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はのん  作者: のりまき
12/27

美岬家の食卓

「アサヒから音を奪ったのは…私なの。」


 一瞬、何を言われたのか理解不能だった。

 寄せては返す波の音が一際喧騒を増して、考えがまとまらない。

 季節は夏真っ盛りだというのに、急に肌寒く思えてきた。


 僕のこれまでの人生経験も充分オオゴトだと思ってたけど、ユウヒのそれは常に予想の斜め上を突っ走っている。


 トドメにこの一言。もう次元が違いすぎる。

 第一、何をどうすればそんな事態に陥るのかがまるで解らない。


 そんな、まさに開いた口が塞がらない状態の僕の隣にちょこんと腰を下ろした彼女は、背中を丸めてぽつり、ぽつりと話し始めた。


「アサヒが生まれて間もない頃にね…」





 ひょんなことから家族になったユウヒとその母親、そしてカイドウ氏。


 最初はさる組織から救出した母娘をかくまっていただけの関係も、時間が経てば少しずつ変化していく。


 だが幼いユウヒにとって妹であるアサヒちゃんの誕生は、まさに晴天の霹靂だった。


 母親の体型が目に見えてふくよかになり、疲れて家事を休むことが多くなったとは思っていたが…人間をまるまる一人産み落とすなどとは予想もしなかった。


 そんな次第だからして、急に「今日からあなたはお姉さんだからしっかりね」などと言われても納得できるはずもなく…。


 急に家族に加わった謎の生命体の一挙手一投足にいちいち一喜一憂する両親の様子に、何もかもを一気に奪われたようなやるせなさを感じていた。


 …やがてアサヒちゃんの世話に皆が慣れた頃、カイドウ氏はジャーナリストの仕事を再開し海外へと旅立った。


 家族が一人増えた分の食いぶちも稼がねばならないし、ろくに家事もこなせない自分が皆のそばにいても邪魔になるだけだ…。


 新米父として張り切りつつも、男親にありがちな間違った気遣いをしていたことは言うまでもない。


 そして間違っていたのは母親も同様だった。元来虚弱体質な彼女は出産がもとで体調を崩していたが、愛する夫に心配をかけまいと皆に隠していた。


 しかし当然のように病に倒れ、やむなくまだ幼かったユウヒに大半の家事を一任せざるを得なくなった。


 それでもユウヒは自分が皆に必要とされていることに自尊心を満足させ、慣れない家事に健気に取り組んだ。


 また最初は敬遠していたアサヒちゃんの世話も率先するうち、次第に姉としての自我が芽生え、妹の可愛さにも目覚めた。


 だが母親の容態は日増しに悪化し、じきに寝たきりになった。それでもカイドウ氏に窮状を訴えようとはしなかった。

 彼の仕事の妨げだけにはなるまいと思っていたことに加え、連絡手段が無かったのだ。


 当時はまだスマホがそれほど普及しておらず、たいがいの日本人はいまだガラケーを使用していた。

 通信速度は現在とは比較にすらならないほど遅く、Wi-Fiにも非対応。なにより国外では繋がらない。


 カイドウ氏のように世界を股にかけて飛び回る生粋の風来坊を、そんな使い勝手の悪いツールで捕まえるのは事実上不可能である。


 従ってユウヒは彼と連絡がつかないまま、病の床に伏した母親と生まれたばかりの妹の世話をしながら日々の家事をこなしつつ懸命に生き抜いた。


 カイドウ氏は訳あって親類縁者とは疎遠なため、頼れる肉親は皆無。

 当てになるのは母親と比較的仲が良かった近所の世話好きなご婦人だけだが、たまに様子を見に来るだけで、そう頻繁にご厄介にはなれなかった。


 その上、ユウヒの身の上は極めて特殊であるが故に、まだ学校には通学できていなかった。

 当時はヤングケアラーなる存在に今ほど社会的関心が高くなかったこともあり、ユウヒの奮闘ぶりを知るものはほとんど誰もいなかったのだ。


 …ほどなくして薬の在庫が切れ、母親は苦しみ抜いた挙句、微動だにしなくなった。

 すなわち、誰がどう見ても死亡していた。


 だが信じ難いことではあるが、物心つくまで特殊な環境下で育てられたユウヒには『死』という概念が理解できなかった。

 いずれ体調が回復すれば再び目覚めると思い込み、妹同様に死体の世話を続けていた。


 すると今度はその妹の調子が悪くなった。

 高熱を出して朝から晩までずっと泣きじゃくっている。明らかに危険な兆候だった。


 しかし医療知識のないユウヒにはどうすることもできず、医者に診せるという発想すらない。

 頼みの綱の父親はいまだ帰宅せず、母親はもういない。


 ユウヒに出来ることはといえば、妹の耳障りな泣き声に我慢しつつ父親の帰りを待ち侘びるのみだった。


 そこへ久しぶりに様子を見に来た近所のご婦人が、すでに事切れた母親と高熱にうなされるアサヒちゃんを発見。

 通報によりすぐさま警察が駆けつけたが、すべて後の祭りだった。


 母親の死因は持病の悪化等による衰弱死と鑑定。無論事件性はなく、また幼いユウヒにも一切の罪はないものとして内密に処理された。

 また救急搬送されたアサヒちゃんは一命を取り留め、子供ならではのめざましい回復後に無事退院となった。


 通常ならばここで保護施設に搬送されてもおかしくはないが、いまだ連絡がつかない父親が有名ジャーナリストのカイドウ氏であったことから、様々な大人の事情で処置が見送られた。

