離人。
異世界での暮らしにも少しずつ慣れてきた頃…ウェルと一緒に市場に通ううち、ルミは魔法製作者のムエットという眼鏡っ子と知り合う。
ムエットは主に治癒系魔法を研究開発しており、現在開発中の術はあらゆる疫病の治療効果を飛躍的に促進するものだという。
先刻御承知の通り、この世界での魔法はスマホ型の魔法具により発動し、魔法自体はアプリのように魔法具に登録することで使用可能になる。
また治癒魔法が存在するため医療はそれほど発達しておらず、疫病に関しては直接治癒が可能な術は存在しない。
なぜなら大半の疫病が細菌やウイルスによりもたらされる事実を、この世界の人々はいまだ知らないからである。
しかしムエットはそれら疫病に対抗するには、とにかく栄養を摂り体調を万全にして免疫力を高めることが何より重要であることを世界で初めて認識していた。
この魔法は言うなれば即効性の栄養ドリンクのようなもので、老若男女問わず劇的な治癒効果を発揮するが、そのぶん高価にならざるを得ない。
ムエット的には体調を崩しがちな貧困層にこそ積極的に利用して欲しいが、魔道具にさえ手が届かない彼らには無理難題でしかない。
そんな彼女の苦悩に、ルミはアドバイス…というよりも素朴な疑問を投じる。
「なぜ広告収入で運営しないのか?」と。
「魔道具もサブスクやレンタルなら安く提供できるのでは?」と。
それはルミが元いた世界では今や当然のサービスだったが、この世界ではいまだ存在しない画期的なアイデアだった。
ムエットはすぐさま関係各所に掛け合い、この世界初の広告代理店を発足。
それによりまさに誰でも安価もしくはタダで治療等の恩恵を受けることが可能となった。
さらには『広告』という新たな媒体の出現は予想外の副次効果を次々生み出し、世界の仕組みそのものに大変革をもたらす。
しかしそれは、それまでの極めて高額な治療体制を悪用し暴利を貪っていた有力者達の恨みを買うこととなり…。
「…すんっごい怒涛の展開だな!?」
朝食のテーブルで僕は思わず唸った。
まさか、あの牧歌的な封切りの作品世界がここまで豹変するとは予想だにしなかった。
しかもそれを生み出してるのは現役小学生のアサヒちゃんだというのが、いまだに信じられない。
正直、悔しい。悔しいから認めたくはないけど…認めざるを得ない。
アサヒちゃん…この子は紛れもなく天才だ。
でも相変わらずネタの出所が判り易すぎるけど。
このムエットって眼鏡っ子、間違いなく副会長さんだよな?
先日ブラを買いに行ったときの彼女の商売熱心さに触発されたんだろうか。
あと…今回の展開については僕的に納得いかない点が一つ。
やがてルミ達が有力者達から妨害工作を受けていることがソレイユ姫さんの知るところとなり、彼女の口添えで国王が動いたことで悪漢どもは処罰され、ルミは国の発展に寄与した功労者として認められる下りだけど…
せっかくソレイユと同居してるのに、ルミはどうして直接助力を求めなかったのか?
今では主従関係を超えた親友の立場なんだし、連中が国益を阻害してるのは明らかなんだから、その気になれば有力者達を粛清するくらい屁でもないだろう?
なんて疑問をアサヒちゃんに問うと、
《そんなコトしたらみんなに嫌わられて怖がられちゃうよ!》
彼女は首をブンブン振って慄き、
《本当は悪い人達にも反省してもらうだけで罰したくなんてなかったけど、王様まで出てきたらそうするしか無かったし…》
なんたるお人好し!?
〈でもソレイユも「もっと早く打ち明けて欲しかった」って言ってるでしょ? 結局、友達悲しませてんじゃん!〉
誰にも嫌われずに生きていくなんて不可能だし、使えるコマは有効に使うべきだ。
《悪い人達にも家族とかいるんだよ!? 処刑とかされちゃったらその人達が悲しむし、そこから新しい憎しみが生まれちゃうんだよ!?》
〈だからそうならないように一族全員余すことなく粛清すれば良いでしょ? 敵が一人もいなくなれば後には味方しか残らない。正義は必ず勝つ!!〉
あと連中の子供達を可哀想だからと見逃すと、後々仇討ちとかメンドいことになりがちだし、子供だけで生きていけってのはなおさら可哀想なので、一匹残らず始末すべし。
あ〜僕ってなんて人道的な人格者♪
…なんてな僕の反論にアサヒちゃんはますます青ざめて、
《お兄ちゃんは偉い生徒会長さんなのに、いつもそうしてるの? ちょっとガッカリかも…》
揺るぎない政治信条を語ったはずなのに、なんでかドン引きされて支持率ダダ下がり!?
僕の正しさは人類の歴史が証明しているのに、何故だ!?
