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はのん  作者: のりまき
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かしまし親子

 ある日突然ルミの前に現れ、仕事の邪魔ばかりするようになったヴァンスという名の少年。


 その身なりから高貴な家柄だろうと推測したルミは、彼のことをそれとなくソレイユに問う。

 すると返ってきたのは、彼はさる辺境貴族の御子息との答え。


 彼の家系は代々、公国にて大臣職を担ってきた名家だったが、半世紀前に国を震撼させた一大汚職事件の責任を取らされ辺境の地へと左遷された。


 しかしその領地内で、今日広く普及している魔法具の中核となる魔法石が発掘されたことにより事態は一変。

 採掘権を独占した彼らは瞬く間に以前の隆盛を取り戻し、王侯一族をも凌駕するほどの力を得るに至った。


 そして今日、いまだ中央政権への復帰は果たせないまでも、領地一帯の自治権を認められた彼らは着々と領土を広げつつ公国領内への進出を目論んでいるという。


 自治権があるため彼らに公国の法は適用されず、事実上野放しとなっている。

 故にそうした連中の御多分に洩れず、やりたい放題だ。


 …なるほど、彼らの背景事情は解った。

 しかし何故ヴァンスがルミの妨害ばかりするのか、その理由が判らない。


 するとソレイユは「だからそういう悩みは早く言って」と頭を抱えつつ、おそらくは…と見解を口にする。


 長きに渡り魔法石の供給を続けてきた彼らは、その産出量を操作することで希少性を高め、これが魔法具が高価である最大要因となっていた。


 しかしルミの提案により実現した広告運営やレンタルサービスにより魔法具が安価かつ大量に提供されるようになった結果、需要と供給のバランスが崩れ市場在庫がダブつき始め、魔法石の価格は下落傾向にあるらしい。

 よもや、それを逆恨んでの行動では?…と。


 だがそれならば何故、両親や幹部などの大人が直接出向くのではなく、ヴァンスのような子供に任せるのか?

 ルミの存在がそんなに邪魔なら、暗殺者にでも依頼すれば一撃だろうに…ますます理由が解らない。


 ともあれ、世界のために良かれと思ってしたことが、予想外のところでさらなる軋轢あつれきを生んでいたことにショックを受けるルミだった。





 んなもん、そのボンボンがルミを気に入らないからに決まってんだろ?

 僕のことをぼてくりこかしたくて仕方がなかったリヒトみたいにな。


 とゆーわけで場所はセイ小の体育館裏。

 まんまとリヒトの罠にかかった僕は、後頭部のダメージからいまだ立ち直れないまま奴の足下に倒れ伏していた。


「これで解っただろ? オレの前でコイツとイチャつくからそんな目に遭うんだよ」


 やれやれ、嫉妬くらいでこんなトンデモネーコトすんのかコイツは。まさにガキだな。


 …って、そんなにイチャついてたっけ?

 アサヒちゃんの年齢的に、人前では極力そう見えないよう注意してたはずなんだけどな?


「あうぅう〜〜〜っっ!?」


 僕の怪我を目の当たりにして泣き叫ぶアサヒちゃんを肩越しに見据えつつ、さほど面白くもなさそうに吐き捨てるリヒトに、


「キミが見てないトコでならいいのか? アサヒちゃんはこう見えてけっこー積極的だぞ」


 少しは年上としての余裕を見せようと要らぬ戯言たわごとを洩らした僕に、冷め切ったリヒトの目にようやく怒りの火が灯った。

 自分でもくだらないとは思うけど…どうせもう痛い目に遭ってんだ、これくらいやり返さなきゃ気が済まないんだよ。


「てめぇ…!」


 僕にさらに一撃加えようと片脚を振り上げたリヒトだったが、


「あう〜っ! はぁうぅう〜〜〜っ!」


 アサヒちゃんの暴れ方がますます酷くなったためにギリギリで踏みとどまった。

 リアル小学生の連中よりは実年齢十三才の彼女のほうが力が強いに決まってる。男の子二人がかりでも取り押さえるのがやっとだ。


「お前ら、もう少し静かにさせろ…!」


「そ、そんなこと言ったってさぁ…」


「へへっ、オレに任せてくれよ」


 うーわっ、リヒト以上にヤバそうな奴がガラクタの山から降りてきちまった。


 さしずめグループのナンバー2か。小四だてらに髪を逆立ててメッシュなんて入れて、全身にシルバーアクセをジャラつかせてやがる。

 背丈も年相応なリヒトより頭一つ分デカい。


「…あんま手荒な真似はすんなよ?」


「うぃ〜っす、わかってるって」


 とゆーわりには指をゴキュゴキュ鳴らしつつアサヒちゃんの前に立ちはだかったソイツは、


「っらあッ!!」


 いきなりアサヒちゃんの頬を平手打ちしやがった! 全然わかってねーじゃん!?


「ひぅっ!?」


 一撃で意気消沈したアサヒちゃんは、怯えた眼差しでソイツの顔を見つめる。


「さっきからあうあうウルセーんだよ、アシカかテメーは!?」


 コンプライアンスの概念なんぞ到底理解できそうにないソイツは、聞こえるはずもないアサヒちゃんの襟首を鷲掴んでわめき散らす。


「テメーの成績が良すぎるせいで、オレぁいつも親に叱られてばっかなんだぞ!?

 つ◯ぼのテメーに出来ることがなんでオレに出来ねーんだって…知るかよンなもんっ!!

 テメーのほうがずっと年上なんだから、出来て当然だろがっ!?」


 何を言ってるんだコイツは…お門違いも甚だしすぎるだろ!?

