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はのん  作者: のりまき
11/27

真昼の夕陽

「ぉ…ぁがっ…ぅおぇいぁ…っ!?」


 街外れの暗がりで突如背後から襲撃された僕は、激痛のあまり自由がきかない身体を捻って自分の身体を確認した。


 闇夜に煌めく白刃が背中から生えて…

 …いる訳もなく、そのさらに下に視線を落とせば…


 真っ二つに引き裂かれた尻の真ん中に何者かの人差し指が二本、左右揃って突き立っていた。


 いや、もちろん尻は元から割れてるけど、そう言いたくなるほどの壮絶な衝撃だったんだ。


 その人差し指の持ち主は今もなお、僕の足元に身をかがめて、恨みがましい表情で僕を睨みつけている。


 その顔を確認するまでもなく、この僕にこんな真似をする奴はたった一人しかいない。


「何のつもりだ…マヒル…ッ!?」


 息も絶え絶えな僕に、カンチョーポーズをやっと解いたマヒルは銃口の煙を吹き消すようにケッと舌打ちして、


「それはこっちのセリフだっつーの。なんなんアレ? 人目もはばからずにイチャイチャグチョグチョ…!」


 人目をはばかって致したつもりが、どうやらカンペキ見られてたらしい。しかも擬音から察するに、相当執拗に覗いてたようだ。


「ムカついたから尻子玉引っこ抜いてやったぞなモシ!」


 引っこ抜かれたんじゃなくて押し込まれたんだよ。しかも離脱時のリバウンドで絶対脱肛モンだよ。しばらくトイレに苦労すんだろが!


 てゆーか前々回のヒマワリちゃんの回想通り、やはりカッパだったかこの妖怪女!

 チキショウいつか絶対ボクの逞しく反り返ったキュウリで以下略!!


「…お前こそこんなトコで何してたんだよ。わざわざ覗きに来た訳でもないだろ?」


 やっとお尻の感覚が戻ってきた僕の問いに、マヒルは深い胸の谷間からスマホを引っ張り出し(便利だな〜巨乳ホルダー)、チャットアプリの画面を表示して、


「ヒマワリのやつ、ずぅ〜っと着信無視してるから、何かあったのかと思って様子見に来たんだよ!」


 そういやヒマワリちゃん、今日は一度もスマホを取り出さなかったな。

 僕との二人きりの時間を邪魔されたくなくて、どっかに放り出してたんだろうか。


 そして今さらながらマヒルの格好は部屋着のまんま出てきたような、タンクトップにショートパンツにビーチサンダルという…ラフすぎるにも程があるだろっ!?


「だいたい、あの大の勉強ギライが『今日から家庭教師が来るから♪』な〜んて朝からウキウキしてたからオカシイと思ったら…先生アンタかいッ!!」


 おいおいヒマワリちゃん、速攻バレちゃってんじゃん。こりゃもうマヒルにも遠慮する気ぜんぜん無いだろ?


「結構マジメに僕の授業受けてたよ。飲み込みも早いし、うまくいけば二学期からは期待できるんじゃない?」


 教師として生徒のフォローはしておかないとな。


「ふぅん? オッパイスキーなアンタがマジメに授業なんてできる訳ないと思ってたけど…貧乳相手だとイイ先生なんだぁ?」


 コイツも本人がいないトコだと結構ヒドイな。

 まぁ確かにマヒルみたいな巨乳が目の前にチラついた状況でマジメに授業なんて出来っこないけど♪


 ちなみに全国屈指なトップアスリートのマヒルは推薦だけで大学や就職先も選び放題な羨ましい御身分だ。


 けど学業もほどほどにがんばって、中の中というほどほどな成績を収めているほどほどな努力家でもある。

 なので僕があえて教える必要もない。


「ぃよっしあたしの家庭教師も任せた!」


「いま必要ないって言ったばかりだろ!?

 少しは空気読めよっ!」


「だって…そうでもしないとリョータ、最近ぜんぜん構ってくんないじゃん…?」


 上目遣いに愚痴をこぼす義理の姉には多少の罪悪感を覚えなくもないけど…


「それでいいって言ったの、お前だろ?

 …友達だからって遠慮するからこうなるんだよ」


「…友達甲斐のない…じゃなくて友達がいないアンタはここぞとばかりにヤリたい放題だしね」


 そりゃそーだろ。友達なんて行動制限ハンデ以外の何物でもない。

 わざわざそんなモンこさえて情にかられて身動きできなくなる輩が悪いんだ。


「ヤッてませんヤッてませんて!

 てか前回から何度目だよこのやり取り?」


「…ヒマワリとも? あんだけ露骨にエロエロしといて?」


「だから何もしてないって昨日も言ったろ。なのにお前らが無理やり責任取らせようとするから…!」


 不毛な押し問答にお互いイライラしてきたところで、マヒルはハァ〜ッと巨大な溜息をつき、


「こりゃ久々にお灸を据える必要がありそーだね」


 お灸なんて必要な年頃でもないだろうに、そう独り言ちながらスマホを手にして、


「…あ、母さん? 今日はリョータん家に泊まるから、父さんにも言っといて。

 …うん、わかった。じゃね♪」


 ちゃちゃっと自宅に電話かけてちゃちゃっと通話を終えた。早っ。


「っておいコラ。泊まるって…え?」


「あーうん。リョータにヨロシクして貰いなさいって、母さんから」


 なんか色々オカシイ気がするけど…つまり僕ん家来んの? 今から?


 急すぎる話に戸惑う僕の片手を取って、マヒルはそれを自分の股間に…ってちょ待っ!?


「…アンタ達のせいでもうグチョグチョなんだから…責任とってよね」


 …ほあ。





 そして今現在、夜空に満天の星が輝く時刻。


 自宅の安アパートにマヒル連れで帰ってきた僕は、風呂場へと直行し…


 責任とって、マヒルの入浴準備をさせられてる真っ最中。なにコレ?