《そんなコトばっかりしてると、リヒトくんみたいになっちゃうんだから!》
おや? いつもは他人の悪口なんて絶対言わないはずの彼女が、そんなコト言うなんて…
と思った矢先、今しがたのメッセージが削除され、《今のナシ!》と慌ててフォローが入った。議論が白熱するあまり、弾みで書いてしまったようだ。
でもこれでアサヒちゃんが、あの少年に良い印象を抱いていないことが明らかになったな。
問いただしたところでどうせ何も答えないだろうし、今のところ彼に直接何かされてるという証言は誰からも得られてはいないけど。
先日、せっかく同級生のキーたんやアカりんがそばにいたのに、アオぽんことアサヒちゃんがずっと一緒だったから訊きそびれちゃったし。
だけど今日は千載一遇のチャンスだ。
アサヒちゃんがまた図書館に行くことを二人に伝えたところ、「じゃあ学校のプールで遊ぼう!」とキーたんが提案して、再び三人が集うことになってるから。
またリヒトに遭遇しないとも限らないが、あの日は登校日だったから仕方なく鉢合わせてしまっただけかもしれない。
今日は僕も送迎係として同行するし、家族会員としての体裁をとるためユウヒも参加する。
残念ながら一番頼もしいナミカさんはまたお仕事で不在だけど…代わりにそこそこ頼れそうな味方も呼んである。
これだけの布陣なら、たとえ相手が誰だろうと迂闊に手は出せまいてフフリ。
◇
そして今日もまた小学校までのあの坂道をひたすらヒイコラよじ登る。
正式名称『私立聖盛正学院』、通称『セイ小』。
正式名を思い出すたび腹の皮がよじれるので、以降は通称にて。
ナミカさんから借りた電動アシスト自転車のおかげで校舎までの所要時間も疲労も大幅に減少したが、後ろにはアサヒちゃんがしがみついてる。
小学生一人くらい乗せてもヘッチャラだろうとタカを括ってたら…正直に言うのもはばかられるけど、重い。もはやアシストもヘッタクレもない。
なにしろ実年齢十三才のお嬢さんだし、背中に押し付けられるたわわなお乳の膨らみからして、今日ばかりは重いわ暑いわで小憎らしい。
おまけに図書館への返却図書数キロ分が、これまた地味に重い。
紙キレの分際でなんでこんなにクソ重たいのか? そして図書館はなんでかさばるハードカバーばかり取り揃えるのか?
《ごめんね、重い?》
「うん。…あ。」
ぅをを、つい正直に答えてしまった!
自分でカマかけたクセに、アサヒちゃんは途端にほっぺをプクッと膨らませて、
《もうおっぱい触らせてあげないもん!》
なぬっ、それは困る!から今触る、揉みっ♪
っていつもと感触が違う!?
《残念でした。ちゃんとブラしてます♪》
チキショーなんで今日に限って!?
水着に着替えたらどーせ外すじゃん!?
しかも自転車漕ぎながらムチャな体勢で後ろ手に乳揉んだせいで腕攣った! アダダ!
「白昼の往来で小学生相手に雑技団めいた痴漢行為すなっ!」
さらには背後からカブで追っかけてきたユウヒにラリアットまでかまされた!
「ぐぁっは…白昼の往来で原付でそれはマジヤバいだろ!? 下手したら首もげるぞ!」
「を〜を〜もげろもげちまえこの腐れちんこ野郎っ!!」
その発言こそ白昼の往来で大声でどうなのか。どうやらそーとーブチ切れてるらしい。
「うわ〜修羅場だねぇ♪」
「ユウヒお姉様の腐れちんこ発言戴きましたぁ〜⭐︎」
いつの間にか近くにキーたんとアカりんがワクテカして立っていた。二人とも電車駅からここまで歩いてきたらしい。
「♪♪♪♪♪♪」
アサヒちゃんも自転車から飛び降りて、さっそく二人とじゃれ合っている。
やっと荷台が軽くなってホッとしたけど、送迎係の名折れだなこりゃ。
ここから校舎まではもうすぐだから、このまま皆で歩いていくか。
…アイツらもそろそろ到着する頃だろうし。
そんなこんなでセイ小敷地内の屋内温水プールに到着。
ここも図書館同様、校門外からも入れるように専用通路が整備されている。
ただしプールは基本的には在校生徒とその家族、並びに事前申請した関係者しか利用できない仕組みで、不特定多数が無秩序に押し寄せる事態を回避している。
夏休み中は日中ほぼ無休で開放されており、僕ら以外にも大勢の生徒や親子連れで賑わっていた。
その中に…やっぱりいやがった。
鈴盛土リヒトとその一味が。
リヒト本人は先日初めて遭遇したとき同様、ふてぶてしい態度でプールサイドのデッキチェアでふんぞり返っている。
その周辺をいかにもガラが悪そうな男子小学生の取り巻きが占拠して、我が物顔で遊び呆けている。十人前後はいるかな?
若い美空でもうすっかりマフィアファミリーの貫禄だ。
…お、奴と目が合った。
お〜お〜睨んでるメッチャ睨んでる。僕のほうが明らかに年上だろうにお構いなしだ。
僕が奴にいったい何をしたってんだ?