 アサヒちゃんはお前と同じ環境下で学んでるのに、年上も年下もあるか! 自分の努力が足りないだけなのを人のせいにするなッ!!


 アタマの良し悪しは単に憶えれば良いだけの学校の成績じゃなく、脳みその使い方で決まるんだ。

 あれだけ素晴らしい作品世界を創造できるアサヒちゃんには、脳筋のお前なんぞは逆立ちしても敵わねーよ!


「それにテメー、体育のドッジボールでオレばっか狙いやがって! テメーのへなちょこ玉に当たってみんなに笑われるオレの身にもなりやがれっ!!」


 脳筋方面もダメなのかよお前、もう末期的だな!?

 ガタイがデカくて当て易い奴から狙うのは当然だし、へなちょこ玉を避けられないお前の運動神経がお粗末すぎるんだろがいっ!!


「ったく、無駄におっぱいばっか膨らませやがってよぉイヒヒ♪」


 いきなりアサヒちゃんの胸ぐらにあった手をズラし、たわわな乳房を鷲掴むエロガキ。

 さてはソレがやりたくてしゃしゃり出てきやがったなコイツ!?


「はぁうぅ〜〜〜っ!?」


 恥辱に顔を歪めて身をよじるアサヒちゃんだが、他のガキに羽交締めにされてるため逃れられず、されるがままだ。


 まさか…こんなことを毎日されていたのか?

 お前らの年齢ならイジメで済むかもしれないけど、僕らくらいになると立派に性暴力だからな!?


 チキショウこいつら、スマホの動画に残しておいてやる! 僕はこっそり取り出したスマホで撮影を開始した。いくら子供でも、もう言い逃れできないからな?


「…んあ? なんかいつもと触り心地が違うぞ?」


「あっコイツ、ブラしてるよ! 背中に線が浮き出てる。こないだまで無かったのに」


 エロガキの素朴な疑問に、アサヒちゃんを後ろ手に取り押さえていた手下の一人がにやけヅラで応えた。

 どーでもいいけど日常的に触れてることを自ら認めたなコイツら。


「うひゃひゃっ!? おいおい小四でもうブラかよデカ乳。オトナぢゃあ〜ん?」


「しょーがねーよ、コイツ本当にもうオトナだし。でもオレはノーブラのほうが好きかな〜?」


 小四から見れば十三才はじゅうぶん大人なのだろうか。それにしてもその年でノーブラの良さが解るとは…こっちのガキとは理解しあえそうだ。


「つーかなんでブラなんて要るんだ?」


「着けないと胸が形崩れしちゃうって、オレの姉ちゃんが言ってたぞ」


「お前の姉貴はペチャンコじゃねーか。それでも必要なのか? どんなふうに崩れんだよ?」


「さぁ? スライムみたいなモンだから、ドロドロって溶けちゃうんじゃない? ほら、お婆ちゃんのおっぱいて中身が抜けて皮だけじゃん? あんな感じ」


「溶けるのかよっ!? 皮だけって、放ったらかしたアイスモナカみたいな感じか…キモッ!」


 おっぱいとアイスモナカを同列視できるお前のほうがキモいわ。

 そして何でかショック受けてるアサヒちゃん…キミ、本当は聞こえてるんじゃ?


「…どんなの着けてんだハァハァ?」


「肩紐ないよね。姉ちゃんは持ってないタイプだから気になるなぁハァハァ♪」


 そういや僕もまだ見せてもらってなかったから気になるなぁハァハァ。あと姉のブラを全種把握済みのお前も別の意味で気になるなぁハァハァ…

 じゃなくてっ、女の子脱がすのはさすがにNGだろ!?


 はよ止めなっ…あぁでも、まだ視界がクラクラして四肢に力が入らない。頭の傷も本気で疼いてきた…。こんなときにチキショウッ!!


「あううーーーッッ!?」


 顔を真っ赤にしたアサヒちゃんもイヤイヤと首を振りしきるが、クソガキはお構いなしに彼女の上着に手を掛けて…


 ズドバキィッッ!!


 瞬間、信じられない事態が発生した。

 今まで間近で静観していたリヒトが、突然鋭い回し蹴りを放ったのだ!


 すぐにでもムエタイ選手になれそうなほどの見事なキックに、不意を突かれたエロガキはおろか、アサヒちゃんや取り押さえてたガキ達までもが悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされる!


「…痛ってぇ…あぁっ血ィが、鼻血がっ!?

 何すんだよぉリヒトく〜ん?」


 顔面着地したせいで鼻血を噴いた途端に情けない鳴き声を上げたエロガキを、リヒトは無理やり引きずり起こし、


「誰がそこまでしろっつったよ…ブッ殺されてぇかア゛ア゛ッ!?」


 完璧にブチ切れた様子で凄んでみせると、怖気付いたエロガキは「ヒィッ!?」と呻いて尻餅をついた。

 コイツが情けなさすぎるのもあるが、リヒトのあの眼力は異常だから無理もない。


 けどリヒトのやつ…もしかして、アサヒちゃんを助けてくれたのか?

 自分でここまでお膳立てしておいて…?