 うちのはユニットバスだからして当然極小。シャワーは湯船に備え付けで洗い場のスペースは無いから、洗いもすすぎもすべて湯船内で行うしかない。


 代々漁師のマヒルん家のほうが風呂場にはこだわってるから広々としててよっぽど快適だろうに、なんでかコイツはちょくちょくウチの風呂を借りに来る。


 しかもその後も素肌にシャツ一枚の無防備すぎる格好で延々と居座り続けるし…これってやっぱ、あからさまに誘ってんだろうなぁ。


 コンコン。「できた?」


 ノックと同時なマヒルの声。相変わらずせっかちだな。


「ああ、もう少しで入れる…」


 ガチャッ。「じゃあ入る」


 僕の返事を遮って、またもドアが開く音と同時…いや明らかに遅れてマヒルの声。

 そして僕の眼前には…バスタオルすら巻いてない、文字通り一糸纏わぬマヒルの姿。


「ちょっ…」


 慌てた僕の声は、湯船に注がれる湯の流れにかき消される。


 今までにも裸同然なマヒルの姿は散々見てきたし、なんならナニやソレも余すことなく目撃してきた。


 けれども…モロ素っ裸でどこもかしこも丸見えというのは、さすがにそうそう無い。

 …ここ最近では。


 いったい何リッター蓄えられてるのか判らないほど巨大なミルクタンクは重力と物理法則に逆らってツンと上を向き、その先端の搾り口はすでに痛々しいほど突っ張っている。


 日々の水泳で鍛えられた腹部には程良く筋肉が付き、へそ周りのくびれはどんな美術品も敵わないほどの流麗な曲線を描く。


 発達した上腕部と脚部の筋肉にはそれでも女性的な脂肪が付き、動くたびに芸術的な膨張と収縮を複雑に織りなす。


 そして、アスリートらしく引き締まった尻の裏側、弾力漲るふとももの付け根には…。


「ほら…アンタ達のせいで、こんなに…」


 バ、バカやめろっ、拡げるな…っ!

 マヒルが明け透けなのは今に始まったことじゃないけど、いつにも増して露骨だな?


「むぅ…ヒマワリのは見てもあたしのは見たくないっての…?」


 しょーもないとこで対抗心燃やすな!

 見たい…けど、見れないんだよマトモには!

 だって、お前は…


「やっぱり…姉弟なんかになるんじゃなかった…」


 悔しげに呟く彼女の涙声に、僕は再び衝撃を受けた。今度は物理的にじゃなく、精神的に。


「なんで今さら、そんなこと…?」


「…ここまでしても解んないの…?」


 だから解る解らない以前に、何も考えられないんだってば頭ん中真っ白に飛んで!


「…じゃあ脱いで。」


 は? ますます訳がわからずまごつく僕に、マヒルはいよいよブチ切れて、


「脱げッ!! 今すぐ全部ッ!!」


 こうなってしまったら、マヒルは僕が言うこときくまでテコでも動かない。

 どのみち姉上のご命令には絶対服従だ。


 渋々服を脱ぐ僕の様子を、彼女はいまさら真っ赤になりつつもつぶさに観察している。


 …ほどなく全部脱ぎ終えた僕は、姉に倣ってどこも隠さず彼女の前に立った。

 それ以前から彼女の視線は僕のとある一点に集中している。


「…ビンビンじゃん?」


「そりゃそーだろ…そんなの見せつけられたら」


「…もっと大きくなんの、ソレ?」


 質問の意味が不明だが、疑問を挟むことは許されない。


「どうかな? 今んとこ、これで最大だと思うけど」


「そぉ…よかった」


 ??? ますますワケワカラン。


「…触っていい?」


「…どうせ断れないんだろ?」


 マヒルはおっかなびっくり手を伸ばして、その割にはガッツリ僕のを鷲掴む。


「わ、カタイ…痛くない?」


 またしても意味不明。コイツの質問には主語が無いから対象が不明だ。


「触られるくらいなら痛くないよ。

 …そっちのに入れるなら、多少は痛いんじゃない? 知らんけど」


 なんて僕の回答はまったく耳に届かない様子で、幼児が初めて見るオモチャに興味津々なようにマヒルは僕のにご執心だ。


「わわっ、こんなに剥けるよ!?」


「悪かったな…。お前のだって剥けるだろ?」


「えっ、どこが?」


 マジか…どうやら本当に知らないらしい。

 独りで慰めるのに慣れてたヒマワリちゃんとは違い、マヒルはそんな行為は一切しないようだ。


「ほら、ここをこうして…」


 仕方なく僕が指先をその部分に宛てがって、やり方を教えてやろうとすると、


「えっちょっ!? 何して…ひゃふあっ!?」


 まったく知識が無かったマヒルは慌てて僕の手を取り押さえようとして…剥き出しになったその部分をかえって刺激してしまい、飛び跳ねるように身体を仰け反らせた。


「バカッ、大声出すなよ…!」


 そろそろ他の部屋の住人も帰ってきてる頃だろうに、こんな艶めかしい声を聞かれちゃマズい。

 慌てて取り押さえようとすると、全身の力が抜けた彼女は僕の胸に倒れ込んできた。


「なにコレぇ…しゅごーいィ…」


 一発であちらの世界に旅立たれた姉上はすっかり幼児退行し、とろけるような眼差しを虚空に漂わせている。

 その口元からはよだれがだらしなく滴り落ちて…下の口はもっと凄まじいことになってる。


「…洗おうか?」


「洗ってぇ〜…」


 とのことなので、湯を張ったばかりの浴槽に二人で入る。とはいえ前述の通り一人でもやっとの狭さなので工夫が必要だ。


 まず僕が底に身体を沈めて脚を開き、その間にマヒルのお尻をすっぽりハメるようにしゃがみ込ませて、背後から抱き抱える。


 水中だから彼女が上に載ってもさほど重くはないけど、二人とも身体つきだけは大人だから浴槽はキツキツ。

 網元家の風呂に入ってた頃はまだ子供だったし、浴槽自体が広いこともあってここまで苦しくはなかったけどな。


「…リョータの、お尻に当たってる…」


「狭いんだから我慢しろ」


「もう少しお尻ズラしたら…入っちゃいそう」


「…動くなよ。…楽しみは後に取っとけ」


「…うん」


 いつになく素直なマヒルの顔は、背中からは見えない。でもたぶん…昔と同じだ。




 僕がまだ彼女の家で暮らしてた頃は、一日中ずっとくっついてた。なにしろ同じ部屋だったからね。


 網元家は広いから他にも部屋は余ってたのに、そろそろ部屋を分けたらどうかと提案する父さん達にマヒルが反対したんだ。ずっと一緒でいいって。


 そして僕は家にいる間中、まるでマヒルのヌイグルミ扱いだった。いつか話したように学校でもベッタリで、一人きりになれるのは彼女が水泳教室に出掛けてるときだけだった。


 夏場は暑苦しいけと、冬場は暖房が要らないくらいだった。快適とは言い難いけど、不思議と悪くはなかった。


 風呂に入るのも当然のように二人一緒だった。小学生のときはもちろん…中学生になっても。


 網元家は漁師の家系だから、風呂にはいつでもすぐ入れるように沸かしっぱなしだ。

 だから親が仕事に行ってる間に二人で入った。


 思春期ともなれば男女で身体つきもかなり変わってくる。どんどん大人びてくマヒルの身体に僕は内心いつもドキドキだった。

 彼女のほうはどうだったのか、面と向かって訊いたことはないけど…このぶんならたぶん僕と同じだったんだろう。


 …けれども、そんな環境がいつまでも続くわけがない。少なくとも僕は耐えられなかった。


 だから中学卒業と同時に家を出たんだ。

 姉さんだけを残して。




「…洗って…昔みたいに」


「…ああ」


 言われるままに両手でマヒルの身体を撫で回す。

 たった二年弱でずいぶん凹凸が増して柔らかくなったから、思いのほか洗いにくいけど…そのぶん触り甲斐がある。


「リョータの…ちょっと大きくなった?