「ぁぅ…っ」
アサヒちゃんはすっかり萎縮して僕の背後に隠れている。普段は陽気な黄色と赤コンビも意気消沈してるし…奴がいると判ってたら絶対来なかっただろうな。
「へぇ、アレがリヒトくんか…なかなかヤバさげな雰囲気ね」
一人平然としてるのは白いワンピース水着のユウヒだ。
今日は学校内のプールということで一番おとなしめの水着を選んだつもりだろうけど、嫌でも人目を惹く美貌のお前が何を着ようが結果は同じだ。
「誰だあの美人!?」的な好奇の視線が四方八方から深々と突き刺さるのをものともせずに、リヒトとガンを飛ばし合っている。
予想通りユウヒだけでも連中はこちらに手出しできなさそうだけど、さらに念を入れて保険を掛けてある…というか呼んである。
「…リョータ…!」
来たか。あの朝からずっと会ってなかったから、ずいぶん久しぶりな感じだな…マヒル。
競技用の競泳水着に身を包んだ彼女が、後ろに同じ格好のヒマワリちゃんを従えて屋内プールの出入口に突っ立っていた。
あちらは水泳部の合宿中だったからまったく会う機会がなかったものの、よくよく考えたらあれから十日と経ってない。
にもかかわらずマヒルはもう涙腺緩みっぱなしで、今にも僕に飛びついてきそうな勢いだ。
僕としても義理の姉とこれだけ長い間顔を合わせなかったのは初めてだから、会いたかったのは山々だけど…それ以前になんかコワイよコイツ!?
「先輩、ドゥドゥですよぉ…!」
「ハァハァ…リョータハァハァ♪」
ヒマワリちゃんが必死に手綱を握りしめているものの、出走前で餌お預け状態のマヒルは涙とヨダレをダラダラ垂れ流しつつ、ギラギラ血走った眼を潤ませて僕をまっすぐに見据えている。怖っ!
やっぱヤベェよコイツ、禁断症状出ちゃってるじゃん! さっきからセリフが僕の名前だけなあたりが手遅れ感満載だ。
だがしかし、僕だってちゃんと予防線は張っておいた。
「なぁ…アレ、網元マヒルじゃないか?」
「うっそマジ!? ホンモノ!?」
「なんでこんなトコにいるの!?」
…な? こんな場所に全国規模の有名アスリートにして地元のヒーローのコイツが出没すれば、市井が放っとく訳がない。
ちなみになんで合宿中のコイツがここにいるかといえば、もちろん遊びではなく、このプールの下見に呼んだんだけど。
以前にも述べた通り、うちの高校には屋外プールしかないため悪天候時や冬季間中は使用できず、水泳部の長年の課題となっていた。
そこでここの施設が利用できれば、比較的近距離だし休日や夜間も練習できて良いかな〜とひらめいた次第で。
でもまずは部長のマヒルに使えるかどうか見てもらおうと、お忙しい中をわざわざ御足労頂いたのだ。
「す、すみませんサインいいですか!?」
「いつも応援してます! 頑張って!」
「あうぅうぅぁリョオぉおぉタあぁあっ!!」
大勢のファンに取り囲まれて身動きが取れないながらも、マヒルは僕に向けてゾンビのように両腕をフヨフヨ蠢かす。だから怖いって。
にわかに騒然となったプールサイドの向こうで、リヒト一味が歯噛みしてる。いかに有力者の御子息だろうと、超有名人相手にゃおいそれと手を出せまいて。
話題に乗り遅れまいと必死なお年頃の小学生だからして、仲間の何人かはこっちに来たそうにそわそわしてるけど、リヒトがそばにいる手前抜け出せないようだ。
「…さすがに可哀想じゃない?」
ユウヒのお許しが出たので、チャチャッとマヒルを引っ張って施設内の特殊トイレに駆け込み、チャチャッと補給ホース半刺しで空中給油を済ませて(具体的にどーやったかは不問に願いたい)リョータ分を充填させた。
これで数日間はマトモに駆動するだろう。
極々短時間のことだったので、リヒト一味もちょっかいを掛けてくる余裕は無かったようだ。
「へえ〜っ、なかなかイイじゃない!? キレイだしあったかいし深いし五十あるし!」
補給が済んだマヒルはツヤツヤした顔でプールを見渡し上機嫌。
相変わらず語彙力が無いお方なので補足すると、設備が真新しくて水温も高くて水深も充分あってコースも五十メートル備わっていて良い、と申されておる。
特に水深とコース長は重要だ。
巷によくある屋内プールはレジャー目的の施設が大半なので、敷地は広くても肝心の練習プールが二十五メートル以下でコース数も少なく、使いづらい。
その上ここは小学生も利用するから水深はどんなものだろうという不安があった。
でも国内有数のアスリートが太鼓判を押すなら大丈夫だろう。
「じゃあ学校を通して申請しとくぞ」
利用申請はこれからだけど、うちの水泳部は全国規模で有名だし、なんといっても地元のヒーローに使わせて欲しいと言われれば断る道理はないだろう。
「うんお願い。ありがとリョータ♪」
どこぞの通販化粧品を塗ったくったようにテカテカしてるマヒルを見て、
「…ヤリやがったなコイツら。」
「ヤッてますね間違いなくコンチキショー。」
ユウヒとヒマワリちゃんがひそひそ囁き合っていた。
◇
さすがのリヒトもこれだけの鉄壁を突破することは敵わなかったらしく、ずっとこちらを睨んだまま対岸のプールサイドでふんぞり返ってるだけだった。
せっかくのプールだってのに、そんなしかめっツラで楽しいか?