 ますますワケわからん奴だ。


「…?…???」


 一方、取り巻きもろとも弾け飛んで地べたに寝っ転がされたアサヒちゃんは、疑問符だらけの顔で周囲をキョロキョロ見回している。

 健常者の僕でさえ意味不明な展開なのに、音声情報が入手できない彼女にはなおさら状況判断が難しいだろう。


 そんな彼女のそばには…弾みで落っことしたのか、彼女のスマホが転がっている。僕とお揃いで買ったペパーミントグリーンのケースを被って。


「…?」


 見慣れないその色に興味を惹かれたリヒトの目が留まる。


「……。」


 次いで奴は唐突に、いまだ足下に倒れ伏す僕に視線を投じた。咄嗟のことだったから撮影中のスマホを引っ込めるのが間に合わず、ケースを閉じるので精一杯だった。


 アサヒちゃんのスマホケースとお揃いの、僕のは黒っぽいダークブラウン。


「…………。」


 おい、なんでそんなにじっくり見つめてるんだ? 動画撮影がバレたのか?


 …いや、どうやらリヒトの興味はケースそのものにあるようだ。同じデザインで色違いの、僕とアサヒちゃんのスマホケースに…。


「…ッ。」


 奴の顔つきが急に険しくなったぞ。何が気に食わないってんだ?


「そういうことかよ…ッ!!」


 バキャアッ!!


「うをっ!? 何してくれてんだお前!?」


 いきなり僕のスマホを足蹴にしたリヒトに猛抗議する。なけなしの金でやっとこさ手に入れた中古の愛機になんてことをっ!!


 小学生の力ごときじゃそうそう割れないはずの強化ガラスが、あまつさえケース越しなのに一撃で悲鳴をあげたぞ!?


「るせェッ!! オレの前でイチャつくなっつったろッ!?」


 だから何を妬いてんだコイツは。ペアケースなんて珍しくも何ともないだろ!?


「お、おい…リヒトく…」


「テメーらは黙ってろッ!!」


 さすがにやり過ぎだと感じた手下どもが止めようとするが、リヒトの剣幕に気圧されて誰も手を出せない。

 普段は寡黙なヤツがここまでブチ切れるなんて、よほど気に入らなかったんだろう。


 まだ怒りが収まらないリヒトは、今度はアサヒちゃんのスマホを足蹴に…とその寸前で、


「あうッ!!」


 命がけで自分のスマホに飛びついたアサヒちゃんが、身を挺して愛機を護ろうとする。

 しかし、


「どけッ!!」


 リヒトは自分より身体が大きいアサヒちゃんをあっさり引き剥がすと、彼女が死守しようとしたスマホを奪い盗り、


 ビシィッ…バキバキャアッ!!


 アサヒちゃんの目の前で、かけがえのない彼女の相棒を両手でへし折った。なんて馬鹿力だ!?


「ぅあぁあ〜〜〜っ!?」


 悲鳴をたなびいてすがりつくアサヒちゃんに、リヒトは無情にも真っ二つになったスマホ本体を投げ返す。だが剥がれたケースはまだ奴の手の中。


「テメーらの薄っぺらい繋がりなんか…こうしてやるッ!!」


 もはや制御不能の野獣と化したリヒトの手の中で…あれだけ頑丈な作りだった革製のスマホケースが、無造作に引きちぎられていく。


 辺りに舞い散るその破片の行方を、呆然となったアサヒちゃんがなす術もなく見届ける。


 そして…地面に降り積もった緑色の亡骸の傍らに、ガックリと膝をついた。


 陽射しの翳りが早まった真夏の昼下がりに、永遠に続くかのような無音の刻が流れる。


 彼女がいつも過ごしているのと同じ、何の物音もしない沈黙の世界…。





「…いた! アサヒッ!!」


 やっと沈黙を破ったのは、耳慣れたユウヒの呼び声だった。


「コラァーッ! 何してんだお前らッ!?」


 続いてこちらは耳慣れない怒鳴り声。けれど首をなんとかそちらに向ければ、ジャージ姿の見覚えのある顔の青年。

 …そうか、プールサイドにいた監視員だ。


「やばっ、先生だ!?」


 リヒトの手下どもがにわかに色めき立つ。

 なるほど、まだ若いからバイト学生かと思ったら、プール当番の体育教師だったのか。


 その後ろからキーたんとアカりんの他、騒ぎを聞きつけた生徒や親子連れが続々とこちらに集まってきた。


「待てぇっ、逃げるなッ!!…あ?」


 威勢よく我先に駆けつけてきた青年教師だったが、そこにいたのがリヒトだと判った途端に急減速。

 その隙に他の手下どもは蜘蛛の子を散らすように逃げおおせてしまった。


「アサヒ、大丈夫…リョータッ!?」


 無事にアサヒちゃんを保護したと思ったら、そばに僕が頭から血を流して倒れていることに気づいたユウヒが血相を変えた。


「キミ、大丈夫かっ? その頭は…まさか…」


 あからさまに面倒なことになったと顔に書いてある体育教師が、僕を助け起こしながら遠慮がちにリヒトに視線を送る。

 凄いなこのクソガキ、教師でもおいそれと手出しできないのか。


「大丈夫、ちょっと殴られて切れただけです。

 …あ、ありがとう」


 ユウヒが差し出したハンカチを頭の傷口にあてて、僕はやっと身体を起こす。たいして出血してないと思ったけど、まだフラつくな。


「…ちょっと…コレ、アンタがやったの?」


 いまだ茫然自失なアサヒちゃんの前に転がったスマホの残骸を目にして、怒りの炎を宿したユウヒがリヒトを睨む。


「ああ。ソレはオレがやった。…けどコイツをやったのはオレじゃねーからな」


 平然と罪を認めたリヒトは、僕にザマァミロとばかりの薄ら笑いを手向ける。こんにゃろ、この期に及んで…!