 一説によれば外務省関係者が彼に連絡を取るため奔走したらしい。


 近所のご婦人宅が一時的に幼い姉妹を引き取り、ユウヒはやっと忙殺され続けた日常から解放された。


 ところがそこで皆はやっとアサヒちゃんの異変に気づいた。

 通常の乳幼児ならそろそろ周囲の物音に敏感に反応しても良い時期なはずが、どれだけ大声で呼びかけようと、まるで無反応だったのだ。


 すぐに診察を受けた結果、長期間の高熱発症による脳性麻痺を起因とする突発性難聴と診断された。

 つまり耳の機能は正常ながらも、そこで得た情報を音声として認識できないのだ。


 こうしてアサヒちゃんは半永久的に一切の音を失くした静寂の世界に住まうこととなった。





 それ以降の話は以前にカイドウ氏から聞いたけど…そこへ至るまでの経緯が、これほどまでに凄まじいものだったとは。


 つくづく、あれっぽっちの不運で世界一の不幸者を気取っていた自分が嫌になる。


 ユウヒを取り巻く怨嗟の闇は、知れば知るほどその深さと淀みを増す。

 そんな彼女を一時いっときでも救えた気になっていた自分が恥ずかしい。


 いまだに過去のしがらみに囚われ続ける彼女に僕ができることは、もう何もないのではないかとさえ思えてくる。


 カレシとしてはこの場合、どうやってカノジョを慰めれば良いのか…?


「…『カレシとしてどうカノジョを慰めたら?』とか思ってるでしょ?」


 ズバリ図星を指されて焦る僕に、ユウヒはやっとクスッと微笑んだ。


「いいんだよ、今さらどうしようもないコトだって解ってるし…誰かに聞いて欲しかっただけだから」


 そう言いながらも僕の手を引いて、ユウヒはその場に座るよう促す。

 言われてようやく自分が呆然と立ち尽くしていたことに気づいた僕は、得体の知れない重圧に押し負けて砂浜にへたり込んだ。


 なんというか…全身に力が入らない。どうやったら立てるのかすら忘れてしまったように両脚が震えて言うことをきかない。


 繋いだままの彼女の手がひんやり冷たいのが心地よくさえ感じる。

 けれどもそれは彼女の不安の体現だってことに気づいた僕は、慌てて手に力を込めた。


「ごめんね…重い話しちゃって」


 僕に身体を預けるようにユウヒが肩を寄り添わせる。ただそれだけのことなのに全身にズッシリとした重みを感じる。


「…まったく…重いカノジョだなぁ」


 ついに同情さえ放棄して本音をダダ漏らせる僕に、ユウヒはムウっと膨れっ面になる。


「物理的な意味じゃないよね?」


「いや部分的には充分重いけど?」


 繋いだ腕の肘を揺らして、彼女の胸を小突く。こんな状況で面白くもない冗談を飛ばしてしまったことに遅れて後悔したけど、そうでもしなきゃ耐えられなかった。


「…僕も昔はこう思ってた。親が家に帰って来ないのは自分のせいだって。

 自分が生まれてしまったせいで家庭が壊れたんだって」


 やっと考えがまとまった僕の言葉を、ユウヒは黙って聞いている。


「でもさ、子供が生まれた程度でおかしくなる家族なんて、元々壊れてるんだ。

 子供を作っちゃいけないイカれレた大人達が無責任にやらかした、当然の結果なんだよ」


「それって…うちのお父さん達もイカレた大人だったってコト?」


 オイタした僕の肘をつねり上げて、ユウヒはますます不機嫌な顔になる。けれども僕はもう遠慮なんてしない。


「そりゃそーでしょ。あんだけ自由奔放に生きてるやりたい放題なオッサンのどこいら辺がマトモだと思う?」


「…一ミリも思わない」


 反論の余地もないユウヒは仕方なく苦笑する。


「さらに悪いことに、彼にはもう子供がいた。彼に輪をかけてマトモじゃない、カワイイ女の子がね」


「誰が変態な美少女よ!?」


「あ゛痛だだだほらほらそーゆートコ!」


 力任せに僕の肘の皮を捻り上げるユウヒに涙をちょちょ切らる。そこまでは言ってない!


