水の物語 6.Put together (30)
一通り歌いたくてうずうずしていていた人たちの興奮が収まると、歌っていない人の方にマイクが回るようになって、その空間で自分の歌を披露するのには躊躇いがあったから、奏は部屋を抜け出すことにした。
トイレを探す様に店の中を進むと、カウンター席があって、そこにいた銀髪の女性に目が奪われた。じっと見たかっけど、そうするのは失礼に当たるだろうし、躊躇っていると、彼女が奏に向かって、声をかけた。
「どうしたの? お嬢さん」
彼女の眼は緑で、日本人であるはずがないのに、日本語で奏に話しかけたのだった。
「日本語なの、どうして?」
「だって、私、日本人だもの。今日はカラオケの日でしょ。この時間にここにいるのは大体日本語を話す人だから、日本語で話してるだけ」
女性は笑って、隣の席に座るように促した。奏は素直に従った。
「私は絹田槐。貴女は?」
「若宮奏です」
女性なのに、雰囲気が椎野真生とそっくりだった。ついつい真生に対して話していたように、奏は話をした。
「なんか、苦手だなって……。盛り上がっているのは良いなと思うんだけど、違うなって……」
カラオケ大会のことにあまり良い印象がないことを話したけれども、槐は笑って話を聞いてくれた。
「……こだわりがあるのね」
「こだわりじゃなくて、常識。音程もリズムも上手くない。声だって変だし。良い演奏を求めてないから、しょうがないんだろうけど、やっぱりこういうのは好きになれない」
「常識……か、若いな」
「そうですよ、若いですよ」
「それで、耐えきれなくなったから、部屋を出てきたと……」
「……はい、そう、です」
「……聞いていた通りだね」
馬鹿にされているような感じがした。同時に、改めて確認されると、奏は自分の考えが自己中心的であるように思えた。嫌なことを言う人だなと思ったけれども、雰囲気が好きだったからその場を離れようとは思わなかった。
「若いって馬鹿にされてるみたい」
「……そう聞こえた? でも、若さ。いいね。それは愚かさも越える好奇心だよ」
「馬鹿にしてるの?」
「……そうだよ。でも、私はそれを羨ましいと思っている。常識なんて、色々なことを経験しているうちに揺らぐものだからね。貴女の中に弱さや甘さが生まれれば、常識は変容していく。その時に、貴女の中には寛容が生まれてくるんだ」
尤もらしいことを真理であるように話す槐の言葉に奏は納得させられ、自然とうなずいていた。
「そんなに感動する言葉だったんだ」
桜桃にそう言われると、奏は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「まぁ、そうだよね……。それくらい、槐さんが綺麗で……」
「それって、恋?」
「恋⁉ えっと、そういうのじゃないと思うな。惹き込まれるとかはあるけど、手の届く範囲ではないし。……恋は、まだ分からないけど」
「そうだよね、まだ、分からないよね」
「じゃあ、桜桃は知ってるの?」
「私も、分かんないよ。でも、そろそろ知りたいなって思ってる」
照れながら桜桃が話すと、奏からも素直な気持ちを表わす言葉が出てきた。
「私も知りたいな」
その言葉が出てきたことで、奏の好奇心が刺激されるような感じだった。
槐としばらく話した後に、彼女は奏に対して1枚のハガキを差し出した。
「貴女がここに来たなら、これを渡してほしいって。真生さんから頼まれたの。彼は仕事で帰らなければいけなかったんだけど……」
そこには、ギュフの奨学生に認定されたこと、そして芸術奨励金が支払われるということが書かれていた。