「…どうしてこんな…いくらキミでもかばいきれないぞ?」


 おいおい先生、アンタまだコイツの肩を持つ気かよ?と呆れ果てた僕らの前で、


「わーってるよ。弁償すりゃいーんだろ、そんな安モン」


「…なんだと?」


 微塵も悪びれずそう抜かしたリヒトに、僕はさすがにカチンと来た。


「お前…自分がしたことがその程度だと思ってるのか?」


 壊れたスマホは修理するか書い直せばいい。

 ケースだって探せば似たようなものはいくらでもある。

 データの大半はクラウドに残ってるから、引き継げば良いだけだ。


 けど…それだけじゃないだろ?

 正直、買い換えたほうが修理するより安上がりだ。

 それでもあえて高つく修理を選ぶ人が多いのは、どうしてだと思う?


 スマホに限らず、何だって…ただのモノじゃないんだ。

 そこにあるのは、使う人の気持ちや想い出そのものなんだ。


 望めば何でも手に入るだろうお前にも、それくらい解ると思ってたんだが…とんだ書い被りだったぜ!


「リョータ、抑えて…!」


「キミっ、バカなことをするんじゃない…っ」


 僕の怒りの大きさを感じ取ったユウヒと教師が必死になだめようとするが、僕はもう自分でも止められそうになかった。


 心のどこかで別の僕が叫んでる。


 オイやめとけ、相手の親は国会議員で地元の名士だぞ?

 国家権力にお前なんか相手になるもんか。

 下手すりゃ出世の道が閉ざされるどころか、檻の中にぶち込まれて人生終わりだぞ。


 アサヒちゃんは確かに健気で可愛いけど、そこまで義理立てする必要あるか?

 お前の恋人はユウヒで、彼女はついでだろ。

 どうしてそこまで構おうとする?

 お前の一生を棒に振るほどの価値があるのか?


 …だけど、僕の本心が怒鳴り返す。


 義理だと? 一生だと?

 知ったことか、そんなもん!


 肝心なところで黙って見過ごすだけだった僕にとって…

 彼女を護ることさえ出来なかった僕にとって…

 これが正真正銘、最後のチャンスなんだ。


 ここで男になれなくて…

 どこで吼えるっていうんだ!?


 いまだ言うことを聞かない身体を奮い立たせ、僕はついに立ち上がった。

 そして、予想外の事態に体勢を崩すリヒトにツカツカ歩み寄って、


「このっ…大バカ野郎ォッ!!」


 怒声とともに握り拳を奴の横っツラに叩き込んだ。


「よくやった!」とガッツポーズをとるユウヒの隣で、体育教師が「やっちまったァーッ!?」と頭を抱えて青ざめる。


 キーたんアカりんその他大勢は突然の出来事にどよめくばかり。リヒトの悪名高さから何があったか予想はついているが、その張本人が殴り倒されるとは予想外だったらしい。


 かくいう僕も、思いのほか派手に吹っ飛んだリヒトを見て、今さらながらに後悔の念にかられていた。


「…ッ…覚えとけよ…?」


 口の中が切れたのか、まさに血反吐を吐きながらフラリと立ち上がったリヒトは、なおも悪態をつく。


「それはこっちのセリフだ。これを見てまだそんなことが言えるんだな、お前は?」


 もはや呆れて物が言えないながらも、壊されたスマホの前でへたり込むアサヒちゃんを指し示して、僕はなおもリヒトを追及する。

 自分よりずっと年下の少年を殴り飛ばした罪の意識に一旦は萎えかけた怒りも、この光景を見た途端に再び激しく滾り出す。


「……チッ。」


 彼女の姿に奴が何を思ったかは知らないが、これ見よがしに舌打ちしたリヒトは殴られた痕を片手でさすりながらスタスタ歩いてその場を離れた。


 わざわざ声を上げずとも、奴が通る先にいた大勢の野次馬がモーゼの十戒のように左右に割れて道を譲る。

 そのど真ん中を悠然と去っていくリヒトの後ろ姿が見えなくなったのを見届けてから…


「ハァ…まずは怪我の治療をしよう。話はそれからだ」


 体育教師はいかにも気怠げに僕を促した。さっきまで被害者だった僕も一転して加害者になってしまったのだから無理もないが、早くもこちらを責めたくて仕方がない雰囲気だ。


「お願いします。でも、その前に…この子を優先してください。けっこう酷い目に遭わされてましたから…」


 いまだスマホの亡骸から離れようとしないアサヒちゃんの隣にひざまずいて、僕は彼女を抱きかかえようとした。

 しかし彼女はその手を力なく振りほどくと、ようやくソレに手を差し伸べた。


 真っ二つに折られたスマホ…ではなく、粉微塵になったケースのほうへと。


 地べたに散らばるジグソーパズルのピースを拾い集めるように、ペパーミントグリーンの破片を指先でつまみ上げては、元の形に組み上げようとする。


 けれども力任せに引き裂かれた破片は変形が酷く、思うようには直らない。

 それでもアサヒちゃんは無限に続く賽の河原の石積みのように、その行為をひたすら繰り返す。


 やがて…破片の上にぼろぼろと大粒の水滴がこぼれ落ちる。

 涙で曇る視界を幾度も拭い去りながら…それでも止めようとしない。


「アサヒ…もう、止めよう? もう、諦めよう?」


 何も手出しできない僕に代わって、ユウヒが彼女の肩を抱いて優しく諭す。


「…ふ…ぅ…っ」


 不意に小さな嗚咽が洩れると…アサヒちゃんの悲しみの堤防は瞬く間に決壊した。



「ぅぁあああぁあああーーーーーッ!!」



 それは、この世のすべてを揺さぶるように絶望的な泣き声だった。

 …いや、もはや悲鳴と言っていい。

 彼女のこんな泣き声を、僕は初めて聞いた。


「アサヒ…ッ!」


『アサヒちゃんっ!!』


 ユウヒや駆け寄ったキーたんアカりんが懸命に宥めようとするが、彼女の嗚咽はもう誰にも止められない。

 しまいには彼女達までもが泣き出した。


 体育教師や大勢の野次馬は、何も出来ずに立ち尽くすだけだ。


 それは僕だって同じだ。目の前で嘆き悲しむ少女に、僕はもう何もしてあげられない。


 僕には、もう…何の力もないんだ。


 悔しいなぁ…ちくしょう。


 …やがて空が赤く染まるまで、彼女の泣き声が止むことはなかった。

 