 それに…すっごく硬い」


 僕同様にマヒルも両手を伸ばし、自分のお尻を突き上げる僕のを撫で回す。


「それくらいじゃないと…差し込めないだろ?」


 僕の応えに彼女の手が止まり、そのまましばらく考え込んでから、


「…うん、そーだね…」


 より優しくも妖しい手つきで僕に触れてきた。これはマズイ、このままじゃ持たない。


「お前のも…いくら洗ってもキリがないな」


 どれだけ拭っても、後から後から分泌液が滲み出てくる。いっそ栓でもしてやろうかと指先を分け入らせるも、


「あ…ダメ、そっちよりも…こっちのがいい」


 マヒルが片手で僕の指を抑えて、もう一方の手で僕のを掴んでくる。

 たしかに全部洗い流すよりは挿入しやすいだろうか。


「…上がろうか?」


「…うん」


 いつになく緊張した様子で彼女は頷いた。





 田舎町ということもあって在宅時には鍵を掛けない派の僕だけど、今日だけは事情が違う。


 ドアにも窓にも施錠して、念のためカーテンも閉じる。窓の外には海しかないから誰が覗くんだとは思うけど、シノブあたりならやりかねない。念には念を入れるのねんの念の念。


 振り向けば、畳敷きの部屋の中央には敷きっぱなしの煎餅布団。昨日は朝イチで美岬邸に連行されたから片付ける暇がなかった。


 そして布団の上には…風呂上がりのマヒルが素っ裸で寝っ転がっている。


「リョータ…はやく来て」


 とのことなので、そそくさと歩み寄ってその上に覆い被さる。

 両手両脚を押し広げて、ありのままの姿の彼女をその目に焼き付ける。


 すると当然のように僕が飼い慣らしてる白蛇様が鎌首をもたげるので、彼女の巣穴にお帰り頂けるよう位置と角度を微調整して出入口に宛てがって…


「…これで…」


 熱病にうなされたような眼差しで僕を追っていた彼女が、聖母のように両手を広げて僕を抱きすくめる。



「これで…やっと姉弟じゃなくなるね。」



 その言葉に落雷が直撃したような衝撃を受けた僕は、ピタリと動きを止めた。


「なんで今…そんなこと言うんだ?」


 これじゃ、あの時と同じじゃないか…。




 それは忘れもしない…二年前の十二月二十四日、クリスマスイブの夜だった。


 中学三年の二学期を終えて冬休みに突入したその日、僕は朝からマヒルにあちこち引っ張り回されてヘトヘトだった。


 通常なら高校入試を間近に控えてそれどころじゃない時期だろうけど…

 マヒルは水泳で、僕は学力でそれぞれ全国有数の成績を収め、どこであろうと推薦合格確実と言われていたから気軽だった。


 二人揃って今通ってる高校…

 スポーツではそれなりに名前が通っているけど、学力的にはハッキリ言って二流な地元校への進学を決めていたから、なおさら入試に難はなかったし。


 これからも当分マヒルの尻に敷かれ続けるのかと思うと、辟易としつつもどこかホッとするような…

 そんな変わらない日々がこの先もずっと続くんだと思っていた。




 そしてその夜…僕にもたらされたクリスマスプレゼントは『マヒルの尻』だった。物理的に。


 正確に言えば、夜中に寝床から起き出してトイレへ行こうとしたマヒルが、寝ぼけて僕の顔面に腰掛けやがったんだ。


 さすがにこのまま用を足されちゃ困る。慌てて飛び起きた僕は彼女を抱きかかえるようにしてトイレに直行した。


 パジャマのズボンとパンツを脱がせて便器に跨らせる。

 どこの老人介護だよ、僕らはまだ中学生だぞ!などと憤慨しつつ、彼女がいたす一部始終を間近で見守った。

 だって手をガッチリ繋ぎ止められて退避のしようもなかったんだからしょうがない。


 小便小僧のように単純明快な男子のソレとは違い、女子のは形状から作法から…何もかもが複雑怪奇で奇妙キテレツだ。

 同種の生物でありながら雌雄で何故にこれほどまでの差異が生まれるのか?

 卑猥さを感じるよりも、そんな生物学的な疑問のほうが強かった。…その時までは。


「…拭いてぇ」


 やがて用を足し終えたマヒルは寝ぼけ眼で僕に後始末を懇願。マジ介護かよ。

 言われるままにトイレットペーパーを指先に巻き取って、彼女の股間を拭う。

 風呂場でも毎日見てるから、さほど興味は惹かれない…はずだった。


「んぁ…っ」


 力加減が強すぎたのか、マヒルは小声を上げて身を仰け反らせた。そのせいで僕の指先がその部分にズブリとめり込む。

 小水とは明らかに異なる、ぬめりのある液体が僕の指先に絡んだ。


「…もう寝るぅ」


 指先に伝わる奇妙な感触に呆然とする僕を尻目に、さっさと衣服を直してトイレから出たマヒルはフラフラと元の寝室へと向かう。

 寝ぼけながら用を足して、その上さらに眠れるとは器用な奴だ。


 てゆーか、あんなに濡れた状態でパンツ履いたら後々大変じゃないか!?

 それだけが気掛かりで、僕も慌てて彼女の後を追った。


「お休みぃ…」


 寝床に潜り込んだマヒルは布団を頭から引っ被って速やかに眠りに堕ちた。

 その布団を引っ剥がした僕は彼女の身体を押し広げて、その上に覆い被さった。これで寒くはないだろう。


 目的はもちろん、彼女の下腹部の確認だ。

 あれだけ濡れそぼっていたアソコが今はどうなっているのか?