「そんな凸凹な家族だけどさ…結果的に壊れてないなら、それが正解だったんだよ。

 もちろんアサヒちゃんには気の毒だけど、どうにもならない運命ってのもあると思うんだ」


 後悔先に立たずって言葉があるように、すべてを完璧にこなせる人なんていない。

 ちょっとした失敗が大惨事を招くことなんて、人類の歴史を見てもしょっちゅうだし。


「カイドウさんは家族のために仕事を頑張って、お母さんはそんな彼に心配かけまいと頑張って生き抜いて、ユウヒはそんな皆を支えるために幼いながらに頑張った。

 みんな他の家族のために精一杯頑張ったんだから…誰も悪くなんてないんだよ」


 これは僕の生徒会長としての政治信条でもある。常に何かのために頑張り続けた者を、僕は罪には問わない。

 シノブや風紀委員長さんも多少の過ちは犯しても、人に恥じない生き方をしてると僕は思う。だからこそ仲間に迎え入れたんだし。


「まったく…僕ん家とは大違いだよ」


 家族の重圧に負けて僕らを捨てた父親。

 自己利益を優先して僕から去った母親。

 そして…そんなクソッタレな両親を信用して、ただ帰りを待ち侘びるだけだった僕。


 そんな何の目的もなく流され続けるだけの連中を、僕は許さない。

 だから網元家に…マヒルの父さんに拾われた時、僕は生まれ変わることを決意したんだ。


 もう、これからは誰も信用しない。

 僕自身が信用に足ると判断した人以外は。


「ありがとう…。リョータなら、きっとそう言ってくれると思ってた」


 僕に甘えるように身体を寄せるユウヒの温もりが、冷え切った心に心地よい。


「リョータで二人目だよ。お父さんに続いて…ね」


 その言葉でやっと解った。ユウヒがどうして僕に心を開いてくれたのかを。


 僕が似てたからなんだ。

 彼女がいちばん信頼する…カイドウ氏に。


「それじゃあ、ナミカさんにも感謝しなきゃ。

 僕らが出会うきっかけを作ってくれた人だからね」


 カイドウ氏が連れてきた再婚相手の彼女に、ユウヒは当初猛反発した。

 それは、ナミカさんを異物だと思ったからだ。

 彼女が必死で繋ぎ止めた、自分やカイドウ氏、アサヒちゃんたち家族の繋がりを断ち切りかねない異物だと。


 けれどもその判断が誤りであることに、ユウヒは自分で気づいていた。

 今後の自分達にはナミカさんのような存在が必要不可欠であることにも。

 そして今はユウヒ自身が、そんな異物になり変わりつつあるのだと。


 そんな彼女達の仲を修復するためには、ユウヒの謝罪が何よりも重要だった。

 そのタイミングで僕と出会ったことが、彼女を後押しするきっかけとなったんだ。


 ユウヒが誰よりも信頼する父親と同じ言葉…『悪いと思ったら直接謝らなきゃ伝わらない』と教えてくれた、僕との出会いが。


「…やっと解ってくれた?」


「ああ、やっと解ったよ」


 自分で言うのも何だけど…僕はイケメンだ。

 この見た目だけで言い寄ってくる女子は、昔から後を絶たない。

 事実、ヒマワリちゃんもシノブも副会長さんも、最初はそれが目当てだった。


 数少ない例外が、そんな僕の見てくれに惑わされず警戒を解かなかったマヒルとユウヒだ。

 そしてマヒルとは、やっと打ち解けるまでに半年以上もの時間を要した。そのぶんその後がグダグダだったけど。


 けれどもユウヒは、出会ったその日に突然コロッと態度を豹変させた。その後も終始押せ押せで、何もかもが急すぎた。

 だから絶対なにか裏があると思って、僕は警戒を怠らなかった。


 ユウヒのことは…

 今の今まで、信用してなかった。


 けれども…


「ユウヒは…本気で僕のこと、信頼してくれてたんだね」


 僕は他人を信用しない。

 たぶんユウヒも薄々それに気づいてた。僕がかつての彼女と同じ空気を漂わせてたから。

 だからこそ、一刻も早く僕の信頼を得ようとあの手この手で僕に尽くしてくれてたんだ。


 でもそれはことごとく逆効果で、彼女が近づけば近づくほど僕は彼女を遠ざけようとして、彼女の期待を裏切り続けた。


 それでも…そんな僕のことを、彼女は信じて待ち続けてくれてたんだ。


「…まったく…気づくのが遅いよ」

 

 彼女の瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。


 夏の陽射しは翳りも早く、昼過ぎにはもう体感で半分くらいの光量になる。

 僕らの他には誰もいない浜辺に、穏やかな眩くも優しい光に彩られた二人分の影が伸びる。


 ここで熱い口づけでも交わせば青春ドラマ的には超クライマックスなんだろうけど…

 残念ながらコレ、ラブコメなのよ♪


「こんなに甲斐甲斐しいカノジョ差し置いて、義理の姉と一発やらかすとか…近親相姦野郎⭐︎」


「ぐっっっはぁーーーっっ!?

 まさかの場面で今さらそんな追及!?」


 しかも口調が微塵もブッてない。ヒマワリちゃんや副会長さん以上の毒舌。

 薄々気づいてたけど、これこそがユウヒの本性なんだな。ついに開き直りやがった!


「今だからこそよ! さっきまでアンタ、私に対して罪悪感とかぜんぜん感じてなかったでしょ!?」


「はぁ、それはまぁ…正直、今もあんまり…」


「んっっっだとぉゴルァーッ!!」


 怒り心頭に発した…かに見えたユウヒは、そこでハァ〜ッと巨大な溜息をついて、


「ったく、こんなトコまでお父さんそっくりなんだから…。

 たぶんお母さんも同じだと思うけど、しょーがないかな〜って諦めつつも腹は立つのよ!」


「たしかにナミカさんもそう言ってたけど…なんで?

 気の合う男女がそこへ至ってしまうのは自然の摂理で仕方ないことなんじゃ?」


 僕の応えにユウヒはまたも大きく嘆息して、「そこからかぁ…」と被りを振る。


「マヒルの言う通りだった…リョータはそれがどういうコトか理解できてないんだね」


 マヒル? なんでここでアイツの話が飛び出すんだ?

 釈然としない顔色の僕に、ユウヒは懐から自分のスマホを取り出してみせた。


 僕らが日常的に使ってる、ごく一般的なチャットアプリの…マヒルからのメッセージで対話が途切れてる。


《姉からのお願い。弟に愛を教えてあげて》





「…なんだこりゃ???」


 意味不明なマヒルのメッセージに、僕は首が捻じ切れんばかりに頭を傾げた。


「…マジ理解不能でしょ? ま〜あの子のメッセはいつもこんな感じだけど」


 語彙力皆無で不出来な姉がいつもご迷惑をお掛けしております。


「ソレが来たのが、あのお店でアンタと不毛なバトルを繰り広げてた真っ最中」


 ああ、喫茶店で僕とマヒルの初体験がどうこうって話題で膠着状態に陥ってたときか。

 スマホの着信メッセージを確認したユウヒが、急に席を外したと思ったら、その後なかなか帰ってこなくて…


「ワケわかんないから直接電話してみたのよ。そしたらマヒル…泣いててさ」


「泣いてたって? 朝、僕の部屋から出てったときにはいつも通りあっけらかんとしてたけど?」


「…強がってたのよ。アンタに心配かけたくなくて」


 なんっ…でそんな真似を?