でもおかげでアサヒちゃん達も心置きなく戯れてるし、マヒル達にも良い息抜きになったようだ。
その途中で僕は一人でトイレに向かった。
…もちろん「あえて」だ。
便器で用を足すフリをして、手洗い場に立ったその時、
「…お前。」
案の定、来た。リヒトが。
見上げたことに仲間を連れず一人だけで、トイレの出入口を塞ぐ形で、鏡越しに僕を睨みつけている。
なるほどね…やはりお目当てはアサヒちゃんよりも、僕か。
それにしてもなんつー眼力だよ。背丈は年相応だし体格も当然貧弱だし、声変わりもまだのクセに、そこだけは子供離れしてやがる。
「お前…こないだもアイツと一緒だったな?」
アイツってのは言うまでもなくアサヒちゃんのことだろうけど…お前って僕のことか?
「一応キミよりも年上なんだけどな僕?」
「知るかよ。オレが質問してるんだ」
なんたる威圧感。こりゃ繁華街で噂になる訳だわ。
「お前はアイツの何なんだ?」
「そうだな…保護者みたいなもんかな?」
「…あ?」
「理由あって今、あの子の家で同居してるんだよ」
その回答に身を乗り出したリヒトに危機感を覚えた僕は振り向きざま、
「慌てるなよ。あの子の姉さんも一緒に来てるだろ? 僕はそれの恋人ってことになってるんだ、一応ね」
それなりに納得したように居直ったリヒトだけど、
「…その割にはずいぶん女が多いな?」
コイツくらいの年頃はまだ異性より同性と遊んでたほうが楽しいだろうから、周囲を女性ばかりで固めてる僕は奇妙に映るんだろうか。
「誤解してもらっちゃ困るけど、あの子達のほうから寄ってきたんだよ。
残念ながらキミと違って、男にはモテないからね」
「…ケッ」
お〜ムカついてる。ちゃんと嫌味だって通じたようだな。
「アイツにもそんな調子なのかテメー?」
ををっ、ついにお前からテメーにクラスチェンジしたぞ!?
「もちろん。アサヒちゃんは人懐っこくてカワイイよね♪」
危険を承知で挑発してみたら、マジに掴み掛かってきやがった! ヤベェよコイツ、本当に相手が誰だろうとお構いなしだ!
けれど丁度タイミング良くトイレ前を人が通りかかったおかげで、リヒトは舌打ちしながら僕から離れた。
「…やっぱテメーはダメだ。もうこれ以上アイツに近づくな」
おいおい誰に向かってほざいとんじゃヴォケェッ!?…と逆ギレしたいのも山々だけど、相手が子供じゃさすがに手が出せないな。
「今度またアイツと一緒にいやがったら…アイツが泣くぞ」
は??? なんかおかしな文法だな。言いたいコトは解らなくもないけど。
いまどきの小学生は皆キーたんやアカりんみたく口が達者かと思ったら、こんなお気の毒な奴もまだいたんだな。
「そういうキミのほうこそ、アサヒちゃんの何なんだい? いったい何の権限が…」
という僕の質問を遮って、
「アイツの取り巻きに訊いてみりゃわかんだろ」
リヒトはそれだけ言い捨てて踵を返すと、スタスタとプールに引き返していった。
…ふう、なんてガキだ。生きた心地がしなかったぞ。背中がもう汗だくだよ。
つーか何気にニヒルでカッケーやつだから、アレはアレでけっこーモテるんじゃないか?
アサヒちゃんの取り巻きって、キーたんとアカりんのことだろうな…訊いてみるか?
再びプールサイドに戻ると、ちょうど対岸のリヒト達が引き上げていくところだった。
もう僕とは目も合わさない。
結局泳いでもいないようだし、いったい何しに来てたんだか…?
「…何か話した?」
ユウヒがこっそり耳打ちしてきた。さっき僕のすぐ後を追いかけるようにリヒトが出て行ったのを見てたんだろう。
「ああ。やっぱりアサヒちゃんに御執心だったよ。アレは今度も要注意だな」
するとユウヒは苦虫を噛み潰したように、
「やっぱりね。アサヒ、学校での出来事は楽しかったことしか話さないから…。
でも実際、そんなに愉快なことばかりじゃないでしょ?」
そりゃそうだ。学校がそんなに面白いエンタメ空間なら、不登校児童なんている訳がない。
先日、僕がリヒトについて訊いたときも言葉少なだったし…もう少し調べたほうがいいな。
◇
リヒト達が早々に退散してくれたおかげで、その後は午前中いっぱいプール遊びを堪能できた。
存分に遊んで腹ペコになったら、お次は昼飯だ。僕らは近所のファミレスに向かうことにしたけど、
「リョおぉおタぁあぁあぁ〜〜〜っっ!!」
「ほら先輩、とっとと帰りますよぉ!?」
合宿中の水泳部員は食事制限中でもあるため、用意された物しか口にすることは出来ない。従って二人とはやむなくここでお別れだ。
ヒマワリちゃんにズルズル引きずられ、涙と鼻水をちょちょ切らせながら帰っていくマヒルを、僕らは冷や汗まじりに見送った。
いやはや、アスリートって大変だな…。
さて、僕らは予定通りファミレスへと…
んん〜? なーんか忘れてる気がするけど…まいっか?