 大惨事に至ってはいないことを祈りつつ、再び彼女のパジャマとパンツをずり下げる。


 …やっぱり濡れ濡れだった。こんな状態のまま、よく下着履いて寝られるもんだとむしろ感心してしまう。

 でも、それ以上に…なんかいつもと違う。


「…開いてる…?」


 いつもはピッタリ口を閉じてるはずのソコに、わずかに隙間ができて…なんだコレ?

 もしかして…内臓? 女子はいつもこんなにハラワタを外気に晒しても平気なのか?


 たしかに保健体育の授業でそれなりの知識は得ていた。けど…これほど具体的な参考資料を目にしたことはさすがに無かった。

 ちゃんと説明してくれないから、何も解らない。これは国の教育機関の落ち度だ。


 解らないことは自分で調べるしかない。

 だから僕は調べた。目の前に広がる未知の光景をしらみ潰しに…むさぼるように。


「…んっ…ふ…ぁ…っ」


 時々マヒルの声が漏れて、脚が閉じたり開いたりする。だけど起き出す気配はない。

 いつもなら僕が何かすればすぐに飛び起きてビンタを食らわすはずだから、寝てることは間違いない。


 それにしても、女子はこんな内臓をあちこち触られまくっても平気なのか。痛くはないんだろうか?

 確かめようにも薄暗い部屋の中では、彼女がどんな顔をしてるのか判らない。


 そしてまた…この夥しい量の分泌液は、いったい何処から湧いて出るのか?

 それは判らないけど…これだけ濡れてれば、簡単に入るんじゃないか?


 というのも僕はさっきから興奮し通しで、股間がすっかり憤っていた。

 憤ったものは鎮めねばならない。いつもは自分で処理してるけど…今はちょうど良いモノが目の前にあるから、使わない手はない。


 コレをソコに挿入すればいいという知識はすでに持ってはいたものの、それから何をどうすれば良いかはイマイチ解らない。

 ちゃんと学校で実習させないからこうなるんだ。日本の教育は穴だらけだ。


 ならば…実践して確認するしかない。


 僕もパジャマのズボンと下着を脱いで、下だけスッポンポンになる。

 …なんかマヌケな気がするけど、今は真冬だしな。

 身体が火照ってるからさほど寒さは感じないけど、風邪ひかないうちにさっさと済まそう。


 強張りを手で支えて、彼女のそこに宛てがってみると、すんなり先端が沈み込んで…思いのほかスムーズに入りそうだ。

 なら、もう少し力を入れれば…


「…しちゃうの?」


「!?」


 急に投げかけられたマヒルの声に、弾かれたように腰を引く。

 顔を上げれば…てっきり眠ってると思い込んでた彼女の不安げな眼差しが、こちらをまっすぐに見つめ返していた。


「ぁ…ぅ…」


 二の句が継げないとはまさにこのことだ。

 いまさら気づいたけど、すっかり喉がカラカラに渇ききってて、うまく声が出せない。

 出せたところで、何を喋れば良いのか判らないけど。


「…いいよ…して。」


 そしてこれまた予想外なマヒルの言葉に、これまた心臓が喉からせり出しそうになる。


「あたしも…したいから」


 いくぶん表情が和らいだ彼女の言葉に、今度はこっちの顔がこわばって真っ赤に火照るのを感じる。


 戸惑いを隠せない僕に痺れを切らしたか、マヒルのほうから腰を進めてきて、垂れ下がった僕のものを自らの秘部に押し当てた。


 雲間から覗いた月明かりが窓辺を照らし、彼女の顔を暗がりにほんのり浮かび上がらせる。


 マヒルは…笑っていた。

 今まで見たこともないほど妖艶な…

 美しい微笑を浮かべて。



「これで、もう…

 姉弟じゃなくなるね。」



 その瞬間、全身の血がまるで潮が引くように音を立てて失せていくのを感じた。


 たった一人で生きてきた僕が、やっと手に入れられた大切な家族が…こんなことで壊れるっていうのか!?


 マヒルの言葉の真意はその時も解らなかったけど…

 僕ら姉弟の関係が劇的に変わってしまうのだということは本能的に理解できた。


 途端に身体が震えてきて、全身の力が抜けていくのを感じた。

 そして股間のものも…もう使い物にならなくなっていた。


「…ごめんね。怖がらせちゃったかな?」


 マヒルは残念そうにしながらも身体を起こし、冷え切った僕を抱きしめてくれた。


「大丈夫だよ。これから練習していけばいいんだから…」


 彼女の温もりを肌で感じつつも、心は冷え込んでいくばかりだった。

 こんなに怖くて寂しい思いを…これからもしなきゃならないのか?


 スポーツは根性だと本気で思っているマヒルは、僕が出来るようになるまで練習の手を休めてはくれないだろう。


 そしていずれ…練習が功を奏した、その時。

 僕らはもう、姉弟じゃ…家族じゃなくなる。


 僕にとって、それは身の破滅を意味する。

 そしてマヒルがどうして僕を破滅させたがっているのか、さっぱり解らない。


 こうして優しい姉を装いつつも、心の底では弟の破滅を願うだなんて…酷い姉もいたものだ。


 そんな彼女の柔肌の感触に酔いしれて、深い眠りの底に堕ちていきながら…僕は思った。


 もう、マヒルと一緒にはいられないって。




 …僕が網元家から出て行きたいと皆に打ち明けたのは、その翌日。

 十二月二十五日の夜、家族全員が揃ったささやかなクリスマスパーティーの席上だった。


 それが、皆といつまでも家族でいられる唯一の方法だと思ったから…。





「ぁ…」


 僕の股間が萎えるのを見て、マヒルはあの時と同じ顔をした。

 何から何まであの時の再現そのものだった。


「…ごめんね。まだ早かったかな?」


 あの時と同様に悪びれて僕を抱き締める彼女に…僕の苛立ちはついに頂点に達した。


「…なんで?」


「…え?」


「僕と姉弟でいるのが、そんなに嫌か?」


「なに言ってんの、嫌なわけないじゃん。リョータはあたしの…」


「違わないだろ。さっきも言ったじゃないか、『姉弟なんかになるんじゃなかった』って」


 マヒルはしばし考え込んでから、ようやくハッと思い当たって、


「アレはそーゆー意味じゃなくて!