「解っちゃったんだって…『あたしじゃリョータの姉にしかなれない』って」


 …それのどこがショックなんだよ? 僕にとって特別なのは姉のマヒルだけで、他の子に興味はあるけど意味はないって、あれだけ力説したじゃないか?


「だから私が提案したの。マヒルはしばらくリョータと会わないほうがいい。会えば辛くなるだけでしょって」


 ああ、それで…その後のアイツのメッセージにどことなく気が入ってないように感じたのは正解だったのか…。


「んで、愛がどうこうとか知ったこっちゃないけど、リョータはしばらくウチで預かるからって言っちゃったの。

 それならマヒルも気軽には会いに来れないだろうし…その間に私はリョータを独り占めだしね♪」


 まったく抜け目のないカノジョだこと。

 …抜けてるけど。


 よもや僕がすでにアサヒちゃんとナミカさんにも手を出してるとは夢にも思うまいて。

 従って独り占めできるのは、むしろ僕のほうなのだよクッククック。


「ぶっちゃけ…私も愛だの恋だのなんて解らないし」


 …んぇ?


「ただリョータがイイヒトだな〜って思ったから、お父さんが言う通り何とかして手に入れようと思ってるだけだし。

 なのになんでこんなにうまくいかないのよっ、あ〜もぉッ!!」


 ちょい待ち、それってどーゆー…?


 ピロリン♪


 ユウヒを追及しようとした矢先、目の前にあるユウヒのスマホに着信が。

 …件のマヒルからだった。


《ってよくよく考えたら、なんでアンタがリョータ預からにゃならんの!? さっさと返せ!》


 遅っ。


「チッ、バレたか」


 舌打ちするなり、ユウヒは無情にもスマホの電源を切りやがった。


 すると今度は僕のスマホがブルブル震えて着信を伝えた。

 …意外にもヒマワリちゃんからだった。


《リョータ先輩、大丈夫ですか!? 何かされてませんか!?

 そうなる前に私にもマヒル先輩みたくナニかして下さい!!》


 …ナニ言ってんのこの子?


 そのメッセージを覗き見たユウヒは眉尻を引き攣らせて、


「おのれマヒル…チクリやがったなぁッ!?

 この子もいつの間にかリョータの呼び方変わってやがるしぃッ!!」


 おおよそメインヒロインらしからぬ悪役ヅラを披露する。いくらなんでも開き直りすぎじゃないですかね?


 この調子だと他の面子にも、僕がまた美岬家に拉致られたことはおろか、マヒルと一緒に三十八度線を踏み越えたことも周知となるのは時間の問題だろう。


 ここに来て各陣営のいがみ合いが激化してる気がしなくもないけど…

 ともかくマヒルの調子が戻ったっぽくて良かった。落ち着いた頃にまた連絡してみよう。


 ユウヒも何やら気になることを言ってた気がするけど…焦って追及することもないだろう。

 どのみち僕のここでの幽閉生活はまだ当分続くんだろうし。





 浜辺から美岬邸内に戻った後もマヒル達からの僕の返還要求は続いたけど、「明日はアサヒちゃんの送迎予定が入ってるから」と説明するや、うやむやの内に返還期限延長となった。


 さすがのマヒルも小学生の意向には逆らえないようだ。アサヒちゃん最強説。

 アイツはヒマワリちゃんの件でもわかるように、年下にはデレデレだからなぁ。


 …ということは、言い方は悪いけど今のうちからアサヒちゃんを手懐けておけば、自動的に僕が最強ってことに…ククッ。


《お兄ちゃん、また悪い顔してる》


 おっと、今はそのアサヒちゃんとお話し中だった。昼間、僕とユウヒが揃って抜け出してたせいで、すっかり彼女の機嫌を損ねてしまったからね。


 それにしても彼女はなかなかデキた子だ。こうしてスマホ越しに会話してるぶんには何の違和感もないし。


 寂しがり屋で甘えん坊だけど、過ぎたワガママは決して言わないし、今みたいに人をしっかり観察してて気遣いもできる。

 このへんは姉よりも人間が出来てるかもしれない。


 それに、学校にも友達が多いようだし。ヒマワリちゃんを除けば基本ぼっちばかりの僕らとはえらい違いだ。


〈学校では友達とどんな会話してるの?〉


 興味本位で訊いてみると、


《アカリちゃんは恋愛小説が大好きだから、色々教えてもらってるんだ。

 学校の図書室にも置いてあるから、アサヒもよく借りてる♪》


 恋愛ってかロマンス小説な。なんで小学校にあんなモンが?


《キイちゃんはスポーツが得意だよ。アサヒも得意だけど団体競技はムリかな?

