水の物語 6.Put together (26)
真生は、奏のことを聞いていないのに、奏は自然と自分の身の上のことを話していた
「私ね、親にお金を出してもらってさ、いろいろ勉強しに来たんだ」
真生が興味深そうに頷くと、更に奏は話をつづけた。
「だからね、出来る限り沢山、良い経験をしないといけないの。親がお金を出してくれたんだから」
「……別に、そんなことに気を張る必要はないよ」
「それじゃダメなのよ。お母さんは厳しいというか、愛情を上手く出せない人だけど、私のこと想っていることはよくわかったの。お金を出してくれた。だから、それに報いなきゃ」
「……君は幸せだね。そして君のお母さんも幸せだ」
「……そう。そうだと思う」
真生の眼に見つめられると、母親の恩に報いたいとかそういう自分の意見に固執する気持ちが失せて、心の波が穏やかになっていた。母親が身を粉にして働いて、それに見合った賃金を得られるのも、またそれを娘が必要としてくれること、それ全体をひっくるめて幸せと言えるのかもしれない。音楽、ピアノを続けることはお金がかかる。折角稼いだお金が娘に使われるという風に捉えるのか、娘のために使えると捉えるのかでは、全く異なってしまう。
それをポジティブに捉えられることは、幸せだ。ただその起こった事象だけしか見ていなければ、幸せだということにも気づかない。
「人間は自我の強い、わがままな生き物だからね」
「わがままは良くないこと……だよね」
「いや、僕はそうは思わないよ。強い自我こそ、人間の美しいところだと思うけどね」
「じゃあ、私を評価しない、コンクールの審査員ムカつく。基準、勝手に変えやがって、今に見てろよ。ぶっ潰してやる……なんて言ったら、変なやつって思う?」
「あはは、その調子その調子。元気だね。思うのは自由だろ」
真生は微笑みながら、強気になる奏に拍手を送り、そして、スッと表情を変えて言った。
「……コンクールで嫌なことがあったのかい?」
「勝てるはずだったのに、勝てなかったの。情けない話だけど」
ムスッとした顔で奏が答えると、真生は穏やかな口調で尋ねた。
「そのコンクールで、勝ったというのは浅木海里っていう子かな?」
まさかその名前を日本から遠く離れたドイツで聞くとは思わなくて、奏は何も話すことができなくなった。
「浅木海里……聞いたことあるよ。確か、この前のコンクールの次席は、若宮奏……。じゃあ、君は若宮奏?」
真生の唇をゆっくりと震わせながら奏の名前を発した。
「え、嘘だぁ。ここ、ドイツだよ。中学生のコンクールだよ」
「当たり、だね。奏さん」
真生は軽く髪を払って、柔らかい表情になって続けた。
「ドイツだけど、普段僕は東京に居るからね。クラシック好きのお兄さんだから……」
この人のコロコロと変わる表情はなめらかすぎてなんだか怖い。そして、それ以上に惹き込まれる。