 なんてゆーか…少しは女の子らしい目で見て欲しいってゆーか…」


 照れ臭そうに呟いたその言葉が、ますます僕の怒りを呼ぶ。


「それだよ! なんで普通の女の子なんかになりたがるんだよ!?」


「…へ?」


「マヒルは僕の姉さんだから特別なんだよ!

 でも女の子なんて、僕の見てくれがカッコいいからってだけで寄ってきて、僕のカノジョになれば周りに自慢できるな〜くらいにしか考えてない、くだらない生き物じゃないかっ!?」


「ちょ…なに言ってんの?」


 僕の意見が理解できず戸惑うばかりのマヒルに苛立った僕は、より簡潔にまとめてやる。


「だから、普通の女の子なんて僕には無意味な存在なんだよっ!

 ユウヒは有名人の娘で、副会長さんは資産家で…みんな何かしら利用価値があるからそばに置いてるだけなんだ!」


「…リョータ…?」


 愕然としたマヒルの顔が、信じられないモノを見る眼差しを僕に注ぐ。

 驚くのも無理はない、この潮リョータ一世一代の告白だからな。


「ずっと隣にいて欲しいって思うのは、マヒル…姉さんのアンタだけなんだよっ!

 だからっ…アンタだけは普通の女の子なんかになっちゃダメなんだっ、解ったか!!」


 一気に捲し立ててゼェハァ肩で息する僕を、マヒルはすっかり気が抜けた様子で呆然と見つめていた。


 おいおい何だその反応は? 調子が狂うな。

 いつものお前なら感激のあまり泣きながら飛びついてくる場面だろ?


「…そっか…そゆことだったんだね…」


 やっとそう呟いた彼女は再び僕を抱きすくめて、ふくよかなその胸に埋めた。

 夏場だから二人ともすっかり汗ばんで、息苦しいなんてもんじゃないけど…

 不思議と居心地が良かった。


「…ごめんな…うまくできなくて…」


「気にしないで。うまくできるようになるまで、いくらでも付き合ってあげる。だって…」


 ふいにマヒルの瞳から涙が流れ落ちた。

 それは後から後から、とめどなく溢れ出す。


「あたしは…いつまでも、リョータの姉さんなんだからね…」


 とても幸せそうなのに…どこか寂しげな顔で。


 そんな姉の笑顔に見守られながら、疲れきった僕はいつしか深い眠りに堕ちていった。


 今は真夏だってのに…二年前のクリスマスイブのように。




 …翌朝。目覚めるなりドアップのマヒルと視線がカチ合いドキリとする。


「…おはよ」


「お、おはよう」


 昨夜抱き合って寝たままの格好だから、お互いスッポンポン。気恥ずかしいったらない。

 しかも彼女は僕の下敷きになったままだから、いくぶん苦しそうだ。


「ごめん、重かったろ?」


 速やかに身体をどけようとすると、


「あんっ…動かないで…っ」


 マヒルは朝っぱらから艶めかしい声で僕を制止する。いったいどうしたんだ?


 言われてみれば僕のほうも、下半身に痛烈な違和感を覚える。

 なんてゆーか…アレが何かにガップリ咥え込まれてるような…


「…ッ!?」


 ハッとしてソコに目をやれば…案の定、アレがナニにガップリ咥え込まれていた!


「あはは…寝てるうちに繋がっちゃったみたい」


 バツが悪そうに状況説明するマヒルだが、どことなく嬉しそうなのは気のせいばかりではないだろう。


 どうやら朝の生理現象でご起立頂いた僕の分身が、たまたまそこにあった彼女のべヴンズドアをこじ開けてジャストミートしてしまったようだが…いやいやそんなコトってあるの!?


 だがしかし実際問題そーなっちゃってんだから疑問を挟む余地はない。


「え、なにコレ…まさかこんなんで、僕らの初体験終了?」


「みたいだね。だって実際…けっこー痛いし」


 痛いって…!? 言われてよくよくみれば、たしかに結合部に血が滲んでいた。

 いまいち現実味がなかった出来事が、途端にリアリティーに満ち溢れる。


「…うわマジ結合しちゃってるよ、ヤバイよコレマジで!?」


「えーっと、とりあえず落ち着こ?」


 いざこんな事態に陥ってしまえば比較的冷静な女子とは違い、男子はてんで無力だ。

 ひたすら狼狽えるばかりで、どうすることもできない。


 幸い血の気が引いてくれたおかげで股間の血流も失せて、摩耗したネジのようにあっけないほどスポッと引っこ抜けたけど。


「ぁ…」


 だからいちいちガッカリすんなってばマヒル。その顔、男性的にも結構ショックなんだぞ。


「…風呂、入り直すか?」


「そうする。汗と血とリョータのでベトベトだし」


「いやいや僕のは出てないでしょ。

 …いやいやいやマジ出てないよなっ!?」


「こ、こら冗談だってば! 覗かないでよ、今けっこー恥ずかしいんだから…!」


 いつになく真っ赤になって慌てるマヒルの言葉通り、なんてゆーか…祝トンネル貫通で奥まで丸見えだった。


 それから昨夜のように風呂場で洗いっこしたけど、お互い恥ずかしくて悪ふざけする余裕は微塵もなかった。




 風呂から上がってやっと時刻を確認すれば、

もう朝早いとは言えない頃合い。

 窓の外は今日も快晴で、お天道様が燦々と頭上に輝いていた。


 普通の運動部なら夏休み中でも朝練があったりする。

 けど我が校の水泳部の場合は屋外プール使用のため、気温と水温が高まらなければ話にならず開始時刻は遅めだ。


 走り込みや筋力アップトレーニングは目の前のズボラな部長殿の御意向で部員各自の自主鍛練という扱いになっているため、まだ少しは余裕がある。


 とゆー訳で遅めの朝食をウチで摂ってからマヒルは一旦自宅に戻り、それから部活に向かうそうな。


「うぅ…まだなんか挟まってる気がする…」


 目玉焼きに添えたウインナーを箸先で転がしつつ呟くマヒル。そういう露骨な抽象描写はヤメレし。


「今日は部活休んだほうがいいんじゃないか?

 曲がりなりにも怪我してる訳だし」


「怪我ゆーな。しかもさせたのアンタっしょ」


「…ごめん」


 いつもなら言い返してるところだけど、紛れもない事実だから率直に詫びるしかない。


「ヒヒ、いい気味♪ これでアンタも少しはあたしを女として見てくれる気になったっしょ?」


 イタズラっぽく笑う彼女にムカッ腹は立つけど言い返せない。


 昨夜も自分を女の子扱いしろとか意味不明なこと言ってたけど、ワケワカラン。

 昨夜のことを抜きにしたって、マヒルはオンナ以外のナニモノでもないだろ?


