この紋所が目に入らぬか!?
「…で、ナニしてたワケ?」
「のっけから意味を確定させるような質問の仕方はいかがなモノかと…」
「んじゃあダイレクトに…ヤッた?」
「ヤッてませんヤッてませんっ!」
両手をブンブン振り乱してナミカさんの追及を否定する。
内側からは鍵が開けられない謎の部屋に、アサヒちゃんと一緒に監禁されてしまった僕が救助を要請したのが彼女だった。
あの状況で他のメンバーを呼んだ日にはこの程度の追及じゃ済まないだろうし、比較的冷静な彼女なら理解力も高いと踏んだからだ。
で、今は場所を彼女の寝室に移して取調べの真っ最中。
《お兄ちゃんとはホントに何もしてないよ》
僕の隣で同じく土下座させられてるアサヒちゃんが、チャットアプリの文面をナミカさんに見せる。
「ふ〜ん? じゃあどうして窓から入ったりしたの?」
にっこり笑顔で尋ねる母親に、娘はポッと頬を赤らめて、
《お兄ちゃんの愛人になりました♪》
ちょっ…!?
「ふぅう〜〜〜〜〜ん…?」
母親こわいコワイ怖いっ!
「なんでそーなるの!? 初耳なんだけど!」
慌てた僕は大絶叫する。すでに夜遅いけど、カイドウ氏夫妻の寝室であるこの部屋は完全防音だからいくら騒いでも大丈夫。
もっともどんなに大声を上げても、耳が不自由なアサヒちゃんに聞こえることはないんだけど…聡い彼女は相手の表情と読唇術でおおまかな話は理解できる。
《お兄ちゃんの本当のカノジョはお姉ちゃんだから、アサヒはニセモノ。だから愛人♪》
そんなイイ笑顔で言うこっちゃないでしょ。
言いたいことは解ったけど、本当の意味わかってまんのかいな?
「ハァ…アサヒはリョータくんのことすごく気に入ってたから、いずれこうなるんじゃないかとは思ってたけどね」
ナミカさんは溜息ついて、
「海水浴に誘ったのも、アサヒもユウヒも最近はリョータくんの話ばっかりだったからだし。
あの人がヤキモチ妬いちゃうくらいにね♪」
それはカイドウ氏に悪いことしちゃったなぁ。人気者はツライね♪
「でもアサヒ、本当にそれでいいの?
このお兄ちゃんは絶対悪人よ?
後で泣いても知らないからね」
悪人とは人聞きの悪い。こんなに聡明な正義漢の僕に向かって、何を根拠に?
それはさておきこの二人、さっきから普通に会話してるな。アサヒちゃんの会話ギミックはすでに説明した通りだけど。
スマホが必須な僕とは違い、ナミカさんはごく自然にアサヒちゃんの心が解るみたいだ。
二人とも出会ってすぐに打ち解けたようだし、だからせそカイドウ氏も彼女との再婚を決めたのかもな。
ユウヒが当初、彼女に反発してたのには、そのへんのやっかみもあったのかもしれない。
《もう泣いたもん。お兄ちゃんになかなか会えないから寂しくて》
いやいや実際顔を合わせてなかった間もスマホでやりとりしてたし、そもそも僕と出会ってから半月も経ってないよね!?
ヤバイ…この子、めちゃめちゃ寂しがり屋かも。放ったらかしすぎると何をしでかすか判らないタイプだ。
ヒマワリちゃんに続いて二個目の地雷を踏んでしまった。両足上げらけなかったら、もうどーしょーもないぞ?
まったく、人なんて好きになってもろくなことはない。なのになんでどいつもこいつも、そんなに幸せそうな顔で惚れたの腫れたの言ってるんだ?
入れ込めば入れ込むほど後戻りはできなくなるし…後で泣きを見るのは判りきってることなのに。
「まあ、決めるのはあたしじゃなくてアンタ達だからね。その代わり責任も二人で取りなさいよ」
理不尽すぎるほど物分かりが良すぎるナミカさんは、あっさり僕とアサヒちゃんの交際を認めてしまった。
てゆーかこれで僕、六股なんスけど…?
「そこいら辺の処理も自己責任でどーぞ。
ユウヒには秘密にしといたげるから、ガンバッテ♪」
訂正。親としての責任は一切合財とらない『無責任』なだけだった!
「あと、アサヒは名目上まだ小学生だから、避妊はしっかりネ⭐︎」
ちょっ、それくらいは責任もって反対しろよ親として!?
《アサヒは早くお兄ちゃんの赤ちゃん欲しい》
ちょお〜〜〜っっ!?
てゆーか、え? アサヒちゃん…子作りの方法知ってるの?
《知ってるよ。男の人のオチ◯チ◯が、女の人のオ
「ハイッそこまでー!」
怒涛の勢いでタップ中だったアサヒちゃんのスマホを慌ててひったくったナミカさんは、さすがに冷や汗したたらせて、
「…早まったかな?」
もしもぉーしっ!?
あとアサヒちゃん、スマホ取り上げられなかったらいったい何を書くつもりだったんだ?
「じゃあもう夜遅いからアサヒはあたしと一緒に寝ましょ。リョータくんは…どっかそのへんに転がってて」
一見テケトーすぎる指示に思えて、ナミカさんはしっかりリスクヘッジしていた。
すなわち、「このまま帰してしまったら…コイツら間違いなく、ヤル!」と。
なのでアサヒちゃんは自分がガッチリガードしつつ僕への接触を阻止。
そして僕のほうも他メンバーとつるむことを防止するため、室外に出ることを禁じた。
「なんなら、あたしが処理したげてもイイけど♪」
「…一晩くらい我慢しますよ」
曲がりなりにも新しいカノジョの眼前で、その母親とイチャつくなんてエロ漫画じみた真似はできっこありませんて。
◇
「潮センパイ…」
競泳水着姿のヒマワリちゃんがはにかむ。
真夏の陽射しに彩られた波打ち際の岩陰で。
「…いいんだね?」
「はい…。センパイのためなら、私ぃ…」
緊張のため小刻みに震える手を水着の肩紐にかけて、顔を伏せて呼吸を整え…
「…脱ぎますっ!!」
意を決して、水着を引きちぎるようにずり下ろす。
連日の部活動にもかかわらず日焼け跡の薄い彼女の素肌が、白日の下に晒される。
小振りながらも白く柔らかい乳房。
痩せ気味ながらも引き締まった腰と尻。
程よい肉付きの太もも、その付け根には…。
すでに余すことなく奥の奥まで拝見させてもらったけど、美少女の裸は何度見ても良いッ!