◇ 



「先に謝らせて欲しい。…スマンッ!」


 保健室に連れて行かれた僕は、これまた若くて初々しい女性看護教諭に頭の傷の治療を受けながら、若い青年体育教師に土下座を披露されていた。


「…それは、このまま黙って引き下がれって意味ですか?」


「…ごめんなさい」


 包帯を巻き終えてから、看護教諭も僕に頭を下げた。

 二人とも同じくらいの年齢だから、今年採用されたばかりの同期かもしれないな。


「冗談やめて! リョータはこんな目に遭わされたし、アサヒだってこの通りなのよっ!?

 このまま指を咥えて見てろっての!?」


 憤ったユウヒが勢い良く指差す先には…

 泣き疲れて眠ってしまったアサヒちゃんがベッドに横たわっている。

 その枕元には、丁寧に拾い集められたスマホとケースの破片が小物入れに収められている。


 それを見守るキーたんとアカりんも一様に疲れた様子だけど、事の成り行きを見届けるまでは帰れないと頑として譲らなかった。


 あれだけの野次馬がいたからには、一連の騒動を隠蔽することはもはや不可能。それでも教諭達はなるだけ穏便に済まそうとしていた。


「リヒト…くんの父親が国会議員で、母親がPTA会長だと伺ってはいますけど…他に何かあるんですか?」


 この二人に睨まれた輩はもう、この街では生きていけないとまで言われている。

 それでも生徒を正しく導くのが教師の務めなら、あれだけの悪逆非道を見逃せるはずが…


「二人は…この学校の理事会メンバーでもあるんだよ。あと取り巻き連中の親にも何人か」


 ああ納得。そりゃ逆らえないわ。


「あたし達だって教師の端くれだから、なんとかしなきゃって常々思ってはいたの。

 こんな騒動も今回に限ったことじゃないし」


「でも教師になってみて初めて知ったけど、学校ってのは企業以上に組織としての統率力が強くてね。

 テレビドラマの学園モノみたいなはみ出し教師は、あっという間に潰されて終わりさ」


 理想と現実のギャップに悩まされるのはどこの世界でも同じか。

 しかも私立校は公立と違い、教師の給料は学校法人自体から支払われている。従って教育者とはいえ民間企業の社員と大差なく、上には絶対逆らえないんだ。


「苦労してやっとありついた仕事なんだ。しかもそこいらの会社よりも割がいい。だから僕らのような新米でもなんとかやっていけてるんだ」


 教職は激務だ。拘束時間が長い上に、世間常識にまだ疎い未熟な生徒達を躾けながら、休日も祝祭日も年末年始も部活動や学校行事で潰されまくる。


 それでいて公立校なら公務員扱いだから、骨身を削って勤めあげても給料はスズメの涙。

 よほどの覚悟と信念がなければ務まらないだろう。


「それに…ボクらはここで出会って、近いうちに入籍予定なんだ。うっかりデキちゃってねテヘッ♪」


「結婚式に新婚旅行に出産育児に…お金がいくらあっても足りないのよ⭐︎」


 知らんがなっ! ノロケかよっ!?

 でもおめっとさんッ!!


「あーた達の将来なんてこの際どーでもいーのよっ!! 階段の踊り場から突き落としたろかいこのクソアマッ!!」


「まあまあ抑えて抑えて…アサヒちゃんが起きちゃうよ」


 怒髪天を突くユウヒをなだめて、


「事情は解りましたし、先生方に直接的な責任はありませんから、そこらへんは追及するつもりはありません」


 ホッと胸を撫で下ろす教員二人に続け様、


「その代わり…一つだけ御協力願えますか?」


 僕はちょっとした取引を持ちかけ、「そのくらいならお安い御用さ」という言質を得た。


「あぁでもこの分だと、近日中に特例会議だろうなぁ。たぶんキミ達にも呼び出しが…」


「解ってます。あとはこちらに任せてください」


 胸を張って安心させようとする僕に、


「穏便に済めば儲けもんだけどね…」


 縁起でもないこと言うなよ先生。

 まあ十中八九モメるだろうし、こちとらはなから穏便に済ます気なんてサラサラないけどな。


「…お母さんに連絡ついたよ。すぐにアサヒを迎えに来てから家に帰るって」


 ユウヒがナミカさんにスマホで事の経緯を説明してくれたらしい。今日も仕事で忙しかったろうに、家族の一大事となれば早々にケリをつけて引き返すあたりが素晴らしい。


「ってことだから、僕らは先に帰らせてもらおうかな? 送ってくよ」


 負傷者がいつまでも頑張ってるのも何だし、それ以上にキーたんアカりんは放っとくといつまでもアサヒちゃんのそばを離れそうにないから、率先して声をかける。


「…ごめんね…何の役にも立たなくて」


「キミらが気にすることじゃないよ。アイツらは僕らでも難儀する相手なんだし、仕方ないだろ」


 いつになくしおらしいキーたんを気遣うも、


「あんな人達なのに…アオぽん、最後まで全然悪く言わなかったんです。だからますます許せなくて…!」


 いつもおしとやかなアカりんは、いつになく怒りに打ち震えていた。


「『お兄ちゃんに買ってもらった大事なケースを壊しちゃってごめんなさい』って。

 壊したのはリヒトくんなのに…っ!」


 その言葉に僕まで胸が熱くなる。

 アサヒちゃん、キミって子は…本当に、どれだけお人好しなんだ?