セイ小校舎から程近く、繁華街の郊外にファミレスの看板が見えたのを憶えておいて良かった。
そして、一帯は高級住宅街にもかかわらずリーズナブルな店舗で本当に良かった。
アサヒちゃんはともかくリアル小学生の二人を引き連れて繁華街を闊歩するのは問題だろうし、間違ってもシノブの店なんぞに入るわけにはいかないからな。
それにここなら駅にも近いし、昼食後にお開きとするにせよ、二人をまた美岬家に招待するにせよ便利な立地だ。
そのファミレスでアサヒちゃんは特大ハンバーグ定食をペロリと平らげた後、デザートに極厚三段重ね特濃パンケーキを追加オーダー。先日シノブの店で食べた味が忘れられなかったらしい。
途轍もない食欲に黄色と赤が目を丸くする傍らで、ユウヒが「こないだ何を食わせた?」と僕に凄んでくる。
それまではわらび餅なんてシブすぎるものが好物だったというけど、それとは真逆な高カロリースイーツだしな。
が、あ〜んないかがわしい店に連れ込んだなどとは口が裂けても言えないので、僕ん家で出来合い品を食べさせたらハマったとゆーことにしておいた。
けれども、これはチャンスだ。
アサヒちゃんがパンケーキに気を取られている間に、リヒトのことについてキーたんとアカりんに聞き込みしてみた。
「アイツかぁ〜…ハッキリ言って好きじゃないかな〜?」
キーたんはあからさまに嫌悪感を口にしてから、慌てて周囲をキョロキョロ見回して、
「今の、僕が言ったってのは内緒ね?」
こんな子供にさえ口止めを余儀なくさせるなんて、どんだけだよ?
「…正直、私もあまり…。口数が少なくて何をお考えなのか見当もつきませんし…あの通り、コワイですし…」
アカりんも遠慮がちに拒絶。そばにはべらせてるのは男子ばかりだったけど、女子には不人気なのか?
「そうでもないよ。見た目はイケてるし、クールでカッコイイって憧れてる女子も多いんだけどさ…周りがアレじゃん? 怖すぎて近づけないんだよ」
やっぱり問題は取り巻きのほうか。いかにもガラが悪そうなのばかり揃ってたしな。
けどそれ以上にリヒトがヤバいおかげで周囲がおとなしく従ってる訳か。
いずれにせよ、あんな連中が将来の日本を背負って立つのかと考えると今から気が滅入る。
「男子でも怖くて逆らえない子は多いですよ。お仲間の半分くらいは、親に言われて仕方なくそばにくっついてる感じですかね?」
なんでも親が会社の社長や重役って子が多くて、それがリヒトの父親の国会議員・鈴盛土ジモンのご機嫌取りで無理やり付き合わされてるんだとか。
あと、今からリヒトに取り入っておけば子供の将来的に有利だと考えてる親も多いのかもしれないな。金持ちのガキも大変だ。
「で…アサヒちゃんはリヒトに何をされてるんだ?」
「いいえ、何も」
…何もされてない?
「リヒトはいつも偉そうにしてるだけで、色々やらかしてるのは周りの連中だよ」
やっぱりシノブに聞いたのと同じか。
「と言ってもそれほど酷いことはされてないけどね。おっぱい触ったりおっぱい揉んだりおっぱいツンツンしたり…」
全部おっぱいじゃん!? しかも充分ヒドイことだよ!
子供からすれば他愛ないイタズラかもしれないけど、大人になったらそれでどんだけのリーマンが人生狂わせてるか知ってんのか!?
…あれ? どこからともなく白い視線がブスブス突き刺さってくるよーな気が…?
「でも…その時いつも必ず近くにリヒトくんがいるんです。彼がやらせてるんじゃないかってもっぱらの噂ですね」
あんにゃろめ、ヤバいことは全部手下にやらせて自分は高みの見物かよ!?