「じゃあ、触るよ?」
「は、はい…お手柔らかにお願いしますぅ」
すべてを僕に委ねて心と身体を開くヒマワリちゃん。お言葉に甘えて、僕は遠慮なく彼女に覆い被さり…
「まず、せっかく脱いで貰ったけど、水着は脱ぎかけな感じでこう引っ掛けて…。
乳首と胸元の傷跡は見えないように、両手をこの位置に…」
「あ、あのぉ…?」
テキパキとポージングを指示する僕に戸惑いを隠せないヒマワリちゃん。
う〜ん、この表情はイマイチだな。
「ヒマワリちゃん…ごめんね」
「んむっ!?」
唐突に唇を奪うと、彼女は身体をビクンッとすくませて…やがて素直に僕を受け入れた。
それを良いことに僕は、ゆるく開いた歯の間から舌先をこじ入れ、口蓋を舐め回し、舌と舌を絡ませて…
「ん…ふぁ…ぁ…」
彼女から力が抜けきり、岩肌にすとんと身体を預けた。
恍惚とした顔は虚空を仰ぎ、その瞳からはただただ次の快楽を求める欲望の涙がダダ漏れている。
これだ…この瞬間を待っていた!
僕は懐から引っ張り出したスマホで、事後状態と化した彼女の艶姿をひたすら撮りまくった。
全方位三百六十度あらゆる角度から、彼女の魅力を一欠片も見逃すことなく。
こうして僕とヒマワリちゃんの渾身の共同作業の結果完成した新刊
『センパイ、秘密ください。
〜日下ヒマワリ・ファースト写真集』
は生徒会出版創設以来最高となる驚異的な売上げを記録した。
天使のように愛らしい、あどけない少女の奥に垣間見える未成熟なエロス。
水泳部なだけに大半が水着姿ながらも露出度は控えめで、とりわけ胸元に関しては決して乳首を露出しない往年のアイドルのごときガードの堅さ。
しかしその初々しさと健康的な魅力が溢れんばかりに詰まったページの数々は大絶賛され、特にラストの海辺のワンカットは本当にすべてを捧げてしまったのではと、まことしやかに噂されるほどだった。
御購入はいつものように生徒会サイトの有料会員ページよりお願い致します。初回限定動画付きで御値段たったのいちまんきゅーせんはっぴゃくえ〜ん⭐︎ 安いでしょお〜?
…いやはや、単なる足枷に過ぎないと思ってたヒマワリちゃんの商品価値がこんなに高かったとは、まさに予想外だった。
今後は定番商品の網元マヒルとの二枚看板で売り出していくつもりだから、ひとつまたイイ顔をお願いするよ…クッククック私の青い鳥♪
調子に乗った僕は、次のスターを発掘すべく新機軸を打ち出した。
今までの被写体は在校生に限定していたが、いよいよ校外からの招致に踏み切ったのだ。
第一弾は『お兄ちゃんと一緒⭐︎美岬アサヒ・ファースト写真集』。
現役小学生にしてバツグンなスタイルを誇る彼女の無邪気なセクシーショットが満載で…
ァア〜ア〜ァふぁんふぁんふぁん♪
おや? どこからともなく柳沢慎吾のモノマネのようなサイレン音が…
ガチャッ「動くな! 生徒会長・潮リョータだな!? 未成年淫行略取容疑で逮捕する!」
…あれ?
「で、いたいけな少女をベッド上でアリャコリャした挙句、撮影協力を強要したと?」
「カ、カワイイ子と一緒のベッドに入るのがどうしてイケナイのホォウッ!?」
「ダメに決まってんだろがぃっ!!」
あっっるぅえ〜〜〜っっ!?
《お兄ちゃんにキスしようって言われて…唇にウインナーソーセージ押し付けられて騙されましたっ!》
ちっ違う! いや違わないけど、その後ちゃんとキスしたじゃないか!?
「ヤッとるやんけぇーーーっっ!!
貴様のようなクズ野郎は即刻死刑だ!!
グラウンドに断頭台を設置しろっ!」
そして瞬く間に用意された断頭台の真下で、穴ぼこから頭だけを突き出した僕は惨めで間抜けなツラを衆目に晒している。
目の前に広がるのは、校庭の丘から麓まで延々と続くヒマワリ畑と、その向こうに広がる金色の大海原。
やがて水平線を引き裂くように閃光が走り、まばゆい朝日が顔を出す。
もう朝か…処刑執行の時間だ。
ずっと室内で取調べを受けてたから、世界中が黄ばんで見える。
闇色に塗り固められていたグラウンドが陽射しに照らされて白むと…そこには僕の処刑を見届けに大勢の群衆が詰めかけていた。
逆光でよく見えないけど、マヒルやユウヒや他の皆もきっとあの中にいるのだろう。
これだけ人がいるのに、誰も何も発しない。
ただただ、遠くにさざめく波の音がリフレインしているだけ。
最後に豆知識。この作品のタイトルって、最初は前作の流れで長ったらしかったんだよ。
『波の音だけナンタラカンタラ』ってね。
でも長過ぎて表記がいちいち大変だから、縮めて『波の音』→『なみおと』→『はおん』→『はのん』なんだってさ。
どうだい、僕はまだまだ役に立つだろ?
今までだって、ずっと皆の役に立つことばかり考えてきたんだ。
何か新しいことをしようとすれば、必ず反対する連中が出てくる。そして未来永劫、僕の案は受け入れられない。
大衆の利益を阻害する輩は社会の敵…すなわち悪だ。
テレビの正義ヒーローものが必ずそうであるように、悪の存在は許されない。だから僕もそれに倣った。
それだけのことなのに…
いつしか僕も大衆の敵に回ってたんだなぁ。
嗚呼、頭上でつがいのカモメが戯れてる。
…いや、アレはカラスか。
僕の血肉は…どんな味なんだろうな?
シャコォーーーンッ…ぷちんっ♪
鋭利な刃先に弾かれるように身体からちぎれ跳んだ僕の首が、目の前に転がってる。
…あれ? じゃあ、アレを見てる今の僕は…
いったい誰なんだ?
「…解らないのかい?」
!? 僕の生首が喋った?
「お前みたいな奴を…
『偽善者』って言うんだぜ」
◇
「ぅぁああああんむっ!?」
悲鳴を上げようとした僕の口を、突然なにか柔らかいモノが塞いだ。
目の前にあるのは僕の生首…
かと思いきや、ナミカさんのドアップ!
ってことは…え? なんで???
「急に大声出すから…驚いて咄嗟にしちゃった♪」
悪びれもせずに悪戯っぽく微笑む。
いや口を塞ぐなら他に手のひらとか色々方法あるでしょ?
「この部屋は防音が効いてるから、外には聞こえなかったと思うし…あの子も気づかなかったみたいだけどね」
ベッドへと向ける彼女の視線を追えば…幸せそうにスヤスヤ寝息を立てるアサヒちゃんの姿。
そして僕が寝ていたのは、部屋の真ん中にあるソファー…の下に敷かれたフカフカなカーペットの上。
いつも畳敷きの自室で布団で寝てるから、高い位置は落ち着かないんだ。
おまけに今は薄っすいネグリジェ一丁のナミカさんに添い寝されてるから、なおさら落ち着ける訳もないけど。
「怖い夢でも見てたの?」
言いながら僕の顔を拭うナミカさんの手が濡れている。どうやら僕は泣いていたようだ。
だけどカノジョの唇のインパクトのほうが強くて、なんで泣いてたのか…どんな夢を見てたのか…すっかり吹き飛んでしまって、まるで憶えてない。
「なんかすみません…」」
「まぁ…あんなにたくさんの子と一度に付き合うことになっちゃったら、そりゃ怖いわよね」
「ゔっ…余計なこと思い出させないでくださいよ。それはできれば忘れたままにしておきたかった…」
童貞はおろか、いまだ交際経験ゼロな奴にイキナリ六人もと付き合えだなんて、無理強いにも程があるだろ。
「でもキミはまだ幸運なんだよ。普通は互いにバレないようにこっそり付き合うもんなのに、最初から公開処刑済みな上に浮気黙認済みなんだから」
まったく、こんなラブコメみたいな異種格闘戦が現実になるなんて思いもしなかったよ。
「やれやれ…そんな調子じゃ立派なカイドウさんになれないゾッ⭐︎」
「なりたくもないですよンなもん、悪いけど!」
おおよそ僕の生き方とは真逆な浮気男のどこに憧れる余地があるというのか!?