「部活はちゃんと出るよ。今日から合宿だから、部長が参加しないと示しがつかないしね」


 そういやそうだったな。

 合宿といっても校内合宿で、いつもより長時間練習する以外には通常と大差ない。


 部員同士の親睦を深める意味合いもあるけど、水泳部は元々みんな仲が良いし、厳しい規律も存在しない。


 期間中は基本的に校内での宿泊になるけど、これは遠方から通学してる部員向けの配慮であって、翌日の練習までに戻って来られれば外出にも特に制限はないなどユルユルだ。


「だからさ…出来たら今夜、また来ても…いい?」


 いつもなら何の断りもなく突然押しかけてくるクセに、今朝はいつになく殊勝だ。


「ああ、今日は何の用事も入ってないから別にいいけど…?」


「んもぉ〜っ歯切れ悪いなぁ。あたしはもう名実ともにアンタのモノになったんだから、もっとこう…言い方ってもんがあるっしょ!?」


「ええっ!? いや確かに悪いコトしたとは思ってるけど…ち◯ち◯入れただけでそんなコトになっちゃうの!?」


「露骨すぎっ!! 悪いコトでもないし!」


 ずいぶん下手に出たつもりなのに、結局なんでか責められる。しかもあれだけのコトをしたのに僕が悪くないって…どういうことだ?


「あ〜もぉっ…こゆことっ!!」


 叫ぶなり、マヒルは強引に僕の唇を奪った。

 食事中にやるこっちゃないだろーに。


「ぷはぁっ…わかった!?」


「うーむ…サラダ油と醤油の味だってことくらいしか…?」


「ハァ…もぉいい。続きは帰ってきてからね♪」


 怒ったり急に機嫌良くなったり情緒不安定極まりないマヒルは、しまいにはすっかり元の調子を取り戻して意気揚々と引き上げていった。


 いったいどーゆーことだ?

 これからもずっと僕の姉だと言ってみたり、僕の女だと言ってみたり…言動がブレブレじゃないか? 何がマヒルをそうさせる?


 …ハッ!? いや待てよ、姉と弟が肉体関係になってしまったってことは…まさかコレって俗に言う…


 近親相姦なんでわ…!?





〈アサヒちゃんとエッチしたくなった事ってある?〉


《いきなりナニ言ってんの???》


 そりゃそうだわな。訊いた相手が悪かった。


 すっかり不安にかられてしまった僕は、居ても立っても堪らず外部に救いを求めることにした。


 僕の知り合いで兄弟がいる相手といったら…必然的に美岬姉妹しかいなかった。

 義姉妹ならマヒルとヒマワリちゃん、副会長さんとフィンさんもいるけど、どう考えても肉体的な繋がりはないだろう。


 なので一番クロっぽいユウヒにさっそく質問をぶつけた次第だけど、期待したような回答は得られなかった。

 あれだけアサヒちゃんを猫可愛がりしてれば、なんかかんか有ると思ったんだけどな〜?


《朝っぱらからセクハラ? カノジョだからってナメてんの!?》


 スゴイ勢いで続けざまにレスが付いた。

 ヤベェこりゃマジキレてんな。


〈ゴメン、訊いてみたかっただけなんだ〉


 慌てて応えると彼女はしばし沈黙した後、


《マヒルと何かあった? あったよね!?》


 やっぱりキレ気味ながらもスルドイところを突いてきた。

 さて、どう答えるか?


 ユウヒはマヒルの親友だし、僕ら姉弟の尋常ならざる関係も知ってる。

 その上でカノジョに立候補したんだから、それなりの覚悟と理解力はあるだろう。

 …よし。


〈昨夜マヒルと繋がりました。肉体的に〉


 そう回答したわずかゼロコンマ数秒後。


《会って話そう。つか会え。今すぐ出てこい》


 さすがアサヒちゃんの姉だけあって入力メチャ速いなー…と思った直後に当人から電話が掛かってきて、


『…逃げんなヨ?』


 今まで聞いたこともないようなドスの効いた声でそれだけ言うと、すぐに切れた。怖っ。


 そしてまたチャットアプリのメッセージで詳細な待ち合わせ場所の指定がなされた。


 …やらかしたかもしんない。ヤッベー。

 けどこりゃもう逃げらんねーな…。





 ユウヒが指定したのは街外れの喫茶店。


 僕のアパートと彼女の家のほぼ中間地点に位置する、昭和の名残を色濃く残す落ち着いた佇まいの小洒落た店舗だ。


 平日の午前中ということもあって客は僕らの他にはおらず、店内にはレコード音源らしきノイズ混じりのジャズ曲が静かに流れている。


 僕もマヒル達とたまにファミレスやショッピングモールのフードコートは利用するけど、喫茶店に入ったのは生まれて初めてだ。

 さすがは業界セレブの娘、なかなかの穴場を知ってるなぁ。


「んで…ヤッたの?」


 せっかくの雰囲気ぶち壊しなダイレクトすぎる質問が、窓際のボックス席の向かいに座るユウヒから飛ぶ。


「…僕たちがヤリました。」


「どこぞの映画タイトルか…っ!?

 そしてカノジョの私に言うことか…っ!?」


 店内だから抑え気味な囁き声ではあるけど、ユウヒは入店前から不機嫌全開だ。


「言っとくけどアンタ、私が普通の子だったらさっきのメッセージ送り付けた直後に捨てられるか刺されるかしてるんだからねっ!?」


 末恐ろしいことをのたまいつつ、注文したクリームソーダを、コップを鷲掴んで一気飲みしてる。器用だなぁ。


 でも自分が普通の子じゃないって自覚してんのな。浮気性な父親に散々振り回されてきたせいで尋常ならざる耐性がついてるらしい。


 僕とマヒルのちんちんかもかもな仲を知っててカノジョに立候補したくらいだしな。

 そして今は文字通りの以下略。


「ま、アンタ達ならそうなるのは時間の問題だと思ってたけど…てゆーかまだだったんかい!?って驚いたけど」


 ならなんでわざわざ僕を呼び出してまで怒るのかって話だけど、そうしないと彼女の怒りが収まらなかったらしい。


「で、確認だけど…これでもアンタ達は付き合ってないって言い張るワケ?」


「うん。だって姉弟だよ? 付き合う訳ないじゃん」


「でも本当の姉弟じゃないでしょ?」


「本当の姉弟以上の姉弟だと思ってるけど?」


「でもヤッたんでしょ?」


「うんまぁ。そこいら辺がどーゆー扱いになるのか解らなかったから、あんな質問になっちゃったんだけどね」


「アンタ達に解らないことが私に解るワケないでしょ?」


「ですよね〜?」


 ユウヒがア゛〜ッと頭を掻き毟ったところで、唐突に彼女のスマホが鳴った。何らかの着信があったらしい。


 彼女はその画面を確認するなり目をパチクリさせると、「…ちょっとトイレ」と言って席を外した。


 …………。


「って遅くね?」


 店内BGMが二、三曲切り替わるまで待ってみたけど、一向にユウヒは戻って来ない。

 お店には悪いけど、まさか食あたりとか…?