「カイドウさんには言わないほうがいいわね」


「ええ、海外にいるときにまで余計な心配は掛けたくありませんし」


 僕とナミカさんの意見は一致した。

 いつものようにカイドウ夫妻の寝室にて、僕は一連の出来事を説明していた。




 あの後、キーたん達を駅まで送り届けた僕が美岬邸に戻ってきてからほどなくして、ナミカさんがユウヒとアサヒちゃんを連れて帰宅した。


 アサヒちゃんは迎えが来たときに一旦目を覚ましたものの、帰り道もずっと壊れたスマホを抱いたまま一言も発さず、自室に閉じこもって夕飯も食べずに寝入ってしまったという。


 今はユウヒが付き添って一緒に寝ているけど、ここまで元気がないアサヒは初めてだと戸惑っていた。




「やっぱり厄介な相手だったわね…」


「まったくです。ここまで直接的な手段に打って出るとは思いもしませんでしたよ」


「そのリヒトって子もそうだけど、父親のジモン議員は輪をかけて凄まじかったわ。

 お仕事ついでに色んな人に訊いてみたけど、おおよそ手を染めてない悪事はないって程にね」


 ほお!? テレビ業界でそこまで噂にのぼるくらいなら、こりゃいよいよホンモノだな。


「リョータくん、下手したらマジで消されるわよ?」


「そう易々と消されるつもりはありませんけど、プロ相手じゃ部が悪いかなぁ?」


「…まったく、キミも大したタマね。今回ばかりは相手も相手が悪かったかも…あらら、なんかおかしな日本語ね」


「そういうナミカさんこそ、これだけの惨状を目にして取り乱しもしないなんて只者じゃないですね?」


「ま、昔取った杵柄ってヤツね」


 ナミカさんはフフンと不敵に笑う。頼もしすぎるにも程があるけど…昔はいったい何してたんだろうか?


「頭の傷見せて」


 言われるままにベッドに腰掛ける彼女の前にひざまずき、包帯を取って傷口を見せると、彼女はビビりもせず冷静に観察して、


「鉄パイプか何かで一撃ってトコね。これなら背丈が低い子供でも高所を狙えるし、得物を調べればキミが自分でコケて打ったという相手の言い訳も通じないわ」


 …本当にスゴイなこの人。なんていうか…場慣れしてる?


 だけどそれは有利な証言材料だ。

 なにしろ僕がスマホで撮影を開始する以前の状況を証明できるネタが乏しかったからな。


 スマホはリヒトに壊されてしまったけど、それまでの撮影動画はクラウドにバッチリ残ってた。

 だからあのエロガキがアサヒちゃんにオイタしてるシーンと、リヒトが僕のスマホに蹴りを入れるシーンは確保できた。


 他にとっておきの切り札も見つけたけど…これは文字通り最後まで取っておきたいし、なるべくなら使いたくはない。関係各者へのダメージが大きすぎるからね。


 あと…切り札になるかどうかは不明だけど、一応声掛けはしておいた。すでに一度協力を拒まれてるから望み薄だけどな。


 …なんてことをつらつらと考えてたら、急にナミカさんが僕の頭をギュッと抱きすくめた。

 彼女のふくよかな胸が僕の顔面に押し付けられ、ノーブラの乳首が両目にジャストミート!


「あ゛痛だだだっ!? 傷、傷! おぱーい、おぱーい! 目が、目がァ!? 痛キモチイー!!」


 ムスカ化した僕の耳元に、ナミカさんは優しく囁きかける。


「ありがとう…アサヒを守ってくれて」


 チクショウ…そんなに優しくされたら、せっかく抑えていた感情が爆発しちまうだろが。


「…全然守りきれてませんよ。結局、泣かせてしまっただけでした…っ」


「でも、ずっとアサヒのそばにいてくれたでしょ? そんなにヤバい相手だって、もっとはやく判ってたら…あたしだって…っ」


 ナミカさんの声が震えてる。

 絶対無敵に思えたこの人でも、泣くんだな。


 そうだよな…母親になってまだ日が浅いこの人だって、アサヒちゃんを実の娘のように大切に思ってるんだ。

 僕なんかよりもずっと悔しいに決まってる。


「ねぇ…お◯んち◯しゃぶっていい?」


 …この場面でいきなりこんなトチ狂ったことさえ言い出さなければ、本当に理想的な母親なのに…っ!


「だってリョータくん、勃たないから挿れられないでしょ?」


 人の心の傷をパワーショベルで掘り起こしさえしなければ、本当に理想的な女性なのに!!


「勃つには勃ちますよ。挿れるまで持たないだけで!」


「じゃあ問題ないかな?