 あとゲームも大好きだから、よく一緒に遊んでるんだ♪》


 ほぉほぉ、これまた両極端な。

 ゲームは僕の旧型のスマホだと処理が重くて遊べないのが多くて…。


 それはさておき、彼女が他の子とも遜色なく遊べてるようで安心した。

 ほぼ机とベッドだけの殺風景すぎるこの自室からは窺い知れない素顔だ。


《お兄ちゃんの趣味は?》


 問われてハタと困惑する。僕には趣味と呼べるものが何一つないからだ。


 いつも学校から帰って食事だの家事だのをこなして風呂に入った頃にはそこそこな時刻になってるし、後はマヒル達からのチャットの相手をしてる内にいつの間にか寝落ちしてるし。


 …うわ、まだ高校生だってのに出世街道とは無縁なサラリーマンみたいな日常だ。

 なので美岬家に来てからというもの、何もすることが無くて手持ち無沙汰なんだよな。


〈勉強かな?〉


 苦し紛れに仕事が趣味とか言うワーカーホリックめいた答えを返すと、アサヒちゃんは素直に感心してくれた。

 これが学年が上がるにつれてガリ勉野郎と罵られるようになるから不思議だ。


〈そういうアサヒちゃんの趣味は?〉


 なんか見合いの席みたいになってきたけど、彼女はう〜んと小首を傾げて、


《うちでは本を読むくらいかな?》


 あまりワガママを言わない彼女らしい回答だけど、小学生としてそれはどうなんだろ?

 人のことを言えた義理じゃ全くないけど。


《でも今は、お兄ちゃんの観察♪》


 …もしもし? やおら彼女の瞳に妖しい光が灯るのを見て僕はたじろぐ。

 まったく、姉妹揃ってエロエロなんだから♪


 だがしかし、こちとら朝イチでエロ山脈の最高峰に到達したばかりだから、いまだ賢者モード継続中でそんな気分じゃない。

 なので話題を巧みに誘導し、スマホゲームのペアプレイでなんとかお茶を濁すことに成功した。


 ところが…アサヒちゃんの強いこと強いこと! 僕もそこそこやり込んだつもりが手も足も出なかった。最近の小学生って皆こんな超人なの?

 普段は何かと気遣いしてくれる彼女なのに、勝負事では接待プレイ皆無なんだな…。




 そうこうしてる内にアサヒちゃんがウトウトし始めた。僕が一緒だったからはしゃぎ疲れたんだろうけど、こんなところはまだまだ子供だな。


 明日は登校日ってことだからもう休ませたほうがいいだろうとユウヒを呼ぶと、今夜はこのまま姉妹一緒に寝るそうな。

 昼間にあんな話をさせたせいで罪悪感がぶり返してしまったのかもしれないな…。


 さて、僕もそろそろ休ませてもらうか。

 前回の内側からは鍵が開けられない理不尽な部屋じゃなく、前々回の普通の客室を用意してもらったことだし。





「…と思ったのに、どうして僕はまた此処に連れ込まれてますか?」


「いらっしゃ〜いBoy♪」


 自分の部屋に向かう途中でいきなり首根っこを引っ張られたと思ったら、あっという間に他の部屋に引き摺り込まれてしまった。


 そこはいまさら言うまでもなく、お馴染みカイドウ氏夫妻の寝室。

 そして僕を羽交締めにしてる怪奇蜘蛛女は言うまでもなくナミカさんだった。


「な、なんの御用ですかね?」


 彼女にはたいがいろくな目に遭わされてないから自然と身構える僕に、


「ちょほいと色々訊かせて貰おっかな〜と思ってね♪」


 いつもの透け透けネグリジェではなく、胸の谷間も露わなノーブラチューブトップ姿のナミカさんが身体をすり寄せてくる。


「あ、あの〜ですね、残念ながら今日はそんな気分じゃございませんで…」


 気分じゃなくてもドキドキはする。男心ってフ・ク・ザ・ツ⭐︎


「解ってるわよン。マヒルちゃんとヤッちゃったんでしょ?」


 …おいおいユウヒ、まさかナミカさんにまでバラしちゃったのか?


「あ〜違う違う、ユウヒはあれでけっこー口がカタイから友達のことはバラさないわよ。

 でもあの子、リョータくんとうまくいってないときは露骨に機嫌が悪くなるからバレバレね」


 あの時の喫茶店でのユウヒとナミカさんのやり取りを要約すると「リョータはしばらくウチで預かる。マヒルには会わせたくない」とのことだったらしい。

 たったそれだけで全部バレちゃうとは、曲がりなりにも母親だなぁ。


「で? 昼間に海辺で、ユウヒと何話してたのン?」


 う〜ん、たぶんユウヒ的にはあまり人に知られたくない話なんだろうけど…ナミカさんならそこそこ信用できるし、母親だしな。


 という訳なので僕はあの浜辺でのユウヒとのやり取りをかいつまんで説明した。

 するとナミカさんは「なるほどねぇ…」と小難しい顔で唸り、


「思った以上に厄介かもしれないわね…」


「…何がですか?」


 僕の問いに応える代わり、ナミカさんは急に話題を変えて、


「リョータくん、キミ…人の言うことはまず聞かないでしょ?」


「ゔ…まぁ、よく言われるかもしれないですね」


「やっぱりね。カイドウさんと同じ臭いがするもの。良くも悪くもね」


 それは…褒められてるのか、貶されてるのか?


「ユウヒはその逆。人の言うことなら何でも鵜呑みにするタイプね」


「ユウヒが? まっさかぁ!」


 あんな傍若無人が服着てるような奴が?