「…だ〜れだ?」


 そろそろ探しに行こうかと腰を上げかけたところで、またも唐突に背後から誰かに目隠しされた。

 この声は明らかにユウヒじゃない。


「…ナミカさん?」


「おっ、正解〜⭐︎ 簡単だった?」


 正直、まだユウヒ達ほど頻繁に会ってはいないから声では判別がつかなかったけど、後頭部にズッシリ載っかるお乳の重量感と、両手からほのかに漂う整髪料の匂いで判った。


「でも意外な場所で会いましたね?」


「そーでもないわよン。あたしこのお店、時々お邪魔してるし。

 むしろリョータくんがこんなトコにいるほうが意外かな?」


 聞けば彼女は昨日、美岬邸を出てからテレビ局でずっと働き詰めだったそうな。

 時間問わずな仕事が常態化してる業界はやっぱり大変だな。その分ギャラは良いらしいけど。


 で、徹夜明けでやっと家路についたところ、通りすがりのこの店の窓辺に僕の姿を見つけてちょっかい掛けてきたんだとか。


「あ、僕は…」


「…あれっ、お母さん?」


 丁度ユウヒが戻ってきたから説明する手間が省けた。

 それにしてもずいぶん掛かってたな、そんなに大っきいの産んでたのかな?などとしょーもないコト考えてると、


「丁度よかった、ちょっとこっち来て」


 と今度はナミカさんを連れて行ってしまった。やれやれ、カレシそっちのけで家族会議ですかい?


 けれども今度はさほど待ちぼうけを食らうこともなく、店内BGMが一曲終わるのとほぼ同じタイミングで二人揃って戻ってきた。


「何やってんのさっきから?」


 さすがに苛立ちを隠せずに尋ねるや否や、


「リョータ。悪いことは言わないから、今すぐウチに来て!」


 は?


「リョータくん。夏休み中はウチで暮らしなさいコレ命令⭐︎」


 はぁ!?


「いやいやなんなの二人とも!? 急にそんなコト言われても…夜にはマヒルが来るとか言ってたし、家庭教師のバイトだって…!」


「マヒルには断って。どーせ合宿中なんでしょ?」


「家庭教師だって毎日じゃないんだし、ウチから通えばいいでしょ?」


 何だコイツら、まるで示し合わせたように…ってか示し合わせてんのか!?


「だから、僕にだって都合ってものが!」


「三食賄い付き♪」


「お小遣いもあげるわよン⭐︎」


「…な〜んの不都合もありまっしぇん!」


 一人暮らしの侘しさが身に染みてる僕としては、メシとカネの誘惑は抗い難かった。




追記①

 後ほどマヒルに「夜は都合が悪くなった」とお詫びメッセージを送ったら、「じゃあ合宿中は我慢するからイイ」とあっけらかんと応えやがった。

 いつものアイツなら延々と文句を送りつけてくるだろうに釈然としないなぁ。

 …ま、あんなコトがあった直後だしな。


追記②

 家庭教師先のヒマワリちゃん家は直線距離で見れば、僕のアパートから通う場合と美岬邸から向かう場合でほぼ同距離なことが判明。

 これなら徒歩で往復可能だし、帰宅前後の家事やら何やらも考えなくて良いから好都合だ。


追記③

 ユウヒとナミカさんの双方がこの喫茶店を知ってたのは偶然じゃなかった。

 元々カイドウ氏とここのオーナーが旧知の仲で、再婚前の顔合わせもここでやったのがきっかけだという。

 さすがはカイドウ氏、違いがわかる男だなぁ♪


追記④

 ナミカさんの愛車は国産の真っ赤なスポーツセダンだった。似合いすぎ。

 以前は無理して外車にも乗ってみたけど、故障は多いわ金はかかるわ荷物は積めないわでやってられなかったとか。

 こんな庶民的なトコもステキ♪





 美岬邸に到着するなり、待ち侘びていたアサヒちゃんから猛烈な大歓迎のハグを受けた。

 嬉しいけど、年齢の割にはご立派なおっぱいの感触に戸惑う。


 なにぶん朝は不発気味に終わってしまったから歯止めが効かないんだよ…。


 なのによりにもよってユウヒ達はこれから昼食の準備をするから、僕はアサヒちゃんの面倒見てろってさ。

 僕のこと信用しすぎじゃない?


《じゃあお兄ちゃん、いつものご挨拶♪》


 ほら見ろ。アサヒちゃんの自室に入るなり、僕にべったりくっついて唇を突き出してきた。

 仕方なく唇を重ね合わせて、しばし彼女の味と柔らかさを堪能する。


 その間に、僕の上着の裾から手を入れた彼女は、僕の胸板に手を這わせて乳首を指先で転がし…ってコラコラ!


〈そんなテクどこで覚えたの!?〉


 慌ててアサヒちゃんを咎めると、


《そこの本に書いてあったよ♪》


 まったく悪びれずに机上に積み上げられた書籍を指差す。背表紙に整理番号ラベルが貼られてるから、明らかに小学校の図書室から借りてきたものだ。


 しかし、その本のタイトルは…


『ハリーキングロマンス・砂漠の王子に見初められた私…一夏のアバンチュール』


 …いやいやなんで小学校の図書にこんなアブナイ代物が!?


 もしや他の本も…と念のため確認してみたけど、後は歴史物や科学雑誌、ティーンズ向けファッション誌にスマホ豆知識本などジャンルがバラバラだった。


 どうやら乱読が彼女の趣味らしい。

 小学生の割に話題が豊富でスマホの扱いにも慣れてると思ったら、こうやって知識を吸収してたのか。


《スマホでも色々調べてるけど、どれが正解かわかんないから苦手なんだよね。テヘッ♪》


 情報の海に埋没してアップアップなのは万国老若男女共通らしい。


 かくいう僕もニュースはテレビで見る派で、ネットはあまり利用しないけど。

 ネット検索って利用者の検索頻度から割り出された情報が優先的にピックアップされるから、どうしても偏りがちだし。


 それにしても、アサヒちゃんの学校っていったいどんな所なんだろ?