まあ確かにあの大らかさは見習うべきかもしれないけど…。
「んふ…でもあの人、あれでもけっこー義理堅いのよ。あたしと再婚するって決めたら、同時期に付き合ってた他の娘達全員と別れたから。
刺されかけたり脅迫されたり、それなりに大変だったらしいけど」
うわぁ…だからそうはなりたくないんだけど。普通の娘相手でさえそんなに厄介なのに…僕の六人衆はどいつもこいつも明らかにフツーじゃないし。
「心構えが出来てないのは…やっぱり、コレを使いこなせてないからじゃない?」
にわかに妖艶な雰囲気を纏って、ナミカさんはおもむろに僕の股間に手を這わせる。
一度仕掛けられたことがあるから驚きはしないけど、だからって興奮を抑えきれるはずもなく…。
「もう発射準備完了…若いってイイわね♪」
「ナミカさんだってまだ充分若い…ってこのクダリ、一度やりましたよね?」
「あの時は結局未遂に終わっちゃったけど…どうする? 今はあの人もいないし♪」
まったくズルい人だ。僕がもう少し大人なら、言われるままにズルズル行っちゃってたかもしれない。
けれどもそこは思春期真っ只中、反抗期たけなわのお年頃だからして、素直に応じることはできない。
それに、どうして彼女がこれほどまでに人肌の温もりを求めるのか…その理由が薄々解っていた。
「…心配ですか? カイドウさんのこと」
単刀直入に問いかけると、ナミカさんは答える代わりに身体をわずかにこわばらせた。
部外者の僕ですら、知人が取材で激戦地に赴くと聞いたときには喉元を掻きむしるような不安にかられたのだから、夫婦ならなおさらだろう。
でも、これまで何度も彼を見送ってきたユウヒやアサヒちゃんは割合い平然としていた。
内心ではそりゃ不安だろうけど、心配してもどうにもならないことだしな。
あるいは、いざという場合に備えて覚悟しておけと、普段から彼に言い聞かされているのかもしれない。
「やっぱり見透かされちゃったか。相変わらず異常に勘が鋭い子ねぇ」
ナミカさんは苦笑して、仕返しとばかりに僕の股間をキュッとつねり上げる…ってあだだだだ! なんちう恐ろしいコトするんだ!?
ちょっと痛キモチ良かったし♪
ともかく彼女はまだ新婚ホヤホヤで、これが初めての経験なのだから心配するなってほうが無理なんだ。
今日の海水浴に皆を招待したのも、寂しさを紛らすためだったのだろう。
いい加減なことは言いたくないけど、彼女みたいなベッピンさんのためなら嘘も方便だ。
「あの人って殺しても死ななそうじゃないですか? むしろ倍返しで逆襲されそうだし」
「クスッ…それもそうね。ありがと、慰めてくれて♪」
いくらか不安が紛れたのか、ナミカさんは全身で僕を抱きすくめた。豊満な胸が顔面に押し付けられて、嬉しいけど息苦しい。
「あの…ちょっと触りますよ?」
「あんっ。先っぽはビンカンなの♪」
少し隙間を空けようと乳房に手をかけたら、ちょうど乳首の位置だった。ラッキ…いやビックリ。
部屋の照明が薄暗いからよく見えないけど…
サイズの割にはけっこう小さめでキレイな色をしている。
「…お乳、出ます?」
「…残念ながらね。飲みたかった?」
ある訳ないでしょ。自分がいかに男ウケするかしか頭になかった最低のクソ女が、てめえの乳なんてガキに吸わせるもんか。
でもおかげでこのイケメンを手に入れたから、そこは感謝してやってもいいかな?
育ての父さんいわく、僕は母親似らしいし。
「…飲ませてもらった記憶がないもので」
言ってから、自分らしからぬ後ろ暗い恨み節に聞こえてしまったかなと後悔したけど、
「…そう。じゃあ…好きなだけ味わって」
ナミカさんは自らネグリジェの胸元をはだけて、乳房を僕に差し出した。同情されてしまったらしい。けど貰えるものは遠慮なく戴く。
「んふっ…素直に甘えてくれて嬉しいわ。
ユウヒは微塵もあたしに甘えてくれないし、アサヒももうおっぱいは飲まないから」
そりゃそーでしょ。じゃあそのぶん僕が存分に甘えさせて貰おっかな♪
とはいえナミカさんは、僕にとっては性対象というよりは母性の象徴みたいなものだ。
彼女もそれが解っているのか、それ以上僕の股間を弄んだりすることなく、ただただ優しく僕を抱きしめ続けてくれた。
たった一日であれこれ事件が多すぎたせいですっかり疲れ果てていた僕は、そんな彼女の温もりに包まれていつしか深い眠りに落ち…
…翌朝、僕達より先に目覚めたアサヒちゃんに見つかり「二人だけズルい!」と叩き起こされるのだった。
◇
翌朝、美岬邸で全員一緒に朝食を戴いた後、一旦解散となった。
マヒルとヒマワリちゃんは部活。
そろそろ大会が近いので近日中に校内合宿に入るため、その準備もあるそうな。
シノブは自分の店へ直行。昨日は他のスタッフに営業を一任したため、その業績確認だそうな。
副会長さんとフィンさんも所有店舗の視察やら何やらで大わらわ。
ナミカさんは今日からまたスタイリストのお仕事再開で放送スタジオへ。
なんだかんだで皆、夏休みだというのに大変だな。
かくいう僕も暇じゃない。今日の夕方からバイトを入れてるのだ。
学期中は生徒会の運営利益から活動費という名目でほんのちょびっと生活費を戴いてるけど(一応顧問教師は承認済み)、長期休暇中は活動停止につき収入ゼロになっちゃうからね。
予定が無いのはユウヒとアサヒちゃんだけ…だけどユウヒは夏休み中の家事を一手に担っているので、ヒマってわけじゃない。
なので僕がバイトまでの間、アサヒちゃんの面倒を見ることになった。
という次第で、ひとまずアサヒちゃんの自室に初めてお呼ばれしてみた♪
現役小学生の部屋とは如何なるものか?