 慈しみずっと分け合って〜傷を舐め合う道化芝居〜♪」


 それ放映してたとき、アンタ生まれてないでしょ!? でもよーするに傷を舐め合いたい訳やね。


「カラダが持たない分はテクでカバーします」


 彼女の服の中に手を入れて乳房をまさぐる。


「じーさんかキミは?」


 にんまり笑い返しつつ、ナミカさんも僕の服に手を入れて股間をまさぐる。


 そのまま口づけを交わす。

 今まではじゃれ合いみたいなものだったけど、今夜は男と女として向き合いたいから。


 …そして結局、朝まで「した」。


 気持ちえがったけど…挿らなかったテヘッ♪





 翌朝早々、案の定セイ小より呼び出しがあった。


 今回の一件について正午過ぎに緊急会議を催すので関係者は出席して欲しいとのこと。


 尚、欠席の場合には相手側は刑事告訴も辞さないと言っているそうで…事実上の強制参加、しかも恐らくは『魔女裁判』だ。


 もちろんこちらも一歩も引く気はないから、受けて立つと快諾。

 ナミカさんもこうなることを見越して、あらかじめ仕事を休みにしていた。


 予定時刻より早く着くように、ユウヒやアサヒちゃんも含めて皆でナミカさんの車に乗り込み、セイ小へと向かった。




 セイ小ではすでに昨日の体育教師や養護教諭の他、校長や教頭が揃っていた。いわゆる『運営側』を除いた学校関係者だ。


 今回は誠に申し訳ないと全員で僕らに頭を下げ、「治療費負担や損害賠償は自分達で行うから、ここはおとなしく相手に従ってくれないか?」などと昨日と同様のことを言ってきた。


 僕らの返事はもちろん『NO!』。

 すると彼らは大いに落胆し、再三申し訳ないが援護はできないとまた頭を下げた。

 これが日本の教育の限界にして現実なんだな…と僕らも大いに落胆した。


 そうこうしている内に予定時刻になり、他の関係者が続々と集まってきた。

 リヒトの取り巻き達も保護者同伴で全員出席。皆一様に表情が硬いが、まあ当然だろう。


 その中にキーたんとアカりんもいたので驚いたが、リヒト側から証言のため来るようにと半ば強要されたと半べそで語った。

 二人のご両親も申し訳なさげに頭を下げてきたことから、今回の味方は望めそうもないなと判断できた。


 他にも野次馬が大勢いたはずなのに、誰一人姿を見せず。恐れをなして無視を決め込んだのか、リヒト側が出席を拒んだのかは定かではないが、いよいよ魔女裁判めいてきた。


 開催場所の大会議室に移動すると、長テーブルがコの字型に配置され、その周囲に取り巻き側が着席。やたらと頭数が多いが、いわゆる原告側だな。


 その後方に先程顔合わせした学校側が着席。通常の裁判なら裁判官席だが、彼らに裁定権はないから、単なる司会進行役だ。


 そして僕らはそれらの机に取り囲まれた個別の長テーブルに着席するよう促された。事実上の被告席だ。


 あと…部屋の四隅や出入口に見慣れないスーツ姿の男達が立って、僕のほうを値踏みするように凝視している。明らかに只者ではない雰囲気だ。

 先生方が「相手は本気でキミに罪を着せるつもりだ」と言っていたから、おそらくは警察関係者だろう。

 僕のリヒトへの暴行が確定次第、御縄にするつもりだな。未成年相手にそこまでするか。




 すべてのお膳立てが整ったところで、ようやく姿を見せたのが件のリヒトご本人。


 昨日殴りつけたときには血反吐しか吐かなかったくせに、頬にバカデカいガーゼや絆創膏を仰々しく貼り付けてのご登場だ。

 どうせ大怪我に見せかけるだろうと予想していたから、別段驚かないけど。


 実にふてぶてしい態度で原告席のど真ん中、僕の真ん前にドッカリ腰掛けやがった奴に続いて…


 かつての大女優こと奴の母親、鈴盛土マリアが堂々ご入廷。


 うーむ、やはりさすがのオーラ力ではある。 …が、テレビでよく見かける顔でなければ有名人とは気づかないレベルだろうか。


 かつての輝きはもはや大半が失われ、平均よりはやや綺麗な程度の年相応のオバサンという印象で、思いのほかやつれている。

 よくよく見ても実年齢が特定できないうちのナミカさんとは大違いだ。


 他の来席者が霞むほどのド派手なドレスに身を包み、教育ママがよく掛けてるようなトンガリ眼鏡を掛けた彼女は、周囲の者に愛想を振り撒きつつリヒトの隣に着席。


 それからさも痛々しそうにリヒトの頬に手を差し伸べるも、ウザがる息子にあえなく払い除けられるという実に微笑ましい親子演出も忘れない。




 そして最後にいよいよ真打ち登場。


 会場がひときわ大きくどよめく中、のっそりと入ってきたのがリヒトの父親にして現職大物国会議員・鈴盛土ジモンその人だ。


 その貫禄たるや泣く子も無理やり黙らせる、黙らなきゃブチ殺してでも泣き止ませる問答無用のド迫力。

 実物はテレビで見るよりずっと厳つくて、そんじょそこらのヤ◯ザも真っ青。


 リヒトの年齢からするとずいぶん年上に見えるが、それもそのはずマリアよりも十歳以上年上でもうすぐ還暦とか。いろんな意味で頑張っていらっしゃる。


 来場者が次々に会釈するが、そんなものは当然とばかりに無視し続け、マリアとは反対側のリヒトの隣席にドドーンッと居座る。

 そこでようやくリヒトにニヤリと目配せ。俺にすべて任せておけば問題ないと言わんばかりだ。


 それにしてもこの父と子、悪どいやり方は共通してるけど、こうして並んでると親子とは思えないほど似てない。

 母親の血は色濃く受け継いでるようだけど…やはり年齢が離れすぎてるせいか、ハッキリ言って爺さんと孫だ。


 一方このジモン、対面席に座る僕にはまるで関心がないようにチラリとも目を合わせない。

 たとえ相手が誰だろうと自分が負けることなどあり得ない、とでも言いたげな根拠のない自信に満ち溢れているのだろう。




「…え〜、本日は皆様お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」


 皆が出揃ったところで、教頭がうやうやしくこうべを垂れた。


「先刻ご承知の通り、昨日さくじつ…」


「下らん挨拶はどうでもいいッ!! まずは謝罪させろッ!!」


 天地を揺るがす唸り声を上げ、ジモンが唐突に司会の言葉を遮った。

 会場の空気が一発で凍り付き、大半の子供達が早くも半べそ状態に陥る。


 いきなりタメ口、しかも僕に謝罪させろと来たもんだ。こっちも頭にこれ見よがしに包帯巻いてるのが目に入らぬか?