「けどさぁ、いちばんヤバいのはリヒトのオヤヂでしょやっぱ!?」
そりゃあ何かと黒い噂が絶えない天下の鈴盛土ジモンだしなぁ。子供でも恐れを抱くほどとは…国民の代表が聞いて呆れるぜ。
「たとえば授業参観で、リヒトくんが先生に当てられて発表しようとしたとき、周りの席で少し騒がしくしてる子がいたんです」
「といってもちょっと私語が目立つ程度だったんだけど、みんないつものことだからって放っといたんだよ」
「そしたらリヒトくんの御父様が突然ブチ切れて『うるさい黙れッ!!』ってその子を怒鳴りつけたんですよ。他の親も大勢いるのに、みんなシーンってなっちゃって」
それはなかなかにキョーレツだな。
でも鈴盛土議員が国会答弁でヤジを飛ばした野党議員を一喝したり、ぶら下がりで不躾な質問をした記者をつまみ出すのは今に始まったことじゃない。
言い分はたしかに間違っちゃいない。けど言い方が悪すぎるんだ。
だからしょっちゅうマスコミに吊し上げられるんだよ。氏本人はまったく意に介さないけどね。
「可哀想にその子、わあわあ泣き出しちゃってさ。そしたら今度は『邪魔だから出て行って泣け!!』だよ。さすがに酷すぎない?」
それはヒドイ。
昔はたしかにそんなふうに誰彼構わずどやしつけるカミナリ親父が大勢いたらしい。
けど今は下手すりゃ裁判沙汰だ。相手にPTSDが認められれば傷害罪にすら問われかねない。
「結局その子の親が平謝りして、その子を抱えて慌てて教室から飛び出して行きまして…」
「…んで、その子は?」
「もう学校に来てないよ、それからずっと。辞めたんじゃない?」
「お辞めになってはいないけど、怖くて家から出られなくなったって噂ですよ?」
モロPTSDじゃん!
それでも鈴盛土議員が罪に問われることは決して無いんだろーなぁ…。
息子のエコ贔屓ぶりも甚だしさが極まっちゃってるし、よくこれで苦情が出ないもんだな?
「ちなみにリヒトの母親はPTA会長だからね。下手に逆らうと先生でも辞めさせられちゃうって話だよ」
うおっ、国会議員様だけじゃなく母親の鈴盛土マリアも難物だったか!
つまり苦情が出ても出所ごと揉み消して握り潰してるのか。マジ始末に負えんなこりゃ。
先日同様に顔中クリームだらけにしてパンケーキを頬張り続ける幸せ真っ只中のアサヒちゃんを眺めつつ、もはやなす術なく溜息しかつけない僕だった。
◇
さて昼食後はどうしようかと考えながら、ファミレスの駐輪場に停めてあったアシスト自転車を引っ張り出したとき…
やっと何を忘れていたのかが判明した。
自転車の前カゴに、アサヒちゃんの手提げ鞄が入ったままになっていた。
鞄の口からは図書館の仕分けラベル付きの本が覗いている。
つまりコレの返却を忘れていたのだ。
アサヒちゃんにそのことを指摘すると、彼女もプールで遊び呆けたせいですっかり頭から抜けていたらしい。
なら僕が代わりにひとっ走り返却してこようかと思ったら、本人以外の手続きは認められないとのこと。
過去に賃貸システムの盲点を悪用して本人確認をチョロまかし、希少本を盗み出そうとした事例があったせいらしい。
しかも返却期限が迫ってる書籍が多いとかで、アサヒちゃんが困惑していると、
「じゃあ、あたし達が付き添うよ!」
「どうせこの後することも無かったけど、もう少しご一緒したかったですし♪」
とキーたんアカりんが快く申し出てくれたので、三人だけでセイ小まで引き返してもらうことにした。
リヒト達はもう帰った後だから危険はないだろうしな。
それに…あんだけ食べまくったんだから、腹ごなしには丁度いいだろう。さもなきゃいい加減太るぞ?
「もしくは、またおっぱい大っきくなっちゃうかもね♪」
「あうぅ…っ」
「兄さんセクハラ好きだねぇ♪」
「そのうち訴えられちゃいますよ⭐︎」
やかましいクソチビ二匹は放っといて…
返却が終わって駅まで引き返してきた頃にはもう程よい時刻だろうから、黄色と赤とはそこでお別れ…という算段だ。
駅からならアサヒちゃん一人でも自宅まで問題なく帰って来られるし。
そして僕はユウヒに付き合って、またスーパーに買い出しに行くことにした。今日は自転車があるから多少の荷物も積めるし。
それでもユウヒの原付と僕の自転車とじゃ速度が違い過ぎるので、二人して車体を押して徒歩で向かう。
「…マヒル、思った以上にヤバかったね」
「ああ、よもやあそこまで悪化してるとはね。もうすぐ大会だってのに大丈夫なのかアレで?」
「そうさせたのはアンタでしょ。特殊トイレに鍵かけて、二人してナニしてたの?」
「…給油してました」
「…もう何を言ってもいかがわしくしか聞こえないけど?」
実際いかがわしいコトしてたからな、親子連れも多い小学校の校内で。
…ぅわ今さらちょっと萌えてきた♪
「…今から行くスーパーに特殊トイレは無いからね?」
「判ってますよ。…むしろなんでそーゆー連想に至るのか小一時間問い詰めたいね♪」
「…いぢわる。」
などと甘々ながらも不毛なバカップル会話を繰り広げつつスーパーの近くまで来たところで、狙いすましたように僕のスマホが鳴ったもんだから業界用語でクリビツテンギョウ、専門用語でびっくり仰天。
恐る恐る着信画面を確認すれば…
「なんだアサヒちゃんか…」
二人してホッと胸を撫で下ろす。
忘れ物かな? でも彼女の荷物は全部持っていったはずだけど…?
