がどう言おうと…リヒトは俺の子だァッ!!」
ジモンが放った凶弾は幸い二人には当たらなかったが、二人を護るために駆け寄った私服警官の脇腹を撃ち抜いた。
「きゃあああっ!?」〈また撃ちやがった!〉
「誰か警察を!」「いま撃たれたのが警官だろ!?」〈衛生兵、衛生兵ーッ!〉
場内やネットコメントから悲鳴が乱れ飛ぶ。
「ぎ、議員…いや鈴盛土! そこまでにして銃を置くんだッ! これ以上は保証できんぞ!」
傷口を押さえてうずくまる警官に駆け寄った責任者が最後通牒を突きつけるが、ジモンはもちろん応じる訳がない。
他の警官達は懐に手を入れて身構えている。次に何かしでかすようなら、即座にジモンを蜂の巣にするためだ。
「ちくしょお…畜生、畜生っ、畜生ッ!!
どいつもこいつも俺をコケにしやがって…っ
全員まとめてブッ殺してやるぅァアッ!!」
ブチ切れたジモンがリヒト達に銃を向ける!…が、
「父さん…っ!」
「ぅぉ…っ!?」
まだ父と呼んでくれるリヒトに思わず唸ると、視線を泳がせて…
次に見据えた先にいたのは…アサヒちゃん!
「元はといえば、お前がっ…お前が全部悪いんじゃないかあアァーッ!!」
相手が女の子だろうが容赦も躊躇もまったくナシ! 破れかぶれなジモンが、銃口を向けたままアサヒちゃんに突進するッ!
しまった、よりによってそっちに矛先を変えるとは!? 警官達も急に標的を変えたジモンに対応しきれない!
アサヒちゃんの瞳が大きく見開かれて…!
『えーかげんにしろォオーーーッッ!!』
ユウヒのドロップキックが、
ナミカさんのラリアットが、
シノブの回し蹴りが、
そして僕のストレートパンチが、
ものの見事に同時にジモンに炸裂した。
土壇場でアホが突進してくれて助かった。
走りながら撃ったところで、そうそう命中する訳ないからな。
「美岬っ!?」
遅れてそう叫んだリヒトが、慌ててこっちにすっ飛んできた。ユウヒもナミカさんも美岬姓だけど、奴がそう呼ぶのはアサヒちゃんだ。
僕らに取り押さえられた父親には目もくれず、今ごろ青ざめてガタガタ震える彼女を気遣っている。
…やっぱり、そういうことか。
「…終わった…?」〈終わった…のか?〉
ああ。これでひと段落つけなきゃ困るよ。
ともかく、こうして状況は一旦終了した。
◇
「よし、行くぞ」
警察に手錠をかけられ、ジモンが連行されていく。先程までの傍若無人ぶりはすっかり鳴りを潜め、やっと観念した様子だ。
場内から彼へと向けられる視線も一様に冷め切って、かつての威光はもうどこにもない。
途中で場内を振り返るが…
今はまだ彼の妻という肩書きのマリアは泣き崩れ、それを元カレのレオン氏が抱き抱えて慰めている。
愛息…だったリヒトはいまだアサヒちゃんのそばを離れず、キーたんやアカりんと一緒に彼女を気遣っている。
ジモンに目を掛けるものは…もう、誰もいない。
〈哀れなもんだな…〉
事態の収束にともない、ネット配信のコメント数も激減したが、再生回数は相変わらずうなぎ上りだ。
現職議員の逮捕はマスコミでも臨時ニュースとして大きく取り上げられ、学校周辺も関係者でにわかに騒然としてきた。
場内にいた人達は警察の指示でその場に留まっているが、皆一様に疲れ切った表情だ。
…やがて、誰に見送られることもなくジモンが姿を消すと、誰からともなく大きな溜息が洩れた。
「あの…申し訳なかったザマス…」
涙に暮れたマリアが、レオン氏に連れられて僕達に頭を下げた。肩口に巻かれた、血が滲んだハンカチが痛々しい。
「いえいえ、いいんですよ。こんなコトになっちゃったら、もうどちらがどうとも言えないですし…」
ナミカさんはこんな状況下でもあっけらかんと笑っている。場慣れしてるなぁ。
彼女の言葉通り、たかが子供同士の喧嘩(あえて言う。無論、僕も含めて)から、よもやここまでの事態に発展するとは誰も予想だにできなかった。
ただ一つ、誰もがいまだ疑問に思うことといえば…
「…リヒトちゃん。どうしてザマス? どうしてあんなコトしたザマスか…?」
マリアは腫れ物に触れるようにリヒトに問う。大人同士のいざこざに子供を巻き込んでしまったことから、強気には出られないようだ。
「…………。」
リヒトは再びだんまりを決め込む。が、その視線の先にあるのはアサヒちゃんの泣き顔だ。
いつまでもこうしてても、たぶん奴は何も答えないだろうし…
やれやれ、こうなったら僕が骨を折るしかないか。
「アサヒちゃんと友達になりたかったから。
…だろ?」
僕の代弁が予想外だったのか、その場にいた皆が唖然としている。
だが当のリヒトは何も応えないまでも、身体をこわばらせてそっぽを向いてしまった。
…図星だったらしい。
「照れなくていいよ。僕も昔はそうだったから」
そう。事態がここまでこじれてしまった、そもそもの原因…
それは彼が『友達の作り方を知らなかった』からだ。
【第十八話 END】
魔女裁判後編。今回で一連の騒動にはひとまず決着がつきました。
なんというか、まあ…争いとは虚しいものですね。
そんな虚しい行いを延々続けていると、人の心も空っぽになっていくのだろうか…的なお話です。
けれどもすべての騒動の発端である「リヒトはなんでアサヒちゃんに嫌がらせばかりしていたのか?」という肝心な理由については、また次回へ持ち越し。
簡単に済ませるつもりだったのが、書き始めたら結構なボリュームになりそうだったので。
とはいえ所詮はガキのやることだし、当初からそれを薄々匂わせるように書いてたので、まあまあお察しの通りでしょうが(笑)。
ちなみに前回一月一日に前回分を投稿した後、北陸在住の自分は件の能登大震災に見舞われまして。
まあウチは震源地からはそこそこ離れていたので、家の中の不安定に飾ってた物が落ちた程度で済みましたが、いまだかつて経験したこともない揺れ方でしたね。
被害で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。