やっぱりぬいぐるみやファンシーグッズで溢れ返ってるのか?と期待満々に入ってみれば…
「え〜っとぉ…?」
なんともコメントに困る。なにしろ部屋の中にほとんど何もないのだ。
部屋の間取りは他と大差ない。窓辺にベッドがあり、対角線上の壁際に学習机。その横に洋服棚。それだけ。
唯一の特徴としては、机の上に何冊かの本が積み重ねてあること。背表紙に整理番号ラベルが貼られていることから、小学校の図書室から借りたと思われる。
そういえばユウヒが、アサヒちゃんは読書好きだと言ってたっけ。
それにしても、僕が予想してた子供部屋とはずいぶん違うなぁ?
しかも入室するなりベッドにちょこんっと腰掛けた彼女が、僕に熱視線を送ってくるのが、いかにもな雰囲気でいたたまれない。
《アサヒはだいたいみんなと一緒にいるから、お部屋ではお休みするだけなんだよテヘッ♪》
なるほど。ずいぶん寂しがり屋らしいってのは薄々気づいてたけど…まさかここまでとは。
耳が聞こえないぶん、なおさら人の温もりを求めるのかもしれないな。
〈んで、ここで何するの?〉
というスマホアプリでの僕の問いに、直前までやたらニコニコしてた彼女は急に手のひら返して不機嫌ブリバリになり、
《お母さんのおっぱい触ってた。ズルイ!》
ううっ、今朝のことをまだ根に持ってんのかいな。いきなり怒り出して情緒不安定かと思いきや、さては今まで上機嫌だったほうが芝居だったのか。
《だからアサヒのも触って!》
ほあ!? ズルイってそっち!?
ちょ待って、服をたくし上げないで!
〈でもこの前ちょっと触ったら痛がってたでしょ?〉
てゆーかチミのはそうそうお気軽に触れるモノじゃないんだよ、気持ち的に。
《あの時はイキナリだったもん! 今日は大丈夫!》
ちうても二次性徴期でしょ? イキナリでも予告アリでも痛いもんはイタイんじゃ?
そもそも、そんなに胸が大きいのに…
〈どうしてブラジャー着けないの?〉
《ブラジャーって何?》
常々思っていた根本的な疑問をぶつけてみると、それこそ根本的な質問返し。そこからかい。
ネットブラウザで画像を検索してアサヒちゃんに提示するも、
《こんなの知らない。お姉ちゃんもお母さんも着てないよ?》
ユウヒが着けてないのは知ってたけど、ナミカさんよアンタもか!?
あんなにご立派なお乳をどーやって支えとるんですか今現在!
《誰も着てないなら要らないんじゃない?》
そーゆーワケにはいかないんだなコレが。
アサヒちゃん、チミは自分のスタイルを過小評価しすぎてる。
こうして面と向かってお喋りしてても…
パッツンパッツンに張った衣類の胸囲を今にも突き破らんばかりに自己主張しまくりなツインピークスについつい目を奪われて、気が散って仕方ないんだよ!!
とにかく早急に手を打たねばなるまい。
そして対処法はすでに思いついていた。
この種のお買い物にはうってつけなお店に、つい最近お邪魔したばかりだった。
さすがにこれからすぐってのは性急すぎるけど、ちょうど今は夏休みの真っ最中。時間はたんまりある。
問題はどうやってアサヒちゃんを誘い出すか。彼女にとっては未知のモノを買いに行くんだから、嫌がって逃げられちゃ困る。
然らば…騙すみたいで気が引けるけど、誘い文句はコレしかあるまい。
〈僕とデートしよ⭐︎〉
突然のお誘いに目を白黒させたかと思えば、アサヒちゃんは興奮した様子でスマホに指を載せて…
「⭐︎♪⭐︎♪⭐︎♪!!!!」
しかしそれさえまだるっこしかったらしく、大切なスマホをベッドに放り投げると、満面の笑顔で僕に飛びついてきた!
ここまで見事に喜んで貰えたなら、僕も誘った甲斐があったというものだ。
そして、まんまといつものお触りっこパターンを回避できて本当に良かった。さすがにマンネリだからな。
…ところが、ここから事態は予定外の方向にブッ飛んでいく。
どこぞの名作アニメ劇場のように僕を軸にしてグルグル回り続けたアサヒちゃんは、やっと気が済んで僕を解放したかと思いきや…
ベッド上に落ちてたスマホを拾い上げるなり、どこぞへと一目散に駆け出していった。
おいおい一体どこ行ったんだ?
そして何故スマホを持ってった?
このパターンは…嫌な予感しかしない。
ほとんど間髪入れずに廊下の向こうから地響きのような足音がズンドコ近づいてきて…
ズドバァンッ!!「どゆことっ!?」
半開きだった部屋のドアを乱暴に開け放つのとほぼ同時に、般若の形相のユウヒがスマホを僕の顔面に叩きつける。
開かれてる画面は当然のように、さっきの僕のデート勧誘コメント。ほらやっぱこーなった。
「夏休みだっつーにカノジョの私を放っぽり出して、その妹とデートだぁ〜!?
釈明のしようによっちゃ…わーってんでしょーねぇウリャウリャ♪」
料理の最中だったのか、片手に持った日本刀のような高級包丁の先っちょで僕の喉元をツンツン突いてくる。冗談でもやめたまえぃアブナイことは。
「い、いや、ですからね…」
どこぞの瀬戸際というか崖っぷち首相のように釈明に追われてしばし…
「…必要ないでしょブラなんて?」
予想通りなユウヒの回答。そんな彼女の今現在の格好も当然、いつものノーブラだ。
それでもいつもは例のブラトップなる下着くらいは着けてるけど、家の中ではそれさえ着けないもんだから、薄着の脇から生乳が見え隠れしてる。
その上にエプロンをしてるから、真正面から見ればほぼほぼ裸エプロン状態だ。
カレシとしては素直に喜ぶべきなのか、もっと慎めと注意すべきなのか…
…いややっぱ注意すべきでしょ、ここは?
「ユウヒ、エプロン外してアサヒちゃんと並んでそこに立って」
という僕の指示通りに割合い素直に従った二人をスマホで撮影し、ちょこっと陰影を強調するなどして加工した写真を二人に見せる。
『……!?』
揃って愕然とした顔を真っ赤に染め上げ、今さらのように胸元を両手で覆い隠す美岬姉妹。
ようやく御理解頂けたようで幸いです。
「僕の前ではいくらでも解放的になって貰って構わないけど、他の野郎の前では…ね。」
「んでも私、そういった下着って苦手だから、ろくに買ったコトなくて…」
「そんな人にもピッタリの品を見つけてくれるお店を知ってるんだよ。てゆーかオーナー今朝まで此処にいたし」
とゆー訳で、件のオーナーである副会長さんに早速スマホアプリで連絡を取ってみた。
《そういうことでしたら、いくらでもご協力致しましょう》
すぐに快い返信があった。
《また近日中にお会いできると思うと光栄の至りです。お礼は私めもデートで結構です》
結構です、ぢゃねーよ。それなりに準備とか心構えとか大変なんだぞ、特にアンタみたいなブルジョワ相手だと!
てな余談はさておき。
結局デートにはユウヒも同行することになり、アサヒちゃんも快諾した。
まだまだ二人きりよりも皆一緒のほうが楽しいお年頃らしい。
…その後、僕のバイト時間が迫る時刻まで三人でデートプランをあーだこーだと話し合い、思いがけず楽しいひとときを過ごすことができた。
さらに余談ながら。
いちおー父兄の許可も必要だろうと、朝方アドレスを交換しといたナミカさんにも一報を入れたところ。
《必要ないでしょブラなんて?》
母娘揃って一字一句同じかい!?
