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ハガキ 水の物語  作者: 伊諾 愛彩
第6章
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水の物語 6.Put together (25)

 母親は良くないと思いながらも、奏が探っていた他の引き出しから封筒を出してその中身を見せて言った。

「貴女が望む望まないに関わらず、お金を必要とするときはある。貴女の傍で貴女を見ていることは出来ないけれども、私は、貴女の助けになるような糧を与えることができる。貴女の考え次第では、これを渡してもいい。貴女が音楽をしたいというのはわかる。でも、母親としては、心配しかない。音楽の世界は、決して安全な世界じゃない。形になるものを作る仕事ではないし、誘惑の多い不安定な世界だわ。だから、貴女がこのまま続けていって良いものかは、分からない」

母親は躊躇なく、封筒の袋を奏に手渡そうとした。奏は受け取れなかった。

 どんな風にそのお金を稼いだのか。一つ一つの母親の地道な努力が、そこには詰まっていた。怖かった。だから、それを受け取ることに躊躇した。


 暫くすると、この出来事は、ただの物語になる。

 その話を楽しそうに手を叩いて聞いていた人がいた。彼は整った顔立ちで、薄い茶色い髪、青い目をしていた。それは確かドイツでのこと。日本のmeet up、日本人だったり日本に興味のある人が集まるというもので、そこで、彼に出会った。

「隣良い? ここに来るのは初めて?」

「そうだけど……」

「僕は、椎野真生」

「マオ?」

彼は、ドイツの人だと言われても不自然のない容姿をしていた。

 meet upはいつも夜にやっているのだけど、その時はお昼にやっていた。ホームステイ先の音楽家の人のところには、よく日本語専攻の大学生がやってくるんだけど、そのうちの1人が教えてくれた。日本の漫画やアニメは、ドイツでも好きな人が多い。みんながみんなそうというわけではないけれども、それらの話をしていれば、仲良くなれるということはよくある。奏は漫画やアニメに興味があるわけではなかったけれども、ちょっと聞いたことのあるアニメの主題歌を耳コピしてピアノで弾いたら、羨望の眼差しを受けたのでその時以来、ちょっとネットでアニメの主題歌を聞いていた。

「日本人の人?」

「国籍上はね」

「日本語は話せる?」

「得意だよ」

奏が怪訝な顔をすると、真生はその顔が可笑しくて笑った。

「何か飲む? 奢るよ」

「あの、私はまだ未成年だから……」

「だから、君は勿論ノンアル。僕はワインを頼むけど」

椎野真生はこの時すでに、ギュフという会社の偉い人だった。彼自身、一時的な滞在だったから会場にいる人の中には、そのことを知っている人は居なかったはずだ。

 飲み物を持って帰ってきた彼は、奏の前にオレンジジュースを置いた。その仕草がとても丁寧で、大事な人、恋人に対しての振る舞いのようだった。そういう風にされると、その気はなくてもドキッとする。

「ずっとあっちの方見てるのはどうして?」

「ピアノがあるから……」

「ピアノ、好きなんだ?」

「ピアノはあるけど、ずっと弾いてる人が居るからダメだなって……」

「ああ、確かに」

レストランにあるピアノを客が弾くという発想は普通はないはずなのに、奏は生意気な口ぶりで続けた。

「もっと良い曲弾けるのに……」

「どうして張り合うの」

「だって、私の方が上手いもの」

「でも、もしも君がここで何かを弾いたなら、僕は、君の演奏を聴いて、『つまらなさそうに弾くんだな』って思うだろうね」

これは音楽を知っている人の言葉だと奏は思った。


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