そして着信内容も不可解だった。
「…なんだこりゃ?」
チャットアプリのメッセージに添付されて届いたのは、一枚の写真。慌てて撮ったのか手ブレが酷くて、何を写したのか判らない。
おまけに肝心のメッセージ内容は空っぽ。撮り損ねた写真一枚きりなのだ。
「誤送信かな?」
「アサヒにしては珍しいね。私よりもスマホに慣れてるから、ミスなんて滅多にしないのに…」
…なんだろう、嫌な予感がする。
今のメッセージについて取り急ぎアサヒちゃんに確認をとってみた…けど返信はなかった。
いつもならマッハで応えるはずの彼女が。
念のためユウヒからもメッセージを送ってもらった…けど、やはり応答がない。
こいつはいよいよ怪しくなってきたぞ。
キーたんやアカりんも一緒だから、そっちに連絡して…と思ったものの、残念ながら彼女達とは連絡先を交換してなかった。
彼女達のアドレス帳に僕のような男が登録されているのをまかり間違って親御さんに見つかろうものなら、あらぬ疑いが掛かりそうだったから。
同様の理由でユウヒも彼女達の連絡先を知らなかった。いつもはアサヒちゃん経由で連絡を取っており、そのアサヒちゃんと今は連絡がつかない。
要らない気を回したときに限ってこんな事態に陥るアルアルだぜチキショウ!
「まさか…リヒトくんに…?」
「いや、アイツらは僕らより先にプールから帰って…………あ。」
そこまで言いかけたとき、僕は大変な思い違いをしていたことに気づいた。
たしかにリヒト達は早々とプールから退散していった。
けど…学校の敷地外に出たところを確認したわけじゃなかった…っ!
「アサヒ…ッ!?」
瞬く間に原付に飛び乗り、もどかしげにヘルメットを被りつつ、
「先に行ってるから!」
ユウヒはアクセルを空ぶかす。
「僕もすぐに追いつく! キーたんとアカりんを見かけたらよろしく!」
遅れて自転車にまたがりペダルを漕ぎ始めた僕に一つ頷くと、ユウヒのカブはあっという間に視界から遠ざかった。
対する僕の足は電動機付きとはいえ自転車だから、どう頑張っても太刀打ちできない。
しかし予想以上に楽に坂道を登れるから、必死に漕ぐ必要はなく多少は余裕があった。
なので法令違反覚悟で走りながら再びスマホを引っ張り出して、さっきの写真を検証する。
…何が写ってるのか判然としないものの、そこはかとなく見覚えがある。
真っ青な背景は今も頭上に広がる青空だとして、流れる緑の塊…は木々か。
そして木々の間に写る堅牢な建物っぽい物体。これが既視感の大部分を占めるんだけど…
おや? 足下に石畳がわりとハッキリ写り込んでる。ここは…つい最近通った憶えが…?
堅牢な建物と、そこへ伸びる石畳状の通路…
考えるまでもなく、そんな場所は一箇所しか思い当たらなかった。
そう…数日前にアサヒちゃんと通った、図書館の専用通路だ。その途中にいたリヒトと初めて出会した場所でもある。
あんにゃろめ…アサヒちゃんが学校に来たときには高確率で図書館を訪れると踏んで、張り込んでやがったな?
そこへ迂闊にも小学生三人だけで向かわせたもんだから…!
くそっ、早くなんとかしないと!
アシストが効いてても、やっぱり自転車じゃ遅すぎる!
先に行ったユウヒは今頃どこ走ってんだ、全然見えないぞ!?
ピロリン♪
おっと、そのユウヒから着信だ。
《一時停止不履行で切符切られてるナウ(T ^ T)》
アホかぁ〜〜〜〜いっ!!