同居始めてまだ日が浅い割にはコンビネーションばっちりだなコイツら。
〈じゃあいつもどーしてるんですか?〉
どーせユウヒと同じくブラトップとか着てるんだろうと思いつつ問い返すと、
《別になーんもしてないけど。ほら♪》
メッセージと共に、仕事中の格好を自撮りした彼女の写真が添付されてきた。
…ヘソ出しチューブトップの胸に二つの突起がクッキリはっきり突き出ていた。
なるほど、なるほど…こりゃカイドウ氏も一発で轟沈されるワケだわな。
…写真、保存しとこっと♪
《こんなんで良かったらいくらでも送ったげるし、今度また直に見せたげるから⭐︎》
〈よろしくお願い申し上げます。m(_ _)m〉
◇
さて、そろそろバイトに向かう時間だ。
美岬邸で昼食をゴチになってから一旦自宅に引き上げた僕は、本日の初授業の準備を整えて部屋を後にする。
登録した家庭教師協会からの資料によれば、受け持つ生徒は比較的近所に住む高一の女子。
名前は…『ムコウ アオイ』さんか。
もしやここでまたもや新キャラ登場か?
距離的にはやや遠いけど、なんとか徒歩で通える圏内なのもありがたい。
でも余裕ができたら自転車でも買おう。
通常、僕のような年齢では家庭教師なんかには採用されないんだろうけど…
僕の成績が極めて優秀なことと現役生徒会長という実績、さらには学校側からの推薦や家庭環境の特殊さなどを鑑みて、なんとか潜り込めた。
今回の生徒も、比較的同年齢な者同士のほうが馴染み易かろうという協会の配慮だ。
さらには指導希望も将来的な進学のためではなく、無事に進級できる程度の学力が身につけば良いという、すこぶる簡単なレベル。
これでコンビニ等で汗水垂らして働かずとも、よっぽど効率よく稼げるんだから、まさに僕のためにあるようなオシゴトじゃないか♪
待っててね〜僕のカワイイ金ヅルちゃ〜ん♪
…それにしても、この住所…どっかで見覚えが…?
「いらっしゃいませ、潮セーンパイッ♪」
たどり着いた家の玄関先で出迎えてくれたのは案の定、今朝見たばかりの顔だった。
家の表札には『日下』の文字。
普段は下の名前でしか呼ばないからうっかりしてた。
「…いらっしゃっちゃいましたよ、ムコウ アオイさん?」
「あっるぅえ〜、私そんな名前でしたっけぇ?
…なんか間違って登録しちゃったみたいですねぇ〜♪」
なるほど。『ヒマワリ』→『向日葵』→『ムコウ アオイ』か。
つーか偽名でも利用できるのかよ!?
住所に見覚えがあったのも当然。彼女の入学時に推薦状を書いた際、書類に記載してあったんだ。
実際には一度も来たことなかったけど。
スマホで時刻を確認すれば、ほぼ約束通りだけど…
「まだ部活の時間じゃないの?」
「大会出場選手以外は午前中で終わりなんですぅ。私はマネージャーも兼ねてますけど、授業がある日は早めに抜けさせて貰えるようにしてありますぅ」
相変わらず抜け目ないなぁ。
服装も今朝のと同じではなく、胸の傷が見えないデザインのヘソ出しホルターネックシャツにキュロットというラフな部屋着になっているのが目の毒だし。
部活後にまた着替えたようだけど、なんでこんなに露出度高いのか。やっぱりあからさまに僕を誘惑してるのか…?
視線のやり場に困って、改めて彼女の自宅をじっくり観察すれば、今風の二階建一戸建てで狭すぎず広すぎずな中流家庭向けの物件。
リフォームでもしたのか、築年数はまだそれほど経っていない印象。
家屋横には小さな庭と車庫が隣接。シャッターが降りてるけど車はいないようだ。
「さぁさ、立ち話もなんですから、ちゃっちゃとお上がりくださ〜い♪」
「…お邪魔しまーす」
釈然としないながらも、言われるままに玄関を上る。
玄関横にトイレと風呂場、その奥がキッチンとリビングか。ごく一般的な間取りだな。
「私の部屋は二階ですよ〜♪」
やけにご機嫌なヒマワリちゃんに先導され、玄関のすぐ横の階段を昇って二階へ…行く前に、
「お家の人は?」
「まだお仕事中ですから、今は私しかいませんよぉ…ンフッ♪」
…しまった、これは罠だッ!!
「どこへ行くんですかぁ〜?」
慌てて階段を駆け降りようとする僕の首根っこをガシッと鷲掴んだヒマワリちゃんの眼が、明かり取りの窓から射すオレンジ色の陽光に妖しく煌めく。
「初仕事くらいちゃ〜んと完うしましょーよ…セーンパイッ♪」
たしかにのっけから仕事に穴は開けられない。今の僕はまんまと蜘蛛の巣にかかった羽虫の気分だ。
「…お手柔らかにお願いしますよ?」
「それはこっちのセリフですよぉ…ンッフフ♪」
女郎蜘蛛…いやヒマワリちゃんの自室は二階最奥の角部屋だった。
朝見たアサヒちゃんの部屋とは好対照な、いかにも女の子らしいモノに溢れ返った、いかにも女子女子した部屋だ。
その真ん中に突っ立ってるだけでも健全男子の僕が拒絶反応を発症しかけるほどの。
「すみませんゴチャゴチャしててぇ。生まれてからずぅ〜っと入院してた私がいつ帰ってきても良いようにと、親が色々買い揃えてたモノだから、捨てるに捨てられなくてぇ…」
…なるほどね。それ聞いてやっと症状が緩和された。どんなものでもそこに情愛が感じられれば、不思議と親しみが湧くものだ。
「パパのお仕事的にはもうちょっと大きな家に住めるらしいんですけどぉ、私の治療にお金かかっちゃいましたから…」
ヒマワリちゃんはパパママ派か。マヒルあたりがそう呼ぶと張り倒したくなるけど、ほわほわした彼女にはそんな呼称がよく似合ってる。
「ご両親はどんなお仕事してるの?」
「パパは検事さんで、ママは弁護士さんですぅ。法廷で知り合ったそーですよぉ?」
超インテリじゃん!? てかそんな修羅場からよくも結婚まで漕ぎ着けたものだ。
職業柄二人とも多忙なようだから、僕のバイト時間中の帰宅見込みはまず無いってことか。
…ますます危険がアブナイ気配が…。
「よし、とっとと仕事にかかろう。進級できる程度の学力を得たいって話だけど…まずはキミの成績が判らないことにはね」
危険を振り切るべく切り出した僕の意見に従って、ヒマワリちゃんは机の中から通知表を取り出し、
「お恥ずかしい限りなんですけどぉ…」
平然と男を自室に招いた割には、こんな時だけ気恥ずかしそうに僕に手渡す。
「どれど…れ……?」
単刀直入に言わせてもらおう。
マジお恥ずかしい限りだった!