 国民の代表であるアナタにとって、民意は何処(何処)?


「い、いえあの、あちら様もお怪我を召されてますので…」


「宅のリヒトちゃんの大怪我をあんなのと一緒にしないで戴きたいザマスッ!!」


 続けざまに司会を遮ったのは、今度はマリアの金切り声だが…『ザマス』!?

 漫画以外でそんな喋り方する人、ホントにいたんだ…!


 よくよく聞けば「…でございます」という言葉を超高速で繰り出すからそう聞こえるらしい。長年の疑問が一つ解決した。

 たしかに大昔の映画女優はそんな話し方だったけど、最近はとんと聞かないなぁ。


 それにしても、僕の怪我は「あんなの」で一蹴かぁ。おおかた対等には扱われないだろうと予想はしてたけど、ここまで露骨とはねぇ。


「なんですかその言い方は!? そっちだけが被害者だとおっしゃるんですかッ!?」


 溜まりかねて席を蹴って立ち上がろうとしたユウヒを片手で制し、今度は僕が立ち上がる。


「皆様初めまして、うしおリョータと申します。近隣の県立高で生徒会長を勤めさせて戴いております」


 まずは自己紹介し、丁寧にお辞儀をする。人として当然の挨拶だ。

 僕の態度に来場の殿方は「ほぉ!?」と感心し、奥様方は「まぁ♪」と頬を染める。これもいつものことだ。


「ハッ、こんな奴が生徒会長だとッ!?」


「世も末ザマスね!!」


 若干名、常識が著しく欠除なさっている御来場者もおいでのご様子ですが〜。


「おっしゃる通り、この度は自分の立場もわきまえない身勝手な行動により、このように大変な事態を招いてしまったことを、まずは深くお詫び申し上げます」


 しかし僕は徹底して礼節をわきまえる。まずは味方を増やすためには必要不可欠だ。


「ですが…」


 そこで僕はチラリと、同じテーブルの末席に着いたアサヒちゃんに目を配る。


 彼女は昨夜からほとんど声も出さず、食事にもほとんど箸をつけず…リヒトに壊されたスマホとケースを肌身離さず持ち歩いては、それを見て溜息ばかりついている。


 彼女の会話に必要不可欠なツールを失ってしまったのだから口数が少ないのは当然だけど、それ以上にこの落胆ぶりを目にするたびに胸が締め付けられる。


 だから…決めた。

 僕はもう一歩も引かないと。


「ですが…僕は自身の行いを軽率だったとは思いませんし、後悔もしていません」


「…ぬぅ?」


 ジモンが真正面から僕を見据えた。取るに足らない小童こわっぱから、ようやくそう簡単にはへし折れない相手だと認識する気になったらしい。


「むしろ、よくあの場面で己の正義を貫き、悪童に一矢報えたものだと自画自賛しています」


「あーはぁん?」


 マリアがう◯こを踏んだ米国人のような侮蔑の眼差しを僕に向けた。どっちがク◯まみれなんだよこの◯ソッタレのビッチババア…!


「鈴盛土リヒト。僕は…お前だけは決して許さないッ!」


「…ッ!」


 まっすぐ指を突きつけてそう宣言する僕に、リヒトはさすがにギクリと目線を泳がせる。

 だが…もうそれだけじゃ僕の気が済まない。


「それだけのつもりだったんだよ、ここに来るまでは。

 けど…腐ってるのはミカンの実だけじゃなく、ウジが湧きまくった幹のほうだったみたいだな!」


 ソレ言うたらアカン、言うたらアカンでぇ!?と目を剥く来場者の眼前で、僕は再度、高らかに戦線布告した。



「やいっそこの性根の腐りきった老木どもッ!

 お前らのネチネチしたバイキンマンが他の木を枯らす前に、僕がこの場で叩っ切ってやるから…覚悟しろッ!!」




【第十六話 END】

 前回「年末年始は投稿時期未定」と書いたものの、執筆者時間が大幅に増えたおかげで結果的にペースが上がっております(笑)。


 今回は一貫して宿敵リヒトの憎たらしらさが際立つように書きました。そのぶんアサヒには大変ツライ思いをさせてしまいましたが…きっと仇は取っちゃるかんね!


 そしてラストはリヒト親子こと鈴盛土一家揃い踏み。ここまで清々しいほど悪どい連中は、書いてて楽しいですね(笑)。

 特に父親ジモンは今どき絶対見かけないようなカミナリおやぢ。でも国会方面にはよくいるでしょ、こんなの(笑)。


 『魔女裁判』の本題は次回へ持ち越しですが、半◯◯樹も裸足で逃げ出すほどスッキリするオチにできるよう頑張っております。

 そりゃも〜主人公リョータがたまに見る悪夢の比ではないほどに(笑)。

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