◇
てんでアテにならなかったユウヒはうっちゃって、結局こっちが先にセイ小にたどり着いた。
よくよく考えたら原付じゃ駐車場以外には侵入できないから、どのみち足手まといだったしな。
そして図書館までの専用通路をしばらく進んだところで、なす術なく立ち尽くしていたキーたんとアカりんを発見した。
二人も僕を見つけるなり、泣きべそ掻いて走り寄ってきた。
「リヒトがいたんだな!?」
「う、うん! プールにいた連中と一緒だった!」
「木陰から出てきて私達を取り囲んで、アオぽんだけ無理やり連れて行って…!」
「他の奴にチクッたら殺すって…!」
笑えない冗談だな。取り巻きはともかくリヒトなら本気でやりかねない。
「どこに行った?…どうせ僕が来たら案内しろって言われてるんだろ?」
僕の言葉に二人は「よくわかったね!?」と目を白黒。まあリヒトの狙いは僕をおびき出すことだろうしな。
つまりアサヒちゃんは『餌』だ。だから僕が行くまでは無事な可能性が高い。とはいえ悠長に構えてはいられないけど。
「ココから図書館の横を通っていくと、体育館の裏側に出られます」
アカりんが指差す方向を見れば、木立ちの間に細い獣道がついていた。
「ガラクタ置き場になってて、普段誰も来ないからアイツらの溜まり場になってんだよ」
キーたんが補足。さすがクソガキども、粋な場所を知ってるじゃないか。
「じゃあ、コレ預かってて」
僕は自転車を二人に預けると、ユウヒにメッセージを送って、
「すぐにユウヒが来ると思うから待ってて。
あと、できたら先生とか呼んでくれる?…たぶん無駄だと思うけどね」
それだけ言い残してから獣道に分け入った。
ほんの少し進んだだけで周囲の雰囲気がガラリと様変わりする。
木々の葉陰に閉ざされた道は昼下がりでも薄暗く、天然のトンネルと化している。それほど鬱蒼としてる訳でもないけど、気分はさながらジャングル探検隊だ。
その壁の一端を担う図書館の外壁もやたらとゴツくて圧迫感がある。閉所恐怖症でなくとも胸が締め付けられるほどだ。
子供の頃はなんの疑問もなくこんな不気味な場所を秘密基地にしたりしてたもんだけど、今の目で見ると無理無茶無謀にも程があるな。
そして図書館の横を通り過ぎると、今度は体育館。その周囲をグルリと回り込めば…
情報通り、学校の備品や資材とおぼしきガラクタがうずたかく積み上げられた空き地に出た。
そのてっぺんに…いた。リヒトが。
周囲に手下をはべらせて、さながらマフィアの親玉気取りか。
やっぱりコイツらには日本の将来は任せられない。繁華街でグダを巻いてるのがお似合いだぜ。
「…来たか」
僕の到着を待ち侘びたようにリヒトが立ち上がる。やっぱり僕を狙ってたんだな。
「…アサヒちゃんは?」
真っ先にそう問いかけると、奴は答える代わりに足下に向かって顎をしゃくり上げた。
すると…物陰から、左右を手下に取り押さえられたアサヒちゃんが現れた!
「アサヒちゃん、無事か!?」
聞こえるわけないのに思わず声を張り上げる。
すると僕に気づいた彼女は緊迫した様子で、
「あうーッ!!」
なんだ? 無事に再会できたことを喜んでるというよりは…逃げろってか!? なんで!?
そういえば…リヒトの取り巻きって、プールではもっと多くなかったっけ?
目の前にいるのは合計七、八人くらい…
「…ッ!?」
それに気づいて慌てて身構えたけど、もう手遅れだった。
背後から後頭部にガツン!と鈍い衝撃が加わり、僕はたまらずその場に倒れ伏した。
「あ、あぁ…やっちゃった…!?」
「リ、リヒトくぅん!?」
いつの間にか後ろに突っ立ってた二人のガキが、手にした廃材を力なく取り落としてブルブル震えつつ、情けない声を上げる。
「慌てんな…これぐらいじゃ人は死なねーよ」
リヒトは慌てずゆっくりガラクタの山から地面に降り立ちつつ、僕の前に立ちはだかった。
何の根拠もなくテキトーほざくな。子供の力でも当たりどころが悪けりゃ死ぬぞ!
そして僕は確信した。やっぱりコイツが主犯だと。
コイツ自身はまったく自分の手を汚すことなく、今みたいに手下に命じてアサヒちゃんにちょっかい出してやがったな?
「で、でもこの人…血ィ出てるよ…?」
自分でやらかしたにもかかわらず他人事のような実行犯の口ぶりに、恐々頭に手をやれば…
うわマジか。手のひらが真っ赤に染まった。
意識はしっかりしてるから致命傷じゃないだろうけど、身体に力が入らす起き上がれない。脳震盪でも起こしたかな?
「あうぅ〜〜〜っ!!」
羽交締めにされたまま泣き叫ぶアサヒちゃんに迷惑そうに一瞥くれて、リヒトは薄ら笑いを浮かべる。
「言っただろう? お前がいたら、コイツが泣くって」
このヤロウ…泣かせたのはお前だろがい!
つくづく小学生にしておくのは惜しいほどの悪役ぶりだな。
僕もたいがい酷い目に遭わされてきたけど、よもや小学校で生命の危機を感じる状況に陥るとは夢にも思わなかったぜ。
おかげでお前のことが心底嫌いになれたよ。
この僕にここまでしといて、タダで済むと思うなよ?(←死亡フラグ)
鈴盛土リヒト…お前は絶対に許さないッ!!
【第十五話 END】
前々回にちょろっと出てきた要注意人物リヒトが、いよいよ牙を剥く回です。
実は前回にて予定していた展開でしたが、色々詰め込んだら尺が長くなりすぎたのでワンクッション挿みました(笑)。
コイツも何かと難儀なキャラですが、物語がターニングポイントを迎えるにあたって重要な働きを見せる予定です。
やはり小学校名物といえばモンスターペアレンツですから(笑)、そうしたエピソードを盛り込みたくて出したキャラです。
あまつさえ父親は国会議員、母親は元女優でPTA会長とゴリゴリの難敵。はたして主人公はこの危機をどう乗り越えるのか!?が今後の見どころですかね。
さて、突発的かつ無計画にスタートしたこの作品もいつの間にか年越しを迎えますので、年末年始は多少は投稿が遅れるやもしれません。
まあ誰も読んでないと思うけど、自分自身への言い訳として予防線をば(笑)。