あらゆる科目が合格ラインすれすれの水平飛行。あれだけインテリなご両親から生まれたとは到底思えない。
うちの高校はぶっちゃけ、大学への進学率の大半をスポーツ推薦枠に頼ってる程度の脳筋ガッコなんだけど…
このザマでは正直、そんなレベルでも進級は絶望的だ。
「すみませぇ〜ん、通学自体初めてだったものでぇ…」
苦虫を噛み潰したような僕の顔色を見て取って、心底申し訳なさそうなヒマワリちゃん。
まあ彼女の場合は今までが今までだったから仕方ない。
どうやら僕を家庭教師に呼んだのも決して下心からではなく、必要にかられてのことだったらしい。
よくよく考えたら教師と生徒が顔見知りなんて偶然はそうそう起こるもんじゃないし。
…きっと偶然だよな、たぶん…?
「一学期の追試とか補習はどうなってるの?」
「補修はそのぉ…センパイが家庭教師に来ますって担任に言ったら、ならそれでオッケーって話でぇ…」
やっぱ偶然じゃないぢゃん!?
あと学校関係者、僕を買い被りすぎアーンド手抜きすぎ!
「追試はお盆前にあるみたいですぅ」
夏休みはまだ始まったばかりとか言ってたら、急に全然余裕がなくなったぞ。
所詮は他人事とはいえ、受け持ってしまった以上はなんとかしないとな。
「わかった、できる限りでなんとかしてみるよ。曲がりなりにも生徒会長のカノジョが落第なんて、シャレにもならないからね」
「カノジョ…! せんぱぁいっ♪」
九死に一生を得たからか、はたまたカノジョと呼ばれたのが嬉しかったからか。
ヒマワリちゃんは嬉し涙をちょちょ切らせて僕にガバッと抱きついてきた。
今までの控えめな彼女からは考えられなかった積極的なアプローチだ。
しかもかなり薄めの部屋着だからして、スレンダー体型とはいえあちこちの感触がダイレクトに…。
「そーゆーのは勉強後のご褒美に取っといて、さっそく始めよう」
「はぁーいっ⭐︎」
照れ隠しにそう促すと、彼女は素直に机に向かった。『ご褒美』が効いたらしい。
やれやれ、こりゃ前途多難だな…。
◇
ところがいざ指導を始めてみれば、思いのほかスイスイ捗る。
どうやらヒマワリちゃんは学校に通い始めてからまだ日が浅いため、全員一緒に同一内容で進める授業方式に慣れていないだけらしい。
個別指導ならスポンジ並みにどんどん知識を吸収していくし、応用問題もスラスラ解ける。
インテリな両親譲りの頭の良さは伊達じゃないようだ。
これなら追試も難なく突破できるかもしれない…とホッと胸を撫で下ろす。
ただし覚えさせるべき範囲が膨大で、中学後半の学習内容もほとんど身についていないため、本気で取り組まなければ追いつかない。
「お手数おかけしますぅ…」
「それが僕の仕事だから、気にしないで。
でもこれは家庭教師の時間だけじゃ少し物足りないかもなぁ」
「じゃあ、あのぉ…センパイのご都合のいい日に、御自宅にお伺いしてもいいですかぁ?」
あからさまに学習よりも僕のそばに居たいだけの提案なのは見え見えだけど、なにしろカノジョだからして断る理由がない。
てゆーか…
「…そんなセクシーな格好で来るんだったら、喜んで♪」
ホルターネックの肩口からモロ出しの鎖骨を指先でツツィーッとなぞると、ヒマワリちゃんはビクンッと身をすくめて、
「…やっぱりお触りしましたねぇ? 誰にでもそゆことしてるんですかぁ?」
「今日は真面目に家庭教師するつもりだったけど、生徒がまさかのカノジョだったからね♪
指導はいたって真面目にやってるんだから、ちょっとくらい…ダメ?」
「いいですよぉ、センパイにならぁ♪」
じゃあ遠慮なく…と指先を鎖骨伝いに服の中へと滑り込ませて、小さくて可愛い乳房をまさぐる。
「…下着つけてないんだね?」
「いつもはちゃんと着けてますよぉ、どっかの露出狂な部長さんじゃあるまいしぃ」
彼女の毒舌ぶりは今に始まったことじゃないけど、本人がいないトコだと言いたい放題だな。
「でも今日はセンパイが来るって判ってましたしぃ…どうせ全部見られちゃってますしぃ」
やっぱり僕を家庭教師に選んだのはヒマワリちゃんだった。とはいえそこへ至るまでの過程はまさしく偶然の産物だったけど。
ヒマワリちゃんが高校進学を実現させた当初、厳しくとも優しいご両親は「お前が元気に通学してくれるだけで夢のようだ」と手放しで喜んでくれた。
しかし肝心の学業が著しく不振なことが判ってくると、優しくとも厳しいご両親は「やっぱ通学するからにはそれなりの成績は収めないとな」と急に手のひら返して手綱を握り締め、家庭教師をつけると言い出した。
塾でも良いような気もするけど、学校後さらに別の場所で勉強させるのは彼女の体力的に不安だったか、なるべく目の届く場所に置きたかったか、あるいは愛娘に変な虫がつくのを恐れたか…。
当然ヒマワリちゃんは乗り気じゃなかったものの、このままでは進級さえ危ういのは事実だし、長年苦労をかけ通しだった両親にこれ以上心配させたくないと、渋々了解した。
そんなこんなで両親が持ってきた家庭教師協会の資料が、偶然にも僕が登録してるところだったという奇跡。もしくは運命か。
数多の教師陣から僕の名前を見つけたヒマワリちゃんは狂喜乱舞し、「この人じゃなきゃ絶対ヤダ!」と生まれて初めて駄々をこねた。
僕の名はご両親も当然ご存知だった。なにしろ娘の命を繋いだ大恩人であるマヒルの関係者で、入学する高校の生徒会長で推薦状も書いてくれてると、まさに言うことナシだからね。
「…そんな僕が、よもや娘さんをとっくに手籠めにしてるなどとは努努思うまいて…クックック♪」
「ワルイ人ですねぇホントにぃ。でもそこにシビレる憧れるぅ♪」
いつもの天使の笑顔を微塵も感じさせない邪悪な妖艶さで、ヒマワリちゃんは僕の太ももをさする手を徐々に股間へと近づける。
一度見せ合いっこしてるから、お互い大胆になっている。
「…昨日は他の二人もいたから、じっくり観察できなかったしね」
「え〜? センパイはすんごいじっくり見てたじゃないですかぁ。私本人だってあそこまでマジマジ見たことありませんよぉ」
「じゃあ今日は僕のをマジマジ見てみる?」
「えぇ〜マジいいんですかぁ〜じゅるるっ♪」
「よだれヨダレ」
ガチャッ。
「…ほぉ、さっそく熱心に勉強してるようだね。感心感心♪」
『!!!?』
突然背後から呼びかけられた耳馴染みのない声色に、僕らは弾かれたように…いや実際弾けて距離をとる。
なんかもー薄々予想はついてるけど、恐々振り向いてみれば…
「パ、パパ!? どしてぇ!?」
仲睦まじい僕らの様子をにこやかに眺めていた眼鏡にスーツ姿の、身だしなみもバッチリキッチリな壮年男性に、ヒマワリちゃんが慌てふためく。
「今日は思いのほか早く仕事が片付いたからね。今日からお世話になる先生にご挨拶しとこうと思って、急いで帰ってきたんだよ」
ホラやっぱり。濡れ場になりかけた途端にいい塩梅で邪魔が入るのはラブコメの常套手段だろうけど…
いよいよ親父殿まで乱入し始めやがったぞ?