「誰でもってわけじゃないの。カイドウさんの言うことだけ。…いわゆる『依存』ね」


 それでもまさかと思ったけど…よくよく思い返せば、色々思い当たるフシが…。


「あたしもそうだったけど、あの年頃の子は男親を毛嫌いして、ろくに口さえきかないものよ。女の子なら尚更ね」


 たしかに…マヒルなんて今でもそうだ。

 しかもアイツの場合、家を出たいと申し出た僕を許可した父さんを逆恨んでるしな。


「なのにあの子、カイドウさんが勧めた通りに、気に入ったキミを独占しようとしてる。

 普通なら『何バカ言ってんの、人の恋路に口出しすんな!』って笑い飛ばすトコでしょ?」


 僕の背筋を冷たいものが伝い落ちる。

 それが本当なら、ユウヒは…僕がいちばん嫌う、世間の風に流されっぱなしだった実の両親と同じじゃないか…!?


「あたしももうずいぶん長いこと業界に浸かってるけど、その類の人は多く見てきた。

 あの子の雰囲気はまさにソレね」


「ソレってゆーと…?」


「あの業界って基本的に一人だけじゃ身動きがとれないお仕事ばかりだし、雇用形態もかなり特殊でしょ? だからどうしても受け身的になっちゃうのよ。

 好き勝手が許されるのはカイドウさんとか、ほんの一握りの人間だけだしね」


 たしかに…一見ハチャメチャなコントグループも、実はアドリブを入れる余裕など皆無で、シナリオやリハーサルを入念にチェックしてると聞いたことがある。


 またタレントが結婚しても長続きしないのは、価値観の不一致以上にそうした業界の根本的な要因が大きいのかもしれない。


「キミの話だと、あの子…幼い頃に母親を亡くして、そのままなす術もなく放置されてるでしょ? しかもアサヒに障害を与えた罪悪感まで背負い込んで」


 もちろん全ては不可抗力でユウヒに一切の責任はない…のだが、そんな幼い子には到底耐えられない痛烈なトラウマによって一旦心が破壊されてしまうのだという。


 あるいはユウヒの場合、極めて特殊な環境下で生まれ育ったが故に、自我の形成が元々不充分だったのかもしれない。


「そこへやっと帰ってきたカイドウさんがすべて肩代わりしてくれたものだから…彼を救世主だと認識しちゃったんだわ」


 似たようなパターンを僕も知っている。しかも極々身近で。

 僕やマヒルを救世主扱いして自分を見失っていたヒマワリちゃんなんて、その典型だ。


 彼女の場合は生まれつきな心臓疾患が元で生きる希望を失いかけていた…ところに僕らと出会ったことで心の支えを得た。

 …のは良いけど、一旦どん底まで堕ちた人間は得てしてそれを神格化してしまう。


 そしてそれが実際には見たこともない得体の知れない存在ではなく、頑張れば手が届くかもしれない位置に確かにある現実的な存在であることから、なおさら傾倒してしまうんだ。

 いわゆる新興宗教にハマる人の心理状態と同じな訳だ。


 ユウヒの場合はあの強烈な性格と類稀な美貌ゆえに、一見そんなヤワな人間には思えないが…彼女のパーソナリティが著しく不安定な様子を、知り合って間もない僕でさえしょっちゅう垣間見てきた。


「でもその救世主様を、突然出てきたあたしが横取りしちゃったもんだから、あの子の心はまた砕けかけて…」


 スイッと人差し指を僕の額に押し当てて、ナミカさんは言った。


「そこで出会ったのがリョータくん。キミだったってワケ。」


「…つまり僕は…カイドウさんの代わり…か」


 …凄い。いやショックはショックだけど、それ以上に完璧な解析を披露してくれたナミカさんに後光が射して見える…!


「ってアレ、あんましショック受けてなさそうね?」


「まぁ、ユウヒの尋常じゃない猛アタックには絶対なんかあるなと思ってましたから…かえって謎が解けてスッキリできましたよ」


 ぶっちゃけ、元々あんまし乗り気じゃなかったしな。


「…そう言って平然としてるキミも、そこそこ厄介な子だと思うけどネ♪」


 それはむしろこっちのセリフなんだけど。日頃はちゃらんぽらんに見せかけといて、この人…やっぱり只者じゃなかった!

 オンナならよりどりみどりなあのカイドウ氏が、自ら嫁にめとっただけのことはある。


「ま、あたしも伊達にキミ達の倍生きてる訳じゃないしね。

 これでより一層ユウヒを攻略しやすくなったと思うけど、また何かあったら相談しろし♪」


「攻略て。あーた一応アレの母親でしょうが?」


「でも自分でリキんで産んだ子じゃないし〜。

 これでまんまとキミに嫁いでくれたら、カイドウさんは今度こそあたしのモノだしネ⭐︎

 それにぃ、今ならチミ好みのオンナにしつけ放題よン?」


 …この美魔女コワッ。

 女狐め、いよいよ本性を現しおったな。


 だが…ふむ、悪い話でもない。

 なにしろユウヒはあれだけの美貌の持ち主だ。うまく使いこなせれば頼もしい武器にもなろうて…クックク。


「越後屋、そちもなかなかの…ワルよのぉ?」


「いっひひお代官様こそ♪」


 ノリがいいなぁこの美魔女。


「して、手土産のほうは?」


「ちゃ〜んとこちらに。お代官様の大好物の…薄紅色のさくらんぼにございます♪」


 チューブトップをずり下げてナマ乳を放り出す美魔女。こらこら悪ノリしすぎ。でもせっかくだから♪


「ふむ、いささか旬を過ぎてドドメ色に変色しておるが…」


「誰がドドメ色かっ!?」


 あ、そこはやっぱ気にしてるのねん。

 果たして今までに何人の男がこの魅惑のさくらんぼ狩りに参加したのか…?