 僕らが現役小学生だった頃にはまだ無かったらしいし、興味あるなぁ。


 などと思いつつ彼女と世間話をしていたところ、ちょうど明日は登校日らしい。なんたるナイスタイミング!


 彼女は通学バスを利用してるけど、調べてみると徒歩でも充分通える圏内であることが判明。…ならば!


〈良かったら、明日の登校日が終わった頃に迎えに行くよ〉


《ホント!? やったぁ!!》


 アサヒちゃんは早くも大興奮。こんなに素直に喜んでもらえるなら光栄だ。

 しめしめ、これで合法的に小学校に潜入できるぞクックックッ♪




 昼食の席上でも明日の登校日について触れてみると、ユウヒもナミカさんも大歓迎だった。


 なんでも夏休み中は通学バスも休止中なので、朝はナミカさんが車で送って、帰りはユウヒが買い物ついでに迎えに行く予定だったんだとか。


 また生徒の登下校時には地域住人が交通整理に立っている様子をよく見かけるけど、夏休み中にはそれも無いので付き添ってもらえるなら安心なんだそうな。


 学童の長期休暇中にも世間様は普通にお仕事中だから仕方ないとはいえ、昔とは段違いに物騒なご時世なんだし、もうちょい何とかならないもんだろうか?


 とりわけアサヒちゃんはハンデが大きいんだし…。


「そんな真剣に我が子のことを考えてるだなんて、まるで本当の父親みたいね♪」


 小難しく思い悩んでた僕の様子に、ナミカさんが茶々を入れてきた。


「やめて下さいよ。父親なんてなりたくもないですよ」


 素でそう返した僕にユウヒ達がハッと息を呑んだのを見て、自らの失言に気づく。


「すんません。自分の父親だの母親だのには、あまり良い思い出がないもんでね…」


「あ…うん。前に聞いたことあったね」


 申し訳なさそうにユウヒが応える。隣でナミカさんも同じ顔をしてるのを見るに、だいたいの事情は聞いてるんだろう。


 僕の隣に座ったアサヒちゃんだけが訳もわからずキョトンとしてるのを見て、


「どうせならお兄さんって思われたいかな?

 アサヒちゃんみたいな可愛い妹のためなら、喜んで♪」


 沈んだ場の空気を盛り返そうと、冗談めかして言ってみた。

 すると今度はユウヒの顔が曇り、


「…親子とか兄弟とかの縁って、時には呪縛になっちゃうんだよ。たとえ血の繋がりなんて無くてもね…」


 まるで初めて出会った頃の彼女みたいな辛辣な言葉に、ますます場の空気が沈んでしまった。


 遅れて再びハッとしたユウヒに、隣のナミカさんが「やっちゃったね〜」とでも言いたげにやれやれと両手を広げてみせる。


「…ごめん。私、先に行くね」


 ユウヒは自分の食器を流し台に運んでササッと片付けると、そそくさとキッチンから出て行った。


「…悪く思わないでね。あたしもまだ詳しくは知らないけど、あの子にも色々あるみたいだから」


 ナミカさんは僕を気遣うと、頭上に疑問符を並べまくったアサヒちゃんを相手取って気を紛らし始めた。


 まあ…僕だけじゃなくて、どこの家にも多少はアレコレあるんだろうな。


 …でも、なんでユウヒは僕をわざわざ自宅に招待したんだ?

 よもや、こんなちぐはぐなやり取りを見せつけるためじゃないだろうに…?




 昼食後、ユウヒのことが気になって彼女の自室を訪ねてみたけど不在だった。


 ならば何処へ?と考えた僕の頭に…ふと、彼女と初めて出会ったときの海岸の風景が思い浮かんだ。


 美岬邸内から出た様子はないから、思い当たる場所といえば…やっぱりあそこか。


 玄関から外に出て、敷地脇の通用口へと向かう。

 そこから螺旋状の石段を下り、生い茂る草木の中を眼下の海岸へと向かえば…


 …案の定、珊瑚礁の浜辺に彼女の姿を見つけた。


「…せっかく来てもらったのに、気分悪くしちゃってごめんね」


 それほど落ち込んだ様子もなく淡々としたユウヒの様子に安堵する。


「いや、元々朝イチで気分悪くさせたのは僕のほうだったし」


「ホントにね。なんでカノジョの私が、カレシが私以外のオンナと初体験した自慢話を聞かされなきゃいけないワケ!?」


「自慢してないからっ! ただ姉弟としてコレでいいのかって訊きたかっただけで!」


 怒りがぶり返したユウヒが振り出しに戻ろうとするのを阻止したつもりが、


「イイわきゃないでしょンなもん!!」


 ズバッと一刀両断されたァーッ!?


「マヒルに穴開けたのアンタなんだから、なんとかして罪滅ぼしするしかないでしょ!?」


 しかも露骨すぎィーッ!!


「私だってあの時からずっと、あの子の為だけに生きてるんだから!」


 あの子の為だけって!……え?


 ずっと同じ論調だったから、思わず聞き逃すところだった。


 午後の潮騒が気忙きぜわしく押し寄せる波打ち際で…

 ユウヒはついに、今まで誰にも打ち明けられずに胸に秘め続けていた思いの丈を僕に明かした。


 もちろん僕は一応カレシな訳だから、今さら愛の告白などではない。

 そんなものとは比較にならないほど衝撃的な彼女の吐露に…


「…アサヒから音を奪ったのは…私なの。」


 僕はただ打ちのめされるしかなかった。


 一際大きな波しぶきが、この世のすべての音を打ち消した。




【第十一話 END】

 今回は前半マヒル、後半ユウヒ編です。

 マヒルと主人公との仲にもそろそろケリを着けにゃ〜と思いまして…ネタバレ気味ですが、かな〜り露骨に描写しました。


 ラブコメでありがちな、すんごいイイ雰囲気だったのに、後で実はヤッてませんでした〜的な説明が入ってシラケちゃうことってありません? 自分はよくあります。

 なので作者の退路を塞ぐためにも、これ以上ないだろってなほど赤裸々に描かせて頂きました(笑)。


 そして後半はいよいよメインヒロインのユウヒ編に突入です。

 メインにもかかわらず一番進展が遅くて出番も控え目でしたが、ここから一気に巻き返していく予定です。

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