どないなっとんねやァーッ!?
◇
「改めて、初めまして。ヒマワリの父のビロウドです。」
部屋をリビングに移して深々と頭を下げるおパパ上に、僕も慌ててお辞儀し返す。
ビロウドさん…ダンディーだけど珍しい名前だなぁ。
「今日は間に合わなかったようですが、妻のフヨウもよろしくお伝え下さいと申しておりました」
天鵞絨葵に芙蓉、そして向日葵…葵絡みで統一か。いかにも家族だなぁ。
それにしても検事なんて仕事してるだけあって、実に織り目正しい人だ。
イメージ的に厳しくて怖い人かと思ったら、意外と気さくで腰が低い優男という印象だし。
「娘は家ではもっぱら貴方とマヒルさんの話題ばかり口にしますもので、一度お会いしてお礼を申し上げねばと常々思っておりました」
「パパ、余計なことは言わなくてイイのっ!」
隣のキッチンで淹れたコーヒーを僕らに配りつつ、照れたヒマワリちゃんがビロウドさんをたしなめる。
「おおっ、これはスマン! 秘義務違反だったな!?」
さすがの検事さんも可愛い娘には頭が上がらないようだな。
ヒマワリちゃんも家族の前では内弁慶ぽいし、意外な素顔が見られた。
コーヒーを飲みがてら与太話に花を咲かす。
今日はご不在のフヨウさんは、ヒマワリちゃんをまんま大人にしたような、ビロウドさんいわく「ふわふわした人」だそうな。
馴れ初めはとある不倫殺人を取り扱った法廷で、愛憎入り乱れた凄惨な事件を巡って互いの信念をガチでぶつけ合ううち、双方の価値観が意外と似てることに気づいたそうな。
資料に目を通すだけでも気が滅入るような殺伐とした悲惨な現場状況だったからこそ、互いの存在を心の拠り所としたのかもしれない。
やがて互いの立場に固執するのではなく、二人で事件の真相を明かそうと意気投合。
心の底から被害者加害者双方に寄り添い続けるうち、心を開いた双方から様々な新証言を引き出すことに成功。
誰もが納得できる判決で見事に結審させた後、どちらからともなく声をかけて交際をスタートさせ、今に至るそうな。
そんなお話を伺ううち、いつぞやのプールサイドでの異端審問会を思い出した。
あのときのヒマワリちゃんの堂々とした立ち回りは、まさしく親譲りだったのか…。
「だけどね…そうして恵まれた子宝に、重篤な心臓疾患が判明したときには、さすがに意気消沈したもんだよ」
すっかり打ち解けて口調から敬語が消えたビロウドさんは、飲み干したコーヒーカップを静かに置いた。
テーブルの上で手を組み、僕の隣に座る愛娘に済まなそうな眼差しを送る。
「私にも妻にも何の疾患もないことから先天的な症例だろうと医師からは説明されたが…
こんな人の運命を手玉に取って相撲をとるような真似事を続けていたから、天罰が下ったのかもしれないと二人して嘆いたものさ」
他人に大きな影響を与える仕事に就いてる者は皆、多かれ少なかれそんなジレンマに思い悩むものだ。生徒会長なんて立場のこの僕もね。
だからこそ尋常ならざる強い意志と信念がなければ到底務まらない。
「入院が長引いた娘は、物心ついた頃にはとっくに人生すべてを諦めたような顔をしていた。 励ますべき立場の私達も、先行きを考えると軽々しいことは言えず、ただ手をこまねくだけだった」
昨日聞いたヒマワリちゃんの独白でも、やがてスマホを入手するまでは何のために生きてるのか解らなかったと言っていた。
そんな経験をかつての僕もしている。
幼いながらに誰も帰っては来ない部屋にただ一人取り残され、とにかく生き延びることだけで精一杯…他には何も考えられなかった。
彼女と大きく異なるのは、そんな最中でもいずれ誰かが迎えに来てくれるだろうという一縷の望みがあったことだ。
けれども彼女の場合はそんな希望さえ刻一刻と失われ、あとどれだけ生きられるか…今にも心臓が止まってしまうのではないかという恐怖と延々戦い続けた。
人の心が壊れてしまうのは絶望に打ちひしがれたときではなく、その先にもう何の希望も無いと判ったときだ。
そんな壊れかけた彼女の心を救ってくれたのが、両親が買い与えたスマホ…というよりも、その先にやっと見つけた二つの希望だ。
「娘を…ヒマワリを助けてくれたのは紛れもなく潮くん、キミと網元さんの二人だ!
ずっと…ずっとお礼が言いたかったんだ!」
いまにもテーブルを叩き割らんばかりの勢いで頭をこすり付け、涙声で感謝するビロウドさんに、僕はもうたじたじだ。
人の弱みにつけ込んで大人を泣かせたことはあっても、ここまで感激されたことなんて一度も無かったからだ。
「い、いえあの…僕は何も…」
僕がしたコトといえば、マヒルにカワイイ子に会わせてやるとそそのかされてヒマワリちゃんと出会い、うやむやのうちに我が校へ入学するための推薦状を書かされたくらいで…
「そんなコトないですよぅ!」
急に大声で僕の言葉を遮ったヒマワリちゃんが、僕の手を力尽くで握り締めた。
そしてビロウドさんに涙まじりの笑顔を向ける。
「パパとママがスマホをくれたから、私は潮センパイとマヒル先輩に出会えたんですぅ!
もういつ死んでもいいやって思ってた私に、マヒル先輩が生きる目的をくれて…」
握り締めた僕の手を自分の胸に押し当てて、
「潮センパイは私の心の支えになってくれましたぁ。
今も…いつだって…私の心の中にはセンパイ…貴方がいますぅ♪」
ヒマワリちゃんは名前通りの大輪の花を咲かせた。
そこまで言われてしまったら光栄なんてもんじゃない。けど…
彼女の父親の目の前で、彼女の乳房を鷲掴まされて…そんな僕に注がれるパパ上の視線が、僕はもう気が気じゃない。
「あぁいや、そんなに恐縮しなくていいよ」
ビロウドさんは再び優しい微笑を浮かべ、
「二人の親密な様子はさっきしっかり見させてもらったからね…♪」
生温か〜い視線を僕らに手向けた。
やっぱり見られちゃってたのねぇ〜っ!?
「それなら、いずれ知ることになると思うが…ヒマワリの胸にはいまだ手術の傷痕が…」
「あ、もう知ってるから大丈夫です。最初は驚きましたけど、見慣れてしまえば…」
「…ほぉ? もうそこまでの仲に…?」
しししまったぁアァーッ!?