 僕もすぐさま収穫すべく、目の前の禁断の果実に手を伸ばし…かけたところへ、


 ピロリンッ♪


 出し抜けに僕のスマホが鳴り響き、僕らは揃ってその場で飛び跳ねた。


《リョータ達者かァ変わりィはァないかァ〜?

 帰って来ォ〜いよォ〜〜〜ッ♪》


 マヒルからのチャットメッセージかい。なんというタイミング!?

 合宿中だってのにずいぶん余裕あんじゃねーか。念視か生き霊でも飛ばしてんのか?


「往年の演歌みたいね。いくつなの彼女?」


「…病んでるのはユウヒだけじゃなかったか」


 もはや狩りどころじゃなくなってしまったし、気づけばとっくに良い時刻だったので、残念ながらナミカさんとはここでパーティー解散。


 明日に備えてそろそろ自室で休むことにしたけど…その前にヤンデレ化した姉をなだめすかさにゃ寝るに寝れないなこりゃ。


 美岬家での一夜はこうして更けていった。





 翌朝。家族四人揃ってユウヒお手製の朝食に舌鼓を打つ。


 …って、いつしかナチュラルに家族に加わっちゃってる自分がコワイ。

 ここ最近は美岬家で朝を迎える機会もやたらと増えたし、すっかりマスオさん化してるなぁ。


 今日はアサヒちゃんの登校日。

 せっかくの夏休み中だってのに普通はげんなりするところだろうけど、彼女は朝から上機嫌だった。

 下校時に僕が迎えに来るのが楽しみで今からはしゃいでるらしい。


 ナミカさんはそんなアサヒちゃんを学校まで車で送った後、そのまま仕事場に向かう。

 今日中には帰る予定だけど、急ぎの仕事が飛び込んでくることも多いから決定ではないとか。

 昨夜はけっこう遅くまで話し込んでたのに全く疲れたそぶりも見せない。業界人スゲェ。


 かくいう僕はアサヒちゃんを迎えに行くまではフリー。だけど午前中には学校が終わるようなので、それに合わせて現地へ向かうことを考えると余裕はあまりない。


 結局、夢の中でもさくらんぼの摘果作業をしてたから無性に疲れて、自発的に何かする気は起きないし…

 ならばそれまでユウヒの家事でも手伝うか。




 さて、最初の家事は洗濯物を干すんだとか。

 全自動洗濯機は朝食前にすでに動かしていたので、朝のテレビ番組をぼんやり見てる暇もなくお洗濯終了。メチャ手際いいな。


 そして干し始めたら、これまた手際が良すぎて僕の出る幕なし。

 物心ついた頃から家事を担ってる人間と、つい最近一人暮らしを始めた人間とじゃ能力値が雲泥の差だ。


「ってあの…僕の下着まで一緒に干してんの?」


「ん、当然じゃない? お父さんのも干してんだし」


 そよ風にそよぐ自分のパンツ。それを干してるのが超絶美少女ってシチュエーションが、にわかには受け入れ難い。

 この年頃の子って「あたしのとパパのは別々に洗って!」とか「あたしのは自分で干すから見んなっ!」とかワガママ言うもんなんじゃ?


 てゆーか、やっぱり僕はとっくに美岬家ファミリーと見なされてるのか…。

 網元家に引き取られてから馴染めるまでに結構かかったことを考えると、目覚ましい浸透力だな。

 果たしてどっちの家族が一般的なのか…?


「ってことはこっちの幾分お子様っぽいおぱんちゅ様がアサヒちゃんので、そっちの布地面積僅少な透け透け紐パンはナミカさんのか…う〜む、味わい深し♪」


「マジマジ味わってんじゃないっ!!」


 ユウヒにグーパンで殴られた。僕のはマジマジ見てたくせに、なんたる理不尽!?


「どうせ見るならカノジョのにしなさい!」


 ってユウヒ自身の下着を指差されるけど、


「いや、どーせならいま身に付けるほうを拝んだほうが楽しいかな♪」


 彼女のミニスカートをペロリンチョと捲り上げて、お尻を撫で回す。おっ上質な手触り。


「ちょっ、こんなトコで!?」


「今は僕ら以外に誰もいないけど?」


「んもぉ…っ」


 文句は言うけど抵抗はしない。二人きりのときの彼女は基本的にされるがままだからね。

 ナミカさんのおかげでユウヒが依存体質ってことが判明した今となっては、もぉコワイモノ無しさぁクケケッ♪


 背中に回した手を肩越しに首筋に滑らせ、そして胸元へと…


「僕はどっちかってーとパンツよりブラ派だけど…ユウヒはブラ着けないし」


 残念そうに突起を指先で弾けば、


「…どわぁーからブラトップ着てるからノーブラちゃうゆーとるやろがァーッ!!」


 さらに理不尽な理由でどのみちぼてくりこかされる宿命さだめの僕だった。

 それだけハッキリクッキリおっ勃たせといて、まだノーブラじゃないと言い張る意味!?




 今日は一日快晴らしいから、洗濯物はそのままにしてお次は食材の買い出し。

 買い物はいつも近所のスーパーを利用してるとか。


 どんだけ買い込むかは知らないけど、徒歩で向かえば行きはよいよい帰りは怖い、荷物がかさばるだろうから、僕も一緒に行ったほうが良くね?


「ん〜でも、二人乗りは法規違反だしねぇ。後から追いつくから先行ってて」


 …はえ?




「…あ、やっと来た。遅いよ〜!」


「ぜぇはぁ…人の足が原付に太刀打ちできる訳ないだろ。てかバイクで行くならそー言え!」


 店舗前の駐車場でカブにもたれかかって僕を待ち侘びてたユウヒに怒鳴り返す。

 何が先に行ってろだ、途中で追い越しやがって!

 それにミニスカでバイクはさすがに無防備すぎないか?


 てな訳で彼女は原付免許を持ってた。どんだけ万能なんだよコイツ?

 しかもスクーターじゃ大した荷物は積めないからって、わざわざカブを買ったんだとか。


 でも手続きがメンドイから通学には使っておらず、もっぱら買い物専用だとか。

 たしかにうちの学校は基本バイクや車での通学は禁止だけど、免許の所持については特に規制してないしな。


 そして店内へ。といってもユウヒ自らカートを押して、狙った商品をメモも見ずに次々放り込んでいくだけだから、ここでも僕の出る幕はなし。

 スーパーを毎日利用してれば、チラシなんか見ずともどれがお買い得かすぐ判るようになるそうな。


「なんか買いたいお菓子とかある? 五百円までね」


 遠足前の小学生か。完全に子供扱いしやがってコンキチショーッ!


「あとイチゴとかバナナとか、みんなが果物だと思ってるのはほとんど野菜に分類されるからオカズ扱いでオヤツには入らないからね♪」


 さすが調理師コース生、訊いてもいない豆知識を色々放り込んでくる。いまさら知ったところで使い道がないのがタマに傷だけど。


「あ、アサヒはコレが大好きなのよ」


 と鼻歌混じりにユウヒが手に取った商品は…ゼリー? グミ? にしては古風なパッケージだけど…


「わらび餅。」


 激シブッ!? あの子も侮れないな…。

 でもアサヒちゃんのことを最優先で考えてるのは、単純に妹として可愛いからか、はたまた罪滅ぼしの一環なのか…?


「みんな好き嫌いとかあるの?」


「私やお母さんは特に無いし、アサヒも苦手なモノはないかな?

 なんでも食わなきゃ大っきくなんねーゾォってお父さんに言い聞かされてきたお陰でね」


 ふむふむ、それでご家族揃ってご立派なお乳しとるワケやね。カイドウ氏ナイス♪


「でもそー言ってるお父さんが、モツ煮込みだけは絶対ダメなんだって」


 ほぉ、天下無敵のカイドウ氏にも唯一無二の弱点が?


「なんでも世界中の生々しい戦地を見てきたからとか…」


 うぇ…聞かなきゃ良かった。


 それにしても…こうした買い物に付き合うのって、別に相手がカノジョじゃなくても楽しいもんだな。


 もちろん僕も一人暮らしだから日常的に買い物には行くけど、自分だけだと必要なモノしか買わないからトキメキが少ない。


 マヒルとヒマワリちゃんの買い物に付き合わされることもたまにあるけど、アイツらは決まって服とかアクセサリーとかしか買わないから男性的にはどーでもいいってゆーか…


「…あ、僕も欲しいモノあった」


「えっ何ナニ?」


 ふとした僕の発言にユウヒは目ん玉キラキラさせて聞き耳を立てる。カレシの要望を伺うのがそんなに楽しいもんなのかね?

 じゃあ遠慮なく。


「トイレットペーパー。そろそろ切れかけてたんだよね」


 と答えた途端にユウヒは目ん玉吊り上げて、


「アンタん家の便所紙くらい自分で買いなさいよ! せっかくのお買い物デートが雰囲気ぶち壊しじゃないンモォ〜ッ!?」


 えっこれデートだったの? てかいまどき便所紙て…。


 などとユウヒが牛魔人化してご機嫌斜めになったところで、タイムリーにアサヒちゃんのお迎え時間になったから助かった。


 ここから小学校まではそんなに遠くないから、急がなくても余裕で間に合う。

 けど今後もお迎えにあがる機会があるかもしれないから、散歩がてら周辺事情を調べておこうと思ったんだ。


「ん〜しょうがないっか。私は先に戻ってるから、遅くならないうちに帰ってきなさいよ?」


 渋々了解してくれたユウヒには悪いけど、


「たぶん少し遅くなるかな? アサヒちゃん、どっか寄り道したい所があるようだったし」


「…女子小学生を何処に連れ込むつもり?」


 人聞き悪っ。でもアサヒちゃんの名前を出しとけばそれ以上は追及されないようだ。

 やっぱり妹に対してどこか遠慮してるのかもしれないな…。


 それでも夕飯までには美岬家に帰ることを約束して、表カノジョとはここで一旦お別れだ。




 さぁ〜て、それじゃあ気兼ねなく裏カノジョ様のお迎えに馳せ参じるとしましょうかね。


 事と場合によってはシン・カノジョたり得るかもしんないけど…イヒヒ♪




【第十二話 END】

 今回はいつもおざなりな日常描写に力を入れてみようと思いまして。やっと中心に立ったユウヒをコキ使うつもりが、なんでか母親が目立ったりしてますが(笑)。

 なおエロ描写は前回メチャ濃厚だった分、今回はかなり控え目です。てか入れる余裕が無かった(汗)。


 冒頭からユウヒの懺悔が延々続きますが、実はコイツまだ色々隠してます。闇の深さでは他ヒロインの追随を許しません(笑)。

 隠してるといえばネタバレになりますが、原付免許持ってた件。あんな辺鄙な場所に自宅建てやがったせいで持たせざるを得ませんでしたが、今後使えるかもしれませんね…クックク。

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