「ヤ、ヤッてませんヤッてませんっ!
娘さんはまだ生娘ですからぁ!!」
「大きく脚をおっ広げられて、奥の奥までじっくり見られちゃいましたけどぉ〜♪」
ヒマワリちゃあーんっ!!
「なんだってぇーっ!? 親の私もいまだ見たコトがないというのにィーッ!」
いやそりゃそーでしょパパ上殿。
「…潮クン。」
ぐわしぃっ!とテーブル越しに僕の両肩を鷲掴んで、
「ヒマワリのこと…くれぐれも夜露死苦な?」
血の涙をだばどぼ流しつつ僕にメンチ切るビロウドさんに、僕はもう操り人形のようにカックンカックン頷くしかなかった。
◇
すっかり話し込んでるうちに家庭教師の終了時刻を回ってしまったので、僕の初バイトは無事?終了となった。
せっかくだからと勧められたヒマワリちゃんお手製の夕飯をお呼ばれし、ユウヒのレベルには一歩及ばないものの充分及第点な味わいに舌鼓を打つ。
そしてにこやかながらもどこか悔しげな父親に見送られつつ、すぐそこまで一緒に行くというヒマワリちゃんに付き添われて日下家を後にした。
「これで親公認の肉体カンケイになりましたねぇ♪」
肉体て。けど少なくとも父親の交際許可が下りたことで、ヒマワリちゃんは夜目にも鮮やかなほどニコニコだ。
「ハハ…そだね…」
キミ達親子間の守秘義務の軽薄さは嫌というほど思い知ったことだしね。
でもまあ…
「…良いお父さんだね」
本当に羨ましいよ。
「…ハイッ♪」
元々ニコニコだった彼女の顔がさらに幸せそうにほころぶ。
おそらく過去には自分をあんな身体に生んだ親を恨んだこともあっただろう。
それを乗り越えられた彼女達の絆は、より深く強固になっているのかもしれない。
「できればお母さんにも、そのうち会ってみたいかな?」
「ををっ、いよいよ結婚のご報告ですかぁ!?」
鼻息を荒くするヒマワリちゃんに気が早いと脳天チョップをお見舞いしつつ…内心それも悪くないかなと思っている僕がいた。
最初こそは、他の子に比較して実に平凡な彼女とうやむやの内に交際を強要され、厄介事を押し付けられてしまったと嘆きはしたものの…
その平凡さこそが貴重かもしれない、と今は思えてきた。
もちろん見た目は文句の付けようもないほどカワイイし…難点だった胸の傷も、見慣れればむしろチャームポイントに思えつつある。
彼女やそのご家族と過ごす時間も、思いのほか楽しかったしね。
勉強なんて本来なら、教えるほうも教わるほうもそれなりに苦痛を感じるものだろうけど…それがまったく気にならなかったってことは、いよいよホンモノってことなんだろうか?
…などと考え込んでいるうちに住宅街の外れまで来てしまった。
この先は人気もほとんどない寂れた界隈だし、そろそろ彼女を帰したほうが安全だろう。
「それじゃ、また次の授業で」
「…なんだか名残惜しいですぅ」
別れを惜しむヒマワリちゃんの剥き出しの肩に手を回し、
「…コッチのほうは途中でお預けになっちゃったしね」
「あふ…っ。潮センパイ…」
服の隙間に手を入れると、彼女は敏感に反応する。こんなふうに素直に応じてくれるのも大きな魅力かな。
「リョータでいいよ…もう恋人同士なんだし」
「わかりましたぁ…リョータ…センパイ♪」
まだ照れが残ってるのか、呼び方以外はほとんど変わらない口調で…しかしその手は躊躇なく僕の股間をまさぐる。
僕も彼女のキュロットの裾から手を差し込んで…
「…やっぱり履いてなかったね」
身のこなしからそうだろうと予想はしてたけど、下着がないから触り放題だ。
「…こんなに濡らしちゃって…エッチだなぁ」
「センパイのも…こんなに硬くなってますよぉ?」
僕のズボンのファスナーを開けて中に手を入れたヒマワリちゃんが興奮して囁く。
「…したい?」
「…したいですぅ」
ならばと周囲を見渡すも、相応しい場所は見当たらない。街外れとはいえ人目はあるだろうし、残念だけどそろそろ潮時かな。
「それは次のお楽しみってことで…今はコレで我慢して」
「はい…リョータ先輩…」
熱烈な大人のキスを交わす。
唇を重ね合わせるだけで何がそんなに楽しいのかと思ってたけど…なるほど、こんな状況だとヤミツキになるのも無理はない。
「…帰ったら速攻でお風呂入らないとですぅ」
「こんなになっちゃってるしね♪」
長いキスの余韻が冷めやらぬ彼女に、ふやけた指先を見せてからかう。真っ赤になっちゃって、ホント可愛いなぁ♪
そんな状態で帰したもんだから、なおさら名残惜しさが増し増したヒマワリちゃんは何度も何度も僕のほうを振り返り…やっと姿が見えなくなるまでたっぷり数分は掛かった。
僕も踵を返して家路をたどるも…
身体の特定部位の火照りが当分冷めそうにもないから、歩きにくいことこの上ない。
帰り着いたら速攻自家発電だな。
それにしても…昨日の海水浴までは、まさか彼女とこんな関係になるなんて一ミリも考えもしなかったな。
現時点では他の出走馬を大きく突き離して独走状態だし、このままだとマジで先着ゴールインもあり得るかも…?
それに…両親の仕事が検事に弁護士というのも、将来的には大きな魅力だ。
彼らをうまく味方に取り込むことが出来れば、僕はまさしく無敵だからね…クククッ。
「…潮リョータッ!!」
「ッ!?」
唐突にフルネームで呼び止められ、人様には到底お見せできないエロ邪悪な形相を浮かべていた僕はその場でつんのめった。
だ、誰だ…? 慌てて怒鳴り返そうとするが、驚きのあまり喉が張り付いて声が出ない。
改めて周囲を見渡す僕の目に…暗がりから飛び出した人影が猛スピードで迫る。
ヤバイッ逃げなきゃ!?
あたふたと背を向けたところへ、
「覚悟ォッ!!」
ズブ…ッ。
人影が放つ怒声とともに、内臓が抉られるような衝撃が僕を襲った。
「ガハッ…ぁ…ぁおォアぇあェアァーッ!?」
自分の耳にも人間の声とは到底思えない悲鳴が、真っ暗闇に轟いた。
【第十話 END】
今回はどーしょっかな〜?と思いつつ書き始めたら、流れ的にヒマワリ編第二弾になりました。
サブタイトルは彼女のご家族の名前を全員葵科から採ったことによります。
前回のオチがあまりにも不憫すぎるかな〜と反省してたので、うまくフォローできたかなと。
そのぶん主人公にはこれまでの罰が跳ね返ってきてますが(笑)。
この罪滅ぼし編は次回にも続きます。とゆー訳でこんな凄まじい引きになりましたが、どーせ大したことはありませんよ、ええ(笑)。
気がつけば話数も二桁台になったことだし、そろそろ折り返しかな〜と思いまして。
今後は各キャラをより深掘りしていくことになりそうですね。




